あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十六話

帝国には『アウシュヴィッツ研究所』と呼ばれる場所が存在する。

 

不思議な事に、その研究所がどこにあるのか、何のために存在するのか知る者は居ない。

機密文献にも残されず、地図の何処にも載ることのない、幻の施設。

誰にも知られない場所で、密かに未知の兵器を創る為に帝国上層部が創設したのではないか、

と将校達の間で酒の肴に語られる事がある程度の不確かな情報が錯綜している。

所謂、都市伝説と云うやつだ。

 

しかし、その研究所は実際に存在して、正確な場所は分からないが、

確かにその白い部屋はあった。

壁一面が白で覆われた円形の闘技場の様な場所。

 

そこには二十人程の少年、少女達が集められていた。容姿、髪、肌の色もまばらで多様な人種が揃えられている。中には紺色の髪をしたダルクス人まで見受けられた。

 

国中から集められた素質を持つ特別な子供達だ。全員が同じ簡素な白い服を着せられている。

少女達は小さな闘技場の周りを囲むようにしてその中心を見ていた。

 

闘技場の中心には二人の少女が立っている。

 

年端もいかない少女達はまるで姉妹のように同じ容姿をしていた。銀の髪と紅い瞳。ほっそりとした体つきも全て鏡合わせの様である。

何故か二人はその幼い身体には不似合いな無骨な剣を手に握っていた。

一人は無表情で剣を持っているのに対してもう一人は緊張した面持ちで剣を握っている。

 

二人は相対していた。その様はまるで決闘者の如く。

 

無言で見合う二人の間には大人が一人立っている。この白い部屋と遜色ない白い髪をもった女性だ。採点するかのようにボードとペンを持っている。

 

「これより八十三回目の実証実験を行います。067号と109号は構えて下さい」

 

その言葉に緊張の面持ちの109号と呼ばれた少女は剣を目の前の少女に向ける。

それに反して067号と呼ばれた少女は脱力したかのように剣先を地面に向けて構えてすらいない。

少女の様子を見た白い髪の女性は眉をしかめる。

 

「どうしました067号、構えなさい」

 

再度の宣告に対して少女は顔色を変えず。

 

「.....これでいい、早く始めよ」

 

早く、早くと剣先をピコピコ動かして急かしてくる少女。それを見てフウッとため息を吐き、少女の意志を尊重したのか無形の構えを認めて白髪頭の女性は実験進行を進めていく。

 

「実証実験、第一段階『半覚醒』状態に移行せよ!」

 

言われて109号は己の内側に意識を傾けた。存在するのかも疑わしい、自らに眠る力を探す。

すると段々、高揚感が湧き上がり体全体に力が張っていくのを感じる。

僅かにだが少女の体から蒼い燐光のようなものが昇っていくのが見える。

女性が言うには『オーラ』と呼ぶらしい。真に覚醒すれば噴き上がる蒼い光で目も眩む程だと言うが、今の時点では目に見えるか見えないぐらいのほのかなモノでしかない。

 

準備が整ったのを見て女性は実験開始の合図を上げた。

 

「それでは.....始め!」

 

その号令が聞こえた瞬間――109号は闘技場を駆けだした。目の前の少女に向かって一直線、少女のものとは思えない速度で迫る109号はあっという間に相対する少女の前まで肉薄した。

それを見ても067号の表情は色を変えずダラリと腕は下げたままで、駆け迫る109号の方が戸惑いの表情を浮かべた程だ。

それでも間合いに入った途端、振り上げた剣を両手で掴み、躊躇なく振り下ろした。

 

「ヤアアアア!」

 

これまでの実験という名を模した訓練で培った全ての力を込めて降ろされた両手剣が067号を割断するかに思えた。

その時――067号の細腕は雷鳴の如く動いた。

大上段から迫る剣身に合わせて思いっきり腕を振り上げると。地面に向けられていた剣先は跳ね上がり。

 

ガキィイイン!

甲高い金属音が鳴る。

109号の繰り出した上段斬りは呆気なく勢いを封殺され、逆に剣ごと態勢を仰け反らされてしまった。

そんな馬鹿な!と内心で驚愕する109号。本来、上から下に行く攻撃の方が勢いと重力が合わさり有利な筈なのに、そんな事は微塵も感じさせないくらい簡単に自身の持つ剣は打ち上げられてしまった。咄嗟に強く握りしめなければ手元からすっぽ抜けていたかもしれない。それがせめてもの抵抗だった。

万歳をしている様な無防備な態勢の109号の首筋に白刃が閃いた。

思わず瞑っていた目を開けると、首の皮一枚と云った所で鋭利な剣の刃が止められていた。

 

「それまで!」

 

制止の言葉が響く。冷や汗を垂らして固まっていた109号の首に当てられていた剣がパッと離された、それと同時に張り詰めていた緊張が抜けていくのを感じ脱力感を覚える。ペタンと固い地面にお尻を着かせた、こちらの興味を失ったかのように去って行く少女の背中を呆然自失といった感じで見ていた。

そこから視線を移して、ボードに何やら書き込んでいる女性に目を向け。

実験内容を採点しているのだと理解してハッと我に返る。

 

「先生!もう一度お願いします!私まだやれます!」

 

顔を蒼褪めた少女が再戦を願い出る。

採点が低ければペナルティが与えられるからだ。どの様な基準で点数を付けられるのかは知らないが、今の様な内容では高得点を見込めない事だけは分かる。マイナスすらありうるかもしれない。それだけは嫌だ。

 

「それは出来ない。やり直しをする必要性がないからな。実験は次に移行する、再戦したいなら次の機会を待つといい。分かるな?私の言っている事が」

「っ.......わかりました、すみません」

 

初めて負けたことで動揺していた。冷静にならないといけない。

先生も暗にそう言っているのだ。

願いを却下され悔しそうに項垂れる少女の耳に、採点する女性の微かな声が聞こえた。

 

「あの動き。最初に植え付けた自己防衛本能を逆手に取ったのか、その上、神経の反射と合わせた事で常人の反応速度を超えている。今は一瞬だけとはいえ、成長したら人の認識を超えた動きが可能になるかもしれん。.....やはりこの個体番号067は群を抜いて優良種か。居るものだな天才というやつが.....」

 

普段は褒めない女性が初めて口にした言葉に自然と目線は件の少女に向けられた。

自分よりも少しだけ年上の銀髪の少女は剣を片手にテクテクと歩き。円形型の闘技場から外に出て行く。周りで観戦していた子供達が少女の元に集まっていた。

 

誰もが憧れの目で少女を見ている。

恐らく自分も、

 

それ程に彼女は凄いのだ。全ての実験を最高得点でクリア。模擬戦闘訓練では未だに負けたところを見た事がない。

大人たちからも特別だと言われている。

 

「やっぱり凄いなあ.....それに比べて私はダメだなぁ」

 

大して年は変わらない筈なのに、と落ち込んでいる少女に駆け寄る人影が一つ。

鈴を鳴らした様な可愛らしい声が掛けられた。

 

「だいじょーぶ?」

 

声の方に視線を向けると金髪の少女が立っていた。

数十人いる子供達の中でも特に仲が良い、妹の様に可愛がっている子だ。ニコニコと笑みを浮かべているその女の子に微笑む。

 

「うん、大丈夫だよ。ごめんね格好悪いところ見せちゃって」

「んーん。かっこよかった!びゅーんていってバンてすごかったー!」

 

か、可愛い。やっぱ天使だよこの子!

ニパーッと太陽のような少女の笑顔に、眩しさすら感じてた少女は。ささくれた心が穏やかになるのを感じた。

手を伸ばして金の髪を撫でる。とても柔らかな感触がする。

幸せってこういう事を言うんだろうねーと触り心地を楽しんでいると、金髪の少女は言った。

 

「おねーちゃん」

「なに?」

「つぎはあのひとにもかてるよね?がんばってね」

「任せなさい!」

 

妹の無茶な要望にも平らな胸を張って即答する。この子の為なら何だって出来る気がした。

 

笑顔の子供達に囲まれている中、この世の全てに興味がありませんとでも言うような無表情っぷりで浮いている銀髪の少女を見詰める。

 

個体番号067。

その強さは自分が一番知っている。無謀な事だと分かっているが、いずれは越えなければならない壁だ。

きっといつか勝ってみせる。

 

そしてその鉄仮面を剥がしてみせると意気込む、109号と呼ばれる少女の小さな願い。

 

 

 

 

だが、この研究所の中で銀髪の少女との再戦が果たされることはなかった。

ある日突然、研究所からその姿を消した為だ。

なぜ彼女が居なくなったのかを知るのは、第一次計画が凍結され、第二次計画が始まる日。

痩せすぎた体を隠すように白衣を纏った研究員の男の口から聞かされた時だった。

 

 

 

それから十数年もの歳月を経った後、他国の戦場の要塞の中で、少女たちは再会を果たす事になるが。全ては偶然の出来事である。

 

 

 

 

           ♦       ♦      ♦

 

 

 

 

 

地面を強く蹴り出したプルトは蒼いオーラを尾に引かせながら一直線に駆け出す。

半覚醒状態となったヴァルキュリア化の恩恵による身体強化は凄まじく。

走り出すその体はゆうに常人の認識から外れた速度を叩きだす。

正に目にも止まらぬ速さで廊下を駆け抜けたプルトは手に握る白刃を閃かせた。

狙いは未だ構えすらしていなかったセルベリアの頭。両断する勢いで迫る剣身。

その時、研ぎ澄まされた集中力によって、緩やかな時間が流れるのを体感する中、プルトの目はそれを捉える。

当惑したセルベリアの顔、ではなく。寸前まで床を向いていた剣先、が.....ブレた。

瞬間――雷鳴となった刃の煌めきが疾走(はし)る。

 

ガキン!

上段より振り下ろしたプルトの両手剣が、跳ね上がったセルベリアの剣身とぶつかり合った。攻撃を防がれたにも関わらずプルトの目に喜色が浮かぶ。

......まるであの時の焼き増しのよう。

唯一違うのは彼女の強力な一撃にも、私の剣が押し負けず鍔迫り合いが出来ている事、

その一点に尽きる。

 

「ここからだ!」

 

言うと共に手首を返した。三日月を描いた剣閃がセルベリアの首を刈り取ろうとする。

断首する寸前、間に割り入ったセルベリアの軍刀。

やはりどこかセルベリア自身の意志というよりは自己防衛本能が働いたと云った感じで。セルベリアの体は動いていた。

....力が入っていない、押し切れる!

 

未だ同胞と戦う事を躊躇しているのか、セルベリアの握る獲物には力が込められていなかった。

千載一遇の好機と判断したプルトは両手に込める力を上げた。

両手剣から掛かる重圧によって、刀芯から悲鳴が聞こえた。戦士としての本能か咄嗟にセルベリアは頭を下げた。直ぐ後にバギンと鉄の折れる音が聞こえ。

 

瞬間――その上を風斬り音が鳴り。風圧が通り過ぎるのをセルベリアは肌で感じた。

同時に殺意を感じ取りようやく覚悟を決める。

 

.....どちらにせよこのままでは殺されるだけだ。

戦うにせよ、逃げるにせよ。何かしら判断を下さねば危険だと理解したセルベリアは、

中ほどから折れた軍刀を眼前に構え防御の型を取る。

 

「そんなもので!」

 

水平に斬った一撃を躱されるも。直ぐさま態勢を戻していたプルトは間断なく必殺の一撃を放つ。

ヴァルキュリアの強力な力で放たれた剣閃はセルベリアの胸を穿つにように振るわれた。

セルベリアの赤瞳が見開かれる、その瞬間、軍刀を持つ彼女の手が僅かに反応する。プルトはそのまま剣を斬り払った。

 

バギィイイイイン。

硬い鉄同士が激突する、激しい音。

セルベリアの痩せた体は衝撃を吸収しきれず、そのまま弾き飛ばされてしまう。

固い廊下に激突するかに思われたが、空中で巧妙に体をひねって半回転し、無事にすたっと着地してしまった。

 

それを見てプルトは内心で舌を巻いた。

 

半覚醒状態であるヴァルキュリア化によって補正された力であれば、折れた軍刀を紙屑の如く切り落としてセルベリアを両断する事も不可能ではない。事実、そのつもりであった。

だがセルベリアはたぐいまれな反射神経で、剣同士がぶつかり合う瞬間を狙って後ろに跳んだ。

一瞬でも遅れていれば体を両断されていたであろう、針の孔を射抜くが如く難業であるそれを、

いとも簡単に成功させてしまったのだ。

 

「これが先生が唯一認めた天才か......!」

 

失敗を悟る。

これで必殺の間合いから距離を取られてしまった。

もう一度間合いに入るのを簡単に許してくれるほど甘い相手ではない筈だ。

 

実際、セルベリアは粉々に砕け散った軍刀を捨てると、直ぐに壁に掛けられていた武器を手に取っていた。

それは『刀』と呼ばれる武器で、軍刀に似た細身に反った片刃の剣だ。

奇妙な事にセルベリアは刀を抜かず、刀身が入ったままの鞘を腰のベルトに差した。

柄に手を添える見たことのない構えを取るとセルベリアは言った。

 

「忠告だ、私の間合いに入れば即刻叩き切る、死にたくなければ去れ」

 

有無を言わさぬ口調。その言葉がこけおどしではない事をセルベリアの纏う気配から悟る。

言った通り、間合いに入った瞬間、切り捨てられるだろう。そんな確信があった。

だが、

 

「その程度の脅しで怖気づくとでも思っているのか!」

 

一切の躊躇もなくプルトは廊下を駆け抜ける。グングン彼我の距離は埋まり、セルベリアの間合いに到達するその瞬間――プルトは強く地面を蹴った。

冗談のような話だが、彼女の体はあっさりとセルベリアの頭上を超え。天井付近まで舞い上がる、体をひねり、態勢を変えて天井に足を向けると。ドンと踏みつけた。

 

「真上からだとっ!?」

 

直ぐさまセルベリアは頭上より迫る剣撃を後ろに飛び退き。

天空から落ちる雷の如く、降って湧いた上からの斬撃を逃れた。

 

....まさか必殺の居合をこのような方法で攻略してくるとは!

驚きが顔に出る。

【居合切り】セルベリアが使おうとしていた技だ。

抜かれれば最後、一瞬の合間に敵を斬り払う最強の一撃。

だが、如何な剣技であろうと刀身を鞘ばしらなければ意味がない。

 

居合切りが後の先であることを見抜き、一瞬で攻略方法を構築した同胞の能力の高さに驚きを隠せない。

自信のあった技がいとも簡単に封殺されてしまった事実に、動揺していたセルベリアは接近に遅れる。

 

「.....もらった!」

 

気付けば眼前に迫るプルト。間合いの内側に踏み込んでいる、既に長剣はセルベリアを撫で斬りにしようと斬りつけていた。

迎撃の斬撃は間に合わない。為す術なく切り捨てられるだろう、絶望的なタイミング。

避ける暇すらないセルベリアに、勝利を確信する。その時、プルトの瞳は視界の端で動くセルベリアの手を捉えるも、無駄な足掻きと断じて気にしなかった。だからこそ最初、何が起きたのか分からなかった。

「――っ!?」

振り切る途中、己の意志を無視して制止した剣。あたかも不可視の巨人に腕を掴まれたような。

異常に目線を送り――硬直する。

 

「.....うそでしょ?」

 

理解がジワジワと追いつき始める。

視線の先には、セルベリアの手が己の攻撃を止める光景が映っていた。

黒い手袋に包まれた五指がピッタリと剣の腹を掴んでいる。

人の限界を超えた動きが可能な己の価値観から見ても、その光景は常識を外れていて。呆気に取られて見ていたプルトの耳に凛とした声が届く、

 

「―――言ったはずだぞ、間合いに入れば斬ると」

 

片手白刃取りを行う手とは別の手で、刀の柄に添えられる手。

それを見た瞬間、背筋に氷柱を突っ込まれた様な感覚を覚える。

逃げようとするもガッチリと掴まれた手に阻まれる。

剣を手放して離れようとするが、既に抜刀している。鞘より抜き放たれた刀身が白い光を帯びながら半円を描いた。

 

「―――!」

 

寸前で飛び退いたプルトの口から苦悶の声が漏れる。

後方に着地した後、グラリと態勢を崩す。抑える腹部から血が滲んでいた。

深くはないが浅くもない、手応えを感じたセルベリアは刀身の血を払い、奪った両手剣と合わせて構える、二刀流だ。正確には一刀一剣であったが。

 

「止血しろ、致命傷ではないが直ぐに治療したほうがいい」

「裏切者の言葉を聞くとでも?」

「.....私怨は分かるが、一つしかない体だ、大事にしろ」

「貴女に言われるまでもないわよ、それに知っている筈。このくらいなら治せるわ....」

 

ゆっくりと立ち上がる。彼女の言う通り、傷は既に治りつつあるようだ。

 

「まだやる気か?もう彼我の実力差は分かったはずだ。それでもやるというのなら次は()()()なしで斬る」

「たとえこの場で命を失おうと、もはや自分の意志で退く事はできない.....!」

 

武器を失いながらも猛犬のような目でセルベリアを睨む。爪や歯を使ってでも戦い続けるぞ、という気概が窺えた。

 

激しい戦闘から一転して静寂が続く。

目の前の同胞から放たれるプレッシャーが、グングン高まっていくのを敏感に感じ取る。

一種即発の様な気配が孕んでいた。

 

.....来るか。

セルベリアが内に眠るヴァルキュリアの力を呼び起こそうとした。

 

――その時、

パチパチと、不気味な静けさに満ちていた回廊に手を叩く軽快な音が鳴る。

意外な事に二人は第三者の接近に気付くのが遅れた。それ程に戦いに集中していたのもあるが。プルトの強大なプレッシャーに一般人の気配が掻き消されていたせいだ。

驚いた二人がその男に視線を向ける。

 

「中々に面白い余興であった、これまで見てきた剣闘の中でも間違いなく最高峰の戦いであったぞ」

「マクシミリアン殿下!」

 

なんとその男は第三皇子マクシミリアン・フォン・レギンレイヴその人であった。

なぜこんな所に居るのか定かではないが、殿下と同じ金髪の上に月桂樹を冠した男の顔を忘れる筈がない。間違いなく本人だ。

 

突如として二人の前に現われたマクシミリアンの怜悧な視線がセルベリア達を貫く。

 

「遊びは終わりだ、両方とも矛を収めるがよい。よもや余の前で野蛮な行いを続ける気ではあるまいな」

「.....かしこまりました」

 

マクシミリアンを視界に捉えるや片膝を着いたプルトが渋々と云った様子で承諾する。

セルベリアも刀を鞘に納め、剣は床に置いた。

 

「セルベリア大佐、此度の戦い大儀であった、そなたの働きなくして今回の戦いは語れまい」

「私の様な者には勿体ない御言葉です、仲間たちに支えられた結果ですので」

「謙遜することもあるまい、事実、多くの将兵が救われたのだ」

「ですが敵の非情な策を見抜く事が出来ず、多くの兵達を死なせてしまったのも事実です」

「.......あれは誰にも予想できまい。まさか陸戦条約で禁じられた毒ガス兵器をガリア軍が持ち出してくるとは誰も予想だにしていなかったのだから.......」

 

何かを考えている様子のマクシミリアンをよそに、

セルベリアはチラチラと片膝を着くプルトの方を見る。

明らかに色々と知っていそうな彼女に聞きたい事が山ほどあった。

だがマクシミリアン皇子の手前、勝手に喋りかけるのは不敬に当たる。

故に事務的な受け応えしかできないでいた。強行して不快に思われようものなら何をされるか分からない。

こと彼の掌の上である要塞内では特に、おかしな行動は出来ない。

 

「......余と二度目に会った時の事を覚えているか?」

 

何のために現われたのか知らないがマクシミリアン皇子が離れて行ったら彼女に聞こうと思い、考えていると、唐突にマクシミリアン皇子がそう言って訊ねてきた。

 

マクシミリアン皇子と会うのはコレで二度目ではない、三度目だ。一度目は未だ研究所に囚われの身となっていた時、殿下と出会った日に、彼とも会っている。

 

二度目は確か.....。

 

「.....七年前の、戦勝記念に黒真珠の間で行われた舞踏会の時でしたね」

 

目に見えてセルベリアの表情が暗くなる。

その様子を見ていたプルトの目が見開かれる、七年前何かあったのは明白だ。

 

「そうだ。そしてその時に余が言った事を覚えているな」

「......?」

 

覚えていないのか小首を傾げるセルベリア。

皇子には悪いが記憶の片隅にも残ってはいなかった。

.....何か大事な事だったような気がするが。

それよりも大事な事があって、その日の記憶はあまり残っていないのだ。

なんせ――

 

「覚えていないのも無理はない、なんせ我が愚弟が()()()()()()()時であったからな。気が気でないそなたの様子も覚えている」

「っ!」

 

そうだ。あの日の記憶の私は、殿下の無事だけを祈っていた。

それ以外の些末事を気に掛ける余裕はなかったのだ。

 

「ならば思い出せるよう、もう一度あの日言った言葉を投げかけようではないか」

 

何を言ったのだろうか。

そう思うセルベリアに、凍るような笑みを浮かべたマクシミリアンは言った。

 

「セルベリアよ、余のものとなれ.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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