あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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七十二話

現在の戦況を一言で言うならば、絶体絶命。それ以外に適した言葉はないだろう。

正面から装甲部隊を中心とした敵が押し寄せてきているし、空からいつ爆弾が落ちて来ても不思議ではない状況だ。そしてトドメとばかりに背後から敵の歩兵部隊が登ってきているとの通信が先程あった。電撃戦の要である戦車を破壊するのに集中していたせいで、いつの間にか防衛線を抜けられてしまっていたようだ。

 

どうやら敵はココがくさいと感じたらしい。

気取られぬように注意を払っていたつもりだったんだが、やはりさっきの攻撃で気づいたのだろう。敵の狙いを逸らす余裕は無かった。それほどに敵は強かった。

こちらの方が圧倒的に情報伝達の疎通が早いはずなのに、敵の動きはこちらに勝るとも劣らない。恐らく敵の指揮官は感覚で戦場を見通しているのだ。つまり勘と経験則だけで俺の歩兵戦術システムに食らい付いている。

 

これが経験の差か。

いや、システム自体が完全ではないせいでもある。

俺一人の負担が大きいのもソレが理由だ。

一時間ぶっ通しで指揮していれば疲労で判断も誤るさ。

 

――それでもまだ想定内だ。

この高台に敵が列挙として押し寄せる事は予想がついていた。

崩壊しかけていた戦線を支える為に俺が此処に居る事を味方全員に伝えている。

その御蔭で士気はギリギリの所で保たれているのだ。

これがなければ既に戦線は崩壊していた事だろう。

 

つまり俺が危険を押してでもこの高台に来た理由は三つ。

一つは正面から迫り来る装甲部隊を戦車破壊のV1部隊で迎撃するため。

二つ目は司令官自ら前線に出て兵士達の士気を上げる目論見があった。

とある異国の地では御大将が前線に出陣しなかったがために味方の士気が下がり、そのまま負け戦に繋がったという前例が幾つもある。俺は城を枕に腹を切るつもりもないし戦を終わらせない為に士気を下げる訳にはいかないので嬉々として前に出た。側近には強く引き止められたが無理もない。

 

だが俺がこの戦いに勝つためには是が非でも必要な事だ。

何故なら三つ目の理由というのは――俺自らを囮にすることだからである。

 

敵が有能と見込んで俺は賭けに出た。

敵は直ぐにでも捕虜にした帝国兵から指揮官の詳細を調べ上げるだろう。

それがまさか帝国の皇子だと云う事が分かれば、司令官の首だ戦場に居る誰よりも価値はある。敵は必ず俺を倒すか、捕らえるかで血気に逸るだろう。つまり敵の目が俺に向けられる。

 

それは自然と戦場全体の戦力バランスが一つ所に傾く事に他ならない。

右翼と左翼の軍が担う労力は今よりずっと楽になるだろう。その間に建て直しを図る。といっても別に右翼と左翼の軍で現在の状況を打破しようというのではない。戦闘を継続するだけで十分だ。

決して中央・右翼・左翼に布陣している支援連隊の88m高射砲を破壊されるわけにはいかない。

あの兵器だけが戦局を変える唯一の勝利条件だ。

その条件を満たすことが出来れば――敵は後退を余儀なくされるだろう。

 

だが、その間俺達は耐え続けなければいけない。

前後を挟まれた形で何千という敵から高台を死守する。正直難しいというレベルではない。

 

我ながら作戦とも言えない。

一つのピースが欠けるだけで破綻する、ハッキリ言って成功確率はゼロに等しい。こんな事をするのは馬鹿のやる事だ。もしこの戦いに負ければきっと俺は大馬鹿者として世間に笑われる事だろう。出来る事なら今からでもやり直しを要求したいところだが、

まあそれも良いだろう。受け入れてやるさ、そう思える。

 

俺に後悔がないのは仲間を信じているからだ。

どんな結果でも受けいれる覚悟がある。

だが同時に俺もまた彼らの信頼に応えなければならない。

だからこそ彼らの期待に応える為に負けるわけにはいかない。

 

「.....矛盾しているな」

 

だがそういうものだろう。俺達は矛盾の中に生きている。

そうしなければ生き延びられないのだから。

窮地の中に活路を得るしかないのだ。

全員が生き残るために戦っていた。俺の周囲にいた者達も持ち場に向かい。一人また一人と俺の元から去って行く。俺の近くに居るのは最小限の護衛だけだ。そして、

 

「....殿下、これより私も騎士団の指揮を執りに向かいます」

 

皇近衛騎士団1500名は既に高台防衛の任に赴いている。現在は中腹辺りで上がってくる敵と交戦している事だろう。あそこが最も壮絶な激戦地となっている事は報告を聞くまでもない。団長であるシュタインに選抜されただけあり、彼らは俺の誇る施設部隊の中でも最も練度に優れた部隊で。最も信頼おける部隊だ。だから俺が言うべきは一つ。

 

「ああ――背中は任せた」

 

あえて顔は見なかった。これが最後の会話だと思わない。彼は必ず帰ってくる。

だから俺は俺の務めを果たそう。

俺は無線機の受信感度を広域にして全ての私設部隊に告げた。

 

「総司令官ラインハルトより全部隊に告ぐ。――認めよう、戦況は厳しいものである。強大なる敵より勝利を見出すは至難の状況といえよう。だが決してココが死に場所だと思うな。死ぬ時は一緒だろうがココで死ぬつもりは全くない。まだ妻を娶ってもいないからな、美人な嫁と子を為して家族を作るのが俺の夢だ。夢半ばに散るつもりはない。お前達もそうだろう、甲斐性なしの俺と違ってお前達には一人一人に待っている家族が居る。誰でもいい大切な者を思い出せ、その者の顔を曇らせるな」

 

その言葉で脳裏に浮かんだのはセルベリアだった。

きっと俺が死んだら彼女は泣くだろう。

誰よりも強いくせに涙脆くて、氷の如き美貌の裏に甘えたい幼子が覗いている。

強くて弱い愛らしい女だ。

そんな彼女を残して逝けるはずがない。

 

「.....だから帰るぞ俺達の故郷に」

 

恐らくコレがこの戦いのラストオーダーだ。

少しは味方の士気に効果があれば良いんだが。そう思って辺りを見渡したのだが、兵士達は感極まったように俺を見ていた。膝を着いている者までいる。

どうやら効果が絶大だったようだ。

後で聞いた話だが彼らはもう死ぬ覚悟をしていたらしい。

もはや死ぬしかない状況で、主の俺が諦めてない事を知り、自分を恥じたらしい。

 

兵士達の目が変わる。負け戦特有の不安に揺れた目はない。

それからは早い。一人の意識が全体に派生するのは直ぐの事だった。

先ほどの広域通信を聞いて全ての部隊が奮起する。

たかが言葉、されど言葉だ。

時に言葉が与える力は絶大な力を発揮する。

 

それだけで敵に勝てるほど戦争は甘くない。

だが。それでも先程よりは負けにくくなったのは誰からの目にも明らかだ。

 

 

 

***

 

 

 

陸上大型艦と超重戦車の一騎打ちで始まった。

第二次アスターテ平原二日目の戦いは佳境に移っていた。

平原地帯に展開していた帝国軍の前線部隊は爆撃機の擲弾降下によって甚大な被害を受けたのは知っているだろう。その後、帝国軍の前線は丘陵地帯まで後退した。この時に受けた装甲部隊による電撃作戦で一万もの将兵が戦死する事となった。現在の前線は丘陵地帯の入口付近となっている。その近くの高台より状況を打破する為にヴァジュラス・ゲイルを投下した事で敵装甲部隊の撃破に成功、多大なる戦果を上げた。拮抗状態が形成され、その間に前線部隊の立て直しを図るも、丘陵地帯の複雑な地形を生かした敵の歩兵部隊に、隙を突かれて背後に回り込まれた。他の部隊が迎撃に動くよりも早く強襲した敵を防いだのが1500名からなる皇近衛騎士団だ。

 

両軍共に激しい戦いだった。

お互い一歩も退かず、目の前の敵を倒し続けた。

両者が流した鮮血で高台が紅く染められた程だ。

 

――約二時間で皇近衛騎士団700人が壮絶な戦死を遂げた。

 

中腹に点在していた急造のトーチカ群は全て破壊され、迎撃の為の防衛陣地も悉く制圧された。

頂上までの侵入経路は無防備な状態だ。このままいけば頂上までの制圧は免れない。

――だが、

 

「......ゴフッ」

 

その前にシュタインの剣がヒューズの胸を貫いた。

泥と血で全身が汚れ満身創痍のシュタインだが、その目は強い輝きを放っていた。

スラリと肉から剣身を抜き放つと、血が溢れ出た。

致命傷である。

 

「....そうか、この一瞬の為に防衛陣地を放棄したのか、味方を犠牲にして、

.....俺の首を狙いに来るために」

 

全ては一瞬の事だった。

味方の死体に紛れて近づいてくる事に気づけなかったのだ。

仲間が死んでいくのを横目に、淡々と血の海を這う。

何という精神力だ。いや、まるで死ぬ事を恐れていないかのような気迫すら感じられる。

でなければこのような凶行を成し遂げられるはずがない。

 

「無謀な策だ、死を恐れないのか?」

「.....あの御方に救われた時より私の死はあの方の為にある。ならば私の命で彼が救えるのならば何を躊躇う必要があるのか分かりません」

「――っ」

 

きっとこの男は大切な者の為になら死ぬ事すら出来る狂人だ。

その目が物語っている。

妄信的な澄んだ目だ。死に行く魂すら身震いする。

どんな生き方をすればこんな精神構造になるのだろうか。

 

最後の一瞬はそんな只の疑問であった。

 

「――集え、一斉射撃」

 

力の抜けた人形の様に倒れかかるヒューズの死体を、シュタインは素早く剣を手放した右手で盾の様に掴んだ。続けざまに呆然と構える敵に向けて左手の軽機関銃を撃ち放つ。

奇襲を仕掛けた騎士団10名による一斉射撃がヒューズの手勢50名を襲った。

忽然と現れた少数の敵に第十五軍団生き残り部隊は即応出来ず、瞬く間に数を減らしていった。

遅れて反撃する敵の銃弾が盾にしたヒューズを肉片にする。

成人男性の平均的な体重60㎏を優に超える肉の盾を片腕だけで支えているシュタインは実に淡々としたものだ。微塵も罪悪感なぞ感じていないだろう。敵もまさか自分達の隊長を盾に使われているなんて思ってもいないはずだ。

 

もはや原型を留めてすらいない肉の盾をあっさり放り投げると素早く散開する。

ようやく異変に気づいた敵が攻略を一旦取り止め引き返してきたのだ。

シュタイン達は20人にも満たない小勢だ。あっという間に殺されるだろう。

 

――ここで援軍が到達しなければの話だが。

 

駆け下りる敵の横から蒼い影が突貫した。

それは一人だけではなく何十というヴァジュラの部隊だった。

ゲイル部隊――V2が戦闘を開始する。

 

彼らの力は対歩兵に限って言えば一局面を変えうる程の機能だ。

やはりと言うべきかその戦いぶりは凄まじい。敵兵を次々と薙ぎ払っていく。

その戦いぶりをトーチカの影から見ていたシュタインは何故か顔を歪めた。

怪訝な様子で呟く。

 

「.....ここで温存していた彼らを使うという事は、前線で何らかの動きがあったはず、

その目的が殿下の救援か前線の交代かで意味が大きく変わる....」

 

前線の引継ぎ。すなわちV1との戦線交代であれば、それは戦闘の継続を意味する。

――つまり殿下がリューネに託した作戦は未だに成功していない。

そう考えるのが自然であり妥当な判断だ。

だがもし、V2の作戦内容がラインハルトの救援であるならば話は変わる。

目的が成功した場合のみ、高台より撤退する手筈になっているからだ。

 

――殿下の推測が正しければそれで勝利条件の一つが埋まる。

 

早急に聞き出したい欲求に刈られるが混戦状態の最中だ。先ずはこの戦いを終わらせなければならない。幸い敵は指揮官を失っている、戦いが長引く事はない。

 

「直ぐに終わらせ戻ります――それまでお待ちください」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

数刻前、

 

『――目標の戦車は全て破壊した。作戦は.....成功だ』

「っ....よくやってくれた!本当に良くやってくれた!」

 

V1部隊長リューネ・ロギンスからの報告に、ラインハルトは安堵した。

 

電撃戦に最も必要な要素となる戦車、その破壊こそがV1に与えた作戦内容である。

ソレがどれほど難しい事か考えるまでもない。

通常の戦い方であれば無理だった。

人型の戦車による戦術歩兵システムを活用した効率的な戦法が不可能を可能にした。

ヴァジュラと戦術歩兵システム、そしてゲイル大隊。

これらが揃っていたからこそ成し遂げられた成功だ。

 

『旦那のおかげだ、あんたの指揮がなかったら俺達はその前に全滅していた」

「俺の指揮に迷わず良く動いてくれた、無理をさせたがお前達にしか不可能だった」

『そうかもな、アスターテ軍事演習場の軍事座標図を知っていたのが俺さん達だけだから、他の部隊に任せられない』

 

彼らが俺の命令通りに動けた訳はソコにある。

アスターテ平原は演習場として使われているのは知っての通りだ。

そういった軍が所有する地形にはそれぞれ専用の座標が付けられている。

効率的な兵の運用の為に作られたものだ。

今回はそれを応用した。

おかげで緊急的に使用した戦術歩兵システムだったが、座標図を理解していたV1は俺の指揮に付いて来る事が出来たのだ。因みに座標図の提供元はアイスだ。

山岳地帯の地図を得た時に一緒に受け取っていた。

何が必要になるか分からないものである。

だが時間も無かったので、伝える事が出来たのはV1のみだった。

彼らの起こした功績は計り知れない。

 

「少しばかりお前達を酷使しすぎたな」

『.....ん?ああ、そうだな少し無理をしちまったかな』

「どうした?」

「心配すんなって少し疲れただけさ」

「そうか....ちょうどV2部隊と交代時間だ後は彼らに任せて戻ってこい、予定の位置に整備拠点を用意している30分あれば.....っ」

 

立ちくらみに似た眩暈を感じた。

三時間ぶっ続けで指揮を執り続けたのだ。

肉体ではなく精神が疲労したのだろう。

そうだ三時間だ、それはヴァジュラの稼働限界を示している。

 

彼らは無事なのかと心配になるが問題ない。

三時間以降からは搭乗者に危険が及ぶと云っても直ぐに、何かが起きる訳ではない。

段々と熱が留まり続けるだけだ。その過程で冷却機構が破壊され搭乗者に危険が及ぶ仕組みだ。

30分程度であれば持つ、その時間なら整備拠点に戻ることも可能だ。

現にイムカ達は稼働限界から45分も経過した後に助け出されたが、死者は一人も出ていない。

 

どうなるか分からなかったので既にV2部隊を出動させている。

俺の計算上であれば何の問題もなく引き継げるだろう。

そのはずだった。

 

『すまんそりゃ無理そうだ』

「....なに?いまなんて言った?」

『言うか迷ったんだがな。さっきから冷却装置が働いていない。急激に熱量が上がり始めている、このままいけば数分でお陀仏だ.....参ったなこりゃ』

 

最初は冗談を言っているのかと思った。

だが冗談半分で言っているのではない事が彼の声音で分かる。

少しばかりの不安とある種の覚悟を感じ取ったからだ。

何らかの異常が起きている事は確定だ。

だがラインハルトにはそれが受け入れられなかった。

 

「!?――馬鹿なありえないっ、それほど早く危険域に達するはずがない!」

 

――いったい何が起きている。急激に熱量が上昇を続けているだと。そんな現象は実験段階では起きていない。いったい何が原因で異常事態は起きている。

 

何が起きているのか考え――そしてラインハルトは気づいた。

ヴァジュラの耐久実験では行っていない事を、知らず行ってしまっていた。

それは一つしかない。

戦術歩兵システム【SARS】だ。

だがそれで何故、稼働熱の上昇が起きているのか、

 

「っ分かったぞ、それは――バッファオーバーラン現象だ!」

 

バッファオーバーラン現象、

それはコンピュータープログラムにおける、設計者の意図していないメモリ領域の破壊が起こされる欠陥の一つ。又はそれによって引き起こされる現象の事だ。

つまりこの異常はヴァジュラ体内の演算機能が戦術歩兵システムによって圧迫された事が原因で冷却機能が破壊されたのだ。稼働熱が上昇しているのはその為だ。

言うなれば旧型の携帯機で最新のソフトを取り込むようなもの。

必要な出力を上げる為に熱量が高まるのは当然だ。

 

「まずい早く戻れ!」

『....ダメだ動けない、これも稼働熱の影響か?....暑いな蒸し風呂に居るみてぇだ』

 

愕然とした。

急激な熱量の上昇は冷却機能が完全破壊された事を意味する。

その熱量は運動機能を司る回路にまで影響を与える程だ。

救援部隊を送る事を考えるが、ダメだ遠すぎる。

同様に同じ前線で戦う第三機甲軍に助けさせる案も駄目だ、

彼らにはヴァジュラを整備する術がない。

整備部隊を前線に出す危険は犯せない。全滅すれば他の部隊も共倒れになる。

一瞬で幾つもの救出案を作り出すが、導き出された回答は、

――もう間に合わない。

 

あまりにも残酷な結果だけが答えとして現れる。

――なんて言えばいい。彼らに何を伝えるべきだ。あと数分で脱水症状で死ぬ事を言うのか?それとも敵に鹵獲されるのを防ぐために組み込まれた一定の熱量を超えると発動する一種の自爆装置について伝えるべきか?

どちらにせよ死ぬことを教えろというのか。残酷すぎる。

答えは何も伝えない、言わない事なんだろう。

それがお互いのためだ。

――だが、それは無責任過ぎるだろうが。

 

「リューネ・ロギンス隊長、聞いてくれ――」

 

現状を全て説明した。

システムの欠陥によって引き起こされた事故である事、助けに向かわせても間に合わない事も、出来る事は全て隠さず話した。それが俺に出来る唯一の責任だと思ったからだ。

手短に説明を終えると、返ってくるであろう罵詈雑言を待った。

 

『....ッチ、こんな事なら80年物のグリューワインを飲んでおくんだったぜ』

「何を呑気な事を言っている?俺は見捨てる判断をしたんだぞ何故なにも言わない!」

『旦那がこうなるから言うか迷ったんだ。別に旦那が悪い事なんて一つもないだろ』

「だが、これは非道だ。俺はお前達を死に駒として扱ったんだぞ、戦争に勝つためだけに」

『そうだこれは戦争だ、何も文句はないさ、今更泣き言を喚くくらいなら、最初から旦那の手を払いのけてたさ、こうなる事を理解した上で俺達は旦那と契約したんだ。....なめんなよ俺達を』

 

覚悟が足りていないのは俺の方だった。

彼らは覚悟を決めていたんだ。とっくの昔に。

 

『他の奴らの事も気にするな、旦那はあの時終わるはずだった俺達を助けてくれた。光の方に引き込んでくれた。自由を与えてくれた。感謝してるぜ、だからこれは創意だ。俺達が犠牲になる事で旦那がこの戦いに勝てるならきっと俺の人生に悔いはない、ありがとよ』

「礼を言うのはこちらの方だ、ありがとう」

 

感謝してもしきれない。

彼らが戦車を破壊してくれたおかげで、僅かな勝利の道筋は生まれた。

 

『ニュルンベルクに戻る事は無理そうだからよ、あいつらの事....頼んで良いか』

「V1部隊全員の家族に恩赦を与える、その後の生活も出来るだけ助けよう。英雄達の残した家族は絶対に俺が護る.....だから何も心配する事はない」

『よかった旦那ならそう言ってくれると思っていたぜ、だから戦えたんだ.....全くそこまでしてくれる奴なんていねーよ、変な奴だよな旦那は』

「当然だ」

『.....はは、旦那がこの国を治めたらきっと良い国になるだろうな]

「リューネ?」

『旦那ならこの国を....このクソッタレな国を変えてくれる、俺みたいな亡命者でも自由に暮らせる国を作ってくれるだろう」

 

途中で意識が混濁している。

俺に話しかけているのではない、独り言を呟いている。

恐らく自分の心情を無意識に吐露しているのだ。

 

『その時は俺も戦うからさ....アイツの考えだけじゃないよ。俺も決めたんだ』

「リューネ、お前....」

『俺は旦那を....―――』

 

そこで通信は途絶した。

恐らく通信機能まで破壊されたのだと考えられる。

急いでモニターを確認した。識別反応はまだ生きている。

だが――

 

「.....ああ」

 

モニター上のヴァジュラを示す光点が次々と消えていく。

識別消失が意味することは一つ――自爆装置が作動したのだ。

ヴァジュラという兵器の情報を敵対勢力に渡さない為の措置がプログラム通りに実行されていく。

80あった光点はもう10程度しかない。

それも一つ一つ泡沫のように消えていく。彼らの命が消えていく。

モニターで彼らを感じているのに何も出来ない。

嫌がおうにも無力さを味わされる。黙って見ている事しか許されない。

そして無情にも最後の――リューネの識別反応が消えた。

 

この瞬間、V1部隊の全滅が確認された。

あまりにもあっけない最後の瞬間を見送った俺は無線機の周波数をV2部隊に変える。

 

「最重要通達だ作戦内容の変更を行う。プランB2

V1部隊との前線交代を中止、至急俺の元に集合せよ本隊を回収した後、撤退する」

 

目的は達成した。

これ以上ここに留まる必要はない。

彼らの死を無駄にしない為にも今は後方に退く。

無線機をonにして後退する準備を行わせる。

特に機器類は重要だ。一つも残さず回収しなければならない。

 

――また俺は仲間を死なせてしまった。

 

そう思った瞬間、視界が歪む。

先程から感じていた眩暈がひどくなったようだ。

動悸も激しい、息が苦しくなってきた。

 

「――殿下!?」

 

その言葉を最後にラインハルトは意識を落とした。

 

 


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