セブルス・スネイプはやり直す   作:どろどろ

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組み分けの謀略

 セブルス・スネイプは考えていた。この新しい世界ではどう生きれば良いのかと。

 

 学生時代のセブルスは差別され育ったこともあり、差別主義を胸の内に秘めながら『闇の魔術』に傾倒していた。確かにその事実はあり、リリーとの仲違いの原因もそれだ。

 今は大分丸くなっているとはいえ、心の根幹にはそれらがある。汽車での会話がいい証拠だ。

 

 といっても今でも完全に『闇の帝王』を崇拝しているか、と聞かれれば首をひねるだろう。横にも縦にも振ることができない。

 では『闇の魔術』に焦がれているか、と聞かれればどうか。答えは否だ。

 

 なぜならもうすでにセブルスは多くの闇の魔術を熟知しているのだから。今更“焦がれる”必要がどこにある。

 

 何度も思った。やり直せたらと。 

 何度も思った。戻りたいと。

 

 そして今、それがかなった。

 

 となれば簡単だ。

 

 もう『闇の魔術』を探求したりしない。リリーに見放されないよう。

 決して。誓ってだ。

 二度述べるがそもそも必要すらない。

 

 となれば今のリリーを堂々と愛するに足る、そんな人間になろうと、妥協しながらも誓えるのでは無いか。

 妥協しながらも、だ。

 

 ――未来は変わる。

 ――しかし。

 

 皮肉にも『名前を言ってはいけないあの人』――『闇の帝王』、そう、ヴォルデモートを倒したのは何だったか。

 闇の帝王は二度敗れた。

 リリーの愛とハリーに連なる勇気に打ち負かされたのだ。

 

 セブルスは世界を救う原因を摘んでまで、リリーを幸せにしたいのか。

 音速で肯定する。世界などどうでも良いと。

 

 しかし結果的にリリーとジェームズの子によって世界は救われる。強大な闇の手から。

 

 リリーを愛するに足る人物とは一体誰なのか。

 どんな人間像だ?

 

 ――決まっている。

 

 リリーの好みの男性――そんな事では無い。

 この世界はセブルスに課せられた業だ。

 

 何もしないまま、またハリーを影で見守る人生を送るか。

 全てを自分が背負い、自分の運命を変えようとあらがうか。

 全てはリリーとの関係を守るため。

 セブルスは自分に言い聞かせる。

 

 

 セブルスはハリーが行った偉業を全て自分で達成しなければ成らない。

 それがセブルスが“変わる”ことを許される代償。

 

 

 だから彼は死喰い人(デスイーター)として闇の帝王に忠誠は誓えない。

 なぜなら。

 

 

 ――闇の帝王はいずれセブルスが倒さねばならない敵なのだから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 アルバス・ダンブルドアは珍しく焦っていた。

 歴戦の魔法使いであり、不動の地位に君臨し続ける紛うことのない最強の魔法使い。

 

 そのアルバス・ダンブルドアが焦っていた。

 

「ではトレローニー先生、例の予言について尋ねてもよろしいかね?」

 

 グレイシー・トレローニー。

 彼女はホグワーツにおいて『占い学』の教授であり、優秀な『予言者』でもある。

   

 この場にいるのはホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアに副校長のミネルバ・マクゴナガル、そしてトレローニーの3名のみ。

 『予言者』である彼女本人を除けば校長と副校長のみ、ということからこの『予言』の重要性が窺える。

 

「予言によれば……今年、このホグワーツに! 『例のあの人』にとって最悪となり得る人物が、学び舎の教え子として現れる!」

 

 興奮気味にトレローニーは予言の内容を伝えた。

 

「学び舎の教え子……生徒のことでしょうか?」

 

 マクゴナガルの解釈は正しい。

 かの有名な『闇の帝王』ですらこのホグワーツ出身の生徒であったという話なのだから。

 

「『闇の帝王』を倒す救世主の存在を示している、と申されるか?」

「それは私にも分かりません」

 

 トレローニーは『例のあの人』つまり『闇の帝王』に敵対する最大の存在が現れると言っているのだ。

 それが一概に善人とは一言も述べていない。

 

 この予言は捉え方によっては最悪の展開もあり得る。

 

「……『闇の帝王』を倒し世界を安寧に導くか! または……『闇の帝王』以上の巨悪の根源となる、さらなる闇の火種となるか!」

「なんと! それはまた大変なことじゃ!」

 

 『闇の帝王』はダンブルドアの教え子でもある。

 ダンブルドアが知っている学生時代の『闇の帝王』はいくらでも真っ当な道に導く機会があった。

 今回もそれと同じだ。

 

 環境によりこの『予言の子』は黒にも白にも成り得る。

 無視できない大きな存在なのだ。

 

「その生徒の将来は我々にかかっている。我々にはその『予言の子』をなんとしても探し出し、教え、導く義務があるのじゃ」

「……」

 

 ダンブルドアの言葉にマクゴナガルは難しい顔をする。荷が重いと感じたのだ。

 

「生徒の耳にこの予言を届かせぬためにも、くれぐれも今の話は内密に頼むぞ」

「はい……しかしその『予言の子』候補が今年の生徒全員であれば人数が多すぎます。探し出すのも骨かと」

「それでもやるしかないのじゃ。わしらがの」

 

 ダンブルドアには秘策があった。

 まず『予言の子』を見定めるため、ある程度の候補を絞るのだ。

 

 

「ではマクゴナガル先生、先生はわしと共に組み分け帽子の元へ――」

 

 

 ハリー・ポッターのいない世界での『予言の子』。

 通常はありえない人物の介入によって、物語は大きく動き始めていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 それはセブルスにとって嫌というほどに見慣れた光景だった。

 夜空の景色に点々と広がる無数の星々の数々。ホグワーツの大広間の天井はそのような『景色』に見えるよう魔法が施されている。つまりは虚像だ。

 

 明るい蝋燭が大広間全体を囲み、優しい光に照らされる。

 大広間は全校生徒を収納するにも十分な空間だった。

 

「わぁ……!」

 

 セブルスの隣でリリーが感動の声をあげる。初々しい反応だ。これが普通だろう。

 

 今宵は宴。まずは在学中の上級生たちによって新入生を歓迎する校歌が披露された。が、セブルスが気づかない間に終わっていたらしい。セブルスは催し物に全く興味が湧かなかった。

 しかし今はリリーと共にいる。少しは反応を示した方が良いのだろうか。

 

「セブ、私、ホグワーツに来て良かったわ!」

「……そうか、しかし宴はまだ始まったばかりだ。その興奮はもう少し後まで取っておくといい」

 

 完全に教師としての視点からしゃべってしまっていた。セブルスにしては優しい言い方だ。

 さて、歌が終わると続いて宴の本命でもある『組み分け』が始まった。

 

 組み分けにはホグワーツ創始者の一人、ゴドリック・グリフィンドールが残したと言われる『組み分け帽子』を使う。

 組み分け帽子が生徒の本質を見抜き、最適な寮を選択する。一般にはどの寮も別々の優れた部分があり、合う合わないの特質も色濃く存在していた。

 

 アルファベット順に行われる組み分けでは、セブルスは比較的最後の方だ。

 順々に行われていき、セブルスの知った人間の番になった。

 

「ジェームズ・ポッター」

 

 副校長であるマクゴナガルに名を呼ばれ、ジェームズは前に出る。

 視線にさらされどこか得意げな様子だ。彼は目立つことが好きだった。

 

「ふむふむ……ほほう、なるほどこれは……」

 

 帽子はなぜかしばし悩んだ。悩む余地などどこにあるのだろうか、とセブルスは疑問に思うがおおかたスリザリンでも才能を開花させる可能性を秘めているのだろう。

 が、ジェームズの性格上――才能がどうであれ――寮は最初から決定している。

 

「グリフィンドール!!」

 

 グリフィンドールの席で拍手喝采が巻き起こる。こうして新入生を歓迎する雰囲気はホグワーツでは恒例のものだ。人数も帽子が各寮にちょうど良く行き渡るように調整しているのだろう。

 

「リリー・エバンズ」

「私ね。行ってくるわ」

「ああ」

 

 リリーは自分の番が来るとセブルスと挨拶を交わした。

 しかし運命は純然たる真実を貫き通そうとする。

 

「よろしい、では――グリフィンドール!!」

 

 あのジェームズと同じ、おそらくシリウスとも同じになるであろうグリフィンドールだ。

 リリーは自分に向けられた歓声に喜びを露わにするが、一瞬、苦しそうな瞳をセブルスに向けた。セブルスは前々から一緒にスリザリンへ行こうと誘ってきていたからだ。

 

 知っていたとはいえセブルスも気を落としていたところがある。

 辛い経験は何度経験しても辛い。

 このとき、セブルスは確かに苦痛を感じていたのだ。しかもこの後のグリフィンドールでのリリーのことを考えると胸が張り裂けそうだった。

 

「セブルス・スネイプ」

 

 悲しみに暮れる暇も無く、今度は自分の番が来た。

 大広間の視線が全てセブルスに注がれながら、組み分け帽子の元へ。

 椅子に座らされ、帽子を頭にかぶせられた。すこし重たい。重量感がそこそこなものだ。

 

「……う~む、これは……さてどうしたものか。――驚くほど愛に貪欲だ。屈強な勇気も兼ね備えている。その上強い意志を感じられた。才能もあるだろう。……ううむ難しい」

 

 少し、違った。  

 何と違ったかといえばセブルスが初めて組み分け帽子に品定めをされた時とだ。

 

(あの時は即座にスリザリンと決まったが……今はそれほど渇望していないからか……?)

 

 帽子の悩む時間はジェームズの倍を超えた。うなりながら、最終的には納得したように「よし」と声を上げる。

 念のため、セブルスは口を挟んでおくことにした。

 

「どんな結論に至ったか知らないが……」

「うん?」

「――スリザリンだ。それ以外は僕が認めない」

 

 このように、生徒は自分の希望を口に出すこともできる。組み分け帽子は生徒の希望も視野に入れ、組み分けを行うこともあるのだ。

 意外そうに組み分け帽子は頭――部位があるのか知らないが――を捻った。

 

「おや、君はスリザリンが良いのかね? しかしだ、君にスリザリンは“もう必要ない”と思うんだが」

「やはり違うところにしようとしていたか……。黙ってスリザリンにしろ。引き裂かれたくなければな」

「そうか、そこまで言うのなら――」

 

 

「――スリザリン!!」

 

 

 スリザリンからセブルスに歓迎の言葉がいくつも向けられた。セブルスとて嫌いではない。

 よくよく思い出すとセブルスだってスリザリンでは小数であれど友人を作っていた――全員が死喰い人(デスイーター)になったが。

 

 スリザリンの席に着くとちょうど隣の席だった五年生であるルシウス・マルフォイに背中をたたかれた。

 ルシウスは監督生に選ばれるほど優秀で、寮の中でもリーダー的存在といえる。

 

「スリザリンへようこそ。私は監督生のルシウス・マルフォイだ。これからよろしく頼む」

「……ええ、こちらこそ」

 

 後に死喰い人(デスイーター)となる人間の一人だ。今のセブルスには、“すること”があるため死喰い人(デスイーター)に成るつもりも、闇を過剰に崇拝するつもりも無い。

 普通のスリザリン生として、普通よりも勤勉で危険な生活を送るつもりだ。

 

「シリウス・ブラック」

 

 見ると今度はシリウスの番だ。

 シリウスはセブルスのすぐ後に組み分けが行われた。

 

 ブラック家は純血の魔法族の家柄。純血主義を掲げる者も多い。しかしシリウスはその純血主義を嫌っている。

 この辺の擦れ合いからか、セブルスと同じくらいの時間をかけて組み分け帽子は長考した。

 

「グリフィンドール!」

 

 悩んだ末の結論はやはりグリフィンドール。

 他にも何人か知った顔がいるが、シリウスの組み分けが終了するとセブルスはそれ以上の興味を失い視線を逸らした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「して、どうじゃったかな?」

 

 組み分けも宴も終わり、校長室でダンブルドアは組み分け帽子に訪ねる。

 

「わしの言った、他と比べ優れた才能を持つ者はおったかね?」

 

 ダンブルドアはまず才能の有無を『組み分け帽子』に調べさせることにした。組み分け帽子は寮を決めるに当たって選択を誤ることもあるが、才能については確実に見透かす。

 才能とはいわば魔法力のことだ。

 

「まずセブルス・スネイプにシリウス・ブラック。リリー・エバンズも中々優秀になりそうだ」

「ふむ、その言い方だと他にもおるようじゃが?」

 

 ダンブルドアの言う通り、他にも二人、組み分け帽子は才能を見せる者を見つけていた。

 

「リーマス・ルーピン。しかし彼は心に大きな“溝”を抱えているようだった」

 

 そして最後に、組み分け帽子は言葉を紡いだ。

 おそらく現段階では今あげた四人の生徒よりも見込みのある男子生徒。

 

 組み分け帽子から見て、四人が“優れた才能”を持つのなら。

 彼は“極めて優れた才能”を持つ。

 

「最後に――ジェームズ・ポッター。素質としては彼が一番なのかと思われる」

「ふむ、しかし……グリフィンドール四人と、スリザリンが一人か。随分偏ったのう」

 

 挙げられた生徒の中でセブルスは本来ならばグリフィンドールになるはずだった。彼の性質上、どう考えても騎士道が似合っていたからだ。

 しかし彼はそれを拒んだ。五人の中では、ある意味彼が一番特別なのかもしれない。

 

「偉大な魔法使いになるかどうかは本人次第。素養以上の成果を上げる者もいれば、存外落ちぶれる者も多い。一途に“才能”だけで『予言の子』は判別できなかった」

「分かっておる。あくまでも参考に、じゃ。帽子にも過ちがあることはよく分かっておるからのう」

 

 だから五人の中に『予言の子』がいるかどうかは分からない。

 もしかするともっと平凡な存在の中に混じっていたのかもしれない。帽子だって万能ではない。万物を理解する神でも何でもない。

 

「……」

 

 その後しばらく、帽子は重苦しく沈黙していた。

 

 




■予言の全文
『1971年、強大な闇の存在の最悪となりうる者が、イギリスの学び舎の教え子として現れる。より凶悪な闇の渦になり古き闇を飲み込むか、新しい時代の安寧を導く者になるか、全ては運命に委ねられるであろう。あらゆる道しるべにも、彼の者は傾く余地を持つだろう』



■トレローニーについて。
・グレイシー・トレローニーはシビル・トレローニーの母です(オリキャラになります)。しかし今後深く物語に介入することはありません。つまり覚える必要ナッシング。
 


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