あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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九話

ラインハルトが森に入った瞬間、敵の待ち伏せに遭う、という事は起きなかった。

それは先んじて森に突入した第七小隊の報告もあり驚きはない。

が、少し拍子抜けではある。敵はどうやら敗走するガリア兵を追撃する趣向は持ち合わせていないようだ。仮想敵の評価を一段階上げる。これで簡単に追撃をかける程度の敵なら難しくはなかった。猪が相手なら罠にかけてしまえばいいからだ。

しかし敵はその逆で慎重だ。

簡単に勝てる相手ではないだろう。

 

だがこちらの動きも悪くない。

いやむしろ良い。義勇兵とは思えない慣れた様子で森を踏破する第七小隊の面々。

その後方を従軍する形で付いてきているラインハルトが視線を巡らせる。

森を歩くというのは意外と難しい事だ。

平坦ではない地面と道なき道を進む。

それだけで体力は消耗するし緊張で足がもつれるものだ。

彼らにはそれがない。

これはクローデンの森で得た経験が彼らを一端の兵士にまで強くしているのだと考えられる。

これもその一つか、

 

「獣道とは考えたな.....」

 

感心したようにラインハルトは言った。

今俺が歩いているのは道と呼ぶには憚られる程度の獣の行く道だ。

気にした事はなかったが、

こうやって獣道を歩けば体力の消耗を抑えられる。

敵に気付かれず接近するには都合が良い。

普通の兵士にはない発想だ。

俺だったら考えもしなかっただろう。

専門的な知識をもつウェルキンならではの用兵だと言える。

おかげで敵に遭遇することなく森を抜けられそうだ。

何かあるとすればイムカからのプレッシャーが痛いくらいだ。

 

「どうしたイムカ何を怒っている?」

「.....怒っているわけではない。でもハルトの行動は軽率過ぎると思う」

 

俺の護衛を自負するイムカからすれば俺が戦場に立つ事は言語道断。

あってはならない事らしい。

それはそうだラインハルトがおかしいのだ。

言って止まるとはイムカも思っていない。ので――

 

「絶対に敵の表に立っては駄目....絶対に」

 

念を押すようにそう言った。

 

「分かった分かった肝に命じる」

 

だがその言葉は儚く破られる事になる。

仮面の部隊。彼らによって――

森を抜ける直前、交信がウェルキンの元に飛来する。

 

「っ――!アリシア達が交戦に入った!敵は.....っ――仮面の部隊!!」

 

とうとうアリシア達偵察部隊が交戦状態に入った。

しかも敵は例の仮面部隊だという。

全員が武器を構え直す。ラインハルトも背中のスナイパーライフルを構える。

軍学校以来の獲物の感触を確かめ弾倉を確認する。問題ない。

瞬き程度の瞬間に否応なく緊張感が上昇するのが分かる。

 

「——突入!!」

 

ウェルキンの合図を号令に全員が走り出した。

 

 

 

 

 

森を抜け視界が広がった瞬間、目の前は戦場だった。

ガリア正規軍と仮面の部隊が戦う、まさにその渦中だ。

いつしか嗅ぎなれた血の匂いを吸いながらラインハルトは狙撃銃を構えた。

その照準は仮面を付けた帝国兵に向けられている。

本来であれば、そう本来であれば彼らを撃つ必要はなかったはずだ。

だが奇しくも状況がそれを許さない。

ラインハルトはこの先に進まなければならないのだ。

だから心を沈める。静かな水の底に落とし込むように。

淡々と照準を合わせ。そして――

 

「....許せ」

 

引き金をひいた。

撃鉄が落ちた瞬間、弾丸は帝国兵に向かって飛来し、吸い込まれるように帝国兵の足を撃ちぬいた。苦悶の声を上げて帝国兵が倒れる。それを確認してラインハルトはスコープから目を離す。

 

「.....」

 

これがラインハルトのできる限界だ。命は取らない。しかし戦闘不能にする。何という面倒さだろう。兵士ではない。自分に課した縛りは自分を危険に晒すだろう。だがそれでいい、この戦い方でラインハルトは先に進む。そう決めていた。

次の敵に照準を合わせ――撃つ。

 

また苦悶の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

次の敵は.....?

空になった弾倉に新たな弾を込めながら戦場を見渡していると違和感に気付いた。何だこの敵は妙だぞ。誰一人逃げようとしていない。数の利では正規軍を含めたこちらが上回っている。

だが例の仮面をつけた部隊が後退する様子はない。

 

....何だ、なぜ逃げようとしない。

仮面の帝国兵に言い知れぬ悪寒を感じた。

だがその答えが出ぬまま戦いは推移していく。

戦況はこちらに有利なまま。

ガリア正規軍が敵を押している。

 

このままいけば勝つだろう、恐らく誰もがそう思った。

ラインハルトもガリア正規軍の勝利を疑わなかった。

だがそんな兵士の士気が弛緩した瞬間を狙っていたのだ――奴らは。

 

「ん?」

 

兵士の一人がそんな声を上げた。

何だか前衛が押し返されていないか。

そう思った次の瞬間――黒い影が目の前を横切った。

もの凄い速さで何かが通り抜けたように見えた。

そう思い横に居た兵士に何気なく視線をずらした。

その兵士の胸に風穴があいていた。

 

悲鳴を上げる事もできなかった。

なぜならその兵士も後から迫る黒い流れによって飲み込まれたからだ。

前線は瞬く間に崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この局面でまだ温存していただと!?」

 

新たに現れ出た敵部隊にラインハルトは驚きの声を上げた。

この土壇場で敵はまだ兵を温存していた。何という度胸だ。

並みの指揮官に出来る事ではない。

どんな肝の太さをしているんだ。

 

遠くからでも分かる。あの敵は強い。

あっという間に前線の兵が崩れた。

恐らくあの部隊がエミル少尉の部隊を襲った敵だろう。

森で出くわさなかったのは、

エミル達の別動隊を壊滅させた後に力を温存させたためだ。

 

やられたな。一気に流れをひっくり返された。

敵の動きを見ていると周りから悲鳴の様な声が上がる。

まただ、またあの敵が現れた――と。

成程、あの敵を倒さない限り前に進む事はできないらしい。

ならば、

 

「ウェルキン俺達であの敵を倒すぞ」

「うんそれしかないみたいだね」

 

敵のプレッシャーに完全に士気をくじかれている正規軍を見てウェルキンも頷いた。

このままでは士気の低下が全体に伝播する。

手遅れになる前に敵を叩かなければならない。

 

その為に核を叩く。

つまりあの部隊の隊長を....だ。

弾倉の充填完了。ラインハルトは狙撃銃を構える。

照準を先頭を走る敵に定める。恐らくあれが敵の支柱、核となる存在だ。

悪く思うなよとは言わん、だがここで確実に――止める。

 

一瞬の静止時間の後、ラインハルトは引き金を引いた。

放たれた弾丸は見事な精度を描き敵に向かう。狙いは足、着弾軌道。

当たる。確信をもったコンマ数秒後。しかし――

驚くべき事が起きた。なんと敵は俺が引き金を引いた瞬間、それを知覚したかのようにコースを変えたのだ。神がかり的なタイミングで俺の放った弾丸は避けられた。

 

「っ!?」

 

それまで一度も外すことのなかったラインハルト初の失点。

軍学校でも的を外す事は稀だった。

言い知れぬ焦燥を感じながら二度目の照準を合わせる。

今度は絶対に当てる。その覚悟をもって放たれた二射目は――しかしまたもや避けられた。同様のタイミングで、まるでこちらが撃つのを分かっているかのように。

 

やはり只のまぐれではなかった。

いったいどんな直感をしている。

どれほどの戦場に立てばあれほどの勘が身につくのだろうか。

 

あれではまるで.......。

.......まるで?

その時、ふと彼女の事が脳裏をよぎる。

なぜあの敵を見て彼女を思い出すのか。

ジッと見つめる。

次第にラインハルトの表情が驚きに変わっていく。

 

「.....まさか」

 

似ているのだ。俺が知る彼女の動きとあの敵の挙動が。

見れば見るほど似ている。

成程これが焦燥感の原因か。

だがまだ確信は持てない。敵は仮面と黒衣に身を包み、性別すら分からない状況だ。違うかもしれない。しかし、とラインハルトはこの場所が南部と中部を繋ぐ要衝であることを思い出す。

だとすればその確証は高い。

 

ラインハルトの動きが止まったのをイムカが訝しんでいる。

考える時間は短かったがそれでも時間は進む。

ウェルキンの焦り混じりの声が聞こえた。

 

「まずいなアリシア達の方に行ってる」

 

敵は一直線にアリシア達の方に向かっていた。

このままでは何も知らない彼女達があの敵と戦う事になる。

危険だ。早く合流して指揮をしなければならない。

イサラにエーデルワイス号の発進命令を出そうとした。

その時、

考え事に耽っていたラインハルトが戦車の上に乗ってきた。

......ハルト?

驚くウェルキンを無視しておもむろにラインハルトは銃を構えた。

 

「確かめてみるか」

 

その謎の言葉と共にラインハルトは銃を撃った。

弾丸の方向性は目標は的を大きく外していた。

それまでの見事な精度と違い、狙いは敵の前方を流れていった。

まるで気づけといわんばかりに。

ここでようやく敵がこちらを見た。

距離は遠く離れている。だがラインハルトには分かった。

敵がこちらを目視したのを。

圧倒的なプレッシャーをここからでもビリビリと感じる。

経験したことのない恐怖に襲われた。

圧倒的上位者を前にした獲物の気分だ。

それでもラインハルトは敵から目をそらさない。

さあ俺はここにいるぞ。

 

反応は劇的だった。

それまで一瞬たりとも動きを止めなかった敵が突然、足を止めたのだ。

この戦場において自殺行為極まりない。

だが、そんな事はお構いなしと敵はラインハルトだけを見ている。

そして敵は飛ぶように走り出した。——こちらに向かって。

 

――釣れた。

敵の動きから確証は確信となる。

そう思った瞬間、ラインハルトは銃を構えた。

照準は的を大きくずらす。

撃っては外し撃っては外しを繰り返した。

敵がこちらに来ているのに棒立ちしていてはウェルキンに気取られるからだ。

なので偽装行為を行う。

一発――40m、二発――30m三発――20m四発――10m、弾倉が空になる。

イムカが動きヴァールの斬撃を繰り出す。

しかし敵はそれを跳躍でかわし――

 

そして――ゼロ。

トンと軽やかな音色と共に戦車の上に着地した。

髑髏の仮面が目の前にある。

彼我の距離はもはやない。互いの吐息が聞こえる程だ。

敵はいつでもラインハルトの命を取れるだろう。

 

 

 

「見つけた」

——と声がした。

それはラインハルトの言葉だったかもしれないし敵の声だったかもしれない。

あるいはお互いの言葉か。

 

ラインハルトは頷き、森を目で見やる。

それで敵も理解した。

仮面の敵はラインハルトの無防備な腹を打つ。

倒れこむラインハルトを受け止め、荷物の様に担ぎ、走り出した。

敵の攻撃を意図も容易く掻い潜り、そのまま森の中に消えた。

 

 

一瞬の出来事だった。

残されたウェルキンが呆然としている。

何が起こったのか理解できない。

ただ分かる事は一つ。それは――

 

「——っハルトさんが敵に攫われたーーーー!!?」

 

 

――である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『仮面編』終了
ラインハルトVS仮面の女

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