あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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七十五話

「....閃光の被弾を確認、ですが被害軽微のもよう、僅かに着弾点が逸れたようです。次は照準を0.5mm下げて修正してください」

「分かった」

 

黒煙を上げる陸上戦艦から、遥か十数キロ彼方に二人は居た。

 

いつもの侍女服を風になびかせ。草原に立つエリーシャが指示を出している。

その恰好に似つかわしい軍用望遠スコープを目に当てて。

その横でヴァルキュリアの槍を構えるセルベリア。

その彼女は通常の構えとは異なっていた。普段であれば中世の騎士の如く構えるそれを、現在はその身を地面に伏せながら、長大な槍を狙撃銃のように構えている。

 

その図が表すことは一つ。狙撃したのだ陸上戦艦を。

いかにセルベリアといえど、この距離を目視で当てる事は不可能。

故にエリーシャが目となり、狙撃をサポートした。

それが先程の一撃だ。

狙いは機関部を外れて艦橋とそこにいた軍人を焼き尽くすだけに終わったが、その射程と威力は絶大だ。このまま一方的に槍の力で蹂躙できるのではないかと思う。

しかし――

 

それから間もなく放たれた第二射目が陸上戦艦に直撃する事はなかった。

放たれた光の嚆矢が戦艦に直撃する寸前で捻じ曲がり外れたのだ。

その結果を分かっていたセルベリアは立ち上がる。

 

「やはりこの距離では当てられないか。私の力は長距離間で湾曲するから。全力で質量を込めても掠めるのがせいぜいだな」

 

無敵に思えるセルベリアの力も万能ではない。

弱点とも言えないものだが、短所は存在する。すなわち長距離面だ。

セルベリアの力の性質は光渦だ。

つまり波長が光である以上、大気中の水分が薄い鏡膜のようになって光を捻じ曲げる。

大気の影響は距離に比例する。

短距離なら問題ないが、長距離ともなればその影響が『湾曲』となって現れる。

これ以上やっても体力の無駄だ。

だから――

 

「接近して直接この槍を叩き込む」

 

それが最も確実に敵の軍艦を沈める方法だろう。

どれほど強固な耐久力を誇る戦車だろうと紙くずのように貫くヴァルキュリアの槍。その一撃に閃光線を合わせれば破壊できない兵器はないと自負している。

そうなると足が必要だな。軍艦に近づく為の足が....。

 

そう考えていたセルベリアの元に、図ったかの様に馬蹄の足音が近づいて来た。

数名の従士を引き連れて壮年の騎士がセルベリアの前に現れる。

 

「セルベリア殿!お待たせしもうしたな!」

「貴公は確か軽騎兵団団長ユリウス卿か」

「カッカッカ!貴女様に名を憶えて頂いたは光栄の至りですじゃっ、それよりも作戦内容に変化があるように見受けられたがいかがした?」

「お分かりになられましたか、恥ずかしい事に最初の一打で仕留めるつもりでしたが見た通り外れました。ゆえに必中の距離にて敵を狙いに行こうかと思います」

「成る程。.....あい分かった!それならば儂の軍馬をお使いくだされいっ我が名馬は一瞬の内に百里を駆けましょうぞ!」

そう言うとユリウスは躊躇う事無く馬から降りた。

驚く事に自らの愛馬をセルベリアに渡そうというのだ。

コレには見ていた従士たちも驚きの表情である。

物に拘らないユリウスという男が最も大切に手掛けていた馬だ。

そんな事を知らないセルベリアでも、この馬がユリウスにとってどれほど大事な物なのかが見ただけで理解できた。よく手入れされた見事な馬だ。だがそれゆえに疑問に思う。

 

「いいのか?」

「勿論です!先の戦いではセルベリア殿の救援があって勝ち得たようなもの!主君を助けて頂いたお礼と思って下され!それにこやつで武勲を立てて貰えれば儂にとって至上の喜び、それが軍艦を相手にしたとなれば尚更!」

 

興奮した様子で語るユリウスはまるで子供だ。

彼の心にあるのは一つ。愛馬に跨ったセルベリアが軍艦を討ち果たす光景を目撃したい、ただそれだけ。新たな英雄の誕生の瞬間に心を逸らせていた。

それは先の戦い――つまりハイドリヒ軍と連邦軍との戦いで見せた英雄的行動の数々が原因でもある。

ユリウスの協力を得て開戦を前に大軍勢を招集する事に成功したハイドリヒ軍。開戦当初は戦いを優位に進ませる事が出来た。しかし敵は十万を超える敵。次第に戦いは膠着状態となる。、

その攻略の鍵となったのが北より南下してきたセルベリアだった。あくまで偶然だが背後を取る事に成功したセルベリアの攻撃により警戒の薄かった連邦軍は動揺し、その隙をアイスは逃さず全軍による進撃命令で連邦軍を蹴散らした。――という経緯があってセルベリア達に対する信頼は高い。

「それにアイス伯よりセルベリア殿を支援せよとの命令を拝命されております!」

「了解した、ならばありがたくコレは頂戴しよう」

 

ひらりと軽やかに飛び乗ると軍馬の上に跨った。

ヴァルキュリアの槍と盾を手に跨るセルベリアの姿は正に戦乙女の名に相応しく、近代的な戦場に似つかわしいギャップも相まって現実離れした姿だ。

 

セルベリアは見据える。

遥か彼方の戦場を。連邦軍に押されている帝国軍の姿を。

敵の戦艦が味方を攻撃している。このままでは味方は総崩れになる。

そうなれば今度こそあの人を失ってしまう。

そんな事を許せるはずがない。

 

「守って見せる必ず!」

 

その思いに呼応するかのように馬がヒヒンと嘶いた。

名前はカエサルと言うらしいこいつは。

初めて乗られるはずなのに一切拒否する様子もない。まるで最初からそれを望んでいたかのように。セルベリアは軍馬と共にあった。

私のせいで危険な目に遭わせてしまうな、と鬣を撫でてやれば。

気にするなと返事をする。

穏やかに笑みを浮かべていたセルベリア。その視線が黒煙を上げる陸上戦艦に向けられる。

 

これより作戦を開始する。

前代未聞の一騎駆けだ。その場の者達が目撃するのはお伽噺の様な光景。

人の力では抗えない巨大な敵と戦う――魔女のお話である。

 

 

 

**

 

 

「中陣、突撃!セルベリア殿に続け――――――っ!!」

 

威勢の良いユリウスの突撃命令を背に、青い彗星の如くセルベリアを乗せた軍馬が真っ先に飛び出した。足元の榴弾で掘り返された悪路をものともせず、赤茶けた大地を矢のように駆ける。

すぐさま場面は何万という人間が蠢く戦場に転換した。

先んじて突撃した先陣が既に連邦軍と熾烈な争いを繰り広げている。

その役目はセルベリアに道を作る為である。敵戦艦までの道だ。

セルベリアを含めた中陣、第二波が来た事に気づいた敵が部隊を揃えて掃射する。

だがセルベリアには意味が無い。その全ての弾雨を盾で無効化してしまった。

おまけに馬に直撃するはずの弾丸でさえ張り巡らせた蒼いオーラが悉くを弾いてしまう。

セルベリアは全く速度を落とさないままに敵の前衛まで躍り込み、驚愕する敵に向かってバッサリと斬り払う。それだけで冗談のように人が死ぬ。鮮血が彼らの視界一面を紅く染め上げた。

 

「死にたい奴から前に出ろ!」

 

更にもう一度、ブンっと槍を振り回す。

青い光芒が円を描き、その内側に居た敵はなます切りにされる。まとめて五人が一気に死んだ。硬い戦闘服を着こんでいたにも関わらず、薄絹を裂く様な手軽さで切断されたのだ。理解よりも早く先に死が訪れた。

それは彼らにとっても幸運だったのかもしれない。仲間を殺されたと逆上した技甲兵がセルベリアに近づき、自らのレンチを振りかざしたその刹那、返す刀で戻って来た槍の側面で強かに打ち付けられたからだ。糸の切れた人形の様に吹き飛んだ技甲兵は即死出来ず、折れた肋骨が肺に食い込み地獄の苦しみの後に絶命した。

 

「何だこの女は!?」

「ふざけやがってぶっ殺してや」

「煩い私は急いでいる!」

「ぐぁああっ!?」

 

抵抗しようとした兵士の武器が腕ごと消失した。

グルグルと回る槍先から放たれた光の一矢が吹き飛ばしたのだ。手加減できる技でもないとはいえ手首から先を失った兵士は狂ったように絶叫している。

セルベリアは正しく連邦軍にとって災厄をまき散らす魔女だった。

当たるを幸い、槍の力を行使して暴れまくる。

密集している敵兵に光弾を撃ちまくり葬っていく。

セルベリアの操る軍馬が進む事に犠牲者の山は増えていった。

 

「退け退け――――!」

 

敵わないと悟った部隊長が後退の号令を出す。

前衛で脂汗をかきながら防衛に従事していた兵士達がそれを聞いて助かったとばかりに勢いよく逃げ出していく、その背中を見ていたセルベリアは周囲を見渡した。

見れば周りの敵は軒並み後退している様子だ。

各自の判断にしてはタイミングが良すぎる。

恐らく後方の軍司令部が前衛を引き下げたのだろう。

その理由は――

 

――瞬間、セルベリアは無数の榴弾に襲われた。

爆発の勢いで視界の土砂は巻き上げられる。

たった一人の敵をターゲットにして十数発の榴弾が打ち上げられたのだ。その威力は凄まじく点で叩かれた地面には幾つものクレーターが出来ていた。その一帯を噴煙が覆っている。

その様子を見守っていた連邦軍側から歓声が上がる。

セルベリアを狙い撃ったであろう筒状の武器は名を『擲弾砲』という。

本戦争より新たに追加された物だ。

開発したのはヴィンランド合衆国。曲射攻撃を可能とする迫撃砲の一種で、強力な破壊力を秘めた新兵器。エディンバラを通じてヴァロワに送られていた。

生身の人間が受けたらひとたまりもないだろう。絶命は必死だ。

 

だからフラリと煙の中からセルベリアが現れた時、それを見ていた擲弾兵は腰を抜かしてしまった。幽霊を見たとでも思ったのだろう。

だがセルベリアは無傷だ。その身に怪我一つ負っていない。

身動き一つ取れない敵に向かってセルベリアは言う。

 

「弱い弱すぎるぞ。この程度では私を殺せない。

......私を殺したいなら211ミリ榴弾砲を持ってくるといい」

「ヒッ.....うわああああああ!」

 

人間離れしたセルベリアに敵は恐慌状態となった。彼女が見せた力の一端を理解できず、圧倒的な大軍にも関わらず逃亡する兵士が続出する。反対に並びなき強さを誇るセルベリアに軽騎兵の士気は過熱する。追撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「.....いまのを見たか?」

 

驚愕を隠せない副官の隣でパエッタは唸るような声を上げた。

彼らがいる場所は、戦場渡せる位置に居た戦艦アルバトロスのブリッジ内だ。

ここからならセルベリアの戦いぶりが逐一見通せた。

槍を翳し青き光芒を閃かせ、極大の光で味方を飲み込んでいくセルベリアに副官は青ざめた顔で、

 

「はい信じられません。....まさかアレは」

「奴だ.....七年前に俺達の友達を皆殺しにした.....あの魔女だ。

.......ふ、フハハハハハ!」

 

突然の狂ったような笑い声に周囲は唖然とする。

それまで見せた事のないパエッタの姿に一時は騒然となりかけたが、副官が何とか落ち着かせた。パエッタに対しても平静を促す。ようやく笑い声を止めたパエッタだが見詰める先は一点、セルベリアのみに注がれていた。仲間を見捨てた七年前から、今まで生恥を晒して生きて来た、全ての理由はあの化け物を討ち果たすためだ。

パエッタは命令する。復讐を果たすために。

 

「これよりアルバトロスは戦闘態勢に移行する!進路一帯に避難命令を出せ!進路を左舷に転換後、前進を開始せよ!.....全ての砲門は照準を一点に集中!目標は敵騎兵団の先頭に立つ脅威の帝国兵だ!」

 

この日の為に用意した陸上戦艦が真の目的の為に動き出す。

質量三千トンの巨大建造物は重々しい地響きを立てながらゆっくりと旋回していく。

その間に進路上の連邦軍は急いで避難する。轢かれては適わない。

数十分でセルベリアとの道は開かれた。

発進する直前、パエッタは前方の艦に命令を出していた。

もしもの時を考えての別動策だ。

これで帝国軍に勝ち目は無い。....例え道半ばで果てようとも。

 

そんな不吉な一念と共に前進を開始する。

アルバトロスは動き出した。メイン兵装138mm砲の五つの砲門は、ハイドリヒ軽騎兵団を率いて迫るセルベリアただ一人に向けられていた。

 

 

 

 


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