あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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エピローグⅡ/Ⅱ

――仄暗く深い森の中を進む白霊の姿があった。

 

夜の闇が一切の光を落とし、辿る道は影すら見えない。

なのに闇の中を歩く何者かは、目の前を阻む木々を縫うように進む。

自分の部屋の中を進むような気安さだ。

森の中を熟知する狩人ですら舌を巻く速さで走破して、白い残光だけが空間に描かれる。

やがて光は森の奥で歩みを止める。

 

そこが白霊の目的地だからだ。

首を巡らせ周りを見渡すが、勿論景色が見えているわけではない。人の発する呼吸から流れる気配を感じ取る為の動きだ。そして目的地にまだ誰も来ていない事を感じ取ると落胆する。自らが教育した子達に対する不甲斐なさを感じていると――

 

厚い雲の切れ目から月が姿を覗かせた。

月の光で闇夜が斬り払われた、白霊の正体が照らし出される。

月光で映し出された――その類まれなる美貌の女は、ゆっくりと視線を仰ぐ。

その手には剣が握られていた。渦巻いた柄が特徴的だ。目の錯覚か剣刃から蒼いオーラが漏れ出ている。それが女の白い髪を幻想的に演出していた。

 

「一番乗りは先生か」

 

見上げる程に大きな岩の上に男が座っている。

紫煙をくゆらせ野卑な笑みを浮かべて女を見下ろす傭兵の男――ヤン・クロードベルトが其処に居た。女は細く目を尖らせる。

 

「....隠れているように言ったはず博士を危険に晒すことは容認できません」

「かてえこと言うなって、ココに連れて来られてからずっと地下に籠らされてたんだ。久々の戦闘と空気を楽しまないでどうするよ。....それで状況は?敵は蹴散らしたんだろうな」

「無論、大規模小隊ごとき問題なく殲滅しました追撃の手もありません」

「問題なくか。.....最低でも百人以上は居た筈なんだがな」

 

その全てを殲滅したと言う割りに女の剣には血糊が一滴も付着してない。

薄反り刃は穢れき刀身を保ったまま。そもそも女の装備といえばそれぐらいだ。これで百人以上を倒したとは俄かには信じがたい。

 

――だがこいつは、こいつらならそれが可能だ。

 

眼下に立つ女の――紅い目を見て確信する。

人の姿をした化生の物―ヴァルキュリアならば、敵が百人だろうと勝てるだろう。

まさか本当に存在するとはな。しかも――

伝承にのみ現れた存在を、帝国は秘密裏に保有し研究しているときた。

どうやらこの世界は俺が思うよりもずっと面白いようだ。

雇い主を裏切って奴の提案をのんだかいがある。

 

楽しくて楽しくて仕方がない。

と、そこに――

 

「アルファちゃんがお帰りですよ~、おかえりを言って欲しいっすー。

.....およ?何やら楽しそうっすね~、あたしらも混ぜて下さいよ」

 

快活な色を含んだ声の主が森の奥から現れた。燃えるような赤い髪の、これまた美女と言っても過言ではない。満面の笑みで登場した女――だけでなく、その後ろからゾロゾロと人が現れる。その全員が共通して美女美少女達だった。

 

――いや、もう一つ共通点がある。

純潔とは違い戦闘時にのみ現れるらしい、その瞳は紅く染まっていた。

つまり彼女達は全員が――ヴァルキュリアの混血だ。

 

「先生いっぱい敵を殺してきたっす」

「ふふふ!初めての実戦で緊張したけど意外と楽勝だったわね!」

「おじさんの指示通り動いたおかげだと思うよ?」

 

帝国はヴァルキュリアを保有・研究し――そして兵士に仕立てた。

それこそが帝国軍第一次計画試験小隊『ゼロ・ワルキューレ』

構成員全員がヴァルキュリアという異質な部隊だ。

何の因果かそれを俺が指揮する事になった。

 

「......つくづく楽しみだ」

 

一人一人が化け物じみた力を持っている。

千の兵を与えられたに等しい。少数でこれだけの戦力なら並の戦闘で負ける事はまずありえない。

これならば俺の野望も.....。

 

ヤンは煙草を握りつぶすと岩場から飛び降りる。

危なげなく着地して振り返った。

岩場の下は洞窟になっていて奥行きがある。ヤンはその中に合図を出した。

 

「出てこいよ博士っもう敵はいないぜ!」

「........――そうですか、いやはや一時はどうなるかと思いましたが、皆さんのおかげで助かりました」

 

洞穴から出て来たのは痩せた科学者風の男。

荒事に慣れていないのか、それとも元からなのかどこか疲れた印象の風貌だ。だがその目だけは少年の様な輝きを放っている。会って日も浅いが不思議な男だ。

戦闘を終えた少女達を見て、白髪の女に問いかける。ワクワクした様子で、

 

「ゼロ、初の実戦データを取りたいんだが」

「いけません直ぐに移動します」

「.......少しだけ」

「却下」

「......残念だ貴重なデータが取れると思ったのに」

「諦めて下さいクラベル・アインシュタイン。データの収集ならガリア公国に着けば幾らでも取る事が可能です」

 

あからさまに男はガックリと肩を落とす。

生きがいを奪われた勢いで絶望している。――だが仕方ない敵がどこからくるか分からないのだ。目的地に急ぐ必要がある。幸い連邦軍は撤退を始めていると先行している班から連絡があった。程なくして道は開けるだろう。

 

「そうだな、次の実験場に急ぐことにするよ。.....あの娘達も首を長くして待っているだろう」

 

男は世界に手を差し伸べる。掴みたいのは万物の真理だ。

知りたい、この世の力の仕組みを。

その解明には彼女が必要だ。実験を次の段階に進めよう。

 

その為ならば――この国が終わっても構わない。

 

 

 

『天災』が脆弱な世界に解き放たれた事を。

......帝国はまだ知らない。

 

 





ここまで読んでいただきありがとうございました。

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