あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十五話

「観測班より入電!塹壕地帯、第一前線部隊の損耗率が二十四%を超えたとの報告あり、第二前線部隊は前に出よ!」

 

「要塞固定砲兵隊はエリア前の敵戦車隊を重点的に狙い殲滅せよ!塹壕前地雷原より前に出させるな!」

 

「6-3エリアの機関銃座群は弾幕を密にし、敵兵を予防ラインに寄せ付けるな、悉く一掃せよ....!」

 

現在、ギルランダイオ要塞の心臓とも呼ばれる要塞司令部の一室は、絶え間ない喧騒の声に満ちていた。

司令室の大部分を占める物々しい数の通信機の前に、何十人もの通信士官たちが座り、観測班の報告を受けながら前線の各部隊と交信を続けている。だらけている者は一人もおらず、全員が真剣な様子で報告を繋いでいる。密集した人々の熱気で汗が垂れるも、それを拭う暇すらない程だ。

 

その後ろでは、彼らの報告を聞きながら数人の高級士官達が神妙な顔つきで話をしていた。

要塞防衛を任とする『要塞守備隊』の常駐将校達である。

 

「......なんとか塹壕防衛線は持ちこたえているな」

「うむ。だが帝国軍の突進力は侮れん。既に敵が目前まで来ているエリアもある。今はまだ予備兵力を前に出し対応しているが、それでもギリギリだ。帝国軍の攻勢に対応しきれていないエリアが出始めるのもそう遠くないだろう。とてもでないが将軍が提示した時刻まで持ちこたえれるはずがない.....」

 

今はまだ前線の部隊が帝国軍を押し留めている。だが、帝国軍の攻勢は強く、そう遠くない未来で防衛線は突破される。そう確信している老獪なガリア軍将校は続けて言った。

 

「守備隊は要塞防衛の為に必要だ。やはり来訪したダモン将軍旗下の正規軍を出すしか他あるまい」

 

守備隊兵員の数は一万五千人。

一見すれば多いように思えるが、主目的である防衛や要塞に設置された兵器を稼働させるのに手一杯で前線に兵を送る余裕はない。

しかし、援軍として訪れたダモン将軍率いるガリア公国正規軍三万の兵力があれば、この問題を解決できる。

....はずだった。

 

「だが、我々にその権限はない。将軍が許可せぬかぎり正規軍は動かない」

 

同僚である将校の言葉に渋面をつくり、たまらず重々しい声を吐いた。

 

「なぜだ。将軍はなぜ、兵を動かさぬのだ?」

 

その疑問に答える者は誰もいない。みなが無言で苦い顔つきをしている。

誰もが疑問に思っていた事だ。

帝国軍がギルランダイオ要塞の目前まで迫っていた所でやって来たダモン将軍旗下の援軍に、当初は誰もが喜んだ。

さらに同じ頃、最前線より後退してきた友軍と合流し連携すれば帝国軍を押し返す事も不可能ではないと考えていた。だが、その考えはダモン将軍の一言により崩れ去る。

彼の言葉は今も鮮明に思い出せた。

 

『帝国は狡猾で何をしてくるか分からん。なのでまずは暫く様子を見るぞ、そのため我が軍は待機させておく。明日の1200(ヒトフタマルマル)時までは敗退してくる国境警備隊の者どもとそちらの守備隊だけで要塞を守り通すように。分かってくれるな?一手でも読みを外せばガリア軍ひいてはガリア公国が危機に瀕する状況となるのだ。慎重にならざるをえんのだ。辛いかもしれんが耐えてくれ、まあ大丈夫であろう、精強なるガリア兵の諸君であればわしの命令を完璧にこなしてくれると信じておるぞ』

 

と言ってこの場に居る誰よりも高位の階級であるダモン将軍は用意させた執務室に入っていった。

戦闘が始まった今も彼は姿を見せない。

なので本来であれば座って陣頭指揮をとる為の指令席も空席のままだ。

 

それを見てよりいっそう皺を深くすると、唯一この場で答えを持つであろう人物に目を向ける。比較的若い痩せ形の男に。

将校達の集まる少し離れた位置に立つその男はダモン将軍の副官だった。

 

「ダモン将軍はいったい何をしておられるのか?執務室に籠っておられては、戦況の報告に遅れがでるではないか」

 

戦況は刻一刻と変わり続けている。もしかすると将軍の権限が必要になる場合もあるかもしれない。そういう時に戦場の動きを把握しておかなければ、いざという時に的確な指示が出来ない。

それを危惧したのだ。

だが、尋ねる言葉に副官の男は見下すような目付きで。

 

「将軍殿は今現在、ご多忙なのです。帝国軍に勝利するための計画案を作成するために。なのでこの場には私が代理として立っているのですよ」

「それは理解しております.....ですが、その前に前線の部隊が瓦解してしまっては意味がありますまい。もはや一刻の猶予もありはしませんぞ!即刻呼んで来ていただきたい!」

「まあまあ、落ち着いてください。焦っては敵の思う壺。あなた方にも我らが将軍様を見習って頂きたいものですなぁ....」

 

やれやれと首を振る副官の顔には、酷薄な笑みが浮かんでいた。

切羽詰まったわしらの様子を面白がっている節さえある。

この男、一人だけまるで自分は関係ないとばかりに涼しげだ。

 

――――お飾りの地位に立つだけの小童が!

 

内心でそう思うが間違っていないはずだ。恐らくはこの副官の男は貴族の出であろう。よほどの有能でなくばこの年齢で将軍の副官などと云う地位に居れるはずがないからだ。

そして家柄だけの男に好き勝手言われて怒りを覚えないはずがない。

 

「いかに将軍の副官であろうと、階級はわしの方が上じゃ。命令には従ってもらいますぞ.....!」

 

虎の威を借りればわしが大人しく黙るとでも思ったか。

ギロリと眼光を強く副官の男を見据える。

 

「.....!」

 

老将の放つ無言の訴えにビクリとさせられた副官の男。一転してせわしなく目線を動かし額に汗をかく。本来の自分の階級を思い出したのだろう。

 

「っ....そ、それでは自分は報告書を将軍に持っていかなければなりませんので、わ、私はこれで。一応ですが将軍には提言するとしましょう.....」

 

居心地悪そうにした副官はそそくさと部屋を出て行った。その手には確かに報告書の束が握られている。

 

扉が閉まり副官の背中が見えなくなって、思わずため息をこぼず。

 

なぜダモン将軍はあのような者を配下にしておるのだ?

とてもでないが有能とは思えない。

現にみなが(せわ)しなくする中、あの男はただぼけっと突っ立って見ていただけだ。まるで物見遊山に来た子供のように。

 

――――疑念が生まれたちょうどその時、とある通信士の元に一報が届いた。

 

「なに!?3-1第七歩兵班が爆発に巻き込まれて全滅しただと、蒼い光?......っ分かった。とにかく増援を送ってもらうよう通達する」

 

要塞各所の観測塔から送られた報告に驚愕する通信士。その声に将校の目が向けられる。

 

「どうした?」

「は、3-1エリアの最前線部隊が恐らく戦車砲と思われる砲撃により全滅したようです。増援の指示を送りたいのですがよろしいでしょうか」

「分かった。許可する。緊急措置につき直接4-1エリアの班に通信を送れ、あそこはまだ余裕がある」

「了解!」

 

出された指示に頷くとすぐさま交信を始める通信士の様子を見ながら、表情を固くするガリアの老いた将校。

重厚な低い声がボソリと呟かれた。

 

「ついに全滅するほどの部隊が出てしまったか。一点でも侵入を許せば一気に崩れるぞ.....」

 

早く来て下されダモン将軍。もう長くは保たないかもしれません.....!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「くそっ、あの老いぼれが!ダモン将軍の副官である俺に向かって何たる口の聞きようか。平民のくせに!」

 

男は部屋を出た途端に態度を一変させていた。

怒りの形相になると口汚く罵りの言葉を吐き。ズンズンと荒々しく長い廊下を歩きだす。

 

姿が見えなくなったとたんにコレである。自らの底の浅さを喧伝するようなものだが、副官の男は気づかず、自らの怒りを発散させるかのように悪態を呟いている。

もしこの様を先の将校が目撃しようものなら、嘆かわしいと天を仰いだ事だろう。

あまりにも器が小さすぎる。これで副官が務まるのか、と。

そして、推測した通り男は貴族出身だった。

今回の作戦に参加した理由も呆れたもので。何も祖国であるガリア公国の為、大義の元に戦うのだと云う訳ではなく、己の家の看板に箔を付けたいからという欲の為であった。

要はガリアを守った英雄と周囲から称賛されたいのだ。

さらには、

 

―――この戦いで周囲の人間も認める功績を立てれば、兄貴の代わりに俺が当主を受け継ぐ事も可能かもしれん。

 

そんな思惑があり、無理を承知で親に頼み込みダモン将軍の副官という地位を得たのだ。

士官学校時代の成績では逆立ちしたって、今の地位に居据わることなど出来なかっただろう。

少なくない金がダモン将軍の懐に渡ったようだが英雄になる為であれば安いものだ。

 

「そうだ。俺はいずれこの国を救う英雄となるのだ。その俺に向かってあの老害どもが......」

 

なおもブツブツと陰口を呟いて歩いていた副官の前に一つの扉が立ち塞がる。

気付けば目的の場所に着いていた。ダモン将軍の為に用意された専用の部屋だ。

副官である自分以外は立ち入ることは禁止されている。

 

慌てて陰口を止めると副官の男は緊張した様子で扉を叩いた。

コンコンと音が鳴り、暫く待つと.....。

 

「.....なんだ?用件があるなら後にしろ。わしは今忙しいのだ」

 

歓迎的とは言えない不機嫌な声が扉の中から響いてきた。

 

「私です閣下。副官のミシェルです。現在の戦況報告書をお持ちしました」

 

素早く返すと、

 

「なんじゃお主か.......いいじゃろう入れ」

「はっ」

 

許可が下りたので扉を開けると、素早く体を入り込ませる。

部屋の中が視界に映りこむ.....。

 

一人の男が長テーブルの一角に座っていた。

 

まるで軍人とは思えない肥え太った脂肪を腹一杯に蓄えた中年の男が、両手に銀のフォークとナイフを持ち眼前の皿に乗った肉の塊を切り分けている。

 

肉の油がそのまま移ったかのようなギットリとした油顔に、喜劇役者のようなナマズ髭がチョロリと伸びていて。

お世辞にも威厳があるとは言えない目の前の男こそが、ガリア公国正規軍総司令官ゲオルグ・ダモンその人であった。

 

「あ、失礼いたしました。お食事中でしたか」

 

.....まさか忙しいと言ったのはこの事だったのか?

皿に乗ったステーキを嬉々として切り分ける様子を見てそう思うが、副官の男は余計な事を言わず謝りの言葉を発する。

それをあっさり無視したダモンは肉の切れ端をフォークに刺し、大きな口に放り込む。

グチャグチャと咀嚼する音だけが部屋に響き。

やがて傍らに置いていたワイングラスを手に取り、先んじて入れておいた赤ワインをこれまた美味そうに飲み干した。

 

「ゲフ~.....。そこに置いておけ」

 

満足気に息を吐くと、おもむろにダモンはそう言った。

ナイフの先で傍らに置いておくよう指し示している。しかも、この時点ですらダモンは副官を見てもおらず視線は皿の上の肉に固定されていた。

 

「っ....!」

 

副官の男は口の端をピクピクと引き攣らせていたが、やはり何も言わず黙って報告書を提出した。

ダモンはそれに見向きもせずカチャカチャと両手を動かすのを再開する。

 

肉の一切れを頬張り、ワインを一口飲む。ふうっと息を漏らし。

 

ようやくダモンの目が副官に向いた。

 

「なんじゃ?まだ何か用か?」

「は、はい。要塞の常駐将校よりダモン将軍に要望の声があり。それをお伝えします」

「要望じゃと.....?」

 

眉をひそめるダモンだが、黙す副官に次を話せと顎をしゃくる。

副官の男は頷き、

 

「は、司令部にて陣頭指揮をとって頂きたいとの事でして、呼んでくるよう命じられました。それと、正規軍の出動許可を認めてほしいとのことで。恐らくは前線に出すものと思われます......」

 

あくまで私は言われた言われた通りにしているだけと云うスタンスで。

機嫌を損ねないよう丁寧に言葉を紡ぐ。

癇癪持ちな性格をしているため何が導火線になるか分からないのだ。

だが、運の良い事にダモンはいきなり怒鳴り散らしたりせず、胸元から一本の葉巻を取り出した。

口元に咥えて愛用のジッポライターで火を点ける。

 

深く吸引して煙を肺に届かせると、ゆっくりと息を吐き。

立ち昇る紫煙を見上げながらダモンは口を開いた。

 

「......何故わしが正規軍を前線に送らぬのか、お主には分かるか?」

 

意外な質問だった。

前もって明言されていた言葉を思い出し答える。

 

「それは.....帝国軍の動向を探るためでは.....?」

「まあ、それもあるが。あくまで建前に過ぎん、本来の目的は()()にある」

「え、演出....で、ありますか....」

 

大仰な動作でダモンは頷き、

 

「うむ。ガリア正規軍がこの戦場の主役の華として最も映える為には他の軍隊が邪魔じゃろ?国境警備隊も要塞守備隊も我がガリア正規軍の勇猛さを喧伝せしめるための添え花となってもらう。ゆえに前線の兵士達は少しばかり尊い犠牲となってもらうのじゃ。それに悪逆なる帝国軍を我が正規軍で打ち破ったと知ればわしに批判的な反戦派の奴らも黙らせることができる。彼らの死は無駄にはせんわい」

 

何やら自慢げに述べるダモンの言葉に、副官の男は思った。

この人はいったい何を言っているんだろうか.....と。

何やら尤もらしい事を言っているが、つまるところ自分の軍隊を目立たせたいだけ。

そこに戦略的な意味合いはないというのか....。

疑問に思ったので聞いてみた。

 

「それでは、明日の1200時まで期限をもうけたのは?意味はなかったということですか」

「心配せずとも作戦はある。塹壕戦を行うガリア国境警備隊との戦いで帝国軍といえど疲弊しているはずだ。我が軍はそこを突き、一気呵成に突撃を開始する。帝国軍は突然の事態に恐慌し対処できず敗北を喫するであろう。フハハハ!」

 

高らかに笑うダモン。自らの勝利を全くと云っていいほど疑っていない。

彼の目にはもう帝国軍に打ち勝つ自分の姿が映っていた。

そして、自らの勝利を幻視していたその目が副官に向いた。

笑い声はピタリと止まっている。

 

「わしの作戦に何か文句があるかの.....?」

 

まさか異論があるわけではあるまいな.....。

胡乱気に睨みつけるダモンの視線に、副官の男は首を振って。

ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「いえ、素晴らしいお考えかと思います!流石はダモン将軍。そのような深謀があったとは、流石はガリアが誇る知将であります!」

 

.....俺にとって前線の兵士が幾ら死のうと知った事ではない。

最も大事なのは自らが何らかの功績を上げること。そして家中のみなに認められることだ。

その為には功績を取ってしまいかねない正規軍以外の部隊は邪魔なので。ダモン将軍のお考えは俺にとっても好都合なのだ。

捨て石の如く扱われる前線の兵士達は不憫だが、これも軍人としての運命だ。仕方のないことである。

代わりと云ってはなんだが俺の踏み台となってもらおう。貴族の役に立つのだ彼らも本望であろう。

 

「ハッハッハ。そうじゃろう、そうじゃろうて」

 

副官の絶賛の声に満足したのか何度も頷き、脂肪の付いた頬を揺らしているダモン。

やがて、目の前の食事を再開する。皿の上の肉に視線を置き。

 

「わしにかかれば戦場もこの肉も大して変わらんわい。要はいかに上手く調理された料理を最も美味となる瞬間に喰らうかどうかなのじゃ」

 

ナイフで肉を切り分け、たっぷりと脂身のついた部位だけをフォークで取る。一番ダモンが好きなところだ。

 

「美味しくない所は切り捨てればいい、好みのものだけをわしは喰いたいのだ.....」

 

意味深げに暗喩された言葉の後に、ダモンはフォークに刺した脂身を大きな口で食す。実に美味そうである。

結果的に前線の兵士達を無為に死なせていると云うのに罪悪感を毛ほども感じていない様子だ。

ダモンは肉を嚥下し副官に言った。

 

「しょうがない。後で司令部に顔を見せるとしようかの、彼奴らを宥める必要があるのじゃろ?」

「はい、お願い致します。自分では彼らを抑えきれませんので」

「仕方のない者達だのう....」

 

.....まったく、何を焦っておるのか?司令部の者どもは。この要塞が陥落するわけがないではないか。

塹壕には精鋭であるガリア兵が居るのじゃ、簡単に突破されるはずもなかろう。

それともわしの命令を尊寿する事もできない程の無能なのか......?。

 

もしそうであれば誉れ高きガリア公国軍も質が落ちたわい。嘆かわしいのお.....。

勝手な失望を内心で思いつつ、

 

「分かったわい。だが、コレを食い終えてからじゃ。腹が減っては戦は出来んからの。それからでも遅くはあるまい.....」

 

そう口にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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