前回のあらすじ
Q:カードの心って?
A:ああ!
件の精霊の鍵の廃棄に対し、涙ながらに抗議の声を上げていたツバインシュタイン博士を無視し、デュエルマッスルによって諸々を粉砕した神崎の姿に膝を突く面々の悲痛な嘆きの声も過去の話となった頃――
ある日のオカルト課にて――
「ダンスにデュエルは関係ないと思うんです!!」
そんな杏子の魂の叫びが神崎にぶちまけられていた。
何を当たり前のことを、と思ってしまいがちだが、この遊戯王ワールドでは「森羅万象、万物全てがデュエル――デュエルモンスターズと関係している」為、残念ながら杏子の主張は極少数派の意見である。
とはいえ、話があまりに唐突過ぎよう。
ゆえに何故、こんなことになっているのかについて少々時間を巻き戻す。
事の発端は杏子が静香と共に北森の元に訪れていた頃から始まる――かなり前で済まない。本当に済まない。
杏子の要件は相談。その内容はKCにある憩いの場の一角にてテーブルの上に並べた杏子が持ち込んだカードを見れば一目瞭然であろう。
「杏子さんのデッキなんですが、もう少し……その、方向性をハッキリさせた方が良いかと……」
デッキ診断だった――静香を通じ、北森と話を付けた模様。
しかし申し訳なさ気にそう告げる北森に杏子は不思議そうな顔を向ける。
「そうなの? このデッキで特に困ったことはなかったんだけど?」
「単純に『デュエルするだけ』なら問題ないと思います。でも……杏子さんの望みである『デュエルのステップアップ』を目指すなら、このままはちょっと……」
「あっ、私は遊戯や城之内たちみたいに『デュエリスト』じゃないから、どちらかというと、ステップアップしたいのはダンサーとしてだし……」
杏子の「困ったことがない」との言葉に他意はない。そもそも杏子は「デュエリスト」と呼ばれる程にデュエルに傾倒していないのだ。再度述べるが、この世界において少数派な人間である。
ゆえにそのデッキも大まかなルールを把握した中で自分の好みのカードを詰め込んだ程度の完成度しかない。
だが、それではデュエルに侵食された世界では何かと不都合であったゆえの相談だった。
「そ、そうでしたね。ですがどのみちデッキの方向性の見直しは必要かと」
「うーん、方向性か……」
「あの……やっぱりこういったお話は私なんかより、デュエルキングである武藤さんの方が良かったと思うんですが……」
こうして相談に乗る北森だが、悩む素振りを見せる杏子が不思議で仕方がなかった。
そもそも身近に「
彼らの関係性を見るに、相談を拒否される心配もないことは明白だ。
しかし杏子は少し恥ずかしそうに頬をかきつつ言い難そうに返す。
「あー、うん……それは分かるんだけど今の遊戯はもう一人の――じゃなくて、友達の為に色々頑張ってるから邪魔したくないのよ」
現在、表の遊戯は闇遊戯の為にアレコレ調べまわっていることが多い。とはいえ、何時もの面々で遊ぶ機会が減った訳ではない。
ただ、そういったときは「みんなと闇遊戯の時間を大切にしたい」との想いがそれぞれにある為、個人的なアレコレは何処か言いだし難かった。
「なら、お兄ちゃんや本田さんたちなら――」
「それなんだけど、城之内のヤツは昔の友達の案内で色んなデュエル大会に顔を出してるみたい――武者修行だって」
ならばと頼れる兄を含めた名を上げる静香だが、此方も此方で忙しい様子。
「本田もそれに付き合ってて、ちょっと頼みにくいのよね」
そう困ったように小さく笑う杏子の胸中には、城之内も「プロデュエリスト」という夢に向かって頑張っている以上、道は違えども夢を追う者としてその邪魔をしたくない想いもあった。
プロデュエリストを目指す者たちの中で切磋琢磨するその姿――フフ……いい眺めだぜ、城之内……
「そうだったんですか……す、済みません、事情も知らずに……」
「お兄ちゃんも、皆さんも、それぞれ用事がありますよね……」
「ふ、二人は全然気にしなくて良いから!? えーと、そう! そういえば静香ちゃんのデッキはどうやって組んだの?」
杏子たちの互いが思いやり合うゆえの葛藤を知らず、無粋なことを――と落ち込む2人の姿に杏子は慌てて話題を変える。
少々以上に強引な話題転換だったが、杏子からすれば自分たちの事情のせいで2人の顔が曇るようなことは好ましくなかった。
そんな話題転換に静香は顎に人差し指を置きつつ、過去の記憶を巡らせる。
「えーと、私はいくつかパックを買って『良いな~』と思ったカードを主軸にするように言われました!」
その言葉通り、初めて購入した数個のパックの中から出た《心眼の女神》と《聖女ジャンヌ》が静香のデッキのルーツだった。他はまばらであった為、割愛させて貰おう。
「そこからルールを教わった後で、皆さんから使わないカードを見せて頂いて、いくつか譲って貰ってから――」
そして師匠たちの教えと、譲り受けた光属性のサポートカードのいくつかを盛り込み、方向性を定め――
「その後でもう1度いくつかパックを買って開いたら、相性の良いカードが手に入ったんです!」
再度、パックを購入したカードによって静香のデッキは凡そ構築されたのだ。ちなみに《アテナ》や《光神テテュス》などのレアカードはこの時、手に入れたものである。後、効果ダメージことバーン連中も。
そう、カードがデュエリストを導いたのだ――これが存外バカに出来ない。
この世界において、精霊などのスピリチュアルな存在は人々の生活の意外と近くにいるのだから――いない時も結構あるけど。
「後は、皆さんと何度もデュエルして微調整を繰り返したんです! でも、皆さんとっても強くて負けてばかりでしたけど……」
「あ~、だから城之内のヤツとあそこまで戦えた訳ね……」
そうして自身のデッキ作成の流れを語り終えた静香に杏子は何処か納得の表情を見せる。
オカルト課のデュエリストは神崎が世界中から才あるものを集めた――といった説明を杏子は受けている為、そんな相手に揉まれれば短期間での成長も頷けなくもなかった。
なおその一人である北森は「自分がスカウトされたのは何かの手違いだと思う」と言ってはばからないが。
「でも変わった方法ね? 最初だし、ストレージみたいな安めのカードを集めるんだと思ってたんだけど……」
しかし杏子としては友人である遊戯――の祖父、双六がゲーム屋を営んでいる為、そこで交流を通して得たザックリした知識から、最初は「ストレージ」こと「格安でバラ売りされているカード」を活用すると考えていた。
ちなみに杏子の場合は自身で買ったパックと遊戯たちが持つカードを分けて貰ったものや、トレードしたもので構成されている為、ストレージとは無縁だったが。
ストレージ――それは思わぬ出会いに巡り合えるかもしれぬ冒険の旅路。
果てはロマンがふんだんに詰まった夢の宝箱。
「それなんですが、『デュエルモンスターズ』ではそういったストレージの類はないので難しいかと……」
「ないの!?」
なんてモノは
そうした残酷な宣告に対し、そういえば「デュエルモンスターズ」に関しては、全てショーケースに仕舞われていたように思う杏子――普段、あまり興味を向けない分野ゆえか、いまいち記憶が曖昧だ。
そ、そんな馬鹿な……との思いがあるかどうかはさておき、北森は説明を続ける。
「はい、ありません――お店側としても、損しかないですし……」
それもその筈、この遊戯王ワールドでは相手に山ほどのカードを提示し、「へっへっへ、ダンナ――これで手打ちでお願ぇしやすぜ」なんてこともある世界だ。そう、悪代官ポジの人にもご用達の代物である。
早い話が「カードの価値」がもの凄く高い。人生を左右しかねない程に――だ。
そんな扱いを受けるカードが格安で売買されることはまずない。
「でも、使い難いカードとかは安くても売っちゃった方が――」
しかし、どうみても「この屑カードが!!」なんて謂れを受けかねない残念な仕様のカードも少なからず存在する以上、その辺りのカードは安いのでは――そう杏子のように思う方もいるだろう。
だが「デュエルが全ての世界」において――そんな常識は通用しない!!
「えーと、詳しい所を省くと、デュエルモンスターズのカードはペガサス会長や名立たる画家や、デザイナーなどの方々がデザインされた『美術品』にカテゴリーされるらしいです」
「美術品!? 絵画でもないのに!?」
北森の説明を額縁通りに受け取れば、世界一金のかかったカードゲームと言えるかもしれない。
実際、レアカードを集めて展示した美術館の存在がある――頭がおかしくなりそうだが、そういう世界だと納得するしかない。
そういった美術館に予告状と共にカードを盗みに現れる猛者もいる程だ――脳が震えざるを得ない。ライフ・イズ・カーニバル!
「はい、ですのでどんなカードでも世界中に買い手がいるので、安売りすれば大損です……店に並べられない類のカードでも、買い手が募る場に卸す方がお店側も潤いますし」
とはいえ、その「買い手が募る場」を工面するのが面倒な為、一般的には遠い世界ではある
ちなみに「構築済みデッキ」なんてものもこの世界にはない――「特定のカードが一定の値段で必ず手に入る」といった状況が売る側にとってよろしくないからだ。
もしも構築済みのデッキが販売され、その中に強力な効果を持つカードや、美麗なイラストのカードなどがあれば、文字通り国家の規模で買いに来る――いらぬ火種しか生まない。下手すると血が流れるレベルだ。いや、マジで。
遊戯王ワールド特有のカード単価の違いが如実に現れた例と言えるだろう。
ゆえに原作シリーズの一つ「GX」にてプロデュエリストのエド・フェニックスも急増デッキを組む際に8パックを購入して40枚のカードを集めていた。
融合モンスターの1枚でも当てればデッキの規定数40枚以上を満たせないことを鑑みればよくデッキを組めたものだ。
「なら欲しいカードとかって簡単に手に入らないのね……」
そんなデュエルモンスターズの世界における世知辛い現実に打ちのめされる杏子――此処でもまたもや「お金」の話である。「地獄の沙汰」ならぬ「デッキ構築」も金次第な状態だ。
しかし何事にも裏技はあるのだ――今回の場合はさして「裏」でもないが。
「でも抜け穴があるんですよ、杏子さん! 『他の人もそう思っている』んです! だから――」
そう静香が、上述した裏技のヒントを零せば――
「……あっ! カードトレーディングね!」
「はい、自分があまり使わないカードであっても、他のデュエリストから見れば必要なカードである――といったことは良くあるので、個人同士でのトレーディングから目当てのカードを探すのが主流ですね」
納得したように手を叩く杏子に北森は注釈を入れる――そう、一般人にとって個人単位のトレードが一番身近なのだ。
「勿論、お金を貯めてお店から買うのも『あり』ですが、経済的に余裕がないと難しいでしょうから」
「あー、だから前もって遊戯たちに『使わないカードを分けて貰う』ように言ってたのね……」
杏子が零した手段、「経験者から使わないカードを分けて貰う」といった方法もある――信頼の出来る相手に限定される方法ではあるが。
魔が差して……な事態によって破壊された友情は……プライスレス。
そうして静香の場合のデッキ作成の流れと、カードの入手のアテも立った中、静香は話を戻すように確認を取る。
「それで杏子さんはデッキをどういう方向に組み直すんですか?」
「うーん、主軸にするならやっぱり《ブラック・マジシャン・ガール》ね! 私がダンスを始めたのもミュージカルの『賢者の宝石』を観たからだもの!」
杏子から語られたのは「己の夢の原点」たるカードの存在。
デッキを組みなおすのならば、この際大きく変えてしまおうという考えのようだ。
だがそんな杏子の明るい声に北森は困ったような表情を見せる。
「ブ、《ブラック・マジシャン・ガール》……ですか……」
「うん、やっぱり私の初心は其処かな! 将来の夢を定めたカードなの!」
「えーと、大変申し上げにくいんですけど……ご予算ってどのくらいありますか?」
「それって、お店で購入するしかないってこと?」
言葉を慎重に選ぶような北森に気にせず杏子は返すが、北森の表情は晴れない。
「はい、人気のカードなので、トレードしてくれる方もおられないでしょうし……」
「それなら留学資金の為にバイトで貯めたお金の一部を――」
北森の説明に杏子が自身の手持ちの予算から留学資金に影響のない範囲の金額を計算するが、それより先に北森が取り出したタブレット端末が眼の前に差し出された。
そこに映るのはお望みの《ブラック・マジシャン・ガール》のカードの姿と――お値段。
「ちなみに最低金額は此方……です」
「へ~どれどれ…………ん? えっ? えーと、ゼロが多くない?」
やがて端末に映るゼロを順番に数えていく杏子だが、既に確認は3度目である。
だがその眼に映る値段は何も変わらない。ゼロが一杯だ――真実とは時として無慈悲である。
縋るような杏子の視線が北森を穿つが――
「い、いえ、少ないです。此処からオークション方式で値段が跳ね上がるので――――前回での落札価格は…………これですね」
だが現実はもっと酷い。「倍プッシュだ……!」どころではない。
北森の手によって操作され、別の画面に切り替わった端末に表示された金額を見た杏子は眩暈に襲われる。
「…………カードの値段よね?」
「はい、カードの値段……です」
「凄いです! こんなに高価なカードがあるんですね!」
頭痛を堪えるように零す杏子に静かに頷く北森――そんな2人を余所に響く静香の感嘆の声が眩しい。
少女よ、これが絶望だ。
《ブラック・マジシャン・ガール》――お高い女である。とはいえ、相応のお値段にはそれ相応の理由があるものだ。
ご説明、お願いします! 北森さん!
「元々、杏子さんが観たミュージカル――『賢者の宝石』から根強い人気があったみたいで……そこに武藤さんがバトルシティにて実戦的に、そして大々的に扱ったことで人気により大きな火が付いちゃった状態……らしいです」
何度でも言おう。《ブラック・マジシャン・ガール》――お高い女である。こんなところで師匠である《ブラック・マジシャン》を超えなくても……
「あー、此処でも結局、お金か!!」
杏子の現実を嘆く声が虚しく響く。
留学の資金・本場でのダンスのレッスン料・海外での生活費etc……なにごとにもお金の問題は付いて回るものだ。
金は天下の回り物であるとはいっても、自分のところに上手いタイミングで回ってくるとは限らないのだ――えっ? 回ってこない? きっと順番待ちのダイヤが乱れているんだよ。
3人の年頃の乙女の会話の内容が「お金」――では、世知辛すぎるゆえか、この場の重苦しい空気を変えるように北森はパンと手を叩き話題を変える。
「な、なら手持ちのカードで方向性を決めていきましょう! 杏子さんのデッキは魔法使い族と天使族が多いので……そのどちらかですね!」
「そ、そうよね! う、うーん、どっちがいいかしら?」
そんな残酷な現実から逃れるように手持ちのカードに視線を向ける杏子と北森を余所に2つのグループに分けられたカードの1枚を手に取り、静香は変わらぬ明るさで提案する。
「私は――私のデッキと同じ天使族なら色々アドバイスもできると思います!」
静香のデッキは「光属性・天使族」をベースにしたデッキゆえに其方への理解は他よりも深い。
天使たちの攻撃で相手を殴りながら、ついでに効果ダメージこと「バーン」にて相手を焼き殺す方向の為、杏子の現在のデッキとはかなり毛色が違うものの「天使族」という部分への理解は他より深い。
「成程ね――玲子ちゃんはどう思う?」
「私は…………魔法使い族の方が良いかと――将来的に《ブラック・マジシャン・ガール》のカードが手に入った時、デッキに組み込みやすいでしょうから」
静香の提案にうんうんと頷きながら北森の方にも意見を求めた杏子に帰ってきたのは今後を考えてのプラン。
杏子の夢の起点であった《ブラック・マジシャン・ガール》が手に入るかどうかはさておき、同じ「魔法使い族」のデッキであれば種族間のシナジーは強い方だろう。
手に入るかどうかはさておき……ね? 希望を持つのは自由だから。えっ? 希望は奪われるもの? なら、奪い返せば問題ないさ。
「そっかーどっちにするべきかしら……」
「ダンサーの皆さんってどんなデッキを使っているんでしょう?」
「わ、私には分からない世界です……」
2人の提案それぞれが魅力的に映る杏子が悩む中、静香と北森が杏子の「ダンサーを目指している」ことから突破口を探るように視線を向けるが――
「いや、私も知らないけど」
杏子とてそんなことは知りようもない――繰り返すが、彼女はそこまでデュエルモンスターズに傾倒している訳でもないのだ。デュエリストに関する情報はさして多くは所持していない。
そうして手詰まり感溢れる三者三様に悩まし気な様相をかもす中、北森がハッと閃く。
「うーん、此処は神崎さんに相談してみましょう! 仕事柄、こういったことに詳しい方ですから」
自分の変り者の上司は
とはいえ、全世界をデュエル中心の社会にするべく、あれよあれよと燃料を直注ぎしているヤツなので、詳しくて当たり前なのだが。
諸悪の根源じゃねぇか。
そうして本日分の仕事も終え、暇潰しとばかりに将来分の仕事をせっせとこなしていた諸悪の根源こと神崎に連絡を入れる北森――社畜ェ……
そうして会合の場を整え、かくかくしかじかサラッとパッパな具合で今までの経緯を話し終えた杏子は大きく肩を落としながらボヤく。
「もう一人の――じゃなくて、私の友達の一人がもうすぐ遠くに行っちゃうので、その前に私のステージの一つでも見せて上げたいんです」
その杏子の説明に「もう一人の遊戯こと闇遊戯のことだろうな」とは思ってはいるが、態々追及することでもない為、聞きに徹する神崎。
「それで色々オーディションを受けたんですけど、何故か、『デュエル』することが多くて……」
「そこで躓いてしまうことから、デッキの見直しですか……」
だが杏子はデュエル社会の荒波に呑まれている様子――目の前で相談に乗る男が荒波を津波レベルに増幅させている諸悪の根源の大部分の担い手と知ればどうなるのやら。
「でも――」
「でも?」
「――ダンスにデュエルは関係ないと思うんです!!」
そうして最初の問答に辿り着いたのだ。ようやくである。
そして杏子の言う「ダンスにデュエルは関係ない」――普通に考えれば当たり前のことである。
ただ遊戯王ワールドでは「おいおい、その言葉――本気か?」と逆に心配されるが。
「そうですね」
「あっ、すいません。変なこと――って神崎さんもやっぱり変だと思うんですか!?」
しかし神崎が返した短い言葉の内容にハッと気づいた杏子は驚愕の瞳で神崎を見やる。
杏子の神崎の職業への認識は「医療やら、デュエルに関するアレコレの仕事をしている人」の為、なんでもかんでもデュエルに繋げることに違和感など持っていないと思っていたのだ。
なおその実態は――病魔を実体化させデュエルで倒す『デュエル施術』なんてぶっ飛んだものを作ったりしているポジションにいる頭おかしいヤツらを率いている立場だが。
だがそんなことなどおくびにも出さずに神崎はお客様対応で杏子の相談に乗って行く。
「はい、私は『おかしい』とは思っています」
「やっぱりおかしいですよね!! 大体ダンスのオーディションにデュエルなんて関係ないのに、いつも『デュエル審査』なんてのがあるし! 面接で『好きなカードはなんですか』って質問も意味不明だし!」
思わぬ援護に今の今まで溜まり溜まっていた分がドサッと流れ出る杏子の言葉の弾丸に神崎は嫌な顔一つしない。むしろ申し訳なさと罪悪感が凄い。
「心中お察し致します」
だが残念! 誠に残念ながら遊戯王ワールドでは「普通」のことだ。
「ですが『そういうもの』と思って流せるようにしておいた方が、なにかと楽ですよ」
「うっ、やっぱりそうなんだ……」
「事を荒立てても何も良いことはありませんから」
そんな「普通」の流れに逆らったとしても、待つのは徒労である――率先してその流れことビッグウェーブを煽っている神崎に言われたくはないだろうが。
「でも、どうしてデュエルするんですか? ダンスには関係ないように思うんですけど……」
そんな杏子の素朴な疑問に神崎は一般的な答えを示す――「遊戯王ワールドだから」とはさすがに言えない。
「『デュエルから人となりを見る』といった側面からになりますね。既にメジャーな考え方でカードへの姿勢、プレイング、デュエル中の態度などから相手の人物像を読み取ることが出来るとのデータもあります」
デッキはデュエリストを映す鏡――などと揶揄される程に、デッキは使い手以上に雄弁にその内面を語る。
マッドサイエ――もとい、ツバインシュタイン博士たちが出したデータになるが。
「私にダンスのアレコレは分かりませんが、『デュエルには表現の幅を広げる効果もある』とのデータもありますので、あまり突っ撥ねてしまうと真崎さんの可能性を狭めてしまうことになるかと」
郷に入っては郷に従えといったヤツである――神崎は慣れた。というか、慣れないと仕事にならない。頭がおかしくなりそうな世界である。
「そ、そうなんですね……デュエルか~」
そう悩まし気な声を漏らす杏子。
ダンスの勉強はしていてもデュエルの勉強はそこまでな杏子にとって手痛い問題であろう。
そんな中で静香がおずおずと手を上げ、少しでも杏子のプラスになればと問う。
「ダンサーの皆さんってどんなデッキを組むんですか?」
「特に『ダンサーだから』といった区切りはあまり見受けられませんでした。皆様、思い思いのデッキを組んでおられたので」
とはいえ、「ダンサーだから踊りに関係するモンスターを使うぜ!」なんてことはないので、あまり参考にはならないが。
中には「見よ、華麗なるドラゴンの舞いを!」なんて猛者もいる為、本当に参考にならない。
「あっ! デッキを複数組んでいた人は――」
「確かにデッキを2つ組むという選択肢もありますが、金銭的な問題から片方がおざなりになってしまう可能性が高く、あまりお勧めはできません」
杏子が「突破口になるかもしれない」選択肢を上げるも、神崎からすれば逆にマイナスが大きいことを提言する。
「真崎さんは『ダンサー』を目指しておられる以上、『デュエル』に関することは極力身軽にしておくに越したことはないかと」
デッキに意識を向けすぎるあまり、ダンスの方が疎かになれば本末転倒だ。
さらに複数のデッキを持ち、どちらもおざなりになってしまった場合、試験官に「どっちつかず」、「優柔不断」などの悪印象を抱かれかねない危険もある。
「うぐぐ……うーん………………あのー、神崎さんはどっちが良いと思いますか?」
やがて暫くうんうん悩まし気な声を漏らしつつ考えを巡らせていた杏子は思考放棄気味に神崎からの回答を欲した。
神崎なら恐らく「正解」を知っているのではないか、との杏子の予想だ。断じて頭おかしい世界について考えるのが面倒になった訳ではない。
「そうですね……相談したことを判断材料にするのは構いませんが、やはり最後の決断は自身の心に従うのが一番良いと――そう、私は思っております」
だが神崎は何処までも「杏子の意思」を尊重させる。
ハッキリ言って「高校卒業から本格的なダンスを習い始める」状態である杏子が夢へと進む先は茨の道だ。
原作知識からの「オーディションに落ち続けている」との情報から才ある身とも考えにくい。
ゆえにその夢を叶えられる可能性はそう高くないと神崎は見ている。ならば神崎に出来るのは「せめて後悔だけは無いように」との配慮くらいだ。
「とはいえ、『片方を選び、もう片方を捨てる』という話でもないですから、あまり重く考えない方が良いかと」
言ってしまえば「片方を選び色々試行錯誤したが、しっくりこなかったのでもう片方も試してみよう!」でも良い。どっちつかずに気を付ければ良いのだから。
金銭的な問題は規定したラインを予め作っておけば早々表面化しない。
そんな「重要な選択を他者に委ねると後悔することが多い」ニュアンスを匂わせた神崎の言葉に杏子は頭痛を堪えるように悩まし気な表情を作った。
やがて一先ず軽く2パターンデッキを作って試しにデュエルしてから決めるとの結論に至り、デュエル場へと向かう3人を見送った神崎は小さく息を吐く。
「ああやって、ワイワイしている時が一番楽しいんでしょうね……」
だが、そんな神崎の声は誰にも届かない。
そんな杏子たちとの会合も過去となったあくる日、予定されていた他社との会合の場に慌てた様子を見せながら入室していた。
「遅れて申し訳ありません。移動中に積乱雲に巻き込――足止めを受けたもので」
今回の取引相手はシュレイダー社を懇意にしている会社の一つであり、この会社から神崎がシュレイダー社に拒否られまくっていた儲け話を持っていけたら――といった目的があった。
もう止めて! ジークのライフはゼロよ!
その取引相手は海千山千の初老の男性であるとの情報からボロを出してはいけないと気を引き締めていた神崎だが――
「やあ」
そう気安さを出しながら声をかけるのは優雅に紅茶を嗜む水色の長髪にオッドアイを持つ白い法衣に身を包んだ男。
神崎はおろか、この会社とも縁もゆかりもない人物である。
――え?
だがその外見を神崎は「知っていた」。忘れる筈もない超危険人物。
そのオッドアイの男はカップをテーブルに戻しつつ、気品すら感じる動きで神崎に着席を促す。
「こうして顔を合わせるのは初めてになるな。まずは挨拶といこう。私は『ダーツ』。パラディウス社の総帥を――」
「――ッ!?」
そんな対話の姿勢を見せるオッドアイの男――パラディウス社の総帥であり、オレイカルコスの神の復活を目論むダーツの言葉など全て無視した神崎はドアノブに手をかける。
今、神崎にあるのは速やかにこの場を離れることだけ。明日への逃亡である。
しかしドアノブは動かず扉としての役目を決して果たさない。
「無駄だよ、此処周辺は結界で覆わせて貰った。逃げ――」
既にこの場を支配しているダーツからすれば、扉を開いて逃げようとする神崎の行為は無駄そのもの。
だが真実は少し違う。神崎がドアノブに手をかけたのは「支点」にする為だ。何の支点だって? そんなものは――
神崎の腕がメキメキと音を立ててマッスルが解放されていく姿を見れば、説明は不要である。
そしてすぐさま神崎の拳が色々と置き去りにしながら振りかぶられた。
「…………やれやれ、此処は少々語らいには適さないようだ」
だが、その拳が扉を守る結界に接触し、砕く前に呆れた様子を見せたダーツは神崎を見ながら『虚空に手の甲をかざす』。
「起動」
周囲に光が眩ぐ。
原作ではあまり詳しく語られていないカード事情ですが
カードが財産な世界観ですので、今作ではこんな感じを想定しております。
ストレージを発掘しながら少しずつバージョンアップしていく感じもオツなのですが……( ̄へ ̄; ムムム…
代わりに「全人類デュエリスト」と言っても過言ではない世界ですので、
トレードの相手に困ることはないかと――コミュ力や交渉力? ハハッ!(目泳ぎ)
そしてサラッとドーマ編のボス、ダーツ登場。唐突ながらにドーマ編開始です。
此処からダーツ様の華麗なる逆転劇が繰り広げられるで!(フラグ)