ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 このたびハーメルンでも、沼田式ラブライブ!の物語、プロローグですがひとまず完成いたしました! 歌って踊って戦う少女たちの愛と信念の物語が、どの方向に進むか分かりませんが力を尽くし書き上げるつもりです。

 なお原作メインメンバーのうち若干二名未登場の者がいますが……あの子ら面倒な事情を抱えていることにつきご了承ください(要として登場確定っす)。



プロローグ

 

 想いは挑むためにある。

 

 正か邪か、叶うか否か、そもそも種類が星の数ほどあれど、人はしばしば何かを想う。ただし、実際に思ったところでそれを行動に移すか否かは別であり、完遂できる完遂できる人物はそう多くなく、まして成功に至らせる事例は数えられる程度である。補足するなら、たとえ成功とその時点で判断できたとしても、のち振り返ってなお成功といえることは稀でさえある。つまるところ、不完全な人間が自らにないものを求め動いたとしても、新たな不完全に直面するという証明なのかもしれない。

 

 しかし、それでも。

 

 人は自ら信じるところに従い、古今東西想いに挑み続けていく。

 

 そんな規模程度を度外視すればごく当たり前な現象は、常に起こり続けている。この物語はそんな想いに力を持った少女たちが、仲間とともに挑むものである。彼女たちは何を思いどう挑み、その果てに何を得るのか? 人はおろか神ですら掴みかねるものだった。

 

 

 「ん~、春って良いよねぇ春って」

 

 「現在進行形でだらけきっている穂乃果には感心しませんが、私としても同感ですね。鍛錬の効率がかなり上がります」

 

 「海未ちゃあん!? もっと別の方向から考えてみなよ? 春だよ!? 高校二年生の! いろいろいま私たちも音ノ木も動きやすいし、進路も魔法点加味されるから心配ないし!」

 

 「魔法推薦で進路を決めたとしても、学力は問われます! そもそも、穂乃果の学力だってとてつもなく優秀とはいいがたいんですよ!?」

 

 「まぁまぁ穂乃果ちゃんも海未ちゃんもヒートアップしないで落ち着いたら? 桜、すっごくきれいなんだから」

 

 四月五日の東京都千代田区中心部――その割にはらしからぬレトロさのある通学路を、三人の女子高生が歩いている。オレンジ気味の茶髪の少女と紺色ストレートの少女が何やら衝突気味なところを、淡いブロンドサイドテールの少女が仲裁しつつ和気あいあいとしている具合だった。事実、彼女たちの立ち位置と母校の前途は、かなり安定したといえる状態だったのである。ただし、よくよく耳を澄まし観察すれば、会話の節々に非日常的な要素も混じっていた。

 

 「海未ちゃん。自分でいうのもあれだけどさ、桜舞い散る魔法の名門音ノ木坂と在籍三人のエースって図式、広告にしたらとっても絵になるよね?」

 

 「は、恥ずかしいですが……確かに絵になるとは思います。序列六位の私と四位のことり、『無尽蔵の可能性』と呼ばれた穂乃果が結果を出したうえで揃うとなれば効果も大きいです」

 

 「海未ちゃんが乗り気なら、私また衣装作ろっかな♪? 新作のアイディアとかそろってきたし、演技もあの時海未ちゃんうまかったから」

 

 「こ、ことりっ!? また特殊気味な固定ファンが喜びそうなあれで人前に立つのですか!? もう当面の危機は脱したのですし、別に必要がないと思うのですが」

 

 紺髪ストレートの少女――園田海未はブロンドサイドテールの少女――南ことりの発言にかなり動揺してしまう。冷静沈着なタイプであり十分な能力を有する彼女だが、そうである故かかなりはずかしがる性分でもある。それでも昨年は緊急性の高い事情につき、勇気を奮い着こなしてみせた。ただそうであってもまたやりたいといえば別であったのだが、彼女と最も緊密な相棒は違った見解を持っている。

 

 「そういう割に、海未ちゃんことりちゃんがもってきた魔法少女のアニメのイラスト集、かなり見入ってたよ? ブルーレイも結構テンション高めに見続けてたし、かわいい格好に対する願望は強い方だと思うな」

 

 「あ、あれは演じるにあたって本質を覚えないとどうにもならないと思ったからです! そうやって意識していたら、周りが目に入りづらくって……。だいたい、穂乃果も私が日常的にそっちの方向に走っていたら変だと思わないですか?」

 

 「思わないよ。どんな格好をしてもどんな能力があってもどんな立ち位置にいても、高坂穂乃果にとっての海未ちゃんは大切な存在だから。その海未ちゃんが本気で好きになっていることなら、全力で私は応援できるな。むしろ、私も一緒にやりたくなっちゃうぐらいだし」

 

オレンジ気味の茶髪の少女――高坂穂乃果はそれまでとは異なる真剣さを帯びた声音で、海未にそう返す。周囲からはしばしばこうした信じる姿勢がすごいといわれることが多いものの、当人は別に特別な意識はなかった。ただ単純に、目の前にいる鋭くも脆い刃のような幼馴染を心から大切にしようと決めているからである。もっともそうした特殊な立ち位置に対するありかたこそ彼女の魅力であり、海未やことりが強く惹かれる決め手であった。

 

「やっぱり穂乃果ちゃんはこれでこそなんだよ。海未ちゃんも私も、他の人たちもこれで好きになれるんだし。話は変わるけど……今日やる始業式ってあとには入学式が控えてるんだよね? 確かそこで新入生代表のスピーチをやる子、かなり話題なはずだけど」

 

「私とことりと同じ、単身で国家級の価値があると称された序列入りの生体技能保持者――第五位ですからね。しかも一大魔法家系である西木野家当主。道中テレビ局スタッフらしき人も随分いましたから、かなり注目されてます」

 

「あ、それ記者会見で音ノ木入りますって宣言した女の子のことだよね? UTX学院側が何かまずいことやったって話だけど……海未ちゃんやことりちゃんも似たことはあったんだよね?」

 

「あの会見のような襲撃ではないですが、五名一個小隊分の技能保持者が二年前張り付いていたのは確かです。特に実害とまではなかったので放置しましたが、表ざたにならないように裏で動いた部門があってもおかしくありません」

 

「私はむしろ穂乃果ちゃんが何かされるんじゃないかと不安に思ってたよ。高レベルの技能保持者なんて相手にしても厄介だから、関係者の方が狙われやすいんだし。誰が来ても私で何とかできるけど、それまでの間に穂乃果ちゃんがどんなひどい目にあうかって考えるたらが気でなかったかな?」

 

海未の発言に続く形で、ことりも高校受験に対する実情を説明する。東西冷戦期初期に『実在が公表された』超能力――生体技能は世界の常識を一変させた。オカルトめいた能力が正式に存在したことはもちろん、能力の発動に際し使用される魔力が発見されたのである。ワンオブめいた要素の強い生体技能に対し、技能保持者なら程度の差こそあれ誰でもある魔力は、多分に応用要素が強かった。故にさまざまな事象を再現する普遍性の高い『魔法』という形で、魔力運用技能は一気に形作られたのである。現代日本においては人口における技能保持者の割合こそ二割五分程度だが、生体技能・魔法による直接応用双方の獲得技術は通常科学と並び確固たる分野を確立しているのである。

 

「ことりちゃんが暴れたら音ノ木が本当になくなりかねないし、そもそもここ都心の真ん中だから日本が危ないよ。ことりちゃんはいろいろ思うかもしれないけどさ、私は今いる世界が好きなんだ。海未ちゃんがいて、ことりちゃんがいて、友達と家族がいて、一杯思い出のある音ノ木とそれを含むこの世界。もっと続いてほしいって私は思ってる」

 

「大丈夫だよ、穂乃果ちゃん。全部が全部じゃなくても穂乃果ちゃんのいるこの世界は私も好きだし、嫌なことがあっても穂乃果ちゃんがいれば何とかなりそうって思えるの。海未ちゃんもそうだよね?」

 

「こればかりは……ことりと同感というしかないですね。良くも悪くもいろいろな意味でとても目が離せません。それに、私というありかたのためにも――園田海未が剣をふるい続ける意味のためにも、穂乃果は欠かせませんから」

 

「ありがとね、海未ちゃん、ことりちゃん。あ、でも今日から私たち二年生だからクラス変わるかもしれない――っあ、でも基本うちの学校単位制だし選択科目もほぼ同じだから仮に別になってもそんな変化ないはずだよ」

 

幼馴染二人の返答を受け、穂乃果は本心からそう返す。将来どうなるかわからないとしても、彼女は三人でまとまっていられる今を心から愛しているのである。そんな気分に浸りつつ、肝心の音ノ木坂女学院に到着したのだが、学年が上がる都合どうしてもクラス替えが発生してしまう。二人を安心させる意味合いでそう言及した彼女だが、しかし結果は逆の事態を招いてしまう。

 

「まず大丈夫だと思いますが……万一のことがあれば職員室ですね、ことり」

 

「大丈夫だよ穂乃果ちゃん。間違いを確認するだけだからすぐ終わるし、もし間違っていても直す数は何であったとしても私の生体技能ですぐ終わるから」

 

「二人とも実力行使はだめだから、だめだからね!? 私たち三人去年広告塔のようなことやったからそのボーナスで暮らす三年間一緒にするって約束とれたじゃない、ねぇ!」

 

明らかに臨戦態勢となった海未とことりを見て、かなり切迫した口調で穂乃果は止めに入る。本来しっかりしているはずの二人だが、愛する幼馴染が絡むと見境をなくしてしまうのである。そうなれば止め役に彼女が回るよりほかないのだが、すぐ二人を落ち着かせる材料を発見する。

 

 

「ほら見て二人とも! クラス、クラス同じだよ! これでもう平気だって」

 

「当然の結果ですが……やはり落ち着きますね。物心ついてからずっと穂乃果が隣にいたからでしょうか?」

 

「ここまで来ると前世でも私たちってすごく仲好かったんじゃないのかな? 今なら信じられそうだよ」

 

「前世かぁ。死んだ後も生まれる前もわからないけど、私としては二人がいる今が一番好きかな? この今を守れるなら、どんな相手でも戦えるぐらい、強くね」

 

「あー、新学期のっけからのろけてるエースの皆さん、もうそろそろホームルーム始まるよ? 特に始業式答辞にも関わるんならなおさらだよ」

 

到着した学院内にあるクラス分けリストが張られた掲示板付近にて、三人と同じクラスとなった女子生徒が呼びかける。主に良い意味で強烈な印象を放つ穂乃果たちの存在は、クラスメートとして気にかけるべきものなのである。さすがにこれまで無視するわけにはいかず、彼女たちはすぐさま意識を切り替え対応する。

 

「大分長引いちゃったけど、そろそろ教室いこう? クラスの顔ぶれとかもあるし、スピーチの準備もあるからさ」

 

「準備準備と日頃から穂乃果に言っている立場として、こけるわけにはいきませんからね。手早く、すませましょう」

 

「穂乃果ちゃん海未ちゃん、きっとやれることはやれたしうまくいくよ。どうも、ありがとね~」

 

穂乃果、海未、ことりの三名はそれぞれそう返すやすぐ所属の教室へと足を運ぶ。学院内である意味もっとも普通でない要素の多い面々であるが、こうした折に見せる動きは真に年頃の女子高生と呼ぶべきものだった。無論、彼女たちは残り二年の生活すべてが平穏無事にすんでくれると信じているわけではない。ただそれでも、力を合わせれば昨年のように乗り切れる。幸運と不運が混ざった一歩に足を進めるべく、穂乃果たちは新たな一歩を踏み出すのであった。

 

 

 

 

決意は、果たす段階となれば緊張を伴う。

 

たとえどれだけの準備と意思を整え臨んだとしても、いざ実行に至ればどうしても人間は身構えてしまう。何しろ当人が望む要素に対し、明白に足を踏み入れる行為なのである。それの伴う同様なり、衝撃があったとて特におかしい理由はなかった。

 

 だがそれでも、人は決意を果たそうとする。

 

 望みをかなえ、己の想いに正しくあるために。

 

 布石を打ち尽くし覚悟を抱き、ある少女もまた己が決意に臨まんとしていた。

 

「とうとう、私も来たんだ……」

 

 誰に聞かれるまでもなく、少女は一言漏らす。間もなく満年齢十六歳の入学したての女子高生にしては、特段違和感ないともいえる。新たな舞台に踊りだす身として、あるいは何らかの理由で足を運んだことがあるのであれば、春四月の入学に伴い感慨に浸ることもあるからだ。事実、年相応の立場として彼女にそう言う気持ちがないわけでない。

 

ただし、それよりもはるかに重く悲壮な意味合いで、赤毛の少女の意識は定められていた。

 

 <お姉ちゃんが死んで、みんなのつながりが壊れてからもう二年。そのきっかけも経緯も、私は全部後追いにしかならなくて、どうにもできなかった。けど、残った人もいて音ノ木坂もあって、私だって準備もできた。チャンスは一年きりだし、本格的な学校通いは初めてだから不安だけど……そんなこと、関係ないじゃない>

 

悲報から始まったこの二年間を振り返り、少女はそう考える。世間的な分類で『お嬢様』に該当する彼女は、姉代わりとその友人三人を本当に愛していた。だがその少女は二年前亡くなり、結果として友人たちもバラバラになった。だが親しい人間の喪失を味わいながらも、直接の当事者でなかったがゆえに彼女は動けた。八方手を尽くし布石を整えたうえ、本日より姉の通った女子高へと入学と相成ったのである。なんとしても、姉の愛した仲間たちを治してみせる。年頃の女子高生が抱くには強靭な信念を、少女は内に秘めているのである。

 

<それにしても、意外と庶民的な感じがする雰囲気なのね。予算もかなり費やされてるし内部施設は充実してるけど、このあたりは変なエリート意識を持たせない配慮なのかしら? 入学式でスピーチやるから準備含めて遅れちゃまずいけど……まずは>

 

 ちゃんと、会いにいかないとね。

 

外装は意外に抑えめとなる敷地内を歩みつつ、少女はこれから移る行動を確認する。道中複数の視線が自らに向かい、明らかに話題としているような会話が聞こえたが、日常的であり特段気にしなかった。特徴的な赤毛と白地赤の釘貫の家紋を背負う責務から逃れるつもりはないにせよ、この件に関しては純粋な個人としてあたりたいのである。でなければ会う人物と今なお敬愛する姉に、とても胸を張れなかった。そんな思惑を秘めつつ移動していると、中庭にて件の人物を発見する。

 

 「傷、だらけなのね……」

 

 直接目にするのはおよそ満二年ぶりとなる相手の背中を見て、少女は短くそう評する。はた目に見える両手と頬にある小さな傷もそうだが、それ以上に心身両面で内面に傷がありすぎるといわざるを得なかった。数多の傷を負い座り込むその後ろ姿は、かつて初めての出会いの折自身を颯爽と助けたものと異なり、あまりに見劣りせざるを得ない。しかし少女は、若干の落胆よりもはるかに強い衝撃じみた悲しみを感じたのである。

 

 <いろいろ情報を集めて、当事者からも聞いたはずなのに、本物を見たらここまで悲しくなるものなのね。始まりも途中もそれにお姉ちゃんが死んだ二年前も……何回も『死』にまみれ続けてきたなら当然じゃない。どの経験だって、一回でもあれば自殺する例だって起こりかねない悲劇続きだわ>

 

自分を救った白馬の王子とでもいうべき小柄な黒髪ツインテールの女子生徒のことを思い、少女はそう結論付ける。姉からよく聞いた彼女の逸話はどれも明るく爽快なものだが、そこに至るまでかなりの曲折を有したのである。物心ついて以来傷だらけであった彼女は、姉と出会った中学入学当初は最悪に近い域で荒んでいた。故にこの女子生徒は必然的に姉と友人二人と三・四ヵ月ばかり衝突が絶えなかったのである。ぶつかり合いの中で女子生徒の本質を知った姉は、言葉と拳と心を交え、ついに彼女と深い友情を結ぶに至った。以降は一番の親友というべき間柄となった女子生徒と姉だが、それでも長年つき続けた傷がいえきったといい難かったと少女は聞いている。その最悪の結末が、姉の死を引き金とした四人の崩壊だった。少しでも冷静に考えれば、女子生徒の傷は最も親しい友人であったとしても始末できなかったといえるのである。

 

 にもかかわらず、私は挑む。

 

 当事者でないどころか、姉のように他者を救い導く言葉もない身であるのに。

 

 <関係ないのよ、直面する困難とか、遂行に際するリスクとか、何より折れそうになる私の気持ちとか。直に経験したのよ!? どれだけの差があっても向かい合い続けてくれたお姉ちゃんと、歴代最強の西木野でも第五位でもない私を助けてくれたお姉ちゃんの親友を! だったら、迷う理由なんてどこにもないし、そうだからここまで準備できた。やってやろうじゃないのよ! これこそが私の――西木野真姫の>

 

「なすべき、ことだから」

 

気合を入れなおした少女――西木野真姫は、意を決して行動を開始する。とはいえ行動自体はごくシンプルなもので、眼前の座り込んでいる女子生徒に呼びかけただけだった。ただ普通の高校生には何ともない行為でも、抱える特殊さゆえに彼女にとってかなり勇気のいるものだったのである。ただ幸いというべきか、声そのものはすんなりと反応した女子生徒は、暗い雰囲気は置くとして手早く真姫へと振り返る。

 

「なによ、さっきから私のこと見続けたみたいだけ……どって、まさかあなた!?」

 

「覚えてて、くれたんですね。前会ったときはかなりゴタゴタしてましたし、あんまり話す機会もなかったですけど」

 

「会わなくとも写真ならあいつから何回も見せてもらってるし、そもそも親友が一番大事にしていた妹なのよ!? そんなことより、音ノ木坂で良かったわけ? そっちの実力ならわざわざ高校通いする必要もないし、肝心の私たちが……こんなだし。そもそも、序列第五位で西木野の当主でしょ?」

 

「器がひっくり返っていないなら、どこまでも治せってのが西木野の流儀です。どれだけそれが困難でも、やり続け成し遂げることの意味を、私はお姉ちゃんとあなたの背中から学びました。だから、今すぐ立ち上がってなんて言いません。ただ、私が教わった正しさをこの学校で果たすところ、見ていてくれませんか?」

 

語気を強めることなけれども、これ以上にない譲れぬ意志を込めて真姫は女子生徒にそう話す。本来なら良くも悪くもどちらの意味で、目の前の彼女と言葉を交わしたかった。ただ、お世辞にもつながりが深いといえない段階でそれを求めるには、あまりに厚かましいと真姫は判断したのである。だからこそ、行動による背中で示す。有言実行の宣言をして、最後に彼女は女子生徒の名前を口にする」

 

「矢澤、にこちゃん。今度は……今度は私が、助けます!」

 

「ま、真姫ちゃん!? そ、そんなこと言われても今は」

 

言い終えるや否や駆け足で去る真姫を、女子生徒――矢澤にこは呼び止めようとするも叶わず終わってしまう。しかし、残った感情としてあったのは困惑だけではなかった。忘れようもない悲しみと後悔の日となった二年前以来、自身に対しここまでまっすぐ向き合う言葉を向けられたのは初めてなのである。もちろんそれで、永年の傷も悲しみがたちどころに霧消したわけではない。ただ、『一番の親友の妹』という意味以外で、彼女の言葉に説得力をにこは確かに感じていた。

 

幾度も死を潜り抜け戦いながら、矢尽き刀折れ心砕けてしまい、地に墜ちた王子。

 

幾度も死から生を手繰り寄せ、力と心を磨き続け、天を駆ける姫。

 

性格も経歴も素養も才能もことごとく対極ながら、この日確かな接点を二人は得た。その果ての帰結がいかなるものとなるか、神すら掴めぬ混沌を秘めている。だがそれでも互いに前へ歩む意思を帯びて、西木野真姫と矢澤にこの物語は、始まりを迎えたのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 世界は天才のみで成立しない。

 

 革新的なアイディアは天才が生み出すものであり、それの具現化や普及もまた天才が行うものだが、人の営みは彼らのみではあり得ない。凡人の疑問なり視点から天才はアイディアを得ることもあり、普及や具現化にしても一般的な支持が必要となる。そもそも、従来の概念を一新するようなアイディアを持つ者が、その時点での基準で『天才』と評価されるかどうか怪しいものである。

 

 つまるところ、意外にも『天才』の基準はあいまいである。

 

 裏を返せば凡人と思う人間であっても、本心から挑んでみれば意外な才能を開花させる事例の存在を意味している。もちろん失敗終わってしまう例も多い。だが結末がどうであれ獲得した経験は無駄とならず、次への応用や別分野での活用が期待できる。こうした考察を抱いているかどうか怪しいが、ここ音ノ木坂学院にも新たな領域に挑もうとする『凡人』が動き出そうとしつつあった。

 

 「かよちん、凛初めてスピーチがかっこいいって思ったニャー!」

 

 「うん、今回は本気でそう思えたかな? 演壇に立ってる子が私たちと歳が同じの序列入りで、クラスが同じだって考えるとすごかったよね」

 

 「あ、でも序列入りって凛たちの一個上の学年にも二人いるんだよね? それに技能検査でかよちんか凛に『ランク7』の判定が下れば完璧にゃ!」

 

 「凛ちゃん!? さすがにそれは夢見すぎだよぉ……」

 

 明るい赤毛短髪の少女に、同じ短髪の茶髪の眼鏡少女が入学式を終えた教室への道中にて、そんな会話を交わしている。桁違いに該当する高坂穂乃果のような人望や西木野真姫のごとく才能に彼女たちは恵まれているわけでは決してない。世間一般における平均的な学力と生体技能を有した、ごく普通の少女たちである。ただし、あくまで『この時点』という但し書きが付随することもまた事実である。

 

 「技能検査(スキルチェック)で生体技能はっきりすれば、やれることがきっと増えるはずにゃ! 少なくとも凛たちは『ランク4』以上は確定なんだし」

 

 「魔法科推薦での必須条件だからね。まぁ、凛ちゃんの場合は内申点の方が……」

 

 「かよちん!? あの地獄の日々はあんまり触れられたくないにゃ! 定期と小テストだけじゃなくて提出物とか授業態度とか涙ぐましい日々をすぐ思い出すのは酷にゃ~!」

 

 「けどそのおかげで音ノ木坂に合格できたってことを思えば、悪くないんじゃないのかな? 私たちの年度がかなり入りやすかったのもあるけれどさ」

 

 朱毛短髪の少女の悲鳴に、眼鏡少女は落ち着いてそう返す。都内や関東地方はおろか、日本全国区から見ても有力な魔法科設置校である音ノ木坂学院だが、数年ばかりゴタゴタ続きだった。少女たちの二学年上が優秀ぞろいだったらしいのだが、二年前の五月の事件によりそのうち過半が失速してしまったのである。これだけならば競合校といえるUTX学院の優勢となるはずであったが、去年に入り大規模なスキャンダルが発覚した。同校のスカウト班が演壇にも立った西木野真姫に対し、『暴行』を伴った勧誘を行ったのである。被害を受けた彼女は事実を公表し、自身の入学と全西木野関係者・資産のUTXからの撤退を宣言し、実行した。有力魔法家系トップの突然の方針転換に当時二校はもとより、魔法教育界全体に激震を走らせた。

 

 「稀にみる好機をものにしたい音ノ木坂と、スキャンダルからの回復を狙いたいUTXは勧誘合戦をやって、他の学校もつられて随分な売り手市場状態。どこもかしこも募集人数を増やすような展開だったから、相対的に倍率も落ちたんだよね。だからこそ、推薦が狙いやすくもあった」

 

 「かよちんのいったことに間違いはないけどさ、ここに来るまでだってかなり大変だったんだよ? それに、凛が聞いた話じゃ、入ってからも音ノ木坂は苦労するって話みたいにゃ。今の生体技能の評価が、出力以上に応用幅で評価されることが多いし。凛の生体技能、出力はともかく応用でどこまで使えるのか……」

 

 「能力が直接使用者の身体に作用するタイプより、周辺に展開する方が確かに便利だからね。けど、凛ちゃんの生体技能だって悪いものじゃないよ! 強化ポイントを任意にいじれるなら、そこからの派生幅も広いって」

 

 「確かに……言われてみれば確かにそうにゃ。いろいろできるから良いことも、あの時みたいにひどいことだってやれちゃう。けど、そんなもの全部ひっくるめて星空凛のスクールライフが面白くなりそうだって思えるにゃ」

 

 朱毛短髪の少女――星空凛は一瞬憂いを見せたのち、明るく感想を口にする。外見からの想像通り、奔放な猫じみた声色ははた目どころか彼女と一定以上知る人間が聞いたとしても、予想通りと判断できるものだった。しかし、その奥に未だ残る暗さを、傍らの幼馴染は敏感に感じ取ったのである。

 

 <やっぱり、凛ちゃん意識し続けてるんだ。無理も、ないよね? あんな血なまぐさい事件、五年過ぎたぐらいじゃ忘れるなんてできっこないよ。しかも……私から始まったようなものでもあるから、重くもなっている。このこと、私がやっぱり何とかしなくちゃいけないよ>

 

 茶髪眼鏡の少女――小泉花陽はことさら明るくふるまう親友を見て、改めてそう考えてしまう。水準以上の生体技能を持ちながらもそれ以外は平凡な彼女と凛の関係は、五年前ある転機を迎えることとなった。物静かというより臆病に近い小学生だった彼女は、半ば必然的にいじめの標的とされた。しかし自体を察知した凛の介入により、致命的に至らないうちに事なきを得たのである。ただし、それは意図せざるうえ事後の追及もなかった代わりに血生臭さを伴う決着だった。特に加害者や被害者以上に、凛の負担が大きかったのである。

 

 すなわち、トラウマ。

 

 だからこその解決。

 

 かけがえようもない幼馴染に救われ、なおかつ相手が傷を残しているとするならば、それを癒やすことは責務といえる。そんな心情を抱く花陽は、高校受験に際し魔法科設置校を凛とともに受けることを考えた。後半に魔法・生体技能方面に三年関関わるこの選択に幼馴染は賛同するも、しかし学力という面で足枷を残していた。故にあの手この手で内申点を一定確保したのち、面接と実技試験方式による入試方式にかけたのである。

 

 「そもそも、入るまでにとんでもない苦労続きだったなら、楽しまなくちゃ損にゃ! クラスはかよちんと同じだったけど、部活どうしようかな……」

 

 「特に突き抜けて凄い部っていう意味なら、ない気がするんだよね。二年前は部単位でスクールアイドルが活動していたけど、今はストップ状態だし。去年のスキルコンテストだって優勝したのは個人部門だったよ」

 

 「あそこに出てた今の二年生の三人はすごかったにゃ~。戦い方もそうだけど、立ち振る舞い全部がきれいだったし。凛たちもああなれるかな?」

 

 「訓練次第じゃないかなぁ? 二年前の事件があっても、なんだかんだで魔法科の充実は高いレベルだし、元が良い凛ちゃんなら私はやれるって思うけど。というより、部活って魔法関係以外でも良いんじゃないの?」

 

 凛の質問に対し、花陽は何気なくそう返す。魔法科推薦合格を果たす程度に生体技能に優れた幼馴染なのだが、運動神経も実はかなりのものなのである。特に陸上と女子サッカーに優れており、公式大会でも上位に食い込むほどだった。彼女としては幼馴染が目指せる方向が複数ある以上、どうしてもますはそこを把握したかったのである。そんな花陽の問いに、凛はやや考えるそぶりを見せたのち答えを告げた。

 

 「魔法関係でも運動部でも良いんだけど、凛としてはかよちんと同じ部活に入りたいにゃ。実際中学の時は入賞しても助っ人での参加が多かったし、メインの所属はかよちんと同じ文芸部だったもん。やっぱりかよちんとしては料理部とかあった方が良いにゃ?」

 

 「その選択だと凛ちゃんが致命的になりかねないよ!? 文芸部とかで良いよ、それ以外なら経験活かして凛ちゃんが入った部活のマネージャーとかで上手くやれるから。その辺が私たちにとってプラスだと思うな」

 

 「ん~、ベターだって凛でもわかるけど、何となく今まで通りの気がするにゃ。なんかこう、有名人とすっごく仲良くなるとか、巨大な陰謀と戦うとか。あの音ノ木坂でも非日常の連続ってないはずにゃ」

 

 「やっぱりそうだよ凛ちゃん。物語みたいな事件に実際巻き込まれっぱなしなら、普通に高校生している私たちじゃ身がもたないよ。そういうのって、登場人物の友達ぐらいが一番な気がするかな?」

 

 「けど、世の中何が起こるかわからないにゃ」

 

 花陽の常識的な回答に、しかし凛は意味ありげにそうつぶやく。とはいえ考え込むタイプでない彼女の場合、何気ないつぶやきは大抵直感的に洩らされるものである。ただ経験則として、大きな変化に直面した際の直感がよく当たるとこの少女は肌で感じている。そんな発言にやや顔を驚かせている花陽に対し、凛は平素と同じ快活な調子で言葉をつづける。

 

 「そんな気持ちでいればさ、どんなことがあっても楽しめる気がするって凛は思うんだ。かよちん、本当にやりたいことが私たちで違うこともあるかもしれないし、進む道だって私たちで別になるかもしれない。けどさ、どんなことがあっても音ノ木坂での三年間――ううん、それから先もずっとお互い、大切でいよう? それならきっと、何があっても大丈夫な気がするから」

 

 「凛ちゃん!? 入学していきなりそんな湿っぽいこと言われても……けど、良い言葉かな? 私もさ」

 

 ずっとお互い、大切でいたいから。

 

 ともすれば告白じみたともいえるセリフを、しかし花陽は声こそ小さいがためらうことなく凛に返す。非日常のことはおくとして、ごく普通にこれまで生活を営んだ十五歳の少女が先々の見通しを長く考えるなどどたい無理がある。ただそうであっても、指針となりうる存在があれば別だった。いかなる困難が生じても、すがれる何かが存在する。効果のほどはいかほどなのか、そもそも該当する局面はあるかは別としても、花陽にとって存在自体がありがたかった。

 

 「ああ、もう長々しすぎてるにゃ! いこ、かよちん。私たちの新しい舞台、始まってるんだから」

 

 「そうだね凛ちゃん。じゃあ、一緒に行こう!」

 

 「さぁ、今日から元気にいっくにゃ~!♪」

 

 特徴的な掛け声とともに、凛はステップ気味に一路教室へと向かいだす。そんな目立ちがちな幼馴染を、しかし花陽はどことなく嬉しそうに後に続いていく。比較的ありがちで、主観的に明るい二人組は、こうして新たな舞台へと一歩を踏み出すのであった。

 

 

 かくして同じ舞台で違う物語が、ほぼ同時に始まりを迎えた。ただしそうであっても名うての火薬庫に強力な火薬が置かれ、乾燥を伴う季節のような情勢続きなのである。遅かれ早かれ出来事ひとつであっても、一つの巨大な火炎として具現化するはずだった。だが同時に、火薬と表現された少女たちはいずれも破壊の意思も持たず、時勢するための知恵と術もある程度働いているのである。少なくとも無用な刺激さえ与えなければ、集った少女たちは穏やかなつながりとして生活を送れただろう。

 

 だが焦る外部は、そんな事情も知る由もなく、火種を音ノ木坂学院に持ち込んだ。

 

 それも悪いことに、少女たちへ悉く、危機感と臨戦態勢をもたらすものである。

 

 すなわち。

 

 『魔法科高校集中運用に伴う、音ノ木坂女学院統廃合通達』、である。

 


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