マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
海馬三兄弟、ジャージャン!

肉食系女子レベッカ!――遊戯に迫る影






第49話 サ店に行くぜ!

 金の髪に褐色肌の巨漢が小さな地図を両手で持って睨みつけるかのように凝視している。

 

 その男の正体は闇のゲームに敗北し神崎と協力体制と言う名の部下になったアヌビスであった。

 

 そのアヌビスは「現世を謳歌」など必要ないと示す「テスト」の一つ「目標地点に向かう」筈だったのだが、まだ地理には疎いゆえに辿り着けていない。

 

 制限時間もあるため、あまり時間を掛けていられないのだが。

 

「ぬぬぬぅ……」

 

 一応アヌビスには緊急用にと渡された通信機があるのだがそれを使うのは「目的地にまでたどり着くことすらできないのか」等と思われるのは癪にさわるゆえにアヌビスの選択肢にはない。

 

 当然「テスト」も不合格になるであろうこともその選択に拍車をかける。

 

――クッ! 高所から見ればすぐなのだが……

 

 その超人的な身体能力を持って近くの街灯に飛び乗り周囲を確認する手段もあったが――

 

 「テスト」の条件に「悪目立ちしてはならない」などの様々なことを言いつけられているのでその手は使えない。警察沙汰になるなどもっての他である。

 

 鬼気迫る表情で小さなメモを見て立ちすくむ巨漢が既に目立っているとは言ってはいけない。

 

 周囲の「あの人、どうしたんだろう?」な視線にアヌビスは気付かない。

 

 シッ! 見ちゃいけません!

 

「クッ! やむをえん!」

 

 背に腹は代えられないと空を見上げ足に力を込めるアヌビス――おい、バカ、止めろ。

 

 だがそんなアヌビスに救いの手が現れる。

 

「そこのお前! そんな風に道の真ん中に突っ立ってたら通行の邪魔だぜいっ!」

 

 強く咎めるような子供の声。その声にアヌビスは振り向くがそこには誰もいない。

 

「おい、無視すんな!」

 

 声は下から聞こえる。アヌビスが見下ろすと――

 

――ボサボサの黒髪を腰の辺りまで伸ばした少年がプンスカ怒っていた。

 

 どうみてもモクバです。

 

 そんなモクバにアヌビスはぶっきらぼうに対応する。

 

「なんだ小僧」

 

「だ・か・ら! 他のヤツの迷惑になるだろっていってるんだぜい!」

 

 周囲の人間が思わずモクバに言葉無き声援を送る。見るからに腕っぷしの強そうな巨漢のアヌビスに注意し難かったのだろう。

 

 そして当然そんな巨漢が道の真ん中に突っ立っていればかなり邪魔である。

 

「ああ、スマン」

 

 モクバの言い分を聞き、直ぐに道の脇によるアヌビス――今は子供に構っている暇などなかった。制限時間は刻一刻と迫っている。

 

「なあ!」

 

「今度は何だ。今、我は忙しい」

 

 再び声をかけるモクバにうっとおしいと感じるアヌビスだが――

 

「お前の持ってるのって地図だよな? ひょっとして道に迷ってるのか?」

 

 続くモクバの言葉に固まった。

 

 

 「迷子」――それは今のアヌビスには受け入れがたい事実。

 

 読みにくい地図に格闘する姿が哀愁を誘う。

 

 

 ちなみにアヌビスの持つ地図が読みにくいのは仕様である。

 

 一応ヒントは散りばめられているのだが今のアヌビスは気付いていない。

 

 その読みにくい地図に対してどう対応するかが今回の最初の「テスト」だった。

 

 

「迷っている訳ではない! 道を確認していただけだ!」

 

 そんな強がりと共にモクバの横を通りすぎ立ち去ろうとするアヌビス。

 

「でもそれって海馬ランドまでの道だろ? ならそっちじゃなくてこっちだぜ?」

 

 そう言ってアヌビスが進んだ先とは別の道を指さすモクバ。

 

 アヌビスはまるっきり別方向に歩いてしまっていた――これは恥ずかしい!

 

 

 冷たい沈黙が流れる。互いになんだか気まずかった。

 

 だがモクバはアヌビスのKCのバッジに目が付く。モクバの記憶によればそれは――

 

「ん? それって確か神崎のとこの――ああ! お前が噂になってた新人だな!」

 

 オカルト課のものであった。

 

 そしてモクバは磯野が社員寮に新たな入居者が来ていたと話していたことを思い出す。

 

「なら俺の部下でもあるな! 案内してやるぜい! 貸してみな!」

 

 得意げに地図を手に取るモクバ。

 

「おい! 貴様! 何を言って――」

 

「これは…………裏側のゲートの方だな! ならこっちだぜ!」

 

 記された待ち時間からあまり余裕はないとモクバはアヌビスの手を取り駆けだすがアヌビスはビクとも動かない。

 

 これがパワーの差だよ!!

 

「何やってるんだ? 待ち合わせの時間に遅れちまうぜ!」

 

「あ、ああ」

 

 そんなモクバの急かすような物言いと共にアヌビスはモクバに手を引かれつつ海馬ランドに向かった。

 

 いつのまにやら周囲のアヌビスへの視線は生暖かい。

 

 

 

 

 

 

 そして所定の場所に辿り着くとそこには――

 

 茶髪で肩に某戦闘服のような肩パッドをつけたワイルドな風貌の青年と、

 

 幼少のころの海馬の面影を残す少年――乃亜。

 

「よう、遅かったじゃないか。ん? なんでモクバ……様がここにいるんだ?」

 

 何とかモクバに敬称を付けつつ問いかける青年。

 

「この小僧を知っているのか」

 

 だがアヌビスからすれば己の手を引いて此処まで案内したのが誰かすら分かってはいない。知らない人にホイホイ付いていくのは如何なものか……

 

 そんなアヌビスに乃亜は溜息を吐きつつ返す。

 

「ヤレヤレ、君の勤め先のナンバー2の顔くらい覚えておきなよ」

 

「そう言えば自己紹介がまだだったぜぃ――俺はKCの副社長! 海馬モクバだ! 覚えとくんだぜ!」

 

 新人たるアヌビスに知らぬ顔が多いだろうと自己紹介の口火を切り手を差し出すモクバ。

 

 だがアヌビスはその「役職」に驚き目を見開いた。

 

「副社長? つまりこの小僧がヤツの上司……だと……」

 

 アヌビスから見たモクバには「優しさ」「無害さ」「無防備さ」などが目立ち、アヌビスにとっておどろおどろしく感じる神崎とは関連性が見いだせない。

 

 ひょっとするとそれは全て演技で腹の中は真っ黒なのではと考えるアヌビスだが――

 

「おう! その通りだぜ!!」

 

 アヌビスと握手しながら無邪気に宣言するモクバの姿から「傀儡」であろうと判断するアヌビス。

 

 実際は素直すぎる点があれど副社長として活動しているのだが……

 

「君が神崎の言っていた男か……僕は海馬乃亜。よろしく」

 

 呆れ顔で名乗る乃亜――モクバを知らなかった件はそっとして置いて上げて下さい。

 

「なら俺も、俺は『ヴァロン』――俺もアンタと同じでボスの所で世話になってる。よろしくな! ああ、後『テスト』は不合格らしいぜ? だからこのまま俺らと行動しろ、だとよ」

 

 最後にニッと笑い手を出すヴァロンを見て、佇まいから中々の手合いだと握手を返すアヌビス。

 

「……我はアヌビスだ」

 

 そしてアヌビスはヴァロンに握手を返しつつ『テスト』の結果を受け入れざるを得ない。『テスト』を考案した側もまさか序盤でこけるとは思っていなかったが。

 

「ああ! よろしく! それでなんでモクバ様がココにいんだ?」

 

 自己紹介を終えたことで後回しにしていた疑問を再度ぶつけるヴァロン。

 

「道に迷ってたアヌビスを連れてきてやったんだぜい!」

 

「早い話が迷子だったわけか……随分とマヌケな話だ」

 

 モクバによって力強く宣言された情けない理由にアヌビスを嘲笑う乃亜。アヌビスは屈辱を感じつつも事実なだけに言い返せない。

 

「まぁ細かいことはいいじゃねぇか! ならモクバ様、今時間大丈夫か? 礼も兼ねて何かおごってやるよ!」

 

「いいのか! ――あっ! でも俺、用事があるから……」

 

 若干不穏になった空気を変えるように言ったヴァロンの提案だったがモクバは何やら訳ありの模様。

 

「用事? 君が瀬人の傍から離れる程のことかい?」

 

 兄としてすぐさまモクバを心配する乃亜――素早い変わり身である。

 

「いや、KCとは関係ないんだけど……兄サマがその、遊戯のヤツに負けちゃっただろ?」

 

「ああ、確かペガサス会長が開いた大会だよな? スゲェデュエルだったな。俺も参加したかったんだけどな~!」

 

 海馬のデュエルの結果から大会のことを連想し、思わず一人ごちるヴァロン――デュエリストとして、ぜひとも参加したかったのだろう。

 

「貴様程のデュエリストですら参加できぬほど強豪揃いな大会だったのか?」

 

 ヴァロンの実力を肌で感じ取っていたアヌビスは大会のレベルの高さに驚くが――

 

「いや、俺、っていうより『俺たち』の参加はボスにストップ掛けられちまってよ。あの手この手で頼んだけど、断られちまってな! まぁボスにはボスの思惑があるんだろうけど……」

 

 KCからペガサス島での大会に出場したものは海馬瀬人以外に一人たりとていなかった。

 

 何故か? それは神崎が大会が荒れるのを嫌ったゆえである。

 

 大会運営に関わっているKCのデュエリストが他の参加者を押しのけるような状態は好ましいものではなかった――当然建前である。

 

「そういや最近、骨のあるデュエルしてないな」

 

 チラリと乃亜を見るヴァロン――強者であるとヴァロンのデュエリストの本能が察知してのアプローチだが……

 

「生憎だけど僕のデッキはまだ調整中――相手はして上げられないよ」

 

 乃亜はいつものように断る。実際に調整中なことも理由に挙げられるが、ヴァロンのデュエルを知っている乃亜からすれば若干暑苦しい――つまり苦手だった。

 

 

 だがヴァロンは仲間内でのデュエル以外の新しい刺激を欲していた。

 

 そして乃亜には今現在まで断られ続けている。となればとアヌビスの方を見るが――

 

「そんなに飢えているならヤツに相談したらどうだ?」

 

 アヌビスは神崎なら手頃な対戦相手を用意するくらい容易だろうと提案する。

 

「いや、もう相談はしたんだけどよ――ボスが言うには近々デカい祭りがあるからそれまで我慢しろって言われちまってな」

 

 しかし今現在神崎はバトルシティとグールズの問題で忙しかった。

 

 不用意に手の内を明かすのもはばかられるゆえの対応だったが、ヴァロンがデュエルに飢えているのは「今現在」である

 

「話が逸れているよ」

 

 だがそんなヴァロンの話を乃亜は咎めるように遮る――弟であるモクバを蔑にはしたくないのだろう。

 

「ああ、悪いな。その海馬のヤツ――じゃなくて、海馬社長が負けたことがどう関係するんだ?」

 

「うん、兄サマは『気にするな』って言ってたけどさ、言わないだけできっと悩んでると思うんだ……」

 

「あの瀬人がそんな風に悩むとは思えないけどね」

 

 乃亜には海馬がしおらしく苦悩する姿が想像できない。そんなことは気にせず突き進む姿が容易に想像できた。

 

「それで俺、いつも兄サマに頼ってばかりじゃだめだと思って――」

 

「つまり兄貴のために何かしてやりたいと」

 

「ああ、そうなんだぜい」

 

 そんなモクバの心意気に孤児ゆえに似た境遇のものが集まった孤児院で兄代わりをしていたヴァロンは心を打たれる――放っては置けない。

 

「なら乃亜、アヌビス。悪いけどよちょっと寄り道しても構わないか?」

 

「我に異存はない。この小僧に案内してもらった借りもある」

 

 アヌビスもモクバに借りを作ったままにしておくのは問題だ。

 

「僕も構わないよ」

 

 弟の悩みを解決するのも兄としての務めと乃亜も肯定で返す。

 

「なら決まりだ! 俺たちと行こうぜモクバ様――いや、モクバ! お前の兄貴をあっと喜ばせてやろうぜ!」

 

 こうして本来の目的とは違う形でアヌビスの一般常識を知る旅が始まった!

 

 

「でも結構待たされて腹減ったな…………先にメシにするか!」

 

 

 始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアヌビス一同は空腹を満たすため近くのファストフード店に入店する。

 

「いらっしゃいま……せ~」

 

 そんなアヌビス一同を迎えた店員は異質さを放つ4人の客相手に思わず頬が引き攣った。

 

 

 ワイルドな風貌の青年、ヴァロン――その肩パッドは何なのか……

 

 只者でなさそうな褐色肌の巨漢、アヌビス――見るからに堅気ではない。

 

 そして小さな少年2人、乃亜とモクバ――他2人との対比でより小さく見える。

 

――誘拐現場?

 

 そんな予想と共に通報すべきか悩む店員だがその小さな少年の1人と目があった。

 

「あれ? モクバ君?」

 

「ん? 杏子! なんで杏子がここに?」

 

 店員の正体は遊戯たちの仲間――真崎杏子であった。

 

 杏子は見知った顔であるモクバに尋ねる。

 

「私はここでバイトしてるの。ところで――そっちの3人は?」

 

 そして最後に小声で付け加えた。他の3人にはバッチリ聞こえていたが……

 

「俺の兄弟と部下の部下だぜい!」

 

 そう胸を張るモクバ――海馬兄弟が3人兄弟だとは杏子は聞いたことがない。

 

「どうしたんだい、モクバ? 知り合いかな?」

 

 モクバの様子からそう当たりを付けて人懐っこい笑みを浮かべて杏子に近づく乃亜。

 

 そんな乃亜を見て警戒が解けた杏子はモクバと友人であると明かす。

 

「えっと、私は『真崎 杏子』、杏子でいいわよ。海馬君とはクラスメートなの」

 

「そうなんですね。僕は海馬 乃亜。昔は身体が弱くて家に篭り切りだったもので知られてないのも無理はありません。ですので、モクバ共々よろしくお願いします。杏子さん」

 

 杏子に猫を被り対応する乃亜。

 

「あの社長とクラスメート? そういや社長も学生だったな――俺はヴァロン。よろしくな!」

 

 そうして杏子から語られたモクバとの関係性に思わず教室で大人しく授業を受ける海馬をイメージし内心で「似合わない」と思いつつ軽く手を上げて挨拶するヴァロン。

 

「…………アヌビスだ」

 

 必要最低限に自己紹介するアヌビス。

 

 

 

 互いの紹介が済んだところで杏子は己の職務を思い出しモクバたちを席に案内し各々の注文を聞いていく。

 

 だがアヌビスはメニュー表を注視しピクリとも動かなかった。

 

「あの~、アヌビスさん? ご注文は――」

 

「なぁアヌビス、お前ひょっとしてこの国の文字よめないのか?」

 

 見るからに外国人風なアヌビスに確認するヴァロン。ちなみにヴァロンはギースにスパルタで教わっている。

 

「いや、問題なく読める。ただ――」

 

 だがアヌビスに文字の問題はなかった。

 

 大まかに必要とされる情報は神崎が得た冥界の王の力の「ちょっとした応用」により頭の中に直接叩き込まれているゆえに――それはアヌビスを無駄に苦しめたが。

 

 なら何故注文に時間がかかるのかと言うと――

 

「――数が多くてな、悩んでいた」

 

 アヌビスは実物を見たことも食べたこともない料理の多くに目移りしていた。

 

 そんなアヌビスを見かねてヴァロンが助け舟を出す。

 

「そうか。だけどよ、あんまり杏子のヤツを待たせるのもあれだしコレにしときな。期間限定品だぜ!」

 

 ヴァロンが選んだものは 妙に赤色が多いハンバーガー。彼のオススメである――悪意などない。

 

「おい、ヴァロン……さすがにそれは――」

 

 外食初心者に勧めるメニューではないとモクバは止めようとするが――

 

「ならこれを貰おう」

 

 アヌビスは気にせず注文を取った。口内の破滅へのカウントダウンが聞こえる。

 

 

 

「お待ち遠様。じゃあごゆっくり」

 

 暫くして杏子に届けられた料理を食べ始める一同。

 

「ふむ――安物だね」

 

「乃亜、そういうこと言うのは良くないぜい」

 

「まぁ坊ちゃんには馴染みのない味かもな」

 

 和気藹々と食事する3名だがアヌビスの手だけは止まっていた。

 

 アヌビスからすれば未知の食べ物である。警戒するのも無理はなかった。

 

「どうした、アヌビス? 冷めちまうぜ? それとも食べ方がわからないのか?」

 

「いや、問題ない」

 

「そうか! ならガブッといきな!」

 

 意を決して妙に赤色が多いハンバーガーを食すアヌビス。

 

 

 辛い食べ物!

 

 顔芸!

 

 リアクション!

 

 来るぞ、モクバ!!

 

 

「かなり香辛料が効いた食べ物だな」

 

 だがそんな期待を粉砕するかのようにアヌビスは頬を膨らませ普通に食していた――なん……だと……

 

「大丈夫なのか?」

 

 思わず心配そうに尋ねるモクバ。

 

「何の話だ?」

 

 頬張りながら質問で返すアヌビス。

 

「いや辛くないのかな~って」

 

「特に苦手にはしていない」

 

 そんなアヌビスの「辛いモノ平気発言」にヴァロンは同志の存在を歓迎する。

 

「だよな! この味が分かってくれて嬉しいぜ! やっぱエジプト出身って聞いたからこういうの大丈夫だと思ったんだよ!」

 

 アヌビスの出身は確かにエジプトだが、正確には古代エジプトである。

 

「へー。エジプト出身なのか……なあ! アヌビスの故郷は辛いモノが多いのか?」

 

 モクバも追従して尋ねる――外国の文化に興味があるのだろうか?

 

 だがアヌビスの知識は残念ながら古代のものである。

 

「そうでもない」

 

「ならさ! お前の故郷って――」

 

「モクバ。そのくらいにしておくんだ」

 

 次々に質問していくモクバだが乃亜の冷たい言葉が響く。

 

「えっ? どうしてだよ、乃亜?」

 

 モクバが聞いたことのないような感情を感じさせない乃亜の声色に困惑するモクバ。

 

 そんなモクバにヴァロンが答える。

 

「そうだぜ、モクバ。人には触れられたくない過去があるからな――あんまり根掘り葉掘り聞くのは良くないぜ?」

 

 ヴァロンとて孤児であった過去を持ち、順風満帆とは決して言えぬ人生を歩んできた。

 

 

 そしてそんなヴァロンに神崎はアヌビスの過去はあまり詮索しないようにと言い含めている。

 

 それゆえにヴァロンはアヌビスもまた人には言い難い過去を持っているのだろうと判断したのだ。

 

 しかし実際はアヌビスがこの時代に経歴がないため、偽造するまでの時間稼ぎの意味合いが大きい。

 

 

 そのヴァロンの苦言にモクバは自身にもそう言った辛い過去の経験があることからアヌビスのことも察するべきだったと反省する。

 

「そう、だよな……ゴメンな、アヌビス」

 

「いや問題ない」

 

 アヌビスは重くなった空気に困惑する。

 

 

 それもその筈、アヌビスの過去は中々に壮絶である。それは――

 

 生きたままミイラにされたり、

 

 そのミイラとして眠っていたときに破砕機に掛けられたり、

 

 デュエルに負けたからだとしても自身の力や存在そのものを奪われたり、

 

 奪われた後に冥界の王の力でダークシグナーとして叩き起こされたり等と散々な過去だった。

 

 

 そしてその壮絶な出来事の半分以上が重苦しい雰囲気を出す目の前の3名の上司or部下に当たる人物の手によってもたらされたモノなのだから困惑するのも無理はない。

 

 世界の破壊を望んだアヌビスも悪いのだが……

 

 

 アヌビスは自身がこの重苦しい空気の一応の原因ゆえに話題の転換にかかる。

 

「それでこの小僧の悩みはどうするのだ?」

 

 それに対しいつの間にか食事を終えてドリンクを飲んでいたヴァロンがその話題に乗っかる。

 

「あの社長を励ますモンか、どうするかな?」

 

「なんだ、何も考えていないのか? その男の望むものを渡せばいいだけだろう」

 

 背伸びしながら悩むヴァロンに海馬のことを詳しく知らないアヌビスは難しくはないのではと考える。

 

「アヌビス、覚えておくといい 瀬人が今強く望むのは『武藤遊戯』からの勝利だ。僕たちで用意できるものではないよ」

 

「それなんだよな。しかも何か他の『モノ』で釣ろうにも大企業の社長様だから自力で買えちまうのさ」

 

「ふむ、そうなのか」

 

 乃亜とヴァロンからの海馬の説明で納得を見せるアヌビス。そしてこうも思う。

 

――神官セトの生まれ変わりと聞いていたがあまり似ていないな。

 

「そうなんだ。だから俺、どうすればいいのか分からなくって……」

 

 モクバのそんな言葉にアヌビスはさらに海馬の人物像を知ろうと質問を重ねる。

 

「兄弟間の距離感はどの程度なのだ?」

 

「普通に仲がいいぜぃ!」

 

「あの社長はモクバからなら『そこら辺の石コロ』貰っても喜ぶと思うぜ?」

 

 元気よく答えたモクバに茶化すように注釈を入れるヴァロン。

 

「兄サマにそんなもの渡すわけないだろ!」

 

 だがモクバは怒る――そんなモノを尊敬する兄に渡すわけがないだろうと。

 

 そこは小石を貰って喜ぶところを否定するべきではないのだろうか……

 

「ふ、ふむ……おおよそ理解した」

 

 ヴァロンの言葉の通りだと分かり思わず冷汗を流すアヌビス――神官セトとは似ても似つかぬ部分だ。

 

――アクナディンは神官セトが転生すると言っていたが……失敗したようだな。

 

 アクナディンの企みが失敗したことにアヌビスは黒い愉悦を持ちつつモクバへの問いかけを続ける。

 

「ならその男、瀬人と言ったか――趣味はなんだ? それに関係するものなら邪険にはされぬであろう」

 

「社長の好きなモンつったら『ブルーアイズ』か?」

 

 ヴァロンの言うとおりKCに関わる遊園地やジェット機、さらには列車など、これでもかというほどに《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を模したものがある。

 

 若干、病的と言っても過言ではない。名医も匙を投げるレベルである。

 

「ならペガサスにカードのデザインを依頼するかい? あまり現実的とは言えないけどね」

 

 乃亜は確実に海馬が喜ぶ選択肢を提案する。だがほぼ限りなく実現不可能な点が問題だった。

 

 あのデュエルモンスターズを愛するペガサスが一個人の為にカードを創るなど余程のことが無い限り実現できないであろう。

 

「モクバ、他の趣味はないのか?」

 

 他の可能性を模索するアヌビス。

 

「兄サマの他の趣味? だったら『ゲーム』かな? 兄サマはデュエルだけじゃなくて『チェス』とか他のゲームもスッゴク強いんだぜい!」

 

 兄の雄姿を誇らしげに語るモクバ。

 

「ゲーム?――『遊びごと』か、スマンが我はこの時代――ゴホンッ! この国の『遊びごと』にはあまり理解がなくてな……力になれそうにない」

 

 今のアヌビスにそういった現代の様相は表面的な知識程度にしか分からない。

 

「アヌビスの故郷にはそういうのなかったのか? あっ! 無理に答えなくても構わないぜい!」

 

 「チェス」を知らないのは珍しいと思いつい尋ねてしまうモクバだが、すぐに無理はしなくていいと注釈をいれる。

 

「気にしなくてもいい。我はそういった余暇をあまり過ごしたことがなかったからな。ただそれだけの話だ」

 

「オイオイ、随分と勿体ない話じゃないか。こりゃ一度行ってみるべきだろ!」

 

 アヌビスの根っからのワーカーホリックのような発言にヴァロンは何かを思いついたかのようにアヌビスを遊びに誘う。

 

「ならゲームセンター辺りがいいかな? 距離もここからそう遠くない」

 

 乃亜もヴァロンの考えを理解し近場の情報を思い出し提案する。そして同意する一同。

 

 

 こうしてアヌビス一同は次の目的地として食後の腹ごなしにゲームセンターへと旅立っていった。

 

 

 




1話でまとめきれなかった……だと……!?

そんな訳で後編に続きます。

大まかには出来ているので早めに仕上がると思います



~原作のヴァロンとの違い~
原作同様に幼少期は喧嘩に明け暮れ、親代わりの孤児院のシスターを困らせていた。

「力」を「暴力」として振るう当時のヴァロンをギースはお灸をすえる目的もあって拳で語り合う。

才能はあれどほぼ素人だったころのヴァロンと
訓練を積んだギースでは結果は分かり切っておりヴァロンは普通にぶっ飛ばされた。

その後、ギースに「拳の在り方」を教えられる。

今はKC所属のデュエリストとして活動しながらシスターに仕送りなどで恩返しをしている。

立ち退き要求? 平和的に解決されました



~ヴァロンの改編で謎の割を食った人~
原作では
ヴァロンは孔雀舞と自身の間に既視感を覚え、恋愛感情に繋がったが

今作では
境遇の変化により
ヴァロンは孔雀舞と自身の間に何一つ既視感を覚えることが無くなったので
何も思うことはなくなった。


結果、孔雀舞にとって謎のとばっちりが発生した。

まぁ城之内君とお幸せに?




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