Melty Gaia Co-star   作:牧坂陣

3 / 4
第2話 勇者立つ

 キーボードのキーを押す小気味よい音が、乱雑に機械の部品が散らばる室内に響く。

「送信、っと」

 

「ようやく一段落ついたかな」

 一見するとラボのようにも見える部屋で、キーボードを叩いていた青年・高山我夢は、仕事が一段落した安堵から、大きくため息をついた。つい先日出現した金属生命体との戦闘データを、データベースに登録し終えたところだ。

 

 ここは、エリアルベース、赤道軌道上に浮かぶ空中要塞、人類の英知を結集して創られた地球防衛の最前線。

 半年前、人類に対して「根源的破滅招来体」と名付けられた未知なる脅威による攻撃が開始された。しかし、世界中で同時多発的に誕生した天才児集団のネットワーク・アルケミースターズは、その頭脳を結集して創り上げた光量子コンピューター・クリシスを用いて、その襲撃を予測していた。

 いずれ来る人類への外敵に対抗するために創設された組織・対根源的破滅地球防衛連合、通称G.U.A.R.D.の先鋭部隊XIGの空中母艦、それがこのエリアルベースなのである。

 

 根源的破滅招来体の地球侵攻が始まってからの半年間、ワームホールから送り込まれる尖兵怪獣、模倣する金属生命体、精神を侵す波動生命体、滅びた筈の生物群の亡霊、地脈の具現化した龍、宇宙の再創生を目論む反物質生物、地底に潜む怪獣……、思い返すとキリがないほど、我夢は想像を遥かに超えるものと相対していた。

 そう、我夢は戦い続けていた。XIG隊員である高山我夢として。そして、地球から授けられた光により変異した自身、ウルトラマンガイアとして。

 

 我夢は腰のツールボックスから三角形の装置を取り出し、机の上に置いた。

 装置の窓の中では、赤と青、二つの光が明滅する。光を解放するもの・エスプレンダーと名付けたその装置に込められた光こそが、我夢が与えられた力なのである。

 破滅が初めて地球に舞い降りた日、地球より授けられた原始のマグマを想起させる赤き光によって、我夢は雄々しい巨人・ウルトラマンガイアへと変身した。その日以来、我夢は赤き光の煌きにより、その姿を巨人に変え、人類に迫る脅威と戦い続けていたのだった。

 そして、かつて、ウルトラマンガイアと相対したウルトラマンがいた。アグルと名乗るウルトラマンは、この蒼き星を護るためには人類を排除することこそが答えだと信じて戦っていた。だが、その答えは破滅に歪められた答えだった。自身の信じたものに裏切られ、そして、守るべきものすら見失ったアグルは、我夢に青き光を与え、その姿を消した。

 何時頃からか我夢は、自室で独りになると、こうして、光を見つめていた。

 何故、自分が光を授けられたのか。何故、二つの光は戦わなければならなかったのか。

 時間が解決すると思っていた疑問は、解決するどころか、増していくばかりである。だが、問答を続けていても光から答えが返ってくることはない。

 光からイメージを一方的に送られることもあるが、光そのものは力の結晶であり、そこに明確な意志は感知したことはない。それでも、いつか答えが返ってくるのではないかという想いが、この習慣を途切れさせず続けさせていた。

 いつもの通り、エスプレンダーの中、光は柔らかな瞬きを見せていた。見つめる我夢。いつもと何ら変わらない筈だった。

 突然、二つの光が部屋を包み込む程の強い閃光を放った。

 

 光の収束を感じ、ゆっくりと目を開いた我夢。

 規則的に敷き詰められたタイル、整列する石柱、遠くに見える山々の影。ここが何処かであるかという疑問に、得られた情報から導き出される答えは単なる高層ビルの屋上。だが、そんな中でも、現代の建築物に似つかわしくない、遺跡じみた無数の柱が光景の倒錯を与えていた。

 声も出ない。だが、それはこの建物の持つ容貌そのものの不釣合いな構成に対してではない。

――紅。目に映る全てが、まるで血しぶきを浴びたかのように紅に染まっていた。

 かつて、アグルとの決戦の直前、警告のように脳裏に送られた破滅の光景。文明が、自然が、全てが砂に帰した光景とはまるで異なるが、今、目の前に広がる紅の世界も破滅の世界を想起させた。

 ふと、背後に感じる気配。振り返ると、そこには、紅く染まる満月を背に、女がいた。差し込む月光によりその表情は伺うことは出来ない。が、長いスカートと透き通る金色の髪をたなびかせるその姿は、どこか、異国の姫のようだと思えた。

「――君は」

 

 そう問いかけようと声を上げた瞬間、意識が引き戻された。何の変哲もない自室。エスプレンダーの中で、光は柔らかな瞬きを湛えていた。

「何だったんだ……。今の」

 突然の出来事に呆けているところへ、追い打ちをかけるように、けたたましい警報が鳴り響いた。音の出処である机の上に置かれた時計型の通信端末はアラートランプを点滅させている。

「こちら、我夢。何かあったのかい?」

「ポイント621B8で奇妙なスペクトル反応をキャッチ。直ぐにコマンダールームに来て!」

「わかった。すぐ行くよ」

――ポイント621B8。確か、以前に未解決事案のファイルに軽く目を通していた際、何度かその名を見た記憶がある。だが、今はそれを思い出している余裕はなさそうだ。

 椅子の背もたれにかけた上着を手に取り、我夢は駆け出した。

 

 エリアルベースの艦橋、指令を下すコマンダールームに、講義に遅刻した学生のように我夢が走り込んでくる。既に室内ではXIG司令官・石室とチーフ・堤が臨戦態勢のピリピリとした雰囲気を醸し出している。

「高山我夢、到着しました」

「我夢、こっち。データベースとの照合はもう済んでいるけれど、これって……」

 通信モニターで話していたオペレーターの敦子に促され、我夢はモニターのデータを見る。

「これは……」

 我夢がコンソールを操作すると、コマンダールーム前面の大型モニターに三つのグラフと、二枚の写真が表示された。

 表示された写真に写っていたのは、赤と青、二人の巨人だった。

「ガイアとアグルか」

「はい。このグラフを見てください。左がガイア、中央がアグル、そして、左が今回観測された波形。ガイアとアグルのものを比較した場合でも実際、差異は大きい。しかし、ここ。この完全に一致している波形のパターン、これはウルトラマン特有のスペクトル構成なんです」

 並ぶ三つのグラフの差異は確かに激しい。だがその噛み合わない山と谷の中でピタリと一致する区間が確かに存在している。我夢の言を借りるなら、それがウルトラマンを判別する波形ということになる。

「つまり、今、ポイント621B8にはウルトラマンがいるということか?」

「いえ。観測されたスペクトルはガイアやアグルに比べると、一瞬強い反応があった後は微弱な反応が続くだけ。この点は明確にウルトラマンと異なります。――ただ、それに類する何かが存在していることは確かです」

「ウルトラマンに近い存在か。だとすると、何が起きるとも限らない。チームライトニングに出撃準備体勢をとるように伝えてくれ。――それと、我夢。現状では不安材料が多い。詳細なデータを取るために先行して、調査に向かってくれ」

 気が付かない内に、余程険しい顔でもしていたのか。石室からの命令が飛ぶ。

 石室は我夢がウルトラマンガイアであることを知る数少ない人物だ。自分とアグル以外の、新たなるウルトラマンの存在の可能性に憂慮する我夢への助け舟だろう。

 石室の言うとおりの不安材料は多い。直感的なものだが、さっきの幻視が、今回のスペクトル反応と無関係とは思えなかった。

「了解」

「今回、異常が観測されたポイント621B8にある三咲町と南社木市では一年前、幾つか不可解な事件が発生していた。当時、根源的破滅招来体との関連も僅かだが疑われ、諜報部による調査が行われていた。もしかすると、今回の現象と何か関係があるかもしれない。十分に注意してくれ」

 堤チーフから手渡されたのは記録メモリー、その不可解な事件のデータが入っているのだろう。

「それではファイターEX、高山我夢。出撃します」

 不可解な事件と奇妙な観測データ、そして自らの幻視した光景に、少しの胸騒ぎを感じながら、我夢は格納庫へと走り出した。

 

――太平洋上、白銀のボディの戦闘機・XIGファイターEXは音速を越えたスピードで日本を目指していた。

 少し窮屈さを感じるコクピットの中で、我夢はかつて三咲町近辺で発生した事件データを読み返していた。当時、この中規模都市で起きたセンセーショナルな事件は全国で大々的に報じられていたのを、はっきりと覚えている。

 三咲町で大量の血液が搾取された遺体が発見されたことに端を発する事件。これを所以として、事件は「現代の吸血鬼による殺人」、などと盛り上がりを見せていた。

 怨恨、通り魔、様々な憶測を呼んだが、結局、その手口も、犯人に繋がる証拠も何も得られないまま、二人目、三人目、と被害者は増え続けた。そして、ちょうど八人目の犠牲者が出た頃、南社木市内のホテルで大量行方不明者が発生した。

――大量行方不明、表向きはそう発表されていたが、公開されていない事件の概要と凄惨な現場の画像ファイルを視る限り、被害者たちは最早この世には存在していないとしか思えない。

 しかし、不思議なことに、南社木市での事件から程なくして、吸血鬼事件は終息したのだった。終息、といっても犯人が捕まった訳ではない。ぱたり、と事件が発生しなくなったのだ。

 そして、現代の吸血鬼は何時しか他愛もない事件、スキャンダル、そして、破滅の襲来の衝撃に埋もれ、人々の記憶の片隅へと追いやられていった。

「現代の吸血鬼、か」

 読み込んだ資料を閉じて我夢は思案する。

 導き出した結論は、これはXIGでは解決のしようのない事件であるということだ。

 そもそもこの未解決事案に組み込まれる事件は、G.U.A.R.D.が関わりながらも、精査の末に根源的破滅将来との関連が薄いと判断されたものばかりだ。この吸血鬼事件は、本格的に破滅の侵攻が始まる以前、つまり、破滅というものの形態が定まっていない時期に起きたもの。根源的破滅招来体が関わる事件が起きた今になって改めて見直してみれば、この事件と破滅の関連は薄いように思えてしまう。

 そして、根源的破滅招来体が無関係であった場合、ある種の特殊な技術を使用した者が犯人だと考えられる。だが、それを突き止めるのはG.U.A.R.D.やXIGの仕事ではない。それを追う者達は他にいる。

仮に、世間が言うように吸血鬼、または吸血生物の仕業なのだとすれば、話はまた変わってくるのだろうが――。

「それじゃあオカルト、と言うよりもファンタジーの世界だよな」

 有り得そうもない仮説に独り言と苦笑いが漏れる。

 事件ファイルを閉じた丁度その時、ファイターに備え付けられた通信機が電子音を鳴らした。事件の最中の緊急連絡、あまり喜ばしい報告ではないことは確かだろう。

「こちら我夢。また何か異常が?」

《お察しの通り。今、三咲町の高層ビルで崩壊を確認。衛星からの画像では怪獣、それに準ずる脅威は確認できないけれど、既にチームライトニングも出撃したわ》

「了解」

――ビルの崩落。怪獣の存在は確認されていないというが、物理的な被害が発生してしまった以上、一筋縄で済む事態では無いだろう。

 光が何を伝えようとしていたのか。その答えは、きっとこの異変の中にある。直感に過ぎないが、そうとしか思えない。

 急がなければ。

 スロットルレバーを押し込み、ファイターは更に速度を上げ、三咲町へと向かう。

 

――三咲町上空。転送されてきた座標を見るまでもなく、異変の発生したポイントは判別できた。このありふれた地方都市で一番の高さを誇るだろう高層ビル、その一角が崩落を起こしていた。

《こちらチームライトニング梶尾。我夢、そっちの様子はどうだ》

遅れてエリアルベースを出撃したチームライトニング・リーダーの梶尾からの通信が入る。

「エリアルベースからの通信にあったビルの崩壊を確認。しかし、怪獣、それに準ずる存在は確認出来ません」

《そうか。もう数分もしない内にそちらに到着する。引き続き警戒を頼む》

「了解」

 空中で静止するファイターのキャノピー越しに、我夢はビルを観測する。 ビルの高さは平均的な怪獣の全高よりも少し高い。建設途中のためか、崩落を逃れた区画には、ビニールシートを掛けられた部分や、剥き出しの鉄柱が立ち並ぶのが見える。

 これといって珍しい形をしたビル、という訳ではない。だが、その光景に何故か違和感を覚えてしまう。

 

 ビルの最上部は、床面積の三分の一程度が崩落していた。

 XIGに入隊して以来、怪獣によって破壊された建築物を幾つも目にしてきた。ある時は怪獣の撃ち出す光弾による破壊、ある時は怪獣の吐く火炎による破壊、そして、またある時は怪獣の大質量の肉体による破壊。

 今回のビルの崩落をカテゴリーに分けるならば、怪獣の肉体による直接的な破壊が近い。

 脅威の姿形を確認出来なかったが、破壊という確実な干渉があった以上、物質やエネルギー、何かしらの痕跡がある筈だ。

 ファイターと名を関しているが、このEXは司令機としての側面が強い。我夢が自身の専用機として使用するようになってからは、我夢の好みに沿うように各種のセンサーや調査機器が、多く搭載されていた。

 手元の端末を操作し、搭載されているセンサーのスイッチを入れる。全ての機器で異常に繋がるデータが検出されることを端から期待はしていない。破滅の関わる事件に関して言えば、人類にとって、未知の領域から引き起こされる事象が殆どだ。一つでも、引っ掛かるものがあれば、御の字。それを調査の取っ掛かりに出来る。

 だが、次々と送られてくるデータに異常な数値は見られない。

「そうなると……」

 後は直接、目視で痕跡を見つける。現状の装備で確認できるものがない以上、残された調査方法はそれくらいだろう。

「いずれにせよ、梶尾さん達が到着してからだな」

 きっと、屋上に降りてみれば何かが解る。

 この事態の原因究明はもちろんだが、到着してからずっと頭の中を駆け巡る違和感を払拭できる、そんな気がしていた。

 

 やがて、レーダーの隅に三つの光点が現れた。三機編成、梶尾達、チームライトニングの到着だ。

「梶尾さん、到着早々すみません。屋上に降りて直接調査をしたいんです。その間の警戒、お願いしてもいいですか?」

《わかった、気をつけろよ。我夢》

「さて、行ってみるか。PAL、屋上に降りたいんだ。建物への横付け、頼むよ」

『わかりました、我夢。落ちないように、気をつけて』

 スイッチを切り替え、機体のコントロールをAIのPALへと譲渡する。

 ビルの崩落部分はもちろんのこと、一見無事な部分にも柱が立ち並び、ファイターを直接ランディング出来そうもない。故に、ビルに横付けして飛び移るという手段を取らざるを得なかった。梶尾からの注意も、異変由来の不測の事態と、屋上への飛び移りに対しての意味があったのだろう。

「よっ、と」

 軽い掛け声とともに、ジャンプ一つで屋上へと飛び移った我夢。ウルトラマンガイアにその身を変えた時ほど軽やかな動きではないが、己の身で戦うにあたって、体を鍛えている成果は感じられる。

 屋上に降り立ち、周囲を見回したことで、直ぐに、持ち続けていた違和感の正体が解った。俯瞰では確証が得られなかった。だが、今ならはっきりと解る。

 視たことのある光景。初めて訪れた場所だと言うのに、ここを知っている。

「やっぱり、さっき視たのは、ここだったんだ」

 遺跡めいた柱の間を我夢は彷徨う。血のように紅さこそ無いものの、そこは幻視した世界そのもの、だとすれば――。

 ある一点。そこに、確かに我夢は立っていた。

だが今、そこに紅い月などある筈がない。そこに、彼女がいる筈もない。ただ、澄み渡る青空と、黄金の朝日だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 真夏の太陽が照りつける中、人々の喧騒とセミの声、そして、ヘリコプターのローター音が街に響く。立ち上る陽炎とアスファルトの焼ける匂いが、真夏の暑さを加速させていた。

 高層ビル・シュラインの周囲には規制線が張られ、閉ざされた敷地の内側では、制服姿の職員達が、忙しなく機械の操作をしている。

突然のビルの崩落に、その後、目立った動きは見られないが、今後何かしらの異常が起きた際、直ぐ対応できるようG.U.A.R.D.の地上基地・ジオベースから機材の輸送を要請していた。朝から続いていた機材の設置も一段落着こうかというところだ。

「これでよし」

 ジオベースの職員に混じり、機材の設置を行っていた我夢は、滝のように顔から滴る汗を拭った。作業に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか周囲には人集りが出来上がっていた。

規制線の外から聞こえてくる会話に耳を傾けると、話題はどれも根源的破滅招来体への不安ばかりだ。

だが、実際にそうと決まった訳ではない。しかし、それを否定する材料も今のところ提示出来ない。故に、街の住民たちが常に気を張り続けなければならない状況はしばらく続くだろう。その間、ずっと人々の生活に破滅による恐怖が付き纏う。

この街に限ったことではない。世界中の何処でも起こりうる事、だからこそ、人類は疲弊していた。

「さて、上の方はどうなっているかな」

 ジオベースから借り受けた機材の一部はEXにも積み込んだ。宙に停滞するEXは、今朝方からずっとデータを送り続けていた。

 宇宙線、エネルギー反応、その他諸々、累積したデータにざっと目を通すが、そのどれもが平常値を示し続けていた。

「異常なし、か」

 その中の微動だにしない、あるグラフ。我夢はその一点を見つめていた。それはたった数時間前、エリアルベースで反応をキャッチしたスペクトルを検出するデータ。この場所に「光」を持つものがいた。それだけは確かなのだ

 

 

 

 

 

「チャーシュー麺、大盛りで」

一見不良めいた外見に似合わず、無口な若い店主は注文を聞くと、コクリと小さく頷いた。

日も沈みかけた頃、ようやく調査機材の設営とモニタリングが一段落し、時間が空いた我夢は公園の外周に店を構えていたラーメン屋台を訪れていた。昼は現場調査に追われ、軽食を取る時間も無いが、空腹すら忘れるほどであった。だが、仕事に区切りがつくと、不思議なもので、空腹が蘇ってきた。そんな折に、何処からか流れてくる香ばしい匂いに導かれ、見つけたのがこのバイク屋台だ。

 

目の前に置かれた器には大輪のチャーシューと味玉が一つ。

 店主は、菜箸を“サービス、お疲れさん”と言うかのように動かしている。

 炎天下の中、汗水流した身体に塩分の染み渡った煮玉子は、まさに天の恵みだ。制服姿の来店で、催促したような気恥ずかしさもあったが、それでもありがたいものはありがたい。

「ありがとうございます!……いただきます!」

手を合わせ、ラーメンに手を付けようと割り箸を割ったその時、ふと、射抜くような誰かの視線が貫いた。辺りを見回すが、それらしい人物を見つけることは出来ない。気のせいかと、ラーメンを啜りだすが、やはり、何処からか見られている、そんな感触が残り続けている。

薄気味の悪さにキョロキョロと周囲を見回す我夢の様子に見かねたのか、店主が、指先で、コンコンと我夢の左隣のテーブルを叩く。

左隣を見るが、そこにはやはり誰もいない。が、視界の低い位置に黒い何かが見えた。少し目線を下げると、隣の座席に、大きな黒いリボンを首につけた黒猫が座っていた。ジッと我夢を見つめるその眼は、まるで血のように紅い。先程から感じていた視線の主はどうやらこの黒猫らしい。

「さて――、君はどうして僕を見ているのかな?」

 あいにく、アルケミースターズの数ある発明でも、動物の言語翻訳機は未だに実用化されていない。猫の気持ちを図る術はなく、想像するしか無い。

――しばしの沈黙が流れる。

「そうだ!トッピングのなると、追加お願いします」

我夢の意図することを察した店主は、数枚のなるとが乗った小皿を無言で差し出した。

「ほら、食べなよ」

 小皿を黒猫の前に置いたが、黒猫は目の前の食べ物には全く興味が無いのか、皿を一瞥しただけで、また、その視線を我夢へと戻した。黒猫は鳴き声一つ上げずに、ただただ我夢を見上げる。まるで、その紅い眼を我夢に焼き付けるかのように。

 どれほどの時間が経っただろうか。それまで微動だにしなかった猫が突然立ち上がり、もう我夢への興味を失ったかのように踵を返し、椅子から飛び降りた。ただの一度も振り返ること無く、足早に公園の闇の中にその黒い身体を溶かして黒猫は消えていった。

「おーい!……何だったんだ?」

 不思議な猫の行動に首をかしげていると、響くコンコンと屋台を叩く音。店主が、菜箸を、“早くしないと麺がのびるぞ”と動かしていた。

 

 

 

 

 

 少し遅めの夕食を食べ終えた後も、我夢はシュラインの外周で調査機材のチェックとビルの調査を続けていた。そろそろ日も変わろうという頃、ずっと取り続けていた各種のデータに異常な値は見られない。結局、ビルの崩落現場からは原因に繋がる決定的な証拠は見当たらず仕舞い。そんな調子で幻視の意味を考える暇すら無かった。

「だいぶ、遅くなっちゃったな」

 本当ならば設営終了の段階でエリアルベースへと一旦帰投するつもりだった。それでも、何かが起こるのではないか、そんな不安から街に残り続けていたが、それも杞憂に終わりそうだ。

「そろそろエリアルベースに戻ろうか」

 EXは今もデータ取りのために上空に停滞している。ベースに戻るならば、一度地上へ呼び戻さなければならない。

 PALに連絡を取ろうと、開いたXIGナビの画面に一瞬ノイズが走った。

「ん?」

 途端、傍らに置いた端末がけたたましいアラートを上げた。

「何だ!?」

 慌てて、拾い上げた端末の画面には、異常の発生を示すポップアップが表示されている。

 検出されたものは、強烈な電波。詳細を確認しようとしたその瞬間、各調査機器から送られていたデータがシャットアウトされた。

 と同時に、聞こえる――嘲笑う声。

 背後から響く衝撃、振り向いたそこには、巨大な光の柱があった。妖しげな紫の光の中、巨大な影が蠢いていた。

 

 

 

 

 

 周囲ではジオベースの職員達が対応に右往左往している。

エリアルベースとジオベースへ通信しようとボタンを叩くが、XIGナビもノイズが表示されるだけで、反応を示さない。連絡が取れずとも、両ベースできっと異変を察知しているだろうが、正確な状況が掴めているかはわからない。

もっとも、通信網が生きていたところで待機中のチームライトニングが到着するまで、どれだけ早く見積もっても十分強は掛かる。到着までに怪獣が姿を露わにし、街を蹂躙し尽くす。それが最悪のシナリオだ。

現状、戦力になりそうなのはEXだが、通信が取れない以上、上空で停滞しているPALに指示を出すことも出来ない。それ故にEXの挙動はPALの判断に任せるしかない。他にある戦力といえばジオベースの調査車両に積んでいる火器だが、携行火器を中心とした必要最低限の武装でしかない。これが十分な火力だとは思えない。

戦うための手段が乏しい以上、いざとなれば――ガイアに変身するしかない。

 腰のツールボックス、エスプレンダーへと手を伸ばそうとしたその時、背後に視線を感じた。

それは、まるで射抜くような視線。そう遠くない、数刻前にも感じた感覚。

振り向くと、十数メートル先、公園の林の前に少女がいた。青い髪、黒いドレス、そして、その瞳は血のように紅かった。

全く知らない少女。だが、何処かで出会った少女。そんな奇妙な感覚に我夢は襲われた。

目があうことで、我夢が自身に気づいた、その事を確認した少女は、一言も発すること無く、背後の林の闇の中へと溶け込んでいく。

 異変を放っておく訳にはいかない。しかし、異変の真っ只中に飛び込んでいった少女を放っておく訳にもいかない。関連こそわからないものの、この街では今の少女を含め、不可思議な出来事が多すぎる。優先順位を間違えてはいけないが――。

 「待って!」

 我夢もまた、少女を追い、木々の闇の中へと駆け出した。

 

木々の間を駆け抜け、広場に黒猫が躍り出る。そこに待ち受けていたのは金色の髪の姫。

「ありがとう、レン。――しかし」

一仕事終えた使い魔に労いを掛けた真祖の姫君は天高く伸びる妖光を見上げる。

「完全に滅したと思っていたけれど、まだ残滓があったか。まったく、厄介な事になりそうね」

 

 光の届かない林の中で、既に少女の姿は見えないが、我夢は一直線に走っていた。例え、この方向に、あの少女がいなくとも、探し求めていた者が待っている。そんな確証があった。

 腰のツールボックスの熱がどんどん強くなっているのだ。“何か”がエスプレンダーの中の光と共鳴しているのだ。その“何か”の答えなど、一つしかない。

 やがて、木々の隙間から広場が見えた。林の先、そこには誰の姿も見えない。だが――。

 

 

 

 

 

林を抜けたその先に待ち受けていたのは、何処までも続く砂漠だった。文明全てが砂に帰したと錯覚するような光景。目の前に横たわるのは、姿をよく見知った二つの巨人の石像。忘れる訳がない、アグルとの激突の際に視た破滅の未来の幻視。

ただ、一つだけ、かつて視た光景とは異なる者がいた。

女がそこにいた。砂塵にスカートをはためかせ、月の光を想わせる金色の髪は風に揺れている。

「初めまして、会いたかったわ。――ウルトラマンガイア」

あの紅い幻視の中で、月を背にした異国の姫君が、確かにそこにいた。

ガイアの正体を知っている。本来ならば警戒すべきだというのに、目の前の存在に感じるものは、何処か親しい想い。

「僕もだ。君と、会って話がしたかった」

 昨夜の幻視、あのビルで起きたこと、ウルトラマンの光、そして、彼女の正体。

聞きたいことは幾つもあった筈なのに、一体、何を言えばいいのだろうか。それ以上、言葉が続かなかった。

「本当なら、もう少し落ち着いて話をしたかったのだけれど。まったく、最悪のタイミングね」

「あぁ。そうみたいだ」

 突如響く叫び声に、揺れる空。砂塵の舞う空が薄まり、まるでスクリーンのように映し出されたのは、雄叫びを上げる二本角の怪獣の姿だった。

「あれは、パズズ!」

――宇宙雷獣パズズ。一月ほど前、ワームホールよりこの星に降り立った根源的破滅招来体の尖兵怪獣だ。強力な生体電気を有しており、全身から発せられる電波と雷により、XIG及びG.U.A.R.D.に打撃を与えたことが記憶に新しい。

「とうとう現れたか……」

「少しだけ、待っていてくれないか。すぐに、終わらせてくる」

 この空間が何処かは分からないが、それでも、外の様子を伺えることから元いた場所と繋がってはいることは確かだ。

 取り出したエスプレンダーを右手に嵌め、右腕を突き出そうとした、その時――。

「待ちなさい、ガイア!」

 女の静止に、まるで鎖に縛られたかのように指一本、動かせなかった。

「行ってはいけない。――貴方はあれが何であるかを識ってはいけない」

空に映る怪獣の姿は、まさしく、かつて戦った怪獣。XIG隊員として戦い、そしてウルトラマンガイアとして、直接組合った相手を見間違える筈がない。

「確かに、あの怪獣の姿と力は貴方のよく知る怪獣かもしれない。でも、その本質は全くの別物よ」

「どういう意味だ……?あれは、パズズ、じゃあないのか?」

「あれの正体を識れば、貴方達はきっと解き明かすでしょうね。けれど、世界には、それを許さない者達もいる。――暴くことが、新しい破滅に繋がることもある。だからこそ、貴方に奴の正体を教えることは出来ない」

「新しい、破滅……?」

 彼女の言うことは要領を得ない。答えを得ることが、破滅に繋がるということが本当であれば、彼女は我夢に答えを教えるつもりはないのだろう。だとすれば――。

「戦うなと言うためだけに、僕をここに呼んだのか?」

「半分正解。言ったでしょう?もっとゆっくり話したかったって。貴方に聞きたいことがあったけれど、こんな状況で落ち着いて話してなんか、いられないか」

 

 

 

 

 

 

 衝撃が走る度に、揺れる空はその色を失い、外界を映し出した。

 噴き上がる火花と爆炎。

 異形と化した破滅と、地に墜ちる銀色の翼。

そして、街を破壊せんと、妖光を湛える破滅の姿。

 焼き払われる街を、傷つけられる仲間を、ただ見ているだけしか出来なかった。

「君の言うとおり、僕が戦う必要は無いのかもしれない」

 金縛りにかかったように、動かない右手に力が篭もる。

彼女はあのパズズの正体を知っている。その上で我夢に、そしてウルトラマンガイアに関与するなと忠告している。

正体を識ることが、未来の新たな破滅に繋がる。それが本当ならば、我夢が動く意味はない。自身が激情から迂闊に動き、戦うことで破滅を招く虚しさはアグルとの最後の衝突で嫌というほど思い知らされた。

――だが、それでも。

「だからって!これ以上、黙って見ていられる訳、ないだろ!」

我慢ができなかった。だからこそ、胸のうちから湧き上がる想いを叫んだ。

その瞬間、見えない鎖が断ち切れたように、身体に自由が戻った。

「ごめん。僕は、行くよ」

「そう。――それでこそ。だから、貴方が光を掴んだのでしょうね」

 星と対話し、星の光を与えられた者に会いたかった。そして、聞きたかった。――何故戦うのかを。

しかし、そんな事は聞くまでも無かったのだ。誰かを、何かを、護るために戦う。それ以外に答えなどある筈がないのだから。

 

 

 

 

 

 かつて星の光に誓った決意。護るという想いを胸に、我夢は右腕を突き出した。

 我夢は叫ぶ。己の、己に宿した光の名を。

「ガイアァァァァァァ!」

 エスプレンダーから開放される眩い光の煌めき。小さな窓から溢れる赤と青の光が、我夢の身体を覆い尽くす。

二つの光はやがて、恒星の如き輝きを湛えた奔流となり、空想の天蓋を突き破った。

破れた天の蓋の外に覗く空は黒煙に覆われている。だが、その漆黒のヴェールすらも振り払うように、何処までも光は伸びていく。

空の裂け目を起点とし、崩れ行く破滅の未来。光を見送るアルクェイドは叫ぶ。

「私が何を言おうと、あれが何であろうと、関係ない!貴方は、貴方の想うままに進みなさい!――我夢!」

 

 

 

 

 

 光の中、視界はどんどん上昇し、街を見下ろす俯瞰へと変わっていく。

 目の前には、蠢く破滅。その身に纏う妖光は臨界を迎え、既に発射寸前だ。

――させるものか。

 強い意志とともに、体の中を駆け巡る光の奔流が塊となり、弾けた。その瞬間、パズズの巨体が、後方へと大きく吹き飛ぶ。

 やがて、収まる光。はっきりとした視界に入るのは、焼け落ちた木々、めくれ上がった大地、そして、残骸の山。

――遅くなってしまった。これ以上、被害を出す訳にはいかない。

『僕が相手だ!』

 決意を込め、ウルトラマンガイアは、目の前の破滅に向け、吠えた。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。