あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十九話

「すまない遅れた、換装に手間取ってしまった」

 

俺を庇うように立つイムカが謝る。

いや良いタイミングだ、これ以上ない程にな。

事実かなりのインパクトを彼女達に与えられたはずだ。こちらを警戒して近づかない。

恐らくあと一押しで彼女らを撤退に追い込める。

それにはイムカの力が必要不可欠となる。

 

「.....ハルトあれは」

「ああ帝国のヴァルキュリアだ。いけるか?」

 

しかし相手はヴァルキュリア。それは困難を極める事だろう。

だが、俺を庇うように立ちふさがるイムカはヴァールを一振り。

ブォンと風が鳴りその感触にイムカはただ一言だけ。

 

「問題はない」

「実力はセルベリアの半分程度。だが未知の力を秘めている気を付けろ」

「了解」

 

そう言うとイムカは四肢に力を溜める様にかがみこむと、一息に駆けだした。

その余波で硬い地面のタイルが粉砕された程だ。

正常に稼働している。その動作に確信を得た。

時速にして110㎞以上の瞬間的な爆発力を引き出すヴァルキリーの鎧を身に纏ったイムカは一瞬にして敵との差を縮める。

その人間離れした速さで迫るイムカに身構えていた三人が圧倒される。

 

「何なんすか本当に人間すかあれ!?」

「速い!」

「分からないわよ!とにかく迎撃するわよ!」

 

動揺を隠せないままにニーアの言葉でアルテミスが前に出た。

手を前に突き出し魔法の言葉を唱える。

別に唱えなくても使えるがイメージを底上げする為の必要な措置だ。

 

「炎よ壁となって敵の進みを阻害せよ!」

 

言下に火球が蠢き形を変えたかと思うとあっという間に高い炎の壁となって眼前に現れた。

鉄すら溶かす灼熱の壁だいかなる敵の攻撃も通さない。

そのまま燃え尽きるがいい。

絶対の自信をもって放たれた炎の壁を意に介さずイムカの足は止まらない。

一直線に駆け抜ける。そしてイムカの体は炎の中に消えていった。

勝った、そう思った直後、信じられない光景を目にした。

なんと高温の炎の中から何事もなかった様にイムカが走り抜けてきたのだ。

鎧に変形は見られない全くの無傷である。

 

「噓!?」

 

自分から出たとは思えない驚愕の声を上げる。

今日だけでいったい何度目だろうか。

絶対の攻撃を躱される自信喪失を味わされるのは。

呆気に取られている間にとうとうイムカが目の前に迫りヴァールを横凪に切り払う。

無防備に立ち尽くすアルテミスに凶刃が迫る。

殺される。その寸前で横から黒い影が割り込んだ。

ニーアである。間一髪のタイミングで入ったニーアの剣がヴァールの一撃を受け止める。

ありえないぐらい重い一撃に腕に痺れる痛みが走る。

苦痛で顔がゆがむ。どんだけ馬鹿力してるのよ。

 

「ディー!こいつの動きを止めて!」

 

大の大人でも赤子の様にひねる彼女の力ならこの馬鹿力を抑え込める。そう判断しての事だったが淡々とした言葉が返ってくる。

 

「無理、私の念力は目を見ないと発動しない。それに無機物は操れない」

「そうだった意味ないわね!」

「.....ひどい」

 

吐き捨てる様に言われ肩を落としてしょげるディー。

普段なら悪かったわねと反省するが今はそれに構っている暇すらない。

一合受けただけで分かる。こいつはやばい。

アルテミスの炎もディーの念力も効かない。

単体でこちらの戦力を上回っている。

馬鹿げてるわね。

 

——ごくりと生唾を呑みこんだ。

この敵は危険だ。

だからこそ敵の正体を探らなければならない。

敵は固い甲殻の中。どうする?

攻略方法を企てるがそれをイムカが許すはずもなく。

鍔迫り合いを止め即座に連撃を繰り出してきた。

類稀なる反射神経をもってしても躱すのは容易ではなく。

次々とニーアの体に生傷が増えていく。

 

「ニーアちゃんどいて!」

 

その言葉にニーアは後ろに飛びのいた。直後降りかかる無数の炎弾、当たれば火傷では済まないそれをイムカはヴァールで草を薙ぐように切り払っていく。

その動きには一切の無駄がない。音階を舞うかのようであった。

改めて人間業じゃない。やはりアルファの炎でも倒せなかった。

つまりウィークポイントを探さなければ私達に勝ち目はない。

 

「アルファ!時間を稼いで!」

「分かった!」

 

アルファが敵を引き付けている間に周囲に視線を巡らせる。

弱点、弱点はどこ?

必ずあるはずだどんな敵にも弱点はある。

 

「......あの男」

 

そして見つけた。あの金髪の男だ。

最初に現れた時もそうだが今も敵は位置を変えながらも常に金髪の男を後ろにして守れる様に立ちまわっている。つまりあの男こそが敵の弱点に他ならない。

あの男を仕留めれば勝負の流れはこちらに傾くだろう。

男はまだ息を整えている途中だ。

いける。

 

「ディー!援護して!」

「合点」

 

指示を出した直ぐ、ニーアは陸上選手の様に走り出した。

勢いよく地面を蹴りだした体は相対的に前へと進む。

その速度は四足獣に匹敵した。

その動きに反応できた者は少ない。がその僅かな数に当然イムカは含まれる。駆け抜けるニーアの前に炎弾を切り分けるイムカが割り込んだ。通さないという気迫が伺える。

突破するのは至難を極めるだろう。

だがニーアは足を緩めない。彼我が接敵する直前、二人の前に小さな影が躍り出る。

 

ディーである。小刀を構え忍者の様に動く彼女がイムカの前に立ち塞がったのだ。

肉薄するディー。邪魔だとばかりに振るわれるヴァールの刃が迫る。大振りに振るわれたそれをギリギリの所で躱す。完全には避けきれず薄皮一枚切り裂かれるが微塵も気にせずディーは小刀をイムカに叩き込んだ。

狙いは脇の関節部分。鎧の継ぎ目である。

 

「っ!」

 

刃が通らない。

小刀は正確に脇を抜けて心臓に到達する角度から入った。

しかし切先は特殊な防刃繊維によって止められていた。

ありえない。ディーは内心驚愕する。

通常なら如何なる戦闘服であろうと串刺しにする自分の一撃が全くの無効。

普通ではない、いったいどんな素材ならそれが可能だというのだろう。

 

ディーは知らない。それが少しだけ先の未来の技術で作られていることを。合成繊維という柔らかい金属の糸で編んだ化学の衣服であるそれは100年先の時代でも防弾チョッキ等に用いられている。それを何重にも重ねて鎧の下に張り合わせた。

つまりは金属布の着ぐるみを着ているようなもの。

普通であれば人間に着せる代物ではないがヴァルキリーであれば楽に動かせる。その結果、刺突、殴打、斬撃に対する耐性を備えている。

だけでなく不燃素材でもあるため火にも強い。

まさしくヴァルキュリアを倒す為に作られたと言っても過言ではない。

 

(決まったな)

 

ラインハルトは確信する。

イムカはかわせなかったのではない、躱さなかったのだ。

あえて大振りの一撃を繰り出し隙を晒した。

その理由を問うまでもない。

振り子の如く返って来たヴァールの砲身がディーの無防備な体を殴打する。

もろに受けてしまった彼女は散りゆく木っ端の様に弾き飛ばされてしまう。

完全にカウンターが決まった形だ。

あれでは生きていても戦闘不能は免れないだろう。

 

俺があれだけ手こずった相手をものともしない。

あれほどの攻防を一瞬の間で終わらせるとは、まったく末恐ろしい才能である。

仲間である事が頼もしい。

 

ここまでで僅か数秒の出来事である。

 

ラインハルトの目前にニーアが迫っていた。

仲間が倒されたにも関わらず視線を俺から外さない。

凄まじい集中力である。イムカを倒せないと判断して全力をもって俺を仕留めに来たか。判断が早いな。イムカは間に合わない。駆けつけるのに更に数秒を要するだろう。

つまりここで俺が防げなければ俺達の負けだ。

だが逆に言えば敵の攻撃を一手でも防ぐ事が出来れば俺の勝ちでもある。

イムカが駆けつける数秒を稼げばいいのだから。

決着は一瞬でつくだろう。

そして俺には勝算があった。

ここまでの戦いによって研ぎ澄まされた感覚が俺を次のレベルに引き上げた。

緩やかに世界が流れていくのを感じる。

イムカとディーの戦いを冷静に見届けられたのもこの力のおかげだ。

それはいわゆるゾーンと呼ばれるもので、一部のアスリートに時折発現する事象だった。

 

人によって違うらしいが時間の流れが遅く感じる事があるらしい。

恐らくそれだろう。

 

ラインハルトは静かに剣を下段に構えた。

フッと呼気を止める。次の瞬間——ラインハルトの体が動いた。

迫りくるニーアに向けて体を前に出し剣を振るう。

地面に向いていた剣先が跳ね上がり大上段の一撃を繰り出してきた彼女の剣とかち合う。

その瞬間をゆっくりとラインハルトは見ていた。

剣と剣が直撃する瞬間を見逃さない。

そしてここだというタイミングで手首を返した。

剣はクルリと回転して彼女の剣を巻き取る。

カキンと小気味良い音がしたと思った時には彼女の剣は空中を舞っていた。

尋常ならざる剣技である。

一瞬でも遅れていたらラインハルトの頭が割れていた事だろう。

この緩やかな世界を体得したからこそできる技だった。

敵は武器を失った。勝った。

 

ラインハルトが油断した——その瞬間をニーアは見逃さなかった。

なんと彼女は一歩足を踏み込んだのだ。

片刃が自分の肌を切り裂くのも気にせず前に出た彼女はソッとラインハルトの剣を抱きしめて見せた。しまったと思った時にはもう遅い。

万力の如き力で固定され微塵も剣を動かせなくされていた。

そして次の瞬間ラインハルトの顔めがけて鋭い蹴りが放たれる。

その体勢から蹴れるのか。

軟体動物もびっくりの動きに驚きを隠せないながらも咄嗟に上体を反らす事で何とか躱す事に成功した。だがそのせいで背中から地面に倒れるのを防ぐことは出来なかった。

直ぐに態勢を整えようとしたが、気づけば取られた剣が喉元に向けられていた。

やられた。

 

「私の勝ちね」

 

流石にここからの逆転は無理だろう。

大人しく観念するしかない。

ラインハルトは降参のポーズを取った。

だが気になる事がある。

 

「どうして俺が斬らないと分かった?」

 

あの瞬間、俺は彼女を斬れた。

なのに彼女は退くどころか前に出て来た。

まるで俺が斬らないと分かっていたかのように。

 

「....いいわ教えてあげる、あの馬鹿が言ってたと思うけど私は人の心が読めるの。それは直に手で触れないと分からない事だけれど、それとは別に分かる事がある、直感のようなものだけれど相手の機微や感情を何となく感じる事ができるの。貴方はあの時、私を殺すつもりがなかった。そう感じたから前に出たのよ」

「成程そうか、なら次は無心の境地を習得しないとならないようだな」

 

考えを読まれるなら何も考えなければいい。

至極単純な事だ。そう思っていたらクスリと笑われた。

 

「面白い人ねこの状況で次があると考えるなんて。

貴方が何者なのか次第ではここで殺す事だってありえるのに」

「.....まっそこは大丈夫だろう俺の命までは取れないはずだ」

「貴方が嘘をついてない事が分かるからこそますます興味が湧いてきたわ。

——さあ答えて貴方は何者なの?」

 

ゆっくりと彼女の手が伸びてきて。

そして俺の頭に触れる。僅かな時間の後、彼女に変化が現れる。

徐々に顔が驚きに染まっていき、俺をありえないものを見るような目で見る。

どうやら俺の正体に気付いたようだ。

確かめる様に口をひらく。

 

「まさか....貴方は.....」

「ニーアちゃん後ろ!!」

「....え?」

 

ニーアが振り向こうとするその背中を一刀の斬撃が走る。

何かを言おうとするもそれは声にはならずニーアはどっと地面に倒れた。

その地面を彼女の血が伝う。

その背後には返り血を浴びたかのような赤い彼女の髪が風になびいていた。

彼女は剣にこびりついた血を払うと、

 

「大丈夫でしたかハルトさん?」

 

そう優しく笑いかけてきた。

まさか彼女に助けられるとは思わなかった。

そういえば広場には合流していなかったな。

どこかに隠れ潜んでいたのだろう。敵が油断するのを待っていたのだ猟犬の如く。

 

「ああ、助かったよリエラ」

 

猟犬部隊(ネームレス)のリエラがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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