あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五十四話

帝国には語られる事のない部隊が存在する。

存在するのに決して公には現れる事のない、闇に隠された者達。

重大な軍事犯罪を犯した者達が入る事となる、懲罰部隊だ。

強制的に所属させられ満足とはいえない装備で戦わされる。

それだけならいいが彼らの向かう戦場は常に最も過酷な場所だとされる。

自殺と同義のような任務を負わされることも珍しくなく。

一度の戦いで50%が生きて帰る事はない。

それはもう死刑と同じことではないだろうか。

それでも彼らが戦うのは戦争が終われば自らに課せられた罰が許されるからだ。

罪が清算されるその日まで彼らは戦う。

 

中でも少数ながら最強にして最凶と呼ばれる幻の部隊があった。

名を帝国軍第666ゲイル大隊。

通称≪死に急ぎ部隊≫とも呼ばれる彼らは、特級軍規違反者によって構成されている。

懲罰部隊は本来、密猟者、軍規有罪者から集められるものだが、その部隊は全員が共通する違反によって集まられた者達だ。

それは二重亡命者である。

今は規制されているがその昔、帝国の許可なく無断で国境を越え、連邦に逃れた者達が少なくない数存在した。帝国の支配を嫌った者達が自由に憧れて連邦に逃れたのだ。多くは其処に定住して連邦という国に受け入れられた事だろう。だが中には酷い差別を余儀なくされた者達も居た筈だ。そういった者達やその子孫が母国である帝国に戻る事を望む場合がある。それが二重亡命者だ。だが今の帝国にはそういった者達をすんなりと受け入れる法律はない。間者であったり危険思想を持ち込む者を入れる可能性があるからだ。逆に犯罪者として入国後すぐに逮捕される事もある。そういった者達の受け入れ先が懲罰部隊と云う訳だ。戦争で帝国に貢献する事で失った国籍を取り戻す事ができる。

帝国人ではない帝国部隊、ゆえに幻の部隊と称される第666ゲイル大隊。

彼らはありとあらゆる戦線に姿を現し、窮地に立つ味方を救い続けた。

戦うたびにその身を犠牲にしながら。

そして、彼らは多くの戦いを経て、征暦1934年2月26日。

つまり連邦軍の大進攻が起きる約1年前のその日に。

 

.......部隊は全滅した。

 

誰一人として生き残って居らず、現に帝国軍機密人事部にある帳簿に、

彼らのページは『全て死亡』の文字が書かれてある。

誰にも語られる事なく闇に葬られた真実を知る者は軍に居ない。

そして、

後世その事が明るみになる事は決してないだろう......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ俺は記さなければならない。その日、何が起きたのかを。

ここに、闇に隠された真実を綴ろう。

 

『とある男のレポート  題名・666』

 

 

 

 

             ―0―

 

 

 

          

征暦1934年は穏やかな年だった。

6年前を皮切りに征暦1930年より激化の一途を辿るヨーロッパ大戦だったが、その年だけは小規模な戦いに留まったからだ。勿論だからといって死傷者が少なかったわけではない。万を超える人間が亡くなったのも確かだ。だが例年に比べれば比較的に小康状態と言っても良い程には争いが沈静化していたのも事実で。

その事を疑問を思った者は少ない。帝国軍上層部はそれを敵の戦意低下と考え、その間に次なる侵攻の目をガリアに向けていた程だ。

 

.....だが、それこそが、今になって思えば嵐の前の静けさだったのだろう。

大戦の足音は着実に近づいていたのに、それに気付いた者は僅か一握り。

誰もが束の間の平穏を楽しんでいた。しかし、ある者は既に動いていたのだ。

全ては偶然の事だったが――俺たちゲイル大隊はその一端に触れる事になった。

そして死に急ぐ俺たちの運命も大きく動き出す事になる。

 

 

 

 

「――お前達に下す命令はただ一つ、帝国の為に死ね。それだけだ。それが出来てようやく貴様らは帝国の一員と認められるのだ。分かるか?偉大なる祖国を裏切った貴様らは人間ではない。蛆虫にも劣る糞共、本来であれば銃殺刑すら免れないだろう、だが寛容なる帝国は貴様らを受け入れた、その事に感謝し、どこにも居場所のない貴様らがその命を捧げるは当然のことだ。故に戦場で味方を助け死ね、敵を殺し死ね、理解したな?

――それでは諸君、大隊諸君、作戦行動を開始せよ」

 

帝国軍第666ゲイル大隊長レイドから発せられた声音はどこまでも無機質で淡々としていた。

その言葉通り俺たちを人間として見ていないのが、彼の目を見れば分かる。

いつもの事だ。戦闘開始の前のブリーフィングに必ず言う、隊長の口癖のようなもの。

だがそれが正しい。

俺たちに課せられる任務はおよそ普通の軍人にさせる事ではないのだから。

普通の指揮官では気が咎めて命令も下せまい。

男の口から発せられた言葉を聞く兵士達の表情は機械のように感情を窺わせない。非人道的な言葉を吐く男に反発する者は居らず、命令を遂行する事だけを考える。

それだけが俺たちに許されたこの地獄で生き抜く術だった。

当初は反発する者も居たが、

第666ゲイル大隊の背後には正規軍が控えている。

彼らの銃口が狙うのは敵ではなく俺たちだ。

反乱を起こそうものなら正規軍に殺される。そういう手筈になっている。

現に多くの部隊が彼らによって消されている。だから俺たちは前に進むしかなかった。

そこが地雷原の上だろうと関係ない。

まともな戦闘服を着る事も許されず、支給される武器も二つだけ。

流化爆弾と呼ばれる流体ラグナイトを元に作られた手榴弾と一丁の拳銃だけだ。

コレだけで何をしろというのか、そう思うだろう。

だが俺たちに与えられた役割は極めて過酷なものだった。

 

 

               ――1――

 

 

 

「――っ今だ!投げ込め!」

 

一斉に投げ込まれていく手榴弾が放物線を描き、隙だらけの背中を見せていた敵部隊に降り注ぐ。

俺もまた手の内に在る手榴弾の安全装置を引き抜き思い切り投げつけた。

戦車の目の前に落ちた手榴弾を、前進する戦車が踏み潰す。

――瞬間、敵兵が慌てるのも無視して蒼い閃光が煌めいた後に直ぐさま圧縮した爆発が上がる。

周囲でも呼応するように蒼い光が連続した。それは一瞬の事だったが威力は甚大で。

重厚な戦車が機能停止する程であった。

 

目標を破壊した事を確認すると直ぐ撤退行動に移る。大破した戦車近くの兵士達が混乱しているのを無視して背中を見せる。後は正規軍に任せれば良い。だが敵の裏側に回り込んでいるので、そう易々と逃げられるはずもなく。敵に見つかり交戦を余儀なくされた。この場合、俺たちが生き残る確率は限りなく低くなる。まともな装備ではないのだから当たり前だが、コレらの武器はあくまで戦車に対する攻撃にしか使えないからだ。

 

そう。

俺たち第666ゲイル大隊に課せられた任務は『歩兵による戦車の迎撃』だった。

まともな指揮官だったら考えもしないだろう、馬鹿げた戦法だ。しかも実験的な意味合いも兼ねているようで特定の武器しか使う事を許されていない。本来であれば対戦車槍がなければ歯が立たない歩兵の装備では逆立ちしたって戦車には勝てないのだ。

 

だがそんな絶望的な状況下を生き抜いてきたのが第666ゲイル大隊だ。

 

前から現れた敵を確認した俺たちは一瞬の動揺もなく即座に散開すると、近くの木々に隠れる。

流れる動作で腰元の拳銃を引き抜いて敵を狙い撃つ。

トリガーを引いた瞬間、激しい反動が体を震わせる。対戦車用に作られたと聞いたが未だ戦車相手に使った事はない。恐らく欠陥品だろう――は狙い違わず兵士の胸を貫いた。

その威力を物語るかのように兵士の胸に空けられた銃痕は向こう側が見えるくらいにポッカリと空洞になっていた。あまりの攻撃力の高さに周りの兵士達からどよめきの声が上がるのが聞こえた。流れるように手榴弾が落ちてきて悲鳴に変わったが。爆発音の後に残るのは静けさだけ。焼け焦げた肉の臭いを嗅ぎながら俺たちは次の予定目標地に向かった。

 

 

 

 

                ――2――

 

 

 

 

「......おかしい、正規軍はどうした?」

 

それは幾度の交戦を潜り抜け、二輌目の戦車を小破に追い込んでいた時だ。異変に気づいた。

それまで激しい戦闘を繰り広げていたはずの正規軍が後退を開始していたのだ。それだけならまだ作戦行動範囲内の動きと考えて疑いはしなかった。だが前線からも次々と兵が抜けているのを確認して、いよいよ戦場の様子がオカシイと思い始めた。

俺たちが先んじて敵の攪乱をして正規軍が正面制圧を行う――そういう作戦だったはずだ。

これでは何のために俺たちが危険を冒しながら戦っているのか分からない。

こうしている今も仲間の一人が撃たれた。正式に支給されている軍服ではない――粗末な戦闘服の耐久力では偵察銃程度の一弾ですら致命傷は免れない。

激痛に悶えながら仲間が死ぬのを見て俺は撤退を選んだ。

もちろん撤退命令は出ていない。普段ならば無断で敵前から逃げようものなら見咎めた正規軍の手で殺される。

だが今はその正規軍が居ないので俺たちを殺そうとするのは目の前の敵だけだ。

刻一刻と予断を許さぬ状況が近づく中、このままでは全滅すると考えたのは俺たちだけではないらしく、他のゲイル中隊も撤退に移っているのが確認できた。

中隊権限を持つ俺もまた部下を後方に撤退させる事にした。

 

向かうは第666ゲイル大隊長レイドの居る駐屯地までだ。

そこまで行けば正規軍も居る。誰もが助かると考えていたが。

 

 

 

.....現実はどこまでも俺たちに過酷で非情だった。

 

 

 

 

 

 

                ――3――

 

 

 

「俺もお前達と同じ亡命者だ。だから俺を殺しても何の意味もない、最後に君は正規軍士官を殺して鬱憤を晴らしたいのだろうが、それは出来ない事を先に謝っておこう。君が殺そうとしている男はお前達と同じ境遇でありながら軍に命令され怯えながら仲間を死地に追いやることを正当化するうちに、いつの間にか本当に自分は正当な帝国軍士官であるのだと信じて疑わなかった......只の愚かな傀儡に過ぎないのだから」

 

それが無人の駐屯地にただ一人だけ残された俺たちの隊長レイドが、事の顛末――つまり俺たちが囮に使わされている事を聞かされ、全滅するしかない状況に激昂した兵士の一人が拳銃でレイドを撃ち殺そうとした時に語った言葉だった。

今まで誰もが憎き帝国士官だと思っていたレイド隊長が実は同じ境遇の人間だと聞かされた俺たちの受けた衝撃は計り知れない。撃ち殺そうとしていた兵士も呆気に取られて拳銃を落とす始末。

囚人に囚人を監視させるとは何て皮肉だ。そういう実験だったらしいが、どこまでも軍に弄ばれるのだな、とその時の俺は諦めていた。

 

何処にも居場所なんて無い。生まれ育った帝国にも、希望を胸に渡った連邦にも、俺たちを受け入れてくれる場所はなかった。平民だというだけで認めようとしない帝国軍に憤慨した。帝国人だというだけでろくに兵糧・物資を送らない連邦軍に絶望した。そして今、おめおめと戻って来た帝国軍に見捨てられ、敵となった連邦軍に囲まれつつある現状に疲れ切っていた。

認められようと懸命に尽くしてきたが、どうやら逆に危険分子と判断されたらしい。

優秀な部隊であったことが返って仇になるとは、思いもしなかった。

 

そうして、この何もない駐屯地を死守する事が俺たちに与えられた最後の命令だ。

何と虚しい命令だろうか。

そこに作戦としての意味はない。ただ俺たちが全滅するまで戦えという事だ。

回りくどい真似だが、上層部は連邦軍の手で俺たちを全滅させたいのだろう。

 

『敵接近』の報を聞いても俺たちは誰も動こうとはしなかった。

分かっているからだ。俺たちに基地防衛の為の装備はない。

恐らく攻め込まれれば一刻と持たないだろう。

逃げようとしないのは、帝国兵としての国に殉じる責任感から来るものではない。どうせ逃げても殺される。死ぬ運命が同じならそれが帝国でも連邦でも変わらないと諦め切っているだけだ。

 

でも仕方ないんだ。俺たちは祖国を裏切った恥知らず。死ぬことでしか罪を払えない。

だからこうなるのも仕方のないこと......。

 

 

 

―――そんな訳があるか!

 

俺たちはこんな目に遭わなければならないほど罪深い事をしたのか!?

蔑まれながら国の為に戦い続けた。その結果がコレか。

認められない、認めてたまるかこんな理不尽。

国に人生を狂わされてきた。だけど最後まで弄ばれ続けるのか。それを良しとするのか。

どんなに絶望的な状況でも抗い続けたのが第666ゲイル大隊だろう。

 

その言葉に賛同した部下達が立ち上がる。他の者達も呼応した。

全員が最後まで戦う事を選んだのだ。

みんな何か重いものから解放されたような顔つきだ。

翻弄されてきた人生の中で唯一、自由を得た様な気がした。

国に奉仕する戦いではなく、自分の為に戦うからかもしれない。

 

程なくして前の街道から敵が現れた。

歩兵が数百、万全な装備に戦車もいる。前面に戦車を押し出して歩兵が追随している隊形だ。

前言撤回。

あれらが攻めて来れば全滅するのに十分も掛からないかもしれない。

いや、今更時間を気にしたところで制圧されるのは確実なのだから関係ないか。援軍が来るわけでもないのだから.....。

 

直進する戦車の砲塔が俺たちの隠れる宿舎に向けられる。

駐屯地の中に迎い入れて包囲攻撃する作戦が呆気なく看破された。

 

事態はその時に起きていた。

静まり返る中、誰もが前方の敵戦車――ではなく後ろに視線を向けていた。

誰もが呆然としている視線の先。

 

正規軍が撤退したであろう方向の道から、一人の女が歩いて来る。

女は帝国軍の軍服を纏っていた。援軍だろうか、分からない。

だが女が尋常ではない手合いだと濃密な気配が教えてくれる。圧迫するようなプレッシャーをビリビリと感じる。精鋭である第666ゲイル大隊の誰もが肌を粟立たせていた。

目の前の数百からなる部隊と戦車よりも後ろの女の方が危険だと感じていたのだ。

 

敵戦車も同じことを考えたのかは知らないが。宿舎に向けていた砲塔が女に向けられる。

照準が女に定められるのを見て隠れろと叫ぶが、女は無言で立ち尽くし、片手に持つ槍先を前に向けた。包み込むような蒼い光が女の全身を伝って槍に流れ込み。目覚めたようにギュルギュルと回転する螺旋の槍。その姿はまるで神話に語られる女神の様で。

息を飲む光景の中、戦車砲の一弾は放たれる。

 

同時に女も槍を突き出した。瞬間――放出された光が矢のように飛び。俺たちの見ている最中で光線と砲弾が交じり合う。呆気なく、人を簡単に殺戮する破壊力の秘められた砲弾は光に吞まれ蒸発した。光はそのまま尾を引きながら戦車に向かい、もろとも何人もの敵を吞み込んで視界の彼方に消えていった。後に残るのは焼け爛れた鉄の残骸と無人の街道だけだった。

 

 

近づいてくる女に対して思わず俺は問いかけていた。

――どうやら俺たちは気づかない内に死んでしまっていたようだ、貴女が伝承に伝わる戦の神か?

馬鹿げた質問をする男に女からの返答があった。

「神は人を救わない、人だけが人を救えるのだ。だから私は神ではない。......だが、同胞に見捨てられた哀れなお前達を救えるのは我が主だけだろう」

――救ってくれるのか、俺たちを。国を裏切った恥知らずの集団だぞ。それでも助けるというのか。

「知らん、お前達が何者だろうと知った事か。主がそれを望まれたのだ、ならばお前達は今後、我が主にのみ尽せばいい。裏切れば私がお前達を皆殺しにしてやる」

脅しではないだろう。確固たる事実として口にしている。

女が何者なのか依然として分からないが、女の語る言葉は純然たる真実だと直感する。

助けてくれるというのも本当だろう。

軍がこれ以上俺たちを騙す理由もない。

だとしたら、

――居場所をくれ!戦い疲れた俺たちに安らぎを与えてくれるなら、悪魔だって構わない!どうせ一度は国を捨てた俺たちだ、この命、悪魔にだって売ってやる。

慟哭するような男の言葉を聞き女は『いいだろう』と頷いた。

「喜べ、我が主よりお前達の置かれている複雑な立場から救済する為の策は頂いている」

その言葉に俺たちは喜んだ。

だが、続けて女はこう言った。

「故に――お前達にはここで死んでもらう」

おもむろに突きつけられる槍。

反応する暇もなく、誰もが呆然と立ち尽くす――内心では驚愕の極地の中。

俺たちの動揺を無視して蒼い光が駐屯地全体を染め上げた――

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

アスターテ平原の只中で勃発した戦争は、時間が経つにつれ更に激しさを増していた。

広大な平原を舞台に展開された戦闘があちこちで始まったからだ。

数千、数万の歩兵が陣取り合戦の如く動く様は大地そのものが蠢いているかのようで、一見乱雑に動いているように見える歩兵の動きだが上空から俯瞰して見れば、論理的に動いている事が分かる。

ライン川の西岸から端を発して大河のように列を成して平原に流れ込んでいた連邦軍が、対戦する中央のハイドリヒ軍を相手にしながらも両翼より迫る帝国軍を受け止める為に半円型の陣形を形成したのだ。その様は『➡』のようにも見える。

 

堅実な受けの態勢となった連邦軍の陣形を相手に帝国軍も猛攻撃を仕掛ける。

一進一退の激戦となっていた。

長期戦になるかと思われたが、戦況は目まぐるしく変貌しつつあった。始まりは左翼からだった。

突撃機甲旅団なる一団が数百の戦車隊を引き連れて突撃を敢行した事で、敵の防衛線に穴が空いたのだ。帝国軍はその隙を逃さず殺到する数千の歩兵が。連邦軍の内部を攻撃し始めたのである。それでも広大な平原で行われている戦争から見れば小さな穴だ。事実、連邦軍からしたらまだ傷は浅い。だが、人でもそうだが体の内側に入り込まれれば弱い。最初は傷が浅くとも更に傷が浸食されていけば徐々に疾患となって体内を蝕む毒となる。いずれは命の危険にすら及ぶだろう。それは軍とて同じことだ。

役割を担う者が必要になる。傷口はできた。後は傷を深く広げていくだけだ。

ならば必要なのは最前線に立って戦う勇者、最も死傷率の高い死線となるだろう、デスゾーンに飛び込める者だ。

 

戦場に出来た空白地帯。そこに、

死を恐れぬかのように先頭に立つ者達が居た。

勇敢な帝国の兵士でも躊躇する死線――その一定の線を越えれば確実に死ぬ。

それを彼らは容易く超えて見せる。

 

その瞬間、前方から数えきれない程の弾幕が押し寄せる。

これ以上の接近を許さない連邦の兵士達が束になって敢行する一斉射撃だ。

その膨大さゆえに本来点のそれがもはや逃げ場のない面となって迫り来る。

理不尽なまでの死の嵐――を意に介した様子もなく駆け抜けた彼らは瞬く間に敵兵との距離をゼロにして、呆気に取られる敵兵士の頭を吹き飛ばす。

頭に風穴を空けられた兵士は脳漿をまき散らしながら崩れ落ちる。地面に血糊が撒き散った。

 

その光景を見て周りに控えていた兵士は震えながら、この弾幕の中を鎧で撥ね退けながら強引に突破してきた目の前の敵――蒼い甲冑のようで、それよりも分厚い外骨格を身に纏った。一見すると騎士のような外見の兵士から距離を置くように後ずさる。

 

勝ち目はないと理解していた。報告で聞いていたからだ。

帝国軍には無双の強さを誇る蒼い鎧の兵士が居ると。歩兵の武器装備では勝ち目は薄いと。

あらかじめ知りえていた情報だったから、目の前の異常な敵に恐怖はしたものの、恐慌はしなかった。士気は崩れることなく保たれたまま。ラインハルトの危惧していた事が的中してしまった。

 

最悪な事に彼らの取った行動は迅速だった。

直ぐに通信兵が無線を取りどこかと連絡を送り合う、通信兵を守るかのように技甲兵が大盾を展開し、複数の兵士がその周りを取り囲む。

彼らの行動の意味は一目瞭然だ。

目の前の強敵を倒せるだけの兵器を呼んでいるのだ。ならば青い騎士鎧が取るべき最良の行動は通信兵の撃破および通信の阻害だろう。

 

だが蒼い騎士鎧は悠々と単発式の拳銃に次の弾を込めていた。

明らかにこちらを舐め切っている態度に、連邦の兵士達は唖然として次に憤慨した。

落ち着いて見れば敵は単発式の銃の他に武器を持っている様子は無いではないか。

ならばと、怒りに任せて銃を乱射するが分厚い装甲を破る事は出来ない。

蒼い騎士鎧の余裕が耐久力の高さからくるものなのは直ぐに理解した。

ならば鎧の耐久力を上回る武器であれば少しは余裕の態度も剥がれるのでは、と考えた兵士が腰から手榴弾を取り出した時だ、それまで傲慢にも立ちぼうけていた蒼い騎士鎧が動きを見せた。

 

いきなりこちらに向かって猛然と突進する。

流石に手榴弾を見て怖気づいたのかと思った兵士だったが、それは違う。

亀のように固まる連邦の兵士達の後方から戦車が近づいて来たからだ。

それを見て待っていたと言わんばかりに動き出したのだ。通信兵が呼んでいたのが戦車である事は明白だろう。頼もしい味方の救援に兵士達は慌てて散開する――暇もなく既に敵は目の前まで接近していた。

 

「――っ早い!?」

 

油断していた訳ではなかった。あの耐久力を見て目測を誤ったのだ。あの鎧の重量でこれほど早く動けるはずがないと。

まず手榴弾を持っていた兵士がガツンと殴られた。顔面に突き刺さる程の一撃を受けて即死する。

そこからは早業だった、瞬く間に手榴弾を奪い器用に安全ピンを抜くと兵士達の眼前に投げ入れる。

狙いは技甲兵だ。さしもの技甲兵の大盾ですら爆弾の威力には敵わず。至近距離で起きた爆発に巻き込まれて倒れ伏す。しかし流石というか死んではいなかった。腕の骨を折り重傷だろうが微かに息をしていた。死に体の技甲兵に近寄る蒼い騎士鎧。トドメを刺すのかと思えば、近くに転がっていた大盾を拾うとそれを装備した。本来であれば両手で使うそれを片手のみで軽々と扱う。

 

大盾を手に入れた蒼い騎士鎧は、

爆発から生き残った周囲の兵士達を無視して大地を蹴る。

もはや兵士を敵と見ていなかった、彼が見詰めるはこちらに向かって前進してくる戦車のみ。

グングンと被我の距離が近づく。

それまでラジエーターを吹かせて無限軌道を回していた戦車が停止する。

接近する蒼い騎士鎧を敵と見定めたのだろう、照準を合わせていた。

対する蒼い騎士は愚直に直進する。普通であればジグザクに動き狙いを絞らせないようにするものだが、そのような意図は皆無である。直撃する事はないと高を括っているのか、或いは当たっても耐えられると自負しているのか、恐らく後者だろう。

 

「猪め、如何に耐久力が高いとはいえ、戦車の一撃には耐えられまい!」

 

傲慢に過ぎる愚かな行動だと断じた連邦の戦車長は、命令を下した。

装填士が砲弾を装填する。照準を定めた砲手がトリガーを引く。戦車全体が震える程の衝撃が起きて火薬の音と共に放たれる砲弾。砲手の腕によるものか狙いは見事突進する蒼い騎士に迫り。躱す暇もなく直撃した。

戦車を護衛していた兵士から歓声が上がる。――それも束の間。

 

舞い上がる土煙の中から蒼い騎士鎧が勢いよく飛び出した。

まったくの無傷だ。走りながら派手にひしゃげた大盾を投げ捨てる――あれで防ぎ切ったのだと理解した戦車長が驚愕を露わにした。直ぐさま次の装填を急がせるが。もう遅い。

護衛兵の攻撃をまるで無視して突破する蒼い疾風が戦車の砲塔を掻い潜り――

 

――蒼い騎士鎧が戦車の目の前に到着した。

おもむろに単発式大口径拳銃を突きつける。

狙うのは前面装甲――より正確に言えば数ミリの小さな窓。操縦手が外を覗く為に存在する孔である。ピタリと銃口が窓にくっつき戦車内に居る操縦手に向けられていて、

 

「!?や、やめ――!」

 

引き絞るような悲鳴の途中で、呆気なくトリガーは引かれる。

超々零距離射撃――

撃鉄の音が鳴った瞬間、戦車内部は鮮血に染まった。

戦車内で悲鳴が上がる。恐らく中は阿鼻叫喚の光景となっているだろう。

鉄の棺桶と化した内側で渦巻く混乱を無視して跳躍する。

装甲に飛び乗ると、弾を再装填した。

 

戦車の弱点である後部のラジエーターを無視して、砲塔後部上面に銃口を向ける。そこが最も戦車の装甲が薄い部分だ。被弾した時に衝撃を上に逃す役割を持つため自然とそうならざるをえないのだ。銃口を下に向けて狙いを定める。まるでどこに車長が座っているか知っているかのように。

 

構えて躊躇なく撃つ。単発式大口径拳銃より放たれた凶弾が装甲に直撃する。拳銃の一撃とは思えない程の爆発音が足元から響き。薬莢が落ちた。

その威力を物語るように装甲に抉れたような傷口が生まれる。が、流石に一撃では穿てない。

弾を再装填する、撃つ。再装填、撃つ。再装填、撃つ――

何度も繰り返す内に傷は深くなっていった。

 

「――ひぃっ!?何なんだこいつは!?だ、誰か助けてくれ!」

 

車長の悲鳴が内側から漏れ聞こえる。

声には計り知れない恐怖が宿っていた。

頑強な戦車の装甲を隔て守られているというのに微塵も安心した様子は無い。

どんどん削られていく装甲の音を聞いて限界を悟ったのだ。信じられない事だが今にも穴が穿たれてしまいそうである。

 

「撃ちまくれ!ブリキ野郎を殺せ!隊長達を助けるんだ!」

 

護衛する役割の歩兵部隊が、戦車の上に立つ騎士鎧を囲みこんで狙い撃っている。

一心不乱に撃ちまくるが金剛の如き騎士鎧にダメージは通らない。細かな傷が付けられるのみだ。

その間にも蒼い騎士鎧は一連の作業を淡々と続けている。

撃ち続ける歩兵達に焦燥感が滲む。

 

「ックソ!何なんだよコイツ!?撃たれてるのにお構いなしかよ!狂ってんじゃねえのか!?歩兵が戦車を破壊するとか出鱈目だろが!......っ」

 

焦りとは裏腹に装甲の限界は訪れた。拳銃で撃ち続ける六度目の事だ。

放たれた弾丸が装甲板を貫き、その奥にいた車長の頭を穿った。

また戦車内が紅く血に染まる。

 

 

 

 

残された砲手と装填手の口からこの世の終わりの様な悲鳴が上がる中、

蒼い騎士鎧は初めて本来の用途で使われた単発式大口径拳銃を見詰めていた。

装甲を破り戦車長を討つという快挙を成し遂げた己の愛機を青い騎士鎧は。

 

「......車長を殺すまでに普通の兵士なら10回死んでもお釣りがくる。

やっぱ欠陥品だよなぁこいつ。改めて言うがこれを作った奴は大馬鹿だ」

 

数年来の愛機を欠陥品呼ばわり。ぞんざいな言いようであった。

だが彼の言い分も最もだ。普通であれば今のような零距離射撃なんていう芸当は不可能だ。十中八九近づくまでに殺されている。先の戦闘はひとえにヴァジュラという鎧があって初めて成立するのだ。

当時はこれを生身で使えって言ってたんだから軍は本当に俺たちを殺したかったんだろうなあ。

と思っていると背後に複数の気配がやって来るのを感じた。

いつの間にか護衛の歩兵部隊が全滅している。敵ではない、遅れて来た部下達が片づけたのだ。遅れた理由は周囲の部隊を倒して回って来たからだ。

部下の一人が戦車の有様を見て。

 

「うわぁ、すげえ、戦車がボロボロ......無茶し過ぎですよ()()()大隊長。俺たちが来るのを待っていて下さいと言ったじゃないですか」

「その声はマーレ君か?遅かったじゃないか、中隊長ともあろうものが情けないねえ、先に戦車が来たから始めちゃったよ。それより首断ち鋏(くびたちばさみ)を持ってないか装甲板をこじ開けたいんだ.....あと、その馬鹿な男はもう居ないぜ。蒼い悪魔の炎に焼かれて死んじまった。俺さんは――リューネ・ロギンスだ」

「あ、すみません。あれから一年も経つのに慣れないな.....鋏ならここに」

「根深い記憶だからねえ。おいおい慣れていくとしようぜ。お!これこれ!片方を頼むな.....」

 

ヴァジュラス・ゲイル大隊長リューネが嬉々として掲げるそれは形容するなら大きな鋏である。

首断ち鋏≪くびたちばさみ≫と名付けられているれっきとした近接武器だ。最もヴァジュラ専用と銘打たれているのだが。使い方は単純である。元々の鋏と大して使用方法は変わらない。対象が紙か人であるかの違いだけなのだから。挟んで斬るそれだけだ。他にも使い方は様々あり、例えばリューネが今まさにやろうとしている装甲破りがそのひとつだ。

鋏を二人一組で掴み、共同作業で行われる――大きな鋏の二枚刃の間に戦車の装甲を入れる。後は力を思いっきり込めて引くだけだ。せーのの声掛けで込められる力――バキバキと装甲に食い込む刃が深々と斜めに入っていく。信じられないその光景は人の力で成しているとは到底思えないもので、専用に設計された鋏の作用と二体のヴァジュラの強靭な力の相乗効果によってのみ可能な芸当なのだ。

ものの数十秒で最も薄い砲塔後部上面の装甲が断ち切られてしまった。同時に戦車内部で爆発が起きた。中に居た存命の乗組員二人が手榴弾で自決を図ったのだ。装甲が破られるのを見てもはや生き残る術は無いと諦めたのだろう。

 

 

 

まともに爆風を受けた自分の体に異常がないか確認する。

問題ない無傷だ。

この鎧は見事リューネを守り切って見せた。

兜の中でニヒルに笑う。

......旦那も人が悪い、あんだけ脅しつけといて、これほどの鎧をくれるんだからよ。

 

思い出すのはあの日。

あの女に連れられて入った森の中で待っていた男に新しい名前を与えられた時だ。

 

「――お前達にはとある兵器の試験運用をしてもらう。一人の天才を迎え入れた事でようやく形に成りそうなんだ、いまだ完成には程遠いがテストプレイヤーは必要だろう。死の危険も付き纏うだろうな。だが精鋭と名高いお前達なら無事に乗り切れると信じている。承諾するなら新しい名と生を与えよう、拒否するなら悪いが機密を守る為に死んでもらう。俺達がこの森に居る事は誰にも知られてはならないんだ.....」

 

気が付けば囲まれていた。

森に溶け込むような緑と黒の迷彩服を纏った兵士達に完全に包囲されていたのだ。手にはコレまた見た事のない迷彩色カラーの銃器。精鋭である俺たちがまったく気配に気づかなかった。只者ではない事が分かる。いつの間にか場違いな侍女服を着た女が男の横に立っていて何事かを話している。

男はそうかと頷き良く分からない事を言った。

「――その情報が確かなら奴らが動くのは半年後から1年以内と見積もった方が良い、引き続き草の者達との情報収集を強めてくれ。やはり無理をしてハイドリヒの国境まで来た甲斐があった、予想以上の収穫もあった事だしな」

そう言って俺を見る男の顔には笑みがあった。収穫とは俺達の事だろう。つまり男は本来の目的である何かを達成した後、もののついでに俺達の事を知ったのだろう。

 

悪魔の様な取引を俺達は受ける事にした。そうする他に選択肢が無かったとも言える。

結果論だが受けて良かったと思う。

少なくとも以前の様な危険と安全の天秤の量りが片方に傾いているなんて事はなくなった。生身で戦車に特攻しろと言われる事はないし部下に強要させる事もない。

代わりに変な鎧を着て戦車を破壊する任務を受け負う事になったが。結局一年を通して実験を繰り返したが一度も失敗する事はなかった。実験に携わる研究者の誰もが無理な命令もせず慎重になってくれたおかげだ。それを誰が厳命したのかも既に知っていた。

危険と安全を兼ね備えている。悪くない仕事だ。なにより俺達を裏切者と罵る者も居ない。

それだけで十分に恵まれた職場だ。なにより国籍を取り戻せたのが大きい。不自由なく暮らせる事がどれほど素晴らしい事か。部下の中には家族を呼び寄せる者も少なくない。安息がある。ようやく手に入れた居場所だ。

それを奪おうとしている奴らに容赦はしない。

 

だからこれは――

 

「――俺達に残された最後の居場所を守る為の戦いだ。命令することはただ一つ、暴れろ。歯向かう兵器は全て破壊し、敵に恐怖を刻み付けろ。それだけが俺達の立場を保障してくれる。..........理解したな?――それでは諸君、かつては死に急ぎと揶揄された大隊諸君。作戦行動を開始せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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