岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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あけおめ(理性蒸発)
筆を早くしたいというのは何だったんでしょう。


28.外出の時間

 

 E組に自律思考固定砲台改め律という新しい仲間が加わって数日。新顔が増えた事により暗殺の方向性も変わってくるだろうかと思っていたが、実際のところ、思っていた程の変化はなかった。

 殺せんせーは相変わらずこちらの攻撃を悉く躱してしまう。それは律という遠距離攻撃のスペシャリストが加入しても同様であり、むしろ躱す対象が増えた事でより分身も増えている気がする。

 

 更に言えば、律の能力もそれ程万能という訳ではないことが判明した。

 彼女の使用する銃は特殊なプラスチックでその都度成型されるものであり、私達が持ってる銃の様に決まった形を持たない。それ故状況に応じた兵装の使い分けが可能というのが強みだが、それは同時に咄嗟の武器変更が不可能であることを示している。加えて彼女は遠距離専門なので、近接戦闘の心得(プログラム)は有していない。

 以上の事から、殺せんせーのような素早い存在だと、簡単に張り付かれてどうにもできなくなるケースがある。しかもその状態では彼女の身体が遮蔽物になってしまい、銃弾が届かなくなるという事もあった。

 

「これが、『苛立ち』の感情なのですね」

 

 殺せんせーによる超至近距離での弱点解説授業を体験した直後の休み時間に、感情を押し殺したと一発でわかる平坦な声でそう告げた律の姿は記憶に新しい。

 

 そのため、最近の律の暗殺は銃撃そのものに関してはやや控えめであり、その分のリソースを殺せんせーの回避軌道観測に当てている。

 人間には不可能な処理速度で行われる高速演算が彼女の強みである。私も出来なくはないが、純粋な計算機能という事なら彼女の方が上だろう。

 

 そしてクラスに馴染む方については、元々クラスに溶け込むために施された改良なのでそこまで問題は無い。むしろAIの特性を活かしてあっという間に仲良くなっていった。茅野さんの思考に合わせたスイーツ店の情報を掲示したり、竹林君の無茶振りに合成音声を使用して応えたり、磯貝君にスーパーの特売情報を送信したり……とまぁ、少しやり過ぎじゃないかと思うくらいには交友を深めている。

 ただ、寺坂君グループはガムテープ簀巻き事件の一件もあり、彼らが暗殺に対して非協力的であることもあって余り仲は宜しくないらしい。まぁこればかりは仕方ないだろう。時間が解決してくれるのを待つしかないと思う。

 

 とまぁそんな感じで、律という新しい仲間を迎えたE組は、そこそこ順調な滑り出しを見せていた。

 

 そうして日々が過ぎる事少し。殺せんせーの暗殺が捗らなくても、世間は止まってくれやしない。

 空気は湿り気を含み、晴れよりも曇りや雨の天気が増え始める。季節は梅雨、六月となった。

 

 殺せんせーの暗殺期限まで、残り9ヶ月。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「まぁ、何の進展も無いんだけどさ」

 

 テーブルの上に上半身を広げながらそんな事を呟く。外の空気同様、私の気分はじめっとしている。いや、私に限らずE組全員がそうだろう。

 だってあの教師、全然殺せそうにない。そもそも攻撃が当たらないのだ。何とかして傷を負わせようと策を巡らせても寸前で回避する。そして同じ手は二度通じないという学習能力の高さが非常に厄介だ。

 愚痴るのは趣味じゃないにしても、文句の一つも言いたくなる。

 

「……何だ、助言の一つでも欲しいのか?」

 

「大丈夫、求めてないよ」

 

「ならば良い」

 

 ギルガメッシュの鬱陶しそうな言葉をぺいっと叩き返す。私の戦いなのに、王様に頼るのは駄目だろう。

 ちなみに今日の王様はソファーを占領しており、本棚にあった本を読んでいる。私は買った覚えが無いし、経済書なんて王様がわざわざ買ったとも思えない。多分この家に元々あったものだろう。どちらの物だったのかは不明だが。

 どうせ本を読むなら眼鏡の一つでも掛けてくれればいいのに。

 

「しかし、進展の一つも無いというのもつまらんな。

 二月は経ったのだ。何か新たな発見でもあれば面白いが」

 

 本を閉じた王様が話題を繋いできた。文字を追うよりは退屈しのぎになるとでも思ったんだろうか。

 

「発見って言っても……あ」

 

 何かあったかと記憶を探れば、思い当たる物が一つあった。

 

「そういえば今日、膨らんでたな殺せんせー」

 

「何?」

 

「湿気を吸って膨らんだって言ってた。生米みたいだよね」

 

 そう、今日の殺せんせーは顔面が大きかった。皆その事には気付いていたのだが、律が質問するまでその事には誰も触れていなかった。

 

「雨粒は避けれるけど湿気は駄目らしいから、次に暗殺を試すとしたらその方向から攻めるべきだと思うよ」

 

「―――そうか、励めよ」

 

 珍しく王様から激を頂いてしまった。やけに愉しそうな王様を尻目に、色々と方法を考えていく。

 

 殺せんせーの言っていた事が本当なら、霧を躱す事は出来ないという事だろうか。ならば対先生物質を粉状にして砂塵の様にすればどうだろうか。触手の風圧で吹き飛ばされる可能性は高いが、やってみる価値はあるだろう。

 あるいは空気中に撒くという事を考えるとやはり毒だろうか。奥田さんも色々と殺せんせーに効果的な毒物を開発しようとしているけど、今一つらしい。殺せんせーと一緒に作ってる時点で出来るかどうか怪しいが、完成した時のために候補に入れておこう。

 

 ちなみに後日試した所、対先生物質の砂塵は呆気なくマッハの風圧で薙ぎ払われた。しかもその場に居た全員に対して粉じん対策のマスクとゴーグルを装着させた上でだ。髪に関しては一切の措置がされなかったので、私を含めて女子からはクレームの嵐だった。

 

「時に雑種、明日の放課後は空けておけ」

 

 一通りの殺害方法を纏めた頃、王様がそんな事を言いだした。

 

「放課後……何で?」

 

「退屈凌ぎの遊興だ、供をしろ」

 

 正直、ついに来たかと思ってしまった。

 霊体化しての護衛やら何やら言っていたこの王様だが、それだけに徹して大人しくしている筈なんて無いと確信していた。むしろこうやって気分転換を言い出すまでに一週間以上時間が経っていた事に少し驚いている。

 

「あー、遊びにかぁ」

 

「……何だ、よもや不服とでも言うつもりか?」

 

「いや違う違う。遊びに行くのは全然良いよ、問題無い」

 

 不機嫌になったギルガメッシュの声に全力で否定する。

 王様と出かけるというのは、実際に嫌ではない。かつての旅でも様々な所を観光していたが、嫌だと思った事は無かった。

 常に先頭を行く彼の背中は「ついて来い」と告げているようで、私が見聞きした物に反応を示す度に色々と言葉をくれた。そんな彼との遊び目的の外出だ、厭う筈が無い。

 

 まぁ彼をもってしても未知の文明というものが相手であったために、はしゃぎまくってあちらこちらへ振り回された上に無数のトラブルを引き起こした事に対する苦情ならダース単位であるのだが、言った所でどうせ聞いてくれないのでそれは置いておく。

 

 とにかく、外に出かける事に対して問題は無いのだ。しかし懸念が一つある。

 

「ただなぁ」

 

「?」

 

「いや……放課後って事は他の学生も下校中だからさ。

 ……一緒に居る所をクラスメイトに見られたら、その、困るかなぁって」

 

 そう、気にするべきはその一点だ。

 

 どう見ても血の繋がりが無い男女、男が成人済みで女が学生。この組み合わせを見た時、思い浮かぶ関係は何だろうか。

 知人や友人ならまだいい。とても釣り合わなかったとしても、恋人に見られる事もあるだろう。

 最悪なのは援助交際だと邪推される事だ。そんな噂が出回った暁には、翌日からビッチ先生二世という不名誉な称号を頂いてしまう事間違いなしだし、万が一理事長にまでそんな話が伝わってしまった場合には問答無用で退学処分だろう。

 何よりもしそんな事になった場合、この王様がどれだけの怒りをブチ撒けるかが不明過ぎて恐ろしい。最悪の場合、椚ヶ丘市に原初の地獄が顕現して三月待たずに地球が滅ぶ。

 

 そういう意味の言葉だったのだが、何故か王様は固まっていた。

 何だろう、何と言うか……思っても無かった事を言われた、って感じの顔で固まってる。

 

「……成る程、貴様の言い分は理解した。

 よもや古典を押さえてくるとはな。我とした事が不意を突かれた」

 

「古典?」

 

 何を言っているのか良く解らなかったが、王様の中では納得がいったらしい。くつくつと笑う姿は結構な上機嫌だ。

 

「それならば何も問題は無い。貴様の懸念は全くの杞憂だ」

 

「え、そうなの?」

 

 思わず聞き返した。外見上の問題が解決するという事であれば、王様と出かける事は何も問題無い。

 

「あぁ、久方ぶりの散策だ。明日を楽しみにしていろ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、はっきりと返事をした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 案内された席に腰を下ろす。そのまま背もたれに体を預けて息を吐き出すと、感じていた疲労がより一層と強くなった気がする。息と一緒に抜けてくれてもいいのになぁ。

 

 時間は既に放課後、今は前日に話していた通りギルガメッシュと一緒に外出中だ。

 

「何だ、この程度で疲労困憊か? 我のマスターともあろう者が何たる様だ」

 

「いや……あれは普通に疲れるって……」

 

 憮然とした表情で私を見つめるのは、向かいに座っている王様だ。今日は外出中という事もあって、ある程度まともな服装をしている。いや、正確にはさっきまでしていた。今の格好は正直まともとは言い難い。

 

「何であんなに買うかなぁ……?」

 

「良い品を手に入れたいと思うのは当然の事。格こそ足りぬが、我が身に纏うに相応しい感性(センス)よな」

 

「そうだね、王様に似合ってると思うよ」

 

「であろうであろう、貴様もようやく服飾の何たるかが分かってきたようではないか」

 

 ソーデスネーと返事をしながら、今一度王様の服装をよく見る。

 総評するなら……何というか、カオスだ。

 絶叫する表情が描かれたシャツ、謎の文様が刻まれたパンツ、チカチカする色合いの小物に、極めつけは地球儀に跨り「世界を股に掛ける」とふんぞり返る人物が描かれたインナー……。

 この人の私服センスについては昔から知っているが、それらに匹敵ないし凌駕するレベルの個性が密集した品々と言えるだろう。

 敢えてもう一度言おう。カオスだ。

 

 これらは全て、立ち寄った「Rotten Manten」なる服飾店で購入した品である。店構えを見るなり目を輝かせて突入し、品を物色しては買い物カゴに突っ込み、挙句の果てには金持ちにだけ許される「この棚にあるやつ全部下さい」をリアルでやらかした。あの瞬間だけ店の中は時間が止まっていたと言っても過言ではない。

 多過ぎる購入品は自宅に郵送してもらう事になり、ポイントカードが数十枚は埋まるほどの額で買い物をした結果、最終的にはオーナーと従業員に頭を下げられてお見送りされてしまった。多分開店以来初のとんでもない売り上げが出たんだろうな。またのお越しをお待ちしておりますという言葉にあれ程の真剣さを感じたのは初めてだった。

 

 ちなみに服の購入費用は私の財布から出ている。もう慣れたものなので気にしてないが、やっぱり少し複雑だ。

 まぁその後適当なくじ売り場で王様がいくつか宝くじを購入していたので、きっと今日出て行った分のマイナスはすぐに埋まるんだろう。最早あの人の黄金律は買ったくじが当たるレベルなので。

 

 その後も本屋へ足を運んだり、家具屋を覗いたりと遊び続け、今は休憩のために喫茶店に入った所だ。奥まった席に案内されたのは、この服装をオープンカフェから見える位置に座らせたくなかったからだとは思いたくない。

 

「ごっ……ご注文は、お決まりでしょうか?」

 

 注文を取りに店員がやって来た。アルバイトだろうか、私よりも少し年上と思われる女性だ。

 ギルガメッシュがいくつか注文をしていくが、店員が王様に対して何か反応する事はない。最初に席にやって来た時だけは多少狼狽えていたようだが、あれは奇抜過ぎる服装に面食らったのだろう。

 少なくともかつて旅の途中で何度もあった、ギルの面貌に見惚れるような気配は全く感じない。

 

「……ホントすごいね、それ」

 

「小粒であろうと我が宝物庫を彩る財の一つだ。この程度は当然というもの」

 

 ギルガメッシュの右手中指には、黄金の指輪がはめられている。これはただの装飾品ではなく、魔術的な効果を持った礼装の一つだ。彼の持ち物だから、宝具という方が正しいのかもしれないが。

 保有する効果は認識阻害。使用者を認識しにくくなるという、効果としては軽いレベルのものだ。ある程度の調整が可能な品らしく、今は自分の顔をある程度平凡なものに錯覚させているのだという。

 その程度では王様とのパスが繋がっている私にはほぼ効果が無いが、魔術というものが創作の中に取り残されたこの世界では非常に効果的だとか。現に出かけてから今まで、ギルを見て熱に浮かされたようになる女性は一人もいない。

 

 これこそが、ギルガメッシュが言っていた「私の懸念が杞憂たる理由」である。この宝具を装備する事によって、今の彼は他者に与える印象を誤魔化している。それによって私の隣に誰かがいるという認識を与えても、それが誰なのかが記憶に残りにくいらしい。

 自分がその一端を行使しているとはいえ、やはり魔術というものはとんでもないと再認識する。

 

 ……まぁその記憶に残りにくいという外出対策も、今の服装では効果が薄そうだ。こんな全身を趣味の悪い……もとい、独創的なセンスに基づいたアイテムで纏めた人が居たら、少なくとも三日は忘れないだろう。

 ちなみに一応私も変装をしている。といっても王様のような魔術的な物ではなく、私服に着替えて髪型を変えて伊達眼鏡を掛けているくらいだ。じっくり見られればバレるかもしれないが、すれ違うくらいなら問題無い。

 

 そのまま他愛もない話を続け、注文の品が運ばれてきてもそれは変わらない。

 外で暗殺やら魔術やらの話を大っぴらに出来る訳もないので、自然とそういった話以外の話題になる。購入した服や家具の置き場所、この後向かうスーパーで材料を購入する夕飯の事、家にある岸波家が使用していた物品の事。

 一度そういった所に目を向けると、意外と話し合わなければならない問題が多かった。雨脚が強まって来た事もあり、結局二杯目のコーヒーをそれぞれ注文していた。

 

「……おい、アレは貴様の知人か?」

 

「え?」

 

 あれだ、とギルガメッシュが指をさす方向に目を向ける。

 

「……あぁっ、さっきのババァ!」

 

「ちょっと店長、他にトイレないの!?」

 

 ……もの凄い剣幕で店員に詰め寄る、椚ヶ丘の制服を着た男女二人組がいた。

 多分王様は、制服が一緒だからそう聞いて来たんだろう。

 

「いや、知らないな。本校舎の生徒だと思うけど」

 

「そうか、ならば良い。

 あのような品性の欠片も無い愚か者とは不用意に関わるなよ。こちらにとって損しかない」

 

「……わかってるよ。というか本校舎とはあんまり関わる機会無いし」

 

 そうか、と言って王様が席を立つ。先程まで騒いでいた二人の姿は、既に店内には無い。トイレを求めて外へ飛び出したみたいだった。双方が我先にと急いでいたみたいだけど、ちゃんと代金は払ったんだろうか。

 

 ―――あれが優秀な95%ねぇ。

 

 細かいのが無かったので諭吉さんを差し出しながら、先程の光景を思い出す。

 周囲の迷惑も考えずトイレのドアを怒鳴りながら連打、そのままの勢いで店員に掴み掛る。オープンテラスの席を見れば、私達の席に来てくれていた女性店員が伝票を手にオロオロしている。恐らくはあそこが彼らの席で、予想通り代金は未払いだったらしい。

 

 自分が周囲からどう見られるかをまるで理解していない。普段からE組を公然と馬鹿にしているせいで、自分たちは何をしても許されるなんて特権意識でも持っているのだろうか。

 だとしたら馬鹿馬鹿しい。そんな偽りの貴族制度は学校内でだけ通用するものだし、外に出れば自分達はただの中学生で一般市民だろうに。そんな独善的な性格のままエスカレーター式で高校に進んで、社会に出て……それでやっていけるのだろうか。

 普通とは程遠い生い立ちの私が言うのもおかしな話だが、あれでは将来苦労するだろう。そんな人間を大量に生み出す事が理事長の掲げる教育方針なのだろうか。

 

「どうした?」

 

「ううん、何でもない」

 

 ……まぁ、私が気にする事では無いか。

 先程までの考えを頭から追い出して、お釣りと一緒に差し出されたクーポン券を受け取った。コーヒーは美味しかったので、また来ようと思う。




私服センス/Zeroの金ぴかなら、あのブランドは絶対気に入ると思います。

原作読み返してて思ったんですけど、描写的にあの二人絶対お金払ってないですよね?
アニメは見てないのでどうなのか(そもそもこの回がやってたのか)知らないんですけど。

金ぴかの宝物庫なら、認識阻害の宝具くらいあるに決まってるでしょう。
愉悦の現代衣装とセーラーザビ子の並びは犯罪臭凄いから仕方ないですね。

尚、この時点で白野は前原の一件を知りません。

次回から四巻の内容です。



ついにマーリンを召喚出来ました!
ラスベガスで稼いだQPが溶けたけど後悔してない! 頑張って過労死させます!

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