あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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七話

ガリア中部と南部を繋ぐ街道を帝国軍に占拠されていた。

 

南部から届く物資がせき止められ。

このままでは中部は干上がるのも時間の問題だろう。

早急に対処しなければならない。そんな上層部の考えにより派遣されたのが、ガリア公国軍最高幹部ダモン将軍直轄部隊所属ヒラルキン中隊だ。

ヒラルキン大尉は約400の兵をもって帝国軍を攻撃した。

しかしーー

 

「どうして!?どうしてなのよ!敵は少数じゃないの!

なのにどうして――こっちが押されてるのよ!?」

 

偵察の報告では100そこらの少数部隊、直ぐに撃退できると踏んでいたヒラルキン大尉の思惑とは裏腹に敵は精鋭だった。敵の守りは固く、こちらの攻撃は跳ね返され、逆に被害を被っている。

四倍の敵を前にしても帝国軍の士気は異様に高い。

これでは敵を後退させることも難しい。

 

「そもそもアレは本当に帝国軍なの?」

 

そう困惑するのも無理ない事で、

敵の帝国兵は全員が髑髏の様な仮面を被っていた。

帝国兵が面を被っているのは珍しい事ではない。ブリキの兵士と揶揄される事もある程だ。

だが、あれはどの資料にも載っていない。

まるで冥界から呼び起こされた亡者の兵隊だ。

倒されても退かない姿を見てそう思う。

 

「敵は死を恐れていないとでもいうの!?」

 

ありえない。

もしそうだとしたら、どうやって倒せばいいというのか。

現状は正攻法を取るしかないのだ。

正面からぶつかり合う。我ながら愚策もいいところだ。

しかし、敵の背後にある森から別動隊の消息が途絶えた今、そうするしかない。

 

「前衛部隊抜かれました!敵が来ます!」

「なにい!?」

 

報告通り敵が遠くに見えた。

こちらの兵士を圧倒している。敵の中でも際立って動きが早い。早すぎる。前衛の部隊長は指揮を執る暇もない。とりわけ先頭に立つ兵士、なんだあれは!?自分の背丈よりも長大なライフルを軽々と構えたその兵士は的確に兵士を撃ちぬいている。報告を聞いて愕然とした。ほぼ全てが兵長クラス、部隊長だった。

まさかあの混戦の中を冷静に判断しながら戦っているというのか。

人間技じゃない。

 

「糞ッタレ!敵は本当に冥界の兵士か何かか!?」

 

この日何度目かの絶叫が響いた。

その間も敵の進撃は目覚ましく。

陣形が食い破られるのは時間の問題だろう。

 

「って、撤退する!」

 

こうして二度目の撤退命令が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「あら~逃げて行ったわよ。あいつらも懲りないわね」

 

双眼鏡で戦況を覗いていたリディアは腕を上にんーと伸びをした。

朝から同じ態勢で凝った筋肉がほぐれるのを感じる。

気持ちがいい。艶っぽい声が口から洩れる。

豊かな双丘が軍服を押し上げる。

男なら眼福な光景に、しかしジグは興味を示さず、咎めるように言った。

 

「気を緩み過ぎですよリディアさん。まだ戦闘が終わったわけじゃないんです」

「あんたは緊張し過ぎなのよジグ。あたしみたく余裕を持ちなさい」

「リディアさんのそれは余裕ではなく油断と言うんですっ」

「やーね。ダルクス人て真面目過ぎんのよ」

「ダルクス人は関係ないでしょ!」

 

ムッとなるジグが興奮したように言う。

仮面の兵士が周囲を固める中リディアとジグだけが顔を出していた。

金髪褐色のリディアとは違いジグはダルクス人だと一目で分かる。

胸には隊長の胸章が輝いている。帝国には珍しいダルクス人の隊長だ。

少年のような見た目からもかなり若い。この若さで稀有な事例だと言えよう。

だがその才能は本物だ。彼の部隊は随一の勇猛を誇る。

ジグ自身も最前線に立ち果敢に戦ってきた。

だからこそ今の立場があるのだろう。

現に今も戦いに走りたい気持ちを抑えているところだ。

そう云うところをリディアは若いと笑う。

 

「そこも可愛げがあって悪くないんだけどねぇ」

「いったい何の話ですか?」

「あんたはダハウみたいになるなって言ってるのよ、

これは忠告、自分の力を超えた悲願大望は身を滅ぼすだけよ」

「何を言っているのですか、ダハウ様こそダルクス人の希望であり我々カラミティ・レーベンの同志たちが集うべき象徴です。僕はダハウ様の様になりたい!」

 

輝かせるジグの目はヒーローを語る少年のそれだ。

彼にとって、その人物がどれだけ大事かが良く分かる。

彼のみならず、周囲を固める仮面の兵士全員の総意だ。

彼らはカラミティ・レーベン。ダルクス人のみで構成された部隊だ。

リディアの様な例外を除き全員がダルクス人である。

つまらなそうにリディアは言う。

 

「.....あっそ。好きにすれば?」

「いえ、リディアさん。貴女の忠告は胸に刻んでおきます。

僕たちの事を心配してくれたんですよね」

「はあ?そんなわけないでしょバカバカしい」

 

くだらないとかぶりを振って、軍帽を被り直す。

それよりもと視線を戦場に戻す。

視線の先には例の部隊があった。先ほどは先頭に立って敵を撤退に追い込んだあの部隊だ。

探るような目でリディアは呟いた。

 

「——それで?あいつは何なの?」

「.....分かりません。あの部隊の詳細はダハウ様も教えてくれませんでした」

 

ジグも困惑している。

知らされてない事にリディアは眉を寄せ、ならばそれも当然かと頷く。

なにせ二週間前に突然、部隊に加えると言い放ち、連れてきた謎の部隊なのだ。

古参の誰もがあの部隊の事を把握しかねていた。

ダハウを除いては。

 

(だとすれば別勢力の介入もありえるわね)

 

いったい何者だろう。あれほどの強さ、本国でも名の知れた部隊のはず。

追加人員の情報を明確にされていない時点で、

ダハウが何かを隠しているのは明白だ。問い詰めても無駄だろう。

腹心であるジグにさえ伝えられてない事からも分かる。

恐らく帝国の誰か、貴族かそれに順当する者がダハウに接触した。

これはある意味、マクシミリアンに対する裏切りではないか?

 

(目的は暗殺かしら?)

 

流石に突飛すぎるか。

私があのお方の力を使えば喋らざるをえない。

だが、それで利を得るかは首を傾げる。

カラミティ・レーベンを利用する別勢力が存在したとして、そいつらは帝国にいるはずだ。

このガリアでの影響力は低いだろう。

私が帝国軍に申告したところでうまみはない。

ならば今は状況を観察するだけでいい。

打てる手札は多く揃えておいた方がいいだろう。

あのお方の目的に反する様なら、その時は.....。

 

「くく、面白くなってきたじゃない」

 

そう言って笑うリディアの言葉の意味をジグは理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

リディアとジグの関心の的である部隊の隊長は女である。

顔は分からない。カラミティ・レーベンの特徴である髑髏の仮面を被っている事から、どんな顔をしているのか判断することが出来ないのだ。本人も滅多に人前に出ることはない。

それもあってカラミティレーベンの隊員からは仮面の令嬢と揶揄されていた。

あくまで戦闘に出る前の話だ。

彼らが戦場に投入されると話が変わる。

まずその機動力の高さに驚いた。自分達も機動力には自信があったが、彼らはまるでレベルが違う。幾度もの戦場を駆け巡った動きである。

そして先頭に立つ女兵士の戦闘力は次元が違う。

ほぼ一人で何人もの隊長格の首を上げている。

彼女の働きで命を助けられた隊員も多いだろう。

たった数回の出撃で彼女たちはカラミティ・レーベンに認められていた。

もう実力を侮る意味で仮面の令嬢と言う者はいないだろう.....。

 

その調査報告書を見たダハウはふっと笑った。

 

「さすが....というべきだな」

 

カラミティ・レーベンの隊長ダハウは獅子の鬣と体躯を彷彿とさせる。ダルクス人とは思えない覇気を纏う軍人だ。そんな男が心からの称賛を口にした。

身内意識の高いダルクス人の集団に認められるのは容易な事ではない。

それを可能とした彼女の腕を褒めた。

 

「リディアとジグはやはり怪しんでいるか」

 

何も伝えていない隊長達は疑問に思っている様子だ。

特にリディアは心中で画策している事だろう。彼女の正体を知られればリディアは軍に申告するだろう。そうなれば自分の身は危うくなる。

危険を孕むであろうことは分かっていた。

それでもダルクス人の安寧を思えばこそだ。

自分の判断が間違っていたとは思わない。

 

だからこそあの日、彼女の提案に乗ったのだから。

 

そう、彼女が抹殺対象となり追撃命令が出た時から、自分には別の道が生まれた。それは我々ダルクス人を生かす道となるかもしれない。

これはマクシミリアン殿下に対する裏切りだ。

ゆえにその道が間違っていた時は罰は自分一人で受けよう。

誰にも話していないのは、このためだ。

ダハウの静かな重い決意。それは虐げられる民族の自由を願う全ての同胞達の思いが込められている。自由を願い死んでいった同胞の為にもダハウは止まらない。

 

「たとえ魔女に魂を売ろうとも悲願を達成する....」

「——もしやその魔女とは私の事か」

 

返事が返ってきた。

誰も居ないはずの部屋から。ダハウは慌てて視線を巡らせる。声の正体は直ぐに見つかった。部屋の隅にもたれかかる様に立っていた。その女こそ件の人物である仮面の令嬢だ。

その名の通り仮面はしたまま。表情は読めない。

この部屋に入って来たことに全く気付かなかった。

冷や汗が首筋を流れる。

ダハウは礼を欠いた発言を謝罪する。

 

「失礼しました、お気に障られたのであれば謝ります」

 

立場が上の者、しかも隊長が隊員に行う簡易的なものではない。

誰が見てもどちらが上の立場か一目で分かる。

仮面の令嬢とはそこまでの者なのか。

当の本人は気にした様子もなく。

 

「別にいい。勝手に入ったのは私なのだから」

 

当然のように受け取る。いっそ傲慢ですらあった。

この場において支配者は仮面の令嬢だ。

ダハウもそれを受け入れていた。他の者が見たら驚く事だろう。だからこそ誰にも気づかれないよう気配を隠して入って来たのだろうか。

 

「.....それで何用でしょうか?」

 

ここに訪れた目的をダハウは問う。

とは言ったものの、彼女の訪問の意図は初めから分かっている。

話を円滑に進ませるための社交辞令だ。

仮面の令嬢も気にせず答えた。

 

「例の件について斥候の報告を聞きに来た」

 

やはりか。

カラミティ・レーベンは南部から続く街道を占拠している。

主な目的はガリア軍の物資を拿捕すること。それだけでなく、

例の件――つまりガリア軍の動向を把握する事も任務の一つだ。

 

それに関連して仮面の令嬢は一つの命令を与えていた。

それは軍だけでなく南部を通る民間団体であれば残らず調査しなければならない。

というものだ。目的は分からない。

だが彼女は何かを探している。あるいは誰かを。

ここに来た時からずっと。

そもそも、この街道近くに陣を張ると言ったのも彼女の案だった。

 

何かがあるのだろう、この場所に。彼女にとって極めて重要な事項が。

ダハウは首を横に振る。

 

「残念ながら斥候の報告では南の街道を通ってくるのはガリア軍のみとの事です」

 

此処を占拠して二週間が過ぎたが依然として向かってくるのは敵勢力だけだ。

中部ガリアに続く脇道は幾つかあるが民間人が通る事は一度としてなかった。

変わらない答えに仮面の令嬢は無反応で「.....そうか」とだけ呟いた。

平静を装っているだけだろう。内心はそうじゃないはずだ。

固く閉じられた手が物語っている。

 

「....引き続き街道の監視を行え」

「しかし...」

「分かっている。敵の反撃が日増しに強くなっている。だが此処を離れるわけにはいかない。

これは絶対条件だ」

 

本道を奪い返そうと敵の部隊が次第に増強されている。

敵もようやく本気になり始めたようだ。

カラミティレーベンにとっては悪い知らせだ。

いくら精強な我が部隊といえども正面切って敵の大部隊と戦えば全滅の憂き目に会うだろう。

この状態が続けば撤退もありうる。

仮面の令嬢もそれが分かっているのだ。

だからこそ彼女は自ら前線に立ち奮戦する事で今の状態を維持している。

しかし、それももってあと.....。

 

「....三日、あと三日待ちましょう。

それで何も起きなければ撤退を開始します。よろしいですね。

私とて隊員を無駄死にさせるわけには――っ!」

 

途中で言葉が切れる。

仮面の令嬢を中心に殺気が吹き出した。

仮面がダハウを見る。

 

「分かっていないようだな。.....これは命令だ。失敗は許されない。

絶対に成功させなければならないのだ。

例え私や貴様とその部下たちが諸共死のうとも任務は必ず遂行する」

 

有無を言わさぬ迫力にダハウは瞠目する。

それほどまでに成功させたい理由とは何だ。

 

そもそも彼女がガリアに現れた理由は。ガリア侵攻の為などではない。

我々を利用する意味は。それによって達成される目論見とは。

彼女は詳細を語らない。ただ機密事項であるとして、さらにその正体を隠している。

何のために。.....いや、まて彼女には忠誠を誓う者がいる。

唯一無二の存在。その者が関係しているとすればどうだ。

 

彼女が命を懸けるに値する作戦.....まさか。

その可能性を考え、ダハウは雷鳴に打たれた様に硬直する。

.....それはありえない事だ。

 

「.....来ているのか?貴女の主君が」

 

信じられない思いで呟いた。その瞬間――喉を掴まれた。

 

「ぐっ!?」

あいだに合った距離を瞬く間にゼロにして仮面の令嬢がダハウの首を掴んだのだ。

万力のような力で抑え込まれ酸欠になる。

霞がかかった視界の中で彼女の冷淡な声が聞こえた。

 

「それ以上の発言を禁止する。誰かに伝えれば私が殺す」

 

あまりに苛烈な発言にダハウは逆に確信した。

.....そういう事か。読めてきたぞ。

ダハウは手首を掴み、力を込めた。

 

「む....」

彼女の締め上げる手が緩む。一瞬を逃さずダハウは仮面の令嬢の手を引き離した。

お互いの視線が交差する。

ダハウは無理に笑みを浮かべた。

獰猛な笑みだ。

 

「殺されるのは困りますな。私にも必ず達成しなければならない悲願がある。

ダルクス人の自由の為に。未来のダルクス人の為に。

その為ならば私は地獄の底までお供しましょう。ですが部下は違う。

彼らこそ未来だ。無駄死にはさせられない」

「裏切るという事か」

「まさか、何のために危ない橋を渡っていると思っているのですか。

最後まで渡りきるつもりですよ。その代わり必ず条件はのんでもらいますぞ」

 

ダハウは清濁併せ持つ男だった。

部下の犠牲を既に受け入れ、先の未来を掴み取る覚悟がある。

それ程の覚悟がなければ掴む事はできない。

『ダルクス人の自治権実現』はそれ程に途方もない夢だった。

その夢を叶える一端が手の届く所にいる。

ならば迷うことはない。ダハウは決定を下した。

たった一人のために自らを含めた108名の犠牲を受け入れる。

 

「....分かっている。この作戦が成功した暁には自治都市でも何でも望めば良い。

たとえダルクス人でも働きに応じた見返りを与える。あの御方はそういう人だからな」

 

その相手を憂いているのが分かる。

どのような作戦なのか詳細は問うまい。

彼女の言う通り見返りは大きい。

ならばこの作戦は成功させる、それだけだ。

その時、ジグが部屋に駆け込んできた。

 

「大変です!ダハウ様!」

 

何かを言おうとするが仮面の令嬢が居ることに気付き驚く。

 

「なぜ貴様が!ダハウ様に何をしている!」

 

二人のただ事ならぬ様子に気付き仮面の令嬢に対して敵意を見せるジグ。

今にも掴みかからんばかりだ。

このままでは天幕が地獄絵図に変わるのも時間の問題だろう。

こんなところで手塩にかけた部下を死なせるわけにはいかん。

ダハウは手で制止した。

 

「.....大丈夫だジグ。

私と彼女に少しの行き違いが合っただけだ。.....だがもうその心配もない。

.....そうですね?」

「....ああ、そうだな。ジグと言ったか?何の用だ」

 

ふっと自分から離れた仮面の令嬢が頷いた。

そしてジグに向けて無造作に聞くが、ジグはというと何でお前に喋らなければならないんだと尚も睨んでいる。その様子にやれやれとため息を吐く仮面の令嬢。若き部下の怒りが増長する。

それを抑え込んだのはダハウの一声だった。

 

「ジグ何があった」

「っ――攻撃です!裏の森より敵が出現しました!至急森に潜ませていた部隊で迎撃させています!」

「そうか、敵に地の利がある以上無理はさせられない、後退させよ」

「それではダハウ様自らが」

 

頷く刹那、目の前を黒衣がひらめく。

 

「私がいく」

 

仮面の令嬢が言った。

これで何度目の出撃だ。どんな体力をしているのか底が見えない。

それが彼女の役割か。いったいどれほどの絆が両者にあるのか計る事すらできない。

よほど大切な.....。

 

「貴女は本当に待つつもりなのですな」

「当然だ、この場所であの方を出迎える。それが計画だ。

それに確信している。その時はもう....近くまで来ていると」

 

まずは敵を払う。彼女はそう言って天幕を出て行った。

その行動に一点の曇りもない。信じられる者がいる。

そこにダハウは光を感じた。

 

「....羨ましいものだ。信じるモノがある。それだけで人は強くなり救われるのだな。

私にはもう過去のものだが、ダルクス人には必要なものだ」

 

見つけられるだろうか。

荒野に投げ出された我が民族にとっての光を。

その果てしない旅路を、どうか見守っていてくれ。

 

今は亡き妻にダハウはそう祈った。

 

 

 

 


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