マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
青眼の白龍「双六さん……私、幸せになりますっ!(滅びのバーストストリーム)」




第65話 黒い思惑

 

 

 

 《青眼の白龍》の一撃を受けた双六。

 

 そして双六はもう一つのセットカードを視界に入れる。

 

 

 それは相手に守備表示モンスターがいたとしても海馬に《守護神エクゾード》が攻撃することでダメージを与えることの出来るカード。

 

 

 しかしそのカードではブルーアイズの攻撃は防げない。

 

 双六LP:2500 → 0

 

 あと1ターン早くこのカードを引いていれば――双六は一瞬そう考えるも、このデュエルの結果こそがブルーアイズの出した答えなのだとかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 

 そして空を舞うブルーアイズのソリッドビジョンが消えるまでその姿を眺めた双六は静かに言葉を零す。

 

「儂の負けか……完敗じゃの……」

 

「ふぅん、当然の結果だ」

 

 そんな海馬の自信満々な姿に双六は苦笑しつつ、パズルカードとレアカードを海馬に差し出した。

 

「フフ、かもしれんの――では約束通り儂はブルーアイズのことはキッパリ諦めるぞい」

 

 差し出された()()()()()()()()を受け取った海馬。そして海馬は思わず呟くように問いかける。

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

 海馬からすれば《青眼の白龍》を手放すことなど考えられない。

 

 もし海馬が誰かにアンティで奪われた場合は取り返すまでデュエルを挑み続けるであろう。

 

 それゆえの海馬の問いだったが、双六は憑き物が落ちたような清々しい表情で答える。

 

「ああ、いいんじゃ。もはや儂が持つより君が持っていてくれた方がブルーアイズも輝くじゃろう……」

 

 デュエルの世界では「デュエリストがカードを選ぶ」ように「カードもまたデュエリストを選ぶ」のだ。

 

 双六は最後の攻防でそれをヒシヒシと感じ取っていた。

 

 かつて《青眼の白龍》が親友アーサーから双六に託されたように、双六から海馬に渡る時が来ただけなのだと。

 

 

 だが双六は海馬に目を合わせ、鋭い眼光で見据えながら言い放つ。

 

「じゃが、もしも君が――」

 

「ふぅん、その心配は無用だ――俺が道を違えることなどもうない」

 

 しかしその双六の言葉は他ならぬ海馬に遮られる。

 

 

 その海馬の言葉通り、海馬が道を違えることはないだろう――違えそうになった時に引き留めてくれる大切な存在(モクバ)を再認識したのだから。

 

「そうか……ならばもはや何の心配もあるまい」

 

 そんな海馬の真摯な瞳に双六は思わず感慨に耽る。

 

 若者の成長はいつも想像を超えるものだと。

 

「君のような真っ直ぐなデュエリストの台頭があれば、デュエル界の未来は明るいぞい!」

 

 そして朗らかに笑いながら海馬に賛辞を告げつつ、踵を返す双六。

 

「ハッハッハ! ではの! 儂は城之内の応援にいくとするぞい!」

 

 そして成長が楽しみなもう一人の若人(城之内)を目指し、双六は年齢を感じさせぬスピードで駆けていった。

 

「ふぅん、騒がしい爺さんだ……」

 

 その言葉と共に更なる獲物を探しに向かった海馬。

 

 

 その後ろ姿にどこか「喜」の感情が垣間見えたのは――気のせいなのかも知れない。

 

 

 だがそんな海馬とは対照的に海馬のデッキから外されていた1枚のカードは不機嫌そうに脈動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『()()()』でダイレクトアタックだ!」

 

 そう宣言したアーマーを纏ったヴァロンがグールズに拳を振りかぶり渾身の一撃を喰らわせ、末端のグールズの構成員の一人を吹き飛ばす。

 

グールズ構成員LP:1600 → 0

 

 そして壁に叩きつけられたグールズの構成員がデュエル終了のブザーと共に地面に崩れ落ちた。

 

 

「さぁ! お次はどいつだ!!」

 

 そう言ってヴァロンは周囲を見渡すが、その目に映るのは倒れ伏したグールズの面々のみ。

 

「――ってあれ? コイツで最後かよ……」

 

 その言葉通り、今のヴァロンに挑める者はこの場には一人足りとていなかった。

 

 ゆえにヴァロンは懐から通信機を取り出しグールズの引き渡し作業に移る。

 

「北森? ああ、グールズのヤツラを倒したからよ。回収に来てくれ」

 

『今、向かってますよ。ちょっと待ってくださいね』

 

 だが通信機から返ってきたのはヴァロンの予想だにしない言葉。ヴァロンは今連絡を入れたばかりだというのに。

 

「ん? 何でもう向かってんだ? 今、報告したばっかりなのに?」

 

『……えっと、ギースさんが言っていたのですが「派手に動きすぎ」とのことです』

 

 ヴァロンのデュエルはかなり人目に付く。

 

 デュエリスト自身にアーマーを装備する見た目もそうだが、実際にモンスターに殴り掛かったりする動きやらなんやらで物理的に騒がしくなりがちだ。

 

 

 そんな騒ぎがあったことをギースから聞いていた北森がアヌビスの運転する護送車に乗りつつ、既に現場に向かっていた経緯があった。

 

 

 そしてそのことを知らされたヴァロンは頭をかきつつ照れながら返す。

 

「いやぁ~久々に暴れられる祭りだからよ――つい張り切っちまって……」

 

『あんまり無茶しちゃダメですよ?』

 

 ちなみに北森がヴァロンの実力を心配している訳ではない――ヴァロンの強さはオカルト課では周知の事実である。

 

 ゆえに心配しているのは周囲への被害であった。

 

「ハハッ! 北森は心配性だな! これくらい俺にはどうってことないぜ! それじゃあな! 待ってるぜ!」

 

 そうとは知らずヴァロンは元気に笑いながら通信を終え、倒れ伏したグールズを拘束しに動く。

 

 

 

 そしてヴァロンは昔を懐かしむ――自分も随分変わったものだと。

 

 昔の自分が今の自分を見れば何と言うだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 ヴァロンは孤児だった。

 

 だが孤児だったことをヴァロンは不幸だとは思わない。

 

 親代わりのシスターがおり、自身と同じ境遇の者達がいる――それがヴァロンの家族だったのだから。

 

 

 しかし、ヴァロンには常にどこか肉体的な空腹ではない「飢え」を感じていた。何故なのかは当時のヴァロンには分からない。

 

 それゆえにヴァロンは喧嘩に明け暮れた。拳を交え闘っているその時だけはその「飢え」を忘れられたゆえに。

 

 

 その代償にヴァロンの――否、ヴァロンとその周辺の評判は地に落ちた。

 

 無秩序な荒くれ者などどこの世界でも疎まれるものだ。

 

 

 だとしてもヴァロンは止まれなかった。親代わりのシスターが悲しげな顔をしても、同じ境遇の者達から疎まれても、ヴァロンは止まれない。

 

 当時子供だったヴァロンの未熟な心では如何すれば止まれるのかが分からない。

 

 

 やがて周囲の人間はそのヴァロンの物理的な力を恐れ、直接止めるようなことはしなくなった。

 

 

 

 しかしそんなヴァロンに一つの転機が訪れる。

 

 ヴァロンの前に立ち塞がった男。

 

 赤毛を逆立てた強面の男、ギース・ハント

 

 立ち塞がるのなら、と拳を振りかぶったヴァロン。そしてギースもそれに応え、互いにノーガードで殴り合う。

 

 強者との拳のぶつかり合いに「高揚感」を覚えるヴァロン。子供の小さな拳に酷く危う気な感情を乗せながら。

 

 だがギースはそんなヴァロンを静かに見つめ拳を振るう。

 

 そしてギースの拳で吹き飛ばされ、地面に転がるヴァロンにギースは問いかけた。

 

「お前は何のために拳を振るう?」

 

「さぁな! 分からねぇよ!」

 

 そのギースの問いかけを無視して拳を握りしめ飛びかかるヴァロン。

 

 しかしいくら喧嘩慣れした子供(ヴァロン)でも様々な訓練を積み、実戦経験の豊富なギース相手ではそもそも勝負にならない。

 

 しばらく打ち合った後、再び吹き飛ばされ転がるヴァロン。

 

 そしてギースは先程と同じように静かにヴァロンに告げる。

 

「……目を逸らしたとしても、問題は解決しない」

 

「知った風に言うんじゃねぇ!」

 

 ヴァロンの心をそっと覗き込むギースの言葉を振り払うようにヴァロンはギースに拳を向ける。

 

 しかしそのヴァロンの拳は先程よりもギースに通じない。互いの実力差もあってのことだが、ヴァロンの拳に迷いが出始めていたことが原因であった。

 

 

 そして天気が変わり始め、雨が降り出しても男の殴り合い(拳のコミュニケーション)は続く。

 

 暫くして体力の限界が見えたヴァロンが肩で息をしながらふらつきだした。だがそんなヴァロンにギースの拳は容赦なく突き刺さる。

 

 地面を転がるヴァロン――もはや何度目か分からぬ光景だった。

 

 ギースはその度にヴァロンに語りかける。

 

「お前にも守りたいモノがある筈だ。だが今の有様では――」

 

「……せぇよ……」

 

 今までとは違い絞り出すように呟かれたヴァロンの言葉。

 

 様子が変わったことを感じつつもギースは言葉を続けるが――

 

「お前自身の力が大事な人間を――」

 

「うるせぇって言ってんだよ!」

 

 その言葉を遮るようにヴァロンは立ち上がりギースに拳を振るう。その瞳から流れる滴は雨なのか。

 

「分からねぇよ! 分からねぇんだよ! 俺にはみんながいて! 満たされてる筈なのに!」

 

 全てをかなぐり捨てた感情の発露。今のヴァロンの嘘偽りない叫びだった。

 

「心にデッケェ穴が開いちまったみてぇに! 渇くんだよ!」

 

 ギースの腹部に拳を打ち付けるも、その一撃は弱々しい。そしてヴァロンは崩れ落ちるように膝を付き、今までせき止めていた想いが零れる。

 

「分かってんだよ……俺だって……でも俺は――」

 

 そう打ちひしがれるヴァロンの手をギースは引き、ヴァロンを真摯に見つめるギース。

 

 そして力強く宣言する。

 

「なら、我々と共に来い。好きなだけお前の『力』を、『拳』を受け止めてやる」

 

「ッ! ……だけどシスターたちが――」

 

 ヴァロンの不安の通り、ヴァロンたちが住まう教会は地上げ屋らしき影に狙われている――今はヴァロンの暴力が辛うじて牽制になってはいるが、今後どうなるかは分からない。

 

 だがギースはヴァロンの肩を掴みながら心配するなと返す。

 

「その点についても安心しろ。私が手を打っておく」

 

 そのヴァロンをまっすぐに見つめる力強い視線にヴァロンは根負けしたように憑き物が落ちた様に笑う。

 

「………………何だよ、そんなに簡単なことだったのかよ……」

 

 

 そうしてギースを認めたヴァロン――いつの間にか雨は上がっていた。

 

 

 

 

 暫くして、抜けるような青空の下でヴァロンがポツリと言葉を零す。

 

「そういや、俺と正面から全力でぶつかってきたのはアンタが初めてだな……」

 

「そうか、なら2人目だ」

 

 そんなギースの返答と共に、物影から出てきた女性。

 

「えっ、シスターが何でここに!?」

 

 ヴァロンの親代わりのシスターであった。

 

 そしてシスターは持っていた傘を捨て置き、ヴァロンにグングンと近づき――

 

「いや、悪い。また怪我しちま――」

 

 シスターの振り被った右手から放たれた平手打ちがヴァロンの頬を強かに打ち付けた。

 

 

 その後、シスターは両手でヴァロンの頭を掴みながら心配していたことや日常のちょっとしたことまで捲し立て、子供の喧嘩のような言い合いがしばらく続いた。

 

 

 

 そしてギースを連れ、今後の話し合いをするために教会へと向かうヴァロンとシスター。

 

 だがギースは後で合流すると2人を見送り、ヴァロンたちが見えなくなったところで物影に問いかけた。

 

「これでよかったのですか?」

 

「ええ、問題ありません。ですがギース、怪我の方はどうですか?」

 

 その物陰からいつもの貼り付けた笑みを浮かべ出てきた神崎。

 

「確かに『才』のある拳でしたが、現状では脅威足り得ません」

 

 その言葉の通りつい先程まで殴り合いをしていたにも関わらずギースに大したダメージは見られない。

 

 そしてギースは顎に手を当て考え込むように呟く。

 

「しかし、本当に彼はもう大丈夫なのですか?」

 

「ええ、彼が感じていた『飢え』は周囲に己と向き合って気持ちをぶつけられるものがいなかったことが主な原因――」

 

 拳を交えたギースはヴァロンの「精神的な不安定さ」を心配したが神崎は問題ない旨を説明していく。

 

「その『飢え』さえ満たせば――問題ありません」

 

 

 その説明に取り敢えずの納得を見せるギース。だが腑に落ちない点もあった。

 

「しかし何故私が? 確かに彼の問題は私に馴染み深いモノでしたが……貴方がするべきだったのでは――」

 

 ヴァロンの心の本質を見抜いた――実際は原作から知っていたのだが――神崎がこの一件を担当した方が面倒も少なかったとギースは考える。

 

 だが神崎が今回の一件を行うには大きな問題があった。

 

「――私は手加減が苦手なので」

 

 そう、子供であるヴァロンに悟られぬように力を弱めつつ殴りあうことが神崎にはできなかった。

 

 悲しいことに人としてのリミッターを投げ捨ててしまった神崎の腕力では下手をすればそのまま殴り殺してしまいかねないのである。

 

「ではギース、教会の方々の説得は任せます――私は周辺の方々と話を付けてきますので」

 

 そうして二手に分かれた両人によってヴァロンを取り巻く環境は解消された。

 

 

 

 

 その後、原作同様にヴァロンに絶望を味わわせるためダーツが教会を放火。

 

 だが貯水槽を担いだ何者かの「バケツリレー」ならぬ「単独貯水槽リレー」に鎮火させられた結果、ダーツの世の理不尽を嘆く魂の叫びが上げられたが――今は脇に置いておこう。

 

 

 

 

 こうして、そんな裏側を知らないヴァロンはオカルト課の一員となってギースや他の仲間と切磋琢磨していく。

 

 そして今ではヴァロンを正面から見て、なおかつ全力でぶつかってくれる多くの仲間が出来ていった。「飢え」を感じる必要もない程に充実した毎日である。

 

 そして、かつての「無秩序な暴力」は「誰かを守るための拳」になっていた。

 

 

 

 

 

 

 そんなヴァロンの過去に向けていた意識が、護送車の停車する音で引き戻される。

 

「おっ! 着いたみたいだな」

 

 グールズの一人を引き摺り護送車に向かうヴァロン。

 

 そしてヴァロンからグールズを受け取った北森はグールズの一人をヒョイッと片手で運びつつ言葉を返す。

 

「ではお引き取りしますね。ヴァロンさんは次の相手を探しに行って貰って大丈夫ですよ」

 

 そう言って次々と護送車にグールズの運び込む北森。

 

「よっと、俺も手伝うぜ」

 

 だがグールズを1人担ぎながら告げられたヴァロンの言葉に北森は驚きと共に聞き返す。

 

「えっ? それはありがたいですけど……いいんですか? ヴァロンさん、あんなにデュエルしたがってたのに……」

 

 その驚きは最近のヴァロンの様子を知っていたゆえのもの。

 

 しかし、ヴァロンは親指を立てながら笑う。

 

「なぁに構わねぇさ! アヌビスは車のガードがあるし嬢ちゃん一人に力仕事は任せられないぜ!」

 

 北森の腕力に特に問題があるわけではないが、ヴァロンなりの気遣いである。

 

「えっと、その……ありがとうございます……」

 

 ゆえに2人のグールズを軽々と運びながら北森はお礼の言葉を返す。

 

「良いってことよ!」

 

 そんな彼らの仲間同士の和気藹々としたやり取りだったが、死体のように転がるグールズの構成員が全てを台無しにしていたことは――これもまた脇に置いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある暗がりの部屋で顔の横半分に古代の文字を彫られたスキンヘッドで褐色の男、リシドが同じく褐色肌の白髪の青年、マリクに跪く。

 

「マリク様。お時間よろしいでしょうか」

 

「どうしたリシド。お前にはパズルカード集めを命じた筈だが? もう集まったのか?」

 

 マリクは3枚の神のカードを集めつつ、名もなきファラオこと遊戯に復讐するためにこのバトルシティに参加していたのだが――

 

「申し訳ありません。まだ我々が本戦に参加できるだけは集まってはおりません」

 

 リシドはマリクに謝罪しながらも、意を決するように言葉を絞り出す。

 

「至急ご報告したいことが」

 

「何だ?」

 

 苛立たし気に返したマリクの言葉にリシドは現在の状況を明かす。

 

「今現在、グールズの構成員がかなり狩られています。このままではマリク様のご計画に支障が出る恐れが――」

 

「だったらリシド! お前が対処すればいいだけの話だろう!」

 

 マリクとリシドとてこのバトルシティは「グールズを捕縛する為の罠」であることは知っている。

 

 だが、マリクは「神のカードの力があれば恐れるに足りず」と問題視していなかった。

 

 多少の腕利きを集めたところで自身とリシドならば問題はないとマリクは考えていたが、集められたデュエリストは多少どころではなかった。

 

 

 リシドは己の無力を晒してでも今の危険な状況をマリクに伝える。

 

「…………お恥ずかしい話なのですが私だけでは対処が厳しいと判断したゆえにマリク様にご判断を仰ぎにきた次第です」

 

 

 そしてリシドは少し前の一戦に思いをはせる――

 

 

 それはマリクの指示通りにパズルカード集めに獲物を探していた時だった。その獲物の方からリシドに向かってきたのだ。

 

 手間が省けたと最初の相手とデュエルしたリシドだったが――

 

 

「くっ……まさかこれ程とは……」

 

リシドLP:100

 

 辛うじて先の相手の攻撃を凌いだリシド。だが残りライフは僅か100。フィールドのカードは1枚たりとも残ってはおらず手札も0。

 

「ほう、防ぎ切るとはな……さすがはグールズの纏め役ッ! 早々決めさせてはくれない、かッ!」

 

 最後にキリッとリシドを見やるカード・プロフェッサーの一人、シーダー・ミール。

 

シーダー・ミールLP:2000

 

 そんなシーダー・ミールのライフは2000。だがこのライフはリシドが削ったものではない。

 

 シーダー・ミール自身が時にカードの発動コストとして支払い、時には回復した結果の産物である。

 

 

 さらにリシドの前に立ちふさがる5体のモンスターの姿――

 

 薄桃色の近未来的な装備を纏った女性が魔法の杖らしき2つのものを両の手で構え、

 

《静寂のサイコウィッチ》

星3 地属性 サイキック族

攻1400 守1200

 

 キャタピラ部分が浮遊する球体になった戦車らしき機械の下半身を持った軍服姿の男が挑発するように片手を掲げ、

 

《サイコ・コマンダー》

星3 地属性 サイキック族

攻1400 守 800

 

 機械的な装備が取り付けられた白いコートをたなびかせる男が腕を交差させ、

 

《マックス・テレポーター》

星6 光属性 サイキック族

攻2100 守1200

 

 頭部に様々な機械が繋げられた仙人のような出で立ちの老人が瞑想し、

 

《サイコ・エンペラー》

星6 光属性 サイキック族

攻2400 守1000

 

 棘や突起物などの物々しい外観を持つ球体が宙に漂うサイキッカーがその球体の頂上部からリシドを見下ろす。

 

《マスター・ジーグ》

星8 地属性 サイキック族

攻2600 守1400

 

「んんッ! だが僅かに寿命が1ターン伸びたに過ぎない! ――カードを2枚セットしてターンエンドだッ!」

 

 どこか芝居がかった喋り方と立ち振る舞いでターンを終えたシーダー・ミール。

 

 振る舞う本人は満足気だが傍からみれば道化にしか見えない。

 

 

 だがそんな彼を見るリシドの眼光は鋭い。

 

 シーダー・ミールはリシドの繰り出す数多のトラップ戦術を全て躱し、乗り越え、粉砕し、今、己が剣をリシドの首筋に突き付けているに等しいのだから。

 

 

 リシドは負ける訳にはいかない――己が(あるじ)であるマリクの心を救うまでは。

 

「私のターン! ドロォオオオオッ!!」

 

 引いたカードはこの状況を改善するに足るカード――リシドはまだ戦えるのだと己を奮い立たせる。

 

「私は魔法カード《ブラック・ホール》を発動!! フィールドの全てのモンスターを破壊する! だが今フィールドにいるのはお前のモンスターのみ!! 消えるがいい!!」

 

 フィールドに現れた《ブラック・ホール》がシーダー・ミールの5体のモンスターを飲み込まんと迫る。

 

「おっと! それを通すわけにはいかんな! カウンター罠! 《ブローニング・パワー》!!」

 

 だがリシドのお株を奪うようなカウンター罠がリシドの最後の一手《ブラック・ホール》を遮るように発動される。

 

「このカードにより俺は自分フィールドのサイキック族――《サイコ・エンペラー》をリリースすることで魔法・罠・モンスターの召喚・特殊召喚のいずれかを無効にし、破壊する!」

 

 瞑想する《サイコ・エンペラー》の頭部の機械にサイコパワーが蓄積されていく。

 

「当ォ然ッ! 魔法カード《ブラック・ホール》の効果を無効にさせてもらおう!」

 

 そして《サイコ・エンペラー》のエネルギーが限界を超え爆発し《ブラック・ホール》を消滅させた。

 

 最後に《サイコ・エンペラー》は光の粒子となって消えていく。

 

「フッ、《サイコ・エンペラー》……お前のお陰で助かったぜ……」

 

 最後の一手も封じられたリシド。沈痛な面持ちでこうべを垂れる。

 

「クッ……私はこれでターンエンド……だ……」

 

 そして絞り出すようにターン終了の宣言をした。

 

――申し訳ございません、マリク様。私はここまでのようです……

 

 

 そんなリシドの心中も知ったことかとシーダー・ミールはデッキに手をかける。

 

「さぁ! ラストターンと行こうじゃないか! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたシーダー・ミールはニヤリと意味ありげに笑う。

 

「このまま攻撃してもいいが――世のデュエリストからカードを奪ったアンタを下す剣は相応のモノがあるとは思わないか?」

 

「い、一体なにを――」

 

 この期に及んで何をしだすのかと不審げに思うリシド。

 

 

 だがシーダー・ミールと共に行動し、今は観客となっているカードプロフェッサーの一人、ウィラー・メットは「また悪い癖が始まった」と天を仰ぐ。

 

 

 そんな仲間の呆れのこもった視線など眼中にないシーダー・ミールは天に指を伸ばし勢いよく宣言する。

 

「さぁ、運命の女神にその審判を委ねようじゃないか!」

 

 そして天に伸ばした指はシーダー・ミールのフィールドにセットされたカードを指し示す。

 

「リバースカードオォーープン!! 罠カード《運命の分かれ道》ィ!!」

 

「《運命の分かれ道》だと!?」

 

 リシドは思わぬカードの発動に驚きの声を上げる。

 

「こいつは互いがコイントスを1度行い表が出ればライフを2000回復、裏が出れば2000のダメージを受けるカード!」

 

 そう、シーダー・ミールはこのコイントスによって「デュエルの女神がリシドに天罰を下す」――そんなシナリオを思い描いていた。

 

「運命の女神よ! あの男に裁きを!!」

 

 そして2枚のコインは天を舞い、地に落ちる。

 

 

 だがリシドのコイントスの結果は表

 

 天からリシドに光が降り注ぐ。

 

リシドLP:100 → 2100

 

 リシドのライフは回復したがこの程度のライフではどのみち5体のモンスターの総攻撃は受けきれない。

 

 ゆえに思い描くシナリオからは外れてしまったとしても、シーダー・ミールに動揺は見られない。

 

 

 何故なら彼にとってこれは運命の女神の啓示なのだから。

 

「おっと、まさか表が出るとはねぇ……運命の女神は俺に君を裁かせたいようだ。まぁレディの願いを叶えるのは――」

 

 

 しかしシーダー・ミールのコイントスの結果は「裏」

 

 

「ん?」

 

 思わずコインをもう一度見て確認するシーダー・ミール――だが何度見ても「裏」である。

 

 

 よって残りライフ2000のシーダー・ミールに2000のダメージが発生する。

 

 

 空に太陽のような笑顔を浮かべる運命の女神が親指で首を掻っ切る姿が見えるのはきっと気のせいなのだろう。

 

 

 そして天よりの業火がシーダー・ミールを包んだ。

 

「ぐわあああああ!!」

 

シーダー・ミールLP:2000 → 0

 

 

 

 

 何とも締まらぬ決着だった。

 

 そうリシドが記憶を巡らせる姿にマリクは驚愕の面持ちで問いかける。

 

「!? お前を手古摺らせる程のデュエリストがいるのか!?」

 

 マリクは側近であり最も信頼を置くリシドの実力を知っているだけにその驚愕は大きい。

 

「はい、辛うじて勝ち……勝……その場は凌げましたがあのレベルのデュエリストが他にもいるとなると私だけでは厳しいと言わざるえません」

 

――「ハイテクマリオネット」使い、シーダー・ミール……恐ろしい相手だった。

 

 リシドは内心で思う。自身が勝てたのは相手のよく分からないポリシーがリシドに味方したゆえ、次に闘えば確実に負ける己の姿しか想像できなかった。

 

「そいつはどうした?」

 

「ハッ、マリク様の千年ロッドの力を使えば強力な手駒になると考えましたが、次々とデュエリストが集まってきたゆえに、そのまま撤退し――いえ、逃げ帰って参りました……」

 

 そんな激闘……激闘? を制してリシドが得られたパズルカードはたった1枚。

 

 そして傍に控えていたウィラー・メットに加え新たに集まってきたデュエリストの挑戦を放棄し逃げ帰ったリシドだが、下した相手、シーダー・ミールの手持ちのパズルカードは2枚あった。

 

 

 ゆえにもう一度ぶつかる可能性が十二分にある――リシドの額に嫌な汗が伝う。

 

 

「いや、他の構成員はともかくリシド、お前は失う訳にはいかない」

 

 意気消沈するリシドの肩に手を置き労うように返すマリク。

 

 そして考えを纏めるように呟いた。

 

「しかし、この大会が罠だとは分かってはいたがこれ程までに力を入れているとはな……」

 

「はい、一般の構成員では到底対処できません」

 

 そのマリクの言葉をリシドは肯定する――いつか咎を受けると思っていたがそれは間近に迫っているのだと。

 

 リシドはいざと言う時の覚悟を内心で決めていた。

 

 そんな覚悟も見ず、マリクは頭を掻き毟り苛立つように決断する。

 

「くっ、名もなきファラオにぶつけるつもりだったが………………いいだろう! パンドラたちを使え、アイツらならどうなろうとも惜しくはない」

 

「ハッ、了解致しました」

 

「それとボクは一度、身を隠す――ボクには名もなきファラオへの復讐以外に構っているヒマはない」

 

 マリクは己の父を殺したと思っている名もなきファラオこと遊戯に復讐し、一族の呪われた歴史に終止符を討つまで止まる気はない。

 

 その道の先には破滅しか待っていないことも知らずに。

 

「それにそうだな……計画を早めておくか。名もなきファラオの周辺の人間はマークしているな?」

 

 そしてマリクはニヤリと嗤い一線を越え続ける。

 

「勿論です」

 

「なら、何人か攫っておけ、人質がいれば相手も下手には動けないはずだ」

 

「心得ました」

 

 そんな罪を重ねるマリクを咎めず、リシドは肯定を返すだけ。

 

「潜伏場所は必要になったらリシド、お前に伝える。それまでは連絡は控えろ」

 

「仰せのままに……」

 

 そうしてマリクの元から立ち去るリシド。

 

 

――アンタのデッキの嘆きが聞こえる……ぜ!

 

 そんなシーダー・ミールの言葉がリシドの心を毒のように蝕む。

 

 報いを受ける日は近いと感じ()()()()()()()()()のリシド。

 

 

 

 だがリシドは本当の意味で知らない。

 

 マリクの犯した罪の重さを――

 

 そしてソレを止めもせずに見逃し、助力したリシド自身の罪の重さを――

 

 

 

 彼らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎こと「役者(アクター)」は人通りの少ない場所で対戦相手を探していた。

 

 今回のアクターに課せられたノルマは予選突破。

 

 可能であれば表の人格の段階でマリクを捕縛しておきたいが今現在アクターにグールズとの接触が全くない点を考えると避けられている可能性が高かった。

 

 ゆえに本戦にてマリクを狙うことが今回のアクターの目的である。

 

 

 その為に「パズルカード」を早々に規定枚数集めてしまいたいが、遊戯や海馬とデュエルしたくないことも相まって彼らに見つからないように行動していた。

 

 

 だがそんなアクターに近づく大男の姿。

 

「待ってもらおうか」

 

「…………誰だ」

 

 反射的に誰かを問いかけるアクター。遊戯や海馬に関係する人物なら速やかにこの場を撤退しなければならないゆえに。

 

 

 だがその大男はもっさりとした顎髭にスキンヘッド、そして全身に多数の傷跡が見える筋肉質な大男だった。

 

「私は『ドクター・コレクター』。それなりに名が売れていると自負しているんだが――知らないかね?」

 

 

 その男はドクター・コレクターと名乗る。

 

 ドクター・コレクター。

 遊戯王GXにて登場した終身刑を受け服役している男。

 

 IQ200の頭脳を持ち、あらゆるカード犯罪に精通している男が「役者(アクター)」の前に立っていた。

 

 

 遊戯王DMの時期にはまだ捕まっていない――神崎も()()()()()()()()()()

 

 リアル犯罪者との会合である。

 

「興味ない」

 

 そう言ってアクターは立ち去る――後で通報しておこうと心に決めて。

 

 

 だがドクター・コレクターはそんなアクターの前にズイッと立ち塞がる。

 

「おっと、行かせるわけにはいかんな。悪いがこっちも仕事でね」

 

 ドクター・コレクターの「仕事」との言葉にアクターの中の人こと神崎は思案する。

 

 

 この「役者(アクター)」という存在はあくまで1人のデュエリストとしての性質しか持っていない。

 

 他の点は裏世界で「名」が売れている程度だ。

 

 ゆえに名を上げたいデュエリストに狙われるなら理解は出来るが、「犯罪者」に依頼してまでデュエルさせる意味が神崎には分からなかった。

 

 

 どう考えても発覚した際の「デメリット」の方が大きいのだ。

 

 そう思案を続けるアクターの姿にドクター・コレクターは肩を竦めながら溜息を吐く。

 

「噂通りに無口なヤツだ。だがまぁいい――ある人物の依頼でアンタを狩るように依頼されてね」

 

 そしてドクター・コレクターはデュエルディスクにデッキをセットし、腕を突出しデュエルディスクを展開させる。

 

「悪いがアンタの不敗伝説――私が幕を引かせてもらおうか!!」

 

 どう見てもデュエルを拒否できなさそうな状況にアクターは隠し持つ()()()()()()()()()()()()()()デュエルディスクにセット。

 

 それを見届けたドクター・コレクターは咆えるように力強く挑発する。

 

「アンタに『敗者』の『役』を演じさせてやるよ!!」

 

 アクターもその挑発への返答代わりにデュエルディスクを展開させた。

 

「デュエル!!」

 

 そんなドクター・コレクターの声がデュエル開始の合図となった。

 




~入りきらなかった人物紹介その1~
ドクター・コレクター
遊戯王GXにて登場

IQ200の頭脳を持ち、あらゆるカード犯罪に精通している。

しかしGXで登場時は既に逮捕され終身刑となり、獄中からFBIに協力しているらしい。

だが服役中にも関わらずプロリーグに参加していた。
遊戯王ワールドどうなってんだ……(戦慄)

~今作でのドクター・コレクターの扱い~
今現在のDM時代は捕まっておらず世界を股にかけ逃亡中。

逃亡資金のために「ある人物」から役者アクターを狩る依頼を受けた。




~入りきらなかった人物紹介その2~
シーダー・ミール
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

「まさか……敗者がこの階ブロックにまでやってくるとはな……」
「敗者復活戦があるとは聞いていないが……たどりついたのなら無視できんな!」
「ぐわあああああ!!」

遊戯王Rでの台詞がこれだけしかない。名乗らせてすら貰えない。

そして「オシリスの天空竜」のひき逃げアタック(デュエル省略)を
カードプロフェッサーたちの中で唯一喰らった不遇なデュエリスト。


だが待って欲しい
いくら遊戯が急いでいたとはいえ
今までのカードプロフェッサーに遊戯は神のカードを1度たりとも使わなかった。

ゆえに遊戯に神のカードの使用を決断させたデュエリストとも考えられないだろうか?

よって作者的にはシーダー・ミール氏はかなり強かったのでは? と考え

今回、原作にて城之内を実質破った実力者リシドを圧倒する実力を持ったデュエリストというポジションを得た。


だが僅かな台詞と仕草から「自分の世界に入りこむ」性格ではないかと作者は予想。
ゆえに今作ではこんな感じに(目そらし)


ちなみに「ハイテクマリオネット」使いだったらしい。しかし未OCGカード(というよりデュエル省略)。

遊戯王Rの単行本にあった
「ハイテクマリオネット」モンスターのイラストから近未来なイメージを受けたので
今作ではサイキック族デッキを使用。


しかしシーダー・ミール氏のデュエルスタイルが欠片も分からなかったため、今作でのデュエルはダイジェスト版になった。

せめて
ビートダウンなのか、コントロール奪取なのか、バーン系統なのか、
といった方向性だけでも分かれば……恐らくトリッキーなスタイルな気もしますが……



~入りきらなかった人物紹介その3~
ウィラー・メット
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

逆立てた髪が特徴――単行本の書下ろしでは鏡の前で自慢の長髪をセットする姿も。

《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》を主力にしたドラゴン族デッキを使用。
カード・プロフェッサーの中でも上位にランクされる実力者らしい。


先に紹介したシーダー・ミールよりも遥かに登場回数が多い。

海馬VS夜行、遊戯VS夜行の戦いもギャラリーとして見守り、解説役までこなした。


海馬に
「オレにいわせりゃ青眼の白龍なんて、実戦では使えない単なる観賞用のカードだね」と挑発していたが――

OCGでのブルーアイズサポートの充実により
現在では《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》の方が残念なことになった――悔しいでしょうねぇ


今作のバトルシティではシーダー・ミールとペアを組んで行動している。
何故この組み合わせなのかというと――

他のカードプロフェッサーたちのデッキ毎に相性の良い順でペアを決めていたら

この2人が余った(´;ω;`)ブワッ


無理やり関連付けるとすれば
遊戯王Rでの「出番多いor少ないペア」


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