あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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プロローグ

青い花が咲き誇る庭を眺めながらゆったりと歩くラインハルトは、気配を感じて歩みを止める。

 

「そこにいるのは誰?」

 

声をかけた先の身丈を超えた花壇の奥からガサリと音が鳴る。

煩わしく思ったので巻いて来たいつも近辺にはべる護衛たちも居ない。今ここにはラインハルトしかいない筈だ。不審に思い誰かを呼ぼうと踵を返そうとする。

それよりも早く行動を起こしたのは花奥に潜む何者かだった。

バッと影が動いたかと思うとそれは目の前に現れた。

 

それは白いワンピースを着た一人の少女だった。

咲き誇る花々と同じ青い髪の見目麗しいその少女は、宝石のような赤い瞳をもってラインハルトを見る。

紅く透き通った瞳の中には希望と恐怖の色が混じり込んでいた。

 

「なぜそんな目で僕を見る?君はいったい何者だ」

「え、あ......わたしを知らない.....研究所の奴らじゃない....?」

 

ラインハルトを見て訝しむ少女は疑問の声を上げ、目を見開く。

警戒しているようだがさっきまでの怯えた目ではない。

 

「あなたは誰。こんな場所でなにをしているの」

「兄上に付いて来たのだが暇でね。この施設の探検をしていたんだ....なにを警戒しているか知らないけど僕はこの花園があまりに素晴らしかったから散歩していただけだよ」

 

そう言って花を眺めるのを再開するラインハルトに釣られて少女も花を見やる。確かに美しい光景だと少女も思う。いつもは狭く無機質な白い部屋に閉じ込められている少女にとってすべてが鮮やかに写っていた。

 

「それで、君はいったい誰、名前は?」

「わたしは.....」

 

言葉が詰まる少女は苦しそうに顔を俯かせる。そもそも名前すらもたない少女にとって自分が誰なのかという事を示す言葉が存在しない。いや、一つだけあった。

自らを示すある言葉が。

 

「わたしは067号.....名前はない」

「そうか、君は....」

 

___________

 

 

少女は目の前に居る少年から目を外せなかった。

フワフワと綿毛のように柔らかそうな金色の髪に白い肌をもつ少年は、まるでお伽噺に聞く天使のようで。

ある理由から隠れていた少女が少年の前に出て来てしまったのも、天使が救いに来てくれたのかと錯覚してしまったからだ。それ程に少年は美しかった。

 

だが甘い幻想も直ぐに晴れ、我に返った少女は内心で青ざめる。

自分を閉じ込めて酷いことをするあいつらの味方かもしれない。

 

そう思い警戒していたが次の少年の言葉に安堵する。

 

「なぜそんな目で僕を見る?君はいったい何者だ」

「え、あ......わたしを知らない.....研究所の奴らじゃない....?」

 

この施設で自分を知らない人間はいない。もしいるとしたらそれは外から来た部外者にしか他ならない。

そんなことを研究所の人間が言っていたのを覚えていた。秘密裏に行われている研究だそうだ。

 

安心してホッと息を軽く吐く。すると次に疑念が芽生える

 

だとしたら目の前の少年はいったい何者なんだろう。

 

「あなたは誰。こんな場所でなにをしているの」

 

そう問うと少年は細い顎に手を当てて視線を少女から外し横を向く。

 

「兄上に付いて来たのだが暇でね。この施設の探検をしていたんだ....なにを警戒しているか知らないけど僕はこの花園があまりに素晴らしかったから散歩していただけだよ」

 

彼の視線を追いかけるようにそちらを見れば青い花が咲き誇る見事な光景が広がっている。逃げるのに必死で今まで気が付かなかった。

 

凛と咲く青い花が美貌の少年を彩るように咲き誇る光景はまるで一枚の絵画のような美しさがあった。

 

「それで君はいったい誰、名前は?」

 

美しい光景に目を奪われていた少女はふとこちらに視線を戻した少年が首を傾げながら言った言葉に返答しようとして、何も言えないことに愕然とした。

 

知識としては知っている。名前というのは両親が己の子どもに与える呼称で最初に親が子に与えるモノだと云う。

今よりもっと幼い頃に連れてこられた自分は親に与えられた名前が存在しない。そもそも親という認識がわからない自分にとってそれはとても縁遠い存在で。

少年に問われたことで初めて意識したほどだ。

 

唯一自分を示す言葉があるとすれば、それは研究者達が自分を呼ぶ時につかう優しさの欠片もない無機質な番号のみ。

 

「わたしは067号.....名前はない」

「そうか君は....」

 

わたしの言葉に息を吞み驚きの表情になった少年が何かを言おうとした時。

 

花奥の方から複数の男達が現れた。男達は少女を見つけてほくそ笑み、次いで少年の姿に気付き目を驚きに染める。

 

「おや、もしやあなた様は皇太子殿下ではございませんか?」

 

男達の間から白衣を着た一人の男が遅れてやって来た。

痩せすぎた細身の男は顔に作りものめいた笑みを張りつけている。

その男を少女は知っていた。

少女の実験を手掛ける研究の中核を指示していたのがこの男だ。嫌がる少女に無理やり苦痛を与える実験を幾度も行わせていた。

 

「ひッ」

 

これまで行われてきた実験のフラッシュバックが脳裏をよぎり、少女は思わず肩を震わせる。

もう戻りたくない、あんな場所に。

 

しかし、そんな少女の思いを踏み躙るように男は口をひらく。

 

「私はここの研究機関に在籍する一人のクラベルと申します。この度はこのような失態を見せてしまい申し訳ございません。そこの実験道具が御身の前に立つ非礼をお許しください。今後はこのような事がないよう厳しく調教いたします」

 

調教という言葉に少女は今度こそ絶望に表情を歪ませた。ラグナイトの光が身を焼く感触を思いだす。

 

腕を回し耐えるように身をかき抱く少女。小さな体を縮こまらせている。

それを冷たい目で見下ろすクラベルは付近に立つ男達に目線を送る。

その合図に頷くと男達は少女を取り囲む。

 

「い、いや!」

「大人しくしろ」

 

暴れる少女の腕を乱暴に掴み強引に連れて行こうとする男達。必死に抵抗するがか弱い少女の力では振りほどくことができない。

 

涙を流しながら嫌だと拒むが、何の意味もなかった。

男たちにとっては無駄な抵抗だが苛立たせるには十分で、業を煮やした屈強な男がおもむろに拳を振り上げた。あっと少女に恐怖が走る。

 

「....待て」

 

その時だ。それまで黙って見ていた少年が口をひらいた。怜悧な瞳が男達を捉える。

 

「その子を離せ」

 

男達は少年の言葉に思わず顔を合わせた。いかつい顔を見合わせてどうすればいいか分からないといった風だ。

 

「二度は言わぬぞ。俺の命令に従わぬというのならば如何なる刑罰をも受ける所存というわけだな?ならばよかろう。その子が受ける罰よりもなお重い刑を俺が保障してやろう」

 

それはたまったものではない。慌てて少女から離れる男達。

 

突然の自由に腰を落とした少女は地面に座り込み、呆然と少年を見上げる。

いくら頑張っても逃れることのできなかった屈強な男達の拘束が少年の言葉によって簡単に解けてしまったことが信じられないといった様子だ。

 

「なんのおつもりですか殿下?」

「この子は俺が貰い受ける」

「それは......どういうおつもりですか」

 

ラインハルトの意図が分からずクラベルは眉をひそめる。

 

「言葉通りだ。この者は、この俺ラインハルト・フォン・レギンレイヴが預かる」

「.....まさかあなたまでそのような事を言ってくるとは。やれやれ困りましたねえ。それは最高の素体だというのに.....」

「そうか。兄上も同じことを言ってきたか。まあそれは分かっていたことだがな、それでお前達は彼女を隠すために移送している途中で逃げられたといったところか」

「.......なるほど、理解した上での言葉でしたか、であれば私から言える事はもはや何もありますまい。後の話は兄上君と決めるがいいでしょう」

 

ラインハルトの奇妙なセリフを納得した様子で返したクラベルは首を振って。その後に視線を少女に向ける。

 

「067号。残念ですがお別れです、第一世代戦乙女計画は一時凍結することでしょう。実験は本日をもって終わりです」

「あ、え?」

「あなたがこの先をどう生きていくのか興味深いですが、機関はこれ以降の干渉を禁じられるでしょうから、これだけを言っておきます。その力を使う時がくれば躊躇わないことです、世界は貴方を放ってはおかないのだから」

「どういう意味?」

「いずれ気づくことでしょう自分の特別な力に。それでは私どもはこれで....」

 

拍子抜けするほどあっさり去って行くクラベル達を呆然と見送る少女。なにが起きているのかさっぱり分からなかったが、これだけは分かる。わたしはもうあの部屋に戻らなくてよいのだと。

そして救ってくれたのが目の前の少年だということを、理解する。

 

(ああ、やっぱり間違ってなかった。この人は天使だった。わたしを救ってくれた)

 

理解した途端、少女の目から涙があふれてきた。絶望だけではなく歓喜でも涙がでるのだという事をこの日初めて少女は知った。

 









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