君の名は・失われた刻(とき)を求めて   作:JALBAS

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瀧が、三葉と初めて直接逢ったのは、中学生の時に電車の中ででした。
でも、この時は、瀧は三葉を知らず、三葉も、自分を知る前の瀧であることを知りませんでした。
2人が、お互いを認識した上で、初めて顔を合わせたのは、御神体のある山の頂上です。
そこが、ある意味2人の出発点であり、終着点であるのかもしれません。
これが、最終章です……




《 最終話 》

 

山の頂上に着いた時には、もう陽は暮れかけていた。

俺達は、頂上の縁の上から、カルデラ状の窪地の中心にある、巨木を見下ろす。御神体だけは、8年前と変わらぬ姿でそこにあった。

俺達は、ゆっくりと坂を下りカルデラの平原部に降り立つ。そして、しばらくその場に立って、御神体を見つめていた。

 

5年前、俺はここに来ている。だけど、覚えているのは、縁の上で目が覚めた後のことだけ……

俺は、あの中に入ったのか?それとも、ただ眺めていただけなのか?……

いや、本当に、来たのはその時が初めてなのか?もっと以前に、一度来ていないか?一人では無く、誰かと……

 

私は、8年前、お婆ちゃんと四葉と一緒にここに来た。私達の、口噛み酒をお供えに……

の、筈なんだけど……どうしてかな?あまり、はっきりと覚えていない……何か、自分の記憶じゃなくて……他の誰かの、記憶をなぞっているいるみたい……

その時の話は、四葉からも聞いたことがある。私が来たことは、間違いない筈なのに……

 

「……行こう。」

そう言って、俺は歩き出す。三葉は黙って頷いて、それに続く。

お互い何も喋らず、無言のまま歩き続ける。御神体を川のように囲んでいる水たまりの手前までで来た時、不意に、頭の中に誰かの声が響いた。

“ここから先は、隠り世……”

この声に、俺達の足が止まる。その直後に、いきなり三葉が悲鳴を上げた。

「いやあああああああああっ!」

「み……み・つ・は?!」

驚いて、俺は振り向く。彼女は、頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまう。

「だ……だめや!ここから先に行ってはだめや!……この先は、隠り世……行ったら、戻ってくるには、何かを置いてこんと……もう、無くすのは嫌や!これ以上、大切なものを無くすのは嫌や!!」

そう叫んで、三葉は泣き出してしまう。

俺は、どうしていいのか分からず、立ち竦んでいる。

「か……帰ろう……もう……帰りたい!!」

取り乱す三葉を見つめながら、俺は考える。

 

無くした記憶を取り戻したくて、俺達は、ここまで来た……

だけど、結果はどうだ?何一つ思い出せないばかりか、かえって三葉を悲しませてばかり……こんなことまでして、記憶を取り戻す意味があるのか?

俺は、無くした記憶は、俺達にとって必要なものだとばかり思っていた。でも、本当にそうなのか?

世の中には、無くなってしまった方がいい記憶だって、たくさんある。俺達が思い出そうとしているのは、もしかしたらそんな記憶じゃ無いのか?だから、忘れてしまったんじゃないのか?

 

「み……み・つ・は……」

俺は、彼女の横に屈んでそっと肩を抱く。

「ごめん……もう、帰ろう。」

「……うん……うん……」

鳴きくぐもった声、で三葉は答える。

俺は、ゆっくりと彼女を立たせ、御神体に背を向けて歩き出す。

 

記憶が何だ!過去が何だ!そんなもの無くたって、俺達は生きていける。

もし、掛け替えのない思い出が過去にあったとしても、それは、もう済んだことだ。重要なのは、今であり、これからだ。

今の俺達に、何の思い出が無くたって……これから、作ればいいじゃないか!

 

歩きながら、俺は、自分に必死に言い聞かせた。

三葉は、まだ、声をころして泣いている。

縁の傾斜に差し掛かり、三葉を支えながら、ゆっくりと登る。頂上に着く頃には、もう、日が雲の後ろに隠れていた。

『……カタワレ時……』

二人同時に、そう呟いたとき……

 

頭の中のモヤモヤが、一気に弾け飛んだ。

空の陽は見えなくなったが、頭の中は、眩い光に満ちていた。

全ての思い出が、一気に浮かび上がってくる……

 

5年前のある日、俺は突然、ど田舎で、見ず知らずの女の体で目を覚ました。

最初は夢だと思っていたが、それが頻繁に起こり、周りの反応やスマホの記録から、その女と入れ替わっているのだと知った。

戸惑う反面、性別も変えた違う自分になれる楽しみや、自然の中で暮らせる爽快感も日に日に増えていった。

しかし、それ以上に、自分の中で三葉という女の存在が、どんどん大きくなっていったのだが、その時はまだ、そのことに気付いていなかった……

 

8年前のある日、私は、見たこともない部屋で目を覚ました。気が付くと、私は見ず知らずの男の子になっていた。また、そこは、憧れていた東京だった。

最初はリアルな夢だと思った。でも、友達や家族の反応、覚えのないスマホの記録から、その男の子と入れ替わっていることを知った。

知らない土地での生活に対する怯え、焦り、あこがれの東京で暮らせる楽しみ、自分の体を知らない男の子に好き勝手に使われる怒り、様々な感情が入れ替わり、次第にその生活に慣れていった時に、気付いた……自分の気持ちに。

そして、会いに行った……その時代にいるのは、まだ私を知る前の彼だったのに……そのことを知らずに、私はショックを受けて……髪を切って、あの夜……

 

奥寺先輩とのデートの夜以降、三葉との入れ替わりが無くなった……その時初めて、俺は、自分の気持ちに気付いた。

俺は、三葉を探しに行った。自分の記憶だけを頼りに、そうして、何とか糸守を探し当てた……だが、そこに、もう糸守は無かった。三葉はいなかった。その3年前に、彗星の落下により、全てが消え去った後だった……

でも、俺は諦められなかった。今は、もう三葉はいない……しかし、それは入れ替わっている時も同じだった。元々、3年過去に飛んでいたんだ!だったら、もう一度行くことだってできる筈……

そして、ここに来た。三葉の口噛み酒を飲んで、もう一度過去に飛んだ……

 

私は、一度死んだ……でも、瀧くんが、私を……町のみんなを助けに来てくれた。

やっぱり、瀧くんは来てくれていた!それこそ、本当に時を超えて……私達に、新しい命をくれた……それだけじゃない、熱い……想いも……

 

私は、自分の掌を見つめた。

もちろん、今は、そこには何も書かれていない……でも、私には見える。あの時の、私を勇気づけてくれた“あの言葉”が……

次第に、掌がぼやけて、よく見えなくなる。目から、止め処なく、涙が溢れ出てくるから……

 

俺は、三葉の方を向いて呼びかける。

「三葉!」

自然に、そう呼べる。もう、この呼び方に、何の抵抗も感じない。

「瀧くん!」

そう言って、三葉もこちらを向く。相変わらず、顔は、涙でぐちゃくちゃになっているが、もう悲しみの涙では無い。満面の笑みから、喜びの涙が溢れ出ている。

「あの時、言えなかった言葉があるんだ……おまえが、世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度逢いに行くって……こんなに、時間が掛かっちゃって……ごめん!」

「ううん……ええんよ、そんなこと……だって、私の時間は、本当はあの時終わっていたんよ……今、こうしていられるのは、全部瀧くんのおかげ!」

「み……三葉……」

いつの間にか、俺も泣いていた。頬を、涙が伝っているのが分かる。

「わ……私も、あの時言えなかった……伝えられなかったことがあるんよ……」

そう言って、三葉は俺の手を取って、人差し指で、俺の掌に字を書き出す。

『……す……き……』

「ずるいよ、瀧くん……自分だけ、想いを伝えて……いなくなっちゃうんだから……」

「三葉!!」

俺は、飛び付くようにして、三葉を抱きしめた。

「瀧くん!!」

三葉も、俺の背中に手を回し、しっかりとしがみついてくる。

 

すると、陽が完全に沈み、辺り全体が一気に暗くなる。カタワレ時が、終わったのだ……

しかし……もう、三葉はどこにも行かない。いつまでも、いつまでも、ちゃんと俺の腕の中にいる。

「もう……離さない!」

「もう……離れない!」

『ずっと……一緒だ(一緒よ)!!』

 






ここまで読んで下さって、本当にありがとうございました。
実は、先にこの結末から思いついたんですよね。
記憶を失くしたのは、瀧は御神体でのカタワレ時の直後。三葉も、この時をきっかけに徐々に記憶を失くしていきます。
それならば、記憶を取り戻すのも、この同じ場所で“カタワレ時”を迎えた時ではないかと考えました。
あとは、どうやってここまで持っていくか、その方が苦労しました。

瀧くんは、あんなにがんばって三葉や糸守の人を救ったのに、そのことが忘れられちゃうなんて可哀想ですよね。何より、肝心の三葉に忘れられるのが一番辛い。
だから、この話は、がんばった瀧くんへのご褒美です。
これで、本当にハッピーエンドですよね?

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