あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

56 / 105
五十五話

「――急いで!もうとっくに限界時間(リミットタイム)を超えているのよ!?これ以上は搭乗士の命に関わるわ!誰一人死なせては駄目よ!1番から33番のナット外して!」

「了解!――背部三重装甲基板取り外します!――外しました!」

「ラジエーター機能解除!出力低下途中!台座に降ろして!はいヨーイ!」

 

喧々諤々(けんけんがくがく)たる男達の怒号が響き合う中で、唯一の女性であるメルケン・リッヒ大尉の甲高い声がひときわ目立って聞こえる。統一された作業着を着て手を休めず動いている彼女達は、鎧の接合部に差されたオイルで汚れるのも気にせず、目の前に鎮座する蒼い騎士鎧の装甲を取り外す事だけに集中していた。背後では20万を超える軍の戦争が行われているのに、それをまったく気にも留めていない。彼らにとってはそれよりも重要な事だからだ。

 

知っての通り、無敵と思われる兵器にも時間という弱点が存在する。ヴァジュラの耐久時間は三時間一杯しかなく。この時間を超えるとラジエーターの稼働熱によりヴァジュラ全体が発熱を始め。搭乗士自身に危険を及ぼしかねない諸刃の剣。それが戦術機甲殻兵器ヴァジュラの構造上、避けられない短所の一つ。故にヴァジュラを出動する際は、出動と同時に帰還時刻を見越して極めて慎重に調整しなければならない。

 

本来であれば先の救援の目的で出動したイムカ達を含めた100機の部隊は二時間を超えた時点で撤退しなければならなかったのだ。だが任務が救援であるがゆえに撤退すれば壊滅を余儀なくされるハイドリヒ軍を救うため彼女達は戦場に残った。時間ギリギリまで、ハイドリヒ軍を援護する事に決めたのだ。

 

彼らの献身によってハイドリヒ軍は無事に目的地まで向かう事に成功する。――その時まで軽騎兵団と共に戦っていた彼らは包囲作戦が発動した事でようやく自身も撤退行動に移り。何とか整備部隊の居る安全なクレーター跡まで撤退する事に成功した。待ち構えていた整備部隊の手によって急ぎ兵装を解かれる最中の事であった。

次々と整備員の手によって解かれていく鎧の中から搭乗士が現れる。

体にピッタリと接着した特殊なスーツを着た軍人が倒れ込むように投げ出されるのを整備員が受け止めて救助していく。まともに立てる者の方が少なく、多くの者が稼働の反動で脱水症状を起こしていて。

 

場は救助を待つ者と救援する者で酷く混沌としていた。

数十ある作業台に乗せられたヴァジュラから出されていくVー2部隊の兵士達。誰もが疲れ切った様子だ。地獄のような日々を生き抜いたゲイルの軍人ですら消耗は激しい。再び戦うには休息が必要になるだろう事は明らかだった。

 

片っ端からハッチを開ける作業が続き、ようやく最後の一人が作業台に乗せられる。

整備の場を任されているメルケン・リッヒ隊長は自ら目の前の装甲具を解いていく。自分は大丈夫だからと、他の兵士の救助を優先させたこの頑なな少女は自分が助けると決めていた。

 

最後のナットを取り外すと、鎧からプシューと空気圧の抜ける音がした。ラジエーターの稼働熱で温められた空気が排出されているのだ。ハッチが開いて中から少女がゆっくりと現れる。危なげなく地面に降り立った。周りでは立っていられない程に体力を消耗している者達で続出している中、彼女だけは平然としていた。驚くほどのタフネスである。

 

「ご苦労様ですイムカ一等兵。どこか体調に異常はありませんか?」

「....特にない。それより喉が渇いた」

 

リッヒ大尉の心配をよそに、イムカはそこら辺をウォーキングした帰りのような態度で淡々と言った。まったくもっていつもと変わらないその様子にリッヒ大尉は苦笑を覚える。

短時間とはいえ激戦を繰り広げてきて戻って来た筈なのに疲労を微塵も感じさせない。

だが、事前に持っていた水筒を手渡すと、イムカは勢いよくそれを飲み干した。よほど体が水分を欲していたのだろう、返された水筒の中身は空だった。流石のエースも疲労を感じていない訳ではないようだ。

満足気にふうっと息を溢したイムカはリッヒ大尉から受け取ったタオルで汗を拭う。

 

「シャワー室で浴びてきたらどう?」

 

ヴァジュラ整備拠点には帰還兵の疲れを癒す為に給水施設も完備している。テントで隠されているが数十人でも余裕に入れるお風呂が拠点の一角に建設されていた。勿論、男女別だ。

見事作戦を遂行した彼女に労いの意味を込めてそう言ったのだが。

イムカは首を振って、

 

「そんな暇はない、直ぐに改修作業に入ってほしい。出撃準備が出来たらもう一度出撃する」

「....まさか直ぐ戦場に戻る気なの?貴女は作戦を無事に遂行したのだから後は隊長達に任せても良いんだからね。それに、続けざまに出動するのはやはり体に負担がかかり過ぎるわ」

「任務が成功しても戦いが終わったわけではない。どう戦況が転ぶか分からない以上は勝つまで戦い続ける。それに恐らく今この瞬間が正念場だと私は思う」

「え?まだ戦いは始まったばかりよ。早急すぎるのでは」

 

ラインハルト率いる軍勢が交戦を始めてからまだ二時間と経っていない。正念場と言うには早すぎるのではないかと不思議そうにするリッヒ大尉だがイムカは確信していた。撤退するさなか戦場に漂う雰囲気を感じて。戦うべきは今だと、兵士の勘が告げていた。根拠はないが、とにかくそう直感したのだ。

――時を同じく、それを裏付けるかのようにラインハルトの指示がイムカ達に届いた。

駐屯地に訪れた伝令役の兵士が声高に言う。

 

「上級大将司令官より次の指令だ!特務試験部隊V-2は整備が整いしだい再出撃を行い、連邦軍を撃滅せよとの仰せである!」

「了解!」

 

V—2。それがイムカの所属する部隊名だ。コレに加えてリューネ隊長のVー1とVー3部隊が存在する。もっと細かく分けられているのだが大まかに言えばそんな感じだ。他の部隊は全て出張らっているため、今は整備兵とイムカ達しか居ない。隊長格の男が敬礼するのを見ながら、イムカがぽつりと言った。

 

「多分だけど、ハルト....殿下も分かっているんだと思う。勝敗の流れを作るのは今だって事に」

「流れ.....?」

「うん。昔、殿下が言ってた。物事の流れは始めが肝心だって。最後に帰結するまでの道筋を作っておけば、どんなに厳しい状況に陥ろうとも、戦いが長期化しようとも最後には勝つ。その為の流れを私達で作ろうとしている。私達はその為に創られた部隊だから.......」

 

リッヒ自身もイムカ達が司令官の切り札的存在である事を熟知している。だからもう止めはしない。自分が持てる力の全てを使って彼女達を送り出そう。――そう思った。

 

「分かったわ、そういう事なら完璧に仕上げる事を確約しようじゃない。――だからみんな!いいわね?整備部隊の本気を見せるよ!」

「オオッ!」

 

リッヒの言葉に奮い立つ整備兵達の唱和が揃う。女の身でありながら男所帯をまとめ上げる手腕は流石と思わせる光景であった。彼女もまた優秀な技術屋なのだ。創設されて間もないがリッヒ大尉を中心に上手く団結しているのも彼女の力量故の事だろう。

ただ一つ困った事がある。

 

「そうと決まれば.....専用武器をいっぱい用意したから是非見ていって!おススメはコレなんだけど戦車の装甲板も噛み切る切れ味のシザーカッター!ダイヤモンドコーティングで強化してあるから手入れも簡単!サブウェポンにはとある試験部隊が使っていたという幻の大口径拳銃『0レオン』!リューネ隊長も愛用している事で有名ね。この二つさえあれば対戦車戦闘も怖くない!他にも沢山あるわ。エースである貴女の為に用意したんだから!」

 

姉御肌な一面を一転させ目をキラキラと輝かせたリッヒ大尉はトラックの荷台から無数の武器を持ち出しイムカに披露する。元は武器製造に携わっていた職人でもある彼女は大のウェポンマニアなのだ。ヴァジュラの専用武器を造ったのも彼女が担当している部署だった。

どうやらリッヒは自分が作った武器を使ってもらう事を無上の喜びと感じる性質の様で。

イムカの戦いぶりに惚れ込んだリッヒは己の作品を使ってもらうべく勧めているのだ。

実はもう何回もその光景は繰り返されていた。慣れているのか周りは無視している。

 

「.....悪いけど必要ない。私にはもうヴァールがあるから」

 

だからイムカもいつものようにそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。