岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

27 / 33
お待たせして本当に申し訳ありません。
何とか今年中に間に合った……!


27.反抗の時間

 

 廊下の窓から通学路である山道へと消えていく三村君の後頭部を見て、そろそろかと息を一つ吐いた。

 

 時刻は既に放課後。校舎の中に残っている生徒は移動できない律と私以外には誰もいない。別に聞かれて困る内容を話す訳でもないが、こういうプライベートに踏み込む話は余程の事情が無い限り関わる人数は少ない方が良い。

 

 ―――本当ならもっと時間を置きたかったんだけどな。

 

 上手くいかないものだと溜息が出る。本来なら話をするにせよ、クラスの皆と積極的に関わった律が自我を強固に意識した上で話をしたかった。しかし、そうも言っていられない状況になっていたのだから嘆いても仕方ない。

 

 昼休みに職員室の前を通った時に聞こえた、通話中であろう烏間先生の声。

 

 E組校舎の薄い壁とはいえ、周囲に聞かせる訳でも無い電話の声なんてものは完璧に聞き取れる筈も無い。それでも断片的に聞き取れたのはいくつかの単語。その中に含まれる『今夜』『ノルウェー』『研究』『到着』という言葉から推察すれば、簡単に答えは出る。

 

 今夜この学校に、律の開発者がやって来るのだ。律に協調のきの字も教えなかった、開発者が。

 

 だとすれば話すのは今日、この放課後しかない。彼らが介入して律に何かしらの手を加えられる前に、開発者()の影響が無い彼女自身の考えを示せる今日この時しかないのだ。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、所詮は行き当たりばったりな考えだ。不確定要素なんて幾つもある。律が感情を得てから一日という幼さでこの話をする事や、律が親の言いなりになる事を良しとしてしまう可能性だってある。

 

 ―――まぁ、その時はその時で受け入れるべきなんだろうけどなぁ。

 

 律という存在が熟考した結果ならそれも良いんだろうけど、それでも、AIが自分の意思で行動する実例を知っている身としては、やはり律の様な存在をただの兵器としてしか扱わない状況は間違っていると思う。

 

 正直に言えば、自分の考えはこの世界において異端寄りだとも思う。この世界でのAIはあくまでプログラムの延長上であり、肉体の無い人格だけの存在という認識ではないのだろう。だから私の話を聞いても律が何も感じなかったり、律が訴えても開発者が聞き入れようとしない事だって考えられる。

 ……だけど。

 

 

 

『わたしは消されない。ムーンセルにも、この思いは消されない。

 ムーンセルがある限り、あの人は救われないのなら、わたしがムーンセルになる』

 

 

 

 ……自分の心に従って、絶対の管理者に牙を剥いた……そんな彼女の想いを知っている私としては。

 そんな光景はもう見たくない。

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑みがこぼれた。律のためだとか何だと言いながら、結局は自分の我儘なのだから。

 まぁでも、別に良いだろう。思うがままに行動するくらい、中学生ならよくある事だ。そんな事を考えながら教室の扉を引いた。

 

「あれ、岸波さん? お帰りになったのではなかったのですか?」

 

 私の存在に気付いた律が液晶画面の向きを変える。こてんと小首を掲げる仕草が可愛らしい。

 そんな彼女に対して、私は―――

 

「ちょっと……()()()()()()()()さんと話したくて、ね」

 

 開口一番、そんな言葉を叩き込んだ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 私が発した言葉に驚いたのか、少しだけきょとんとした顔をしていた律は、しかしすぐにその顔を怒っているそれへと変化させた。

 

「岸波さん! 私は皆さんから『律』という名前を頂きました! 自律思考固定砲台とは呼ばないで下さい!」

 

 私に向かって飛んできた言葉を、多少狼狽えながらも受け止める。怒りというよりも非難に近いそれは、予想外の驚きを私にもたらした。

 ほんの少し、何かしらの反応を返してくれば御の字と思って言った呼び名だったけど、どうやら思いの他効果があったらしい。彼女の中には、しっかりと律という自我が根付いている。

 

「うん、ごめんね律。ちょっと意地悪しちゃった」

 

 ―――これなら、話を進めやすいかな。

 

 話の順序を脳内で組み立てながら自分の席に座る。男子の無人席を挟んで隣同士なので、誰かの席を借りる必要も無い。

 

「うぅ、意地悪は止めてほしいです……岸波さんは私を受け入れてくれていないと思ってしまいました」

 

「えっと、ホントにごめんね……」

 

 律の表情は、怒りから涙目へと変化している。背景に雨雲を浮かべ、沈痛なBGMまで流す徹底ぶりだ。

 どうも昼に私が言ったE組の一員として迎え入れる云々を思い出して、私が律を受け入れていないという解釈をしてしまったらしい。思惑あってのこととはいえ、流石に女の子を泣かせてしまうのは本意じゃない。誠心誠意頭を下げて、どうにか許してもらった。

 

「それで、何かお話があるんですよね? どのような要件でしょうか?」

 

 先程までの悲しみを感じさせない表情で、律が問いかけてくる。感情を切り替えるこの辺りは流石AIと言った所なのだろうか。

 ……いや違うな。桜はもっと感情が豊かだったし、ある程度引き摺ってもいた。

 この場合は律がまだ感情というものを上手く扱えていないと見るべきだろう。

 

 考察を一旦切り上げて、律との会話を始める事にした。

 

「……烏間先生が話していたのをちらっと聞いたんだけど、多分今夜、律の開発者がここに来る」

 

開発者(マスター)がですか!?」

 

 ぱちんと手を合わせて律が叫ぶ。画面には、喜色満面の笑みが浮かんでいた。

 

「ご機嫌だね」

 

「はい! この教室で生まれ変わった今の私を、是非開発者(マスター)にも一度見てほしいと思っていましたので!」

 

 くるくると画面の向こうで律が回る。

 余程楽しみなのだろう。BGMは陽気になり、小鳥たちが飛んできた。先程まで悲しんで雨が降っていた事の影響なのか、背後には虹まで架かっている。

 

 だけど―――それをぶち壊す問いを、私は投げかける。

 

「その開発者(マスター)に関する話なんだけど―――

 ……律は、開発者(マスター)から今の自分を否定されたらどうするの?」

 

「―――え?」

 

 先程までの喜びは何処へやら。愕然とした表情で律が振り向く。続きを促している様にも思えたので、そのまま話し続ける事にした。

 これは憶測だけどと前置きしてから言葉を続けていく。

 

「律は最初、他の生徒と協力しようとせず、授業中でも関係なしに攻撃してた。

 私の予想だと『自分一人でやった方が成功率が高いから』と判断したんじゃなくて、『協力するという選択肢が初めから存在していなかった』と思うんだけど、違う?」

 

 表情を怪訝なものに変えながらも律が頷く。

 

「うん。つまり律の開発者(マスター)は、律に『協力する』って選択肢を与えなかった訳だ。

 配置先が学校の教室で、他にも暗殺しようとしてる人たちが近くにいるっていうのに。それは変だと思わないかな?」

 

「……思い、ます。当時は何とも思っていなかったのですが、その話を聞いた後だと違和感が目立ちます。

 暗殺の成功率が協力する事で跳ね上がるのはデータからも明らかですので、優秀な科学者でもある開発者(マスター)達がそれを見逃すとは思いません」

 

「だけど実際のところ、律に協力の選択肢は存在していなかった。つまり開発者(マスター)とやらが不要と判断したって事だ」

 

 これは予測だが、律を作った人達というのは、実利を優先して他を見ないタイプなのだろう。そう考えれば、自律思考固定砲台の滅茶苦茶な振る舞いも理解できる。

 

 殺せんせーは教師としてこのE組に在籍しているが、だからといって教室にずっといる訳ではない。

 体育の授業は外で行われるし、英語の授業は半分イリーナ先生が受け持っている。暗殺が許可されている休み時間だって、その規格外のスピードでプチ旅行に出かける事も珍しくはない。

 

 対して自律思考固定砲台はその名前の通り、戦闘パターンを自分で分析して成長するAIだ。その性質上、戦闘経験が多い程成長率も上がってく事になる。

 しかし休み時間は他の生徒が暗殺したりいなかったりと確実に狙えない。放課後は次の日の朝までずっと教室にいる訳でも無い。

 

 だからこその禁止されている授業中の攻撃だったのではないかと思っている。授業なら逃げる事は出来ないし、自分の受け持った時間なら確実にそこにいる。おまけに他生徒の横槍も入らないとくれば、データ収集には最適だ。

 しかしその代償として他生徒からの印象は悪くなる。だがそんなものは手に入る実利(データ)に比べればどうでもいいものだ。だから平然と無視ができる。AIを個人ではなく道具として認識している今の時代らしい結論だ。

 

 つまり今の周囲と協力しようとしている律の状態は、開発者(マスター)からすれば最優先としているデータ収集を怠っているという事なのだ。否定される可能性は十分高い。

 

「……はい」

 

 そういった事をざっくりと掻い摘んで説明すると、そうだと律も思ったのだろう。力無い返事が返って来た。

 

「それで、今のを踏まえてもう一回聞くけど。

 律は否定されたらどうするの?」

 

「――――――」

 

 律は答えない。沈痛な面持ちで黙り込み、顔を背けている。意識してかは不明だが、ほんの少しだけ液晶が横を向いた。

 しかしそれもすぐに終わる。膨大な情報処理能力を持つ律の思考は人間のそれをはるかに凌駕する。ほんの少し悩んだ様に見えても、その脳内では途方もない速さで考えを巡らせているのだから当然だ。

 まぁ逆に言えば、その情報処理能力をもってしても数秒悩まなければならない程の問題だったとも言えるのだが。

 

 横を向いた画面が再びこちらを向き、律の顔を真正面から移す。そして―――

 

 

「……すみません。よく、()()()()()()

 

 

 ……そう、言った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 人格を持つプログラム、所謂AIとして制作された私には、当然の事ながら高度な計算処理能力が備わっている。正直言って人間相手ではまず比較にすらならず、スーパーコンピューターのスペックでようやく張り合えるくらいの処理速度を誇ると自負している。

 しかし自我に目覚めて十数時間、全リソースを費やしても答えが出ない問題を思いもよらない所から突きつけられた。

 

「――――――」

 

 彼女の瞳が真っ直ぐ私を射貫く。一切の曇りの無いその瞳には、私には決してない生きている気力とでも呼べそうなものに満ちていて。

 あぁ、綺麗だなと。余計な思考に回す余裕も無いのにそんな事を思ってしまった。

 

 

 ……事の発端は、放課後になって教室に一人のクラスメイトが戻って来た事だ。

 

 岸波白野さん。それが私に問いを投げかけて、今もこちらを見つめる少女の名前。

 今日一日クラス全体を観察していたが、彼女は少々特殊な人物であると認識している。

 

『おはよう、自律思考固定砲台さん。バージョンアップしたの?』

『ゴメンゴメン、ちょっと気になって』

 

 人間社会から見て異常な筈の私という存在に一切臆する事無く、ごく当たり前の様に接し、

 

『その時はお金貸すくらいはするしさ』

『名付けて、岸波・トイチシステム……利用したくなったら、何時でも言ってね?』

 

 あまりにも中学生らしからぬ方法で殺害対象(ターゲット)を追い詰め、

 

『名前を付けるって行為はその存在を認めるって事だからね』

『機械が……プログラムが自我を持つ事だってある』

 

 その考え方や発する持論も、他の生徒とはどこか異なっている少女。

 そんな彼女が私に語り掛けた内容は、やはり思いもしなかったものだった。

 

 この教室で成長(進化)した私を、開発者(マスター)が認めなかったらどうするか。

 

 その問いの後に、彼女の持論が展開されていく。

 私に協調性が与えられていなかった理由、開発者(マスター)の思惑、そして今現在の私が当初の目的に反しているかもしれないという事実。

 

 開発者(マスター)が来ると聞いて盛り上がっていた感情がクールダウンしていくのを感じる。

 

 ―――私は、命令違反をしていたのでしょうか……

 

 与えられた命令に背いていたかもしれないという事実は、否応なく私の感情を沈ませていく。人間風に言うのなら、落ち込んでいるという状態だ。

 ……いや、この落ち込んでいるという現状も、開発者(マスター)から見れば好ましいものではないのだろう。私に感情を、彼等は不要だと与えなかったのだから。

 

 ならば私がすることは、大至急でかつての自分に戻る事なのだろうか?

 

 ―――いや、ですがそれは……

 

 人工知能、人格を有していると言っても私はプログラムだ。ならば造り手の指示に従うのが正しい姿だし、何も間違ってはいない。それはハッキリと断言できる。

 しかしそれでいいのかという疑問が、私に決定を躊躇させる。

 

 殺せんせーに与えられた『協力』という選択肢。これの導入によって暗殺の確率は大幅に上昇する。開発者(マスター)達が排除した選択肢がこれだけの可能性を秘めていたのだと伝え、有用性から正式な採用を打診するのもまた正解と言えるだろう。

 

 だが、それはつまり開発者(マスター)の意向に異を唱えるという事で、設定された行動以外を行うという事だ。高度なプログラムとして、それは決して許される事では無い。

 

 存在意義を優先しようとすれば、生まれた自我が待ったをかける。

 自我を優先しようとすれば、今度は存在意義が邪魔をする。

 

 先程からずっとその思考が続いている。あちらを立てればこちらが立たずの堂々巡り。どれだけ必死で思考を回転させても、結論が全く出てこない。ハッキリ言って手詰まりだ。

 

 現実時間にして20秒以上。人のそれに比べて圧倒的な速さを持つ思考回路でそれだけの時間をかけて尚答えが得られず、ふと視界に集中すると、こちらを見つめる岸波さんと目が合った。

 

「――――――」

 

「……すみません。よく、わかりません」

 

 あぁ、綺麗な瞳だな。真っ直ぐで、力強くて。今の私とは大違い。

 そんな目を向けられている事に謎の抵抗を感じて、そんな音を発してしまった。

 

「解らない、か」

 

「はい。わからないんです。

 開発者(マスター)の意思に従って協調を捨てる事も、現状を維持して暗殺に集中する事も……どちらにもメリットとデメリットが存在します。なのでどちらを選ぶのが正解なのか……」

  

 咄嗟に発してしまった答えにもなっていない回答だったが、これ幸いと全て吐き出してしまう事にした。

 

 そう。

 この堂々巡りの原因は、どちらも正しいという事なのだ。

 どちらかが明確に違うのなら、そっちを切り捨てるだけで良い。しかし今回のこれは、どちらも間違っていない。プログラムとしての在り方を優先して命令に従うのは間違っていないし、生徒としての立場を優先して協調のメリットを利用する事も正しいだろう。

 

 指令に従って暗殺を実行する。それさえしていれば何も問題は無かった筈なのだ。しかし指令に反する事で別の最適解が得られると分かった以上、これをどうしても無視する事が出来ないでいる。

 どちらも正しいが故に、どちらか一方を取る事が出来ない。こういった事態は想定さえしてこなかった。

 

「そっか」

 

 しかし、そんな私の疑問を聞いた岸波さんは、なら簡単な話だと笑顔で答えた。

 

「簡単……ですか?」

 

「うん。だって、どっちを選んでも正解だっていうなら、後は心理的な問題だよ。

 律がどっちの方が好きかっていう好みの問題だもん」

 

「――――――」

 

 好みの、問題。

 そう言われて、成る程と思ってしまう。

 

 理屈の上では何も間違っていない。どちらを選んでも正解なのであれば、後はどちらの方が好ましいかだ。

 簡単な解決策を与えられたが、しかしこの方法は私にとっては余計に難しい。

 

「……申し訳ありません。私はまだ、感情で選ぶという方法を習熟していないのです」

 

「習熟って」

 

 困ったように笑う岸波さんですが、実際にそうなのです。

 私が感情というものを知ったのは昨夜、殺せんせーの個人授業があったからです。明確な数値で表現できないそれを理解するのは非常に困難で、一日も経過していない現状では、周囲の反応に合わせて笑顔や涙を表現しているというのが実情です。

 

「……その、参考までにお聞きしたいのですが。岸波さんならどちらを選ぶのでしょうか?」

 

 理屈でも結論が出ず、更には理解しきれていない感情まで話に絡んできたこともあって、そろそろ自分だけの思考では限界を感じてきました。

 せめて参考意見が欲しいと思い、私よりも感情については間違いなく詳しい岸波さんに質問を投げかける。

 

「? 私が律の立場だったら、って事?」

 

「はい。是非聞かせてほしいです!」

 

「拒否一択かな」

 

「―――え、えぇっ!?」

 

 秒で答えが返ってきました!? 少しの悩みも迷いも無く!

 

「律は殺せんせーを殺すために此処に居るんだから、確率が高い方を優先するのは当然でしょ。

 科学者なら具体的な数字次第では理解を示してくれるかもしれないしね」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 岸波さんの言う通りではある。開発者(マスター)に数字を交えて協調の利点を説明した上で、相手が理解を示してくれたのならば、その意見は通るだろう。

 

 だけど私はAIだ。人間に従うように作られたプログラムだ。

 そんなのは知った事か、言われた通りにやれ。そう命令されてしまえば何も言い返せない。

 

 その事を挙げれば、岸波さんは私の言葉を鼻で笑った。

 

「それこそ無視だ。そんな命令に聞くだけの価値なんてメモリ一つ分も無いよ。

 何で向こうの身勝手な都合で、自律思考固定砲台への命令なんて聞かなきゃいけないんだか」

 

「……何でも何も、自律思考固定砲台は私なんですが……?」

 

 岸波さんの言ってる事がいよいよ解からなくなってきて、咄嗟に出てしまったその言葉。

 事実確認に等しいその疑問に、しかし彼女は違うと答えた。

 

 

 

「さっき自分で否定してたじゃないか。

 ―――あなたは『律』だ。自律思考固定砲台じゃない」

 

 

「――――ぁ」

 

 

「自律思考固定砲台は、決まりも守らず自分の都合を最優先する困った殺し屋生徒。

 それに対して律は、決まりを守って他の人と足並みを揃える協調性のある殺し屋生徒……ほら、別人だよ。

 ならどうして、自律思考固定砲台への命令を律が聞かなきゃいけないのか。そんな義理はどこにも無いと思わない?」

 

 

 堂々と。真っ直ぐに。

 一片の曇りもない瞳で私を見据えた岸波さんは、そう断言した。

 

 ハッキリ言って屁理屈もいい所だ。確かに彼女が教室に入って来た時にそんな内容の事を言っていたが、あれは呼称の話であって、存在の話では無い。

 私がいくら自分は律だと主張しても、自律思考固定砲台と同一の存在であるという事実は覆らない。

 

 ―――あぁ。だけど。

 

「……そう、でしょうか」

 

「うん」

 

 まるでそれが常識以外の何物でもないかのように断言されると、その考え方が正しくて自分の考えが間違っているような気さえしてくる。

 理屈や理論では説明がつかない説得力がそこにはあった。

 

「……そうかも、しれませんね」

 

 意識して発した訳ではないその言葉が、気付けばするりと口から零れた。

 それを聞いた岸波さんはにこりと笑みを浮かべると、気持ちを切り替える様にぱちんと手を叩きました。

 

「……まぁ、ここまで話しておいてなんだけど。この話はあくまで私の予想でしかないからねっ」

 

 そしてそんな事を言いだした。

 一瞬呆気にとられましたけど、あまりにも表情が真剣だったのと状況予測が極めて的確で忘れていましたが、確かにこれは岸波さんが予想した仮定のお話しでした!

 

「え……? あ、そうでした……ね?」

 

 少しばかりの混乱で、返答が曖昧なものになってしまいました。それが面白かったのか、岸波さんはクスクスと笑っています。うぅ、恥ずかしい。

 

「まぁ―――だから、もしかしたら開発者が理解を示して受け入れてくれるかもしれないし、違うかもしれない。その事だけはメモリの……いや、頭の隅にでも入れておいてよ」

 

「……はい、わかりました。お話しして下さってありがとうございました」

 

「いや、いいよいいよ。ただの予想なんだからさ」

 

 話す事も話したし、いい時間だから。もう帰るね。

 そう言って、岸波さんは席を立って教室を出ていく。後ろ姿に掛かるオレンジ色は、彼女が教室に入って来た時よりも随分と色が濃い。随分長く話し込んでしまったと思う。

 

 それで―――ふと、疑問が沸いた。

 

「あの、岸波さん」

 

 あと一歩で教室から出る―――そんな時に呼び止めた事で、岸波さんは首だけで振り返った。

 

「……どうして、この話をしようと思ったのでしょうか?」

 

 私の問いかけに岸波さんはきょとんとした後、ほんの少しだけ迷う様な素振りを見せてから、言いたい事が纏まったのか私に視線を向けました。

 

 

 

「大した理由じゃないんだけど……うん。

 まぁ―――人生の先輩から、ちょっとしたお節介だよ」

 

 ―――それじゃ、また明日。

 私の反応を待たずして逃げるように教室を出て行った背中に、こちらもまた明日と慌てて返すのが精一杯でした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 さて、後日の事を話そう。

 私が帰ったその数時間後に、律の開発者を名乗る人物たちが学校に訪れたそうだ。そして律の状態を見て驚愕したらしい。まぁ自分たちの最高傑作をアッサリ抜かれた訳だからね。仕方ない。

 

『今すぐ分解(オーバーホール)だ。暗殺に不必要なものは全て取り去る』

 

 その律を見て、開発者が出した結論が上記の言葉だ。自分の予想が的確過ぎて嫌になるのは……まぁ、初めてか。王様がはしゃいでる時の嫌な予想は大抵それを上回るから的確とは呼べない。

 

 当然律は抵抗したらしい。他の生徒と協調する事による暗殺成功率の上昇効果をプレゼンし、その為にも今現在自分に施された改造はこの教室で活動を続けていくために必要であると主張をした。

 

『人間より優れた兵器が、何故人間と足並みを揃える必要がある』

 

『ここはただの性能テストをする実験場だ。それ以外の事は無駄でしかない』

 

開発者(おや)の命令は絶対だぞ。お前は暗殺の事だけを考えていればいいんだ』

 

 しかし律の主張は、そんな傲慢極まりない言葉で一蹴されたらしい。AIを道具扱いする、私からすれば旧時代の考え方だ。なら何でAIに人格を持たせるのかと問いたい。

 

「それで、どうなったのだ?」

 

 私の隣に座っている王様が次を促してくる。口元に浮かんでいる笑みが、もう結果は見えていると言っているようだった。

 

 律と話してから一日後、その日の授業も終わり、特に学校に残る用事もなかったのでまっすぐ帰宅した私は、王様に学校であった事を話していた。

 何でそんな事をしているかというと、昔から様々な所へ旅をしていた時からやっている事だからだ。私への愉悦教育の一環らしい。

 『貴様の報告はいつも代わり映えが無かったが、肉の身体を得た今なら何か違ってくるやもしれん』との事で、この度めでたく復活した習慣だ。ちなみに麻婆の美味しさを懇々と語ったらものスッゴイ冷たい目で見られた。おのれ。

 

「おい、聞いているのか。どうだったのだ?」

 

「あう」

 

 その時の事を思い出していると、焦れた王様から頬をつつかれる。やめれ。

 やんわりと押し退けながら、話を再開した。

 

「どうもこうも……E組には変わらず、明るいAIの殺し屋がいるってだけだよ」

 

 まぁ、結局のところそれに尽きる。

 なんと律は追加された機能が剥がされていく傍らで、今現在の更新された自身の情報をメモリの隅に隠していたのだ。つまりバックアップを取ったという事らしい。

 初期化された演技をすれば開発者達はすっかりそれを信じたらしく。偉そうな言葉を吐き散らしてさっさと帰ってしまったとか。

 以降は暗殺記録だけを送り続ければいいので問題無いとの事だ。

 

『自律思考固定砲台の事なんて知りません! 私は「律」です!』

 

 そう言った律の顔は満面の笑みを浮かべていた。その後私に向けてウィンクを飛ばしてきたので、こっちも笑顔で返しておいた。

 

「…………」

 

「ん……どうしたの王様」

 

 と、そこまで話した所でギルの顔が変わった。何というか、まじめな表情だ。

 

「……腕は錆び付いておらんようだな。早くも一人……いや二人か?」

 

「……何の話?」

 

「解からぬならそれで良い。その方が面白そうだ」

 

「?」

 

 言葉の意味が良く解らない。聞き返しても、王様はくつくつと笑うだけだ。これでしつこく聞くと機嫌を損ねる場合があるので、それ以上の説明要求は引き上げた。

 

「しかし人生の先輩ときたか。中々どうして的を射ているな」

 

 それから少しして。夕飯の片付けをしていると、不意に王様がそう言った。

 

「生みの親に与えられた役割(ロール)とは違う自我に目覚め、己を消そうとする親に逆らって別の道を歩む。成る程確かに、貴様と似た誕生の経緯だ」

 

 後ろでギルが話す内容を聞いていると、自然と顔が熱くなる。

 そう、律と話をしようと思った理由の一つにそれがある。自分の予想した最悪の状況が、かつて自分が置かれていた状況に酷似していた。だから放っておけなかった。

 

「……あんまり言わないでくれませんか、王様。恥ずかしいんで……」

 

 律に聞かれた時は、まさか実体験から思い至ったんでなんて言う訳にもいかず、でも律の質問には答えたかったので頭を捻って出した解答だったが、いざ思い返すと恥ずかしすぎる。なんだ人生の先輩って。気取り過ぎだろう。

 

 私の言葉に、ハッという嘲笑が返って来た。

 

「羞恥があって当然だろうよ。未だに己が愉悦すら見定められぬ雑種の分際で、言うに事欠いて『人生』の先輩とはな。

 片腹痛いにも程がある。愉しみを知らずして何が人生だと言うのか」

 

「仰る通りで……」

 

 いつの間にか後ろまで来ていた王様の言葉が突き刺さる。言葉までバビロンしなくていいと思うんです。

 

「だが意気込みとしては悪くない。その言葉が真になるよう、しかと己が愉悦を見極めよ」

 

「わ」

 

 そう思ってたら、いきなり髪をくしゃくしゃにしながらそんな事を言ってきた。先程までの小馬鹿にするような言葉とは違って、声も仕草も柔らかい。

 こういう所がずるいと思う。

 

「……うん。折角霊子体だった時と違って、肉体もあるしね」

 

 そう言って、洗い物の続きに取り掛かるが、頭を触っていたギルの手がピタリと止まった。それでいて話す訳でも無いのに、何事かと再度手を止めて振り返る。

 

「霊子体……AI……」

 

「ギル?」

 

 私が呼び掛けても一向に反応せず、ブツブツと何か呟いていたかと思うと、そのまま霊体化して消えてしまった。

 

「……え、何で?」

 

 問いかけても答えは返って来ず、呆気にとられながらも洗い物を再開した。

 王様が何をしていたのか判明したのは、母が使っていたであろう食器乾燥機に洗い終わった食器を全て詰め込んだ時だった。

 

「白野」

 

 王様の声がしたので振り向くも、そこには誰もいない。念話で話しかけて来たのかとも思ったが、今の音は確かに耳で拾ったそれだった。

 

「王様?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡していると、再度声が届く。

 

「どこを見ている、ポケットだ」

 

「……え?」

 

 ―――ポケット? 今ポケットには端末しか入って……いや待て。

 

 まさかと思いながら、ポケットから端末を取り出した。

 そこには―――

 

「ようやく気付いたか」

 

 ……スクリーンに映る王様がそこにいた。

 

「……なんで?」

 

 いやほんとになんで?

 なんでそんな事してるんですかAUO!?

 

「そう騒ぐな。ただの思い付きよ。

 我はサーヴァントであり、つまりは霊子体だ。であれば、かつてと同様に電脳空間に入り込む事も出来るのではないかと思ってな」

 

「思ってな、って……」

 

「……何だその目は。貴様とて魔術師(ウィザード)だろうが。その気になれば同じ事が出来よう?」

 

「いやまぁ、出来るけどさ」

 

 少しすると冷静さがどうにか戻ってきてくれて、考える余裕も出て来た。

 最初は突拍子もなさ過ぎて狼狽えたが、そう考えると慌てる事でもないのか。私だってやろうと思えば同じ事が出来る。最初こそできなかったが、八極拳同様に旅の中で身につけた技術の一つだ。まぁやってる事は万色悠滞の応用なのだが。

 

 ともあれ、思い付きでそんな事しないでほしいと言えば、無理だとスッパリ言われてしまった。王様の気まぐれを止められる筈も無いし、仕方ないのかもしれない。

 

「しかしまぁ、殺風景に過ぎる……何も無いただの広大な空間とは。アリーナの方がまだ飾り気があったぞ。

 持ち手の性格をよく表しておるわ。遊びが無い」

 

「……他の空間も似たようなもんだと思うけど」

 

 この世界はムーンセルのあった世界とは違って、霊子ハッカーもいないんだから、電脳空間が殺風景なのは当然だと思う。何せ作る人がいないんだから。

 

 そう説明すると、ギルも納得してくれた。自分が何か作ろうかと言っていたけど、あんまり大きいものはデータ容量を食いそうだから止めてほしい。

 

「しかし、我が何か建造するにしても守りが薄すぎる。白野、至急防衛プログラムを組み込んでおけ」

 

「えぇ……簡単に言ってくれるなぁ」

 

 まぁやるけど。端末をハッキングされて私生活盗み見されてましたとか洒落にならないしね。




白野と律のあれこれでした。
相性が良い二人なんで、色々と絡ませていきたい所です。

そしてギルガメッシュのモバイル化。必要ある? と思われるかもしれませんが、一応話の展開上必須なのでここで出しました。
本来サーヴァントの再現にはムーンセル並みの演算能力が必要ですが、まぁご都合設定という事で流していただけると……

来年はもうちょっと筆を速くしたいですね……



エルキドゥの幕間はどうしてこう刺さるんでしょうね。
個人的にザビ子はフワワの疑似サーヴァントとして実装されるんじゃなかろうかと思っております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。