あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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冷たい眼光が俺達を見据え、女は片手に持つ槍の穂先をこちらに向ける。まるで俺達のマグスM3の銃口のように。
女の行動の意図を察した班員達の口からは「ハハ」と乾いた笑い声がこぼれた。まさか、という思いで立ち尽くす俺達は。
ドリルのように回転する槍に青い光が込められていくのを、他人事のように見ていて。

次の瞬間、

――――横にいた兵士が青い光弾に撃ち抜かれた。




二十六話

「は.....?」

 

....何が起きたのか理解できない。

突如として絶世の如き美貌の女が現れ。手に持つ槍を向けてきたと思ったら、青い光が視界を妬いた。

直後に放たれた光の弾が横に居た部下にぶつかったのを僅かだが横目で視認した。

 

いったい何が....。

 

訳が分からず戸惑いを覚えていると、

ドサリと誰かが地面に倒れ込む音が聞こえる。光の弾が当たってから無言で立ち尽くしていた部下の男だ。

振り返って見れば、空虚な瞳で空を仰ぎ見る姿が映り。その体の胸辺り。より厳密に言うなら心臓が在るであろう部分にポッカリと穴が開いていた。不気味な事にその穴からは一滴の血も出ておらず、肉の焦げた匂いだけが辺りを漂っている。

見ただけで分かる。即死だった。

 

....撃たれたのか?あの光によって?

 

今だ夢の狭間に居るような感覚に陥っていた意識に『部下の死』という曲げようのない現実が襲う。

目の前の女も。蒼い光も。回転する槍から放たれた光の弾も。夢幻(ゆめまぼろし)などではなく、全てが実際に起きていることなのだ。

 

信じられない事だが地に転がる部下の亡骸の存在がこれは現実だと強く証明してくる。

頭ではなく本能でアルデン・ニケ軍曹は目の前の光景を現実と受け入れて。

 

「全員!散開せよ!」

 

気が付けば命令を叫んでいた。

 

先程の軍曹と同じく呆然としていた班員達が我に返り、蜘蛛の子を散らしたようにバッと動き出すと、近くの通路に飛び込んだ。

軍曹もまた同じタイミングで複雑に入り組んだ塹壕内の通路の一つに勢いよく駆け込むと、手早く空になったマグスM3の弾倉を装填した。

 

大声で周囲に呼びかける。

 

「帝国軍の侵入を許すな!撃退するぞ!」

 

言い終えた直後に弾薬を充填した突撃銃を構え、通路から体を半身だけ露わにし覗き込むと。部下を瞬く間に殺したあの女は変わらず其処に居て。一歩も動くことなく通路に隠れて壁際から窺う俺達を見下ろしている。まるでお前達など敵ではないとでも言いたげな紅い瞳に。俺は向かって叫んだ。

 

「一斉射撃!攻撃目標は眼前の『魔女』!順次攻勢をかけよ!!」

 

叫び終えるのも束の間。塹壕内は銃撃音に満ちる。班員全ての突撃銃より放たれる無数の銃弾が銀髪の女に迫った。

だが、やはり先程と同じ現象が再現される。

悪夢としか思えないが、女が盾を目の前に翳すだけで全ての銃弾は悉く弾かれるのだ。

不可解な事は続き、明らかに盾が守る面積では防ぎきれない筈の部位(例えば足回り等)ですら不可視の盾に阻まれているかのように銃弾は女の手前で空しく地に落ちる。

 

.....やはり見間違いではなかったか。

 

現実味のない光景をまざまざと見せつけられ歯噛みする。部下達の顔にも動揺が色濃く表れ、攻撃の手が一瞬怯むも。

 

「構わん!撃ち続けろ!奴は危険だ。ここで足止めをする!!」

「了解!」

 

誰もが理解したのだ。あの女の突破を許してはいけないと。もし侵入を許してしまえば恐ろしい事になると。

だからこそ殺せなくともこの場に引きつける必要がある。

構わず撃ち続け。マグスM3のマズルフラッシュが断続的に塹壕内のあちこちで瞬いた。

たった一人の女を足止めする為に班員全ての一斉射撃で狙う事になるとは、やはり夢としか思えない。

 

だがそれは悪夢のような現実の始まりに過ぎなかった。

 

「――良い判断だ。そうでなくては面白くない」

 

銃撃の狭間で女の声を聞いた。

それは楽しげな色を含んでいて、それはまるで遥か高みから浅ましい俺達を見下ろす絶対者のように思えた。

そして、それまで防御に徹していた帝国軍風の装いを纏った女が動き出す。

また槍の先から光でも放つ気かと思ったが違う。

それどころか片手で握るその槍をあろうことか地面に突き刺した。

 

いったい何をする気だ......?

 

俺達の視線が釘つけになっている中で女は背後に手を回すとソレを露わにした。

鉄製で覆われた平たい円盤状の物体を掴んでいて。ソレが何であるかを察した俺は瞬間的に口を開いていた。

 

「対戦車地雷だと!?」

 

見覚えがあるその形状はガリア公国製の物で。恐らくは塹壕前の地雷原から掘り出した物だろう。

最新鋭の新規更新された兵器の一つで、その威力は帝国の重戦車すら行動不能にすることが可能だ。

それを何故あの女が手にしているのか、言いようのない不安を感じる。

 

「私からの贈り物だ、受け取ってくれ」

「なに!?」

 

驚愕する俺を無視して女は軽々とした動作で地雷を投げ込み。

塹壕内に隠れる俺達のちょうど中心に落ちた円盤形の地雷に。

女は再度掴んだ槍を向けて、

 

何をするのか理解してしまった俺は。

 

「まさか!全員後た――」

 

言い終わらぬ内に一発の青い光弾が放たれ。

 

―――瞬間。

 

強烈な音の爆発と熱量を含んだ閃光が俺達の五感を一瞬で奪った。

 

 

 

 

 

 

★   ★    ★

 

 

 

 

 

 

「......ぁ」

 

.....俺は生きているのか?

闇一色に塗りつぶされた視界の中で自らに問う。

心臓が激しく脈を打つ感覚を通じて、ようやく生を実感した。どうやら一瞬だけ意識を失っていたらしい。

あの爆発に巻き込まれて未だに生きている己の強運に。はたして喜ぶべきか。

 

「セ......隊長、そ...お姿は......!」

「お...達には..めて見せるか、これが本来の力を行使する私の姿だ」

 

意識を覚ました俺の耳に男女の会話が届いた。強い頭痛と耳鳴りのせいで上手く聞き取れない。

.....状況はどうなっている?

確認するために地面に頬付けていた顔を上げる。閉じていた瞳をこじ開けた。

視界に光が差し、目の前の光景が映りこみ。

 

それに俺は絶句した。

 

凄惨な光景だった。

爆破によって体を欠損した兵士。高温の熱波で皮膚を爛れさせた兵士。

通路に潜んでいた部下達は地雷の爆発に巻き込まれて、その多くが骸となって地面に転がっている。

第三歩兵班は班長の俺と僅かだけを残して全滅していた。

 

さらには防衛すべき塹壕内には銀髪の女が入って来ていて。その傍らに寄り添うよう立っているのは帝国軍の兵士と思われる男。更には二人の後方からは続々と帝国兵士が地上から塹壕内に降りてきている。

よく見れば他の普通の帝国兵士とは装いが違う事に気づく。黒地の戦闘服に青の刺繍が刻まれていてスタイリッシュな装いだ。

既に小隊規模以上の人数が集まっている。

 

――――侵入を許してしまった!

 

重要なミッションの内の一つが失敗したのだと悟り。やるせない思いと自らの無力を覚える。

......だが、まだだ!諦める訳にはいかない。

このまま何もできずに終わることなど軍人としての自分が認めない。

なにより部下のほとんどを失い。班長として彼らの仇を取るのは俺の責務だ。

 

視界の端に転がっていたマグスM3を手に取り。怒りに任せて立ち上ると。すぐ横で呻く通信兵に向けて密かに指示を出す。俺は指示を通信兵は情報の交信の為。他の部下達よりも比較的遠くに居たことが生き残る大きな要因となったのだ。

 

「この事を後方部隊に送れ。帝国軍の小隊規模が3-1エリア前線ラインに侵入した、至急対戦車装備による火力支援を乞うと。あの魔女は只の銃じゃ倒せない....」

「わ、分かりました。アルデン班長」

 

指示に従い通信兵が後方で待機しているであろう友軍部隊に向けて交信作業を行うのと帝国軍が動きだすのは同じだった。

 

「これで集まったな?それでは遊撃機動兵諸君。行くとしよう....」

 

銀髪の女を先頭に黒衣の部隊がこちらに向かって進みだす。明らかに通信作業は間に合わない。

―――万事休すか。

横道に隠れて覗き見る俺が覚悟を決めた時、

 

塹壕奥の通路から新たな部隊が走ってくるのが見えた。敵ではない。青い基色の戦闘服に軽外装甲を纏っている。ガリア兵だ。

恐らくあれが先の通信で伝えられた増援部隊だろう。

 

彼らは銀髪の女が率いる帝国軍から見て正面の通路から現れた。つまり鉢合わせになった形だ。ガリア軍の増援部隊指揮官が驚きの声を上げる。

 

「帝国軍!?侵入されたのか!」

「新手か....。私が前に出る、お前達はできるだけ弾薬を温存しろ」

 

その言葉を後方の兵士達に述べると悠然な動作で正面のガリア軍に向かって歩み寄る銀髪の女。

たった一人だけで前に出る。一見そのあまりにも無謀な行動に増援部隊の兵士達ですら戸惑いを覚えている様子で。

しかしその油断が命取りになる事を知っている俺は声を張り上げた。

 

「油断するな!あの女は化け物だ、たった一人で俺の班は全滅させられた!」

「生き残りか!待ってろ、今助けてやる!」

 

横に抜けた通路から顔を出す俺を見つけて指揮官が増援部隊を連れだって向かってくる。

.....このままでは俺達の二の舞になる。

俺は慌てて手の平を突き出したジェスチャーをしながら。

 

「ダメだ来るな!あの敵に銃は効かないんだ!それよりもFF-1火器兵装は無いかっ。もはや集中放射を浴びせるしか奴を倒す術は無い!」

 

FF-1と云うのはガリア軍が使用する火炎放射器の名称だ。

盾で弾丸を弾き返すというなら形の無い炎での攻撃ならどうだ。仮に無効化されようと熱までは遮断出来ない筈だ。少なからず消耗させられるのではと目論見があった。

 

「.....何を言っている?相手はたかだか女一人ではないか、その背後に居る帝国軍部隊を早急に対処する必要がある!」

 

しかし女の危険性に気付かない増援部隊の指揮官は俺の提言を無視して。

 

「構えろ....撃て!」

 

号令の元に、整然と構えたガリア兵の中間射撃が行われた。

放たれる無数の弾丸がのんびりと歩いてくる銀髪の女に迫り。

やはりと言うべきか。女は迫る銃弾を全て盾で弾いていく。

 

「な!?」

 

瞠目する指揮官の男。目の前の光景が信じられない様子だ。ピタリと銃撃が止まる。

 

「止めるな!少しでも時間を稼ぐん―――」

 

言いかけたところで。目の前を光弾が通り過ぎる。驚く事に一つではなく、それは幾つもの連弾となってガリア兵を襲う。

見れば銀髪の女が機関銃の如く槍先から撃ち出していた。

――――連射も可能だと云うのか!?

驚愕する中で、無数の光弾に撃たれてガリア兵が死んでいく。俺の部下と同じく傷口にポッカリと奇妙な穴を空けて。

 

「うぉおおおおお!!」

 

そのまま為すすべなく倒されていくかに思われたが、密集する部隊の中から一人の兵士が現れた。

特徴としてはまず体を隠す程に大きな盾が上げられる。片手には長物である軍用レンチを持っていて。一般的に技甲兵と呼ばれる兵科だ。

先頭に立った彼は大盾を展開した。敵の攻撃から味方を守るのが技甲兵の役割なのだ。

 

そして、兵士は役割を全うする。

 

激しい光弾の乱舞に晒されながらも技甲兵は大盾を支えて耐えていた。

 

「よし、前に進め!」

 

指揮官の命令に従い技甲兵は大盾で防ぎつつ前に出る。ゆっくりとだが着実に進み。銀髪の女の元に向かう。その後ろを増援部隊が追随して行く。

.....このまま抑え込めるかもしれない。

誰もがそう思い、淡い希望を持った。だが、直ぐにその希望は儚くも崩れ去る。

 

「ふん、ガリアにも骨のある者達が居るようだな」

 

正面の通路からじりじりと迫り寄って来るガリア兵の姿を見て、銀髪の女は笑みを深めた。

長大な古代の槍を構え直し。穂先を技甲兵に向けると狙いを澄ませ.....。

 

瞬間―――女の姿は霞む。

 

途端に銀と蒼の残光がザーッと俺の視界を横切った。視認できない程の速さで女が駆け抜けたのだと理解した時には、通路先に密集していた増援部隊の目の前まで銀髪の女は迫り。絶句する技甲兵の展開する大盾に向かって槍を突き込んでいた。

 

鮮やかな軌道を描いた槍の穂先は、吸い込まれるように大盾の中心に向かう。頑強なる盾の防御は一瞬も持たなかった。

触れた途端に障子を破く様な容易さで貫かれ。勢いは止まらず技甲兵をも刺し抜いたのだ。

断末魔の悲鳴を上げる暇もなく彼の意識は冥界に送られた。

 

場が冷たく静止する。―――銀髪の女を除いて。

 

まず動揺で固まる指揮官の男の頭を銀髪の女は片手に持つ盾で殴りつけた。水気のある果実が破砕した様な音が響き指揮官の男は糸の切れた人形のように地に崩れる。

流れるように女は殴りつけた勢いを殺さず回転すると。今度は槍を薙ぎ払う。狭い塹壕内だというのに綺麗に振り払われた槍は指揮官を失ったガリア兵士達を襲い。塹壕内を鮮血に染め上げた。

 

悲鳴がこだます中。さらに女はクルンと手首を返すと槍先を跳ね上げた。巨人の剛腕によって吹っ飛ばされた様な勢いで、その一撃を受けた兵士は塹壕の外にまで飛ばされた。

続けて自動小銃の如き槍捌きで。銀髪の女は槍を連続で乱れ突き。瞬きをする間に大勢の兵士達が抵抗する間もなく槍に貫かれ、鮮血が噴水の様に流れ落ちる。

大量の死を作り出していく様は正に魔女の名に相応しく。もはや兵士達は女が生み出す死の饗宴を彩る為の生贄でしかない。

止められる者はおらず、次々と血を飛沫上げて討たれていくガリア兵達。

 

その凄まじい光景を俺はただジッと見ている事しか出来ず。最後の一人。質の悪い夢を見ているような目で立ち尽くす兵士が胸を裂かれ血煙を上げながら倒されるのを見届けた。

 

通路に倒れる夥しい数の同胞の亡骸の先に立つ銀髪の女。

ゆっくりと振り返った女の瞳が俺の視線と合う。

 

禍々しい紅い瞳を見た瞬間に俺は確信した。

あの女を倒さなければ俺達は、ガリア国境警備隊は負けるだろう。

それどころか、堅牢なるギルランダイオ要塞すら突破されかねない。

それはガリア軍ひいてはガリア公国の危機を意味する。

ゆえに、

 

「あの女の情報を司令部に伝えなければ.....!」

 

破壊という事象を具現化した様なあの女だけは絶対に此処で倒さなければならない。

死んだ仲間達の為にも。背後にいる者達の為にも。例え命を引き換えにしてでも実行する。

だが無駄死にをする訳ではない。確実に奴を倒すためには俺だけでは不可能だ。

軍全体の力が求められる。

その為にはまず......。

 

「アルデン班長。通信を終えました。後方部隊は精鋭の戦闘集団を送ってくれるようです」

 

迅速に作戦を立てる俺に横から呼びかける通信兵。無事に通信作業は完遂したようだ。まずは一つ目をクリアした、増援部隊には少しでも時間を稼いでもらわなければならない。

 

「よし、よくやった。後は俺達がどうにかこの場を切り抜けるかだけだ。奴らの存在を要塞司令部に伝えるために。まずは生き残らねば.....」

 

しかし現状はそれが厳しい状況と言って云いだろう。

俺達は銀髪の女と新手の帝国軍部隊によって前後を挟まれている形だ。このままでは挟み込まれて直ぐに死んだ同胞の元に向かえるだろう。

ならば俺達が隠れる横手の通路の先を進んで後方に迂回するかと云ったらそれも難しい。

既に前線は崩れてしまった。塹壕各地で銃撃の音が鳴り響いている。敵と出くわす可能性が高く、全滅した俺達の力では勝ち目がない。仮に突破できたとしても時間が掛かり過ぎる。

残った道は一つしかない。

 

「上だ。地上に出て、後方の指令所を目指す。今の俺達に出来る事はそれしかない」

 

そしてあの女の危険性を伝えなければならない。正規軍の力が必要になる。

只の通信では意味がない。一介の兵士でしかない俺の言葉では要塞司令部は動かせないだろう。

その為には指令所に居る将校の権限と言葉が必要だ。会って話をして司令部に取り次いでもらう。これも通信では駄目だ。

恐らく直接会って話さなければ到底信じてもらえる訳がない。

まさか女一人に部隊が全滅したなどと。

恐慌した兵士の戯言としか映らないだろうから。

 

「そこの通路に潜む奴らを捕え、情報を吐かせろ!」

 

女の命令に従い。こちらに向かってくる帝国兵たち。

もう考えている暇はない。

 

―――俺達は塹壕を這い出る為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 


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