マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
アヌビス 初めてのお使い

の筈が

兄弟の絆の話に……




第51話 足音が聞こえる

 KCの一室、バンダナをした青年、御伽(おとぎ) 龍児(りゅうじ)が緊張した面持ちで自身が新たに開発した新たなテーブルゲームD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)の説明をしていた。

 

「――以上がD・D・Mの全てになります。どうでしょう?」

 

 説明を終え、確かな手応えを持って確認をとる御伽。

 

 そんな御伽の尋ねた先は自身よりも遥かに年下の少年、海馬乃亜。

 

 まだ子供といっていい外見とは裏腹にその眼光は鋭い。

 

 そして乃亜は御伽に返答を返す。

 

「結論から言わせてもらうけど――今のこれ(D・D・M)コチラ(KC)は何もできないよ」

 

 辛辣な言葉だった。

 

 その言葉に乃亜の後ろに控えていた牛尾の御伽を見る目は同情的だ。

 

――全否定かよ……

 

 思わずそう考えた牛尾。

 

 だが御伽はなおも喰らいつく――特設リング事業を一手に担うKCの協力は得ておきたかった。

 

「何故ですか! このD・D・Mはペガサス会長にも認められた――」

 

 思わず語気を荒げてしまう御伽に乃亜は冷酷に返す。

 

「僕は今のコレ(D・D・M)に将来性を見いだせない」

 

 あのペガサスも一目置いた御伽の最高傑作であるD・D・M。

 

 それをこんな年端もいかぬ少年に此処まで侮辱されて黙っていられるほど御伽は大人ではなかった。

 

「君じゃあ話にならないっ!!」

 

 思わず立ち上がった御伽に牛尾は乃亜を守るように前に出る。

 

「よさんか龍児! すみません、ワシの息子が――」

 

 不穏な空気を感じ取ったこれまで沈黙を保ってきた御伽の父が息子の御伽を諌めに動くが――

 

「いくら父さんの恩人が勤める部署だからって僕らのD・D・Mに『将来性がない』だなんて――」

 

 

 なお収まらぬ御伽に乃亜は牛尾を下がらせ静かに告げる。

 

「まず一つ、このゲームは全てがサイコロで決まる――運の要素が強すぎるね」

 

 ゲーム用のダイスを振りながら乃亜は告げる――ダイスの結果は召喚失敗。

 

「二つ、致命的なまでに持ち運びにくい」

 

 ゲーム用のダイスの入った人の顔程あるデッキケースを片手で持ち上げながら乃亜は告げる。その手をフラフラとワザとらしく揺らす。子供には重いと言いたげに。

 

「そして三つ――専用の特殊なプレイボードが必要――かなり大きいね」

 

 かなり大きなプレイボードを人差し指でコンコンと叩きながら乃亜は告げる。持ち運びには適していないと言わんばかりだ。

 

「それとも『デュエルリング』を使用することが前提なのかな?」

 

 だとすれば話にもならない――ペガサス島で試作型とはいえデュエルリングを小型化した「デュエルディスク」の存在は周知だ。

 

 それはバージョンアップを終え、世界に羽ばたこうとしていた。よってもはや「デュエルリング」は過去のモノになるのだから。

 

「大きく目がついただけでもこれだけの『欠陥』がある――話にならない」

 

 大きくため息を突きながら乃亜は御伽にヤレヤレと首を振った。

 

「だけどそれを差し引いても世界で通用するだけのポテンシャルがこのD・D・Mにはある!」

 

 だが御伽は引き下がらない――あのペガサスが一目置いたのだから、と己を奮い立たせて。

 

 そんな御伽を見ながら乃亜はスッと目を細め問いかけた。

 

「へぇ、そうなんだ。なら聞くけど、コレ(D・D・M)は『デュエルモンスターズ』と競い合えるんだね?」

 

 ゲーム性の類似から競争相手となるであろうゲームに太刀打ちできるかとの問い。

 

 意地悪な質問である。

 

 すでに世界的に広まりこの世界の「根幹」ともいえる存在である「デュエルモンスターズ」に太刀打ちできるものなど「ない」と言っても過言ではない。

 

 「原作」の未来に当たる「GX」でも「5D's」でもD・D・Mは影も形も見当たらなかったのだから。

 

「そ、それは……」

 

 思わず言いよどむ御伽――無理もない話だ。

 

 だが乃亜の攻めの手は止まらない。

 

「僕にもそれが難しいことは分かる。でもね、そう問いかけられて言いよどむ程度の自信なら――」

 

 だが御伽を襲い続ける乃亜の言葉は――

 

「問題点を洗い出していただきありがとうございます、乃亜殿。龍児にはこちらから言って聞かせますので……」

 

 御伽の父によって遮られた。

 

「分かってもらえたようで嬉しいよ。御伽 龍児君だったかな? 何も僕は君たちが憎くてこんなことを言っている訳じゃない。仮に今の状態で売り出しても――」

 

 冷や水を浴びせられたような御伽は父に席に座らせられながら乃亜の話の続きを聞きとる。

 

「――それは一過性のブームで終わるよ? そんな結果は君たちの望むところじゃないだろう?」

 

 今の御伽はこうべを垂れるばかりだ。

 

「焦る気持ちは分からなくはないけど、コレ(D・D・M)は君たちの大事な作品。もっと入念な計画を立てるべきだ」

 

 何も答えられない御伽に代わり御伽の父が対応する。

 

「乃亜殿、何から何までありがとうございます。そして今回は無理を言ったようで申し訳ない……」

 

「いや構わないさ。彼のような挑戦的な姿勢は悪いものではないしね」

 

 そう乃亜は笑顔で締めくくった。

 

 

 

 

 そしてKCの窓から眼下に見える父に肩を軽く叩かれつつ、背を押されながら帰る御伽を視界に収める乃亜に牛尾は頭をかきながらぼやく。

 

「しっかし、良かったのかぁ? 神崎さんは『丁重に扱え』って言ってただろうに……」

 

 遊戯の仲間である御伽にはあまり「負の感情」を持たれたくなかった神崎の思惑である。

 

「何を言うんだい牛尾? キチンと丁重に扱ったじゃないか?」

 

 だが乃亜はどこ吹く風だ。

 

「あ~、俺にこの手の話はわからねぇが……アイツ、スゲェ凹んでたぜ?」

 

「僕なりの愛のムチさ。実際あのままではコチラが援助する決め手はなかったからね」

 

 牛尾の心配も乃亜には届かない

 

 フフンと得意げな乃亜を見ながら牛尾は思う。

 

――自信家なとこなんかは海馬社長にそっくりだな……

 

 そう心に留める牛尾の視線に気づいたのか乃亜はジト目で牛尾を見上げる。

 

「何か言いたそうだね?」

 

「いやいや、何んにもござぁいませんよ」

 

「その口ぶりは何かな? 言いたいことがあるならハッキリと言ったらどうだい」

 

 そう言ってなおも追求する乃亜に「こういうところは外見年齢相応だ」と牛尾は思いながら面倒くさそうに相槌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬瀬人は考古学者イシズ・イシュタールにレアカードの話があると呼び出されたのだが、肝心のレアカードの話ではなく古代エジプトでの歴史を語られた上に、さらには謎のビジョンまで見せられ苛立っていた。

 

 こういったオカルト話は思い出したくもない男を連想させる、ゆえに海馬は苛立ち交じりに言い放つ。

 

「くだらんな! 俺はそんな非ィ科学的な『オカルト』に興味はない! どうせ話すなら神崎にでも話してやるんだな! 喜んでそのつまらぬ話に付き合ってくれるだろうよ!」

 

 そう言って立ち去ろうとする海馬の背にイシズは言葉をかける。

 

「なら極めて現実的な話をしましょう。3枚の神のカードの存在を貴方はご存知ですか?」

 

「神のカード……だと?」

 

 『神のカード』その魅力的な響きに海馬は思わず立ち止まった――チョロイ……ではなくデュエリストとして聞き逃せないのだろう。

 

「はい、この壁画の最上部に描かれている3枚の絵。《オベリスクの巨神兵》、《オシリスの天空竜》、《ラーの翼神竜》――これら3体の幻神獣……世界ではこれを神のカードと呼んでいます」

 

「ふぅん、なるほどな……続けろ」

 

「はい、その3枚の神のカードを全て手に入れた者は永遠不敗の伝説とともにキングオブキングスの称号を得ると言われています」

 

「さしずめデュエルキングと言ったところか――最強の証……」

 

 『最強の証』にある考えが浮かぶ海馬。

 

「それらのカードはあのペガサス・J・クロフォードが来たるべき脅威に備え生み出し、その強大な力から悪用を恐れ、時が来るまで封印されていたカードです」

 

「あのペガサスがな……」

 

――しかし、脅威……か

 

 海馬の内心である貼り付けた笑顔の男が連想される。人違いですよ。

 

「我々エジプト考古局は彼の依頼を受けて王家の谷にこれを封印しました。ですが何者かの手によって盗まれてしまったのです」

 

「ずいぶんと間抜けな話だ。犯人の目星くらいは付いているんだろうな?」

 

 悪用されぬように封印したにもかかわらず、盗まれるなど本末転倒だと海馬は嘲笑する。

 

「ええ、世界を舞台に暗躍するレアカードハンター、『GHOULS(グールズ)』。彼らはその強奪したレアカードを密売し多額の利益を得、今ではレアカードの密造にまで手を伸ばしていると噂される窃盗団です」

 

 そういえば神崎が色々と動いていたことを思い出す海馬。KCでも何かと問題に上がることが多い。

 

 神崎の影がチラつく現状に海馬の先程のイシズの「オカルト話」の時の苛立ちがぶり返す。

 

「我々がこの街で古代エジプト展を開催したのはこのカードの起源を秘めた石版を披露するため……この絵には決闘者達を呼び寄せる力があると確信しています」

 

「くだらん願掛けだな。ようはこの街をデュエルモンスターズの舞台にしたいわけか。奴らの嗅覚なら確実に決闘者の群れに狙いをつけると」

 

「ええ、ですのでこのカードを……」

 

 イシズの差し出したカードに思わず目を見開く海馬。

 

「こ、これは《オベリスクの巨神兵》!!」

 

「盗まれたのは残り2枚のカードなのです。『神』に対抗できるのは同じ『神』のみ――ゆえにそれらを取り戻す為にあなたに託します」

 

「ふぅん、そこまで俺を信用していいのか。俺が3枚の神のカードを取り戻しても手離すことを拒んだらどうするつもりだ」

 

「あなたを信じます……」

 

 その未来を見通したかのようなイシズの物言いに思い出したくもない男の笑みが脳裏によぎる。

 

――腹立たしい。

 

「いいだろう……グールズとのお遊びは確かに引き受けた。だが俺の前で二度と王だの神官だのくだらんオカルト話はするな! 俺は過去のことには一切興味はない!」

 

 海馬はイシズの在り方に苛立ちが募るばかりだ。

 

 未来を見通したような態度そのものが思い出したくない男を思い出させる。

 

――お前も儂も奴の思惑から何一つ逃れられてはおらん!!

 

 剛三郎の言葉が海馬を蝕む。

 

――負け犬は黙っていろ!

 

 海馬の心で騒ぐ剛三郎の亡霊のような言葉に一喝し、海馬は博物館を後にした。

 

 

 

 

 そして帰りの車内で神のカードを確認した海馬は思わず笑みがこぼれる。

 

――この(神のカード)ならヤツのくだらん思惑も粉砕できる。

 

 内心の歓喜を抑えきれない海馬は笑う。

 

「フフフ……神のカード オベリスクの巨神兵か」

 

 3枚の神のカードを揃えた者はデュエルキング――最強の称号を得る。

 

 それはつまり世界一のデュエリストの称号。

 

 今回計画した大会を制することができれば3枚の神のカードと借り物の《青眼の白龍》の両方を得つつ、遊戯に引導を渡すことができる。

 

「ワハハハハハハハハハ!」

 

 ゆえに海馬は笑う。誰にも邪魔はさせぬと計画を立てながら、

 

 

 

 

 

 

 博物館を立ち去った海馬にイシズは今の段階では自身の計画が順調に進んでいると安堵する。

 

 だが安心してばかりもいられない。

 

 千年アイテムの一つ未来を見通す力を持った「千年タウク」が示した弟、マリクに迫る魔の手の存在。

 

 今イシズが打った手だけではその魔の手は振り払えてなどいない。

 

 イシズの父が亡くなった後も恐らくは墓守の秘密を探ろうとする何者かがイシズたちを探していることを知ったイシズはその存在は千年タウクが見せた魔の手と同じ存在だと推定している。

 

 イシズにとってマリクとリシドは唯一残された家族。必ずや守って見せると強く誓った。

 

 だがイシズは知らない。

 

 その魔の手が届いていれば、弟であるマリクが起こした惨劇も防げたかもしれないということに。

 

 しかしもはやIF(もしも)の話だ。

 

 

 マリクは「越えてはいけない一線」を既に通り過ぎている。もう何もかも遅いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課の一室でギースは神崎に自身に与えられた任務の報告に上がっていた。

 

「それでギース、アヌビスの調子はどうですか?」

 

 バトルシティの準備の進行具合を確認しつつ神崎はギースに任せておいたアヌビスの様子を問いかける。

 

「かなり『出来る』ようになったと自負しております」

 

「そうですか。『バトルシティ』に間に合ったようで良かったです。さすがですね、ギース」

 

「いえ、元々どこか一般常識が欠けているところが多々見受けられた時はどうなることかと思いましたが、それ以外はかなりのモノでしたので助かりました」

 

 この短期間でアヌビスが様々な技能を体得できたのは自身の手柄ではないと言い切るギース。

 

 これはギースの謙遜などではなく、その言葉通りのモノだった。

 

 

 ギースから様々な訓練を受けたアヌビスだったが、ギースはそのアヌビスに酷くチグハグな印象を受けていた。

 

 そこいらの子供でも知っているようなことを知らないくせに

 

 内偵や武術といったかなりの専門性を持つ技術に関してはかなりのレベルで精通していたのだから。

 

 ゆえにギースは個人的に気がかりな一件も相まっておずおずと神崎に尋ねる。

 

「…………一つお尋ねしたいのですが、彼はどこかの部隊に所属していた者でしょうか?」

 

 だがそんな人間をKCの情報網を利用できるギースは噂すら聞いたことがなかった。

 

 まるで「急に発生した」と言わんばかりに現れた人材――不審がるのも無理はない。

 

「そんなところです」

 

 だが神崎は言葉を濁すしかない。

 

 アヌビスが「古代エジプトの神官でした」とはさすがに明かせない。

 

 千年アイテムを生み出したアクナディンが実の息子、神官セトが海馬瀬人に生まれ変わった際にその補佐を任せてもいいと考える程にハイレベルな神官ゆえに色々とこなせる器用さをあらかじめ持っていた点を隠しつつ説明する術などないのだから。

 

「そうですか。それと別件ですが牛尾から竜崎・羽蛾の両名が訓練を無事突破できたと報告を受け得ています」

 

 神崎が話そうとしないのならギースは追及しない。ギースなりの処世術だった。

 

 そんなギースの報告に考え込む神崎。

 

「そうですか、あの2人が……」

 

 竜崎と羽蛾の訓練がハッキリ言って「バトルシティ」に間に合うとは神崎は思っていなかったゆえに、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

 そして決定した竜崎と羽蛾の仕事に思考を割きつつ、ギースに告げる。

 

「ならギース、近々招待状を送った方々(ハンター)が集まりますので、彼らに対する『ルール説明』を任せます。それ以外は好きに過ごして貰って構いませんよ」

 

 ギースの新たな任務はただの説明会。さして時間を取られるものではない。

 

「…………それだけなのですか?」

 

 思わず不安げに尋ねたギースに神崎はいつもの笑顔で対応する。

 

「ええ、ここ最近は色々と頼み過ぎていましたからね。これを機にゆっくり休養にでも当ててください」

 

「しかし、グールズの件も――」

 

 まだここ最近の問題は何も解決していない現状にギースは「休んでいる場合ではない」と声を荒げようとするが、それを遮るように神崎が諭すように言葉を放つ。

 

「構いませんよ。彼らが動くのは『バトルシティ』からです。それまでゆっくり英気を養ってください」

 

 言外に「グールズ」の動きは全てマーク済みであることを察したギース。

 

「ハッ! 了解しました!」

 

 そして180度意見を変え、ビシッとした一礼と共にキビキビと部屋を後にするギース。

 

 その後ろ姿を見送った神崎は溜息を吐く。

 

 神崎はギースのこういう(どこか狂信的な)部分が苦手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊戯はシャーディーによって告げられた事実が気になるあまり眠れぬ夜を過ごしていた。

 

「ねぇもう一人の僕、神崎さんに一度会って聞いてみる? あの人は君について、何か知っているようだし……」

 

 そう言って遊戯はレベッカとのKCでの一件のときに竜崎から「彼女さんと行ってきたらどうや?」と渡された博物館のチケットを手にもう一人の遊戯に尋ねる。

 

 竜崎によればこのチケットは神崎が用意したと知らされたゆえに。

 

『いや、やめておくぜ……』

 

「でも君のことを――」

 

『あの男は今、仕事で忙しいんだろ? そんな相手に無理はさせられないさ』

 

 遊戯には伏せているがもう一人の遊戯にはある懸念がある。

 

 海馬に水面下で立ち向かっていた存在は恐らく神崎であろうともう一人の遊戯は当たりを付けていた。

 

――あの海馬があそこまで警戒を露わにする相手、相棒には言わないが何かイヤな予感がする。

 

 だが親友、城之内の恩人でもある。

 

 そんな思いを押しとどめながらもう一人の遊戯は続ける。

 

『それに俺の記憶は何も残っちゃいない。そんな状態じゃあ何を聞いても確信が得られそうもないんだ――俺は一体なんなんだ……』

 

「もうやめようこんな話……」

 

 話が不穏な方向に流れるのを感じた遊戯はこの話題を切り上げようとするが――

 

『一つだけわかっているのはお前が千年パズルを持つことによって俺が存在できるということだけだ。そして俺は――』

 

 過去にあった千年パズルが遊戯の手元から離れた事件からそう推察するもう一人の遊戯。

 

「もういいよ!」

 

 思わず遊戯は不安が溢れたかのように叫ぶ。

 

『すまない。だが俺は記憶なんて戻らなくてかまわない……俺は永遠にお前と共にいれればそれで――』

 

「ボクだってそうだよ……ボクの記憶を全部あげるから、これからも――」

 

 互いが互いを想うがゆえに決断を下せぬまま夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 KCに帰還した海馬はさっそく新たな大会を開きつつ邪魔者が入らぬように手を打つ為に神崎の仕事部屋へと足を運ぶ。

 

「お、お待ちください! か、海馬社長!」

 

 受付の鼻眼鏡こと、北森がその歩みを止めようとするが、海馬は無視して突き進む。

 

 色々と言葉を尽くす北森だが海馬は聞く耳を持たない。何とも無力な受付だ。

 

 海馬がKCのトップゆえに物理的にどうこう出来ない制限を加味してもやはり無力だった。

 

「神崎はいるか! 話がある!」

 

 声を張り上げ神崎を呼び出す海馬に受付の存在意義に頭を悩ませながら神崎はいつものように笑顔で対応した。

 

「おや、これは海馬社長。今回はどういったご用件で?」

 

 驚いたような言葉とは裏腹にいつもの笑顔が崩れない神崎に海馬は苛立ちつつ用件を話す。

 

「……チッ。ここ童実野町にて町全体を使ったデュエル大会を開く。むろん俺も参加するつもりだ。ゆえに大会の公平性のためにこの大会は全て貴様が企画・運営しろ」

 

 海馬は神崎が何らかの形で介入してくる可能性を予期していた。ゆえに最初から大会運営を任せることで神崎の行動を制限する目的があるのだろう。

 

「おや、随分と急な話ですね。ですが了承しました」

 

 そう言いつつも一応の準備は進めているため神崎にはさほど難しくはない。

 

 そんな「問題ない」とでも言いたげな態度にさらに海馬の苛立ちは募る。

 

「それとヤツもこの大会に参加させろ」

 

 だが続く海馬の言葉に神崎の思考は一瞬止まる。

 

「……ヤツ?」

 

「惚けるな、貴様のもっとも重宝するデュエリストの存在を俺が知らんとでも思ったのか!」

 

 ここで神崎はようやく「ヤツ」に思い至る。「謎のデュエリスト(笑)」のことだと。

 

「お言葉ですが――」

 

 だが「謎のデュエリスト(笑)」の中の人こと神崎はバトルシティに参加は出来ない。

 

 

 神崎は大会中にマリクの動向を探り、マリクの闇の人格が表に出る前に片を付ける予定があった。

 

 闇の人格のマリクよりも表の人格のマリクの方が対処は容易だ。

 

 

 だがそこで問題になるのは人を操る力を持った「千年ロッド」である。

 

 一応の対抗手段として人造闇のアイテム「精霊の鍵」があるが千年アイテムのポテンシャルを考えれば万が一の危険性があるため、万全を期すために「冥界の王」の力を得た神崎が出向く計画だった。

 

 

 だが「謎のデュエリスト(笑)」として大会に参加してしまうとそうはいかない。

 

 折角「強キャラ感」が噂で広まり、心理フェイズで大きく貢献できるようになった「謎のデュエリスト(笑)」の看板。

 

 だがそれゆえに名を上げようとするデュエリストにとって格好の獲物になってしまった実情がある。

 

 

 早い話が隠密作戦に絶望的に向いていない。

 

 

 ならば「所属デュエリストに替え玉をすれば!」と考えるかもしれないがそれも難しい。

 

 

 本来デュエリストが全力を出せるのは絆を紡いだ己がデッキのみ、他の使い慣れていないデッキを使わせても結果は見えているのだから……

 

 絆が紡げないゆえのデッキの多様性を受け継げるものがいない。

 

 

 ゆえに断ろうとした神崎だが――

 

「必ず参加させろ! デュエリストならば『神のカード』の存在を知れば必ず参加するはずだ! よって返答は肯定以外認めん! 用はそれだけだ! 俺は大会に向けてデッキを強化せねばならん!」

 

 そう言って立ち去る海馬に「無理です」などと神崎は言えなかった。

 

 そして返事も聞かずに立ち去っていく海馬。

 

 神崎は内心で頭を抱える。

 

「その、大会運営頑張りましょう! 神崎さん!」

 

「そうですね。忙しくなりそうです」

 

 そんな北森のどこかズレた励ましに神崎は力なく答えた。

 

 

 

 




バトルシティに参加決定!
やったぜ!


~入りきらなかった人物紹介~
御伽龍児の父
原作では
過去に遊戯の祖父、双六と闇のゲームで戦い敗北。
その代償として老いた姿となった。

その一件の私怨から自分の息子の御伽龍児と共に遊戯に挑んだ。
復讐は失敗したが、その後和解。

アニメ版では「大人の都合」によりいなかったことにされている――ドンマイ……


今作では
ツバインシュタイン博士の奮闘のお蔭で元の姿に戻れたため正気を取り戻し、息子の御伽龍児と共にゲーム開発に取り組んでいる。

作者も治療過程を描写しようか悩んだが
過去に双六とどんな闇のゲームをしていたのかがはっきりしない点と
正常な状態の御伽の父がどんな人物かが掴めなかったため断念した。



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