ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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吸血鬼討伐(下)

 エルザを連れてルイズ達は村へと戻った。エルザは泣いて、疲れ果てたのか、今はルイズの背で眠っている。

 ルイズはこれから村長の下を訪れて、エルザの事を相談するつもりでいた。どこまで村長に話すべきか、その点について悩んでいる。彼女が吸血鬼である事を告げる必要があるのか、どうかを。

 無理矢理連れていっても構わないが、後で自分がいなくなった後でエルザが吸血鬼である事実をバラされても困る。かといって何も言わず連れ去る訳にもいかない。慎重に事を進めたい、とルイズは思っていた。

 だからだろう、ついつい隣を歩いていたタバサへと問いかけを投げかけたのは。

 

 

「タバサはどう思う? やっぱり私は甘いと思う?」

「甘いどころか、馬鹿げてる。吸血鬼は人間の天敵。最悪の妖魔と心配していたのは貴方がよく分かってる筈。貴方の同情はいずれ、貴方の身を滅ぼすかもしれない。自覚してる?」

「えぇ。耳が痛い程、自覚してるわよ。でも、ごめんなさいね。貴方の立場を悪くするかもしれないのに」

 

 

 ルイズの謝罪の言葉にタバサは言いようのない表情を浮かべる。わかっている。ルイズの言う通り、最悪これが自分に不利を呼び込む事があると。王宮に討伐対象である吸血鬼を生かし、あまつさえ一緒に連れている等と知れれば王宮に叛意ありとされる可能性があると。

 自分の身を守る為であれば殺すべきだ、とタバサは考える。だが感情の部分でタバサはエルザへの同情を隠しきれなかった。幼くして両親を奪われた。だから憎い。憎くてどうしようもならない。そんな気持ちはタバサは誰よりも、痛い程分かっている。

 吸血鬼であるエルザとわかり合えるとはタバサは到底思っていない。……だが、あの叫びは自分も同じ思いだった。全てを否定出来ないからこそ、タバサの心境は複雑なものであった。

 

 

「保護しようと言ったのが貴方じゃなければ、問答無用で殺していた」

「……そう、でしょうね」

「でも、貴方は私も救おうとしたお人好し。……ルイズ」

「なに?」

「信じて良いの? 貴方は、本当にその吸血鬼とわかり合える?」

 

 

 タバサはルイズを真っ直ぐ見据える。足を止めたタバサにルイズは一度、タバサの方へと振り向く。交差される視線、タバサは挑みかかるような視線でルイズを射貫きながら告げる。

 

 

「……絶対とは言えない。けど、責任は取るわ」

「なら、そうして。――最後までけじめをつけて」

 

 

 タバサの言葉に、ルイズは重々しく頷いた。その様子を人に変化しなおしたシルフィードは心配げに二人を交互に見ている。だが心配するシルフィードを余所に二人はそれ以上の言葉を交わさずに歩き出した。

 互いに無言のまま、村長の家へと辿り着き、ドアをノックする。ノックの音にすぐ反応したのか、村長が姿を現す。ルイズの姿を確認した村長は驚いたような顔をしてルイズへと掴みかからん勢いで問い掛けた。

 

 

「ヴァネッサ様! エルザは、エルザは!?」

「村長、落ち着いてください。エルザは無事です」

 

 

 ルイズは落ち着かせるようにエルザを見せながら村長へと伝える。ルイズの背で眠るエルザを見ると村長はホッ、と安堵の吐息を吐き出して瞑目して力を抜いた。余程心配していたのだろう。

 それからすぐにエルザを寝所へと寝かせた。タバサとシルフィードも休むという事で先に寝所へと向かっている。居間に残っているのはルイズと村長の二人となる。夜の闇を灯すのはランプの光、その灯りの下、ルイズと村長は向き合っていた。

 

 

「ヴァネッサ様、どう御礼を言っていいものやら…エルザがご迷惑をおかけしました」

「いえ。私こそ彼女を脅かしてしまいまして、申し訳ないです」

「無事に連れ戻していただいたのです。本当にありがたい限りです」

 

 

 柔らかい微笑を湛えてルイズに礼を告げる村長にルイズはただ小さく首を振った。こんなにも愛されているエルザは幸せ者だと。そんな村長の姿に思わない事がない訳ではない。 気を取り直すように息を吸い、ルイズは改めて村長へと視線を向けた。ルイズの雰囲気の変化を察したのか、村長も佇まいを正す。

 

 

「村長、少しお話があります」

「なんでしょうか」

「私はエルザと色んなお話をしました。あの子がメイジを憎んでいると。両親を殺された事が切欠など、色んな話をしました。改めて彼女から伺い、私は彼女に同情をしてしまったのでしょう。

 私にはエルザの気持ちを理解する事は出来ないでしょう。どれだけ辛かったのか。どれだけ恐ろしかったのか。どれだけ憎かったのか、その気持ちの大きさだけはわかっているつもりです」

 

 

 ルイズの静かな語りに村長は黙って聞き入っている。続きを促すように、村長はルイズを真っ直ぐと見た。ルイズは村長からの視線を受け、言葉を選ぶように続ける。

 

 

「私はあの子を救いたい。あの子は絶望していました。当然ですね、ご両親を亡くしているのですから。だから、私はあの子を救いたい」

「……ヴァネッサ様、どうしてそこまでエルザの事を?」

 

 

 訝しげに村長はルイズを見据える。それもそうだろう。エルザとの過ごした時間は余りにも短い。ルイズの入れ込みは見ようによっては異常とも取れるだろう。だからこそ、ルイズは困ったように笑う。

 

 

「私は、駄目なんですよね。そういう悲しい目をしちゃってる子を見ると、どうも放っておけなくて、すぐに首を突っ込んでしまう。皆から面倒事を抱え込むな、って言われてるのについつい背負っちゃう。背負いたくなってしまう」

 

 

 困ったように笑いながらルイズは村長へと自分の気持ちを伝える。

 

 

「あの子の笑った顔が見たい。あの子を笑わせてみたい。そう思ったらもう一直線で、後先考え無し。今もそうです。だから村長にお願いがあります」

「何でしょうか」

「エルザを私に預けてくれませんか?」

 

 

 ルイズは村長と目を合わせながら己の気持ちを真っ直ぐに伝えた。ルイズの言葉を予感していたのだろう、村長はルイズの言葉を受け止めた後、ゆっくりと瞑目した。

 ルイズの言葉に村長は即答しない。何かを受け止めるように、何かを考えるように村長は黙したまま。ルイズも急かすような事はしない。ただ二人の間に沈黙が流れる。

 

 

「……不思議な方ですな。貴方は」

 

 

 不意に、村長が口を開く。どこか困ったような、不思議そうな表情を浮かべてルイズを見る。

 

 

「貴族嫌いのエルザが、貴族の護衛である貴方に心開くという事も驚きですが……貴方と話していると、不思議と納得がいってしまいます。一見怪しく思えるその優しさも、不思議と信じてみたくなってしまう」

「……光栄です」

「えぇ。貴方は本当に不思議な人。貴方であればエルザも笑顔を取り戻してくれるかもしれません。少々寂しいものはありますが、私の下より、貴方の傍の方が幸せかもしれません。もしも、エルザがそれを望むならば貴方に託しても良いと、そう思います」

「……村長。私はあの子と解り合いたい。そして分かち合いたい。世界には悲しい事もあるけれど、一杯、負けないぐらい楽しい事、素晴らしい事が満ちているんだって。私は旅の果て、世界が美しい事を知りました。景色だけじゃありません。何気なく触れる人の優しさも、私にとって何よりの宝物です。私はあの子に知って貰いたいんです。世界は捨てたもんじゃない、って。――そして気付いて欲しいのです。村長さんがエルザを愛している事も」

 

 

 ルイズの告げた言葉に村長は目を丸くした。そして、ゆっくりと表情を破顔させた。照れくさそうに頭を掻いて村長は笑った。

 

 

「参りましたな。貴方様はまるで聖女様ですな」

「私はどこにでもいる人間ですよ。これからもずっと。誰かと共に在り続ける。そんな人で在り続けたいと願ってます」

「貴方ならば叶いますでしょう。ヴァネッサ様。どうか……あの子に笑顔を。そして幸せを教えてください」

「……あの子は既に幸せですよ。愛してくれる人が傍にいる。後はそれに気付くだけです」

 

 

 ルイズの言葉に村長は嬉しそうに笑みを浮かべる。ありがとうございます、と一言添えて深々と頭を下げる村長に、ルイズもまた笑みを浮かべて小さくお辞儀を返した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それでは村長。お世話になりました」

「いえ。こちらこそ村を救っていただきありがとうございます」

「いえ。エルザの事も改めて、任せてください」

 

 

 翌日、村を後にする為に身支度を調えたルイズ。その傍らにはエルザが荷物を抱えて立っていた。

 昨夜の問いかけ。エルザが出した答えが、ルイズと共に行く事だったからだ。それをルイズは笑みを以て受け入れ、村長にもその旨を伝えた。少し寂しげに、しかしエルザを笑みを以て送り出そうとしてくれた村長の姿にエルザは涙を零した。

 実の所、エルザは先日、ルイズと村長の会話を途中から聞いていたのだ。そして知った村長の思いはエルザの心を確かに震わせていた。だからこそ知った。愛されていた。こんなにも愛されていたのだと知ったエルザは零れてくる涙を抑えきれなかった。

 そんな思いを裏切っていた自分がどうしようもなく辛かった。ようやく認められた事実がエルザの胸を締め付けていたのだ。

 だからこそ、生きなければならないとエルザは強く思ったのだ。1人ではなかったと気付くにはあまりに遅すぎて、たくさんの迷惑と不幸を呼んでしまった自分。今更幸せなんて望んではいけないのかもしれない。それでも、生きたいという思いに嘘はつけなかった。だから差し伸べられたルイズの手を取る事をエルザは決めた。

 

 

「エルザ、ヴァネッサ様の言う事を良く聞くんだぞ? そしていつでも帰ってきなさい。離れてしまうけど、私はお前の親代わりだからね。寂しくなったらいつでも文を飛ばしても良いし、会いに来なさい」

「うん。……今までありがとう、おじいちゃん」

「あぁ、幸せにおなりなさい」

 

 

 そしてルイズ達は村を後にするため村の入り口を出て行った。ルイズに並んで歩くエルザは振り返り、村の入り口に立って手を振っている村長の姿を見つめていた。村長の姿にエルザはじわりと涙が浮いてくる。

 本当の正体の事は言えなかったけども、自分を愛してくれた優しい人。本当に父のように思っていた人。たくさん迷惑をかけてしまった人。申し訳なさと愛おしさとまぜこぜになった思いがエルザの胸を満たしていく。

 

 

「……辛い?」

「……うん」

「後悔してる?」

「……うん……!」

「だったら生きなさい。貴方が奪った命の分だけ。それは人間も、吸血鬼であっても変わらない。私達は常に何かから命を頂いて生きてるのだから」

 

 

 そんなエルザの頭をルイズが優しく撫でる。エルザがルイズの手の温もりに頷いて返し、自分の手を伸ばしてルイズの手と握り合わせる。

 エルザは胸が痛むのを感じる。この村で殺めてしまった命。エルザが犯してきた罪。それは今後一切消える事は無いだろう。だが仕様がない事でもある。誰もが生きる権利を持っている。獣も、虫も、魚も、植物も。それは吸血鬼であるエルザもまた。

 吸血鬼が人を襲う事が罪だと言うのならば、生者は罪深きもので溢れるだろう。だがそれを受け入れなければならないのならば、せめて命を奪った者達に誓おう。精一杯、生きると。生きる権利を奪い、生きている自分はその分だけ生きよう、と。

 それがきっと自分の為に、そして村長の為になると。そして殺してしまった人達への贖罪へと繋がる、と。愛してくれる人達への精一杯の御礼になる、と。

 

 

「私ね、頑張って生きるわ。我慢も一杯する。頑張って……人間を許そうと思う。理解しようと思う」

「そう。それはとても良い事だわ、エルザ」

 

 

 エルザの言葉にルイズは笑みを浮かべる。撫でてくれる手の温かさ。あぁ、この温かさを得る為なら。少しは血を吸うのも我慢しても良いかもしれない、とエルザは顔を綻ばせた。

 ふと、ルイズは思い出したようにお土産として貰ってきていた紫色の葉を取り出した。それはムラサキヨモギと呼ばれるこの村の特産品。一枚取り出して、口の中へと入れる。口の中で広がっていく苦味に眉を顰めるルイズ。だが、口元には笑みが浮かんでいる。

 

 

「そんな顔するなら食べなきゃ良いのに」

「ん。でも、なんとなく食べたかっただけよ」

「なら私にも一枚頂戴」

 

 

 せがむエルザにルイズはムラサキヨモギをエルザに差し出した。エルザはそれを口へと運び租借する。ルイズと同じように眉を顰めて、そしておかしそうにクスクスと笑った。

 

 

「苦いね」

「うん」

「でも……忘れない」

 

 

 この味は愛してくれた人の住む故郷の味だから。だから絶対に忘れない、とエルザは心に刻みつけるように呟いた。前を見据えればタバサとシルフィードが先に待っていてくれている。

 シルフィードがルイズとエルザを呼ぶ。それに2人は顔を見合わせて微笑みあい、彼等に追い付く為に駆け出した。

 

 

「行こう! お姉ちゃん!」

「えぇ、行きましょうか。エルザ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ハルケギニアの夜には二つの月が浮かぶ。夜は街は寝静まり、静かな一時を生み出す……その筈だった。夜の静寂を打ち消すように叫びを上げたのは一人の男性。男性の叫びに呼応するように人々は動き出す。

 場所は豪邸。立派な佇まいの豪邸の主はさぞ、富みに肥えていると見えるだろう。警備を務めるその数も並ではなく、彼らは1つの統一された意思の下に動いていた。

 

 

「追え! 逃がすな! 必ず捕らえろ!!」

 

 

 焦りを秘めた指示が早々と紡がれる。まるで巣をつついたような騒ぎに警備兵達は慌ただしく駆けていく。

 いや、実際彼らは巣を突かれていたのだ。これだけの警備兵がいながらも、巣をつつかれたような騒ぎが起きているのは彼等にとっても予想外の事態だったのだ。

 そんな彼らを嘲笑うかのように月光を背に受けて立つ姿があった。それは女性だ。身に纏う服は動きやすさを重視した、やや露出の多い衣装。髪は髪留めによってまとめ上げられていて、覗くうなじは扇状的であった。

 

 

「ふふふ。残念。既に逃げられているんだね。君たちは」

 

 

 慌てふためく警備兵達を可笑しそうに見つめながら女性は手に握った“物”へと視線を移す。警備兵達が慌てふためいているのは彼女の手に握られている“籠手”が原因だ。

 

 

「ふふ。名匠が作り上げし防具にして至高の芸術品が1つ、“ヤールングレイプル”。確かに頂いて行くよ」

 

 

 女性は手に入れた物を大事に仕舞い込むと、艶めいた笑みを浮かべて屋根を蹴る。そのまま彼女は騒ぎに乗じ、闇に紛れるように消えていく。

 ヤールングレイプルと呼ばれるマジックアイテムが納められていた宝物庫で、舘の主は怨嗟の声を上げた。壁に塗られたメッセージにはこう記されていた。

 

 

 

 

 

『 先日の予告の通り、かの至宝“ヤールングレイプル”は確かに頂きました。 ―怪盗サンドラ― 』

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 彼女によって世界は広がっていく。

 再生された世界は歩みを取り戻し、舞い戻りし世界では新たな風が吹く。

 歩み抜いた英雄、語り継がれる英雄、誰も知らぬ英雄譚を持つ彼女は今日も生きる。

 たくさんの愛を一杯にその胸に抱えて。それは静かに、だが確実に芽を育てている。

 

 

 とくん、と。

 

 

 ほら、また鼓動の音がする。

 生きている音がする。ここにいる音がする。彼女の傍で、彼女の愛を受けて。

 

 

 とくん、とくん、と。

 

 

 生きている。だから、感じている。愛を。たくさんの愛を。

 

 

 ――……“ルイズ”。

 

 

 とくん、とくん、とくん、と。

 命の鼓動は静かに、その音を強くしている。いつか来るその日に備えて。

 


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