あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十六話

何が起きたのか俺にも分からない。

有無を言わさずイムカに手を引かれて連れられて来たのは俗にいう連れ込み宿だった。

男と女がハートマークに囲まれた、

怪しげな看板の宿に戸惑いつつも、受付にこの部屋を割り当てられた。

中に入って見ると装飾が凝っていて、

想像よりもずっと清潔感に溢れた室内だった。

ほう初めて来たが意外と居心地の良い作りなんだな。

感想おわり。

 

「.......」

 

長い沈黙にいたたまれなくなり視線を調度品からスイっと横にずらす。

中央辺りに白いベットが置かれていてイムカが腰掛けている。

そのイムカはと云うと部屋に入ってからは一度も喋らず。

今も沈黙を保ったまま俯いている。

その表情を読む事はできない。

 

どうしたんだ?

と安易に尋ねるのは簡単だが。

何やら男の真価が試されている気がしてならない。

頭をフル回転させて考えてみる。

 

最初に考えられるのは偽装工作の一環だろう。

リエラの目を遮るのにこの部屋は都合がいい。

夫婦という役割上、疑われる心配もないはずだ。

もしかすると俺が気づいてないだけで何かを疑われる個所があったのかもしれない。

それに気づいたイムカが機転を利かせてくれたのだろう。

それなら辻褄も会う。

 

少し驚いたがそれなら納得だ。

ちょうどいい、ここで寝るか。

朝になったら出るとしよう。

........。

どうも今のイムカの反応を見るに、それだけじゃないらしい。

明らかに思いつめている。

まるでこれから初夜を行う前の新婦の様だ。いやまさかな。

 

駄目だやはり素直に聞こう。

イムカの横に座る。

 

「どうしたんだ悩み事か?」

「......この部屋に連れて来た理由は聞かない?」

「偽装工作の一環だろう?俺が何かへまをしたんだな」

「......」

 

彼女の様子から俺の答えはやはり間違っていないらしい。

だから別にイムカが俺を誘っているとかは思わないし抱こうとも思わん。

もしかしたら夫婦という関係で潜入した以上その必要もあるかもしれない。

だが俺からその話をする事はなかった。

彼女には本当に好きな相手としてほしいからだ。

 

「悪いな色々とお前には負担をかけてばかりだ」

「......違う、私は好きでここにいる」

 

どうかな。恐らくエリーシャの差し金だろう。

なぜなら今回の潜入作戦のほぼ全貌はあいつが考えたものだからだ。

イムカと俺を夫婦に仕立て上げたのもあいつの案だ。

という事はこれもエリーシャの企みだろう。

 

「隠すなエリーシャに何を言われた?」

「......旅の途中どこかで貴方に抱かれろと」

「やっぱりか」

 

はあっと息を吐く。

エリーシャめ俺に黙っていたな。

偽装工作の一環......ではないな。

いったいどういうつもりだ。

俺がイムカを抱くことに何の意味があるというのだ。

あいつには俺の目的を教えている。

ならばそうする必要もないと分かっているはずだ。

 

「分からないけど貴方には枷が必要だとエリーシャは言っていた」

「枷.....?」

 

つまり俺を縛るための措置という事か。

どういう意味なのか俺には分からなかった。

とりあえず分かった事はイムカは意を決して俺をここに連れて来たという事だ。

どうやら一時的な避難という訳ではないらしい。だが、

 

「イムカはそれで良いのか?」

「ハルトは.....いや?」

 

正直に言えば嫌ではなかった。

どうやら俺は彼女を一人の女性として好ましく思っているようだ。

今日のデートも楽しかった。

心から楽しめた。好きでもない相手とこんな事はできない。

しかし俺はもう一人の女を愛している身だ。

任務の為とはいえこんな事が許されるのだろうか。

 

思えば彼女との出会いは唐突だった。

当時俺はとある研究機関の所在を探していた。

ある時期から存在が消えた機関の居場所を探っていた時に出会ったのが国境沿いの村にいたイムカだった。到着した時には既に村は壊滅していた。

彼女はその村の唯一の生き残りだった。

 

死にかけていた少女を救い面倒を見る様になってから、どんどん俺は彼女に好意を持つようになっていった。俺と同じ復讐という目的を持ち、それに向かって己を磨く迷わぬ信念に俺も助けられた。特に己の半身ともいうべきセルベリアが居なかった時期だからより顕著にそう思った。

いつしか俺は、

 

「お前を好きになっていた」

 

言った。言ってしまった。

今ならまだ間に合う。だがもう俺の口から彼女に対する本心が吐き出されるのを止めることはできなかった。

 

「お前だから好きなんだ。共に復讐を誓い合ったお前だからこそ俺は気兼ねなく接する事が出来た。初めてできたダルクス人の友人だ。お前の御蔭でニュルンベルクのダルクス人もやっと俺を信用してくれた。ずっと助けられていたよ、イムカお前に」

「......私も好きになっていた。気づけば貴方の事を考えていた。

許されない事だと分かっていても、もう自分でも自分が分からない程に貴方の事が好きになってしまった」

 

ずっと彼女は悩んでいたんだろう。

立場や人種、何もかもが違う。

許されないと思っていても人の心はどうしようもない。

俺と違い作りものじゃない。だからこそ愛おしいのだ。

 

俺に彼女を手に入れる資格はあるのか。

自分に問う。彼女を守り切れるか。分からない。

だがどんな障害があろうとも彼女と共に歩めるなら負ける気はしない。

 

「それと一つだけ」

「ん?」

「エリーシャから言付け、こういう時になったら言えと言われていた。

『あの時の約束の褒美の権利をイムカさんに差し上げました必ず叶えて下さいね?』と.....」

 

私には分からないけどハルトなら分かる。

イムカが不思議そうに首を傾げている。

俺には心当たりがあった。確かそうギルランダイオ要塞攻略前の一つだけ願いを叶えるという口約束のアレだ。まさかそれをここで持ち出すとは思わなかった。

よっぽどあいつは俺とイムカを一緒にしたいらしい。

 

ふっと笑みを浮かべる。

敵わないなあいつには。

最初から逃げ場なんて無かったんじゃないか。

まあそんなものがなくても結果は一緒だったがな。

 

ともあれ腹は決まった。

イムカが拒まないのであれば喜んで彼女を抱こう。

ただセルベリアには悪いと思っている。

刺されても文句は言えないだろう。

 

イムカとの関係も考える必要がある。

ダルクス人というだけで問題視する帝国の人間は多いだろうからな。

特に貴族は顕著だ。そいつらに文句を言わせない程の圧倒的な立場をもてば問題ないんだが。

そうだな例えば、

 

「.....皇帝でも目指してみるか」

「え?」

 

まあ冗談だが。

俺より皇帝に向いている人は他に居る。

だからイムカよこの人なら本当にやりかねない等と本気の目でみないでくれ。

只の冗談だぞ?だがイムカを守れる程度の力はつけるつもりだ。

 

「守られてばかりだけどな」

「そんな事はない私たちはそれ以上に貴方に守られている」

「ならお互い守り守られていこう」

「うん......ぁ」

 

イムカが潤んだ目で見上げる。

自然と唇に視線が向いてしまう。

ぷくりとした小さな唇にゆっくりと誘導され、

気づけば触れる様なキスをしていた。

 

唇を当てるだけの柔らかな口づけだったが、多幸感で満たされていくのが分かる。

何度も何度も当てては離れを繰り返す。

車のエンジンをかける様に体が次第に熱くなる。

 

ドンドンと爆発するような音が遠くで聞こえた気がした。

それは俺の心臓の音だろうか。どくどくと血が激しく脈打つ。

いよいよ雰囲気は温まり場は最高潮に達した。

そして俺はゆっくりと彼女の服を脱がせようと手をかけた。

 

——その時である。

直ぐ近くでバーン!と空気が破裂した様な音が聞こえたと思ったら爆発音が轟いたのは。

ようやく気付く。外で何かが起きている事に。

錯覚ではなく本当に爆発が起きていた。

 

「なんだ!?」

 

ただ事ではない事がおきている。

慌てて外の様子を確認しようと窓を開け放った。

温かな風が肌を撫でる。

 

「っ....!」

 

外の光景を見て絶句する。

一面が赤に染まっていた。炎が町を焼いている。

火事とかちゃちなものではない。大火災だ何棟もの建物が火柱に包まれていた。

こんな短時間にどうやって。——いや、

それよりもこれ程の規模だ。

考えられる原因は一つしかない。

 

「帝国軍の奇襲攻撃.....!」

 

それが始まった事を意味していた。

 

 

 

 




次回ヴァルキュリア部隊VSラインハルト。
久しぶりの主人公の戦闘回になります。
気長にお待ちください。

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