「折本──」さて、この後に続く言葉は──   作:時間の無駄使い

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アレだけ休んでて、昨日久しぶりに投稿した挙げ句今日も投稿と、本当に不定期極まりない作者です。
今回からAS①、ようやく収束方向へと転じます。


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 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

「もう秋になっちゃったね…」

「…そうね。……季節の巡りは、早いわ」

 

 総武校校舎内、とある馴染みのある一室。由比ヶ浜の独り言の様なそれに、雪ノ下が応える。

 対して俺は、広げていた参考書から、視線を窓の外の紅葉している木々に移すだけである。

 

「…でも、少し癒やされます。…今までの足取りを、想う事も出来ますから」

「…………詩人だな」

「ええっ…!?」

「…ど、どう言う事?ゆきのん」

「…そうね、そこの国語学年一位さんにでも訊いてみたらどうかしら?」

「お前それまだ根に持ってたのか…。…てか素直に津久井に訊けよ…」

 

 それまで筆の走る音しか無かったところが、皆、糸が切れた様に会話が始まる。

 その様子を眺めて、これはもう駄目だなと思ったと同時、たまたま雪ノ下と目が合う。

 目配せをすると、彼女は頷いて、席を立った。

 

「少し休憩にしましょうか。由比ヶ浜さん、津久井さん、紅茶、飲むかしら?」

「うん!もらうー」

「私も、お願いします」

 

 俺の分は、果たして『確認済み』と取られたのか『眼中に無い』という暗示か。

 どちらでもいいはいいが、流石に凹むかも分からん。

 

「………………」

「…あれ?どっか行くの?ヒッキー」

「いや…。…窓開けていいか?」

 

 黙って席を立ち、教室の窓の方へ歩く。

 許可を取って窓を開けると、暖まっていた部屋を冷さんとばかりの外気が一気に入って来る。

 そこから下を見れば、グラウンドと、そこで活動する各種部活。…もう既に引退試合の終わったサッカー部をチラッと一瞥すると、恐らく新部長なのだろう。檄を飛ばしている最中だった。年度が変わり、同時に一色が抜けた。そこから少しして、三年の引退のかかった試合。そこは勝ち進んだらしいが、その次の試合で、長年のライバル校に惜敗し、葉山や戸部を擁したサッカー部三年は引退となった。そんな経緯から分かる通り、今のサッカー部に知り合いは居ない。だから特別見たところで何が面白いと言う訳でも無いが、何となく秋と紅葉を見てからそれを思うと、どうしても枯れ行く様にしか見えず、そう言う気持ちにさせるのには、十二分な力を持っていた。

 びゅうっ、と一陣の強い風が吹き、伸びた前髪がやっとかかっていた右目を閉じる。

 視線を上げ、高く広い空を見れば、僅かばかり薄く広がる、水彩の白の様な雲々。

 女心と秋の空、という有名なことわざがあるが、男心と秋の空、何て物もある。違いと言えば、女心の方が意味が多い事くらい。そもそも女心の方のもとの意味は男心と同じく、相手を思う気持ちが秋の空同様に変わりやすい様を表している。だから、性別くらいの差しかない訳だが。話を戻すと、俺の心は、果たして秋空の様に揺れているだろうか。…折本に対し、一喜一憂し、彼女らしく扱えているだろうか。

 奉仕部の問題が解けたのも、彼女の功労のお陰と言って過言でない。

 だから、それが引っかかっていた。

 そもそも彼女は俺に、俺らしく、と一言言っていた。俺はそれの意味するところを、背伸びするなという風に取った訳だが、果たしてそれが何もしない事に繋がるかと言えばそうではない。

 未だに恋人が恋人になる理由は分からないし、折本の事が好きなくせに、愛を考えればそれを否定出来てしまう。しかしそれは俺が俺であるが故であり、証拠だ、と彼女は言ってくれた。

 

「はぁ……」

 

 溜め息一つ、過去の今までに向けて。

 下を向く様に振り返りつつ後ろ手で窓を閉める。

 そうして顔を上げると、そこには三つの顔が並んでいた。

 

「うおっ…」

「……今のは仮にも乙女の顔に向けてする反応じゃないわよ?比企谷君」

「い、いや、ビックリしたんだよ。…ってか、三人揃って何だ」

「えへへ…何だと思う?」

「比企谷君が当ててみて下さい」

 

 ピッタリと三人横並びして、俺とは教室と同じ床タイル二枚分くらいの距離を開けて、そこに立つ。

 もう十月も半ば。そんな中途半端な時期に、何かする様な事があっただろうか。

 しばらく考え込む。が、一向に分からない。

 

「…降参だ。さっぱり分からん」

「ヒントは、今年やってない事、だよ、ヒッキー!」

「はぁ…?」

 

 どうやら、飽くまでも俺に答えさせる方針らしい。

 また長考タイム。とは言え、降参した時点で真面目に考える気は失せていたので、軽くしか考えなかったが。

 早めに切り上げて何か言われるのも怠かったので、少し時間をおいてから。

 

「…やっぱり分からん。正解は?」

 

 肩をすくめながらそう言った。

 

「…まぁ、そうよね。……比企谷君、遅くなってしまったけれど、……その、誕生日、おめでとう」

「おめでと!ヒッキー!」

「私からも、おめでとうございます。…とは言っても、私と比企谷君は折本さんと一緒に三人で祝っちゃいましたけど…」

 

 た ん じ ょ う び 。

 

「そういやそんなのあったな…」

「ちょっ、ヒッキー!?」

「自分の生誕くらいは祝うべきじゃないかしら…」

 

 今年はもう受験だし、それまでは受験勉強しつつ奉仕部とのいざこざを解決と、忙しくて構って無かったし、折本たちに祝われた後も余り変わらずで、すっかり抜けていた。

 

「津久井と折本が祝ってくれたのは、夏休み中だったよな」

「そうですね。…確か予備校帰りだったんですよね?比企谷君」

「あぁ…。…拉致されたかと思ったぞ」

 

 予備校帰りの俺は、津田沼から帰る途中、駅の改札を出た時点で、後ろから人混みの中を誰かに捕まり、状況を整理しようとしてる内に気付けばとある店の中だったと言う、ある種恐怖体験の様な事を体験したのだ。因みに、連れ去ろうとしたのはたまたま暇だったうちの親だった。帽子かぶってサングラスしてたから、完全に不審者の様相だったが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あれは、奉仕部との仲を修復しようと、折本が各方面に奔走していた(らしい)八月の頭。

 家で勉強していたところに呼び出しがかかり、久しぶりだった事も手伝って、気晴らしにという事でそこへ向かった。

 待っていたのは折本と津久井。最近この二人で居る事が何となく多い気がするが、それは後になって俺の為だったと知った。

 

「あ、来た来た。比企谷ー、よっす」

「よう、津久井も」

「おはようございます」

 

 軽い挨拶。何時もならこの後すぐ移動するので、てっきりそうなのかと思って訊くと、折本は首を横に振って否定した。

 

 ──そして、当時の俺に、超弩級の爆弾を投下したのだ。

 

「…比企谷さ、奉仕部の事、まだ諦めてない…?」

「ッッ…!!」

「…答え辛いのは分かってる。…でも答えて。比企谷が戻る気が無いなら、それでいい。…それを引き摺らないで、振り切れるなら、それでもいいよ。……でも、そうじゃなくて、何かを抱えたまま引き摺るなら、教えて」

「…私からもお願いします。…比企谷君には急になっちゃいましたけど、…私と折本さんでそうした方がいいって、決めたんです」

 

 津久井はそう言いつつ、一度目を閉じて、その後一層はっきりと俺を見る。

 

「………比企谷君は今、迷ってます。……それは、『そういう気持ち』がまだあるから何じゃないですか…?」

「──っ…」

 

 正論だと、素直に思った。

 迷うのは、その気持ちを捨て切れてないから。その通りだ。だから迷って、そしてそのまま忘れようと、どこかで必死になっていた。

 

「…何で今なんだ?」

「……私は、比企谷に笑顔になってもらいたい。…それは、分かってくれる?」

「…あぁ」

 

 折本が問うたのは、俺が笑顔では無いという、事実。

 それが分かるからこそ、頷くしかなかった。

 

「…それでね、ここからは勝手な事なんだけど、そろそろ比企谷誕生日じゃん」

「あっ……あ、あぁ、そうだったな。…それが?」

「…いや、だから、…その、誕生日は笑ってて欲しいな、って」

 

 そういう事らしい。

 俺の為に。誕生日を笑って過ごせる様に、余計なお節介と言われかねない事を、恐らく今まで周到に準備して来ての今なのだろう。…どんな事をしていたのかは、全く想像がつかないが、俺の人間関係を鑑みるに、碌でもない以上、相当苦労した筈だ。

 そこまで悟って、俺は肩肘を下ろした。

 

「………戻れるなら、……許されるなら、戻りたい。…それが、本音だ(、、、)

 

 俺は、俺が初めて信頼を許した他人に、それを伝える。

 それを見た二人は、少し笑って、そして互いに顔を見合わせた後、頷いて、

 

「分かった」

「分かりました」

 

 と、短く一言言い放った顔は、まだまだ暑い夏の爽やかな陽射しの中に透けて、とても輝いて見えた。

 


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