後半ちょっと駆け足になりました。
お風呂も終わり夕食も済ませた後は、消灯時間までやる事は何も無い。明日はお土産を見てから東京に戻るだけなので、予定の確認も無し。かと言って明日に備えて早く寝る……なんて事は無く、全員が浴衣に着替えてガールズトークに花を咲かせていた。
口の滑りを良くするためにという訳ではないが、全員がそれぞれ飲み物とお菓子を取り出し一か所に固まる。さながらちょっとしたパーティーの様な事になっていた。取り出された物の中には今日購入したであろう京都ならではの物も数多くあり、気に入ったものは明日の朝に購入しても良いだろう。
そして女子が集まって話をするとなれば、内容が自然と特定の方向に向かうのは必然的な事なのかもしれない。
「え……好きな男子?」
片岡さんが少し戸惑ったような声を上げる。かくいう私も心の中で同じ事を思っていた。
「そうよ! こういう時はそういう話で盛り上がるモノでしょ?」
立ち上がって得意げな顔を披露しつつ声高に主張するのは中村さんだ。
彼女が話題にしようとしているのは異性の好みについて……所謂恋バナ、という奴だ。多分男子も向こうで同じような話してるんだろうし、というのが彼女の言い分らしい。
まぁ理由はどうあれ乗り気な人が多いように見受けられる。目を爛々と光らせるその姿は、誰が見ても興味ありますという意思が透けて見えるようだ。しかし中にはそうでない人もいる。速水さんなんかは一歩引いた姿勢だし、狭間さんなんかはあからさまに嫌そうな顔だ。
しかし十何人といる中で二人だけが消極的であろうとも、他の大多数は積極的なのだ。王様の財宝を見ていても思うが数の力というのは恐ろしく、時にそれだけで物事を有利に進めてしまう。今回も数の暴力の例に漏れず、自然とトークテーマが決定した。
「はいはーい! 私烏間先生ー!」
「そんなのは皆そうでしょうよ……クラスの男子なら例えば、って事よ」
「えぇ~……」
倉橋さんが元気よく挙げた名前はすげなく却下された。というか倉橋さん烏間先生が好きなのか……まぁ確かに同年代に比べれば落ち着いてて良いとは思うが、それは大人だからだろう。中村さんが却下するのも無理はない。
そうして中村さんが同年代でマシな部類として前原君と磯貝君の名前を上げれば、矢田さんからカルマの名前が出た。やはりというかなんというか、真っ先に来る選考基準は顔らしい。次に来るのが性格らしく前原君とカルマは速攻で外されて、磯貝君が最強の優良物件という事でひとまずの結論が出た。
「――ふむ」
特に明確な答えを求める訳でも無い女子たちの男子語りを見ていると、月の生徒会でも一度似たような話をした事を思い出した。確か、リップの階層を攻略してる時だったか。どういう経緯でそうなったかはよく思い出せないが、生徒会の枠を飛び越えて好みのタイプ大暴露大会が開催された事があった。あの時はまだレオもユリウスもいたっけ。
『………思慮深く、包容力があれば容姿は……いや、しかし容姿は重要か。ロングヘアである事だけは譲れん』
『私は年下であれば問題なく。もちろん精神的な話ではなく、肉体的な話ですが』
『まぁ……そうね、支え合えればいいんじゃない? 後はお金持ちなら言う事無し!』
『趣味嗜好を共有できる方が望ましいでしょう。食事や生活習慣、服装の好みなどが最たるものかと』
『好みか。うむ、我が神など正に理想であった……おぉハレルヤ!』
『そうですね……あらゆる事において、激しく求めてくれる方でしょうか。うふふ』
『阿呆、好みなどあるものか。人間の女というだけで反吐が出る』
『エンジェル系のショタっ子最高。喋った事無いけど、アンデルセンタンとかきっと最強ッスよ?』
『かつてはオレも、見目麗しき姫に心を動かされ彼女を得ようと名乗りを上げた事もある。だが…………アルジュナめ……』
『当然、この僕に相応しいだけの才覚を持った女性! この一言に尽きるね。ま、そんな人は居ないだろうけどね! 遠坂でギリギリ手が届く範囲じゃないかい?』
『生徒会の皆さんは魅力的だと思いますが、僕の好みからは外れていますね。残念です。ボク好みの女性がいれば、その場で組み伏せているのですが……』
『えーっと……すみません。私、恋愛感情というのは良く分からなくて……』
『んっとねー、料理が上手でー……家事も出来てー……できれば年下の男の子!』
『そうだな、妄信的に尽くす女性など良いのではないか? 生きるために尽くすのではなく、尽くすために生きるような存在だ。そういった人間が自分の世界と現実の差異に気付いた時の顔などは、中々に見物だと思うが』
『
…………うん、ざっと思い返しても酷い。まともなのが数人しかいない。常識組もちょっと暴走気味なのが数人いるし。ラニは下着撤廃主義を押し出してきそうだし、カルナは生前を思い出したのか珍しく闇が見えている。でも桜はやっぱり天使だ。あとギルガメッシュは何でそこまで結論が飛躍したんだか。
そして今思い出してもレオとガウェインのハーウェイ主従が酷い。片や肉食系どころの話じゃないし、もう一方は発言内容がロリコンだ。ついでに巨乳派なのでロリ巨乳フェチという事になる。借金取りに加えてどこまで属性を追加する気なんだろうかあの太陽の騎士は。
コレが円卓随一の騎士かと思うと悲しくなったが、彼曰く円卓に名を連ねた他の騎士たちも色々と問題のある人物だったようだ。ランスロット卿への言葉が結構辛辣だった事から私情が混じっているのは確実だろうが、それでも他の騎士云々は事実なのだろう。次点で酷い言われようだったトリスタン卿とボールス卿は何をしたのやら……。
彼らをまとめ上げたアーサー王が苦労人か同類だったのかは気になるが、何となく知りたくない。
「私は、特には……」
「え~? 本当かなぁ~……ぅりゃあっ!」
「え、きゃあっ!?」
しみじみと一人過去の出来事に浸っていると、周囲の状況が変化していた。
「男子だって皆気にしてるぞーうりうり~♪」
「や、やめ……ははは……ほ、本当だって、ば……あはは……」
そこには、中々の光景が広がっていた。
茅野さんと中村さんが、仰向けになった神崎さんをくすぐっていた。それぞれ腕を掴んで動きを封じ、横腹と脇の下で二人の指の腹がぞわぞわとした刺激を絶えず送り続けている。神崎さんは目尻に涙を浮かべており、身をよじって悶えている。くすぐったくて笑っているだけなのにその姿は自然と目を引いた。
――ふむ、眼福眼福。
美少女が仲良くじゃれ合ってる光景は良い眼の保養になる。そのまま何時間でも見ていたい光景だったが、横から掛けられた声にそれは中断された。
「ねぇねぇ、白野ちゃんは!?」
「え?」
振り返れば、倉橋さんが目を爛々とさせて随分と近い場所にいた。
「だからー、白野ちゃんは誰か好きな人いる?」
「えっと……」
「お、アタシも岸波さんが誰を好きなのかは気になるなー」
「中村さん」
倉橋さんの質問にどう答えようか迷っていると、ひとしきり神崎さんをいじり倒した中村さんがこっちに合流した。その目は神崎さんをいじり倒していた先程までと同様に怪しく光っている。どうやら私は次のからかうターゲットにされたらしい。ちなみに弄られていた神崎さんはと言えば、茅野さんに手を借りて起き上がっている所だった。
「岸波さんは一年の頃から人気あったけど、誰と付き合ったとかは聞かなかったし」
「……そうだったのか」
中村さんが言う所によると、この世界の私は入学当初からあまり人と関わらずにひっそりとしていたらしいが、逆にそれが淑やかで良いという声も一部男子から上がっており粉をかけてくる相手はそれなりにいたとの事。その度にやんわりとあしらっていたため「誰か想い人がいるのでは?」と小規模ではあるが噂になっていたらしい。
以前不破さんから聞いた私の人物像と合わせると、男子からは一定の支持があったが女子からは嫌われていたといった所か。
「ま、そーゆー訳だからさ? 誰が好きか言ってみなさい?」
「う」
ずずいと身を乗り出してくる中村さんから上体を反らして距離を取りつつ、問われた事に思考を巡らせる。
―――好きな異性、か。
「……よくわからない、かな」
少しの考えの後、口から出て来たのはそんなどうしようもない言葉だった。
「えー?」
「いや、正直誰かと付き合うとか考えた事も無かったから」
こちらの私が何を思って男子を避けていたのかは不明だが、私にとってこれは本当だ。聖杯戦争の最中は戦う事に必死で、黄金の都市ではギルガメッシュに振り回されて自分の事に目を向ける暇なんて無かった。地上に来てからもリハビリ・勉強・遺産管理・暗殺……自分がそういった事を特に意識していないという事もあるが、それ以外に考える事が多く今の今まで意識すらしていなかったというのが正直なところだ。
「あー……恋愛に興味が無いタイプかぁー」
「そうかもしれない」
思えば周囲に同姓異性を問わず魅力的な人物に多く囲まれた環境で生きてきた私だが、そんな状況でも特定の誰かを好きになるという経験は無かった気がする。最も長く傍にいた異性はギルガメッシュだが、彼に恋愛感情を抱いているという訳でも無いし。
「だからまぁ、恋愛とかは追々でいいかな」
「えーつまんないー」
唇を尖らせてぶぅぶぅと不満を漏らす倉橋さんの頭を撫でながら、期待に沿えなくてすまないと謝罪しておく。
その後はビール片手にやって来たイリーナ先生を含めてのガールズトークだ。
生徒の前で飲むのかとも思ったが、引率という職務上完全に観光で遊べるという事も無かっただろうし、更に私達の一件で色々としなければならない事もあっただろう。飲まなければやってられないという気持ちもあるのかもしれない。
「あんた達は私と違って、危険とは縁遠い国に生まれたのよ。その運命に感謝して全力で女を磨きなさい」
そう語るイリーナ先生の表情は、千枚漬けを肴にビールを呷りながらもどこか真剣だった。
「ビッチ先生がマトモな事言ってる……」
「なんか生意気~」
「……舐めくさりおってガキ共ォ!!」
皆は真面目に受け取らなかったみたいだけど、私にはその言葉が持つ重みが伝わって来た。まだ二十歳になったばかりなのに一流の殺し屋として活動しているイリーナ先生には、多分現代日本で暮らす私達には想像もできないような過去があるのだろう。
その後は、いつの間にか乱入していた殺せんせーに恋愛遍歴を吐かせるために旅館中を追い回したり、男子も合流して結局いつもの暗殺になったりと騒々しい。
そうして、修学旅行最後の夜は更けていった。
◆
修学旅行最終日。
この日は何処の観光も暗殺もしない。昼の新幹線まで時間があるので遅れないように時間を気にしながら、駅周辺の土産屋を物色するくらいだ。他の皆は家族の分だったりご近所さんの分だったりと色々買い込んでいるが、私は家に帰っても一人きりなので他の皆に比べて量は少ない。無難な所で八橋と昨日食べて美味しかった漬物、後は飴を幾つか買い込んでいく。
「岸波さん、飴好きなの?」
「うん」
茅野さんの言葉に頷く。飴は麻婆と並んで私の数少ない好物の一つだ。一つ一つは少ないが、十数個も買い込めばそれなりの重さになる。ギルガメッシュがくれた飴に比べれば格は落ちるのだろうが、それでもどんな味がするのかは今から楽しみである。
新幹線の中は出発の時と同じように騒がしいが、その声は行きと違って名残惜しさを含んでいた。もっと遊びたかった、という奴だ。それが他の人よりも重症だったのか、殺せんせーが東京での事を再現するかのように駅ナカスイーツの誘惑に負けていた。
行きと同じように花札に興じ、眠ってしまって見れなかった富士山も今度はしっかり写真に収める事が出来た。買ったお土産を一部開放して、遠ざかっていく京都の風情を味わう。そうしていれば二時間程度はあっという間で、東京に着いたのはカルマ相手に花札をしていた時だった。
「さ、酒が……流れた……!?」
「あっはァー、残念でしたー。はい赤タン、俺の勝ちぃ」
「お、おのれぇ……!」
勝ち逃げを許してしまった事に歯噛みしながら新幹線を後にする。朝はそうでもなかったのだが、荷物が少し重い。コレを持って帰るのかと考えると少し憂鬱だが、買い込んだのは自分なのだ、文句なんて誰にも言えない。
「家に帰るまでが修学旅行です! 寄り道などしないように!」
殺せんせーのそんなお約束の言葉が解散の合図となり、皆それぞれが帰路に就く。帰宅方向が一緒の人は思い出話をしながら一緒に帰るらしいが、生憎と私は一人ぼっちだ。まぁでも仕方ない。この荷物を早く肩から降ろしたいので、話のためだけに寄り道するのも馬鹿らしい。それに寄り道ダメって言われたし。
よいしょとカバンを掛け直して、さぁ帰ろうとした所で―――
「岸波さん、少しいいか?」
「はい?
―――烏間先生に呼び止められた。
白野はギルガメッシュに恋愛感情は抱いてない、抱いてても気付いてないと思うんです。
ただ恋愛感情は無くても好きなのは確定。
ちなみに、白野が男性を批評する時は無意識にギルガメッシュと比べてます。
次回は少し時間が巻き戻って、二日目夜の烏間先生視点です。
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アルトリア狙いですまないさん(三人目・金演出)、マーリン狙いで孔明(二人目・虹演出)でした。
どうしてこう、怒るに怒れない奴が来るんだ……
と思ってたら、単発でパールヴァティーとインフェルノさんをお迎え出来ました。
こうやってたまに単発が当たるから石が貯まらないんですよね。