あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十話

「.....そんな」

 

ハイエルに付き従い歩いていたエムリルが唐突に立ち止まった。

呆然と立ち尽くす彼女の視線が宙を彷徨う。まるで近くのモノを視ている様でもあり遠くを見ているようでもある。事実彼女は遠くで起きた事象に驚愕していた。

ただならぬ様子の彼女にハイエルが問う。

 

「どうしました?」

「.....い、妹が.....ニーアが倒されました」

 

告げられた言葉は驚くべきものであった。

彼女の思い違いではないだろう。双子である彼女達は遠くからでも意思の疎通ができる。妹との回線が途切れたのは紛れもない事実。

それはつまりヴァルキュリアが倒されたという事だ。

史上最強の個であるヴァルキュリアが敵によって倒された。

ならばその敵も同じヴァルキュリアである可能性が高い。

 

「やはりガリアにも存在しましたか」

 

しかも軍隊に所属している自分達と同様の存在だ。

作戦を進める中で邪魔な存在となるだろう。

作戦遂行すら危ぶまれる。だがそれでも。

 

「想定内です作戦は続行します」

 

そう言うと何事もなかった様に歩き出す。

だが動けないのがエムリルだ。

唯一の肉親とも言うべき妹が瀕死の状況を見過ごせるほど軍人として優秀ではなかった。叶うならば今すぐ助けに行きたい。だがそれは兄として敬愛する彼の意思に背く事になる。ジレンマが彼女を襲っていた。

それを見かねたハイエルが言う。

 

「大丈夫でしょう彼女達を信じなさい」

 

同じヴァルキュリアだからこそ分かる。

彼女達がただで転ぶはずがないと。

心配する事は何もない。

 

「それとも君は僕を信じられないのかい?」

「私が兄さまを信じないはずがありません、なぜなら私は兄さまの妹だから」

「良い子ですよ、それでいい」

 

路地を通り抜けたハイエルの視線の先に人だかりが映る。

焼け落ちた町から逃げ延びた難民たちだ。

不安な表情の彼らはこれから移動を開始するのだろう。

希望である王都に向かって。そこが地獄になるとも知らずに。

 

ほくそ笑むと二人は難民達の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニーアちゃん!ディー!」

 

叫ぶが二人からの反応はない。ぐったりと地面に倒れて動かない。

二人ともやられてしまった。

背後から急襲した卑怯な敵を睨みつける。

ビクリと肩を震わせるも正面から見据える。

その手には私の愛剣と同じ形状の剣が握られている。

ハルトが弾き飛ばしたニーアの剣だ。それを空中で掴み流れる様にニーアの背中を斬りつけたのだ。咄嗟の事で助けられなかった。

結果としてレプリカを二本も奪われてしまったのは痛恨の極みだ。

何より仲間を二人もやられてしまった。

今すぐにでもあの女を殺してやりたい。

だがそれはできない。むしろ私までやられる可能性の方が高い。

一番の障害である蒼い鎧の兵士が気を伺っている。

一瞬でも意識を反らせば首が飛ぶだろう。

もう選択肢は一つ逃げるしかない。

だけどこのままおめおめと私だけ逃げるなんて事が出来るわけがない。

一矢でも報いて見せる。

 

「炎よ渦巻け!!」

 

剣が呼応するように輝き出し。

言下に最大出力の蜷局を巻いた炎が現れる。

広場全体に熱波が広がる程のそれはかつてない程に強大だ。

ラインハルト達をのみこまんとする勢いである。

しかもまだ余力を見せているように見えた。

いったいどれ程の力を秘めているのかと驚愕する。

イムカはともかく生身の人間はひとたまりもないだろう。

絶体絶命のピンチに動いたのはリエラだった。

 

なんとラインハルト達の前に出たかと思うとおもむろに剣を構える。

 

「リエラ!?」

「ハルトさん私分かったんです。....ずっと不思議だった昔から自分が何なのか。でもようやくわかったんです彼女達を見て本能で理解した」

 

いきなり何を言っているのか分からなかったがラインハルトはそれを黙って聞いた。

リエラはこの戦いで何かを悟ったのだ。

そしてそれは恐らくこの場を生きて脱出する為に必要なキーである、とラインハルトは何故かそう思った。彼女の後姿が誰かに幻視して重なって見えたからだろう。

そうそれはまるで、

 

「私は——ヴァルキュリアなんだって」

 

その瞬間、蒼いオーラが彼女を中心に渦巻いた。

それは間違いなくヴァルキュリアの兆候である。

何度も見て来たからこそ見間違えるはずがない。

リエラはヴァルキュリアだった。

剣が反応するように輝き出す。そこでようやく気付く、これがヴァルキュリアの槍と盾を模して造られた模造品(レプリカ)であることに。

 

「そうかコレが彼女達の力を引き出していたのか」

 

敵の強大な力の秘密はこれか。

ならばこちらも利用できるはずだ。

恐らくリエラは今回が初のヴァルキュリア化であるはずだ。力に目覚めたのは恐らくセルベリアから受けた傷が原因だ。死に瀕して表面化していたのがヴァルキュリアの槍のレプリカである剣を握った事で完全に目覚めたのだろう。

 

だとすればチャンスは一回だけだ。

 

「リエラ.....落ち着いて剣を握れ。意識を集中させ剣に力を込めるイメージで。力に逆らわず意識を解放し、ただあるがままに力を流し剣を振れ」

「はい」

 

言われる通りにリエラは意識を集中する。

ラインハルトの言葉に疑問は持たなかった。

彼の言っている事が正しいと理解していたからだ。——そしてリエラは剣を振った。至極あっさりと振り切った。剣は空間を斬った。何も起こらないと思ったが違う。

文字通りズッと僅かに空間が別れたのだ。

不可視の斬撃である。

 

斬撃は頭上に渦巻いていた炎ごとアルテミスの剣を分断した。

何が起こったか分からなかったアルテミスは恐る恐る右手に握られた剣を見る。

凡そこの世の物とは思えない程に鋭利な切断面を残し半ばから剣が切り落とされていた。

それでリエラの正体をアルテミスも気付いた。

自らと同じ同族だという事に。

 

「次から次へと厄介っすね......!」

 

悪態を吐くがそれだけだ。どうしようもない。

剣を折られてしまった以上、力は半減する。

このままでは確実に負けるだろう。

どうしようもない程に追い込まれているのを感じる。

直ぐにでも敵は攻勢に転じるだろう。

考えろ考えろ考えろ。どうすればいい?

どうしたらハルト達を退かせることが出来る。

数秒の葛藤の末にアルテミスが考え出した結論は、全てのプライドを捨てる事だった。

 

「たすけて....みんな」

 

おもむろにアルテミスは剣を頭上に掲げる。残りの力を振り絞り火球を作り出した。しかしそれはラインハルト達に向けられたものではない。ぱしゅっと乾いた音が鳴り夜空に向かって放たれる火球が煌々と夜空を照らす。

それを見たラインハルトが叫んだ。

 

「全員この場から退け!」

 

あれが何なのか直ぐに察しがついた。

恐らくあれは照明弾だ。しかも仲間を呼び寄せる効果付きの。

この場に何人居るのか知らないが、きっとまだ何人ものヴァルキュリアが居るのだろう。

流石にそれら全員を相手にしている余裕はない。

敵が集まる前に撤退する。

幸いこの場から脱出するための条件は整った。

町の人々は既に脱出している。後は俺達だけだ。

 

「行くぞ今はここまでだ。だがいずれ決着はつける」

 

つけなければならない。

ガリア公国内で彼女達に勝てるのは俺達しかいないのだから。

....決戦は恐らくあの場所になるだろう。その時は俺自らが動く。

その決意と共にラインハルトは広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、広場にはヴァルキュリアが集結していた。

数にして十二人。駆けつけた彼女達は広場の惨状を見て驚いた。

三人の仲間の内二人が倒されていたのだから当然だ。

 

「救難信号見てまさかとは思ったけどニーアとディーがやられるなんてね」

 

信じられないと首を振る。

他にも思い思いの感情を露わにしていた。

とにかく直ぐに手当は行われた。が、状態は芳しくない。

ディーは利き腕を複雑骨折していたがまだいい。問題はニーアの方だ。背中を深々と斬られている。あと数ミリ深ければ即死していただろう。どちらにせよ直ぐにでも治療しなければ助からない。アルテミスが一人の女に縋りつく。

 

「お願いしますニーアちゃんを助けて下さい」

「へえ、あんたがお願いするとこなんて初めて見た」

 

女は意外なものを見る目で笑った。

こんな憔悴しているアルテミスを見るのは初めてだった。

それほどコテンパンにやられたのだろう。

 

「まあ私に任せなさい」

 

そう言った彼女はニーアの傷口に手を置いた。

ほのかに光があふれだす。

医療従事者なら分かる、それがラグナエイドの発光と酷似したものであることに。事実それは回復の兆しだった。みるみるうちに患部の傷口が治っていく。

数分後には完璧に処置が済んだ。ニーアは穏やかに眠っている。

 

「これでよしと」

「ありがとうございますイース」

「一命は取り留めたけど血を流し過ぎたわ体に血が戻るまでは目を覚まさないでしょうね安静にさせておきなさい」

「それじゃあ....」

「ええ作戦は無事に遂行されたわ、あんたの力の御蔭でね」

 

既に町は逆巻く炎によって壊滅した。

もう一部しかその存在があった事を証明する建造物は残っていない。

それも全てはアルテミスの力によるものだ。

 

「あんたが町の破壊に力を使っていたから短時間で作戦遂行が出来た」

「でも私は敵のヴァルキュリアや人間に負けました」

「何言ってんのよ勝ちでしょこれはあんたの」

 

イースと呼ばれた女はだから笑いなさいよと言って笑った。

 

「いつもみたいに自信満々に勝ち誇りなさいそれがあんたでしょ?」

「......そっすね」

 

無理やりにでもいい、笑う。

いい仲間に恵まれたものだとそう思った。

 

「それより敵にもヴァルキュリアが居ると分かった以上、隊長の命令もある。直ぐにこの場所から撤退するぞ」

「ヤンのおじさんはヴァルキュリアが居たら戦わずに後退しろって言ってたよね」

「私達もヴァルキュリアなんだから大丈夫なのにね」

 

笑い合う少女の横に立つ長身の女が首を振る。

 

「いや.....今回の事でよく分かった。どうやら私達は少し慢心していたようだ。隊長が厳命したのはそれを見抜いていたからだろう。やはりあの男指揮者としては正しい....か」

「そうね私達も反省しないと。仲間を二人も失う所だったわ」

「えー」

「ブーブー!」

 

不満そうな少女達をよそに頷き合うお姉さん組。

自分達の力が絶対のものではないと理解したのだ。

戦闘経験の足りなさが如実に表れた。今後はそこを踏まえて動くべきだろう。

アルテミスもまたそう思う。イースは勝ちだと言ってくれたがやはり自分にとっては負けに等しい。きっとあの人たちとはまた戦う事になるだろう。その時に必ずリベンジを果たす。

 

「決戦は....王都」

 

 

 

 


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