ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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ルイズとキュルケ

 “ゼロ”のルイズ。

 公爵家という由緒正しき家柄に生まれながらも魔法を扱いこなせずにいた無能者。

 ただそれだけならば、彼女はただ数多いる人の中に埋もれるだけで、注目を浴びる事はなかっただろう。

 何よりも彼女が人の目を惹いたのは、魔法を使えぬという事実からではない。

 それはあまりにも鮮烈なまでの眩さ。貴族として在らんと努力を続け、貴族は何たるかを自負し続けて生きてきた。

 歪なりながらも真っ直ぐ、理想の貴族であろうとした姿が誰よりも目を惹いたのだ。理想に追いつかぬ現実と、高すぎる理想を掲げながらも足掻き続ける姿に誰もが無視をする事が出来なかった。

 滑稽だと多くの者はルイズを笑った。魔法を使える事が貴族の前提であるのに、彼女は魔法を使う事が出来ないのだから。

 劣悪という言葉すら生ぬるい。衣食住は恵まれても、心はいつだって悪意に晒され続けてきた。それでも尚、歪みながらもルイズは正しく貴族たらんとしていた。

 誰もが知っている。そして誰もが目を背けている。誰も彼女を見ようともしない。故に、彼女がこの場にいる事が何よりも理解できず、そして納得する事が出来ない。

 2年生の授業を行う教室に、やや遅れて姿を現したルイズは皆の目を惹いた。ざわつきが周囲に広がっていく。使い魔召喚を失敗していたルイズが何故ここにいるのか、という疑問が皆の間に沸き上がる。

 そもそもの使い魔召喚、留年の問題などはどうなったのか。皆が疑問を浮かべる中、ルイズは平然と席について授業を受ける準備をしている。まるで周りなど意に介していない、という様はいつもの彼女のままではあるが、どうにも雰囲気が違うのだ。

 そんなルイズに声をかける猛者がいた。それはキュルケだ。キュルケはルイズの隣の席を陣取り、ルイズへと問いかける。

 

 

「ルイズ、ここにいるって事は使い魔召喚は成功したの?」

「何で隣に座ってるのよ。あっちに行きなさいよ、ツェルプストー」

「私がどこに座ろうと勝手じゃない」

「……そう。じゃあ勝手にすれば良いわ」

「えぇ、そうするわ。で? 貴方は何を召喚したのかしら? ミス・ヴァリエール」

 

 

 キュルケの問いにルイズは面倒くさい、というように眉を寄せる。そして面倒くさそうな様子を隠さぬまま、小さく息を吐き出すと共にルイズはキュルケへと返答する。

 

 

「あんまり騒がれたくないから教えない」

「はぁ? なによそれ」

「あんまり公にしたくないのよ」

「なんでよ」

「オールド・オスマンから助言を頂いたの。私の使い魔は希少種だからって。今はオールド・オスマンの庇護下にいるわ」

 

 

 ルイズはキュルケにしか聞こえない程に声を下げて言う。周りにも意識を配り、ルイズは周りに聞き取られないようにキュルケへと伝える。

 キュルケはルイズの返答に僅かに目を瞬かせた。成る程、オールド・オスマンが言うのであればそうなのだろう、と。だがそれは同時にキュルケに驚きも与えていた。ルイズが稀少とされる使い魔を召喚した事実に。

 

 

「へぇ。それは興味深いわね。尚更、ルイズが何を召喚したのか気になるわ」

「私だって成功したんだから自慢したいわよ。でも、使い魔を見せ物にする気は私にはないわ」

「そう。なんにせよ無事に召喚出来て良かったじゃない」

「……アンタが私を祝福するなんてね。悪いものでも食べたかしら?」

「別に。これで退屈しないで済むわ。ライバルが簡単に膝を屈するような相手だと困るしね」

 

 

 不敵な笑みを浮かべてキュルケはルイズに言う。因縁のあるヴァリエール家の娘とツェルプストー家の娘。それは必然的に互いを好敵手として意識をする相手だ。

 時代錯誤とも言える程、貴族たらんとしているルイズの事をキュルケは好ましく思っている。その上で、好敵手に値する相手として認めていた。これで魔法を使えるようになれば良い研鑽の相手となるだろう、と。

 代々続く両家の因縁から普通に仲良くなろう、という発想がこの二人にはない。だが好ましくは思っているという何とも天の邪鬼な想いを抱いている事をキュルケは自覚しない。自覚したとしても否定するだろう。そんな微妙な距離感が二人の間柄なのだから。

 ルイズはキュルケの返答を聞いて、僅かに鼻を鳴らして視線を前に向けた。キュルケは変な奴。突っかかってくる癖に心配をしたりや、自分を焚き付けたりと変な事をしている奴。今のルイズのキュルケに対する評価はこんな所だ。

 互いに因縁がある所為もあるのだろう。妙に互いに素直になれない二人はそこで会話を一時止める。仲良くお喋りする間柄ではない。ならばこれ以上、無用な会話は必要ない。

 二人が会話を止めて間もなく、教室には授業を担当する教師が入ってくる。ルイズは久しぶりの授業に思いを馳せながら授業に意識を傾けようとする。身に向けられる無数の視線を敢えて無視した上で、ルイズは授業へと没頭していった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ミス・ヴァリエール。君に少々確認したい事がある」

 

 

 授業が終わり、授業道具を片付けていたルイズはそう声をかけられ、声の主へと視線を向けた。そこには貼り付けたような笑みを浮かべている生徒がいる。誰だったか、と名前が出てこない程には印象にない同級生だった。

 キュルケやコルベールといった自分にとって印象深い生徒や教師は確かに覚えがあるが、ファ・ディールで過ごした時がハルケギニアにおいての些末事は忘却させていた。名を思い出せずに、えーと、と声を漏らしながらルイズは首を傾げる。

 

 

「私に何の用かしら? ……えーと?」

「マリコルヌだ! マリコルヌ・ド・グランドプレ。……まぁ良い。君、進級出来たのかい?」

 

 

 マリコルヌの問い掛けに興味がある、と言うように周りの生徒達の意識がルイズへと向けられる。中にはマリコルヌの後ろに寄ってルイズを見てくる者までいる程だ。

 使い魔召喚の儀式を失敗した者は留年し、1年生からやり直し。それが魔法学院の決まりだ。そして少なくともルイズは使い魔召喚を成功していない。

 なのにルイズは2年生の授業を受けているという現状。そこに疑問を抱く者がいないか、と言われれば否だろう。ただでさえ“ゼロ”のルイズとして注目を集めていたのだから。

 ルイズは先ほど、キュルケに問われた後から頭の中で纏めていた返答を返す。キュルケだけでなく、自分の進級に関して疑問を抱く生徒は多いと思ったからだ。

 

 

「えぇ。無事に進級したわ」

「使い魔召喚を失敗した君が?」

「あの後、再度召喚の儀式をしたの。無事に終わったわ。使い魔は召喚したし、契約も済ませたわ」

「……本当にそうかい?」

 

 

 マリコルヌの周りにいた生徒が続けて問いかけを投げかけてくる。明らかに疑いの眼差しである。その視線が幾重にも自分に集中している事にルイズは疲れたように吐息する。

 

 

「本当に、と問われても、それが事実なのだからそうとしか答えられないわ」

「なら君の使い魔を見せてくれよ。“ゼロ”のルイズが召喚した使い魔がどんな使い魔か気になるな」

 

 

 気になるだろうな、とルイズは思う。気にならない方が不思議だ。自分だって同じ状況であれば疑わない筈もない。

 だからこそわかる。誰も納得していないのだと言う事が。ルイズが2年生の授業を受けているという現状を。何故ならば自分は皆の目の前で失敗をしてしまっている。使い魔の召喚を成功させる事が出来なかったのだから。

 

 

(……さて、穏便に隠し通せれば良いんだけどね)

 

 

 ルイズは溜息を吐き、願うように心中で零す。先日の儀式でわかった通り、ルイズはマナの女神の分霊というべき存在を身に宿している。そして先日、身に宿っている分霊と使い魔の契約を交わした。

 だが、マナの女神は肉体を持っていない存在だ。だからこそルイズの体を依代として、ルイズと同化する事で存在している。元々、マナの女神は“万物の根源”だ。何者でもなく、何者とも為り得る“起源”たる存在。

 故に人目にさらす事は出来はしない。そもそもの存在の証明などルイズには出来ない。そしてルイズにはそもそもマナの女神を公表するつもりはない。彼女の力が余りにも強大だから、という理由は勿論ある。それに、例え誰に認識されずとも、確かな絆をルイズは認識しているのだ。他人にとやかく言われる筋合いはない。

 

 

「悪いけれど、オールド・オスマンから助言を頂いているの。私の使い魔は希少種だから。今はオールド・オスマンの庇護下にいるわ。だから見せてあげる事は今は出来ないわ」

 

 

 予め了承を取り、問われた時に想定していた言葉を返す。ルイズの返答を聞いた生徒達は怪しむような視線は更に強まり、突き刺すようにルイズへと視線が刺さる。

 

 

「それは本当か?」

「まさか、本当は使い魔召喚が出来ていないんじゃないか?」

 

 

 ルイズの返答にルイズの予想通りの返答が来る。だが、ルイズはそれ以上は黙り、何も言わない。

 

 

「おい、まさか公爵家の権力を使って進級したんじゃないだろうな?」

「何とか言えよ! ルイズ!」

「黙ってるって事は図星なんじゃないか?」

 

 

 声がする。ルイズは感情を深く沈め、ただ黙って最早罵倒とも言える言葉を受け止めていた。彼らの疑念は当然だろう。実際、使い魔の姿を見せてやる事は出来ないのだから。

 だからどうした、とルイズは心中で呟く。彼らが信じようと、信じまいと、マナの女神は自らと共にある。意識を沈めれば繋がりを感じる事が出来る。この暖かさは嘘なんかじゃない、と。ならば恥じる事など何一つない。

 

 

「貴方達がどう思うのかは勝手よ。好きにしなさい。ただ、それでも私はここにいる。オールド・オスマンに許しは得ているもの」

 

 

 だから好きに言えば良い。罵れば良い。疑えば良い。自分は彼らに提示出来る証拠は出せない。ならば好きに言えば良い、とルイズは言う。

 居直った、や、卑怯者と罵倒や皮肉が飛び交う中、ルイズは言い返す事無くただ黙って聞いていた。悪意を受け止める事は慣れている。ファ・ディールで出会った“奈落”の住人達、つまり死者達から比べればこの程度の悪意など涼しいものだ。

 次の授業を行う為に教師が入ってくるまで、ルイズへの問答は続いたが、ルイズはのらりくらりと問答を躱す。誰もが納得しないまま、席に戻っていく。いくつもの問答を追えたルイズはまるで気にした様子もなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「アンタ、よく我慢出来たわね」

「急に何よ」

 

 

 午前の最後の授業が終わった後、キュルケはルイズに声をかけた。授業は終わり、誰もが昼食を取る為に教室を後にしていく。ルイズは授業道具を片付けながらキュルケと言葉を交わす。

 

 

「あれだけ言われてよく我慢出来たわね、って。ちょっと前のアンタだったら怒鳴り散らしてたじゃない」

「そうだったかしら?」

「そうよ。随分と落ち着いちゃって。使い魔召喚をしてからかしら」

「相手にしたって私が使い魔を見せてあげる事が出来る訳じゃないし、だったら言わせたいように言わせれば良いのよ。それに……」

「それに?」

「どうせ私が召喚した使い魔を見せたって、所詮ゼロ、って事でまた何か言われるんでしょうね」

 

 

 ふぅ、と溜息を吐いてルイズは言う。

 

 

「今更私がどう足掻いたって、“ゼロ”の称号は揺るがない。私が本当に誰かに認められるだけの功績がない限り、ね。それこそいきなり“ゼロ”から“スクウェア”にでもならない限り、ね?」

 

 

 ルイズは悟りきった表情で告げる。ルイズの言葉に含まれているのは諦め。しかし同時に諦めながらも屈する事はないと意志が籠められているものであった。

 キュルケは思わず息を呑んだ。ルイズが“ゼロ”と呼ばれる事を疎み、嫌っている事をキュルケは知っている。恐らく、この学園で誰よりもだ。からかい混じりに“ゼロ”と呼ぶ事もあるのだから、キュルケは知っている。

 その“ゼロ”の称号に対して受け入れる強かさを見せた。それは以前のルイズにはなかったものだ。今までの“ゼロ”である事を受け入れられないルイズは強気で他者を寄せ付けない程、ヒステリックな少女という一面があった。

 だが今のルイズはどうか。客観的に自分を見て判断する事が出来ている。感情も高ぶった様子も無い。キュルケが思わず本当にルイズなのかと疑うまでに。訝しげにルイズを見つめるキュルケの視線に気付いたのか、ルイズは嫌そうな視線をキュルケに向けた。

 

 

「何よ。さっきから」

「アンタ、やっぱり変わったわ。その調子じゃ彼奴等の罵倒は本当に根拠のないものになっちゃうわね。そう思うと滑稽だわ」

「私が本当は使い魔を召喚してない、とか考えないの?」

「じゃないとアンタ、そんなに変わらないでしょ。自信ついたんでしょ? 使い魔召喚で」

「自信、なのかしらね。ただ……」

「ただ?」

「自分にはまだ可能性があるんだな、って信じられるようにはなったかしらね」

「それって自信って言うんじゃないの?」

「かもね?」

 

 

 ルイズは笑みを浮かべる。少しおかしそうに笑みを浮かべたルイズにキュルケは率直に“可愛らしい”という印象を与えた。少し悪戯っぽく微笑む仕草は彼女によく似合っている。

 あぁ、追い詰められていない彼女はこんなにも魅力を秘めているのかとキュルケは思った。これは狡い。今までのギャップを比べるとこの茶目っ気は卑怯だと思うぐらいに可愛らしい。

 

 

「アンタ、やっぱり油断ならないわ」

「? 何の事よ」

「磨けば輝くわね、って話よ。私達も食堂行きましょうか」

「はぁ? アンタと食事するつもりは無いわよ」

「あら、たまには良いじゃない」

 

 

 嫌そうなルイズにキュルケはクスクスと笑いながら言う。勝手にしろ、と言わんばかりにルイズは何も言わずに席を立つ。キュルケもそれ以上は何も言わず、ルイズと並んで食堂へと向かった。

 食堂まで続く道を歩みながらルイズとキュルケはたわいのない話に花を咲かせた。主に話題を振るのはキュルケだが、ルイズも無視をする事無く話に応じている。

 今までの二人には無かったごく当たり前の会話。それがキュルケにとっては新鮮でどことなく楽しい、と無意識ながら思っていたのだろう。

 ――だからこそ、食堂の入り口で辿り着いた時、キュルケは不機嫌を顕わにした。入り口には幾人かの男子生徒が並んで立っていた。そしてルイズの姿を見るなり、ルイズの前に立ち塞がり、道を遮る。その顔には作られたような笑みを浮かべ、丸わかりの侮蔑の感情をルイズへと向けている。

 

 

「ルイズ。君はこの食堂に足を踏み入れる資格がない」

「ここは貴族の食卓だ。貴族にあるまじき行いを働く君は食堂に足を踏み入れる資格はない」

「早く去りたまえ」

 

 

 筆答に立つ生徒には見覚えがあった。先日、ルイズとギーシュの諍いの際、杖を抜こうとして謹慎処分を受けていたはずの男子生徒だった。彼の取り巻きの中には教室でルイズを罵倒していた中で最も辛辣な言葉を浴びせていた生徒達も含まれていた。

 キュルケは不機嫌さを隠そうともせず、道を塞いでいる生徒達へと問いかける。その声にはやや険しい色が混じっている。

 

 

「ちょっとミスタ。これは一体何の真似?」

「おぉ、ミス・ツェルプストー。これはお見苦しい所を。しかし、ミス・ツェルプストー。君も何故、貴族の面汚したる“ゼロ”と並んで食堂に来るのかね? 僕には理解が出来ない」

「……面汚しって何の事よ」

「使い魔召喚も成功せず、進級の資格もない筈の面汚しが不当に2年生の授業を受ける。それもこれも学園長に公爵家の権力を使い、媚びを売った為だ。これを面汚しと言わずして何という? ここは貴族たる教育と“魔法”の学び場! なのに魔法を扱えない無能者が我が物顔で授業を受け、不貞不貞しくも貴族の食卓で食事を取るという。これは由々しき事態だよ、故に僕はこれ以上の狼藉を見過ごす事が出来ず、同志と共に立ち上がったのだよ」

 

 

 説明を求められた生徒は流れるように語る。その語りにキュルケは不快感を隠さずに表情へと出した。

 

 

「ルイズが使い魔召喚を失敗した、っていう事実もないでしょう。それは謂われのない中傷じゃないの?」

「ゼロのルイズの使い魔召喚の儀式の失敗は見ていただろう? 彼女が成功なんて出来る訳がない。何故ならば彼女はゼロ! 無能者なのだから。それに僕が謹慎処分を受けているのに、彼女はすぐに処分を解除されている。これは公爵家の名を出して圧力をかけたに違いない」

「証拠があるの?」

「ツェルプストー? 何故そんなにも疑うのかね? 考えてもみたまえ。それしか考えられないじゃないか? そもそも、今までだって退学にならない方がおかしかったじゃないか? 魔法を使えば爆発を撒き散らすんだ、危険極まりない! なのに魔法学院に在学出来ていたのは親の権力を使って居座っていたに違いない」

 

 

 大袈裟なまでの身振りで主張する男子生徒。周りの生徒も同感だ、というように同意を示している。ちらり、とキュルケは横目でルイズを見てみれば彼女は涼しげな表情で目を細めているだけであった。

 

 

「ミス・ツェルプストー。君も早くそこのゼロから離れたまえ。君の品性がゼロの所為で貶められるのは僕は悲しい。君にはもっと相応しき友となるべき人が存在している筈だ」

 

 

 芝居がかった仕草でキュルケの傍に寄り、その手を取ろうと手を伸ばす男子生徒。キュルケは不快感で一杯だった。彼の言う事は確かに“有り得る可能性”だ。

 だが、ルイズはそんな事をしていない、とキュルケは半ば確信していた。この貴族であろうとするルイズがそんな卑劣な真似をする筈はないと。ルイズが何も言い返さない事を好き勝手な事を言う男に嫌気が差していた。

 他人を虐げて自身を上に見せようと、媚びを売ってくる男のやり口にキュルケは魅力どころか、侮蔑すら覚えていた。そんな男が触れようとしてくる。思わず、その頬を叩いてやろうと手が出て――。

 

 

「キュルケ、行きなさい。彼らが用あるのは私でしょ?」

 

 

 ルイズが自然に間へと立った。手を伸ばした男の手を遮るように、かつキュルケの動きを静止させるような立ち位置で。

 間に割って入ったルイズにキュルケは思わず驚き、突如間に入ったルイズに男子生徒は怒りを顕わにする。余程、キュルケの間に割って入った事が気に入らなかったようだ。

 

 

「ゼロのルイズ、君が気安く名を呼んで良い相手じゃない。ミス、とつけるんだ」

「……ミス・ツェルプストー。早く行ってください」

「ちょっとルイズ!」

 

 

 ここまで言われて何も言い返さないのか、とキュルケはルイズを見る。だが息を呑む。ルイズはまるで人形のように何も感情を浮かべていなかった。ゾッ、とキュルケの背筋に悪寒が走る。

 人は怒りの沸点が頂点までいくと逆に冷静になるという。ルイズは半ば、その状態にあった。以前の彼女であればそのまま怒鳴り散らしていた所をルイズは抑えていた。

 握りしめた手は強く握りしめ過ぎて血を失い、白くなっている。力を込めすぎている為か、拳は僅かに震えている。だが、それでも感情を表に出さないように、とルイズは平静を装う。

 

 

「――冗談じゃないわよっ!!」

 

 

 だからこそ、キュルケは我慢ならなかった。

 

 

「アンタらしくないわね! ルイズ! 言い返してやんなさいよ!」

「……キュルケ」

「アンタ、ちゃんと使い魔召喚したんでしょ? こんな奴らに好き勝手言われて悔しくないの? 事情があってアンタの使い魔が表に出てこれないって! 学院長からも認められてるって!」

 

 

 キュルケはルイズの肩を掴んで言う。ルイズはここまで言われて我慢が出来る筈がない。普段ならばとっくに爆発している。だが、ルイズは今、それでも必至に堪えているのだとキュルケは悟る。

 だが、何故そうする必要がある。キュルケは知っている。ルイズはいつも苦しんでいた。魔法を扱えないという重圧。だが逃げる事はしなかった。いつだって前を見て進み続けた。それが使い魔召喚でようやく報われた。希少種を召喚したという事は、ルイズ自身も言ったように“可能性”があるのだと。

 更に言えば、今、ルイズは自分を庇ったのだとキュルケは悟った。咄嗟に出そうとした手を止める位置にルイズが割って入ったのが偶然とはキュルケにはとても思えない。

 これは自分の問題だから、と立ち入らせようとしない。挙げ句、離れろとまで気を遣われた。あぁ、ルイズは自分なんかに気を遣うなんて気持ち悪い、と。故にキュルケは納得がいかない。故にキュルケはルイズに訴える。

 

 

「……ミス・ツェルプストー。何故君は“ゼロ”を庇うんだい? そんな無能者を」

 

 

 キュルケがルイズに告げた言葉に、生徒達は不愉快そうな表情を浮かべて問いかける。それにキュルケは思わず鼻で笑ってしまった。そのまま挑み掛かるように視線を向け、キュルケは告げる。

 

 

「無能? そうね。ルイズは魔法が使えないかもしれない。でもね、ただそれだけ、でしょ? アンタ達がルイズに勝ってる所なんて」

「ッ!? 愚弄するか!! ツェルプストー!! ……ふんっ、何だ、貴様も所詮ゲルマニアの野蛮な女だったという事か! これだからゲルマニア出身は――」

 

 

 ――言葉が、止まった。

 別に生徒が口を閉ざした訳ではない。いいや、閉ざした訳ではないが、強制的に口を閉ざされたのだ。

 生徒の顔が歪む。歪んだ原因は、彼の頬に突き刺さった鉄拳1つ。体の捻りを最大限に生かした見惚れるまでの一撃だった。綺麗に男子生徒の顔に叩き込まれた拳は軽々と男子生徒を吹き飛ばす。

 鉄拳を叩き込んだルイズは殴った手を軽く振りながら、はぁ、と呆れたように溜息を吐き出した。面倒くさそうに手で髪を無造作に混ぜるように掻く。

 

 

「あー、やったわ。やっちゃったわ。アンタの所為よ、ツェルプストー」

「……ふん、私に気を遣おうなんてアンタらしくないのよ、気持ち悪い。それより、良い拳じゃない。少しスッキリしたわ」

「……ったく、折角気を遣ってやったのに随分な言いぐさよね」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らすルイズとキュルケ。だが、互いに顔に笑みを浮かべていた。

 

 

「き、貴様! 殴ったな! 無能者の、ゼロの分際が僕を殴ったな!!」

 

 

 ルイズに殴り飛ばされ、仲間の生徒に起こされた生徒は憎悪すら込めた瞳でルイズを睨み付ける。向けられた怒りにルイズは鼻で笑うように鳴らし、ウェーブのかかった自分の髪を手で払うように掻き上げながる。

 

 

「ごめんなさいね。私の罵声なら幾らでも我慢出来るけど……――関係ない奴の罵声までは許容は出来ないわね? ついつい殴り飛ばしちゃったわ。その鬱陶しい顔。そっちの方が男らしいわよ?」

「侮辱しやがって! もう許さないぞ! “ゼロ”のルイズ!!」

 

 

 怒りのあまり、目を血走らせながら男子生徒は杖を抜いた。彼の取り巻きの中には、流石に少年を咎めるように声を上げた者もいたが、少年は脅すように杖を向けて怒鳴り散らす。どうやら頭に血が上りすぎて冷静さを失っているようだ。

 やれやれ、と言うようにルイズは肩を竦める。仕様がない、と言うように溜息を吐いてルイズは怒り狂う男子生徒へと告げた。

 

 

「じゃあ手ほどきしてくださいな、色男さん? 貴方が言う”無能者”であるこのルイズに”魔法”の手ほどきを、ね? 今なら場所が空いてるでしょ? 広場に行きましょう?」

 

 

 

 

 

 

 


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