あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

95 / 105
十三話

その気配に真っ先に気付いたのはリエラだった。

後ろからまるで水爆布の如き殺意の波動が放たれたのを感じる。

—-この殺気は!

先程、クルトの命を奪いかけた死弾が放たれる直前に感じたものに他ならない。

 

「敵!追って来てる!」

「っ!!」

 

先頭を行く仲間に追っ手が放たれた事を叫ぶ。

直ぐにクルト達が臨戦態勢を取る。迎え撃つ算段は取れていた。

リエラもまた銃を手に後ろを振り返った。

途端に息をのんだ。

 

冷や汗が頬を落ちる。

体力に自信のある彼女だ。疲れから来るものではない。

これまで多くの戦場に身を置かされ続けた。

その度に生き残り続け『死神』とまで畏れられた高い彼女の生存能力が告げているのだ。

あれは勝てる敵じゃない。逃げなさい——と。

 

こんな事は今まで一度たりともなかった経験だ。

どんな敵もクルトと一緒ならば潜り抜けられる。

そう思っていた確かな自信が揺らぐのを感じた。

今からでも脇目を振らず逃げるべきでは。

そうクルトに具申しようとしたが。

 

「来るぞ」

 

もうその判断はあまりにも遅かった。

アルフォンスの声に引かれて林の先を見据える。

シンと静まり返りその中に自分達の緊張した息遣いだけが聞こえる。

まるで自分達だけがこの雑木林に取り残された様な錯覚に陥る。

 

そんな中で彼女は悠然と現れた。

 

幽鬼の様な白い仮面に黒衣を纏った女。

その傍らには凡そ扱えるとは思えない程に長大な銃。

なによりリエラを驚かせたのは彼女が一人で来ている事が分かったからだ。

なぜ敵が一人で追って来たのかは分からない。

だが誰の目に見ても好機である事は明らかだ。

 

「取り囲み確実に殺せ」

 

敵ひとりに対して過剰な反応では、とは全く思わなかった。

むしろ迅速に動き有利なポジションをリエラは確保した。

一秒でも早く倒さなければ大変な事になる。

リエラは銃を構えて敵に狙いを定めた。

味方からの合図を待つリエラの目に映ったのは、

 

「——え?」

 

彼女はおもむろに長大な銃を構え、照準を定める事無く引き金を引いた。

それはあまりにも無造作に行われた。

風を切り裂き放たれた彼女の一弾は鬱蒼と茂る林の中を隠れる様に距離を詰めていたグスルグに事もなく直撃する。グスルグの身体が宙を舞う。

 

「うそ.....」

 

あまりにあっけなく仲間が倒された。

目標を確認すらしていなかったはずだ。どうしてあんな芸当が出来るのか理解できない。

彼女は立て続けに引き金を引いていく。

その都度、林の向こうで悲鳴が上がるのをリエラは聞いているしかなかった。

背筋が凍る。

 

このままでは全滅する。

味方の合図を待つ暇はない。リエラは草葉の陰から飛び出した。

射程内に入ると素早く照準を敵に向ける。狙いは頭部。一撃で仕留める。

その思いで放った一撃を彼女は屈んで躱した。リエラがそこに居るのを知っていたかのような動きだった。事実わかっていたのだろう。リエラが殺気に気付いた様に、セルベリアもまたリエラの気配を読んでいたのだ。

 

リエラが駆けだす。

当たらないなら当たる距離まで近づき確実に仕留める。

そんな意思を感じたセルベリアは仮面の奥で笑みを浮かべた。

面白い。——だが、

 

「まずは指揮官からだ」

 

セルベリアは迫るリエラを無視して敵中央に目を向けた。

人の気配が集まっている。目ではなく六感が敵の居場所を教えてくれる。

ひときわ守りが厚い一角に向けてセルベリアは引き金を引いた。

 

「!?」

 

リエラが瞠目する。そんななぜ。

その一弾が放たれた場所はまごうことなくクルト達のいた場所。

直後に爆発音が響いた。

呆然と立ち尽くすリエラの耳に女の声が届いた。

屈伸運動をした後の様な軽い声音で、

 

「.....さて相手をしてやろう。後はお前だけだ」

「ああああああアアアア!」

 

声にならない咆哮を上げてリエラは地面を蹴った。

瞬く間に彼我の距離は迫り。ゼロになろうとした瞬間、複数の発砲音が木霊する。

もはや当たらない方がおかしい。そんな距離で放たれた銃撃だ。

だが弾丸が捉えたのは霞みゆくセルベリアの残像のみ。

既に実体はリエラの背後に回っていた。

長大なライフル銃を装備してなおその速さ。

常人では追いきれないそれを、しかしリエラの目は追っていた。

振り向きざまにリエラの足が跳ねた。

バネの様に地面を蹴り上げリエラの足撃がセルベリアを襲う。

それをセルベリアは銃身でガードする。

バキリと鈍い音が響く。砲身がくの字にへし折れた。

 

自らの武器が破損したのを見て感心したようにセルベリアが声を上げる。

 

「良い動きをする」

「よくもみんなを!」

 

セルベリアの評価に聞き耳を立てる様子のないリエラは再度銃を構えてセルベリアを狙い、引き金を引こうとした瞬間、驚くべき事が起きた。

セルベリアの指が割って入り驚くべき早業でリエラの指をからめとるとクルンと銃が反転する。

自身に向いた銃口を見てリエラは咄嗟にトリガーから指を離した。直後に響く発砲音。

頭上を弾丸がかすめた。ゾッとする。危うく自分で自分を撃つところだった。

 

「よく躱したな」

 

楽し気なセルベリアの声にリエラはキッと睨み上げた。

 

「許さない絶対に.....!」

「誰か大切な人間でもいたか?」

 

その言葉にリエラの目に力がこもる。

その通りだ。あなたに殺されたのは私にとって大切な人達だった。

誰からも疎まれた私が与えられた唯一の居場所だったのに。

あっさりと全てを失った。

 

「....ええ、何よりも大切だった。それを貴女に簡単に奪われた」

「そうか、仕方ない事だ。私も大切なものを守らなければならない」

「.....だったら私も殺して」

 

味方は全滅。武器は奪われた。

もう私に勝ち目はない。この女性が私を生かしているのは気まぐれに過ぎない。

獲物を仕留める前の狩人の様に。

狩って狩られる残酷なこの世界にクルトが居ないなら生きている意味なんてない。

諦めた様にリエラは目を閉じた。

 

セルベリアがリエラの銃を構える。

 

「お前は良い兵士だ部下の弔いになるだろう」

 

そう言ってセルベリアは引き金を引いた。

一発の発砲音が虚しく空に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「.....リエラ!」

 

手を伸ばすがその手は空を切る。

暫し呆然としていたクルトだが自分が意識を覚ました事に気付く。

気絶していたのか俺は?何が起きた。

直ぐに思い出せた。

 

そうだいきなり敵のライフル弾が俺達の前に飛来して。

それが中戦車の予備パーツであるラグナイトタンクに直撃し引火した。

直後に起きた爆発に俺達は巻き込まれたんだ。

揮発したラグナイト燃料は人体に害がある。

致死性ではないとはいえ俺達はラグナイト中毒を起こしていたというわけだ。

気絶していた理由はそれか。

 

「っみんなは」

 

辺りを見渡し倒れた仲間の安否を確認する。

大丈夫だ息はある。俺の周りに居た仲間も中毒を起こしていただけだ。

これなら直ぐに目を覚ますだろう。

だがリエラを含めた前衛組は別だ。グスルグが撃たれたのは知っている。

生存は絶望視だろう。

 

「くそっ」

 

それでも自分の目で確かめるまでは信じられない。

悲惨な光景を見に歩き出そうとした。

その時、信じられないものを見た。

目の前の茂みががさりと揺れ、そこから現れたのは——

 

「.....ようクルト」

「グスルグ!?」

 

信じられない事に茂みの中から現れたのはグスルグを始めとした兵士達だった。

全員無傷というわけではなかったが五体満足で生きていた。

ありえない、あのライフル弾を受けて命を留めているなんて。

そう考えるクルトの目の前にグスルグが何やら黒い弾状の物を見せた。

 

「非殺傷用の訓練弾だ。これじゃ命を奪えるわけがない」

「何だと、どういう事だ」

「見ての通りさ。俺達は最初から敵に遊ばれていたって事だろ」

 

完敗だよと自虐的に笑うグスルグ。

どういう理由で敵が俺達を生かしたのかは分からない。

だがどういう理由であれ俺達は生きている。

そのことを今は喜ぼう。

しかしグスルグの顔は暗雲たるものだった。

 

「どうした?」

 

ややあってグスルグの口が重く開いた。

 

「リエラが居ない」

「......は?」

 

その言葉を理解した瞬間、クルトは走り出した。

グスルグが止める声も聞こえず茂みをかき分ける。

直ぐに目の前に光景が広がる。

リエラが居た場所、しかしそこにリエラの姿はなく、

地面には大量の血痕だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。