あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五十六話 

それから30分後。イムカの姿は戦場に戻っていた。

ヴァジュラの冷却作業を終えた事で、地獄の様な暑さだった体内もひんやりと涼しい。

自然と体も軽やかなものとなって。ヴァールを斬り払う動きも一段と早い。

明らかに滑らかな可動部の挙動は整備兵の仕事ぶりが如実に分かる。良い腕だ。

視界が限定的に狭まるから必要ないと言ったのだが、メルケンに怒られたので渋々と付けた――ヘルムの中で小さく笑みを浮かべる。

直ぐ傍を銃弾が掠める音を聞きながら、イムカはヴァールを天高く振り上げた。

その光景を前に立ち尽くす敵が恐怖で声を上げるよりも早く、振り下ろされるヴァールの凶刃が敵を斬った。戦闘服越しにスッパリと切られた傷口から溢れる夥しい量の血。致命傷を受けた敵が膝から崩れた。さらに返す刀でイムカは振り向きざまにヴァールを切り上げる。また鮮血が舞った。背後から攻撃を仕掛けようとした敵を返り討ちにしたのだ。首筋にかけての傷口から血がドバドバと噴き上がるのを必死に手で抑えつける兵士が苦悶の表情でゆっくりかしずく。鬼気迫る表情でイムカを睨みゴポリと血を吐き絶命した。

 

.....コレでひとまず周囲の敵は掃討できた。

 

イムカの周りには血だらけの敵が死屍累々と転がっている。

交戦した敵部隊の全滅を確認した事で警戒を緩めた。ヴァールの刃が地面を向く。――その背後で一人の兵士が上半身を起き上がらせた。腹部の出血から見て重傷だ、長くはないだろう。それでも、その目には敵に一矢報い討たんとする気概が露われていた。対戦車槍を手に取り、震える穂先をイムカの背中に狙いを定めた――

パパパパパ!。と軽快な音が立て続けに響き。激痛に見舞われた敵は対戦車槍を落とす。同時に意識も暗い闇の底に落ちていった――

 

ハッとふりむいたイムカ。目線の先には、同僚のオスロ・ファーバー軍曹が立っていた。自分と同じ機械仕掛けの鎧を纏った彼は、愛用の突撃銃ZMMPBを地面に向けている。より厳密に言うなら、今はもう息絶えている敵の屍に銃口を向けていたのである。直ぐに助けられたのだと察した。

「油断したなクロム7。いくらこの鎧の耐久力が高いと云っても対戦車槍を背中に受ければひとたまりもない、精々気をつけろ」

精鋭を思わせる厳かな口調で歩いてくるが、

「――なんつってな。大丈夫かーイムカー?」

一転して、横柄な声を掛けてきた。

顔は見えないがヘルムの中でどんな顔をしているかおよそ想像できる。日頃から女性の味方を公言している彼の事だ、せっかくの美形な顔を台無しにするようなキザったらしい笑顔を浮かべているのだろう。少し癪だが助けられたのは事実だ。弱点である背中のラジエーターを破壊されれば、この鎧は死んだも同然。その前に爆発の余波で搭乗者はまず間違いなく死亡する。

だからイムカは感謝を込めて、()()()()()()()を向けた。

「――へ?」

間の抜けたオスロの声がヘルムから漏れる中、躊躇なくイムカは機関銃のトリガーを引いた。

ヴァールに内蔵されたギミックの一つ、ガトリング弾が放たれる。

バラまかれる弾雨は固まるオスロの後ろを飛び越えて、背後から爆裂剣で斬りかかろうとしていた敵を襲う。まだ生き残りが居たのだ。一拍後、その事に気が付いた彼は、

「.....ありがとね」

「ん、問題ない」

 

今度こそイムカ達は敵の部隊を全滅させた。が、戦闘は終わらない。周囲を見渡せば幾らでも敵の姿は確認できた。この一瞬において、イムカたちクロム小隊の戦闘状態が一時停まっただけに過ぎないのだ。敵がむやみに近づいて来ない理由はイムカ達を――より厳密に言うならばヴァジュラを警戒しての事だろう。

幾度もの戦いで敵もすっかり理解してしまったようだ。たかが歩兵の銃火器でこの鎧を破壊すること叶わぬと云う事に。

それならそれで問題はない。向こうから来ないならこっちが赴くだけだ。逃げたいなら逃げればいい。私はただ目の前の敵を倒すだけ。

 

イムカは次の獲物に向けて走り出した。

その後ろをオスロが追随する。コールサインはクロム6。同僚たるイムカの援護を務める。さらにその後ろをもう一人が走る。彼女はクロム2、三人からなる班の隊長を務めるメリッサ・マッカラン軍曹だ。基本的に私達はスリーマンセルで動く。目の前に新たな敵の一団が見えた。

 

『――歩兵30、戦車1。一個小隊規模。斬り込んでイムカ。私達は回り込む』

 

メリッサの声がヘルムに内蔵された通信機のスピーカーから聞こえた。事前にマルチ通信チャンネルの周波数を合わせている。イムカは一言だけ簡潔に、

 

「了解――!」

全力を込めた脚力が地面を砕き、イムカの体は加速する。時速60㎞を叩きだす勢いで、瞬く間にイムカの姿は敵の一団に迫った。もはや蒼い鎧を見ただけで恐怖に染まる敵。近寄るなと一斉に銃撃を開始する、体勢を傾けて敵の銃弾を躱すイムカは一瞬たりとも足を止める事はない。早々に無駄を悟った指揮官は兵士たちを後退させた。彼らの後ろから重戦車が顔を出す。人を簡単に殺す兵器。それを見てもイムカに動揺は見られない。

ヴァールを握る手に力を込めた――

 

指揮官の号令に従って長重な戦車砲が火を吹いた。瞬間、閃いたヴァールの刃が砲弾を斬っていた。

絶句。信じられない事が起きた。目の前で起きた事が現実とは思えない。受け止められたのではなく迎撃されたのだ。理解が追いつくその前に、

ザシュッ――。肉が裂ける音を伴なって血しぶく二重奏が重なる。

戦車の横を通り過ぎ様に、指揮官の首を横凪にしたイムカは直ぐに二人目を狙い撃ちにした。

水平に構えた銃身から放たれた銃撃を浴びて後方に控えていた敵が倒れる。その場で反転、構え直したヴァールの砲身カートリッジに弾を込める。直後に突きつけ、狙いを絞る。的は重戦車のラジエーター。蒼い水晶体に向けて砲撃を放つ。――爆炎。

 

衝撃と爆風が舞った。激しい炎熱の光が視界を妬く事はない。遮光板で覆われたヘルムが彼女の目を保護してくれる。火だるまの重戦車を唖然と見ているしかない敵兵。イムカは振り返ると同時にガトリングガンをばらまいた。それでバタバタと十人近くが倒れる。驚くほど無駄撃ちがない、その精度の高さに敵が兵装に恵まれただけの、只者ではない事をまざまざと見せつけられた連邦の兵士たち。なけなしの戦意は失われる。

勝てるわけがないと体を回れ右した。退却しようと試みるも。

 

「――逃がすかよ」

 

彼らの目の前には音もなく先回りしたオスロとメリッサが。銃口を向けて立っていた。戦車の爆発に気を取られている隙に敵の背後を取ったのだ。前後を挟まれた兵士たち。一人は戦車すら撃破してしまう敵だ。絶体絶命の窮地に。ここまでかと兵士の一人が全滅を覚悟する。

ふと遠目に味方の部隊が近づいてくるのが見えた。助けに駆けつけてくれたのだろう。それよりも全滅する方が早い。

 

「.....頼む同胞達よ。この悪魔どもを倒し、俺達の無念を晴らしてくれ」

 

鉛の弾丸が彼らを襲う一瞬前まで、兵士は敵への報復を願った。

あまりにも強すぎる敵だ。だがそれでも、必ずや仲間がお前たちを倒す、絶対に。

直後、胸に鈍い痛みを感じ兵士の意識は闇に飲まれた。

 

 

 

 


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