北欧の姫路城がオニランドで……
玄関をくぐると、それまで抑えていた疲労が波の様にどっと押し寄せる感じがした。帰って来た事で終わったという実感が強くなったからだろうか。
「ム、戻ったか」
「うん……つかれた」
ギルガメッシュへの挨拶もそこそこに、ソファーに体を放り出す。ほんの少しの浮遊感の後で、体がクッションに沈み込んだ。
行儀が悪いという事は分かっていたが、やっと終わったという解放感には逆らえなかったのだ。プライベートな空間だし、これくらいは許されると思う。
「邪魔だ、起きよ雑種」
「ぅあ」
頭を掴まれて強制的に上体を起こされる。後方に感じた気配から、私の頭があった場所に腰掛けたのだろう。ソファーの上で体勢を直してから横を見ると、案の定ギルガメッシュがそこに座っていた。手にはワインとグラスが握られている。
「随分と疲労が激しいようだが何だ、鬼ごっこにでも興じたか?」
「鬼ごっこって……」
多分殺せんせーをナイフ片手に追い回したのかという意味だろう。実際にその光景を想像しようとして、やめた。ペタペタと触手を打ち合わせながら高速で分身して逃げる殺せんせーとか、想像するだけで鬱陶しい。
「暗殺というより、掃除が大変な日だった」
「……貴様、生徒ではなかったのか?」
「そうなんだけどさぁ―――んんっ」
一つ伸びを挟む。ポキポキと背骨が音を立てた。
「―――ふぅ。転校生がさ、派手に散らかしたもんだから」
「ほう、あのメールに書かれていた転校生とやらか。詳しく聞かせよ」
ギルガメッシュには簡単にではあるがクラスメイトの事を伝えてある。私も全員の人となりを知っている訳ではないので、本当に触り程度の事だが。その途中で烏間先生からのメールを受け取っていたため、彼も転校生が来るという事は知っていたのだ。
「うん。えっと―――」
そうして、ギルに今日の事を話す。
授業中の発砲は禁止と言われていたにも関わらず、自律思考固定砲台はその授業中ずっと攻撃の手を休めなかった。そして彼女の攻撃とはナイフではなく銃なので、攻撃の後は対先生弾がその場に残る。
一時間目が終わってみれば、教室の床や机の上は大量の弾でごちゃごちゃだった。多分、律以外の全員で弾幕を形成したとしても、あぁはならなかっただろう。
そして暗殺のために設計された機械に掃除機能なんてものが搭載されている筈も無く……その教室の掃除をするのは、発砲のせいで授業を受ける事さえまともに出来なかった他の生徒達という訳だ。
しかもそれで掃除をしたとしても、次の授業でも同じことが繰り返される。結局今日でまともに授業を行えたのは、体育とイリーナ先生の授業だけだ。
「成る程、AIとはな」
私の話を聞いてギルガメッシュは口元にうっすらと笑みを浮かべている。懐かしい、とでも思っているんだろうか。
「しかし性能は低いようだな。入力された命令をただ実直に遂行し、それ以外には無関心で融通も利かん。問題解決に対して最短距離は行けるが最適解は導き出せんといった所か。
それでよくもまぁ自律思考などと……最新技術が聞いて呆れる」
浮かべていた笑みが嘲りを含んだものに変わった。下されたのは辛辣な評価だ。
「一応、この世界じゃ十分ハイスペックだと思うよ」
「たわけ。我等からすれば型落ちの劣化品に過ぎん」
まぁ王様の言う事も尤もではあるのだが。何せ私が知っているAIは、ともすれば人間以上に人間味に溢れていた。言峰や藤村先生に……桜。彼らと比較してしまえば、感情なんて1バイトも感じさせない自律思考固定砲台は確かに劣って見えてしまう。それは仕方の無い事だ。
世界の隔たりは大きいという事かと納得し、溜息を一つ。
「……でも、このままじゃなぁ」
再度伸びをしながら、明日からの事を考える。
彼女は明日以降もずっと射撃を続けるだろう。それは彼女が生み出された目的が目的である以上仕方の無い事ではあるが、だからといって授業を受けられないのは困る。ならば便乗して暗殺をしようにも、彼女が一機で形成する弾幕は密度が高く、弾速も速い。手持ちの銃で差し込んだ所で銃弾の壁に弾かれるだろう。もしかしたら妨害するななんて事すら言ってきそうだ。
下らんな、と声が聞こえた。声がした方向では王様がグラスを回している。
「貴様が対策を講じるまでもない。明日には片付いているだろうよ」
そう言ってギルガメッシュはワインを飲み干した。
「……何でわかるの?」
「わかるも何も無い。実利で動くのがAIなら、感情で動くのが人間というだけの話だ」
「? えー……っと」
言われた事が今一ピンと来なくて首を傾げていると、王様から補足が入る。
「あぁ―――それを言い表す良い言葉があった。確か……出る杭は打たれる、だったか?」
「……成る程」
その一文で、ギルガメッシュの言いたい事が何となくわかった。
つまり、私が何かするよりも先に他の誰かが行動を起こす。という事だ。
確かに今日一日は彼女のせいで碌に授業も出来ず、休み時間の殆どは掃除に費やされた。彼女の暗殺姿勢に不満を持っている人は多いだろう。隣に座っている私でさえそうだったのだ。彼女の射線上に座っている人達が抱えているものは私以上だろう。
その中の誰かが、彼女に対して何らかの対策を取るという事だ。
―――まぁ要約すると、和を乱す相手に対して諫言が入るという事なのだが。
ギルがそう言うのならそうなるんだろう、彼の洞察力は確かだ。
きっと磯貝君・片岡さんの委員長コンビ辺りが説得に当たるだろう。
「そういう事だ。貴様が何かをする必要は無い」
話は終わりだと言わんばかりに、ギルガメッシュがワインボトルを差し出した……注げ、と。
「はいはい」
溜息を一つ吐いて、ボトルを受け取った。
◆
「……そういえば、今日一日何してたの?」
とくんとくんと彼の杯を満たし、貴様も付き合えと宝物庫から出された飲み物を受け取ってから、ふと気になった事を聞いてみる。
ちなみに私のグラス(彼曰く、これを求めて国がいくつか滅んだという代物らしい。色々な意味で重い)になみなみと注がれているのは果汁100%のジュースだ。流石にこの王様も、中学生に飲酒を強要するという事はしないらしい。
再契約した以上、別々に離れるという事はあり得ない。そのため、ギルガメッシュもこの家に住むことになった。その際、「縦にも横にも狭苦しい、せめて土地をこの三倍は持ってこいというのだ」……と、周囲の建築物を無視した事を言いだしたのは記憶に新しい。
そして今日は王様がやって来てから初の登校日だったのだが、ギルガメッシュは霊体化して私に同行せずこの家で留守番をしていた。この王様が家に籠って何をしていたのか、少し気になる。
「特にこれと言って特別な事はしておらんぞ。精々が模様替えくらいか」
グラスから口を話したギルガメッシュが、酒精を帯びた息でそう答えた……ん?
―――模様、替え?
「……どこの?」
すさまじく嫌な予感にうなじの辺りがざわつくのを感じながら訊ねる。
ギルガメッシュがこの家で暮らすにあたり、彼に個室を用意しようかと最初に尋ねた所、要らぬと一蹴されてしまった。
『ただでさえ窮屈なこの家の中で、更に狭い空間へ我を押し込めようとは……貴様も随分と偉くなったなぁ雑種?』
とか何とか。そんな言葉と共に頭をぐりぐりと押さえつけられては案を棄却するしか私には出来る事が無い。別に部屋を与えるだけで行動を制限する訳ではないのだが、きっと自室という明確な自由に出来る範囲を与えられる事で、それ以外が際立つのが不快だったんじゃないだろうか。
ともあれ、本人が不要だと言ったのだから彼に自室は与えていない。基本的にリビングで暮らしている感じだ。
それが、模様替え。
ざっと見た所、リビングは家具の配置が変化した様子も黄金の何かが追加された気配も無い。ならば、違う部屋だろう。
「寝室だが?」
「……ちょっと見てくる」
グラスを置いて二階の寝室へと足を進める。ギルガメッシュが追従する気配を後ろに感じた。
ギルガメッシュが悪態を吐くくらいにはそう広くも無い家の中なので、目的の部屋にはすぐに到着する。他の部屋と同じ、何の変哲もない扉が私達を出迎えてくれた。
「――――――」
しかし、私は知っている。この先に広がっている光景が今朝見たものと異なっているという事を。このひと月程、私が寝起きした空間ではなくなっているという事を。そしてそれをした存在があのギルガメッシュであり、当の本人が私が扉を開けるのをニヤニヤしながら後方で待っているという事を……!
そう考えると、このごく一般的な木のドアが異界への入口にでも思えてくるから不思議である。もしくはサクラ迷宮20Fにあった空間の歪み。
「えぇい、ままよ―――!」
じっとしていても埒が明かないので、思い切って扉を開け放つ。どうか金ぴかごてごてはしていませんように。そんな思いを抱いて一歩踏み出した私の視界に飛び込んできたのは―――
「、おぉ」
驚愕が七に、感嘆が三。それくらいの割合で声が漏れた。
先ず目に入る色は赤。次いで金。彼好みの豪奢な存在感を放ちつつも、決して目に痛々しくないだけの落ち着きを持つ。そんなメソポタミアの意匠が凝らされた装飾や家具によって、部屋の一画が彩られていた。
それ以外の部分は現代日本の家具が置かれており、それは今朝寝起きした一室のそれと変わりない。彼が手を出したのは、本当に部屋の一画だけだ。それでもさほど広い部屋という訳でも無いので、一画とはいっても三分の一くらいには彼の手が及んでいる。つまりは狭い部屋の中に、神代と現代が主張し合っているという、見る人が見れば
しかしそれでも不思議と、これ以上無い程に調和がとれている様に見えるのは、単に私がギルガメッシュと長く居過ぎた故に感性が引っ張られたか。
……或いは、その異文化を詰め込んだ様な一室が、かつてのマイルームを連想させるからだろうか。
「―――うん。いいな」
感想を求める様な目線を後頭部に感じて、素直に思った事を口にする。であろうであろうと自慢気な声が横に並んだ。
「体を休めるだけの部屋とはいえ、殺風景に過ぎたのでな。
寝室であれば客人を招く事も無いのだ。文句はあるまい?」
「まぁ、無いけど」
「フン」
部屋一面がゴールデン仕様だったらどうしようとも思ったが、これくらいなら全然許容範囲内だ。万が一誰かに見られたとしても、変わった意匠というだけで誤魔化せる。誤魔化しにくいものもあるにはあるがそこはそれ、父の持ち物だったとでも言えるだろう。
その誤魔化しにくい物であるワインクーラーから新しいボトルを取り出して、ギルガメッシュは再びグラスを傾けている。体を預けているのは、最早見慣れたと言って良いあの玉座だ。
ふと気になった事もあり、声を掛ける。
「ねぇ、ベッドは?」
「ん?」
「何でベッドだけ、あのまま?」
部屋の一画を指す。そこには大型のベッドが設置されていた。
元々この部屋には三つのベッドがあった。家族全員が寝室として使用していたのだから当然と言える。安いのをまとめ買いでもしたのか、三つとも同規格だ。
ギルガメッシュの模様替えにより、等間隔で並んでいた三つのベッドは一つに連結されており、それが窓に近い部屋の隅に設置されている。縦2横1のベッドを3つ繋げた上で90度回転、縦3横2のベッドになっていると言えば分かりやすいだろうか。枕の位置に巨大なライオンのぬいぐるみが置かれているのが可愛らしい。
昔使っていた豪華な寝具ではなく、間に合わせのそれが一角を占めているというのが不可解だった。
「あぁそれか―――何、単純な話だ。
あの寝台が蔵に戻っておらぬだけの事よ。間に合わせとして購入も考えたが、我が満足する品が近隣には無く、海外まで出向くのも億劫だ。オーダーメイドという手もあったが、それなら完成して到着するよりも寝台が回収される方が早い。
故に今の寝台はそれでよかろうよ。アレが戻れば即刻入れ替える。貴様とて、そちらの方が良かろう?」
その問いには全力で頷く。確かに寝心地は、かつて使用していたあちらの方が格段に優れているのは間違いないのだから。
最高級の素材で織り上げられたとギルガメッシュが語った寝台宝具は、王の玉体を預けるに相応しい寝具という彼の言葉通り最高の一言に尽き、その寝心地は極上以外の何物でもない。特に肌触りなんて、王様が全裸で眠るのも納得できる素晴らしさである。何度か眠る内に私も全裸で寝てみたいとも思うのだが、その度に何とか自制している。それを堪能できる状況で眠ってしまえば最後、もう引き返せなくなるというのを本能で理解しているからだ。
強いて欠点を上げるとすれば二度寝の誘惑に抗うのが難しいくらいか。かつての様に堪能したいと思うのは何もおかしな事では無い。
「そういう事だ。今暫くは貴様共々、快適な睡眠からは程遠いという訳だ」
「はぁい」
……その夜、意識が落ちる直前に「最優先事項だな」という呟きが聞こえた気がした。
◆
結論から言えば、王様の言う通りになった。
次の日、抱き枕にされる苦しさで普段より早い時間に目が覚めた事もあり、少し早めに登校した私が見たのは、自律思考固定砲台の展開部分を粘着テープで固定している寺坂君の姿だった。
『何、してるの?』
『あ? ……あぁ、岸波か。見りゃわかんだろ、押さえてんだよ』
『撃てないように?』
『おォ。あのタコの授業にも殺しにも興味はねーが、バカスカ撃たれんのは単純にうるせーし邪魔だからな。作ったヤツも、どうせなら常識くらい搭載しとけってんだ』
そう言ってペタペタと粘着テープを貼っていく寺坂君に、自律思考固定砲台は何も反応を寄越さなかった。
『抵抗とか、しないんだな』
『……そういやそうだな。文句くらいあるかと思ってたが……
まぁ楽でいいわな。寝てんのか?』
『……つまり寺坂君は今、意識の無い同級生をこれ幸いとばかりに緊縛しているという事に―――』
『なるかァ!!? 機械だぞ!?』
そんな事を話しながらも拘束は完成し、その日一日はこれまで通り授業を受ける事が出来た。
少し意外だったのは、寺坂君の行った対策に対して否定的な意見が一つも無かった事だ。
いくらなんでもやりすぎでは? という声が上がるのではと予想していたのだが、委員長コンビを筆頭にそういった事を言ってきそうな人物は、全員が寺坂君の行動を容認していた。
『……ま、わかんないよ。機械に常識はさ』
菅谷君が呟いたその一言に、その教室の状況が凝縮されているような気がした。
―――皆は、彼女を生徒ではなく兵器として見ているのだ。
兵器だから常識も話も通じないし、人間じゃないから拘束する事にも躊躇いが無い。AIである桜を一人の人物として認識していた私にとって、それはかなりのカルチャーショックだった。
「何とか出来ないのかなぁ」
「ん、何が?」
さらにその次の日。通学路で一緒になった杉野君・潮田君の二人と一緒に登校しながら、自律思考固定砲台についての話を振ってみる。
「あのAIっ娘だよ。どうにかならないかなって」
「だよなぁ。あぁも授業妨害されちゃあ、クラスが成り立たねーぜ。いっそ全員で烏間先生に苦情言うか?」
寺坂達もこれは協力するだろと杉野君が続けた。潮田君はその言葉に苦笑いで返しているが、否定はしていない。苦情については彼も言いたい事があるのだろう。
「……どうにかして、彼女と協力できればいいんだけどな」
苦情というよりは不満について同意しつつ、そんな言葉を口にする。
「……無理じゃね?」
「難しいと思うな……」
案の定というべきか、二人から返ってきたのは否定的な意見だった。
「そうかな?」
「そうだろ。授業中の暗殺は禁止だって言われてんのに、殺すの止めねー奴だぞ? 俺等の事なんか考えない奴と協力するとか現実的じゃねーよ」
下駄箱の前でそう言って、この話は終わりとばかりに杉野君は行ってしまった。潮田君もそれに続く。
「……私達の事を考えてない、か」
ゆっくりと廊下を歩きながら、杉野君の言葉を反芻する。
確かに彼女の暗殺は自分勝手だ。禁止されている時間帯での襲撃、他者を顧みない姿勢……クラスメイトに一切の配慮が無いその暗殺は、自分の都合しか考えていないという様な事を言われても仕方ないだろう。
だが、彼女が入力された命令を実直にこなすAIであるという事を考えると、ある程度別の考えが浮かんでくる。
恐らく自律思考固定砲台は、まだ他の人達と協力するという事を知らないのだと思う。彼女を作った人間がそう設定したからかもしれないが、彼女は協力するという選択肢が最初から自分の思考回路に存在していないのだ。それはこちらからの呼びかけや妨害に対して一切の反応を示さなかった事がその証明と言えるだろう。
協力するという発想が無いから意思の疎通を行わず、相手の考えを考慮しないから妨害を想定していない。
つまり、彼女の中に協力するという選択肢が発生すれば、この状況は改善できる可能性がある。
AIの思考は論理的だ。コンマ数%でも確率が高いならそちらを優先するだろう。協力した方が殺せる確率が高いと判断すれば、彼女はきっとそちらに傾く。そして協力する以上は対話に応じる必要が生まれ、対話が可能なら話し合いで協調路線を取る事も出来るだろう。目指す先が同じなのだから、同じ
問題は、彼女にそれを説けるかどうかだが……今日の放課後にでも、教室に残って話してみるとしよう。暗殺の件で話があると言えば、流石に無碍にはしないと思う。
それでもなお自分一人で殺そうとするのであれば仕方ない。自分としても手荒なことはしたくないが、霊子ハッカーとしての技能を使用して、少しばかり過激な話し合いを行う必要があるだろう。ひん剥いてやる。
「……ん?」
とそこまで考えた所で、先に向かった二人が教室の入口で固まっているのを見つけた。人数の違いこそあるが、同じ光景を2日前にも見た気がする。
「どうしたの?」
「あ、岸波さん。えっと……」
「……アレ。何か、体積増えてね?」
「ん?」
杉野君の言葉に導かれるままに、二人の間から顔を覗かせる。教室の中には自律思考固定砲台が昨日同様にそこにある……が、そこまで見て杉野君の言葉の意味が分かった。
体積が、増えている。
自律思考固定砲台の体積が、一回り程大きくなっている。分厚い板といった印象だった外見は、まるで二枚重ねになったかのにその厚みを増している。良く見ればこちら側についているのは全てが液晶画面らしかった。その画面に電源が入り―――
「―――おはようございます! 渚さん杉野さん―――岸波さん!」
屈託の無い笑顔を浮かべる美少女が映し出された。
淡々と口周りを動かすようだった画像的なそれまでの表情と違い、普通の人間の様な表情筋を意識させるものへと変化している。声も機械音声から感情を感じさせるそれへと変化しており、顔の変化と相まって違和感はどこにも無い。
何より、顔だけだった映像部分は前面全てが液晶となった事により全身が表示され、その服装は私達と同様に椚ヶ丘中学の制服を纏っている。格好一つ違うだけだが、それだけで随分と親近感が増したように思う。
AIとしては大成長。自分が良く知るそれ等と比べても何ら遜色は無い。
「おはよう、自律思考固定砲台さん。バージョンアップしたの?」
「はい!」
「「だから軽いッ!!?」」
「えぇ……」
私の言葉に潮田君と杉野君が反応した。
「そんなに驚く事でも無いでしょ……?」
「驚くよ! 普通驚くに決まってんだろ!? これに驚かないで何に驚くっていうんだよ!!!」
杉野君が私の肩を掴んで叫ぶように告げる。潮田君は言葉こそ無いものの、何度も頷いていて杉野君と同意見らしかった。
「いや、暗殺に支障があるなら改良くらいはされると思うけど……」
「そうだけど! そうなんだけどさぁ!! 変化の度合いがおかしいだろぉ!?」
「あぅう、揺らさないで……」
「す、杉野……気持ちはわかるけどその辺で……」
がっくんがっくんと揺れる視界にデジャビュを覚えつつ、どうにか杉野君を落ち着かせることに成功した。
「……すまん、やりすぎた」
「いや、大丈夫だ。気にしなくていい」
「おやおや、朝から元気で実に結構!」
「あ、殺せんせー」
もう聞き慣れてしまった奇怪な足音に振り返ると、我らが担任様がドヤ顔に近い笑みを浮かべて立っていた。
「どうですか皆さん、生まれ変わった自律思考固定砲台さんは!」
「あ、先生が色々やったの?」
「えぇ。クラスがあのままの状態というのは、流石に教師として無視できませんでしたからねぇ。
だから昨日の内に個別授業を少し行ったんですが……岸波さんがアッサリした反応で、先生悔しいやら悲しいやらです」
おーいおいと涙を流す殺せんせーが言った事に少し驚いた。てっきり開発元が何かしたのかと思っていたが違ったようだ。どうも私は、この超生物の万能性を甘く見ていたらしい。
この世界の最新技術に一晩でここまでのアップグレードを施す手際と知識を有している。それはつまり、単純に考えてこの先生だけが最先端を突っ走っている事になる。しかも改良先が私の知るAIのレベルまで達しているという事は、彼方の世界との技術格差を考えて……一世紀は先に居るんじゃないだろうか、この教師は。そう考えると、確かにさっきはおはようと流せる場面でも無かったか。
「……内心では結構驚いてたから、大丈夫だよ殺せんせー」
「それは良かった」
とはいえ、もう一度驚き直すというのも変なので、殺せんせーにそう告げるだけにしておく。然程引きずるような事でもなかったのか、殺せんせーはすぐに立ち直った。
そうして、殺せんせーは自分が自律思考固定砲台に何をしたのかをつらつらと語り出す。表情がほんの少しドヤってるように見えるのは、多分気のせいでは無いだろう。
「親近感を出すための全身表示液晶と体・制服のモデリングソフト。
全て自作で60万6000円!」
おぉ、結構な金額をつぎ込んでる―――とは思うが、普通はこのレベルの改良をしようと思えば、もっと金額が掛かるだろう。その値段で済んでいるというのは、その分を技術で補っているからなんだろう。
試しに少し触れてみると、くすぐったいですよぅと反応が返って来た……え、まさかタッチパネル仕様?
「ひゃあっ!? もう、何するんですか岸波さん!」
「ゴメンゴメン、ちょっと気になって」
確認のためにスカートの裾を上へ弾いてみると、普通に怒られた。タッチパネルで確定か。しかもこれで怒るという事はつまり、怒りと羞恥の感情が搭載されているという事に他ならない。
次やったら許しませんからねっと言いつつ、画面の向こうで人差し指をうりうりと動かす自律思考固定砲台の姿は何処にも違和感が無く、年相応の美少女だ。現実世界に動作を反映させるためなのか、私の頬にぐりぐりと押し当てられる銃口が物騒な事を除けば、だが。
「豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと追加メモリ。
同じく110万3000円!」
成る程。それだけの金額を掛けたのなら、このハイスペックっぷりも頷ける。多分ムーンセルの表側でマスターやってた頃の私よりも感情がはっきりしている。
―――こうしてE組に、この世界から見れば時代の先を行っていて、私から見れば技術が追い付いてきたと言える。そんなAIの殺し屋が誕生した。
「先生の財布の残高…………5円!!!」
―――ついでにハサンも誕生した。
岸波家の寝室に裏側のマイルームが出現。きっとその内リビングもそんな感じになりそう。
律は白野と積極的に絡めていこうかなと思っているので、原作とは少し違った感じになるかもしれません。キャラ崩壊しない範囲ではくのんの影響を与えたい。
次回か、多分次々回で律は一旦終わりです。
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サンバ……だと……?
今年のサンタはアタランテかネフェルタリだとばっかり……