あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三話

――数分後。

威勢よく啖呵を吐いた男達は地面に転がっていた。

喧嘩にもならなかった。酒に酔った不良程度に負けるほど腕は鈍っていない。数発で片は付いた。

殴られた箇所を抑えながら痛みに耐えている。

的確に急所を突いたからな。辛そうだ。

だが同情はしない。

路地裏の吐瀉物を見るかのような目で、男達を見下ろすラインハルト。

遠慮なく男の背に足を乗せた。そして――

 

「グエッッ!」

 

思いっきり踏みつけにした。潰れたカエルみたいな声が吐き出される。

こいつがイムカを殴ろうとした奴だ。

止めなければ彼女は怪我を負っていた。足に力を込める。

ミシミシと鈍い音が響く。男の悲鳴が上がった。

 

「もう許してくれ俺達が悪かったよ!」

 

手を出してはいけない相手だった。

すっかり酔いも醒めて顔を真っ青にした男が許しを乞う。

それを聞いたラインハルトは、より力を強めた。

何も分かっていない。

 

「違うな、許しを乞うべき相手を間違っているぞ。俺ではなく彼女達にだ」

「っ....謝ります、どうか許してください.....!」

 

その声はか細く途切れそうな程だったが彼女の耳に届いた。

イムカに守られていた少女が前に出る。

怯えのない目で男を見つめ、そして言った。

 

「許せません。貴方のした行為は決して許されるものではない」

 

再び足に力を入れる。男はもう半泣きだ。

無様な姿を公衆に晒し続けている。

どうしてこんなことに。そう思っているだろう。

自業自得と言うしかない。

 

「.....ですが、それではダメなんです。それでは争いは無くならない。だからダルクス人はどんな理不尽にも耐えてきたんです。同胞のため、貴方達を許します。

.....でも、私には分かりません。貴方を許せば私たちは許されるのでしょうか?」

 

その疑問に答えられる者は誰もいない。否、答えたとしてそれは一つだ。

――許されることはない。

それが世界の共通認識だ。

少女は男を許したいと考えている。

だがその反面、人として許せない気持ちもある。少女は相反する二つの感情に揺れていた。

別に許す必要はないんじゃないか。

 

「別に許す必要はない」

 

声に出ていた。

少女は驚いた様子で俺を見る。

今までそんな事を言われたことがなかったのだろう。

それほどに世界が彼女たちに押し付けた罪は重い。

冗談じゃない。この世界はおかしい。

彼女たちに何の罪がある。

健気に生きている者を踏み潰すな。

だから悲劇が起きる。

 

「無理に取り繕うから歪つが生まれる。

こいつらみたいな考えの輩が増えるんだ。大丈夫、君のした事は正しい。

声を上げ続けろ。そうすれば人はいつか共感する。.....俺みたいにな」

 

だから諦めるな。

きっと君が、ダルクス人が報われる日は来る。

うまく言えた自信はない。

だけど、俺みたいな酔狂な奴がいる事を知ってもらう事が彼女の支えになればと思う。

もう一人ぐらい少女を支える味方が居ればな.....。

そう考える俺の元に一人の男が走ってくるのが見えた。

新手か?そう思った俺の警戒は杞憂に終わる。

 

「おーいイサラー」

 

人を落ち着かせる温かみに溢れた声だ。

その声に似合った穏やかな顔立ちの男、手にはアイスクリームが握られていた。

 

「にいさん!」

「いやー待たせたね、混んじゃってさ。

.....はい、イサラが食べたがったアイスクリーム」

「....もう!そんな場合じゃなかったんですよ兄さん!」

「あれ?どうかしたのかい?」

 

何とも気の抜けた会話だ。いや。

少女の怯えが完全に無くなっている。

さっきまで強張っていた表情は和んでいた。

 

....どうやら先程の俺の心配は無用だったようだ。

もう彼女には、受け入れてくれる誰かが居たのだから。

 

「行こうイムカ、もう大丈夫だ」

「....わかった」

 

早く此処を離れたほうがいい。

少しだけ目立ち過ぎた。あとは彼に任せてしまおう。

俺達はこそこそと場を離れようとした。

のだが――

 

「あ、待ってください。イムカさんお礼をさせてください!」

 

少女が駆けてきた。

....まあ、責任感の強そうな少女の事だからすんなりと別れるのは無理だろうと思っていた。

しかし参ったな。ここで現地人と関りを持つのは避けたかったのだが。

イムカの名前を知っているようだし。

ここで無理に逃げると調べまわれそうだ。

この手の子は礼なんて必要ないと言っても聞かないだろう。

不用意に断れば疑われるかもしれない。

 

――最善手は一つだ。

何か簡単な礼をしてもらって即座に別れる。

それしかない。

 

ならばそれは俺の目的に沿う形で叶えてもらうのがベストだろう。

 

「.....それなら一つだけ頼みがある」

 

俺は懐から封書を取り出した。

それは、ここに来る前に会いに行った協力者の男から受け取った。とあるルートから密かに運ばれた密書だ。これを持って俺はある場所に向かう。

少女にはその目的地までの道案内をしてもらう、というのが即座に組み立てた俺の考えだ。

その場所というのは、

 

「——ガリア義勇軍本部まで連れて行ってくれないか?」

 

なぜか少女とその兄は顔を見合わせた。

そして笑顔でこう言った。

 

「「お安い御用です!」さ」

 

この時、俺はもっと慎重に動くべきだったのかもしれない。

まさかこの兄妹と強く関わってしまう事になるとは。

この時の俺は諜報員の見えない姿に意識を傾けていたせいで微塵も考えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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