マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
正義の味方 カイバーマン「おのれ……守備表示であればあのような攻撃……!!(守備力700)」




第130話 罪

 

 

 デュエルの決着が付き、ソリッドビジョンが消えていく中でモクバは両腕を天に突き上げる。

 

「あー! 負けちまったぜいー!」

 

 その身に染みわたる悔しさに歯噛みするモクバに歩み寄りながら神崎はにこやかに接する。

 

「危ないところでした……モクバ様は本当に初心者ですよね? とてもそうは思えない……」

 

 互いのライフはギリギリだったと、少しばかりオーバーに話す神崎の姿にモクバは嬉しそうに鼻を鳴らす。

 

「へへっ、まぁな! これも乃亜が色々教えてくれたお陰だぜい!」

 

「モクバ様はデュエルを始めて間もないというのにこの実力――きっと私など直ぐに追い抜かれてしまいますね」

 

 そう返す神崎の言葉は、偽らざる本音だった――あっという間に追い抜かされそうである。

 

 それもその筈、相手の弱点を突くスタンスを崩した神崎の実力は大きく落ちる。その為、純粋な実力差は直ぐに埋まりそうだった。

 

「そんなことないぜい! 神崎も頑張ればもっと強くなれるさ!」

 

 そう元気に返すモクバだが、神崎としては差を感じられずにはいられない。

 

――頑張れば……か

 

 この世界に生を受け、それなりに年月を重ねた神崎がデュエルに費やした時間はかなりのものだ。

 

 身体を鍛え、心を鍛え、デュエルの腕を磨き、知識を蓄え、デッキと心を通わせようと死に物狂いでやってきた。

 

 

 その積み上げてきた神崎の年月は「相手の弱点を突く」ことを止めただけで、始めたばかりの初心者のモクバにあと一歩まで追い詰められる程度。

 

「そうですね。私もモクバ様のように精進しないと」

 

 モクバの才を差し引いても今の神崎には乾いた笑いを隠すことしか出来ない。

 

「でもさ、神崎のデッキって変わってるよな! 俺の周りじゃあんまり見ないタイプだぜい!」

 

「そうでもありませんよ。プロの世界には色んなデュエリストがいますので、私など大したものでは……」

 

 モクバが話題を変えた声に神崎は否定をいれる。

 

 先の神崎のデッキは攻撃力の低いモンスターが多い、所謂「ロービート」に近い構築である。

 

 だが今の時代は高い攻撃力を持ったモンスターや、カードの効果で攻撃力を高めて攻め込む「ハイビート」が主流だ。

 

 ゆえに珍しいと評したモクバだが、世界的に見れば決してそういった訳ではない。少し外に目を向ければ自然と目に映る程度には存在する。

 

「うーん、そんなことないと思うけどなぁ……」

 

 神崎の否定に腕を組むモクバ――いや、モクバのデッキの方がよっぽど珍しいのだが……

 

「じゃぁさ、神崎! なんで『クリボー』を使おうと思ったんだ?」

 

 何気ない問いかけだった。

 

 この問いを取っ掛かりに話題を広げ、神崎の人となりを知ろうとしたモクバの何でもないような問いかけに神崎は答えない。

 

 

 仮面が剥がれるように神崎の顔から表情が消えていく。

 

「神崎?」

 

 モクバが初めて見る顔だった。

 

 だがそれも瞬きの間に消えうせ、先程のことなど無かったように神崎はいつも通り、にこやかに対応する。

 

「――ああ、理由ですね。そんな大した理由じゃありませんよ」

 

「どんな!」

 

 神崎に対して身を乗り出すモクバ。きっとそこにはモクバが求めていたものがあると信じるが――

 

 

「最初に手にしたカードだった――ただそれだけです」

 

 

 しかし神崎から語られた内容はあまりに普通な理由だったが、モクバには神崎が嘘を吐いているようには見えない。

 

「へぇ~、そうなのかー」

 

 何かあると思ったモクバの予想を裏切った結果だが、元よりモクバにも分かる筈もない。

 

 やがて緊張していた身体の力を抜きつつモクバは続ける。

 

「でもなんか意外だな! 神崎って、ペガサスとデュエルモンスターズを作ったんだろ?」

 

「いえ、とんでもない――最後にルールなどに関していくつか話した程度です」

 

 そのモクバの言葉は正確ではないと訂正する神崎――全体から見れば神崎の関わった範囲など大した量ではない。

 

「でもさ! あのペガサスと関わりがあったら、何ていうか『もっと凄いカード』を最初に手にしそうなもんだけど――あっ、『クリボー』たちが凄くないって訳じゃないぜい?」

 

 とはいえ、モクバは身振り手振りを交えながら続ける。

 

 様々な立場を持つ神崎が最初に手にしたカードが、レアカードとは言えないカードの『クリボー』であったことは――

 

「そんな状況で手にした『クリボー』たちって、こう、えっと、運命的じゃねぇか?」

 

 逆に凄いのではないのかと。

 

 しかし神崎からすれば「凄い」とは言えない。()()()()()()()()、神崎はそれらのカードを取り寄せたのだから。

 

「…………そんなことは――いえ、そうかもしれませんね」

 

 だが神崎は息を吐いて小さく笑う。

 

 

 小銭を握り締めて店に行き、購入したパックから初めて手にしたカードを「運命」というには些か安っぽいように感じたゆえに。

 

 

 

 

 そんな感慨を余所に今度はモクバに問いかける神崎。

 

「そう言えば――『デュエルを通じて分かり合えました』か?」

 

 その神崎の問いかけに僅かに首を傾げたモクバが今思い出したとばかりに慌てて零す。

 

「えっ? あっ! えーと、どうだろ……最初から最後まで普通にデュエルしてたから、そんなこと考えてなかったぜい……」

 

 当初の目的を完全に忘れてただデュエルを楽しんだだけのモクバは「しまった」と頭を抱えるが――

 

「デュエルが楽しめたのなら、それが一番かと」

 

 それは「神崎にとっての正しいデュエルの在り方」だと笑って見せる。

 

 不要なしがらみなど背負うものではないと。

 

「うーん、それは、そうだけど……」

 

 しかしモクバの目的はデュエルを通じて神崎の人となりを知ることである為、残念そうに息を吐くが、そんなモクバの何とも言えぬ表情に神崎は腕時計を見つつ返す。

 

「では私はこれでお暇させて貰います――お帰りになられた海馬社長ともデュエルなさるのでしょう?」

 

「おう! 兄サマは強いからな! 兄サマから託された《正義の味方 カイバーマン》に恥じないように兄サマが帰ってくる前に乃亜とデッキを見直すぜ! 今のままじゃダメだろうからな!」

 

「ご健闘をお祈りしておきます」

 

 モクバの宣言に軽い声援を送った神崎は踵を返し、KCを後にしようとするが――

 

「あっ! でもちょっと分かったことがあるぜい!」

 

 そんなモクバの声に神崎は足を止める。

 

「おや、何でしょう?」

 

「神崎! お前って結構――」

 

 立ち止まり顔だけ振り返った神崎にモクバが告げたのは――

 

 

「――『意地悪』だろ!」

 

 

 なんとも反応に困る主張。

 

「フフッ、どうでしょうね」

 

 ゆえに小さく笑ってそう返した神崎はその言葉を最後にKCを後にした。

 

 

 

 

 例えその仮面を外そうとも、その顔は誰にも見えはしない。

 

 

 絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配のないビルの頂上にてデュエルに興じるパラドックスとギース。

 

 そのパラドックスのフィールドにはフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の不気味な光を放つビル群が立ち並び、永続罠《便乗》が発動されていた。

 

 そしてその只中に浮かぶのは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の翼と頭にパラドックスの仮面のような黒と白の文様が奔る仮面が装着され、『Sin(シン)』化させられたドラゴンの姿。

 

Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 これこそがパラドックスのデッキ。

 

 数多の時代を渡り、強力なモンスターたちを集め、その全てを『Sin(シン)』モンスターと化すことで己が力とした究極のデッキ。

 

「これ程までに容易く最上級モンスターを……」

 

 そう驚愕の声を漏らすギースの言う通り、対となるモンスターを除外するだけで容易く呼び出された『Sin(シン)』モンスターの奇襲性は中々に厄介だ。

 

「しかし、お前の《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を装備した私の《サクリファイス》がいる!!」

 

 だがギースには相棒たるカード――翼とかぎ爪を持ち上半身だけで浮かぶギョロリと一つ目の眼球が伸びた緑の身体に白い骨格のような模様が奔るモンスター、《サクリファイス》がフィールドに佇む。

 

 その羽には《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を『Sin(シン)』化させたモンスター、《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が捕らえられていた。

 

《サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

攻2400 守2000

 

 《サクリファイス》の力は相手の――パラドックスのモンスターを1体のみ奪い、己の力とするもの。

 

 そんな《サクリファイス》を前にしてもパラドックスの余裕は崩れない。

 

「だが攻撃力は此方が上だ――行くがいい、《Sin(シン)青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》! 滅びのバーストストリーム!!」

 

 《Sin(シン)青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の口元から滅びのブレスが放たれ、

 

「迎え撃て、《サクリファイス》! 幻想(イリュージョン)・メガフレア!!」

 

 《サクリファイス》の眼球から《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》より奪った力によって黒き炎の砲弾が放たれた。

 

 だが、その黒き炎も白き滅びのブレスに押し込まれて行く。

 

 そして黒き炎を消し飛ばし、滅びのブレスは《サクリファイス》を滅さんと迫るが――

 

「まだだ! 《サクリファイス》は自身の効果で装備したモンスターを身代わりにし、戦闘破壊を免れる!」

 

 その前に《サクリファイス》の開いていた翼が盾の様に前面に閉じられた。

 

 盾となった翼にうごめくのは《サクリファイス》に吸収された《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿。

 

サクリファイスシールド(生け贄の盾)!!」

 

 やがて滅びのブレスが《サクリファイス》に着弾するが前面に押し出された翼に囚われた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が盾となり、《サクリファイス》に傷一つない。

 

「だがダメージは受けて貰う!」

 

 しかしパラドックスの声と共に爆散した《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の衝撃が実際のものとなってギースを襲うが――

 

ギースLP:2500 → 1900

 

「だとしても! 《サクリファイス》が自身の効果でモンスターを装備した状態で発生した戦闘ダメージは相手も受ける!!」

 

 仲間に討たれた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の無念がパラドックスを襲った。

 

「チィッ!」

 

パラドックスLP:4000 → 3400

 

 特殊な力を持つカードの攻防により実際の衝撃となって襲う痛みに舌打つパラドックスにギースの声が届いた。

 

「装備された《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が墓地に送られたことで、《サクリファイス》のステータスは元に戻る」

 

 翼に捕らえていた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》がいなくなったと共に、翼を広げていく《サクリファイス》。

 

《サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻2400 守2000

攻 0 守 0

 

 ステータスは下がったが、これで《サクリファイス》は新たにモンスターをその身に吸収することが出来る。

 

「存外粘るようだが、キミの手札は既に0。敗北は時間の問題だ――私はカードを3枚セットしてターンエンド」

 

 だがパラドックスの言う通り、今のギースの手札は0。さらに《サクリファイス》で《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸収しても、3枚のリバースカードが立ちはだかる。

 

 そして次のターンには新たなSinモンスターが呼び出されることは明白。

 

 ゆえにギースの窮地は未だに脱してなどいない。

 

「ならば私のターン! ドロー!」

 

 しかしギースは怯まずカードを引く。己に迷うだけの余裕はないと。

 

「良いカードは引けたかね?」

 

「私は《サクリファイス》の効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体をこのカードの装備カードとする!!」

 

 パラドックスの挑発を余所に宣言したギースの声に《サクリファイス》は腹にぽっかりと空いた穴がうごめく。

 

「ダーク・ホール!!」

 

 そして《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸収すべく吸い込むが――

 

「無駄だ――チェーンしてカウンター罠《無償交換(リコール)》を発動。キミの発動したモンスターの効果を無効にし、破壊する!」

 

 《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の口から放たれたブレスが吸い込まれ、予想外のものを吸い込んだ《サクリファイス》は身体の状態を崩し、爆散する。

 

「ぐっ!? 《サクリファイス》!!」

 

「だが、キミはカードを1枚ドローすることが出来る――さぁ、カードを引きたまえ」

 

 己が相棒たるモンスターを失ったギース。

 

「……くっ、ドロー」

 

「そしてキミがドローフェイズ以外でドローしたことで、発動済みの永続罠《便乗》の効果で私はカードを2枚ドロー」

 

 そればかりかパラドックスの手札を充実させる結果すら生んでしまった。

 

「キミの語る力など所詮この程度――『救われた己が手を差し伸べる側になればいい』だと?」

 

 成す術のないギースにパラドックスは高らかに宣言する。これが限界だと、そんな力では未来など救えないのだと。

 

「そんなものは絵空事に過ぎないのだよ」

 

 そう呟くパラドックスには世界を救う為にはどんな手段ですら厭わない覚悟があった。

 

 

 

「それはどうだろうな!」

 

 だがギースとて何の覚悟もなしにこの場にはいない。

 

「なに?」

 

「速攻魔法《サクリファイス・フュージョン》を発動! 手札・フィールド・墓地の融合素材モンスターを除外することで、『アイズ・サクリファイス』融合モンスターを融合召喚する!!」

 

 ギースの背後に無数の目玉が渦のようにうごめき、墓地に眠るギースの相棒を呼び覚ます。

 

「私は墓地の《サクリファイス》と融合素材の代わりとなるモンスター《パラサイト・フュージョナー》を除外し、融合召喚!!」

 

 《サクリファイス》とオタマジャクシのような身体に爪のように鋭い6本の足を持つ6つの眼を持つ虫が渦に呑み込まれて行く。

 

「現れろ、全てを見通す眼! 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》!!」

 

 渦から現れたのは全身が紫の体色になった《サクリファイス》。

 

 そしてその腹の口から新たに牙が覗き、緑の眼のような模様が覗く。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「そしてフィールドに『アイズ・サクリファイス』融合モンスターが特殊召喚されたことで墓地の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》の効果発動! このカードを手札に加える!!」

 

 墓地からギースの手札に舞い戻るのは、黄金の鎧のような上半身に緑のマントをはためかせ、腹に棘の付いた青いリングで浮かぶ十字の顔に目玉が1つ浮かぶ異形の魔術師。

 

 その異形の魔術師、《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》がギースの背後でカタカタと音を鳴らし、手札に消えていった。

 

「《サウザンド・アイズ・サクリファイス》がフィールドに存在する限り、このカード以外のモンスターは表示形式を変更できず、攻撃できん! 千眼呪縛!!」

 

 そのギースの説明と共に《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の全身から目玉が這い出し、ギョロリと開いた。

 

 その視線によってパラドックスのフィールドの《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の身体は張り付けにされたような様相となり、動きを封じられる。

 

「そして《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の効果発動! 相手モンスター1体をこのカードに装備する!!」

 

 動きを封じられた《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸い込むべく、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口がうねりを上げた。

 

「無駄だよ! その効果にチェーンしてライフを1000払い、永続罠《スキルドレイン》を発動!」

 

パラドックスLP:3400 → 2400

 

 だがパラドックスの発動されたカード、永続罠《スキルドレイン》が《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力を弱め――

 

「これでこのカードが存在する限り、フィールドのあらゆる効果は無効化される!」

 

 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力は抜けていくように吸引は弱まっていく。

 

「ただではやらせん!! チェーンして手札の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》を捨て、効果発動!」

 

 しかしギースの声により手札の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》は飛び出し、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を羽交い絞めにする。

 

「相手モンスター1体を私の『アイズ・サクリファイス』融合モンスター、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の装備カード扱いとし、装備させる!!」

 

 抵抗する《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》だが、《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》の黄金の身体は物ともせず――

 

邪眼の魔力(ダーク・アイズ・マジック)!!」

 

 やがて放り投げられた《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が行き着く先は、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口の中。

 

 そして吸収され、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の翼に捕らえられるも――

 

「フッ、辛うじて此方に痛手を与えに来たか……だが、効果が無効化された以上、ステータスが上がりはしない」

 

 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力が封じられた瞬間に墓地に送られる《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

「くっ……私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ……」

 

 パラドックスに辛くも追いすがるギースだが、明らかに地力の差が垣間見えた。

 

 万策尽きた様相のギースの姿にパラドックスはフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果を使うまでもないとカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。ほう……」

 

 だが引いたカードにパラドックスは仮面の奥底で瞳を細める。己のデッキが格の差を見せろと囁いているような引きだった。

 

「今こそキミに見せよう――私の力の片鱗を」

 

 ゆえにパラドックスはそのデッキの言葉に応えるべく、1枚のカードをかざした後でデュエルディスクに示す。

 

「チューナーモンスター《Sin パラレルギア》を召喚!!」

 

 ギアの名を示す様に黄土色の歯車の頭から棒状の身体と手足が伸びる機械仕掛けのモンスターがパラドックスの元に降り立った。

 

《Sin パラレルギア》

星2 闇属性 機械族

攻 0 守 0

 

 今までの対応するモンスターを除外して呼び出すSinモンスターの性質を崩したモンスターの出現にギースは眉を上げる。

 

「チューナーモンスター?」

 

 そのギースの呟きは「チューナーモンスターとはなにか?」ではない。

 

 本来の歴史では「チューナーモンスター」は5D’sの時代までは存在しない筈のカードだが歪んだ今の歴史では神崎の度重なる改変により、この時代でも存在するカード群である。

 

 ギースの疑問の本質は「何故『チューナー』であることをパラドックスが宣言したのか」だ。

 

 

 しかしその疑問は直ぐに解消される。

 

「そして手札の2枚目のレベル8、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》にフィールドのレベル2の《Sin パラレルギア》をチューニング!!」

 

 パラドックスの宣言と共にフィールドの《Sin パラレルギア》が2つの光の輪となり、手札の《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が8つの光の球となる。

 

「な、なにを!?」

 

 何が起こっているのか理解できないギースを余所に8つの光の球は2つの光の輪を潜り、一つとなって光り輝き――

 

「次元の裂け目から生まれし闇よ! 時を越えた舞台に破滅の幕を引け!」

 

 そのパラドックスの宣言と共に光が弾けた。

 

「シンクロ召喚! レベル10! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》!」

 

 そしてパラドックスの元に降り立ったのは黒い身体に関節が白い巨大なドラゴン。

 

 その《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》は巨大な翼を広げ、2つの足で大地を踏みしめ尾の先を揺らし、黒い首から伸びる獅子のようなたてがみを持つ黒い頭をギースに向ける。

 

Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》

星10 闇属性 ドラゴン族

攻4000 守4000

 

「シンクロ召喚……だと?」

 

 この時代の人間が知る由もない召喚法にギースは驚愕の面持ちだが、パラドックスに容赦の二文字はない。

 

「装備魔法《メテオ・ストライク》を装備し、行けッ! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》!! 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を破壊し、止めをさせ!!」

 

 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の口から放たれるブレスが《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を苦も無く打ち抜き、その背後にいるギースを貫かんと迫った。

 

「罠カード《ガード・ブロック》を発動! 戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

 

 しかし、そのギースの前に1枚のカードが壁として立ち塞がり、ギースのライフを守った後、手札に加わった。

 

「だがキミがドローしたことで永続罠《便乗》の効果で私は2枚のカードをドロー!!」

 

 とはいえ、そのドローによってパラドックスはさらにカードを引き込み、互いのアドバンテージの差はどんどん広がって行く。

 

 しかしギースは諦めない。

 

「まだだ! まだ私は戦える!! 『アイズ・サクリファイス』融合モンスターである《サウザンド・アイズ・サクリファイス》が破壊された時、手札・墓地からこのカードを特殊召喚する! 私は手札から――」

 

 先程《ガード・ブロック》で引いたカードをデュエルディスクにセットするギース。まだデッキはギースの想いに応えてくれている。

 

「《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》を特殊召喚!!」

 

 やがて《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の残骸から這い出たのは顔に口以外のパーツが存在しない赤いローブと橙色のマントを揺らす不気味な魔術師。

 

 その左右の肩には少年と少女を象った人形の首が生え、ケタケタと笑い声を上げていた。

 

幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》

星5 闇属性 魔法使い族

攻1200 守2200

 

「如何にSinとやらの攻撃力が高くともダメージが通らなければ同じことだ!」

 

 ギースの言葉に左右の肩の人形と共に笑う《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》。

 

 その笑い声はパラドックスへの挑発のようにも感じられた。

 

「すぐさま態勢を立て直したか、見事だ――しかし!」

 

 そんな挑発に乗るかのようにパラドックスは声を張る。

 

「一見正しいように見えたその動き……だがそれは、大いなる間違い!!」

 

 そう続けたパラドックスは1枚のカードをギースに示す。

 

「私が発動しておいた速攻魔法《竜の闘志》の効果で《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》はキミがこのターン、モンスターを特殊召喚した数だけ追撃できる!」

 

 そう、念の為にと発動されていた《竜の闘志》の効果で、ギースがこのターン特殊召喚する度に攻撃権が追加される。

 

 つまり《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》が特殊召喚されたことで《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》はもう1度攻撃が可能だ。

 

「だとしても《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の守備力は2200! 装備魔法《メテオストライク》による貫通ダメージを考慮しても私のライフは残る!」

 

「認識が甘いと言わざるを得んな!! 罠カード《Sin(シン) Claw(クロウ) Stream(ストリーム)》を発動!」

 

 ギースの主張をパラドックスは嘲笑うかのようにリバースカードを発動させる。

 

「私のフィールドに『 Sin(シン)』と名の付くモンスターが表側表示で存在する場合、キミのフィールドのモンスター1体を破壊する!」

 

 その効果によって異次元からゲートが開き、左右に白と黒で別れた仮面の付いたコウモリのような影が群れを成して獲物を狙う。

 

「よって《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》は破壊だ!!」

 

 その不気味なコウモリのような影の大群の突撃により身体が食い千切られて行く《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》は悲痛な叫びと共に消え去った。

 

「なっ!? ――だ、だが《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》が破壊された時、墓地の『アイズ・サクリファイス』融合モンスターか、《サクリファイス》を蘇生する!」

 

 だが《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の両肩の人形の首が最後に高らかに叫びを上げ、墓地に眠る魔眼の異形を呼び覚ます。

 

「私は墓地より《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を守備表示で蘇生!!」

 

 《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の最後の叫びに導かれ、紫の身体から伸びる翼を丸めて盾とする千の目玉が蠢く《サウザンド・アイズ・サクリファイス》が降り立つ。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

 しかし、その効果は永続罠《スキルドレイン》に封じられ、その守備力は0。

 

 守備モンスター越しにでもダメージを与える装備魔法《メテオ・ストライク》を装備した《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》を止められはしない。

 

「これで《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の追撃を邪魔するものはすべて消えた!」

 

 そのパラドックスの言葉通り、ギースを守るものは何もない。

 

 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の顎がゆっくりと開いていく。

 

「これで今度こそ終わりだ、ギース・ハント!!」

 

 やがて全てを貫く白と黒のカオスの波動が《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》から放たれ、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を粉砕し、その先のギースを貫いた。

 

「ぐ、ぐぁああぁあああああッ!!」

 

ギースLP:1900 → 0

 

 そのあまりの衝撃によりビルの上を転がるギースだが、下の階に続く扉に激突して止まる。

 

 

 そして苦し気な声を漏らし倒れるギースに歩み寄ったパラドックスはポツリと零す。

 

「元よりキミ程度の実力で私に勝てる訳がないだろう――他ならぬキミ自身がそれを最も理解していた筈だ」

 

「だ、黙れ……」

 

 パラドックスの言葉を否定するようにギースが言葉を零すが、ギースとて理解はしていた。自身がデュエリストとして「並」であることを。

 

「ヤツの求める『(デュエリスト)』として不適格な烙印を押されたキミにはな」

 

「だ、黙れと……言っている……」

 

 パラドックスから語られる言葉にギースは否定を重ねることしか出来ない。

 

 ギースは理解していた。恩人である神崎が「並」のデュエリストなど欲していないことを。

 

 神崎が求めるのは『選ばれし真のデュエリスト』――本物の実力を持った強者。ギースが届き得なかった頂きに至れるものたち。

 

 ギースとて努力と呼ばれるものは腐る程にこなしてきた。今現在も継続している。しかしそれでも届かない。

 

 存在するのだ「才能」という名の無慈悲な壁が。

 

「私は……俺は……!!」

 

 この場でデュエルしていたのが「役者(アクター)」だったら――そんな嫌悪の対象がギースの頭に過る。

 

 ヴァロンだったら、アメルダだったら、北森だったら、佐藤だったら、響みどりだったら――そんなIFがギースの脳裏に巡る。

 

「出来るのは精々が時間稼ぎ――いや、それも満足に行えぬ体たらく」

 

 今のギースにパラドックスの言葉に何も返すことが出来ない。

 

 己のデュエリストとしての力の足りなさがギースには恨めしい。才能を持たぬ己の身が恨めしい。

 

「だが安心するがいい、キミを蝕む『劣等感』は直に消え去る――未来は元の形を取り戻すのだから」

 

 しかしその言葉にギースは力なくパラドックスの足を弱々しく掴む。

 

「あ、あの方の……元に行かせる……か……あんな世界はもう……」

 

 ギースの胸中にあるのは恐怖。

 

 恩人を失う恐怖。

 

 過去味わった地獄に再び落ちるかもしれない恐怖。

 

 分かり合えたカードの精霊たちを自身が憎んでしまうかもしれない恐怖。

 

「それが本来あるべき世界だ」

 

 だがそう返したパラドックスはギースの手を無視して踵を返す。

 

 パラドックスにはギースを、カードの精霊を、数多の人間を地獄に落としてでも果たさなければならない使命がある――それは己が身であっても例外ではない。

 

 

 

 

 全ては未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある廃墟の一角に立つ神崎は背後に声をかける。

 

「こんにちは、パラドックス」

 

 冥界の王の力を奪い、(バー)の知覚が可能になった時期から様々な気配を感じ取ることが出来るようになったゆえか異次元を渡ってきたパラドックスの気配も神崎にはよく分かる。

 

「此方の要件は理解しているようだな」

 

 竜を思わせる巨大な白いバイクで次元を超えたパラドックスが仮面を外しながらそう静かに語る中で感じられる、パラドックスの身に内包する圧倒的なまでの(バー)も含めて。

 

――対話に応じてくれる……と見ていいか?

 

 神崎は自身の動きがイリアステルからどう見えているか分からなかったゆえに「ハリボテのモーメント」でイリアステルからの接触を待った。

 

「ええ、理解しております――ですが、少し話しませんか? 私なりに滅びの未来の結末を変える方法を――」

 

 そしてその誘いに乗ったのはパラドックス「1人」。

 

 つまり「イリアステル滅四星」が4人がかりで神崎をフルボッコにしにきたパターンはない為、神崎は対話の可能性があることに胸を撫で下ろすが――

 

「貴様などと手を組む気など毛頭ない――私がこうして貴様と対峙したのは、今回の歪みの原因を精査する為だ」

 

 パラドックスの「貴様など」との言葉に神崎の内心は硬直する――印象が最悪であることは言わずとも分かる。

 

「貴様はただ此方の問いに答えていればいい」

 

「私を殺すことは変わらないと」

 

 神崎から見て淡々と事務的に語るパラドックスの(バー)に揺らぎはない――敵意・警戒・怒りの色が見えた。

 

「少し違うな、本来の歴史に『神崎 (うつほ)』という人物は存在しない――つまり私が行うのは本来あるべき姿に戻すだけだ」

 

「存在しない?」

 

 パラドックスの言葉に「この世界に転生した」神崎はとぼけて見せる――「転生した」事実を知られるなど厄介事しか呼ばないと神崎は考えていた。

 

 こと(バー)を明確に定義できる「この世界」においては。

 

「ああ、そうだ。私は様々な観点から歴史を観察し、貴様という歪みの発生原因を探ったが……終ぞ原因は分からなかった」

 

 そのパラドックスの言葉にイリアステルの技術力を以てしても「転生」がバレていない事実に神崎は安堵するが――

 

「貴様――何故、生きている?」

 

 

 パラドックスから言葉のニュアンスに神崎は疑問を覚えた。

 

「おかしな質問ですね。私は生まれてこのかた大病や大怪我――」

 

 しかしその違和感の正体が分からない神崎は取り敢えずその問いかけに額縁通りに答えつつパラドックスの真意の考察を続けるが――

 

 

 

 

 

「死産だった」

 

 

「――を?」

 

 そのパラドックスの言葉に神崎の脳裏から全ての思考が吹き飛んだ。

 

 思考の止まった神崎を余所にパラドックスは続ける。

 

「いや、それは正確ではないな。正しくは生まれたとすら評せない――母親の腹の中で既に生命の体を成しておらず、『出てきた』のは人とも言えぬ肉塊だけだったのだから」

 

 パラドックスから語られるのは神崎が知らない本来の歴史での神崎の両親の過去。

 

「なにを……」

 

 その過去を神崎は直ぐに受け入れることが出来ていなかった。

 

「理解できたようだな、貴様という存在が『生きている』段階で既に異常事態だ」

 

 続いたパラドックスの言葉も神崎には正しく届いてはいない。

 

 神崎は自身が「憑依もしくは転生した存在」だと考えていた――それ自体は間違いではない。

 

 

 神崎は肉塊に「憑依」した訳ではない。この世界に「転生」したのだ。

 

 

 

 命と呼べぬ肉塊を喰らって。

 

 

 

「もう1度、問おう――貴様はどうやって生き延びた」

 

 パラドックスの言葉に神崎は僅かに顔を下げる。

 

 

 冥界の王を喰らう前の神崎は己が人間である自負があった。

 

 だが本当に人間だったのだろうかと神崎は考えてしまう。

 

 パラドックスの言葉を神崎が信じるのならば、それを「人間」と評して良いのかと。

 

 

 しかし此処で断じておこう。

 

 多少のイレギュラーがあれどこの世界に生まれた神崎は人間だった。

 

 ただそのプロセスを解明することが出来ないだけだ。神崎にも、イリアステルにも。

 

 その「分からない」事実が神崎を苦しめる。

 

 

 何も言葉を発しない神崎に眉をひそめながらパラドックスは語ることを止めはしない。歪みの発生原因の確認が必要なのだから。

 

「本来の歴史では貴様は生まれず、『我が子を殺してしまった』と悔やんだ貴様の両親は心を病み、やがて罪の意識に堪えられず自ら命を絶った」

 

 本来の歴史でも神崎の両親は死亡している。ゆえに自殺か事故死の違いしかない。

 

「アンチノミーは貴様を『歴史の改変の成果』などと評していたが、私は貴様の存在に『希望』を見出すことは出来ない」

 

 しかし本来存在しない「新たな命」はイリアステルにとって未来の新たな可能性と評せなくはない。

 

 イレギュラーの発見から神崎に関してある程度の調査をしていく中、イリアステルのメンバーの1人、アンチノミーは特にその可能性を期待していた。

 

 調査を行っていたパラドックスもそんなアンチノミーの姿に僅かながらに可能性を抱いていた。

 

 

 

「――()()()()()()()()貴様にそんな可能性などありはしない」

 

 

 その事実を知るまでは。

 

 

 神崎の精神性に「善」はない――それがパラドックスの出した調査結果。

 

 Z-ONEやアポリアもその事実に同意を示している。

 

 そして「悪意」はモーメントにとって毒にしかならない。

 

 ゆえに「排除した場合の危険性」と「神崎自身の危険性」を十分に精査し、その結果の上でパラドックスは此処にいるのだ。

 

「いつまで黙っているつもりだ? 答えろ。どうやって生き延びた」

 

 伝えるべき点を伝え終えたパラドックスは苛立ち気にそう零す。

 

 語らぬならばそのまま処理しようかと考えながら、見下ろすパラドックスだったが、ふと神崎はゆっくりと顔を上げ、ポツリと零す。

 

「…………悪いが分からない」

 

 その神崎の言葉にパラドックスは眉をひそめる。どう見ても神崎が何かを隠していることは明白だ。

 

 ゆえに追及しようとしたパラドックスだが、それを遮るように神崎はいつものにこやかな表情で考える仕草を見せ――

 

「強いて挙げるなら、『死にたくない』と足掻いたから――といったところかな?」

 

 そう己の状態を評した。前世から、今世にかけて変わらぬ神崎の行動の核となる部分である。

 

「あくまで真実を語る気はないということか……」

 

 とはいえ、パラドックスはお気に召さなかった模様――説明になっていないので、当然と言えば当然だが。

 

――自分なりの答えだったんだが……

 

 そう内心で零す神崎だが、パラドックスは明確な答えを求めていたので、仕方のない側面でもある。

 

「なら質問を変えよう――お前の目的は何だ」

 

 質問内容をガラリと変えてきたパラドックスに神崎はニッコリ笑って返す。

 

「これから殺す相手に問いかける話ではないね」

 

 その答え如何によっては神崎の命を見逃して貰えるならともかく、何を答えようとも殺す気満々なパラドックス相手に答える意味が神崎には見いだせなかった。

 

「答えろ」

 

「ふむ、そうだな……命という当たり前を除外するなら――」

 

 しかし「答えないならば――」な気配を匂わせるパラドックスの姿に神崎は少し悩む素振りを見せた後で小さく零す。

 

「平穏……いや、平和……かな?」

 

 神崎が一番に求めるのは「命の危機に怯えなくてよい世界」つまりラブ&ピース。

 

「みんなが幸福を享受し、心から笑い合える世界――素敵だとは思わないかい?」

 

 にこやかにそう返す神崎の姿はパラドックスの心を揺さぶった。

 

 

 勿論、悪い意味で。

 

「フッ、どれだけ素晴らしい理想でも貴様の口から出た言葉では反吐が出る」

 

 神崎の傍から見れば弱みを握り、意のままに他者を操る姿っぽいものを知るパラドックスからすれば、そんな平和は平和などと呼べはしないと唾吐く。

 

「『世界を統べて争いをなくす』とでも言われた方がまだ理解できる」

 

 そんな独裁者気取りの答えの方がまだパラドックスから見た神崎像に合致すると零すが――

 

「私は世界征服なんて望みはしないよ――それじゃぁ世界に平穏は訪れないし、平和にはならない」

 

 神崎はその仮定を完全否定する。

 

 それは「平和と呼べない」ではなく、「平和自体が訪れず、争いは続く」と。

 

「何が言いたい」

 

 不審気な視線を向けて返すパラドックスに神崎は両手を広げながら語る。

 

「世界を統べるということは1つの人間の意思に倣うこと、つまり全ての意思は無理やり統一された世界になる」

 

 世界征服とは、早い話が究極の独裁である――1人の意見が、決定が、決断が全ての世界。

 

「そんな世界に未来はないよ」

 

 それは神崎の望む平和とはかけ離れていた。

 

 しかしそれは人道的な観点から来る問題ではない。

 

「多様性がなければ、将来起こりうる数多の問題に対応しきれない」

 

 システム上の問題だと神崎は語る。

 

「滅びが垣間見える世界では、人は本当の意味で平和を享受できない」

 

 沈む泥船の上で誰が平和を享受できようか、と語る神崎にパラドックスは明確な怒気を見せる。

 

「なんだと?」

 

 それはZ-ONEの献身を否定するかのような主張。

 

 滅びに向かう世界でただ1人戦い続けた男の献身を否定する神崎の言葉にパラドックスは強く怒りを見せる。

 

 しかしそんなパラドックスを余所に神崎は続ける――内心は恐怖に震えていたが。

 

「例外はあれど、人は心に『余裕』があって初めて他者に優しく出来る生き物だ」

 

 優しさは無償ではない。

 

 世の中には己が身を顧みず献身を行える素晴らしい人間性を持った存在がいるが、そんな人間は極一部。

 

 己の身すら危うい状況で他者に思いやれる人間は殆どいないだろう。

 

「今の世界には『余裕』がない。誰も彼もが自身のことで精一杯だ。他者のことなど気に掛ける『余裕』がない程に」

 

 よって「余裕」が必要だと語る神崎。

 

 肉体的に、精神的に、金銭的に、経済的に、あらゆる面で余裕が「平和」には必要なのだと。

 

 しかし今の世界は――いや、未来の世界でも「余裕」など大して存在しない。

 

「だから奪い合う。だから殺し合う。だから他者との違いを――己が理解できないものを許容できない」

 

 ゆえに人は「余裕」を求める。他者から奪ってでも欲する。

 

 己が平穏を享受するために。

 

「私に余裕がないとでも言いたいのか?」

 

「それはお互い様だよ――私にだって『余裕』なんてものはない」

 

 端正な顔を怒りで染めるパラドックスに、神崎は笑顔の仮面を張り付けて己が身の恐怖を隠す。

 

「――だから争うんだろう?」

 

 今から始まる圧倒的強者との戦いを覚悟して――神崎には己がどこまで戦えるのかを知る必要があった。

 

「詭弁だな――だが私も貴様と争うことに! 殺し合うことに異論はない!!」

 

 そんな神崎の意思を感じ取ったパラドックスが指を鳴らすと共に、パラドックスのバイクが音を立てて変形していく。

 

「さぁ、デュエルディスクを構えろ! 貴様の語る命の足掻きを見せてみるがいい!!」

 

 やがてバイクのシート以外が3つの翼のように広がった姿となったマシンが宙を浮かび、その上に立つパラドックスの叫びに神崎もデュエルディスクを展開し、応える。

 

「言われずとも」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 此処に、互いの主張がデュエルを通じて、火花をぶつけ合う。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、語られた神崎の主張はただの対外的なポーズであるが。

 






ギース・ハント――今作でも実はそこまでデュエルは強くない。

今作のギース・ハントのデッキは原作の相手モンスターをキャプチャーするデッキに寄せて――

『サクリファイス』になりました。
相手モンスターを装備カード化するカードって意外とバラけてるのね(白目)


『コントロール操作』と悩みましたが、相手モンスターのコントロールを奪うのは「捕獲」を言うよりは「洗脳」に近いと思ったので。



最後に――

本来、その世界に生まれる存在の身体を乗っ取るのが、「憑依」

本来、その世界に生まれる筈のなかった身体を得て生まれるのが「転生」


なので、タグは「転生」で大丈夫……だと思います(多分)

ダメだった場合は該当箇所を「そもそも子供が授からなかった」と書き直し、他もそれに倣う形になるかと。


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