あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十七話

小高い丘から街を見下ろす二人の男女が居た。眼下に町が焼け落ちる。

静かにその光景を見ていた男は背後に立つ女に語りかける。

 

「家は人の歴史を形作りそこに生きた人間の証を残す。それは何よりも重要で尊いものだ、長い年月この町は此処に存在したんだろうね。それが今目の前で失われていく。命も歴史も。我々は実に罪深い生き物だと思わないかい?」

「はいお兄様、ですが我々はそれを望んでいます」

「その通りだ、でも思うんだ僕は....いや僕たちは人の歴史を消す事すらも自在にできてしまう。だとすればどうして神は僕達を作ってしまったんだろうかと」

「それはお兄様が望む全てを手に入れる為に」

「そうだねこの力をもって生まれて来た僕達にはそれが許される」

 

下等な人間を支配するために神が僕に与えた使命。

家が人の歴史なら燃え落ちる度に歴史は変わる。

歴史とは脆い。そのしてこの世の歴史は汚れてしまった。

誰かが正しい歴史に修正しなければならない。

 

その役目が許され神に選ばれし者それこそがヴァルキュリアなのだから。

これはその手始めだ。

その男——ハイエルは高らかに言った。

 

「我が同胞達よ人間の手によって汚されし歴史を浄火せよ」

 

言下に新たな炎が吹きあがる。町のあちこちで民衆が決起するかの如く。

計画通り仲間達が動き出したのだ。

彼女達も久しぶりの戦闘だ。きっと血気に逸っている事だろう。

遊び過ぎないといいが。

 

「——いや人間では相手にもならないか」

 

人間程度では彼女たちの遊び相手にもならない。

勝てる者がいるとすればそれは同じヴァルキュリアだけだ。

そしてその心配はない。

ガリア公国にはヴァルキュリアで構成された部隊は存在しない。

恐らく世界で唯一の部隊である僕達だけだ。

 

もし仮にその部隊に勝てる人間が居るとすればそれは類稀なる統率力を持った人間が指揮した場合だ。そしてそれはガリアには居ない。だが僕達には居る。

特権階級の貴族だったが没落し傭兵に落ちたかの男ヤン・クロードベルトが僕達を指揮すればこの世で僕達に勝てる敵はもういない。

 

——いや、まだあの男が居たか。

最強の魔女を手に入れたあの男なら、あるいはその刃は僕達に届きうるかもしれない。

先の戦では知られざる天才をようやく帝国は彼の才能を認知しただろう。

そうなれば帝国は変わるだろう。より強く生まれ変わる。

それは僕の望むものではない。

なぜなら僕は........なのだから。

 

「....帝国の歴史を浄化するダルクスの血の下に」

 

穢された歴史を修正する。

行くとしよう。まずは計画通り王都に潜入する為に作戦を遂行する。

 

「目的は避難民、彼らに紛れて王都に入る。行くよエムリル」

「はいお兄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

ラインハルトが店を出ると既に外は混乱の極みに達していた。

通りは身に着けた物だけを持ち出して火の手を逃れて来た民衆で溢れている。

警邏達が避難する民衆を誘導していた。

その一人に話しかけた。

 

「おい敵の数は分かるか現れた方向は?」

「な、何だね君は見てわかるだろ今は忙しい....」

「あんたの仕事が重要なのは分かっている、その上で聞いている!敵の規模と知っている情報を教えろ!」

 

鬼気迫るラインハルトに押されてたじたじの警邏が教える。

 

「お、俺も知らないんだ。ただ敵が攻撃を仕掛けて来たとしか上からは来ていない。

たぶん上も分からないんだと思う。俺達も避難民をどこに誘導すればいいか迷っているんだ」

「これだけの攻撃を受けて敵の居場所が分からないだと?」

 

そんな事がありうるのか?

あっという間に火の手が幾つも上がったぞ。

それこそ大隊規模以上の軍が動員されているはずだ。

それに同等の爆弾と燃料がなければ起こりえない芸当だ。

それ程の軍勢の接近を事前に察知できなかったというのもおかしい。

 

「....それなら火の手が最初に目撃された方向を教えてくれ」

「あっちだ北の広場の方....」

「ありがとう。ならそこからできるだけ反対方向に避難民を誘導してくれ。

できるだけ俺も民を避難させる」

「あ、どこに行くんだ.....!」

 

警邏の男が静止するのを尻目にラインハルトとイムカは走り出す。

目的は北の広場、奇しくもそこは第七小隊と解散した場所だ。

恐らくウェルキン達はそこに居る。

急いで合流しなければ逃げる事すらままならない。

 

無人の商店街を駆け抜ける。

昼に来た時とは違い今は閑散としている。

ここに居た人達はあらかた逃げられたようだ。

だがもう此処もじきに火の手が回るだろう。

初めてイムカと歩き回った思い出の場所だというのに。

あのレストランもダルクス人の店も全て焼ける。

 

......くそっ!

俺には彼らの無念を思う資格はないが、それでも心の中で悪態をつかずには居られなかった。

俺はもう知ってしまっている彼らの過ごした日々を。

守り続けてきたものを。

だからこそ少しでも俺は守りたい。

偽善と笑われようと俺の足は動いていた。

 

やがて十字路に差し迫る。

確かここを左に行けば倉庫街だ。

俺のトラックがある場所だったな、この先、何があるか分からん。アレをイムカに取りに行かせよう。俺は鍵を手渡した。起動用のキーだ。彼女もそれで俺の意図を理解する。

 

「広場で合流しよう」

「分かった、けど危ない事はしないで直ぐに戻るから」

 

俺達は頷き合い二手に分かれた。

.....悪いなイムカ。それは少しばかり保証できない。

俺は広場に続く道を走る。

その途中、立ち尽くす民間人を見つける。

逃げ遅れたのか放心する男に向けて避難するよう叫ぶ。

 

「あんたも早く逃げろ!」

「.....ど、どこに逃げればいいんだ」

 

男は困惑したように聞き返す。

よほど動転してしまっているのだろうか。

違和感を覚えながらも俺は来た道を指さす。

 

「なに.....?」

 

しかし背後の道は炎の壁によって遮られていた。

さっきまでは確かに存在した退路が塞がれたのだ。

男が泣き叫ぶ。

 

「まただ!逃げられない——この広場から!」

 

檻の様に炎が男の逃げ場を遮るのだと。

あらゆる道を模索しても無駄だった。

何度も何度も、まるで炎という大蛇が意思を持って動いているかの様に。

ことごとく目の前で炎が逃げ道を潰していく、と男は言った。

 

上空から見ればより顕著に分かった事だろう。

広場を中心に炎がとぐろを巻いているのが。

当然ラインハルトにそれは見えないが、ようやく違和感に気付いた。

 

観察すれば確かに隣接する建物に火が移る様子がない。

明らかに自然的な動きではなかった。

まるで火を操る魔法だ。

ありえないとは言えなかった。

この世界には時に超常的な力を持った人間が存在する。

だがこれ程の規模の力は普通ではない。

それこそセルベリアの様に訓練された者でなければ不可能な芸当だ。

何だか嫌な予感がする。

 

入るのは容易く出るのは困難。

恐ろしい蟻地獄の巣に足を踏み入れた様な感覚だ。

そして恐らくその感覚は正しい。

どうやら敵は俺達を広場に向かわせたいようだ。

炎がじりじりと押し寄せてくる。

 

「もしかするともう既に俺は敵の術中にいるのかもしれない」

 

だが後戻りは出来ない。

前に進むしか道はなかった。

覚悟を決めて男を伴い広場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

広場に入ると義勇軍第七小隊が集合していた。

他にも大勢の兵士と民間人が取り残されている。各々で消火活動や手当が行われていた。

俺に気付いたウェルキンが駆け寄ってくる。

 

「ハルト!?良かった無事だったんだね!」

「ああ遅れてすまない、それで状況は?」

「.....そうだねハルトの考えも聞きたいし、うん」

一瞬考えるウェルキンだったが頷いてラインハルトに状況を余さず教える。普通であれば教える事のできない機密情報も加えて。

「最初に電報局所が破壊されたらしい。敵はまず前線との情報通信を遮断したこれで前線からの救援は見込めなくなった」

 

まず前線との情報を遮断する。定石通りの戦術だ。

やはり敵は部隊としての運用がされている。

 

「それに加えて未だ帝国軍の姿を目撃した者がいない」

「.....」

「ハルトは敵の正体は何だと思う?」

 

思案する。

ここまで来ても帝国軍の気配は全く感じられない。

俺達に気付かれずこれ程の被害を出す。

つまり敵は極少数精鋭部隊だ。

俺が知る限りでガリア方面軍にそんな部隊は居なかった。

ならばガリア侵攻後、新たに創設されたか、あるいは秘匿されていたとしか考えられない。

前者であればいい、少数精鋭部隊を敵の真ん中に送り込む、それは捨て駒として運用される懲罰部隊だからだ。だがもし後者であれば最悪だ。

その状況ですら生き残る自信のある秘密兵器という事になる。

そしてそれは俺が知る限りでは一つしかない。

 

「.....ヴァルキュリア」

「え?」

「敵は恐らくヴァルキュリアだ」

「あのお伽噺のかい?」

 

内心なにを言っているんだと思われている事だろう。それはそうだ俺ですら信じられないのだ。

あれの存在は実際にこの目で見るまでは受け入れられなかった。

今でも彼女の力を理解できたとは言い難い。

それをここで説明している時間はない。

いま言えることは。

 

「信じて欲しいここから生きて出るには俺の指示を聞いてくれ」

 

ヴァルキュリアと戦うには皆んなの協力が必要だ。

ウェルキンが素直に従ってくれるかで決まる。

 

「分かった君がそう言うなら従うよ」

 

俺の願いはあっさり通った。

もしかするとウェルキンは俺の正体に気付いているのではと思う時がある。薄々勘づいてるのかもしれない。それでも素直に従ってくれているのは俺を信じてくれているからだ。良い奴らだ。

立場から考えて俺は彼らを裏切っている身だ。

だとしても彼らの信頼に応えたい。

そう思うのは傲慢だろうか。

 

「....——っ!」

 

ふとそんな事を考えた俺の思いを掻き消したのはパチパチと叩かれる場違いな拍手の音であった。すぐ近く、見れば教会の上に女が立っていた。

いつからそこにいたのか広場に立つ俺たちを見下ろしている。まるで天上に立つ神のように。

誰もがそう思った。それ程に彼女の姿は幻想的だ。

烈火の髪に朱い瞳、立ち上る蒼いオーラ、その腰には剣のような物が二刀携えられている。

 

女は観衆の目が全て自分に向いた事を確認するとコホンと喉を鳴らす。笑みを浮かべて、

 

「初めまして人間の皆さん今宵はお集まり頂き感謝するっす」

 

ペコリと頭を下げる。その行動と見た目に反して砕けた口調のせいで周りが困惑する。あの女はどういう存在なのか把握しかねた。

ただ一人ラインハルトだけが苦虫を噛み潰した様な顔になる。

 

「皆さんにはこれから私と殺し合いをしてもらいます、ただそれではつまらないのでゲームを提案させてもらいますルールは単純.....」

形の良い白い指をピンと立てる。

 

「....まず一つサシでやりましょう、一人一人味わって楽しみたいですからね。二つ銃火器の使用は禁止します、一瞬で決着が着いてしまいますから面白くありません。お分かり頂けましたか?それでは——」

 

女はその場で跳んだ。

凡そ高さ三階建てはある教会の屋根から身を投げ出した。

あっと悲鳴が上がる中、女は地面に向かって落ちる。

あわや大惨事になるかと思われた。

だが驚く事に女は猫の様に身を翻しくるくると身を回転させたかと思えば。

そのままスタッと着地してしまったではないか。

女は何事もないかのように笑みを崩さず、

 

「——やりましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会から着地した女に驚愕の視線が注がれる。

普通ならあんな高さから落ちたら人は死ぬ。

潰れた果実の様に地面に赤い染みをつくる。

それが常識だ。その常識がいま脆くも崩れ去る。

だからこそ誰も何も言えずにいた。

何か不気味なものを見る目で怯えていた。

 

「....あれ?もしかして驚かせ過ぎちゃいましたか。この程度で?本当に人間って愚かなモルモットっすね敵を前に棒立ちは笑えるっす」

 

何が可笑しかったのか女は快活に笑う。

その間に我に返った兵士達が動き出す。

この女は敵。帝国兵だ。

未だ未知の存在だが倒すべき敵だと各部隊長が判断する。

指示を出し女を取り囲ませた。

 

「武器を捨て投降しろ!」

 

貴様は既に無力化されている。

その言葉に女はポカンとした、そして堪えきれないとばかりに爆笑する。

そのまま地面を転がらんばかりの勢いだった。

腹を抱えて、

 

「.....ひーひー、本当に人間って愚かなんすね」

 

女が投降する気配はない。

周囲を囲む兵士の一人がこいつっと怒りで銃口を女に向けた。

その瞬間、兵士の足元から炎が吹きあがる。

炎はたちまち兵士の身体全体を包み込んだ。

 

「ぎゃああああああ!!!?」

 

火達磨に成った兵士が地面を転がる。

どんなに地面に擦り付けても火は消えない。

後に残ったのは炭化して消し炭になった人であった何かだ。

それを驚愕して見ていた兵士達が恐怖で思わず銃を向けてしまった。

 

「あああアアアアアア!??」

「体が、体が燃える.....!?」

「熱い熱い熱い!!!」

 

その全員が一斉に人体発火した。

枯れ木に火を点ける様な気安さだった。

普通なら人はこんなに簡単に燃えないはずだ。

だが炎は女の意思によって熱量が上げられている様に見えた。

信じられない事だが女は炎を制御している。

 

「言ったじゃないすか一瞬で決着が着くから銃火器は厳禁だって」

 

あれは女が不利になるから嫌がったのではなく、銃を使う側が問答無用で炎に巻かれるから、女がつまらないから嫌がったのだと気づかされた。

部隊長が恐怖に引きつった顔で言った。

 

「何だお前は何なんだいったい!?」

「ああそういえば自己紹介がまだでしたね。コホン—―

私は帝国軍特務試験部隊ゼロ・ワルキューレ所属個体識別aアルテミス。しがない只のヴァルキュリアっす。先程見せたように炎を操る事が出来るので銃を使う者が居れば問答無用で焼き殺します。それじゃあ剣を持って殺し合うっすよ」

 

準備出来ただろと言わんばかりの態度だ。

ようやく気付く目の前の女は人間じゃない。

肉体ではなくその精神性が常人とは逸脱している。

アルテミスはそれでも向かってこない兵士を見て、ため息を吐き。

 

「分かりましたルール変更してあげるっす、全員で掛かって来てもいいっすよ」

 

明らかな挑発だ。

だが各部隊長はそれなら勝てるのではと思った。

いくら炎を操って見せた魔女でもこの数で一斉に仕掛ければ。

本当にこの女が言う通りの条件で戦えば炎を使わないのであれば勝算はある。

彼らは僅かな希望に縋った。

 

己の得物を近接武器に持ち替える。

兵士達が再度女を取り囲んだ。一見するとリンチだが実態は違った。

余裕綽々の女一人に青い顔をした屈強な兵士達が取り囲むという奇妙な構図だ。

現実的な表現ではないが人間のカテゴライズに当てはまらない。

どちらかと云うと強大な火竜を前にした様な圧迫感があった。

気づけばガチガチと歯の根が合わない。

信じられない恐れているのか、たった一人の敵を相手に。

 

怖気づくガリア兵を相手にアルテミスはスラリと剣を抜き放った。

その奇妙な剣は刀の様に薄い刀身をしていた。

にもかかわらず鋼の様に鈍い重厚さを感じる。

その剣から放たれるプレッシャーが兵士達を襲う。

「っ....うおおおおおお!」

たまらず緊張の糸が切れてしまった。

部隊長の指示を待たずに兵士達が走り出す。

誰もが思った、この女はやばいと。一秒でも早く殺さないといけない。

それが戦闘の幕開けとなった。

 

「死ねえええええ!」

 

必死の気迫と共に兵士が得物で殴り掛かる。

男の腕力で振り上げられたそれは暴力的な勢いで振り下ろされた。

当たれば致命的な一撃、それをアルテミスは直前で躱した。

楽しむ様に口を吊り上げる。

 

「やればできるじゃないっすか!」

 

兵士を褒めた直後アルテミスの手がブレた。

烈火の速さで迫る刀身を映した兵士の目をやき、避ける暇もなく頭が二つに切断された。

倒れ伏した兵士の頭から血は吹き出ず、辺りに焦げ臭い匂いが漂った。

「今度はこちらの番——ってあれ?」

 

何で避けなかったんすか。とアルテミスは首を傾げる。

まさか今ので死ぬとは思わなかった。手加減したつもりなんですけどねえ。

どれだけ弱いんすか人間は。

少々呆れ気味にアルテミスは剣を翻した。

それだけでまた兵士が一人死んだ。

仲間の仇を討とうと背後から迫った兵士の胴が泣き別れになる。

 

「.....人間とはいえ訓練された軍人なら少しは楽しめると思ったんすけどねえ」

 

どうやら過大評価だったようだ。

あっさりと期待を裏切られ落胆する。

やはり人間では私を楽しませる事はできないのか。

 

「もういいっす、さっさと終わらせましょう」

 

アルテミスの身体が陽炎の様に掻き消えた。

あまりの速さに目で捉えきれない。気づいた時には目の前にいて失望した顔のアルテミスが剣を振るう。あえて手加減されたそれを兵士は直前で受け止める。——がその直後、武器ごと兵士は切り落とされた。一瞬の抵抗もなかった。またアルテミスは失意の表情になる。

振るわれた刃を止める事も躱す事も出来ない。

これでは遊びにもならない。只の作業と化していた。

また無情なる刃が振り降ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の一撃でまた一人の兵士の命が散った。

やはり傷口から鮮血は吹き上がらず肉と血の焦げた匂いが強くなる。

恐らくあの刀身自体が焼きごての様に常に熱を発しているのだ。

赤い刀身がその証左だろう。

手術に使われる医療メスと同じだ。

ヒートブレード。あの剣をまともに受けるのは自殺行為だな。

少なくとも普通の武器ではな。

ガリア兵が殺されていくのを冷静な様子で見ているラインハルトは考えを巡らせる。

生き残る方法を模索していた。

 

あの女の動きと剣の描く軌跡を観察しろ。

その癖を見抜けば戦いは有利になる。

驚くべき速さでラインハルトは女の戦いを分析していった。

何十通りものシュミレーション頭の中で再現した結果、その全てはラインハルトの死で収束する。

勝てない。どうあがいても勝機を見いだせない。

 

逃げても無駄だろう。

あの炎で直ぐに追い詰められて焼き殺されるのが目に見えていた。

本当にここで死ぬかもしれないな。

いっそ降参するか。いや——

民間人の俺はともかく軍人であるウェルキン達は間違いなく殺されるだろう。

計画も失敗する。それは駄目だ。

 

勝つしか俺達が生き残る道はない。

そして考える時間もなかった。

 

「もう我慢ならないぜ隊長!」

「待て待つんだ!」

 

味方が殺されていくのを我慢ならないラルゴが加勢に行こうとするのを必死にウェルキンが静止している。ウェルキン達には動かないよう伝えているがこちらも限界だな。彼らが行っても殺されるだけだ。今回だけは俺の出番だろう。

一か八か賭けに出よう。

ラインハルトは広場に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう終わりっすか?」

 

アルテミスの言葉に誰も返す言葉がなかった。

それ程に目を覆いたくなる光景だった。

この場に居た半数もの兵士が無残な姿で横たわっている。

たった一人の敵によって作られた光景だ。

民間人が多数いるが彼等はみな一様に恐怖に染まっていた。

化け物を見る様な目でアルテミスを見ていた。

次は自分達の番だと酷く怯えている。

 

それを見て内心ため息を吐く。

一般市民じゃ話にならない。こんなもんすかね。

後は簡単に炎で焼き払ってしまおうか。

どうせ目撃者は消すつもりだ。ゲームが継続出来ないなら手っ取り早く焼いてしまおう。

そう考えていたアルテミスの前に一人の男が歩み出る。

 

「俺が相手をしよう」

「ん?」

 

突然出て来た男に注目が集まる。

市民の身なりをした金髪の男だ。どうやらこの男が私の相手をしようと言うらしい。

何という無謀な男なんだ。まさか名乗り出る馬鹿が居るとは思っていなかったアルテミスは面食らってしまった。

 

「....あーお兄さんが私の相手をしてくれるんすか?」

「ああ、お前の言うゲームに参加させてもらうが不服か?」

 

微塵も臆した様子がない。

この状況で無人の野に立つが如く平常心を保っている。

何だこの男は。アルテミスをして奇妙と思わせた。

何か後ろで軍人が騒いでるっすね。何か良くわからないけど。

面白い。面白過ぎるっすよこの人。

 

「いい!いいっすよ!武器はどうします?この辺にある好きな奴を使っていいっすよ!」

「....それを」

「お?」

 

死骸から武器をはぎ取って好きに使わせようと思ったが、男が指さしたのは何と自分の腰にあるもう一振りの剣だった。本来二刀流の彼女が本気を出す時に使う相方である。

まさか敵の得物を欲しがるとは傲岸不遜な男だ。

ますます面白い。敵の得物を使ってはいけないというルールはない。

面白がったアルテミスは承諾して剣を放り投げる。

宙を渡る剣をパシリと男が掴む。男は何回か素振りをして具合を確かめると中段で構えた。

その構えは今までのどの敵よりも堂に入っている。

思った通り楽しめそうだ。

 

「それじゃあ行きますよ!」

 

言下にアルテミスは地面を蹴った。

その瞬間アルテミスの体は陽炎の様に消える。あまりの速さに人間の動体視力では追いきれないのだ。人としての能力が違い過ぎる。誰もが金髪の男の死の未来を垣間見た。

アルテミスもまた男の背後に回り現れた時、ああまたかと思った。この人も期待外れっすね。男がこちらに気付いた様子はない。落胆の顔になる。

これで終わり。

その確信をもって横凪に振るわれる魔剣。

——が、

キュイィィィンと甲高い音が鳴り響きアルテミスは瞠目する。

なんと男は死の直前に反応して見せたのだ。

振り向きざまに剣を滑らせ攻撃を防ぎ切った。

男と鍔迫り合う。初めて一撃で死ななかった。

アルテミスの顔に笑みが広がる。

見つけたようやく私を楽しませてくれる敵を。

そうなると俄然男に興味がわく。

 

「お兄さん名前は?」

「.....一般市民Aだ」

「ぷっ何すかそれ」

「聞き出してみろ」

 

傲岸不遜な男だ。

この私の前に立てる時点で一般市民であるはずがない。

まあいい、男の言う通り正体を力づくで聞き出してやる。だからどうかそれまでに死なないで下さいね。アルテミスは鍔迫り合いの状態から剣に力を込め勢いよく押し込む。

たたらを踏む男に向かって再度最速の一撃を叩き込んだ。

またも驚かされる事になる。

目にも止まらぬ斬撃を男は完璧に対処して見せた。

見切られている。なぜ?

直ぐに理解する。あれだけのガリア兵を斬殺した後だ。

私の動きを観察する時間はたっぷりあった。

男は私の動きを観察し対策を練ったのだろう。

 

それでもとアルテミスは驚愕する。

この短時間で私の動きを看破できるはずがない。

もしそれができるとしたら想像を絶する数多の修羅場を潜り抜けた者か。

圧倒的な戦いの経験値と戦いのセンスを兼ね備えた世に言う天才と呼ばれる者だけだ。

もしかするとさらにその先の、

両方である可能性にアルテミスは歓喜した。

圧倒的に私よりも上のレベルの好敵手。

 

「ずっと待っていた、貴方の様な敵が現れるのを。だからもっと......私を楽しませろ!」

 

出し惜しみはしない。全力で戦う。

それが許される相手なのだから。

戦いの場は加速度的にヒートアップしていった。

 

 

 


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