あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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六十六話

これは少しだけ先の話――

 

霧隠れの沼地の異名で知られるネールゾンプ湿原より遥か西にそれはある。

西から迫る連邦軍を監視して、有事の際には本隊に伝える役目を持ち、その進攻を阻む。

北東戦線の連邦軍にとっては第一関門となる。数千人が入る規模の軍事基地であり、通信システム、戦車の整備工場などが揃っている。そのため此処を最初に落とす事は軍事的に考えて極めて合理的だ。

 

その基地こそが『ヤハトの大砦』である。

平時はハイドリヒ伯の将兵が詰め込まれていたが、現在は連邦軍の後方拠点となっていた。

連邦軍に占拠されてからはほぼ毎日、ひきりなしに何百という物資が運び込まれている。

それを守る四千人の兵士が砦に駐屯していた。

とはいえ前線からは遠い安全圏だからか、戦争中だというのにゲームに興じている者もちらほらと確認できた。のんきなものである。

 

彼らは知らない。

その様子を遠くの山で監視している者達が居た事を。

その集団は連邦の軍服を着ていた。

ならば連邦兵なのだろうか。いや違う。

彼らの無機質な目は友軍を見る目ではない。獲物を監視する狩人の目だ。

偽りの衣を纏って霞の如く忍び標的に接近する。それが彼らナイトウォーカーだった。

今回の任務は敵の兵站拠点を調査。  

時間まで周辺を散策して情報を送り続ける簡単な仕事だ。

 

いや、()()()と言うべきか。それだけでは済まない問題が生じたのだ。

彼らは任務を忠実に遂行していた。......アレが現れるまでは。

彼らの厳しい視線の先には基地がある。正確にはその隣だ。

 

 

――戦艦があった。

陸地においては無用の長物でしかないはずの戦艦が、陸地において堂々と鎮座している様はどこか非現実的で認めたくない光景だ。だが、あれはまごう事なき陸上戦艦と呼ばれる代物だ。

帝国軍が開発した史上最大の陸戦兵器。

それを敵が保持している。それがどれほどに危険な事か、情報に精通している彼らは理解していた。

 

()()()()戦場に出れば戦況は一変する。

このままでは殿下の率いる帝国軍は敗北するだろう。

戦艦の存在を確認した時から現実主義者の集まりである彼らはそう結論付けた。

含みの一切ない冷静な判断だ。

 

あまり時間は残されていない。

現在は物資の搬入が行われている様子だが、いつ動き出してもおかしくはない。

発進すればもう止める手立てはないだろう。戦場まで直線コースだ。

 

――だから発進する前に阻止する。

 

「全員準備は出来たな?」

「最後の通信は送った、問題ない」

「俺達が帝国軍を助ける事になるとはな。皮肉なものだ」

「帝国の為ではない俺達の雇い主の為だ。酒代ぐらいは稼ぐんだな」

 

笑い声が上がる。これから――生還率1パーセントの任務に赴くとは思えない和やかさだ。

影は太陽がなければ存在できない。

ならば此処で死ぬのも黙って見過ごすのも一緒の事だ。よって我ら死兵なり、

今頃は敵軍と戦っているだろう雇い主の邪魔はさせない。

 

「侵入経路は1年前に雇い主が用意したモノを使う」

 

1年前も来たことがある。その時は雇い主も一緒だった。

その目的は複数あるが、最大の理由は連邦にいたエージェントからの情報を受け取る事だった。連邦軍に発覚して追われていたのを国境線で拾ったのだ。ダルクス人の研究者で、名前は確かフォードという冴えない男だった気がする。彼の研究内容に強く興味を持った雇い主が自ら確保に乗り出したのだ。まあそれはいい。

重要なのはその時に雇い主が、

連邦軍が近い内に来たる日を予測して、あらかじめ近辺の軍事拠点に幾つかの工作を行ったのだ。ハイドリヒ伯の力を使って。

その一つが侵入経路の改設だ。連邦軍の知らない秘密の経路が存在する。

連邦軍に占拠された拠点を取り返す時に、攻略作戦で使う予定のものだった。

もう少し後で使う予定のそれを――いま使用する。潜入した後は好きに動かせるが。

一つだけ事柄を決めた。ギュンターは最後にそれを口にした。

 

「ヤハト砦に潜入した後の作戦特化は暗殺、

目標は戦艦の艦長と副長。見つけ次第速やかに殺害せよ。それでは幸運を祈る」

 

世間で公になる事はないだろう。闇の戦いが、

征暦1935年4月9日16時38分――快晴の頃に、

13名の影法師により人知れず行われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

征暦1935年4月?日

 

 

黒煙が上がった。

それは一つではなく。幾つもの黒煙が平原を覆っている。

混乱した連邦軍の兵士が逃げ惑う声も聞こえる。戦闘が終わっていた

いやそれを戦闘と口にするのは憚れる。

なぜならその部隊はたった一人の敵によって蹂躙されたからだ。

 

黒煙の原因となっている戦車が無惨に朽ち果てている。

戦車長であった男が命からがら逃げ出していた。

息を荒げながら恐怖の表情を張りつけている。部隊が全滅していくのをその目で見ていたのだ。

だからこそ見ていたものが信じられなかった。

あれは人間じゃない。人間であるはずがない。

ボソボソと小さな声で呟きながら地面を這う。少しでも早くこの場所から逃げ出したかった。

 

だが軍靴の足音を背後から聞いてビクリと体が止まる。後ろを見た――

黒煙の中からゆっくりと女が現れた。その女の神々しい美貌を見て――悪魔でも見たかのように絶叫する。あの女が俺の部隊を全滅させた元凶だった。北部戦線の部隊が幾つも姿を消したのは、あの女の仕業であることは間違いないだろう。神出鬼没に現れては、北から南下するように部隊からの報告が途絶えたのだ。そして俺の部隊が北部戦線における最南部に位置する部隊だ。

北部戦線を分断するのがあの女の目的だったのか?だったとしても、たった一つの部隊にこれほどの被害を受けた事は信じがたい。この目で見てようやく理解するしかないのだ敵の異常性に。

 

「....なんなんだお前は。.....化け物が何で人間の姿をしている。

殺戮兵器が人間の真似をするんじゃねえよ。兵器は兵器らしくしていろよ。......化け物だと分かっていれば最初から近づかなかったのによ....」

「.......」

 

女は無言で見詰める。その顔は無表情で読めない。

きっと感情も無くて、人間を何とも思っていないんだろうな。化け物らしい。

誰かを愛するような感情は持ち合わせてないんだ。

死ぬまで人を殺し続ける誰からも愛されない化け物だ。

 

 

 

***

 

 

 

槍に貫かれるまで男は嗤っていた。

まるで私を嘲るように。最後の抵抗とばかりにだ。

こいつも私が戦闘に興じる戦闘マシーンにでも見えたのだろう。

人である心を忘れた事はないのだがな。

 

セルベリアは周囲に敵の生き残りがいないか確認して一息ついた。

何とかここまで来たか。長い道のりだった。

ギルランダイオ要塞から出発してから帝国内に戻ったは良いが、もう連邦軍が本格的に侵攻を始めていた。私達は何とか敵と遭遇しないように動かざるをえなかった。もし敵の大部隊と遭遇すればひとたまりもない。少しづつ迂回しながら南を目指した。それでも敵に見つかってしまう事はある。やむを得ない場合は全滅させる事で私達の情報を隠蔽してきた。そのせいで時間も倍以上は掛かってしまっただろう。

順調とは言い難い旅路に焦りばかりが募る。

早く、もっと早く、

 

「殿下の元に馳せ参じたい!――ですか?」

「うひゃあ!?」

 

いきなり背後から心で思っていた事を言い当てられて、

可愛らしい悲鳴が上がる。セルベリアをして気配を全く感じられなかった。

背筋が寒くなる程に恐ろしい手練れだ。敵だったら首を取られていた。

 

「き、きさま......!気配を殺して近づくなと何度も言っているだろうが!」

「ふふ、すみません」

 

彼女のスタイルなのか知らないが、

戦場に侍女服という珍妙な格好を崩さない侍女長。エリーシャは微笑みを浮かべて立っていた。

わざと気配を悟らせないようにしたのだ。

前々から思っていたが私をからかって楽しんでいる節がある。気の置けない奴だ。

 

「......まあいい、分かっているなら早く行くぞ。敵が来るかもしれない」

「大丈夫ですわ。この周囲に敵は居ません」

「何故分かる?....いややっぱり言わなくていい」

「隊長格を捕まえて情報を吐かせました。もうここから南は北東戦線の管轄になるようです。そして北東戦線の軍はとある場所に集結化しているようです」

「その場所は?」

「アスターテ平原。恐らくご主人様の軍と対抗するために動いているのではないでしょうか」

「......もう話してくれても良いんじゃないか?例の作戦とやらを」

「そうですわね、話しておきましょう。特に隠す事でもないのです」

「何だと!あれだけ焦らしておいて!?ずっと私は聞くのをこらえていたんだぞ!」

「その方が面白いかと――それで作戦というのも単純な事です。ただ時間を打ち合わせただけです。時間内にアスターテ平原に到着する。それだけです」

 

ぷんすか怒るセルベリアを適当にあしらう。

こいつとは一度決着をつけておいた方が良いんじゃないだろうか。

そう思うセルベリアだったが、

 

「時間内に到着できなかったら?」

「また別の作戦があります。例えば補給部隊を狙って襲撃して敵の弱体化を図ったり、ルート22地点に待機している仲間と合流してゲリラ活動をする案もあります。セルベリア様の存在は極めて驚異的となるでしょうから十分に効果を発揮できるでしょう。他にも――」

「いやもういい。とにかく時間に間に合えば良い、それだけだろ」

「はい、このまま一気に南下して敵を急襲します。後はセルベリア様にお任せします」

「では行こう――因縁深きアスターテ平原に!」

 

踵を返した視線の先に待つ――遊撃機動大隊の元に向かった。

遊んでいる暇はない。

これから、かつてない戦いが始まろうとしている。

そんな予感があった。

それと同時に今まで感じた事のない嫌な予感がした。それはあの時も感じた予感だ。

 

ひと月前のあの村で、七年前のあの戦場で、

殿下を助けられなかったあの時と一緒だった。

もう何もかもが手遅れになってしまった後のような、

もう一度だって味わいたくないと思っていた、それを今もまた感じていた。

 

だが今度こそ、

 

「今度こそ必ず守って見せる!――あの日の誓いにかけて!」

 

遊撃機動大隊300弱は南下を開始した。

向かうは決戦の地。アスターテ平原。

後に帝国と連邦の戦争の趨勢を分ける事になる。

 

物語の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熾烈な争いが広がっていた。

何千、何万という軍人が凄惨な殺し合いをしている。

 

血糊が霧となって立ち込め、死体が大地を覆う。血の河が生者を紅く彩る。

地獄が地上に顕現していた。

 

第二次アスターテ会戦である。

その戦いは開戦から現在に至るまで一進一退を続けていた。

戦場にいる全員が目の前の敵だけを見ている。地上を這う人間だけを見て戦っている。

 

だから前線の帝国軍は誰も気づいていなかった。

僅かな人間だけがあれに気付いた様子だ。ラインハルトもその一人だった。

本陣にいた彼はあれを見ていた。呆然とした表情だ。自分の見ている光景が信じられなかった。

 

本陣にいる誰もが、あれを正確に理解できてはいない。

世界に一人だけ残されたような孤独感を味わう。この場においては彼だげが正しくあれを理解していたからだ。そして迫る現実を、静かに受け入れた彼の口は自然と開いて、

 

「............我が帝国軍の負けだ」

 

実にあっさりと帝国軍の敗北を認めた。

 








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