マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

255 / 289


前回のあらすじ
ENDさん「これが……高潔で、相手のプライドを重んじていた『カイザー』と呼ばれていた男のデュエルか……!?」





第255話 堕ちた先

 

 此処で時間は現在に戻り、吹雪によって明かされた1年前のデイビットとの一戦により、亮の在り方が大きく変わってしまった事実を知らされるレイへ、吹雪は過去を懺悔するように語る。

 

「あの時、デュエルの後の亮には誰も声をかけられなかった……」

 

 己の全てを捨ててでも勝利に手を伸ばした亮の支払った代償に、「引き分け」が見合うとは部外者であった吹雪にも、とても思えない。

 

 それは当時のフォース生徒全員が同じ気持ちだっただろう。ゆえに、追い打ちになる励ましすら項垂れる亮にはかけられなかった。

 

「その後はレジーくんと、元々立ち直りの早かったデイビットくんたちで、残りのボクたちの交流戦をしてお開きになったんだ」

 

「亮様は……亮様は大丈夫だったんですか!?」

 

「ボクたちの声が届かないくらい暫く魂が抜けたように呆然としていたけど、再起自体は早かったよ。でも……」

 

 過去の恋する人への心配を募らせるレイへ、吹雪は「亮はそんなに弱い男じゃない」と返すが、「強さ」が必ずしも最良の結果をもたらすとは限らない。

 

「とても荒れるようになった。とはいえ、別に暴力的になった訳じゃない――いや、むしろそっちの方が分かり易くて良かったくらいさ」

 

 立ち直った――いや、再起した亮は変わってしまったと吹雪は語る。

 

「それって――」

 

「文字通り勝利以外の全てを削ぎ落すデュエルに傾倒していったんだ」

 

 その姿は「修羅」――と言うには余りに冷徹で、「鬼」と言うには余りにも理性的で、そして何より、「デュエリスト」と言うには余りに破綻した姿。

 

「今の亮様からは想像できない……」

 

「実際、勝率はグンと上がって、亮は確かに強くなった――でも、あんな生き方を続ければ、先が長くないことは誰の目にも明らかだったよ」

 

「でも、吹雪さんたちが、今の亮様に戻してくれたんですよね!」

 

 だが、吹雪の話は「過去」だと、恐れを振り払う希望に満ちた眼差しを向けるレイに、吹雪は歯を光らせながら、肯定を返した。

 

「無論さ! ボクたちは亮の真意を測るべくデュエルに挑んだ!」

 

 友が道を間違えたのならば、迷っているのならば、手を貸すのが吹雪のポリシーである。

 

「亮が本当に自分の意思で選んだ道ならボクも応援しただろうけど、あの時の亮は周囲の状況に呑まれて選択したようにしか見えなかったからね」

 

 なにせ、亮が変わる切っ掛けとなった一件が一件だ。どう考えても、「親友が望んだ在り方」とは吹雪には思えなかった。

 

「そして最初に挑んだのは一番責任を感じていた優介だった」

 

 

 かくして、再び舞台は1年前の――亮が高校2年生だった頃のアカデミアに戻る。

 

 

 

 

 

 

 変わってしまった亮へ、多くの言葉を重ねた吹雪と藤原。だが、対する亮は決して己の破滅的な在り方を変えようとしなかった。

 

 この破滅の先にこそ真理が宿るのだと妄信しているようにも見えた亮へ、藤原は「勝利者」こそが正しいのならば、とデュエルを挑む。

 

 そう、己の言葉をデュエルに乗せて亮の心に直接訴えようとしたのだ。

 

 

 

 こうして、亮と藤原のデュエルが幕を開け、互いに一進一退の攻防を繰り広げた結果――

 

 

 

藤原LP:2800 手札2

《魔道騎士ガイア》攻撃2300

《ガーディアン・オブ・オーダー》攻2500

《サイレント・ソードマン LV 7》攻2700

伏せ×1

VS

亮LP:1300 手札2

《サイバー・ドラゴン》攻2100

伏せ×3

 

 

 徐々に亮を追い詰めていった藤原は、亮の後悔の原因が己にあるのだと懺悔と共に胸の内を明かす。

 

「亮! キミをそんなにしてしまったのは、僕があんな事件を起こしてしまったゆえ! ならキミの悩みは僕が晴らす!!」

 

『サイレント・ソードマンの効果で貴方は融合召喚を封じられている! さぁ、マスターの声に耳を傾けるんだ!』

 

 藤原の精霊オネストの声は、精霊の見えない亮には届かないが、全ての始まりは鮫島校長の失脚――その呼び水となった事件、藤原が起こしたダークネスの事件があったゆえだと藤原は語る。

 

 亮が責任を感じる必要は何処にもないのだと。

 

 そんな藤原の言葉の真意を知ってか知らずか亮は静かに藤原の手札を見やりながら――

 

「更に手札には《オネスト》――盤石な布陣という訳か」

 

「『勝利こそが正しい』とキミが語るならば、僕がキミを倒し、勝利することで止めてみせる!!」

 

「なんだ――まさか、もう勝ったつもりかぁ?」

 

 藤原の覚悟も戦術も、思いの全てすらを嘲笑らって見せる。

 

「永続罠《DNA改造手術》発動!! これでフィールドの全てを機械族へ!!」

 

 そして、亮の宣言と共に、藤原の馬上の騎士も、黄金のアーマーを纏う闘士も、大剣を構える戦士の全ての身体から機械の装甲がせり出し、その在り方が歪められていく。

 

《魔道騎士ガイア》+《ガーディアン・オブ・オーダー》+《サイレント・ソードマン LV 7》

戦士族 → 機械族

 

「俺の《サイバー・ドラゴン》と藤原――お前のモンスター全てを贄に! 融合召喚!!」

 

「僕のモンスターを素材に!?」

 

 やがて亮の元の白金の機械竜の装甲が開き、ブラックホールのように藤原の元の3体の戦士たちを呑み込んでいけば――

 

「――《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!!!」

 

 天の黒き穴より、輪の身体を列車のように連ならせた銀竜が唸りと共に大地を削り現れれば、その輪の中から融合素材にした数の4体の小竜の頭部が顔を覗かせた。

 

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻 0 守 0

攻4000

 

『攻撃力4000!? まさか融合素材の数×1000の攻撃力を!?』

 

「戦闘では無類の力を発揮する《オネスト》も、光属性モンスターがいなければ脅威になりえない――俺は何も変わっていない!! そう、勝利をリスペクト――いや、リスペクトすら不要だ! 俺は勝利()()を求める!」

 

 オネストの驚きを余所に、亮は何処までも冷静に、冷徹に盤面を支配して見せる。

 

 今の亮は清々しい程に頭の中がクリアだった。

 

「勝負の最中の輝きも! 高みの景色すらも! 勝利の美酒さえも! 全てが不要だ!!」

 

 そう、亮は捨てた。あの時(デイビット戦)よりも、更に多くのものを。

 

 そうして己の内のあらゆるものを捨て続ける亮には、デュエルだけを、「勝利」だけを見ていれば良い。

 

「今の俺が欲するのは、()()()()()()()()()のみ!!」

 

 勝利さえすれば、失うことはない。あんな思いをする必要もない。

 

「これで俺の勝ちだ、藤原ァ!! やれェ! 《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!!」

 

 亮の心の叫びに呼応するように咆哮を上げる《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》が、守り手のいなくなった藤原に牙を剥くが――

 

「罠カード《逢魔ノ刻》!!」

 

 その藤原を守るように銀翼を広げる巨大な影が立ちはだかる。

 

「僕のフィールドに甦れ!!」

 

 それは亮を止める為の切り札。

 

 それは亮の心を引き戻す鍵。

 

 そして、亮が最も信頼する戦友(とも)

 

「――《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 三つ首の機械竜が白金の巨大な体躯をうねらせ、巨大な一対の翼を広げて亮を止めるべく立ちはだかった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

「クッ……」

 

『これで再び《オネスト》の力がキミに立ちふさがる! サイバー・エンドは、キミがそんな風になることなんて望んでいない!』

 

 そんな普段ならば最も頼りになるフェイバリットカードが強大な敵として立ちはだかる光景に、亮は思わず目元を腕で軽く覆いながら見上げる形で対峙する。

 

 その表情は何処か、けわしい様にも見えよう。

 

「……ククク」

 

「なにが、おかしいんだい……?」

 

 だが、腕に隠れた表情にて微笑を零れさせる亮の姿に、藤原が不審げな視線を向ける中――

 

「――キメラティック・フォートレスで、サイバー・エンドを攻撃!! エヴォリューション・リザルト・アーティレリー!!」

 

 亮は追撃を宣言。《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》の頭部と身体の側面から覗く小竜の口から一斉に光線が放たれる光景に観客代わりの吹雪も思わず焦った声を漏らす。

 

「馬鹿な!? 藤原の手札には《オネスト》が……!!」

 

「なら迎え撃ってくれ、サイバー・エンド! 亮の目を覚まさせてあげるんだ! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 そして、《サイバー・エンド・ドラゴン》も三つ首にブレスをチャージし始める。

 

 やがて《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》と《サイバー・エンド・ドラゴン》のそれぞれのブレス攻撃がぶつかり合い火花を散らす中、《サイバー・エンド・ドラゴン》の銀翼に《オネスト》の純白の翼と虹色の輝きが迸り始める。

 

「罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!! 融合モンスター同士がバトルする際、そのバトルを強制終了させ互いにその攻撃力の合計のダメージを与える!!」

 

 その瞬間に、二体の機械竜のブレスは拡散するように周囲に散らばり破壊の奔流となって二人のデュエリストに襲い掛かった。

 

『相打ち狙いを!?』

 

「罠カード《レインボー・ライフ》――俺はこのターン、ダメージが回復効果となる」

 

 だが、亮の前に展開された虹色に光るの壁が己へ向かう破壊の奔流を防ぐ。当然、残りの余波は無防備な藤原の元へ――

 

「俺を案ずるあまり、融合モンスターを――サイバー・エンドを選んだのがお前の敗因だ、藤原ァ!!」

 

 《サイバー・エンド・ドラゴン》を従える藤原の元へ殺到し、巨大な爆発となってその身を打ち据える。

 

「消えろォ!! 敗者はァッ!!」

 

「くっうぅぁぁぁああぁあああ!!」

 

 やがて《サイバー・エンド・ドラゴン》が藤原を守るように、その身体を丸めさせる中、全てを呑み込む8000の効果ダメージが爆炎となって一人のデュエリストを呑み込んでいった。

 

藤原LP:2800 → 0

 

 

「これで良い。俺には勝利だけがあれば良い」

 

 そうして、膝をつく藤原を見下ろすように立つ亮が素通りしていく中、すれ違う形で吹雪が藤原の元へ駆けよるが――

 

「藤原!!」

 

「ゴメンよ、吹雪……僕じゃ亮を……」

 

「そんなことはない! キミのデュエルは最高に輝いていた!!」

 

 何よりも先に「亮を止められなかった」ことを悔やむ藤原へ、吹雪は力の限り友のデュエルの輝きを肯定して見せる。

 

 それゆえ、一瞥にすら値しないと立ち去ろうとする亮を看過できなかった吹雪は怒りすら込めて叫ぶ。

 

「亮、これで満足なのか! これがキミの本当の望みなのか!」

 

「何を言っている。何も満足していないさ。いや、満足することなど必要ない」

 

 だが、亮から返ってきたのは意外にも否定の言葉。

 

「俺には勝利だけがあれば良い」

 

 そう、今の亮の中では未だに「望む力」は得られていないのだ。足りない。全くと言っていい程に足りない。

 

「だが、今のままでは駄目だ。今の俺の内には勝利の度に湧き上がる喜びがある。達成感がある――煩わしいッ!!」

 

「……亮、キミは……」

 

「まだ足りない。もっと削がなければ……勝利以外を削ぎ落さねば……余計な物を求めるから負けたんだ。あの時の俺も――」

 

 やがて勝利以外の全てを削り、捨て去ろうとしてまで「望む力」を求める今の亮が、吹雪には壊れる寸前の機械のようにも思えた。

 

 ゆえに一抹の希望を抱いて吹雪は問いかける。

 

「ボクとの友情も不要かい?」

 

「ああ、不要だ」

 

「……少し悲しいな」

 

 親友であることすら、人との輪すら削ぎ落す亮の即答する姿に吹雪は悲し気な表情を見せるも、亮は何処までも冷徹だった。

 

「悲しいか? なら忘れろ。お前も俺のことを捨てれば良い。俺は勝利以外の全てを削ぎ落さなければならないんだ。分かってくれ――いや、理解など必要ない。そうしなければ俺は……俺は……!!」

 

――俺はまた失う。

 

 いや、冷徹に()()()()()()()()。親友の為に、師の為に、亮は全てを捨て去った先の心なき力を求めている。

 

 だが、親友をそんな冷たく寂しい世界に吹雪が送り出せる筈もなかった。

 

「侮って貰っちゃ困るよ――ボクはこう見えて粘り強さが自慢でね!」

 

 ゆえに藤原の想いを受け継ぐように彼のデュエルディスクを手に取った吹雪の宣言に、亮は嫌悪にも似た忌々しい視線を向けながら、喉の奥から絞り出すように告げる。

 

「なら次はお前だ、吹雪」

 

 もう目障りで仕方がない(己のことなど忘れてくれ)、と。

 

「勿論さ!! ボクの全てをキミにぶつける!!」

 

「煩わしいな、吹雪――俺に変わらず接し続けるお前の優しさが!!」

 

「――うっっっっるッさい!!」

 

 しかし、此処で沈黙を守っていた第三者こと小日向の苛立ち気な大声がフォース生徒様に一室に響いた。

 

 当然の話だが、此処はフォース生徒の為のデュエル場兼、授業スペース――つまり、小日向や、未だに寝ているもけ夫もいる空間である。

 

 ゆえに、今までの藤原と吹雪、亮とのやり取りは小日向と、一応もけ夫も強制的に聞かされている立場だ。

 

「全て断ち切って――なんだ、小日向」

 

 だが、特にその辺りを気にしない亮は、吹雪とのやり取りに割って入る形になった小日向にも変わらず冷淡に接するが――

 

「手痛い引き分けして落ち込んでたっぽいから、そっとしといてあげたけど――いい加減、我慢の限界だから、言わせて貰うわ!!」

 

 当の小日向は、ズカズカと近づいて亮の心臓部めがけて人差し指で文句と共に突きながら「うるさくて集中の邪魔」と真っ当なことを告げる。

 

「さっきからアレコレ煩いのよ!! 暑苦しいは喧しいは、青春ごっこなら私がいない時にして!!」

 

「ふん、ならお前が相手になるつもりか?」

 

「は? なんで?」

 

「お前も俺の在り方を否定したいんだろう? もう俺に仲間は必要ない。俺の邪魔をする全てが不要だ。煩わしい。全て捨てなければならないんだ。俺が勝利()()を手にする為に!!」

 

「違うんだ、亮! ボクたちはキミを否定したんじゃない! 危ぶんでいるんだ!! 勝利に憑りつかれた先に、マスター鮫島は本当にいるのか!?」

 

 しかし、その結果として小日向に狙いを変えた亮が禍々しい闘志をさらけ出す中、庇うように前に出た吹雪は己の主張をぶつけて見せた。

 

 誰がどう見ても、全てを捨て、削ぎ落して勝利と言う記号を求める亮の在り方は破滅的すぎる。

 

「キミが目指した先は本当にそうだったのかい? ボクにはキミが無理に強がっているようにしか見えない!!」

 

「はぁ? ようは『勝ちたい』って話でしょ? そんな誰でも思ってる話に小難しい理屈つけてんじゃないわよ。馬鹿なの?」

 

「そう! 俺は自分をごまかすのを止めた! 勝利()()が全て!! 他には何も望まない!」

 

 だが、そんな中でも小日向が馬鹿でも見るような目で亮を見やるが、当人はその辺りの侮蔑的な意味など全く気付いた様子もなく、力強く新たな己の姿を語って見せる亮。

 

 亮と小日向の思考パターンは致命的なまでにズレていた。

 

「そんな訳ないじゃない」

 

「……なんだと?」

 

 ゆえに、己の在り方に終始呆れた姿勢を見せる小日向の姿に亮が今までとは毛色の違う反応を見せるが――

 

「勝利『だけ』あっても意味ないじゃない。さっきから訳の分からない言い合いして、普通に迷惑なんだけど」

 

「俺には勝利だけがあれば――」

 

「――勝ってどうしたいの?」

 

「決まっている!! 勝利を積み重ねた先にこそ真理が宿る! その先にこそリスペクトの境地が見える筈だ!」

 

 問われた「勝った『先』」の話の展望を力強く語る亮だが、小日向はやはり「理解できない」とばかりに溜息を吐いて己の主張を告げた。

 

「……あんまり『こういうこと』言うのアレだけど、アンタがゴチャゴチャ言ってることなんて全部、『勝たなくても』『出来ること』だからね? その辺、分かってる?」

 

 小日向からすれば「勝利」は手段であって「目的」ではないのだと。

 

 なにせ、亮の望みは全て「勝たなくても叶う」代物だ。「勝ち」に拘る理由にはどうしても弱い。

 

「……結局はお前も吹雪たちと同じか。そうやって理解を拒み、俺の行為を――」

 

 だが、小日向の言に終始、突き放すような口調だった亮も――

 

「その境地だかなんだか知らないのが『勝利』の上にあるなら、デュエルキング辺りに直接聞いた方が早くない? 多分、世界で一番『勝利』してるわよ?」

 

「――知った風な口を利くな、小日向ァ!」

 

 勝利の上に理解できる世界(境地)を「勝ったヤツに聞けばいい」との主張は看過できないと怒りを見せた。他者が積み上げた上澄みを横から掠め取って得たものに何の意味がある。

 

「仮にデュエルキングがその境地に立っていたとしても、それまでの過程を無視して『答えだけ』を授かることに何の意味がある!!」

 

「でも、アンタのリスペクトデュエルもマスター鮫島からの受け売りよね?」

 

「違う! 違わないが、そうじゃない! 授かった教えを受けて精進することに意味が――」

 

 だが、小日向の真っ当な理詰めに、亮の怒りは矛先を見失うこととなる。

 

「なら、デュエルキングから『境地』を教わって、その先を目指して精進した方が良いんじゃない?」

 

「――ッ!? だ、だが、あの時! 俺にアモンを倒す力があれば、コブラ校長を退け、かつての学園の在り方に沿った形で改革を行えた筈だ!!」

 

 そして、効率重視の小日向の主張に亮は、別の「勝利すれば変えられた」話題を出すが――

 

「その『アモン』が誰なのかは知らないけど、アンタがコブラ校長を倒しても、海馬オーナーが出張ってくるだけでしょ。そもそも諸々の問題が起きた以上、責任問題は避けられないから」

 

 そもそも責任者であった鮫島が「責任を取らない」なんて選択肢はない。もしも「デュエルで勝って責任逃れをします!」が出来たとしても、風評までをかき消すことは叶わない。

 

「はい、アンタが勝っても無駄無駄」

 

「無駄じゃない! 俺にもっと力があれば――」

 

「亮……」

 

 そうして手を横に振り「無駄」を強調する小日向へ、亮は一歩前に出る。

 

 そんな捨てた筈の熱が、削った筈の想いが、亮の中に戻りつつある光景に気づいた吹雪が小さく呟く中、その辺りに気づいた様子もない小日向は肩をすくめて続けた。

 

「大体さぁ――マスター鮫島だって、学園に戻る気があるなら、自力で戻って来るわよ。『それ』を『しない』ってことは学園自体に未練がない証拠じゃない」

 

 そもそもマスター鮫島は、学園経営には向いていないが、教育者としては中々だ。アカデミアの教員に再チャレンジする道も選べれば、本校に残る選択肢もあった身である。

 

 サイバー流の師範としての己を優先した為、フットワークの軽い今の立ち位置を選んだのだ。

 

「それにアンタ『勝って』なにを『したい』の? 教えがどうとか、周りがどうとか、学園がどうとか……それって、本当にアンタが『やりたいこと』なの?」

 

 そして何より小日向が理解できなかったのは「亮が何をしたいのか」だ。「勝利」「力」と手段ばかりが先行して、その目的が見えない。

 

「『力なき思想に意味はない』とか何とか言ってたけど、アンタの『思想』ってなに? 『力』『力』ばっかで、その辺が全然見えないんだけど」

 

「なら、お前は何を目指すと言うんだ、小日向!! 勝利を以て何を求める!!」

 

 だが、売り言葉に買い言葉な様子で亮は叫ぶ。言いたい放題を続ける小日向の「目的」はさぞ立派なことなのだろう、と。

 

「賞賛でしょ、お金も欲しいわね。後、地位と名誉に……無茶を通せる立場も捨てがたいけど……」

 

「……………………は?」

 

 だが、顎に手を当て思案する小日向の口から零れるのは、どれもこれもが俗物的な代物ばかり。思わず亮の口がわなわなと震える。

 

 吹雪なら「自分のミュージカルデュエルで世界中の人を楽しませたい」と綺麗な夢を語ってくれるだろう。

 

 藤原なら「自分のように悩んでいる人へ、デュエルで寄り添える人になりたい」と優しい夢を語ってくれるだろう。

 

 しかし、小日向から出てくるのは、まさに「我欲」と言う他ない。等身大の人間らしいと言えば「そう」なのかもしれないが、「ちょっとは隠せ」と思うレベルで亮の周囲では見ないタイプだろう。

 

「一番はやっぱり勝って『スカッとしたい』――これね。勝つの楽しいもの」

 

「ち、違う……」

 

 それゆえか、剥き出しの欲望塗れの答えが理解できぬ恐怖から亮は一歩後ずさる。

 

「そんなの……」

 

 自分と同じフォース生徒。

 

 学園の規範となり、他の生徒を導く存在。

 

 だが、その本質は亮の理想とはあまりにも、かけ離れすぎていた。

 

 ゆえに己と同じ(フォース生)とは思えなかった。

 

「俺が目指す、デュエリストじゃ……」

 

「当たり前じゃない。これは私の『やりたいこと』なんだから」

 

 しかし、小日向は亮の口から出かかった「拒絶」の言葉を「肯定」してみせる。

 

「アンタは勝ってどうしたいの?」

 

 そして問いかけた。

 

 千差万別、多種多様な異なる思想を持つ人間の1人として、亮が何を望むのかを。

 

 それは「誰かの為」じゃない、「己だけの欲望」――汚かろうが、己より欲深くはない筈だと小日向は一歩亮へ近づき、その心臓付近こと「心」を人差し指で突き問いかける。

 

「本当に欲しいものはなんなの?」

 

「俺が……勝つ……のは…………」

 

――俺は何の為に勝ちたかったんだ? 何故、デュエルを……

 

 だが、更に一歩後退った亮には、なにも出てこない。

 

 師範のリスペクトデュエル、リスペクトの境地、サイバー流、皇帝(カイザー)として積み上げて来たこれまで――それら全ての根底には「己ではない誰かの為」に比重を置いたものばかりだ。

 

 デイビットとのデュエルで芽生えた「勝ちたい」の先「勝って叶えたいこと」が出てこない。「勝利」に拘る理由が出てこない。

 

 本来の歴史で亮が辿り着いた結論である「この(デュエルの)瞬間を輝かせたい」ですら極論、「勝つ必要性はない」のだから。

 

 勝利を以て掴む先――「欲望」が彼の中では酷く希薄だった。

 

 

 だが、何時まで経っても返答が来ない小日向が我慢を切らした様子でもう一歩踏み込んで問いかけるが――

 

「大体、アメリカ校との交流戦でも『負けたくない』とか当たり前なこと叫んでたけど、突然どうした訳? それに削るだ何だって、修行僧の真似事なんか始めて……ひょっとしてアレ? 悟りとかそういうの目指してるの?」

 

「当たり……前……?」

 

「は?」

 

「…………当たり、前?」

 

 途端に、呆然と壊れた機械のように同じ言葉を呟く亮に、流石の小日向も「様子がおかしい」と把握した結果――

 

「二人――集合」

 

「う、うん」

 

「急にどうしたんだい、小日向くん」

 

「亮の様子も流石に変だけど……」

 

 吹雪と藤原を招集し、亮から少し離れて小声で意見の交流を行い始める。

 

「(えっ、なに? アイツって今まで『負けたくない』とか考えたことないの? ありえなくない?)」

 

「(いや、ボクにそんなこと言われても……アカデミアの中等部の時から亮は敵なしだったし――なぁ、藤原)」

 

「(うん、でも小学生時代はサイバー流の門弟で、大人に混じってたらしいし、亮も昔は師範とのデュエルで負けも多かったって言ってたよ)」

 

 やがて「負けたくない」感情を「今まで知らなかったっぽい」亮の幼少時を探るが、吹雪も藤原も、亮が「幼少時には敗北の過去が多々あった」ことを把握する小日向だが、だからこそ理解できない。

 

「(なら、そのときに『負けたくない』って普通考えるものじゃないの? なんで、こんなタイミングに急に騒ぎだした訳?)」

 

 その段階で、今回の亮の「変異ヘル化」が起こっていなければ不自然である。高校2年の今になって急に発症したのかが分からない――だが、吹雪が一つの仮説を立てた。

 

「(……それなんだけど、同年代との敗戦経験が殆どないんじゃないかな? 厳格な道場って話だったし、アカデミアの入学後もボクたちとのデュエルでは勝ち越しているだろう?)」

 

「(そうか! リスペクトを重んじる亮は『負けた悔しさ』よりも『なんて凄いデュエリストなんだ』って尊敬の念が先に来ちゃうんだ)」

 

「(あ~、大きめの挫折を一切知らずに此処まで来た訳ね……)」

 

 そうして仮説の解答を引き継いだ藤原の声に、小日向も納得の色を見せた――敗北を(あんまり)知らぬ天才だったゆえの悲劇(騒ぎ)なのだと。

 

「俺は……自分の弱さに向き合えていなかったのか? サイバー・ドラゴンへのリスペクトを忘れて、己の弱さの言い訳にしていたのか?」

 

 だが、当の亮は遅ればせながら己の過ちに気づいた。己の欲望の方は今もからっきしだが、デュエルのこととなれば、亮の頭脳は極めて察しが良い優秀さがある。

 

 

 人は、負けた時にこそ己が試される。

 

 

「――うっぁぁああああぁぁああぁあああああああッ!!!!」

 

 

 ゆえに、天に轟く勢いで亮は叫びを上げた。そのあまりの声量にビクリと肩が跳ねる3名。

 

「亮!?」

 

「どうしたんだい!?」

 

「こ、今度はなに!?」

 

 そうしてヒソヒソ話し合っていた吹雪、藤原、小日向が亮の方を慌てて視線を戻せば、グングンと自分たちの方へ向かって来た亮が、小日向の肩へガシリと両手で掴んで叫ぶ。

 

「――小日向! 俺をぶってくれ!!」

 

「――急にどうした!?」

 

 そして小日向の理解が追い付かぬ中、吹雪と藤原が亮を落ち着かせようとするも――

 

「亮! レディに乱暴はいけないよ!」

 

「そうだよ、亮! まずは落ち着いて!!」

 

「俺は……!! 俺は!! 自分が許せない!! 師範より教わったリスペクトの本当の意味をはき違え!! リスペクトを! 己と向き合う機会から逃げてしまったんだ!!」

 

 己の行為を恥じた亮の勢いは止まらない。

 

 亮は今の今まで「負けて悔しい」――つまり「敗北へのリスペクト」を本当の意味で理解できていなかった。だからこそ、己が「敗北」した時、取り乱した。

 

 普段から「敗北をリスペクト」していれば、受け止めることが出来た筈だというのに、己の番が回って来た途端に、亮は「敗北をリスペクト」することから逃げる為に、「勝利」を求めた。

 

「自分が許せないんだ……!! 敗北にこそ向き合うべきだった……! 敗北こそをリスペクトするべきだった……! なのに、俺はそのことから逃げた……!! 逃げてしまったんだ……!!」

 

 向き合うべきだった「敗北へのリスペクト」から逃げ回り、「勝利をリスペクトすること」に逃避した。「負けたくない」――全てのデュエリストが抱えている問題から亮は目を背けたのだ。

 

 こんな有様で何が「リスペクトデュエル」だ。何が「リスペクトの境地」だ。

 

「お、おう」

 

 だが、小難しい高尚な理屈を好まない小日向からすれば、今の亮にある溢れんばかりの熱量を前に空返事を返す他ない。

 

「だから、ぶってくれ小日向!! 俺を! こんな俺を罰してくれ!!」

 

「――訳分かんないんだけど!!」

 

 しかし、「だから己を殴れ」との青春映画の真似事染みた結論に繋がる理由は、さすがの小日向も理解し難い。そもそも当の小日向は両肩を掴まれているので、殴るには不適切な姿勢だ。

 

「小日向くん! 取り敢えず、一旦ぶとう(殴ろう)!!」

 

「はぁ!?」

 

「そうだよ、小日向さん! この際、一回ぶって(殴って)亮に納得して貰おう!」

 

「なら、アンタたちがぶちなさいよ!!」

 

 だが、吹雪と藤原はそんな熱血劇場の決行を打診するも、小日向からすれば最初に言った通り――そういうのは(青春ごっこならば)己のいない時にして貰いたい。

 

「『本気でぶつこと』が重要なんだ! 男女の筋力差でボクたちの場合じゃ亮にいらぬ怪我をさせてしまうかもしれない! だから!!」

 

「それに亮に切っ掛けを与えたのは小日向さんだから、キミがぶつことに意味があるんだよ!!」

 

「い、いやよ! なんか暑苦しいし! そういうのはアンタたちで勝手にやってなさい!!」

 

 やがて、それぞれの暑苦しい思惑が交差するカオスな状況に陥る中、この混沌とし始めた場へ救いの救世主となる者が訪れる。

 

「シニョール亮、マスター鮫島を連れて来たカーラ相談すると――な、何事なノーネ!?」

 

「どうしたんですか、亮!?」

 

「マスター鮫島、お下がりを」

 

 そしてクロノスに同行する形で来た鮫島が驚く中、続いたコブラは来賓の立場である鮫島を下がらせつつ、状況把握の為にこの場で唯一中立の存在――グースカ寝ているもけ夫へ問いかけた。

 

「茂木くん、状況説明を頼む」

 

『もけ~、もけッ! もけけッ!』

 

「う~ん、むにゃむにゃ、そうなんだ~……亮くんが自分のこと許せなくなったから殴って~って、でも小日向さんは嫌だ~って」

 

 さすればコブラの声で目覚めたもけ夫が、精霊もけもけ経由で端的に状況を説明すれば、コブラはズンズンと騒動の渦中の人物である亮へと近づき肩に手を置き――

 

「丸藤くん」

 

「コブラ校長! 俺は――」

 

「歯を食いしばりたまえ」

 

「ぇ――ぼりぅしょぅばぁぁぅと!?」

 

 コブラの拳を受けた亮は、必ず神が貰えそうなCMのように二転三転しながら吹き飛び地面を転がっていった。

 

「 「 亮 ぉ ー ! ! 」 」

 

 その吹き飛びようは、吹雪と藤原が思わず親友の名を叫びながら駆け寄るほどである。

 

 

 

 

 

 

 かくして、顔芸しながら吹き飛んだ亮の状態を確認した後、安静にさせるべくソファに横たえた中、吹雪が心配そうに亮の様子を伺うが、未だ目覚める様子はない。

 

「亮、中々目覚めないね……大丈夫ですか?」

 

「安心したまえ、問題ないように殴った」

 

 しかし戦闘のプロであるコブラが太鼓判を押す中、流石に暴力沙汰は頂けないとクロノスが苦言を呈するも――

 

「校長相手ぇーに言い難いケード、殴っちゃうのは良くないノーネ」

 

「男とは、時に己が許せなくなる時があるものです――全ての責任は私が負います」

 

 己の立場に頓着しないコブラの「亮の気が済むのなら安いモノ」と語る姿勢を告げられれば、クロノスには返す言葉はない。

 

 だが、この中で唯一不満のある小日向が、そんな教師陣のやり取りの終幕を見計らうように手を上げた。

 

「てゆーか、どうして私が介抱する羽目になってるんです?」

 

 殴られた部分の冷却用や、頭を冷やす為の氷嚢の類を己が担当するのが小日向には納得いっていない様子。

 

「王子様の眠りを覚まさせるのはお姫様の役目だからさ☆」

 

「はっ倒すわよ」

 

「申し訳ないが、私も忙しい身でね。クロノス教諭は緊急時いつでも動ける状態でいて貰わねばならない」

 

 やがて、代わる気のない吹雪の戯言を一蹴する小日向へコブラから告げられるのは真っ当な理由。教導の為に呼んだ鮫島を介抱に回す訳にはいかず、音頭を取るクロノスも同様。

 

 そして吹雪は謎の気を利かせてやる気がない。消去法だった。

 

「では、そろそろ失礼させて貰うよ」

 

「鮫島さん!! もう一勝負お願いします! 僕は迷ってしまった人に、道を示せるデュエリストになりたいんです!!」

 

『共に目指しましょう、マスター!!』

 

「目指すデュエリスト像を明確にすることは、とても良いことですね」

 

 やがてコブラが通常業務に戻るべく立ち去る中、最後の一人の藤原も火が付いた様子で鮫島と腕を磨き合う様子を眺めていた小日向だったが、吹雪はその熱に感化されたようにデュエルディスク片手に立ち上がる。

 

「クロノス教諭、二人のデュエルは長引きそうですし、久々にお相手願えませんか?」

 

「構わないノーネ。でもでーも、ライフハンデと手札ハンデを負う以上、手加減は一切しないノーネ!」

 

「望むところです!! ショータイム!!」

 

 さすれば、吹雪もクロノスとのデュエルを始めだした結果、小日向は未だグッタリ眠る亮の憑き物が落ちた顔を余所に、介抱しながらライバルたち(藤原と吹雪)のデュエルを眺めて己の糧とし始めた。

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 だが、そうして全体的に乱雑な介抱が続いたせいか、意識を取り戻した亮の顔の前で小日向は手を振り状態を確認するも――

 

「ああ、ようやく起きたの。思いっきり殴り飛ばされてたけど、ちゃんと見えてる?」

 

「吹雪が……踊っている」

 

「いつもの光景ね」

 

 亮が視界の端で、クロノスの《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の攻撃を《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》と動きをシンクロさせながら躱す吹雪の謎パフォーマンスを映しとれば、先程の暴走が収まったかと小日向は呆れ気味の息を吐く。

 

 やがて、緩やかに覚醒していく意識の中で亮は先の己の行動への謝罪を一先ず小日向に向けるが――

 

「済まない、小日向……世話を、かけた」

 

「なら借りは倍返しで頼むわ」

 

「……勿論だ。それに二人には、二人には本当に酷いことを言ってしまった……」

 

「私は?」

 

「……三人には酷いことを言ってしまった」

 

「『ついで』みたいでムカつくわね」

 

 ドライな小日向の対応の連続に、亮の中で申し訳なさばかりが募っていく。だが、今の亮には明確な答えが何も返せなかった。

 

「だが、分からないんだ。リスペクトが……分からなくなってしまった。俺が今まで信じていたものが何だったのかさえ……」

 

「ああ、そう」

 

 そう、今の亮は己の芯となる部分を見失ってしまった。

 

 だが、そんな亮の悩みに興味なさげな小日向へ、形はどうあれ己の信じていたものを打ち壊した小日向へ、亮はつい答えを求めて問いかけてしまう。

 

「俺は、俺はどうすれば良かったんだ……?」

 

「そんなの私が知る訳ないでしょ――自分で考えなさい。みんな悩みながら手探りでやってんのよ」

 

 しかし、返答は小日向らしい代物だった。徹底的に「自分第一、他は自分に余裕が出来てから」なスタンスは、いつでもブレを見せない。

 

 亮に劣る自覚のある小日向は、悪いが亮に構っていられる余裕はないのだと。

 

「厳しいな、小日向は……」

 

「私は普通よ。あの二人が世話を焼き過ぎなだけ」

 

――本当に、厳しいな……

 

 そうして、亮は見失った己を探すように、再び意識を手放して暫しの間その瞳を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で再び時間は現在に戻り、1年前の亮の過去を話し終えた吹雪はレイへ〆の部分を告げる。

 

「――そうして、亮は自分を構成する今までの全てを、今一度見つめ直すことにしたんだ。そして『自分が本当に目指したものはなんだったのか』、そのルーツを今も一つ一つ確かめている」

 

 今の亮は、全てをゼロから再スタートし、まっさらな大地を進む旅の途中なのだと。「恋」の部分も同じだ。

 

 今まで漫然と知った気になっていた全てを、亮はリスペクトし直している最中なのである。

 

「『恋が分からない』と言った部分も、此処から来ているんだ。今までの固定観念を全て見直しているようなものだからね」

 

「亮様にそんな過去があったなんて……」

 

「さて、そろそろ戻ろうか」

 

 こうして想い人の過去に触れたレイは吹雪に連れられ、本来の目的である見学会の行事の一つ「フォース生徒とのハンデデュエル」の流れに戻ることとなる。

 

 

 

 

 そうして戻った先のデュエル場では――

 

「はい、私の勝ちー! いやー、逆転勝利楽しいわー」

 

「ふーん、次は勝つもん」

 

 亮とのデュエルを終え、次に小日向とのデュエルも終えたレイの友人である月子が敗北をすねつつも、再戦への熱意を見せていた。

 

「次はないわよ。私、直に卒業だから」

 

「じゃあもう一回、デュエルしようよ、お姉ちゃん」

 

「残念、時間切れ――勝ち逃げ嬉しいわー」

 

「えー、ズルって――あっ、レイちゃん。もう大丈夫?」

 

 だが、行事の終了時刻が近い為、勝ち逃げが確定した小日向の冗談めかした煽りを余所に、月子は戻って来たレイの元へとっとこ駆けて心配する中、レイは問題ない旨を返しつつ、近くにいた小日向を見上げて視線を交わす。

 

「……なに? そんなジッと見つめて」

 

「恋のライバル……」

 

 やがて教わった過去の情報から邪推するレイだが――

 

「は? この子、急にどうしたの? 『気分が悪い』からって話で吹雪が面倒見てた子よね。なに、まだ調子悪いの?」

 

「レイくんは、修羅の道から亮を引き戻した小日向くんに激しいジェラシーを覚えているのさ」

 

 当の小日向は吹雪がキラリと歯を光らせる笑みを前に、事情が伺えない様子。

 

「優介、翻訳」

 

「えーと、『恋する早乙女さんは、亮が小日向さんにとられちゃう』って心配し――」

 

「――絶っっっ対にないわ。あんなデュエル馬鹿と恋だの愛だの語り合える気しないんだけど」

 

 だが、他の小学生の生徒たちの面倒を見ていた藤原の翻訳により凡その事情を把握した小日向は強い口調で否定した。

 

「く、食い気味に否定したってことは――」

 

「アンタみたいなのは軽く否定しても勝手に邪推するでしょ」

 

「うっ……」

 

 思わず疑ってしまうレイだが、小日向の言う通り何を言われてもモヤモヤしてしまうことだろう。

 

「星華――あちらの生徒がお前とデュエルしたいそうだ」

 

「な、名前で呼んだ!」

 

 それは例えば、小学生にデュエルを教えていた亮が小日向を呼ぶ、その呼び方一つであったり、

 

「どうしたんだ、レイ?」

 

「早乙女さん、亮は男女問わず大体『名前呼び』だよ」

 

「まぁ、小日向くんを『そう』呼び始めたのは、あの一件の後以来だけどね」

 

「ほ、ほら!」

 

 吹雪が明かしたような、苗字呼びだった筈の相手が、いつの間にか名前呼びになっていた変化だったり、

 

「火に油を注がない――というか、この()が『男女の機微』を理解してると思う?素面で男女問わず『友情』とか言っちゃうタイプよ?」

 

「な、なら約束して! 亮様をとらないって!」

 

「はいはい、指切り指切り」

 

 パンと手を叩き場を収めようとした小日向がレイの要請をアッサリ引き受けて指切りする姿が、余裕の表れに見えてしまったり、

 

「レイくん――恋にモラルはあれど、ルールはないんだよ」

 

「吹雪先輩はどっちの味方なの!」

 

 その指切りすら恋の魔力の前では無意味だと語る吹雪のキザな言葉だったりと、レイを惑わせる材料は溢れすぎている。

 

「勿論、恋する者全ての味方さ」

 

「また吹雪はそうやって――……!」

 

 だが、亮と小日向が学内行事を協力して解決する姿にまでジェラシーを向け始めるまでになったレイの姿に、藤原は流石に吹雪をいさめようとするが――

 

『気付いたかい、マスター。力を行使している精霊の気配だ』

 

――教員の数が増えてる。来賓の初等部の生徒は此処で籠城させるつもりなのか……

 

 己の精霊を知覚する感覚と、オネストの声に、現在アカデミアに何らかの問題が起きていることを察し、険しい顔を見せた藤原へ、吹雪は笑みを浮かべて注意を促した。

 

「ダメだよ、優介――顔をこわばらせちゃ。ほら、笑顔、笑顔」

 

 そう、吹雪がレイをつつくような真似をしてまで、場の雰囲気を明るいものにしようとしたのは、緊迫した様子を見せる教員たちの不安が、見学に来たレイたち小学生組に伝わらないようにする為。

 

「吹雪……キミも初めから気付いて……」

 

――精霊は見えなくても、対応する教員の反応で察したんだ……やっぱり吹雪は凄いな。

 

 ゆえに、恐らくフォース生の中で一番に異常事態を把握した吹雪の「人を見る目」の力に舌を巻く藤原だが――

 

「さぁ、みんな! 次はこのボク――ン~~~~JOIN! とデュエルしようじゃないか!」

 

 事前に制服の下に着こんでいた貴族風の恰好を披露し、ダンスに誘うような所作を見せる吹雪の姿に、内心で頭を押さえる藤原。

 

――……もうちょっと真面目にしてくれれば言うことないんだけどな。

 

 仮に、トラブルが起こっていなかったとしても、全力でフィーバーする気満々だった吹雪の在り方は、いい加減に慣れた藤原を以てしても「過剰」と思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間を少々戻し、場所も「デュエルアカデミア倫理委員会」の本部へ移せば、色々モニターが立ち並ぶ空間にて、椅子の上でダーク黒田がこの世の理不尽を嘆くように牛尾の隣で膝を抱えていた。

 

「どうしてだ、月子……お兄ちゃんはただ、お前のことが心配で……」

 

「いや、『お仕事調査のレポート』っつう要件で、俺ら『倫理委員会』の仕事見る為にアカデミアに来たんだから見学会に同行できる訳ねぇだろ」

 

 初等部の行事でアカデミア本島の学内見学に行く妹、月子を心配して色々手を回してついて来たダーク黒田だが、牛尾の言う通り「別の要件」でアカデミアに来た以上、同行できる筈がないのだ。

 

「同行したいならせめて『教員』って書けよ」

 

 せめて「教員」の仕事見学にしていれば、ついた教員次第では、月子との様子を見る程度は叶ったかもしれない。だが、ダーク黒田は牛尾の主張を「愚か」だと一笑に付す。

 

「フッ、これだから素人は――『教員』では中等部に回されるではないか! この離島に来るには、アカデミア高等部に唯一ある『アカデミア倫理委員会』しかなかったのだ!!」

 

「ハァ~、今時のガキってこんな狡いのかよ……」

 

 普通に考えて「絶海の孤島」にあるアカデミア本島に来るには、「相応の理由」がなければならない。牛尾も感心したように納得の声を漏らす。

 

 だが、そんな中、映像資料の山の中で作業する神崎を指さしダーク黒田は問いかければ――

 

「それはそうと牛尾――アイツは何をしているんだ?」

 

「外部の人間だよ。専門性の高い問題は、ああして専門家に依頼すんの」

 

「ほう、成程……」

 

 牛尾の返答に、用意したレポート用紙を次々に埋めていくダーク黒田。イラストも交えて意外と分かり易い。

 

――レポートは一応ちゃんとしてんだな……シスコン拗らせただけのガキかと思えば、シッカリしてんじゃねぇの。

 

「牛尾くん、少し席を外します」

 

「うっす」

 

 やがて、神崎が携帯電話片手に席を立ち、一室から立ち去る背中を見送る牛尾。

 

 

 そうして、そんな神崎が牛尾たちの前を横切った姿に対し、ダーク黒田は船上でのやり取りを思い出し、軽く牛尾に探りを入れた。

 

――我がイビル・サーチャー(市販の双眼鏡)を一時取り上げた男か……

 

「あの男は何の専門家なんだ?」

 

「……えー、なんて言うか――動体視力?」

 

「……オレが言うのもなんだが、大丈夫なのか此処は」

 

 探りを入れたのだが、牛尾から返って来た答えは「専門家」というにはピーキーすぎる特技だ。「動体視力の専門家」と言われても眼科あたりしか連想できないだろう。

 

 

 しかし、そうして牛尾の話を聞きつつ、倫理委員会の仕事ぶりをレポートに書き出していくダーク黒田が退屈を覚え始める中、そんな退屈を打ち破る気配が――

 

「た、助けてください、倫理委員会の人!!」

 

 倫理委員会の扉を開きながら、慌てた様子でなだれ込んできた。

 

「お前らは、確かオカルトなんちゃらの……寺田坂?」

 

 そんな3名に駆けよる牛尾だが、名前は思い出せない様子。

 

「高寺です!」

 

「向田です!」

 

「井坂です! とにかく大変なんです!」

 

『そうなのよ~、本当に大変なのよん、牛尾の旦那!』

 

 やがてロン毛の眼鏡、小柄の短髪、ぽっちゃり眼鏡の3人のラー・イエローの男子生徒が息を切らす中、この場では牛尾以外に見えないおジャマイエローが警鐘を鳴らす中、牛尾が手を前に出しながら落ち着かせつつ話を伺う。

 

「どうしたよ? 喧嘩でもあったか?」

 

「サ、サイコ……が……」

 

「サイコロか?」

 

「サイコ・ショッカーが来ます!!」

 

『この人の命を生贄にするんですってぇ~!』

 

 さすれば、随分と血生臭い話題が、高寺とおジャマイエローによって告げられた。

 

 

 

 今宵(昼)、ダーク黒田の闇を封じ込めし右腕がうずく。

 

 

 

 

 





カイザーに恋愛フラグ? (ヾノ・∀・`)ナイナイ





Q:ヘルカイザーの浄化を何故に小日向が?

A:カイザーに必要だったのは「敗北へのリスペクト」だと考えた為です。

それを示す存在として、同学年で誰よりも負けず嫌いな小日向が適任でした。

漫画版GXでは、十代に負けて本気で悔しがり、ぷんすかする人ですし。
小日向の素がヘルカイザーみたいなものですし(曲解)





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。