あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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六十二話

『こちら北の渓谷!背後より帝国軍の奇襲を受け――......』

 

『メーデー!先行していた歩哨部隊から司令部へ。敵影発見!戦車複数!.....お、多すぎる!どこに隠れていたんだ!?さらに敵多数出現――大部隊です至急増援を!!』

 

『山中より帝国軍出現!既に戦闘を開始しています!――っ後ろからも!?......ダメです!!部隊が孤立してこのままでは――っ!!?』

 

『南ルート行軍途中で敵の待ち伏せにあい被害甚大!怪我人多数!.....っこれより後退戦に移行する!許可を求ム!!』

 

その一室、

拠点兼司令部を兼ねた巨大戦車の通信室は混迷を極めていた。

通信機械が並んだコンソールの受信機から各地の部隊長の応援要請が響き渡る。

その声には焦りと混乱が満ち満ちていた。救援の声が絶えることはない。

たった15分前までとは打って変わった状況に、

しかし、司令部の動きは実に愚鈍極まりないものだった。

 

『現在進行形で帝国軍の奇襲攻撃を受けている』、

この事実を吞み込むのに、第六司令部はそれから5分という時間を浪費した程だ。

事情把握に20分以上も掛けてしまったのだ無能と言わざるを得ない。だが一部を除いた者達にこの評価を下すのは少々酷な話かもしれない。

なぜなら司令官を除いた副官達はすぐさま事情を理解していたのだ。

この山岳地帯全域で帝国軍の待ち伏せを受けたのだと、通信を聞いて彼らは察した。

 

だったらなぜ直ぐに動けなかったのかというと、やはりその理由は司令官であるムーア大将にあった。彼の考えでは帝国軍が平原から動く事はないはずだからだ。それが確固たる前提条件であり、だからこそ彼は絶対の自信をもって進軍を行っていたのだ。それが敵に読まれていたのだと思い知らされたわけである。

彼の自尊心は完全に打ち砕かれた事だろう。

しかも先程の第2軍からのものと思われる通信を敵の罠と断じて信じなかった、と云う事も拍車に掛けていた。

これでは滑稽な道化である。

いったい司令官が受けた思いはどれ程のものであろうか。その怒りを想像して副官達は恐怖で動けずにいた。

 

率先して動けば彼の逆鱗に触れるのではないか、床に気絶しているラップ少将のようにされるのは御免だ。そんな思いから誰も何も言わない。

ただ通信士が叫ぶ切迫した声だけが虚しく響いていた。

 

.........。

 

そんな非生産的な状況が流れていると、おもむろにムーア大将は首を巡らせた。

敵襲来の報を受けてから初めての反応に、副官達は恐る恐るの様子で待つ。

するとムーア大将は驚く事を言った。

 

全軍に告ぐ(オーダー)。強制行軍を発令!各自独断専行にて対処せよ」

「.......」

「どうした復唱しろ」

「っは、はいっ了解!」

「.....敵は俺の動きを読んでいたのではない、只の偶然だ。大規模な軍勢は潜んでいないはずだ。各進攻部隊で対処できる。よって我が本隊は先に進む、敵の障害に構うな!」

 

この期に及んでムーア大将はこれが敵の大規模な軍による攻撃であるとは考えてはいなかった。

せいぜい辺境の1地方部隊のささやかな妨害だろうと。

だから俺の動きが読まれたわけではないのだ。何の問題もない。そう考えていた。普段通りであれば気づけたはずだ。だがプライドを傷付けられんとする防衛反応が働いたのだろう。間違いを改めようとはしなかった。

 

そしてこの時、既に山岳地帯には数万を超す第三機甲軍が潜んでいた。

この認識の甘さが決定的となる。

下山を開始していた本隊の元に知らせが走った。

 

「――報告!先行部隊が敵の大規模な戦車部隊の待ち伏せを受けました!」

「っ!」

 

本隊を引き連れる巨大戦車の遠く見据える先、

荒れた山道を降りた麓には森林が広がる。

そこには、突撃機甲旅団からなる二千の兵と数十の戦車が、

ラインハルトの命令で連邦軍を待ち構えていた。

道を閉鎖するように現れた旅団兵は一斉に攻撃を開始したのだ。

 

放たれる火砲が隠れる場所のない連邦兵に襲いかかる。

バタバタと悲鳴を上げて倒れていく将兵達。

あまりにも不利な状況に対処する暇もなく鴨打ちにされていた。

それを聞いてムーアは増援を送るが苦戦を強いられる。

その間にも山岳各地から帝国軍襲撃の報が届けられ司令部は混乱に陥っていた。

 

副官連中との連携が上手く取れずにいるのが原因だろう。

それまでムーアだけの力で副官を必要としなかった環境に加え、それを良しとしていた副官達の練度不足のせいで指示は空回り、軍の動きは停滞を始める。

帝国軍の襲撃ポイントは全部で13箇所。山岳地帯全域が未曾有の混乱に襲われている。

後手に回らざるを得ない、この緊急事態を解決するのは簡単ではないだろう。

 

さらに言えば連邦軍には不運な事にラインハルトの仕掛けた奇襲は終わりではない。

混沌極まる司令部の扉が開いて、兵士が入って来た。慌てた様子で、

 

「敵襲です!左右から帝国軍が現れました!」

「なんだと!?なぜ敵が伏せている事に気づかなかった!歩哨はなにをしていた!」

「敵は少数です!だから気づけませんでした!――ですが恐ろしく強い!敵は見た事のない兵器を身に纏い、こちらの攻撃を弾き、驚くほどの損害を与えてくるのです!」

 

本隊が通過する山と断崖の間に流れる川のような道には幾つもの横穴が存在する。

そこに大規模な軍を隠す事は出来ないが、少数を隠す事なら可能だった。

本来であれば1万に届かんとする敵の本隊相手に、少数での奇襲なんて自殺行為でしかないだろう。だが、その百人が只の兵士ではなかったら?

 

――横穴から出現した特務試験部隊V1、V3の攻撃は開始され――何の問題もなく奇襲は成功した。その数198名からなる同時攻撃に巨大戦車の周囲は瞬く間に戦場と化したのだった。

安全なはずの本隊が襲撃を受けたショック、そしてこれまでとまったく異質な敵に動揺が広がる。

迎撃に出る兵が悉く葬り去られて。戦車周りの防衛部隊は思わず司令部に判断を仰いだのだ。

司令部に激震が走った――

 

「......」

 

どうしたらいいのか分からず司令部は逆に静まり返っていた程だ。

最初の報告から30分と経っていない。短い間にあまりにも多くの事が起きている。

そして短時間の間に溢れかえる様な情報が去来して、司令部は完全にキャパオーバーしていた。

圧迫する情報量でパソコンがショートするようなものだ。

日頃から副官や参謀を寄せ付けなかったムーアが招いた事態であると言って云いだろう。

 

これで襲撃ポイントは14になった。かなり細かく分けられているのがわかるだろう。

山岳地帯ほぼ全域に部隊が伏せられていた。ラインハルトの狙いはそこにある。

敵司令部を混乱させる。それが狙いだ。

それに気付かない司令部は尚も止まる事のない情報に翻弄され続ける事になる。気づく暇もなく既にラインハルトの術中に嵌っていたのだ。

 

それを良しとしない男がいた。

「ッ――無能共が!たかが小勢に翻弄されおって!――お前達もだ!敵が送る情報に惑わされるな!今は目の前の敵を倒す事だけを考えろ!」

「りょっ了解!!」

 

良くも悪くも状況に変化を与えるのは最高責任者であるムーア大将だ。

彼の言葉でバラバラだった意思が一つになる。

つまり本隊を襲う左右の敵に専念することになった。

 

「反転せよ!この俺自ら踏み潰してくれる!」

 

裂帛なる指示の元、巨大戦車は動き出す。

頑強なる存在は進路を変えてゆっくりと向きを曲動する。その動きはやはり戦車なんだと思わせる。大きな履帯が掘削機のような威圧感を醸し出していた。

狙いは断崖の下で密集する岩を盾にして戦うリューネ率いるV1部隊だ。

歩兵相手に無双の如き戦いぶりを発揮していた彼らでも、あの質量の化け物から真向勝負では相手にならない。

踏み潰されて跡形も残らないだろう。

リューネもその光景を苦笑いしながら、迫り来る質量を眺めていた。ふと目線が上に向き、

 

その時だ――

 

司令部に一人の男が飛ぶように入って来た。

誰かと思えばさっき報告に来た兵士だ。報告係なのだろうか。

彼は先程よりも慌てた様子で、

 

「報告です!敵の増援が現れました!」

「またか、どこだ?」

 

そう訊ねるムーアを前に、彼は震える手を上に振り、必死に何かを伝えようとする。息を吐く暇もなく来たのだろう。動機が荒い。呼吸を整えようとしている。その間にも手は上を向き、一指し指が天上を指している。どういう意味か分からず司令部の誰もが首を傾げている。

数秒を要してようやく落ち着いた男は口を開く。

ありえないものを見た様な表情で、ムーアの問いに答えた。

 

「――真上から来ます!!」

 

 

 

 

 *    *     *

 

 

 

それは報告の五分前の事である。

 

崖の上に彼らは居た。リューネ達が背にしていた断崖だ。

聳えたつ断崖絶壁の遥か800m上から見下ろす光景は圧巻で。

戦場全体が隈なく見渡せる。味方の奇襲が成功して今は優勢に事が運んでいるようだ。

その様子を崖の上から見ているのはV2部隊。

全員がヴァジュラを装備済みだ、イムカもまた全身甲冑のようなソレを着装しているのだが、一つだけいつもとは違う追加装備が与えられていた。ヴァジュラ用のバックパックの様な特殊な器具を背負っているのだ。

イムカだけではない並び立つ全員が同様の装備をしていた。

いったい何に使う物なのだろう。いや使い方は知っている。だが一度も使用した事はなかった。

そんな得体の知れない物をイムカ達は使おうとしていた。

恐怖心がないはずがないわけで、

 

「......なあ姉さん。俺ってさ自分ではそこそこ真っ当に生きて来たつもりなんだぜ」

「無駄口叩くんじゃない、と言いたいけど奇遇ね。私もいまそんな事を考えてたわ。それで分かった事なんだけど私って罪な女だったわ――あんたは?」

「ああ、泣かされて来た男は多いもんな納得――俺はやっぱし良い子ちゃんだったよ」

「あら、だったらおかしいわね、なら何でここに立っているのかしら。あんたを刺したい女なんて星の数ほど多そうだけど」

「刺されなくても死にそうな目には合ってるけどな。いやもう絶対死ぬだろこれ」

 

ヒュウヒュウと風の吹く崖下を眺めているオスロは死人のような声音で隣に立つメリッサに言った。今なら刺し殺そうとしてくる女すら抱擁できる自信があった。それほどに現実逃避するような事を今から行う予定なのだ。過去の行いを見詰め返していたオスロは嘆いた。

 

「うう最後に女を抱きたくとも鎧の棺桶に入れられちゃソレすら出来ない。世界は残酷だ」

「あんたは一生そこから出ないのが世の為さ――イムカもそう思うだろ?」

 

それに対してイムカは呆れた声で言った。

 

「.....二人ともそんなに不安?」

「うん」「うん」

 

二人の首が揃って縦に振られる。

よっぽど背中の物に対して懐疑的なのだろう。

いまから行う行動を只の自殺だとすら思っているはずだ。

死を恐れない彼らがこうまで反対するのが意外だった。

 

「逆になんでイムカはそんなに信用できんの、お前も使うのは初めてだろ?」

「ちゃんとレクチャーは受けた」

「実際に使うのは初めてじゃん!?しかもレクチャーってあれの事か!俺には飛ぶ、引く、の二つしか教えてもらってないんだけど!?」

「十分、簡単でいい」

 

何を難しい事があるだろうか?

不思議に思っているイムカの考えを読んだのかオスロは呆れた様子で、

 

「それで実行に移せるのはお前ぐらいだよホントに」

「ほんと天才ってこういう娘を言うのね、まっこの隊のエースなんだからそうじゃないと困るんだけど――おっと話している内に敵が動き出したわね」

「.....」

 

イムカの見下ろす先では巨大戦車がゆっくりと回頭しているところだ。

連邦軍にあれだけの巨大な戦車を造り出す技術があった事には驚きだが逆に好都合だ。的は大きい方が良い。作戦目標が簡単に見つかるから。

恐らくあの中に居るのだろう。

逸る気持ちを抑えながら恰好のタイミングを見計らう。

 

「作戦通り目標は接近中!全員覚悟を決めろ!」

 

隊長が声を張り上げる。全員が身構えた。恐怖を払うよう足に力が込められる。

 

「――降下!」

 

その合図が聞こえた瞬間イムカは勢いよく跳んだ。

空中に向かって投げ出された5トン近くある鉄の体は一瞬の停滞の後に、重力と自重で一気に落ちていった。まさに目にも止まらぬ速度でグングンと節理的に墜落する。あわやこのまま地面に叩きつけられて残骸と化すのかと思ったその時、イムカは肩の紐を引いた。

 

――バサリと広がったソレは空気を孕み凧の様に空を舞う。

圧し掛かる自重が軽減されたのを感じて、

 

()()()()()()降下に成功したのだとイムカは実感する。

砲弾よろしく落ちていた体も蝶のように軽やかだ。重力という束縛も今だけは通用しない。

横を見れば仲間達も降下に成功している事が確認できた。

上空から見れば幾つもの白い帆が目標に向かって降りているのが分かるだろう。

 

空を覆う異変に気づいた連邦の兵士は唖然とその光景を見上げていた。

何が起きているのか分からないだろう。

いや分かっていたとしてももう遅い。

お前達は私達に時間を与えすぎた。

もっと前に早く動いていればこうはならなかったはずだ。私達が崖を登り切る前に妨害役のリューネ達を片づけて、通過する事も出来ただろう。

その前に動けなかった判断の遅さがお前達の敗因だ。

 

そして見事に手綱を操り、

パラシュートに運ばれたイムカの体は重々しい音を立てながら降り立った。

着地の瞬間、鉄と鉄が衝撃で響きだすガッシィイインと音を立てる――巨大戦車の頭上に。

イムカは居た。

 

 

 

 

もしラインハルトが見ていたらこう言うだろう。

――王手(チェック)と。

 

 

 

 

 
















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