あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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ちょっと難産、できれば一話に収めたかった。


六十一話

アスターテ平原を南に行くと、

その先には切り立った嶮しい山々と谷が隆起した、過酷な大地が広がる。

枯れ木谷(かれきだに)』とも、試練の山とも呼ばれるそこは人の手が入らない未開の地。

手つかずの自然が残されている事は珍しい事ではない。

敵国と面した辺境である事から未だ舗装整備が整っていないのだ。

驚く事に監視塔を設置した軍事基地すら無かった。

それ程に過酷な場所と云う事だ。

その不便すぎる立地とこれまで一度も侵入を受けた事がなかった事から軍事に関する建造物は一つもない。道という道は存在せず、まるで獣道のような悪路を通る事でしかその山を越える事は出来なかった。だから地元の人間でも山に入る者は滅多になかったし、ここを登山しようと考える物好きは山伏といったユグド教の修行僧ぐらいのものだ。

 

荒れ果てた山だ。四月だというのに春の訪れは遠く、寒さの堪える外気が吹きすさび。

そのせいか獣すらいない。だから普段は静かな山だった。

だが今は違う。耳を澄まさずとも山々の合間から聞こえる、物々しい足音。兵器が運ばれる音。人の熱気がここまで届くようであった。

 

眼下を数えきれない軍勢が進軍している。その数は10万を超える。

左右を嶮しい山と山の間に生まれた流れから、長蛇の列を帯びて進んでいるのは三個分進攻撃の片翼を担う第6軍。彼らは目的地を急いでいた。

作戦予定の決行時間に間に合わせるために。

それにはこの山を越えるのが一番の近道だった。遅れるわけにはいかない。

司令官のその思いが強行軍を推し進めていた。勇猛というよりは功績欲からくる無謀さだ。

どういう意味かというと、

 

進軍目標であるアスターテ平原。

そこに陣取っているであろう帝国軍に対して最初に攻撃を加えたいのだ。

戦争において高い評価を得る事が出来る一番槍を狙っての事だろう。

 

第六軍の司令官を務めるムーア大将は自尊心の強い男だ。

この作戦を成功に収めるには自分の力が必要不可欠である。自分の判断が間違う事はない。心底そう信じていた。傍から見れば馬鹿げた考えの様にも思えるが、大将という軍部の最高位を与えられている彼の才能は本物だ。これまで多くの帝国軍を撃破してきた猛将である。

 

そんな彼を象徴するかのように、

ゴロゴロと雷のような音を立てながら、彼の乗る巨大な戦車が谷間を進んでいく。

その威容はガリア方面軍総司令官マクシミリアン旗下の超大型戦車『ゲルビル』に匹敵した。

対帝国の為に作られた巨大戦車の一つである。

 

この巨大戦車は帝国進撃において心強い攻撃の主要兵器となる、と同時に防衛の要でもあった。通信設備も整っているため緊急の際は臨時の防衛拠点としても利用できるからだ。

さらに言えば兵士の精神にも向上的な作用を及ぼす。巨大戦車に追随する連邦兵はみな一様に士気が高い。勇壮なる将軍と頑強なる戦車と共にあるという共通認識が強い士気向上に繋がっているのだ。それが影響してかムーア大将を信奉する者は多い。

おかげで無理な山岳地帯の突破にも疲弊の声はあるものの不満が上がる事はなかった。

冷たい風を浴びながら黙々と歩く数万余の連邦兵士たち。

 

 

 

巨大戦車の上層部――窓口からその様子を見ていたムーア大将は、傍らに立ち尽くす忠実な副官達に向けて声をかけた。

 

「兵士の士気は高い、これならば時間通りに山越えは可能だろう.....どこの軍よりも早く帝国軍の横っ腹を問答無用で叩きこむ。それがわが軍の最重要事項だ。それが叶った暁には俺の第6軍の栄光は約束されるだろう」

「まったくもって閣下のおっしゃる通りかと!愚鈍なる帝国軍の慌てふためく姿が目に浮かびますな!」

「大将閣下の指揮下にある限りもはや我が軍の勝利は明白です!」

 

そうだそうだと誰もが勇んでそう言った。

誰も作戦が失敗するなんて思ってもいないのか。副官たちはムーアの意見に同調して自分の意見を言おうとはしない。――いや、よく見れば彼らの目にはどこか強迫観念染みた畏れの色が見え隠れしていてる。それを見ていたムーア大将は満足そうに頷いた。

 

「そうだ。敵を無駄に恐れる必要はない、俺の指揮があれば必ず勝てるのだ。お前たちはただ勝利だけを考えればいい」

 

先ほどムーア大将は自尊心の強い男だと言ったが、

より正確に言うならば、彼は他人の意見をひどく嫌う。

自分の考えた作戦は完璧だ。ほかに修正する必要はない、だから何も言うんじゃねえ。

.....と言った具合に異常なまでのワンマンプレーが目立つのが第六軍司令部の特色だった。

猛将と呼ばれるまでに至った強固な自意識が彼の長所であり短所でもあった。

参謀の意見を取り入れずとも戦いを勝利に導き、何人もの名将を屠ってきた実績が最後の後押しとなった。戦争に勝てる指揮官は希少だ、そういう人材は何としても連邦軍に必要だったのだ。

一大反攻作戦を控える間は特に。

たとえ性格に難があろうと許容範囲内の事である。それが軍の考えだ。

 

それ以降、彼は自分の力だけで戦うことを好むようになり。

副官等もそんな彼に意見をするほどの度胸はない。

結果、第六軍司令部は絶対的な力をふりかざすムーアの為に動くマリオネットでしかなく。

もはや作戦参謀は機能していない状況だった。

 

そんな状況を憂う男が一人だけ居た。

この戦争で配属してきた新参のラップ少将だ。

彼はこの異質な環境を改善する必要があると考えた。

ムーアの意思を絶対とした一種の暴政がまかり通り、参謀は何も意見できないこの環境は、いつか第六軍を危険な状況に陥らせる。今までは良かったかもしれないが、この大規模な作戦では柔軟な思考を必要とされる。彼だけの猪突猛進な動きでは突然の状況で即座に動けるか分からない。思考を分散させるべきだ。

敵地であるならなおさら、全員が一丸となって戦わなければ帝国に勝てない。

 

そう唱えたラップ少将は――

 

「......っぅ」

 

戦車内部の空間にムーアと彼の副官が囲むように立っている。

 

その間に、顔を腫らした彼は無残にも床に倒れこんでいた。

新品同様だった制服は破かれ、腹も殴られているのか青痣による内出血が幾つも見えている。辛うじて意識がある程度だ。ムーア曰く洗礼を与えた、ということらしい。どう見てもリンチの後だったが。床に倒れるラップを前にした副官たちは何も見ていないかのように直立している。彼らの目にあるのは傍観、ラップ少将に対する同情はない。まるで見慣れた光景だとでも言うかのようだ。

 

「.....どうやらラップ少将に同意する者は居ないらしい。喜ばしいことだ。

もっとも彼のように我が軍が窮地に陥るかもしれない、などと敗北主義の糞共が語るような事を真に受ける愚か者は居ないと信じていたがな」

「は、ハイッ....閣下の仰る通りかと.....っ()()()()()()()()()()()()()()()信憑性に欠けるものであったと閣下のお考えを我ら一同も支持します!」

 

どこか震えた声音の副官の言葉にもういちど頷いたムーアは太い腕を組んで、

 

「当然だ、敵は依然として平原に陣を構えているはずだ。我が軍が攻撃を与えるのであって、その逆はない。そうでなくてはならないのだ、それに帝国軍もまさかこの移動に不向きな山岳を越えて来るとは思うまい。必ずこの作戦は成功する。――俺が止まるわけにはいかんのだ」

 

先述したようにこの山岳地帯はその過酷さゆえに、人の手が入ることは無く。長い間、放置されたままの未開地であった。およそ大規模な軍の戦闘には不向きな地形で、万を超す膨大な数の人間が山を越える何て事は歴史上でもなかったことだ。

 

だからこそムーアはそこに目をつけた。

まさか連邦軍が山超えをして来るなんて帝国軍は夢にも思うまい。

きっと安全な遠回りのルートを進んでくると考えているはずだ。敵が兵を伏せておくとするならそこだろう。我が軍は敵の裏を突いて無防備な背後に急襲を仕掛ける。

何も知らない帝国軍は必ず総崩れに陥るだろう――

それが彼のシナリオだ。

 

そしていずれは帝国を倒す。

これほどの偉業はハンニバルもナポレオンでも達成できていない。

歴史に残る幾多の天才や戦略家でも出来なかったことを自分がやる。

子供の頃から憧れていた、そんな思いが否応なく猛将ムーアの胸を熱くさせた。

栄光は目の前にある。それを邪魔する者は例え味方でも許しはしない。

 

欲望に墜ちた男の様子を見てラップは思う。

この人は危険だ――

驕り昂った自意識が味方の区別すら出来ていないじゃないか。

自己認識の肥大とナルシズムは自身を含めた他者を破滅させる。

過去の偉人達がなぜ身を滅ぶす事になったか。それは自分が特別だという誤認からだ。

物語の主人公のように考えている、この勘違いが過去の偉人達を英雄たらしめてきた。

 

残念ながらムーア大将にもその資質があった。

自分こそが特別だと考える英雄の資質が。

だが彼は分かっているのだろうか。現実は英雄のような活躍が出来る者はほんの一部で。ほとんどは名も語られないような敗北者の積み重ねで物語が出来上がっている事を。彼は気づいているのだろうか、自分が道化となる可能性がある事に。

 

いや、もしかしたら分かっているのだろう。

猛将として謳われてきた彼が只の馬鹿ではない筈だ。先ほどあった通信で帝国軍が待ち伏せている事も薄々本当の事だと考えているかもしれない、その上で彼は敵を怖れず進軍を止めないのかもしれない。なぜなら彼は連邦の猛将と名高き指揮官なのだから。

 

だとしたらもう何を言っても意味がない。訴えかけても彼の進みは止まらないだろう。

だからラップは薄れる視界の中で祈った。

せめてこの行軍が無事に成功し、友の元に向かえますようにと――

 

 

.....だが彼の願いもむなしく、帝国軍襲来の報が届くのはそれから15分後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






戦場のヴァルキュリア4が発売されました!みんな買うんだぞ(作者は夏までおあずけ)
ひとまず最後までストーリーは把握したけど、思った通り連邦側も中々の悪さで俺得でした。おかげでインスピレーション湧いてきたー。元々のオリジナルストーリーと上手く兼ね合い出来そうで助かる。

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