秋の空と燃えるいずなの恋心(物理)(#118 謎の人体発火現象より)
夏が過ぎ、風が少し肌寒い秋のものとなってきたころ。鱗雲が浮かぶ空の下、校庭でうきうきと焼き芋をしようとしていた鳴介のもとにイタコのいずながやってきた。
美樹、郷子と共に焼き芋(なお俺たちが食べる分はない。何故なら鳴介の次の給料日までの貴重な食糧だからだ)見学していた俺は、いずなの悩み相談に「あ、この話か」と思い出して途端に気まずくなった。
……ここは退散しておくか。
「ごめん、俺ちょっと用事あるから……」
「ちょっとー、どこいくのさ! 薄情なやつね! おねーさまが突然発火しちゃうってのに心配じゃないわけー!?」
が、何が不満なのか分からないがいずなに後ろ襟を掴まれ引き留められた。
おま、俺は一応お前のためにこの場から離れようとしてるんだぞ! だってこのあとお前素っ裸になるじゃん! 見る方の気まずい気持ちを分かれよ! あと誰がお姉様だ! お前の事お姉さまお姉さま慕ってるのは美樹だろ!
だが俺のことなど知ったこっちゃないと、いずなは俺の襟を掴んだまま話を進める。
「で、続きなんだけどさ。初めは日に一度発火する程度だったんだけど、日に日に回数が増していって……。制服は燃えちゃうし、着られる服もどんどんなくなっちゃうしで最悪だよ!」
いずなが何を相談しているかといえば、ここ最近炎上するといった内容のものだ。これだけ聞けば俺なんかは「ネットで炎上でもしたか? SNSやるのはいいけど気をつけろよなー」などと思うところだが、元の世界ならともかく、こっちの時代ではまだネットはさほど普及していない。SNSなんてものが流行りだすのはまだ先の時代の事だろう。
……いずなが困っている「炎上」とは、文字通り炎で燃え上がることについてだ。しかも燃えるのはいずな自身の体である。
「ハハハ、どーせタバコの火が原因だろ、この不良娘」
しかし焼き芋に夢中の鳴介は真面目に取り合わず、いずなに芋の入った袋をあずけるとマッチで枯葉に火をつける作業にとりかかった。
いや、鳴介。これ多分冗談とかじゃなくてだな……というか、おい!? いつまで襟掴んでるんだ早く放せよ!? こ、このままだと……!
俺が危機感を感じた時は、すでに遅かった。視界を埋め尽くすのは、モミジなんかよりよっぽど赤いリアル炎である。
「きゃああ!?」
「ぎゃああああああああ!?」
俺といずなの悲鳴が響き渡り、そこでやっと周りが事の重大さを知ったようだ。遅いよ!
「!?」
「いずなさん!?」
「お姉さま!?」
本人の申告通り、一瞬でいずなの体は炎に包まれ炎上した。そのままどさっと倒れ、美樹と郷子の悲鳴が響く。
そしてそのいずなに掴まれていた俺の服も炎上した。
あっちぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
なんとか地面を転げまわって火を消すことに成功したが、首の後ろが火傷でひりひりする。痛い。
だが俺が涙目になっている一方で、体ごと大炎上したいずな本人は肌を少し黒くしながらもぴんぴんとした様子でむくりと起き上がった。……服は下着もろとも焼け落ちたので、全裸だが。
これを見るのが気まずかったからこの場を離れようと思ったのに、今は火傷でそれどころじゃねぇよ!! 痛い痛い痛い。火傷いってぇ!
「ひ!? お、お姉さま!? 大丈夫なんですか?」
「服……貸してくれる? 美樹ちゃん。…………ほら! 見たでしょ! こーいう事よ!」
「か、体は火傷一つないのね。不思議……」
俺は火傷したよ!
やけっぱちのように叫ぶいずなに言ってやりたかったが、火傷の痛みにそれどころではない。み、水ぅぅぅぅぅ! 氷ー!
「いもが、いもが~~~~! 給料日まであと五日これですごすつもりだったのに~~~~!」
そして俺と同じく鳴介にもピンピンしているいずなを心配する余裕はない。こっちは貴重な食糧がいずなごと燃えてしまったのだ。
……滂沱の涙を流す鳴介には申し訳ないが、ちょっとは俺の事も心配してほしい。
その後場所を移して、童守小の図書館で人体発火現象について調べることになった。……この学校、無駄に心霊現象とか専門的な本多いよな。
といっても、俺は火傷の処置をしてもらうために保健室行きだったため、詳細は後から美樹に聞いたのだが。
鳴介が言うにはこういった現象は
でもって、そこから思春期の抑圧された性欲が引き起こす説も有力であることから、恋でもしたんじゃないか? とからかわれたいずなが怒って飛び出していったようだが……うん。鳴介っていい奴なんだけど、そういったところのデリカシー無いよな。それがモテない原因の一つじゃないか? 霊能オタクうんぬん抜きにして。
まあ、いずなとの相性もあるんだろうけどさ。
そしてそのいずなだが、現在我が家の俺の部屋に居座っている。
おい!
「お前ー! 俺に火傷させといて部屋にまでくるなよなー!? 火事になったらどうすんだ!」
「わ、悪かったって! でも無性にイライラしちゃってさ。豆太郎に癒されに来たんだよ!」
一応悪いとは思っているらしいが、あまり謝られている感がない。というかおい、やめろやめろ! 豆太郎が焼き狸になったらどうするんだ! 抱き上げるな頬ずりするな! いずなお前、可愛い管狐がいっぱいいるだろう!?
俺が慌てて豆太郎を奪い取ると、いずなは不満そうに頬を膨らませた。……だがそのまま怒るかと思いきや、しおらしくも肩を落としてうつむいた。……珍しい。明日は雨か?
さすがにその様子を見てしまうと、中学生の女の子を落ち込ませたままにするのも忍びなくて罪悪感に似たものを覚える。
俺はため息をつきながら、いずなの側に腰を下ろした。
「…………鳴介にもう一回相談してみたら?」
「フンッ、もうあんなデリカシーのない0能力教師になんか頼るもんか。人が相談してるっていうのにさ……」
あちゃー……。完全にへそを曲げてるな。しょうがないけど。
「まあ鳴介も悪かったけど、ちゃんと困ってるって伝えれば助けになってくれるって」
「この間ちゃんと言ったじゃないか!」
うっ、これはどうにも……。
……まあ鳴介には俺からも後でいずなの現状を改めて伝えるとして、今はちょっとでもストレスを軽減させた方がいいだろうな。このままプンプンされてちゃ本当にいつ燃えるか分からないし。
「あー……。じゃあ、俺でよければちょっと話きくぜ? あ、でも外でな!」
「あんたに~?」
ジト目で不満そうに見てきたいずなであったが、それでも逡巡してから「まあ、いっか」と何やら妥協をしたようだ。……年下かつビビり癖有りの小学生男子が頼れないことは分かるが、妥協された感がどうも腑に落ちない。
いや、確かに霊的なことに関してはアドバイスとか出来ないかもしれないけど! 確かこいつの発火現象の原因って実際鳴介が言うように恋が原因だったよな? だったら俺でも少しは何か言ってやれるぞ多分! なんたってお兄さんだからな。ちゃんとお付き合いして彼女がいたこともあるからな!
…………いや、女心がわかるかと言われると…………まあちょっとあれだけど。…………うん…………。
とまあ、そんな流れで近くの公園に移動したわけだが。
「で、実際感情が不安定になる理由に心当たりとかあるのか? 鳴介が言うみたいに原因がそれなら、つきとめてそれを取り除くのが一番の近道だと思うけど」
「……! 心当たりが、ないわけじゃないけど~……。やっぱりあんたみたいなお子様に相談してもね~」
原因を知りつつ遠回りに聞けば、言いにくいのか、それともやっぱり小学生男子に相談するのが馬鹿らしくなったのか話そうとしない。ええい、面倒くさい!
「なあ、もし恋とかならいっそ告白してみたらどうだ? いずな可愛いんだし、告白されて嫌な気する奴いないだろ」
「はあ!?」
どうせそういう流れになったはずだよな! と、我ながら無責任と言われても仕方がないようなことを言ってみる。
…………まあ、あれだよ。人体発火で苦しむのを告白一つでどうにかなるなら安いもの、と言いたいところだけど、告白って思春期の女の子にとっては人体発火と天秤にかけてもそうそう踏み切れるもんじゃないよな……。
でも下手すると命に関わることだろうしなぁ……。服にも困ってるみたいだし、早めに解決した方がいいだろう。焚きつけるのは悪い事じゃないはず。
とかなんとか思ってたらいずなが燃えた。
「わああああああ!? え、ちょ、ごめん!? なんかごめん!? でもナンデ!?」
「あ、あんたが変なこと言うから! ガキンチョのくせにませたこと言うんじゃないよ!」
「ごめん! 軽率に告白とか言ってごめん! あ、うわあ!? 服、服ーーーー!」
あれよあれよという間にいずなの服が燃え尽きて、とても目のやり場に困ることになった。
俺の守備範囲に中学生は入ってないの! 裸とか見ちゃってもラッキースケベとか思う前に気まずいだけなの!! さっきは火傷が痛くてそれどころじゃなかったけど、やっぱり気まずい! なにか隠すものーーーー!!
結局その日はうやむやになり、こっそり母さんの服を拝借していずなに着せ家に帰した。
……やっぱり彼女がいたことあっても、ふられた俺もまたきっと朴念仁……鳴介の事デリカシー無いとか言えねぇ……。
地味にへこみつつ、どうしたもんかとその日の夜は頭を悩ませることになった。
そして、翌日。
服に困っているだろういずなのために要らない服を集めて届けようとしていた美樹と郷子と一緒に、俺はいずなのもとへ来ていたりする。
……いや、こっそりついてこうと思ったら見つかったんだよな。俺に尾行の才能は無いみたいだ。
ちなみに姿こそ見せていないが、鳴介も近くで様子を窺っている。こっちは幸いまだ見つかっていない。今下手に姿を見せると、いずながへそを曲げそうだしなぁ……。
もとより人体発火の最悪の例を鳴介が知らないはずもなく、ちょっとからかいすぎたかと本人も反省していた。俺からもう一度いずなの状態について報告すると、いざという時に対処できるようについてきてくれたのである。
そしてこういったことに関しての情報収集能力に関して侮れない美樹が、いずなに人体発火に関してのその最悪の例……足首を残して人体が消滅してしまったという事例を提示した。
するとさすがに服で困るだけではすまないかもしれないと、いずなも顔面蒼白にして焦りだす。
「じょ、じょーだんじゃないよ! やだよそんなの!」
「だったら、やっぱり原因を突き止めて解決するしかないんじゃ……?」
言い方がちょっと控えめになってるのはご愛嬌である。いや、どのタイミングで発火されるか分からないしな……。言葉選びも緊張するわ。
しかし昨日と違い、今度ばかりは命が関わっていると知ったからか、同性の美樹や郷子が促したこともあって「実は……」といずなが口を開いた。
……う~ん、普段は生意気さの方が際立ってるけど、こうして顔を赤くして恥ずかしがってるところを見るといずなやっぱり可愛いんだよな。内面知らなきゃ告白されて嫌な野郎なんてそうそう居ないと思うけど……この話って結局どうなったんだっけ? ぬ~べ~の中でいずなの彼氏が出てきた回とか無かったはずだし、やっぱりふられてしまうのか……。
………………どうしよう。焚きつけといてなんだけど、罪悪感じみたものがわいてきたぞ。
しかし俺が今さらなことを思っている間に、あれよあれよと話は進んでいずなが告白する流れになっていた。やっぱりこういうことに関しては美樹と郷子、女の子の押しが強い……。
あれ、俺居なくてもよかったかな……?
そしていずなの意中の相手であるが、爽やかイケメンを絵に描いたような奴だった。……あれだ、少女漫画の住人のようなジャンルのイケメンだ。こう、背景に点描ふわふわ表現が見える感じの……。
そしてそいつを見ただけで、顔真っ赤にしてあっという間にいずなが炎上した。うん、分かりやすいな! 原因確定だよ!
が、俺の嫌な予感は的中してしまったらしい。いや、ふられたとかじゃないんだ。その前に終わってしまったというか。
……いずなの片思いの相手である爽やかイケメンくん、彼女が居た上にその子と路上チューをな……かましてくれてな………………若いってすごいね…………。
「い、いずな……?」
恐る恐ると、何度も何度も服を燃やしながら必死に彼に話しかけようとチャレンジしていた少女を窺う。
……あかん。俺でもわかるくらいに、いずなの霊力がどんどん上昇してきている。
「いずっ あち!?」
肩に手を添えた瞬間、いずなの体は燃え上がった。
「いかん、霊力が異常に上がっている! このままでは炎から身を守る力を上回って燃えてしまう……! メルトダウンだ!」
「ぬ~べ~!?」
「え!?」
さすがにまずいと思ったのか、隠れていた鳴介が飛び出してくる。しかしいずなは体を燃やしながら、どこかへ向けて走り出してしまった。俺たちも当然追いかけて……たどり着いた先は海である。
しかし現状では炎の温度が上がりすぎているため、このまま飛び込めば炎を消すどころか水蒸気爆発すると鳴介。
ぅえええええええ!? ちょ、全裸になる回数が多いからてっきりちょっとビターなエンドな漫画的にはラッキースケベ回かと思ってたら真面目に命の危機だよあいつ!
…………しかし、俺の心配など関係なく。
いずなは誰の手を借りることもなく、行き場のない感情に自分で決着をつけた。
「ばっかやろー!!」
海に向かって泣きながら思いっきり叫んだその体から、ぱっと炎が霧散する。
(…………なんか、悪かったな。俺、いない方がよかったかも)
あまりにも激しく眩しい青春の燃える恋心と、それが散った瞬間。少女が大人になるために経験した苦い失恋を間近で一通り見てしまった事に、ただただ申し訳ない気持ちがこみ上げる。これ、詳細を忘れていたとはいえなんとな~く起きる出来事を知ったうえでついてきた俺ってかなり野暮では? ……いやマジで俺ここに居ない方がよかったんじゃ……!
「人間だれしもストレスを解決するすべを人生のどこかで学ぶものさ。心のコントロールが出来てはじめて大人と言えるのだ。霊能力だって同じこと……。いずなもまた一歩、一人前の霊能力者に近づいたのだ」
などと鳴介がなんかいいことを言ってしめる。その後見られていたことに気付いて、羞恥心と怒りにより対象を見つめるだけで発火させられる能力を発揮したいずなに鳴介が燃やされるという一幕があったわけだが……。うん……これが"落ち"だとしたら、今回はこれで終わりなんだろう。話的に。
それにしても、心のコントロールかぁ……。俺ももとは大人と言って差し支えない年齢だったけど、それが出来ているかと聞かれれば首を傾げるしかない。
つーかできてねぇよ! 常に心なんて不安定だしビビりっぱなしだしで!
子供のころは漠然と、年を重ねれば大人になれるって考えていた。……俺は今回のいずなのように激しくぶつかって、乗り越えたことがあっただろうか? 俺は果たして、自分を大人だと思っていいのだろうか。
とかなんとか、これから自分の霊能力をもっとコントロールしていかなければならない俺の心に地味に突き刺さった鳴介の言葉だったが……。
まあ、なんだ。
いずな無事だったみたいだし、今回は怖い霊にも遭遇しなかったし、穏便に終わった方だよな。鳴介燃やされたけど。
が、一区切りついたのに俺は何故かいずなに絡まれている。
なんだよもー!
「一部始終見てくれちゃってたんだから、あんたもちょっとは甘酸っぱい話を聞かせなさいよ! ほらほら、お姉さんに話してごらんなさい? クラスで気になる子とかいないの~? 可愛い子いっぱいいるんだし、一人くらいいるわよね~?」
「あー、もう! いないって! しつこい!」
「人の裸何度も見たんだからそれくらい白状しなさいよ!」
「大きな声で言うなー! 不可抗力! 不可抗力を主張する! 見ちゃったのは悪いと思ってるけどわざとじゃないから!」
何度も(心の中で)言うが俺は二十五歳のお兄さんなので小学生中学生は守備範囲外なのだ。五年三組に可愛い子が多いのは認めるが、恋愛感情とか芽生えてしまったらロリコンである。傍目には問題なくても俺自身がやばい判定をくだすのでアウトである。
……美樹と郷子と別れた後だったのは幸いか。女の子三人でかかってこられたら俺は勝てる気がしない。勝てなくても言える事なんぞないが。
…………ううっ、そりゃ俺だって恋愛とかしてみたいけどさぁ! 今はそんな余裕ないっつーの!
……恋愛しても問題ない年になるころには、霊力を操れるようになって彼女作れる余裕出来てたらいいな……はあ……。