新たな敵に向かってイムカが突貫するちょうどその頃、
夕焼けの染み込む平原の上でラインハルトは友人との再会を果たしていた。
夕日を吸って燃えるような赤い髪、人の良い優し気な容貌。
帝都から別れてまだ一か月程しか経っていないはずだが、もう一年も会っていなかった様な感覚を覚える。懐かしさに目を細めたラインハルトは目の前まで来たアイスに笑みを浮かべ、
「心配させたが約束を果たしに来たぞ」
「少しも心配していません。貴方は必ず来てくれると信じておりました」
「そうか、怪我はないか?」
「大丈夫です、殿下のおかけで生き永らえています。あれがなければ私はここに立ってはいなかったでしょう」
「どうやら救援部隊を送った事は無駄ではなかったようだな.....」
その言葉にアイスの表情が目に見えて暗くなる。何故か悔いるように彼は言う。
「申し訳ありませんラインハルト様、彼の部隊はこの戦いにおいての隠し玉だったはず。
それを私のせいで.......」
「何を言っている。お前を救う為に使えたことを俺は誇りに思っているんだぞ?間違いなく、あれを創ったのは今日の為だったのだろう。......そう思うよ」
心からの笑みを浮かべた。
それはいつもの相手を威圧するような不敵な笑みではなく、包み込むような柔らかなものだった。眩しいものを見るように目を細めたアイスはゆっくりと膝を折る。
「感謝を.....そして
「.....仰々しいな。礼には及ばん、お前は十分に役目を果たしてくれた。
......それより計画を進めるぞ、敵は後退を始めているようだ」
広大な戦場を見据える。
連邦軍殲滅計画。その第二段階である《誘い虎口》が発動してから、
アスターテの戦いは二時間が経過していた。
戦況は終始、帝国軍優勢と言って云いだろう。両翼の帝国軍が連邦軍を挟撃して苦しめている。
特に左翼の攻勢には目を瞠るものがある。
突撃機甲旅団を中心とした帝国軍五万五千が、激しい抵抗を見せた連邦軍の防衛線を突破したのだ。突撃を受けている敵の右翼はたまらず後退を余儀なくされている。
このままいけば全軍の敗走に繋がるのは時間の問題だろう。いや、もう撤退は始まっているかもしれない。どうやら新型戦車とヴァジュラも活躍しているようで、敵の防衛拠点が次々と撃破されていくのが、ここからでもよく分かる。止められるはずがない、彼らが今回の戦争に掛ける熱意は異常だ。その経緯を知っているからこその強さなのだろうが。ああなっては俺の命令で止まるかも怪しい。二人にはこの戦いで燻っていた火種を存分に吐き出してもらうとしよう。
きっとその火種は連邦軍を燃やす大火となるだろうから。
眼下に広がる戦場が炎で燃え広がる光景を幻視したラインハルトは、
「準備は整っているな?」
「ちょうど一年前程になりますか。ラインハルト様が領地に訪れた際、突然難題を突きつけられた時は驚いたものでしたが、秘密裏に半年前から施工を始め、ふた月前に何とか全ての工程を終える事が出来ました。誰にも気づかれぬよう進めるのは大変な作業でしたよ」
本当に大変だったのだろう、疲れたようにアイスは苦笑する。
当時反対派である貴族達にも気付かれないよう細心の注意を払う必要があったからだ。それは秘匿性が高く、周囲の貴族のみならず連邦にも気づかれるわけにはいかなかった。なぜなら、それこそがこの戦いにおける重要な計画の一つだからである。二つの陣営に気取られずに作業を進めるのは容易ではなく神経が磨り減る毎日だった事だろう。
「悪いな。だがこれで戦場には全ての条件が出揃った」
遂に
分かり易いように戦況を説明すると。
帝国軍のあまりにも強い大戦車隊の突進力によって、
後退する連邦軍だがまだまだ7万以上の兵力が存在する。なぜ早々に逃げるのかと云うと、どうやら敵はアスターテ平原での戦いを不利と考え、ライン川を越えた森林部まで後退する腹づもりのようだ。ライン川を挟んで睨み合い、勝負を長期戦に持ち込む。そうなれば今度はラインハルト達が不利な状況になる。敵にはまだまだ増援の目途があるが、こちらにはないからだ。
恐らくそれを敵の指揮官も考えたのだろう。
つまり対岸まで逃げられればラインハルトの負けだ。更なる援軍によって数の利は圧倒され戦況は形勢逆転となる。そして、このままいけば敵は逃げ切るだろう。川を渡る際に2万程削る事なら出来るだろうが全滅させることは出来ない。それは敗北と同義だ。
.....逃げ切れればの話だがな。
「これより計画は最終段階にシフトする。
......眠りに付かせていた龍を呼び覚ませ!」
戦法――《