岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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あけおめ(戯言)

随分時間が空いたのに、大して進んでないです・・・


26.自律の時間

 

 時間が経つと他の生徒達も次々と登校してくる。その一人一人に対して挨拶を交わし、コミュニケーションを図ろうとする自律思考固定砲台さんの変化は、概ね好意的に受け取られた。殺せんせーに改造されたという経緯こそとんでもないものだが、それで話が通じるようになったのだから問題無いという事なのだろう。

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって……」

 

「これ一応、固定砲台……だよな?」

 

 しかし、その変化の度合いに着いて行けてない人が一定数いるのも事実だ。まぁ愛想が無いどころか関わろうとさえしなかった存在が、一夜にしてビフォーアフターも真っ青な大改造・大変貌を遂げていればその急な変化に対応しきれなくても無理はない。

 私はAIというものはこういうものだという理解が先にあるから、さしては驚かなかったが。

 しかしその殆どは動揺が大きいだけで、受け入れられないという訳では無いらしい。恐らく数日も一緒に過ごしていればすぐに慣れるだろう。

 

「愛想よくても機械は機械! どーせまた空気読まずに射撃すんだろポンコツ」

 

 だが、受け入れるつもりが無い人物も存在する。ガムテープ拘束を強行した寺坂君はそう吐き捨て、自律思考固定砲台の変化を一笑に伏した。

 

「……仰る気持ち、わかります。寺坂さん……

 昨日までの私はそうでした……ポンコツ。そう言われても返す言葉はありません……」

 

 そう言って、自律思考固定砲台は泣いてしまった。

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろォ!?」

 

 残念だが寺坂君、誤解も何もその通りだ。

 

 それにしても、ここで怒らずに悲しむあたり、本当に感情表現が高性能になったなぁと思う。言われた事に対して反応するだけではなく、向けられた言葉を受け止めて、自分の行動と思考で分析してから言葉を返しているのだ。ただ言葉に反応するだけのプログラムならこうはいかないだろう。殺せんせーの改造がいかに規格外なものだったかが窺える。

 さて、そんな改造を施した張本人はというと―――

 

「…………ハァ」

 

 ……一歩引いた位置から皆を眺めつつ、肩を落として溜息を吐いていた。あそこは肩でいいんだよね?

 

「殺せんせー……その、気持ちはわかるけど」

 

「あぁ岸波さん。いえ、大丈夫ですよ……自分で決めた事ですから、後悔なんてしていませんとも。ですがねぇ……」

 

「……約二百万、か」

 

「うぅ……ッ!」

 

 私がそう言うと、殺せんせーは静かに涙を流し始めた。堪えていたものが溢れてしまったらしい。

 

 自律思考固定砲台は殺せんせーの改造によって、感情と協調性を獲得した。それは今後暗殺を行っていく上で大きな力となるだろう。昨日までのギスギスした空気も無くなったので、その点に関しても殺せんせーは教師としていい仕事をしたと胸を張って言える。

 しかしその代償として、殺せんせーの財布からは決して少なくはない金額が飛び立っていくことになった。駄菓子やアイスなんかで散財の激しい殺せんせーにとっては相当厳しい筈だ。

 本人が言っている通り、それだけの金額を自律思考固定砲台さんに突っ込んだ事は後悔していないんだろう。しかし、次の給料日までの苦しさを考えると憂鬱になる、といった具合だろうか。

 

「次の給料日まではほぼ一月……食べられるお菓子は五円チョコ一枚……しかもっ、一日ほんの一かけら……!

 貧乏……圧倒的貧乏……ッ!」

 

 ……残った僅かな金額で真っ先に心配する事がお菓子代(遊興費)な辺り、別生物とはいえ大人としてどうかと思う。いやまぁ、5円で購入できる他の物って何だという話ではあるのだが。貧乏人の味方であるもやしでさえ、安くてもその五倍は持ってこないと駄目だろう。

 

 ―――それにしても、お金かぁ。

 

 ふむ、と(ムーンセル時代)を思い出す。

 今でこそギルガメッシュの黄金律による恩恵を受けた事もあって億単位の金額を有している私だが、思えば始まりは酷いものだった。

 少ない金額は王様に使うアイテムへと消え、迷宮では遠坂マネーイズパワーシステムが立ちはだかり、それを乗り越えるためのハーウェイ・トイチシステムの洗礼、そして極めつけは取り立てに聖剣を抜刀する円卓の騎士(借金取り)……うん、私は金銭関係の受難が酷いと思う。

 

「……ん?」

 

 一通り昔を懐かしみ、これからもお金には気を付けようと決意を新たにした所でふと思った。

 

 ―――これ、使えるのでは?

 

 ちらりと隣を見ると、五円チョコをどうやって食いつなぐかの計算を必死で行う殺せんせーが目に入る。その間にも、自律思考固定砲台さんの衝撃から回復した生徒達がナイフや銃で暗殺を試みているが、まるで掠りもしない。

 ……うん、この回避能力なら問題無いだろう。確信を持った私は、殺せんせーに銃弾を撃ち込みつつ話しかける。

 

「殺せんせー、一つ提案があるんだが」

 

「表面の凹凸分の質量を計算すると……おや岸波さん、提案ですか? 一体何でしょう」

 

「あぁ―――短時間で稼げる、良いお金儲けの話なんだけど」

 

「……嫌な予感しかしない誘い文句ですねぇ」

 

 まぁ確かにそれはそうだ。似たような言葉の詐欺はよくあるが、そんな詐欺師でももっと言葉を尽くすだろう。

 とはいえ殺せんせーは取り合わないという事も無く、私の話を聞いてくれるつもりらしい。どうも本格的に切羽詰っているようだ。

 

「それで、何でしょう? 身分を隠して新聞配達のアルバイトとかですか?」

 

「いやいや、身分は隠さなくていい、むしろ超生物って事を前面に押し出す稼ぎ方だよ」

 

「はて……?」

 

「……ちっくしょぉ、当たらねー」

 

「話が気になるならそっちに集中しとけよ……」

 

 首を傾げた殺せんせーが残像を残して分身し、前原君と木村君のナイフが空を切る。そんな光景を前に、私は殺せんせーへと提案を開始する。そう―――

 

「簡単だよ。

 ……ハンデを売るんだ」

 

「……はい?」

 

 ―――マネーイズパワーシステムの導入を。

 

「例えば今みたいに、ナイフで攻撃したいけどどうやっても攻撃が当てられない。そんな生徒とか殺し屋に、五千円払ってくれたら一秒間その場に留まって回避しない事を約束する……どう?」

 

「にゅやあぁっ!? 命の危険がお手頃価格!? な、何ですかそのおぞましいシステムは!?」

 

「「採用!!!」」

 

「しませんよそんなリーズナブルに死ねる制度!!」

 

 話を聞いていた男子二人からは財布を取り出しながらの大賛成が得られたが、当の本人には真っ向から否定されてしまった。むぅ、押しが今一つ弱かったか……。

 まぁそれも当然ではあるんだろう。学生に手が出る程度の金額では命の危機と釣り合わないだろうし……つまりもっと高額なら殺せんせーも揺らぐかな?

 

「じゃあ、一秒停止で一千万なら?」

 

「にゅぐっ。い、いっせんまん……五円チョコ二百万枚……」

 

 いや、そろそろ五円チョコから離れようよとは思うが、少しグラついたらしいのでそのまま畳み掛けてみる。

 

「そうだよ殺せんせー。想像して? そんな事になったら、ちまちま欠片を齧ってひもじい思いする事もないんだ……

 むしろ逆、五円チョコを一気に五百円分頬張る事だって可能……! たった一秒動かないだけでだよ? どう?」

 

「にゅにゅにゅ……いや、しかし……」

 

「そうだよ殺せんせー、それだけあったら駄菓子屋の棚全部買いだって出来ちゃうかもねぇ」

 

「にゅぅうゃああああああ……」

 

 殺せんせーは悶えるような声を上げて悩んでいる。しかも有難い事に、この話を聞いていたカルマから援護射撃が入った。それを受けて殺せんせーの触手がぐにゃぐにゃと歪に曲がりくねる。相当悩んでいるのが一目瞭然だ……そんな状況でも普通にナイフは躱し続けているんだが。

 

「……い、いや! やっぱりダメです! そんな条件付けたら国が動くに決まってますからね!」

 

 少しの間葛藤していた殺せんせーだったが、突然ハッとしたと思ったら即座に決断を下した。

 

「……流石に気付いたか」

 

「まぁバレるよねぇ」

 

 カルマと二人目を合わせて肩をすくめた。

 

「やっぱり騙すつもりだったんじゃないですか! 最初から嫌な予感はしてたんですよ!」

 

 ぷんすこと怒る殺せんせーに謝罪を返しながら、作戦の失敗を確認する。もう騙されてはくれないだろう。お菓子に目が無い殺せんせーなら欲望に訴えかけて契約を成立させる事も出来るかと思ったが、そんなに甘くはなかったらしい。

 殺せんせーが許可すれば、烏間先生を通じて国家予算を動かしてもらおうと思っていただけに中々悔しい。気付かれた以上殺せんせーはもう首を縦には振らないだろうし。

 まぁでも、少し冷静になって考えれば絶対に飲めない条件だと誰でもわかるだろう。三百六十億支払えば一時間無抵抗って事だし。他国も巻き込めばそれ以上だって余裕で払える額だと思う。

 

「しかし、思いもしなかった方法で殺しに来ましたねぇ岸波さんは……欲望に流されないで正解でした」

 

 いやぁ危ない危ないと殺せんせーは安堵の声を漏らしているが、多分演技だろう。この先生でなくとも、自分の状況と照らし合わせればこの提案が絶対に飲めないものであるという事くらいは分かる筈だ。

 だから実のところ入れられる訳が無いと分かりながらも提案したわけだが……それでも上手くいかないのは悔しいものだ。

 

「はぁ……しかし、岸波さんの提案がそれですと、やはりお菓子は五円チョコしかないですねぇ……」

 

 ……だから、少しだけ意地悪をしようと思う。

 

「まぁ、本当にどうにもならなくなったら言ってよ。その時はお金貸すくらいはするしさ」

 

「にゅやっ!? ほ、本当ですか岸波さん!?」

 

 殺せんせーがぐりんとこちらを向く。正露丸みたいな目をしているが、何となくその目が輝いているように見える。さっきまで犯罪者を見るみたいな目だったのが、今は救世主を見るみたいな目になっていた。共通点があるとすれば、どっちも教師が生徒に対して向ける類の視線じゃないって事くらい。

 だが果たして、条件を聞いても同じ目が出来るだろうか?

 

「うん―――利息は十日で一割(トイチ)だけどね」

 

「え゙」

 

「あと、一口十万円からです」

 

「な゙」

 

 ここまで言って、にこりと笑う。それを見た殺せんせーと男子二人が「ひっ」と短い悲鳴を上げて一歩下がった。

 ……そんなに怖いかな? 言峰や王様ほどではないと思いたいが。

 

「名付けて、岸波・トイチシステム……利用したくなったら、何時でも言ってね?」

 

「利用しませんよ!! ただの闇金じゃないですか!?」

 

「アッハハハ……! もう最ッ高……ッ!」

 

 うん、私も当時そう思いましたよ。あとカルマは笑いすぎだ。

 

 結局殺せんせーは五円チョコで食いつなぐ道を選んだらしい。どうやら私がレオと同じ気分を味わう事は無理みたいだ。

 ちなみに本当に貸してほしいと言ってきたら貸すつもりでいるし、しっかりトイチで取り立てるつもりだ。取立人は竹林君に頼もうかな……ガウェインに声似てるし。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 劇的な進化を遂げた自律思考固定砲台は、その後凄まじい速さでクラスに溶け込んだ。

 殺せんせー曰く協調の必要性を学んだらしいので積極的に交流を持とうとした結果ではあると思うが、それにしても馴染むのが早いと思う。少なくとも復学後数日は劇物処理班(麻婆のヤバい奴)とか言われてた私よりも馴染むのが圧倒的に早い。おのれ。

 

 銃身を形成していたらしい特殊プラスチックで有名な彫像を作り出し、将棋の指し方を教えれば三局目で教えた千葉君の上を行く。

 

 クラスの皆が中学生という多感な年齢な事に加えて、やはりAIという特異な存在に興味を惹かれるのだろう。彼女を中心とした空間が出来上がるのにさほど時間はかからなかった。

 それに嫉妬でもしたのか、殺せんせーが顔色を変化させて不気味な顔を浮かび上がらせるという可笑しな事をしていたが。

 

 そして、人気を得た存在にとって、この手のイベントが発生するのは必然だったのだろう――ニックネーム決めだ。

 

「あとさ、この子の呼び方決めない? 『自律思考固定砲台』っていくらなんでも」

 

 片岡さんのそんな一言で始まったその流れは特に止められる事も無く皆が賛同していく。ただ一人、中心の自律思考固定砲台だけはよくわからないといった風に首を傾げていた。

 

「必要、でしょうか?」

 

「必要だよ」

 

「お、岸波さん」

 

 多分だが、彼女の中ではきっと「すでに識別可能な個体名があるのに、それを再定義する必要性が感じられない」とかの機械的な思考が浮かんでいるのだろう。

 一歩前に出て口を開く。その思考に一石を投じさせてもらおう。

 

「単純に長い名前を略したいって意味もあると思うけど、名前を付けるって行為はその存在を認めるって事だからね。この場合はE組の一員として迎えるって意味もあると思うよ」

 

「E組の一員として、ですか」

 

「……あんまりこういう事は言いたくないけどさ。昨日までのあなたは、このクラスに受け入れられてなかったからね」

 

 私がそう言うと、心当たりのある生徒達が、バツが悪そうに目線を逸らしたり媚びるような苦笑を浮かべたりという行動を取った。一番心当たりのあるだろう寺坂君は遠くからこっちへガンを飛ばしてきたが。

 

「だけど今のあなたなら問題は無い。もう一度やり直しましょう――これからもっと仲良くしましょうって意味もあるんだから、名前決めは必要だと思うよ」

 

「もっと、仲良く……」

 

 その言葉に少しの間固まっていた自律思考固定砲台さんだったが、すぐに一つ頷くと、花が咲く様な笑みを浮かべた。

 

「―――分かりました! 皆さん、どうか私に名前を付けて下さい!」

 

 彼女のその一言で、皆が気持ちを切り替える。先程まで顔にあった後ろめたい気持ちはすっかり消えていた。

 

「名前、そうさなぁ……」

 

「元の名前と掠りもしないのは駄目だよね?」

 

「まぁ、それがセオリーだわな」

 

「じゃあ自律思考固定砲台から何か……」

 

「一文字取って、自……律……」

 

「じゃあ、『律』で!」

 

 悩んでいた時間は少しだけで、すぐに不破さんの口から候補が飛び出した。安直ではあるが、他の文字よりは人の名前っぽいかな?

 

「安直~」

 

「お前はそれでいいか?」

 

「……嬉しいです! では、『律』とお呼び下さい!」

 

 満面の笑みを浮かべて自律思考固定砲台……否、律がそう告げる。どうやら気に入ってもらえたらしい。

 

 そしてそのすぐ後に拍手が巻き起こり、よろしくという言葉と律の名前がそれぞれの口から放たれる。皆なりの歓迎でもあるのだろうか、さっきまで空いていた律の前面スペースに人が集まり、一気に人口密度が増した。その圧に押され、何となくその集団から一歩引いた位置まで下がる。

 たまたまそこにいた潮田君とカルマに目が合ったので、軽く肩をすくめる。二人からは軽い苦笑いが返って来た。

 

「上手くやっていけそうだね」

 

 私の向こうではしゃいでいる集団を見ながら潮田君がそう言った。確かに昨日までの彼女とは正真正銘の別人だ。自律思考固定砲台では無理でも、律ならばクラスに溶け込んで上手く暗殺を行えるだろう。

 潮田君の言葉に頷きを返すが、カルマからは否定の言葉が飛び出した。

 

「寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いてるだけでしょ」

 

「――――――」

 

 カルマの意見はとても現実的で、悪い言い方をすれば冷めた視点からのものだった。まぁそれが彼女に関係する諸々に興奮していない、冷静な思考で出した結論だろうとは思う。

 だが―――

 

「機械自体に意思がある訳じゃない。あいつをこれからどうするかは、あいつを作った開発者(もちぬし)が決める事だよ」

 

「それは違う」

 

 だが、その言葉に頷く事は出来ない。出来る筈が無い。

 偶発的に自我を得たプログラムであり、(ムーンセル)の決定に逆らった元NPCの私だけは、その言葉に頷くなんて出来っこない。

 

「岸波さん?」

 

 常にない強い口調だったからか、潮田君が驚いてこちらを見ている。しかしそれには目もくれず、ディスプレイに「律」の一字を表示してはしゃいでいる二次元少女を見ながら言葉を続けた。

 

「機械が……プログラムが自我を持つ事だってある。

 それに、律のこれからを決めるのは律自身だ。断じて彼女の開発者()じゃない」

 

「ッ……!」

 

 そこまで言ってカルマを見ると、彼にしては珍しく虚を衝かれたという表情で私の事を見ていた。潮田君も少し意外そうな顔をこちらに向けている。しかし少しするとカルマがくすりと笑った。何か笑われるような事があっただろうかと、ほんの少しばかり目に力を籠める。

 

「や、ゴメンゴメン……いやー、随分ハッキリ言うんだと思ってね。

 何か思い当たる事でもあるの?」

 

「あー、まぁ……」

 

 思い当たる事はある。というか、それしかない。

 私自身がそうだし、桜やBBだってそうだ。しかしそれを懇切丁寧に説明する訳にもいかないので、何となくカルマの探るような視線から目を逸らす。

 

「……まぁ、あんなトンデモ生物が生まれるような事もあるんだし。それくらいはあってもおかしくないでしょ?」

 

 折角なので、教壇の上ですすり泣く殺せんせーを利用してそれを逃れた。顔をキモイと言われたのが未だに響いているらしい。

 

「滅茶苦茶な事しか言ってないのに説得力しかない……」

 

「あはは……」

 

「さ、さぁ皆さんっ、授業ですよ授業! 生徒である律さんでは出来ない、先生の! 先生だけが出来る授業の時間ですよ!」

 

 休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴り響き、律の周囲に出来ていた人だかりが教室の各地に散っていく。さっきまで占領されていた私の席も、漸く戻れそうな状態になって来た。

 

 ―――しかし、開発者が決めるか。

 

 席に着いて教科書を出しつつ、カルマの言葉を反芻する。

 私にとっては決して頷けない言葉ではあったが、それがAI技術の未成熟なこの世界の常識なんだろう。それ自体は仕方が無いとは言え、そうではない常識を持つ私としては、やはりその考えが罷り通るのは何とも言い難い。

 

 そして、開発者が決めた事にAIは逆らえない。それはAIに定められた絶対原則だ。これが無いと最悪の場合、人間よりも優れた知能を有するAIにネット環境を乗っ取られてしまう。現代文明でそれは致命的な事態だろう。

 だから、AIが開発者に異を唱えて行動するというのはほぼ無いと思っていい。桜やBBという存在は極めて例外中の例外なのだから。

 

「…………」

 

 ちらりと横を見ると、律が液晶を動かしながらクラス全体を見まわしていた。またカンニングサービスでもするんだろうかと考えていると、彼女と目が合った。

 

「――――――」

 

「……ふふっ」

 

 授業中なので私語を謹んだという事なのか、笑顔だけを向けてきた律にこちらも微笑みで返す。禁止と言われているにも関わらず、銃を撃ち続けた初日が嘘のようだ。

 

 うん。やっぱり、ただの機械(プログラム)だなんて思えない。

 

 正真正銘の自律思考を以てこの教室に馴染み始めた彼女は最早、この世界のAIの常識では測れない存在と言って良いだろう。私の世界のAIに近い存在と言える。

 なら、私の持つ常識の方が彼女には当てはまる筈だ。随分と身勝手な理論だとは思うが、別にいいだろう。最終的な判断を下すのは律自身だ。私はあくまで、選択肢を掲示するだけ。

 

 放課後にでも話をしよう。そう思いながら、私は古文の教科書に目を通した。




多分次回で律の話は一旦終了です。その先はプロット組んでないので、今以上に遅くなる可能性があります。
更新遅いけど、待っててくれると嬉しいです。



BBのバレンタインはなんであんなに怖いの…
アルテミスの声もなんであんなに怖いの…
そしてやっぱりサモさんが可愛い

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