「折本──」さて、この後に続く言葉は──   作:時間の無駄使い

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毎年恒例、大晦日更新です。…今回上手く切れなくて。…年末なのに凄い中途半端感。


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 そんな事があって、その翌日だった。

 勉強に集中しなければならない時期なのは重々承知しているが、あんな事があっては集中出来る筈もない。

 だから、折本を呼んだのだ。

 何をするつもりなのか、俺は何をすればいいのか。…生憎な事に、俺程度の人付き合いではこういった場合、経験値が物の見事に足らず、力不足も甚だしい。その点折本ならば得意分野だ。適材適所。使えるところから使っていけばいい。

 そういう訳で、昨日に引き続いて折本と顔を合わせていた。

 

「…本当なんだな?」

「間違いないよ。それは私が確認してるし、何より『向こう』から言ってきた事だもん」

 

 折本曰く、陽乃さんから言われたらしいのたが、にわかには信じ難かった。

 『俺のせい』で雪ノ下がそうなっていると、そう言うのだから。…だがその上で、俺が傷付けた…何かした訳ではないとも言う。無自覚に傷付けた訳でないとしたら、一体何なのか、俺には到底分かりそうになかったが、折本は一瞬躊躇うかの様な素振りをしてから、結局それについても放った。

 

「…比企谷が入院してた時さ、雪ノ下さんが来て、私と口論になったの、覚えてる?」

「…あぁー、あったな。…それが、どう関係するんだ?」

「………比企谷、あの時入院してたじゃん」

「…?……あぁ」

「…それをさ、世間一般はケガ人とか病人って言うんだよ。…勿論、雪ノ下さんも」

「…まぁ、だろうな…」

 

 話の要領を得ないが、何かしらの含みを持たせたがって居るのは理解出来る話し方を続ける折本。

 …そして、遂にその結果が、その口から伝達された。

 

「病人ってさ、言い換えれば『弱者』でしょ?……そんな弱者にさ、病室入るなり罵声浴びせた…って、それ、ただの嫌な奴じゃん?…少なくとも、病人でなくてもそう取れるのに、よりにもよって、『弱者』の『弱み』を態と潰す様な言い方してさ」

 

 どこか遠くを見る様に、少し目線を俺から外してそう言う折本。

 後は察してくれ、と言う意思が、さっきから暗に伝わって来ているのでこれ以上の追求は避ける事にした方がいいだろう。言わんとする事も分かった。…要は、元々俺と雪ノ下の問題でありながら、今となっては雪ノ下に免罪符を与えて、雪ノ下自身の気持ちを晴らさない限り、つまりは雪ノ下自身が何かしない限り、解けないのだ。

 俺にどうにか出来るのは、恐らくその免罪符を与えてやる事のみ。だがそれが、最大効率化されたベストチョイスである事に疑いの余地は無い。雪ノ下を説得出来ればの話ではあるが。

 

「…やる事は分かった。……だけど、雪ノ下はもう無理なんじゃないのか。『俺と居る』だけで拒否反応起こすレベルなら…」

「何も比企谷が直接会わなくても、雪ノ下さんが考えを改めてくれればそれで良いんだし…。……比企谷は気にしてないんでしょ?あの件については」

「あぁ…。…ってか、気にしてたとしても、そこまでになるか?普通…」

「…比企谷と雪ノ下さんの関係が普通じゃなかったんじゃないの?」

 

 言いながら、見事なジト目とともに脇腹をゲシゲシと突っ付く折本。

 意味するところを咄嗟に悟って、そして否定して。現状を鑑みて、再度半信半疑ながらに肯定する、という流れが頭の中で終わった頃には、俺は口を開いていた。

 

「…雪ノ下に伝えてくれないか。『俺は気にしてない。…お前が悪くなかった何て事は言わないが、少なくともそこまで深刻に考えなくていい』って」

 

 俺がそう折本に向けて言うと、折本は何とも複雑そうな顔をした後に、まぁいっか、と一言漏らしてから、その伝言を了承してくれた。──ただし、少し納得のいかない様な顔をしてはいたが。…ちょっとその…何だろう、いかにも嫉妬してますみたいな反応されると、いつものサバサバした感じとのギャップで……。実際の彼女相手に不覚にもとかどうなの、って気もするけど、不覚にも萌えました。

 

 …とまぁ、そんな惚気はいいとして、俺が出来る事は今のところもうない…筈だ。もちろんそれは折本の言葉を信じるならの話ではあるが、今回は大人しくそれに従う事にしよう。…自分で探したら、やる事は見付かるかも知れないが、対象があの雪ノ下だし、何より今は俺の何の行動がどう影響するか分からない。ならせめて危険は冒さない方がいいと、俺の勘が告げていた。…そもそも俺は、未だに雪ノ下がそんな理由で引き籠っているという事すら完全には信じていない──信じる事が出来ずにいるのだ。仮にこれ以上俺が原因で雪ノ下を苦しめる事になったら、関係の修復はおろか、関わり合いそのものが切れかねない。

 

 そこまで考えて、ふとした疑問が頭に浮かんだ。

 それだけは避けたいと、そう思った俺が居た事実を、…恐らく、これまで無意識に避けてきた考えを、明確に意識した。そしてそれと同時に、あの場所が…奉仕部がどれだけ俺にとって価値のあった場所だったのかを、そして、モールでの由比ヶ浜とのやり取りの真の意味を、今更になって理解した。

 

「っ……!」

「…比企谷?…大丈夫?」

 

 果てしない絶望感と悲壮感の海に、何の覚悟も無しに放り込まれた様な。そういう類の重い衝撃が俺を支配する。

 それは、俺が今まで折本という名の殻に蹲る様にして避けていたもので、その衝撃はあの時の事故にも勝るとも劣らないだろう。

 俺が雪ノ下に背負わせた、由比ヶ浜に期待した結果の、大きな反動。

 『俺は気にしていない』などと、よく言ったものだ。

 俺が今やるべき事。──それは十中八九、俺自身を理解する事だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 二日立て続けに比企谷と話をして、現状の方針を固める。

 先ずは目的。これは、大きなところで言えば、奉仕部を元に戻す…つまり、比企谷とあの二人を「友達」と呼べる関係に近いものに持っていく事。小さいことろで言えば、雪ノ下さんとの関係回復だろう。

 その一歩の為に、色々遠回りをして、比企谷をせっついて。ようやくその一歩目を踏み出す事が出来る舞台が整った。

 

 本来なら、比企谷が直接雪ノ下さんに伝えるのが何よりの形。しかし、学校に姿を見せず、そのまま夏休みに入ってしまってはどうしようもない。何より、比企谷に対して心が拒絶してしまっているのだから、まさに取り付く島もなかった。

 そこについては今更どうこう言ったって遅い。もうなってしまっているのだから。

 

 だから、今回は私が代理をする。

 

 彼の為?そりゃあそう。…まぁ、全部が全部、彼の為じゃないけど。…私の勘が間違ってなければ、雪ノ下さんも監視する必要が無きにしも非ずな気がする。

 …そりゃ、彼氏がモテるのは良い事だと思うよ?雪ノ下さんみたいな超絶美人にモテる程の、ってのは自慢になりますよ。えぇ。…ただ、浮気は別。それは別の話。

 勿論、比企谷を縛るつもりは無い。

 比企谷がその人の事を本気で好きで、私に愛想を尽かして居るなら、それは私の努力が足らなかった証拠。

 だけど、私の事が好きだけど、可愛いから、何て理由で手を出すのは外道。…と言うか女の敵だ。許すまじ。

 そもそも、現にもう津久井さんって言う最大の強敵が近くに居るのに、これ以上強敵を増やすと本当に私が転覆しかねない。…と、思ってはみるものの、そこで一旦ストップ。これ以上増えたところで、個々人と比企谷の関係で見て、私が比企谷を一番愛せていれば良いのでは…?…ふむ。確かにそうかも。…よし、何か希望が見えた。

 

「うわー…広い」

 

 住む世界が違うとは、こういう事だろう。まさにアニメの様な、鉄格子の大きな門。奥には石畳の道も見える。洋風で、落ち着いた雰囲気のある、お屋敷だった。

 緊張する指を何とか抑えて、門横にあるインターホンを押す。…まぁこう言う場合、アニメでは使用人が出るのが普通だ。

 

『はーい。あら、折本ちゃんじゃない。…例の件、もう纏まったの?』

「!?…ゆ、雪ノ下さん」

『あ、あーごめんね。今、門を開けさせるから。…二分ほど待って?』

「え?…あ、はい」

 

 そう言って切れる通話。言われて気付いたけど、守衛さんって居ないのかな。

 …と、思ってる内に、それはそれは見事な、まさに黒服、と言った感じの使用人が現れ、何かを弄ると、ひとりでに門が開き始める。

 そうして私は、色々と違う世界観に気圧されつつも、目的を果たす為に、雪ノ下家へと足を踏み入れた。


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