あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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六話

出発は翌日の明朝となった。

直ぐにこの街を離れる必要がある。長居は無用だ。

そう考えたラインハルトは、事の次第を外で待っていたイムカに伝えた。

同時にウェルキンが軍属であり、道中の護衛である事もだ。

この気持ちを共有したかった。

やはりイムカも驚いたようだ。

 

「どうしてこうなった」

ラインハルトは大きくため息をこぼした。

それが彼の心情を物語っていた。

 

「最悪、気取られたかもしれん」

あのエレノアという女士官、表向きは涼しい顔をしていたが、明らかにこちらを警戒していた。

俺の正体とまではいかないが、正体を怪しんだのは間違いない。

時間をあちらに与えていれば、最悪、強硬手段を取られていたかもしれない、

 

義勇軍を利用しようと考えたのは悪手だったか?

いや、それは結果論に過ぎない。

運が悪かった。そう考えよう。

イムカが申し訳なさそうに言う。

 

「イサラはエンジニアだった。多分、戦車乗りかもしれない。

.....すまない、先に言うべきだった」

「いや、イムカのせいじゃない。俺たちも隠していたお互い様だ」

 

だが、とラインハルトは付け足して。

「ここからはより慎重にいこう。

彼らが今後、俺たちの敵になるかどうかは分からない。だが味方になる事は決してない」

「分かった」

 

そう、俺たちは敵同士だ。

味方になる事は決してないのだから.......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、待機場所に訪れると第七小隊の面々が揃っていた。

軍服姿のウェルキンが駆け寄ってくる(やはり軍人なんだな)

ニコニコしてるなあ。

昔、別宅で飼っていた犬がこんなだった気がする。

若干失礼な事を考えながら、ラインハルトは握手をした。

 

「おはよう!いい朝だね。出立の準備は出来てるよ」

「おはようギュンター少尉」

「あははウェルキンでいいよ」

「なら俺もラ....ではなくハルトでいい」

 

そう言うとウェルキンは満面の笑みで、

 

「分かったよハルト!これからよろしく!」

「.....ああ、よろしく」

 

やはりこの男は何も知らないのかな。

エレノアから何かしら命令されているやもと案じたが、考え過ぎか。

だが少しだけラインハルトはホッとした。一歩間違えれば敵になる相手とはいえ、できれば戦いたくない。その為にこの国に来たのではないのだ。

 

「紹介するよ僕の仲間たちだ。彼女は――」

「—よ、よろしくお願いします!副官のアリシア・メルキオットです!」

 

アリシアは真面目に敬礼をして俺を迎えてくれた。

義勇兵とはいえかなり様になっているので感心した。

自警団で働いていた経験があるからだとか。

後になってそれを聞いた。

ウェルキンは首元のインカムを使って、

 

「イサラも出ておいで」

 

すると、

ひと際目を引く重戦車のハッチが開き、中から少女が出てきた。

イサラだ。イサラは恥ずかしそうに会釈をした。

イムカの言っていた通り戦車乗りか。

大したものだ。あの年で一部隊の戦車を任されているとは。

いやそれよりこの戦車だ。

 

「随分と立派な戦車だな。ガリア軍のか?」

「これは父が残してくれた物を私が組み上げました」

「これを?....そうか、素晴らしいな」

 

イサラは褒められて嬉しいのか照れている。

見れば分かる。よく整備されていた。彼女の技術者としての誇りが伺える。

名前はあるのかと聞くと教えてくれた。

いい名前だ。

 

「よろしくなエーデルワイス」

 

鋼鉄の装甲を撫でる。冷たい感触が返ってきた。

ラインハルトはこの戦車を見事に気に入っていた。

戦車があるなら安心だ。兵士の武装は....。

キョロキョロと誰かを探すイサラが尋ねてきた。

 

「あのイムカさんは.....?」

「ああ、直ぐそばにいる。呼んで来よう」

 

イサラは嬉しそうだ。随分と懐かれている。

荷台に居るイムカを呼んだ。

降りてきた彼女の事を紹介しようと思った。

だがその時だ、

 

「—なんだいダルクス人かい」

「ん?」

 

明らかに落胆ともとれる声が聞こえた。

それは第七小隊の女兵士が発した言葉だった。

赤毛の女が不満げな顔を露わにしている。

差別的ともとれる言葉に、真っ先に反応したのはイサラだ。

 

「ロージーさん!」

「あたいはあんたの事も認めたわけじゃないんだからね」

「ダルクス人とかは関係ないじゃないですか!」

「みんな一緒さ、ダルクス人は不幸を運んでくる」

 

断言する言葉に、

その場の空気が一瞬で剣呑になった。

アリシアは顔を青くしている。

護衛対象に対する物言いではない。

厳罰に処されてもおかしくないだろう。

 

正規軍であればありえない事も、義勇軍ならではという事か。

どうやらこの部隊も問題を抱えているようだ。

意外ではあったが珍しい事ではない。

だが、いきなりトラブルはごめんだな。

 

言い合いをする二人の前にラインハルトが無言で歩み寄る。

それを止める者は誰もいない。

護衛対象を怒らせた。そう思ったのだろう。

当たり前だ。既婚者を侮蔑されて怒らない者はいない。

 

マズイことになる、と第七小隊所属ラルゴ・ポッテルは思った。

....何で隊長は止めないんだ。

ウェルキンは何も言わず静観している。

 

その間にラインハルトはロージーの前に来てしまった。

元々気の強い性分のロージーの事だ。後には退けない状況で逆に張り合うぞ。

ラルゴの悪い予感は的中した。

ロージーはあろうことかラインハルトにまでガンつけたのだ

衝突する。誰もが思った。しかし、

ラインハルトが見ていた物は、

 

「何だその貧弱な装備は」

「なっ」

 

思ってもみなかった質問にロージーは呆気にとられた。

そして赤面する。自分の装備を馬鹿にされたと思ったのだろう。

ギロリと睨み上げる。

 

「あたい達は義勇軍だよっ!

まともな装備なんて支給されるはずがないだろ!」

 

そう、彼女たちの装備は、お世辞にも上等とは言い難い物ばかりだった。

どれも旧式の武器ばかり。

最新の武器や豊潤な支給品はほとんどが正規軍に送られ、義勇軍には残り物を回される。

仕方がない事だ。末端の兵士にまで装備を充実させれば、あっという間に小国の金庫は空になるだろう。そういった裏事情があることをラインハルトはここで知った。物量に恵まれた帝国では考えられない事だ。そこに思い至らなかったのだ。

この国の()()()は苦労しているんだな。

 

しかしガリアの軍需事情がここまで酷い物だとは思わなかった。

これには困った。この程度の質では道中心もとない。

この部隊の抱える事情以前の問題だ。

なるほどと頷き

 

「それなら俺が援助してやるさ」

「何を言って....?」

 

戸惑う面々を放置してトラックの荷台を開ける。

そこには大小連なる箱が整然と並べられていた。

その一つの箱を持ってきて開錠する。

中には銃器が詰まっている。無造作に一つ取ってロージーに手渡す。

第七小隊からどよめきが上がる。

明らかに最新鋭、しかもこれは合衆国製の突撃銃 ロビンソン(M91)だ。

連邦軍でも採用されている武器で、生産性も高い事から数多く流通している。信頼性の高い武器だ。ガリアン1よりよっぽど高性能だ。ラインハルトは他にも連邦の高品質な防弾用戦闘服を開けた。思わず受け取ってしまったロージーが慌てて、

 

「ちょっと何やってんだい!?

勝手にそんなことしていいわけないだろ!」

「ん?なぜだ」

「そ、そりゃ軍規違反とか色々あるだろ」

「どうなんだウェルキン」

「うーん。いいんじゃないかな」

「な、隊長!?」

「それに君の態度は軍規に則っているのか?」

「っ!」

 

何か咄嗟に言い返してやろうかと思ったが。

ぐうの音も出ない。

というか反論する理由がないのだ。

粗悪な装備には常々不満を持っていた。一新出来るまたとないチャンスに、まずラルゴが先に食いついた。

「こいつはすげえな!最新のフルオート式か!

こんな物、普通は正規軍じゃないと持てないぜ!」

ピクリと耳が反応する。

.....そんなに凄いのかいコレ?

今さらながらに手元の銃を見た。

確かに先進国の造った銃だ。完成度があたいのと全然違う。

図った様にラインハルトが言う。

 

「いらないなら返してくれ」

「あ、あたいのだろ!......っ悪かったよ」

「そうか大事に使ってくれ」

「う.....」

 

何とも言えない表情でロージーは肩を落とした。

気力が削がれたのも仕方ない。

最初から相手にされていないのだから。

イサラの見る目が尊敬の眼差しだ。

あのロージーさんを.....。

 

「凄いですハルトさん......!」

「ふっ、真向から戦わないのが兵法の初歩だ。

それよりイサラ、君にはコレだ」

「え?私にですか?ですが私は戦車乗りです」

「戦場では何が起こるか分からない。

最悪を想定して事に当たれ、後悔しても遅いんだ。

.....だから頼む使ってくれないか」

 

イサラはハッとした。

自信にあふれたラインハルトの表情に陰りが見えたからだ。

その眼には深い悲しみが伺える。

気づけば受け取っていた。

内側に着込むタイプの防弾服だ。

兄さん以外の人から貰った初めての物だ。大切にしよう。

 

「ありがとうございます!」

 

そんなに喜んでくれると思わなかった。

ラインハルトは少しだけこそばゆかった。

さてこれで全員に装備が行き渡った。

優に500000ダカットを超える金額だ。

いまだ騙されているんじゃないかと心配するアリシアに説明する。

 

「心配しなくとも、これらは無償援助だ。

依頼主として、俺たちを無事に王都まで連れていく為の出資だと思ってくれればいい」

「......凄いお金持ちって本当にいるんだね、ウェルキン」

「うんそうだねアリシア」

 

無償での大盤振る舞いにただただ放心するしかない。

もはや正規軍よりも正規軍らしい最新鋭の装備に身を包んだ第七小隊の戦力は、従来の比ではないだろう。恐らくどこの部隊よりも贅沢だと断言できる。降って湧いた幸運を彼らは甘受した。

 

そして準備は整った。

ラインハルト達はメルフェア市を北門から出発する。

門を抜けると北の空が広がっていた。

青く澄んだ静かな空だ。

空をふと見上げてその空気を感じていたラインハルトは誰かに向けて呟いた。

 

「お前はいまどこにいる。俺はここにいるぞ」

 

見つけてくれ、時が迫っている。

何もかもが手遅れになる前に。

この空の下に会いに行く。計画は.....順調だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




潜入編はこれで終わりです。
次は『仮面と猟犬』編です。
ガリア中部を舞台に追いかけっこが始まります。

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