「折本──」さて、この後に続く言葉は──   作:時間の無駄使い

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今回はオリキャラが出てきますが、主要キャラではないのでタグにはいれてません。

ー追記ー
現在作品の再構成を行っており、終了時点での結果によりオリキャラが主要キャラとして入る可能性がありますので、確定次第タグをつけます。


02

 話は、数日前に戻る。

 その日も平常運転の奉仕部に、珍しく客がきたのだ。

 

「失礼……し…ます」

 

 部室におどおどしながら入って来た依頼人は、やたらと顔が赤く、足取りが少しふらついている。

 割りと華奢な感じの細めの身体だが、ジャージを見るに運動部のものだった。部活を抜けて来たのかそれとも熱で休んだのか。そんな感じだった。

 

「あなた、大丈夫なの?」

 

 依頼を聞く前に雪ノ下が椅子を出しながらそう問う。俺からみても少し危険な気がするが、本人がここまで来られているなら症状はそこまで重くはないのだろう。

 

「あ、はい……。それより、今日は依頼で来たんですけど……」

「ええ。平塚先生に紹介されたのでしょう?」

「いえ、違うんです。……その、比企谷君に、依頼があって……」

 

 そこで、急に俺の名前が出された事に驚きつつ、雪ノ下に流し目をすると、雪ノ下は、(ついでに由比ヶ浜も、)俺を睨んでいた。

 

「いや、お前らな……。えっと……初対面…でいいんだよな?」

 

 俺が依頼人に聞くと、依頼人は首を振る。

 

「文化祭の時に一緒でした」

 

 どうやら、この女生徒は文化祭実行委員会だったらしい。

 

 文化祭実行委員会──。

 つまり、この女生徒はあの事件も知っている訳だ。何も知らずに悪口を言ってくる奴らではなく、相模のあの進行やその他もろもろを少しは知ってて悪口を言ってくる奴らだ。

 まあ、俺は実害は被ってないので特に気にしてはいないが、しかしそんな奴が一体俺に何のようだ?

 

「──えっと……その、雪ノ下さん?……と、由比ヶ浜さん。少しの間でいいから時間くれないかな?」

「それは構わないけれど、それは私達じゃなくてそこの彼に言うべきでしょう?私達じゃなくて彼への依頼なのだから」

 

 お前はどんだけ俺と別枠に入りたいんだよ……。

 

「そんなに私達を強調しなくてもいいぞ。あと、そこの彼って、この部屋に彼は俺しかいねぇよ。どこもなにもねぇよ」

「まぁまぁ、二人とも……。依頼依頼」

 

 いつもの、俺と雪ノ下の恒例の流れになったところで由比ヶ浜が止めに入る。

 

「えっと、確か津久井さんだったよね。隣のクラスの。……私とゆきのんは出てればいいのかな?」

 

 そのまま由比ヶ浜が司会を務める。──当の指名された本人がここまでの会話で全く状況を把握出来ていないんだが……。

 

「……つまり?……俺がその、えっと……「津久井さんだよ、ヒッキー」津久井さんと残って、由比ヶ浜は雪ノ下と出る、と」

 

 俺は、依頼人──津久井というらしい──に確認する。

 すると、その津久井さんは「はい……」と小さい声で頷く。

 その顔はまだ赤く、本当は熱があるんじゃないかと思うのだが、俺に害がなければ特に気にも留めはしない。それは当人が決めることで、俺が決めることではない。

 

「こんな男と二人きりで大丈夫なの?……もし何かされそうになったら大声で叫びなさい。学校に来られなくしてあげるわ」

「おい。……雪ノ下、俺の自己保身能力と理性の高さを舐めるなよ?」

 

 以前、平塚先生が自己保身がどうとか言っていたのを思い出す。

 

「そうでもないでしょう?自己保身能力の方に関して言えば。常識がズレているのだから」

「俺をそんなキチガイみたいに言うな」

 

 だいたい、常識がズレてる奴が普通の高校に通えるかっての。……まあ、実際一部の常識はズレてるけど、それは──そこに関しては雪ノ下も同じだからとやかく言われはしないと思うが。

 ていうか理性の方は納得しちゃってるのか。……俺、なんかしたっけ?

 ──ということで、俺は津久井と二人で奉仕部部室に残る事になり、その間二人は由比ヶ浜の勉強会を開く事になった。……それが分かった瞬間の由比ヶ浜のあの絶望に満ちた顔はきっと忘れない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それで?依頼はなんなんだ?」

 

 単刀直入に聞く。

 

 名前すら知らない、クラスも違うこの女生徒は『俺に』依頼がある、と言った。

 

 はたして脅されるのか暴力を振るわれるのか。

 大体、見知らぬ他人からの俺に対する用件なんぞ決まっている。──あの文化祭がいい例だ。別の部署の仕事まで押し付けられ、しかも俺が断ればイラついた顔で一度は持って帰るものの、再び戻って来て何食わぬ顔で机に叩きつけるように置いて行く。……ようするに俺に拒否権は無かった。

 そして、ついに彼女が口を開いた。

 

「……えっと、……その、わ…わたし、と………」

 

 そこまで言うと彼女は一度下を向いた。そして、すぐ視線を戻し、再び俺の方を見てから今度は席を立つ。そして──

 

「──わたしと、つ…つ、付き…合って、くれま…せん…か?」

 

 

 

 ──恐らく、彼女なりに頑張って言ったのだろう。

 

 眼には涙が溜まり、身体は小刻みに震えている。その両腕は胸の中心で合わさり左の手で右の手を包むようにして握られている。

 それまで足取りが少しふらついていたのも恐らくは緊張だろうし、顔が赤かった理由も、──まあ、こうなってしまえば分かる。

 

 分かるのだが──。……しかし残念な事にそれが理解出来るほどに俺の脳はこういった方向への耐性がないので──

 ──驚いて、そこで思考が固まってしまった。

 

 ただし、俺はそこに微かに、デジャヴを感じていた───。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 すぐに思考は回復したが、回復した時点でどう応えるべきかで迷った。

 ──いや、答えは決まっているのだが、俺自身の状況を俺自身が良く理解できていないのだ。

 さっき感じたデジャヴ──。

 あれが原因である。

 津久井には失礼だが、さっきの告白で俺は中学時代を思い出してしまったのだ。

 そう──折本かおり、である。

 彼女とは当時──というか高校入学後だいたい今年の夏前まで辺りは恋人の関係だったのだが、その後は折本の方に予定が入ったり俺が奉仕部で林間学校に行ったり他にもあったりとしばしば予定が噛み合わない事があって、疎遠になっているのだ。

 

 ──そして、現在では完璧に会っていない。

 

 疎遠というか縁が切れている。──風に流された、という感じだ。時間が経ったのと、しっかりとした関係じゃなかったのが仇になった。……その辺に関しては俺が全面的に悪いのだが。

 ──つまり、まとめてしまえば『今現在俺には彼女いるの?いないの?』問題が発生しているのだ。

 津久井は頑張って俺に言ってくれたので、俺も誠意をもって対応したいのだが、下手すると『彼女居るのに……』って事になりかねない。

 俺が言われるのはいいけど、最悪それが飛び火する可能性を考えると今とれる最善は──

 

「津久井…さん、告白は、嬉しかった。……でも、俺が返事をする前に、聞いて欲しい話がある──」

「え…っ……」

 

 彼女は胸に手を置いたままで驚いたような顔をする。

 

「──恐らく、俺と津久井さんの俺のイメージは、ズレてる。……この話を聞いて、本当に付き合いたいと思わなかったら、…部室を出て行ってくれていい」

 

 津久井はその涙を流し、まだ眼に少し涙が溜まったその顔をびっくりさせながら、取り敢えず俺が促す通りに席についた。

 そして、俺は語り始めた。

 ──折本かおりの事を。……折本との、最初の本格的な接触であるあの放課後の件を。

 告白されたのに別の女の事を話している事には少なからず罪悪感を抱くが、俺の本当の事を話すのに適したネタがあるのが折本との事だし、告白された後でもこういう話を出来てしまう俺に軽蔑するならその時点で彼女は俺に理想を抱いていただけなので誰も後悔せずに済む。……告白した後悔は残るかもしれないが。

 最初は驚き、謎が浮かんでいた津久井の顔は、次第に変わっていったが、それは軽蔑の眼ではなく、『ああ、やっぱり』という感じの顔だった。

 

「──こんな感じだ。……部室を出たければ出てくれ」

 

 俺は、津久井にあの件を全て話した。今の俺と折本の関係も。包み隠さず赤裸々に。

 だが──

 

「……知ってる。……私の想像と、特に変わってない」

 

 ──そう言った。

 ……つまり、彼女は俺のそんな部分が分かっていて告白してきたのか……。

 勇気を出して告白して、そして相手がこんな曖昧な状態じゃあ釣り合いがとれそうにもない。

 俺にとって他人ほどどうでもいい事はないが、しかし俺の為に何かしてくれたり今のように好意をちゃんと示してくれたり、なんて言うんだろうか──俺に対して軽蔑や侮蔑ではない、『何か』をもって接してくれた奴に対しては、返事もちゃんとするようにしている。そうしないと失礼な気がするから。

 何だかんだで由比ヶ浜や雪ノ下は俺にとってそうなのかもしれない。

 だが、そういった奴に俺が慣れていないから……いや、そもそもの対人関係自体に慣れていないから、俺から関係を壊してしまう事もある。

 

 あの時──由比ヶ浜を遠ざけた時のように……

 

 今は由比ヶ浜の件、──そして折本の件を教訓に、そうならないように気をつけている。

 だから──

 

「──ありがとう、津久井。……でも、さっき言った通りだ。俺は俺の状態が分からない。そこをはっきりさせて、俺が俺を分かったら、……津久井に応える」

 

 最悪なのは分かっている。──最善と言っておきながら、最悪な手なのは分かっている。本気で告白してきたのを、分からない、と言って返したのだから。

 だが、津久井はそれでもいいと言ってくれた。

 津久井は、高一の時に俺と同じクラスだったらしいのだが、残念な事に俺は覚えていなかった。……なぜ文化祭実行委員と答えた時に答えなかったのかは謎だが。

 

「うん。じゃあ───待ってる」

 

 涙は既にもうなかったが、眼が腫れてしまっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 津久井が帰った数分後、雪ノ下と一緒に、八十歳を超えた人のオーラ(枯れた感じ)を出している由比ヶ浜?が帰ってきた。

 

「……………それは?」

 

 俺は、念のために雪ノ下の後ろにいる茶髪が誰なのか確認すると……

 

「由比ヶ浜さんよ」

 

 ──どう教えても伝わらないのだけれど……。

 と、盛大な溜め息をつきながら言う雪ノ下の顔をみれば、疲れの色が浮かんでいた。

 

「ご苦労さん……」

 

 マジでお疲れっぽい。教える方も、教わる方も。由比ヶ浜はさっきからなんか小さな声でなんかの数式をひたすらぶつぶつ言ってるし……。

 

「ところで──」

 

 疲れた表情を幾らか戻した雪ノ下は、俺に話を振ってきた。

 

「ところで、あなたの方は何だったの?」

 

 どうやら、俺の方を気にしているらしいが、──まあ当然話せるはずもないので、

 

「気にすんな」

 

 と言ってはぐらかした。

 実際、当事者以外が口を出す問題ではないだろう。

 そして、その日の部活は、そこで終了した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 校舎を出ると、冬の風が身体を冷やしにかかる。

 身震いしてマフラーを巻き直すと、自転車置き場へと急ぐ。

 家に帰って、中学時代のクラスの連絡網を調べれば出てくる筈なのだ。──折本の名が。

 俺は折本の携帯の番号など知らないので、連絡網からしか掛けられない。

 だから、少し急いでいた。

 いつもよりは少し速い速度で漕ぎ続け、そして着いた。

 玄関を開けて、一度自室まで行き、着替える。そしてリビングに戻って来て、連絡網の入っているファイルを漁る。

 

 ──が、

 

「………ない…だと?」

 

 連絡網は、入っていなかった──

 これでは嘘をついた事になってしまう……。

 

 ──しかし、俺と折本はこの少し後、意外なところで再会を果たす事になる……。




今回を含め、あと数話は出来上がり次第、その日の18:00に投稿、または過ぎていたら翌日の同時刻に投稿していきます。

その後は毎週火曜日(もし早く出来た場合は土曜日にも)の18:00に投稿する予定です。


ー追記ー

文の『去年』と書いてあったところを『今年』に修正しました。時系列を確認した結果です。

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