あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十五話

ニュルンベルクは古代からの城塞都市である。市内を守るように円周を描く城壁が(そび)え立つ。

そのため多数の軍事施設が都市内に散らばり一般人の立ち入りを禁止する区画が数か所ある。

その一つに兵器研究試験場なる施設が存在した。

ドーム型のその施設は外部からの視察は一切できず特定の者達だけが入ることを許されていた。

 

そして秘匿された施設の内装は闘技場のように広々としており、恐らくは大隊規模の兵員を収納することすら不可能ではないだろう。

 

現在、そのドーム内にはたった二人の女性が向かい合っていた。

 

一人は銀髪の髪をなびかせて螺旋状の槍、と言うには短すぎる剣のような武器を手に構えているセルベリア。さらにもう片方の手には同じく盾が握られていた。

 

もう一人は紺色の髪をダルクス紋様のストールで縛るイムカ。その身に無骨な黒い鎧を纏っており手には砲身に片刃の剣が埋め込まれているような大型の武器を軽々と持っていた。

 

両者はまるで決闘者のように睨み合いを続けている。

 

と、そこでセルベリアが口を開いた。

 

「お前とこうしてやり合うのは一回目の試験運用以来だな、ひと月足らずでどこまで高めたか見物(みもの)だな。せいぜい私と殿下を失望させてくれるなよ?」

「.....問題ない。この前はヴァールが使えなかったから避けてばかりいたけど、今回の実験では使える。ようやく貴方と本気で戦える」

「それは私も同じこと.....まあ、この槍と盾の力を使うことになるかは分からんがな」

「それはない、貴方は必ずその槍と盾に頼ることになる。その上で私が勝つ」

「.....言ったな」

「うん、言った」

 

不敵な言葉を一蹴し合ったイムカとセルベリアはそこで笑みを消した。

研ぎ澄まされ高まっていく緊張感と共に大気がビリビリと緊迫する。

 

無言の時間が数十秒続き...........。

 

 

 

 

リリリリリリリリ!!

 

 

どこからともなく実験開始のベルが鳴った。

 

――――――その瞬間。

 

イムカは強く大地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

ヴィィィィンと響くバジュラに内蔵されたラジエーターの稼働音を背中で感じながらイムカは颯爽と駆け出し。重い鎧を着ているとは到底思えない軽やかな動きでセルベリアに迫る。

恐らく技術者が予想する値より数段早い速度で迫るイムカに対し、セルベリアは不動の構えをとっていた。

無表情の美貌には薄い笑みが浮かんでいる。

......舐められている!

それを余裕と判断したイムカは間合いに入った途端に、

 

「ナメルな!」

 

ヴァールを横凪に斬り払った。

大気を鋭く裂きながら振るわれたそれをセルベリアは後ろに跳ぶことで躱す。

少しの動揺もなく舞うように行われた動作はセルベリアの余裕を表していた。が、イムカも躱されたと見るや態勢を瞬時に戻し走り出していた。

 

「ハアアアアアア!!」

「来い!」

 

喝声と共にセルベリアは迫り来るヴァールの銃剣を螺旋状の剣で迎え打った。

ガキン!と甲高い金属音が響き、セルベリアの体が勢いよく押される。

 

「っく!」

 

ズザーっと地面を滑るセルベリアは態勢を立て直す。

.....パワーは予想を遥かに上回り、スピードも悪くない。

 

「だが、私の方が速度は上だ....!」

 

好戦的に弧を描く口元をそのままにセルベリアは風のような速さでその場を駆ける。

驚くべき速さでイムカの背後に周り渦巻形の剣を振りかぶった。

 

「ハアッ!」

 

気合いの声をはきながら剣を振り下ろす。

それに対してイムカは咄嗟に腕を頭上に掲げる事で凶刃を防いだ。西洋の鎧を模したバジュラは身体全体を包んでいる、その手甲で剣を弾き返したのだ。

高純度のラグナイト物質であるヴァルキュリアの槍と鋼鉄のバジュラがぶつかり、澄んだ金属の()が響く。

すかさずイムカは片手でヴァールを振り回した。

迫るヴァールの刃を、驚くべき事にセルベリアはその場で曲芸師のようにバク宙することで鮮やかに躱す。

あっさりとイムカの身長よりも高く跳び上がると(かかと)落としを行った。

美しい足から放たれるギロチンの如き一撃を、寸でのところでヴァールで防ぐ。

恐ろしい程の衝撃がバジュラを通してイムカに伝わった。

ヴァールとバジュラを介してこの威力。

 

「この化け物女。どこにそんな力が......!?」

「化け物とは言ってくれるじゃないか小娘」

 

ムッとしたセルベリアが足に力を込めた。ヴァールを踏みつける力が強まる。

ガクンと足が傾き地面に片膝を着くイムカ。

信じられない。常人の三倍の筋力を補正するバジュラをして、ギリギリと強くなっていくセルベリアの踏みつけに耐えるのがやっと。

これが戦車砲すら弾くヴァルキュリアの力か!

内心で驚愕するイムカは、それでも負けるつもりは毛頭なかった。

なぜなら.....。

 

()()()が見ている前でもう無様は晒せない!」

 

叫ぶイムカはヴァールを手放した。

拮抗していた力の均衡が一気に傾き、突然の事に反応できなかったセルベリアは踏みつける勢いのままにヴァールを地面に潰した。

それを狙ってイムカはセルベリアの長い足に組み付く。

 

「なにを....?」

 

獣のように飛びかかったイムカに戸惑いの表情を見せるセルベリアの視界は、次の瞬間急激に歪む。

なんとイムカはセルベリアの足を持ち上げグルグルと回り始めたのだ。

独楽のように回るイムカはバジュラによって補正された力で、セルベリアを人形のように振り回している。常人ではありえない光景はそれによって為されているのだ。

やがて遠心力が完全に乗り切るとイムカは手をパッと放す。

宙空を砲弾のように飛び、セルベリアの体はあっという間に試験場端のゲートまで吹っ飛んだ。

あわやゲートにぶつかるかと思われたがセルベリアは凡そ類い稀な反応速度で身を捻り、空中で姿勢を変えると壁に足を向け、

タン―――と壁にぶつかるセルベリアは危なげなく足で受け止める。

 

重力に従い体が地面に落ちる。―――その時、セルベリアの視界はソレを捉えていた。

落ちていたヴァールをもう一度構え直したイムカが、ヴァールの砲身をこちらに向けていて、

 

――瞬間――砲口が火を吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

★      ★      ★

 

 

 

ビリビリとした砲撃後の反動が体全体に伝わるのを感じながら、イムカの視線は爆発した後の土煙に消えた女の姿を探す。

普通なら誰もが死んだと思う状況だ。

なんせヴァールの大口径の砲撃をまともに受けたのだから。それで生きているのであれば、もはや人間ではない。神か悪魔の類だろう。

だからこそ、生きている事を確信する。

 

―――なんせ、

 

「......私とてあの方の前で無様は晒せんのだよ」

 

あれは女神と呼ばれる存在なのだから。

 

濛々と巻き起こる土煙の中から蒼い炎の如き光を纏ったセルベリアが現れる。

よく見れば構える盾の形状が変わっていた。

幅が広がって、より防御に適した大きさになった盾が、如何なる原理か無限を象徴するかのように回転しているのだ。

蒼い光に反応して輝いているように見える。

 

「ヴァルキュリア.....!」

 

何度見ても畏怖の念がこみ上げるその姿を、イムカは憎々しいと云った表情で見る。

やはり似ている。あの日見た少女達に.....。

 

そう思うと否応なく心が叫ぶ。復讐せよ!とイムカの体を駆り立てるのだ。

あの女は仇じゃないと分かっていても、どうしようもなかった。

 

「その目で見られるのは二度目だな。私とお前が初めて会った時の目とよく似ている」

「.....すまない。あの時は動転していた」

「かまわないさ、直ぐに誤解も解けたしな」

「.....あの時の悔しさは今も忘れない」

 

思い出すのは一年前。初めてセルベリアと出会った日。村を襲撃した仇と見間違えたイムカは紹介しようとするラインハルトの横を走り抜けいきなり殴りかかったのだ。

殺すつもりで放った一撃は、しかし、あっさりとセルベリアによって無力化された。

当時、既に軍に入隊し日夜血の滲む鍛錬を続けていたイムカを簡単に床に押さえつけたセルベリアは、まるで危険はなかったとばかりにラインハルトに問うたのだ「この少女はなんです?」と。

軍人とすら認識されなかったのだ。

あれほどの屈辱を感じたのは初めてで、泣きたくなるほど悔しかった。

 

「だけど、そのおかげで今の私はある」

 

その屈辱を胸に更なる精進を誓ったイムカは、死にもの狂いで訓練に励んだ。それによって精鋭が集まる『バジュラス・ゲイル』において若きエースと呼ばれるようになったのだから。

 

「感謝する。だけど貴方を超える為に鍛えた力だから、容赦はしない」

「いいだろう。その覚悟に免じて私も本気を見せよう。ヴァールとバジュラの力を完全に引き出してみせろイムカ!」

 

言下に、セルベリアの持つ巻貝のような剣が反応を見せた。螺旋の軌跡を描きながら剣身が伸びる。瞬時にその形状は、正に『ヴァルキュリアの槍』と呼ぶに相応しい姿になった。

 

完全に伝説上のヴァルキュリアとなったセルベリアは槍を構える。

神話の光景と見まがうそれをイムカはギラギラとした目で見ていた。

精神の昂りに応じて背中のランドセル機構に内蔵されたラジエーターが悲鳴を上げる。

 

「いくよ、ヴァール、バジュラ。一緒にあれを倒そう.....!」

 

己の相棒達に叱咤激励を投げかけたイムカは攻撃を開始する。

その為にヴァールに搭載された三つの機構の一つを使う。

 

ヴァールに取り付けてある流れ弾から防御する為のガードケースを引き開けて中から弾倉を出す、瞬時に弾を込めて拳で叩き弾倉を直す。ガチャンと音が鳴るのを聞き届け目標に狙いを定めた。

 

「喰らえ!!」

 

炸裂する衝撃音が響き火薬の匂いと共に弾丸が射出される。

一直線に迫る大口径の≪砲弾≫がセルベリアに迫った。

――それを。

 

「フッ!」

 

なんとセルベリアは、ヴァルキュリアの槍を振るい容易く弾丸を弾いて見せた。

以前、矢を弾いた時とは比べるべくもない程の絶技だ。

だが、それを見てもイムカは動揺を見せず、試験場内を駆けまわりヴァール第二の機構を披露する。

柄近くにあるトリガーを引き≪機銃≫を放射したのだ。削岩機の如く断続的に響く射撃音。

しかしそれも、セルベリアはヴァルキュリアの盾を前にすることで防ぎきる。回転する盾に空しく弾かれるライフル弾が地に堕ちる。

それでも撃ち続けるイムカはセルベリアに肉薄したところをヴァール第三の機構≪銃剣≫で斬りつけた。

 

「デヤアアアアアアア!」

「はっ!」

 

割断の勢いで振るったそれはヴァルキュリアの盾によって防がれる。

予想以上に重い一撃がセルベリアの体を僅かにずらすが、それだけだ。

.....バジュラによって力を補強されているはずなのに!

何度目かのその思いに顔を歪ませる。

 

「それでも、負けない.....!」

 

不屈の裂帛が試験場内に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「3.....2......1。最高新記録突破。素晴らしい!ヴァルキュリアを相手にここまで持ちこたえるなんて予想以上だ!!」

「このくらいイムカならやるでしょう」

 

ガラス張りの壁に顔を近づけて興奮するダルクス人とその横に立つラインハルト。

彼らは試験場の上部に設けられている観測室に居た。ここから試験場内の全てを見渡せるのだ。

眼下で繰り広げられる壮絶な戦いに、歓喜の声を上げる男の名はフォード。ダルクス人技術者だ。

片手に懐中時計を持ち計測していた彼は笑みを浮かべている。

 

「やはりイムカさんはバジュラの性能を完全に引き出している。流石は殿下が見込んだ子です」

「フォード博士。それよりもバジュラの事です」

「おお、そうですね。え~、試作段階は完全に終了と言ってよいでしょう。十分実戦にも耐えられます」

 

今もなお最高記録を更新し続けるイムカの様子を見て、フォード博士は頷いた。

機動力・耐久力・挙動どれをとっても申し分ない。

 

「ですが.....」

「なんだ?」

「なにぶん稼働時間がネックですね」

「確か三時間だったか」

 

三時間。

それがバジュラの稼働限界時間(オーバータイム)だとフォード博士が前に言っていたのを口にする。

 

「はい、ラジエーターを背部のランドセル機構に内蔵した事で出力を上げたのですが。そのせいで排熱機構が不十分でして稼働熱を逃がせないんです。耐久テストを行い判断した結果が三時間でした」

「なるほどな。サウナ地獄になると云う訳か。分かった。何よりも装着者の体調を考えた結果であれば構わない。整備面はどうなっている?それと限界時間後の冷却時間も教えてくれ」

「本来であれば整備兵は一人に対して一人は欲しい所ですね。バジュラは一回着てしまえば外部からじゃないと外せない仕様になっていますから」

「そうだな。最初の頃は新手の拷問器具かと思ったよ、エリーシャが目を輝かせていたな」

「ははは」

 

苦笑するフォードは観測室内にある椅子に座り語る。

 

「ですのでバジュラ整備部隊を作りたいと思います」

「ほう。続きは....?」

「はい。一つの拠点に待機させ、其処を『バジュラス・ゲイル』の帰還ポイントにするのです。戻って来たバジュラを総がかりで整備する事で時間を短縮させます」

「なるほど。前に出た相棒(バディ)案は整備兵の安全が保障できないので却下したが、それならいけるか......?」

 

ラインハルトも椅子に座り思案気に腕を組む。

 

「それと拠点であれば整備兵の整備環境を上げることが出来ます。なのでバジュラの冷却時間を短縮することが可能です」

「その実験は?」

「行いました。『バジュラス・ゲイル』は十五分で戦場に戻れるでしょう」

 

決断は早かった。

 

「よし!了承した。直ぐにでもウェルナーに打診しよう『中央相互支援連隊』の力が必要だからな」

「ありがとうございます」

 

ふとガラス張りの壁からイムカ達のいる試験場を見下ろす。

まだ戦いは終わっていない。

セルベリアの振るうヴァルキュリアの槍をヴァールで防いでいるイムカ。防戦一方のようだがバジュラを削られながらも必死に喰らいついている。

いや、違う。あえてバジュラで受けることで被害を最小限に食い止めているのか。

 

「すごい、なんてこった....!」

 

ラインハルトの視線を追いかけ試験場を見たフォードが驚きの声をもらす。

彼の予想した時間はとっくに過ぎている。つまりあれはバジュラではなくイムカ自身の力によるもの。

やはり、とラインハルトは思う。

彼女は天才だ。恐らくセルベリアに匹敵する才能の持ち主だろう。

 

「.....俺の様なまがいものではなく、彼女達こそ真の天才と呼ばれる存在なのだろうな」

「え?なにかおっしゃいましたか.....?」

 

ボソリと呟かれたラインハルトの声にフォードが聞き返すが。

ラインハルトは何でもないと首を振る。

 

「それよりも見ろ、セルベリアが槍の力を使うようだぞ」

「ええ!?」

 

見れば本当にセルベリアがヴァルキュリアの槍に蒼い炎の光を纏わせているところだった。

 

そして、

 

突き出された槍の先端から蒼き光が放たれる。

 

本当に狙っていたわけではなかったのだろう、蒼い光はイムカの頭上を越えて試験場のドーム型の壁に直撃した。

青い閃光がドーム内を白く染め直後に爆発が起こる。

瞑っていた目を開けたフォードはその光景に驚愕する。

なんと壁にぽっかりと大穴が開いてしまっていたのだ。

 

「まさか!?最高純度のラグナイト合金でつくった鋼鉄の壁だぞ!?三十センチの厚さもあるのに」

「どうやら古代ヴァルキュリア人のラグナイト精製技術には帝国の粋を結集させても未だ届かないらしいな」

 

そう呑気に口にするラインハルトの視界では試験場のあちこちで爆発が起きている。

セルベリアの槍が放つ蒼い光が、イムカの撃つヴァールの砲弾が整っていた試験場を荒地に変えていくのだ。

 

「セルベリアめ。久しぶりだからとハメを外しているな」

「そ、そんな事を言ってる場合ではありません!このままでは研究試験場が崩壊してしまう!?」

 

ハチの巣のようになっていくドームを見て真剣にそう思ったフォードは慌てた様子で壁のスイッチを押す。

ようやく実験終了のベルの音が聞こえる頃には兵器研究試験場は見るも無惨な有様を呈していた。

 

「あーーーーーー!!僕の試験場がああああああああ!」

 

膝を落として絶叫を上げるフォードの声を聞きながらラインハルトは立ち上がる。

 

「......さて、帰るか」

 

ドームに空いた穴の先から漏れだす夕焼けの光がなんともむなしげに映えるのだった。

 

 

 

 

 


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