君の名は・失われた刻(とき)を求めて   作:JALBAS

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いよいよ、2人は糸守に向かいます。
そこで、本当に記憶を取り戻すことができるのか?
糸守には、何が待ち受けているのか?

今回は、ちょっと重い話です……




《 第八話 》

 

「お姉ちゃん、何でそない暗いん?」

「え?……そ……そんなこと、あらへんよ……」

朝食を食べながら、四葉が問いかけてくる。

「せっかく、彼氏とお泊りでお出かけやのに……そんなんやと、引かれてまうよ。」

「だ……誰が、彼氏とお泊りや?か……会社の研修や言うてるやろ!」

 

ほんとに、鋭い子……もしかして?エスパー?

 

四葉には、瀧くんと出かけるということも、糸守に行くことも言っていない。

変に弄られるのが嫌というよりも、“糸守に行く”ということを言えなかった……当然、岐阜にいるお婆ちゃんや、お父さんにも言っていない。瀧くんは、せっかく行くのだから、顔を出してくればと言ってくれたけど……どうしてか、その気にはなれなかった。

 

と……とにかく、こんなに沈んでいちゃ、瀧くんが気を使っちゃう……四葉が言うように、平静を装わないと……

 

 

 

土日を利用して、俺達は糸守へ行くことにした。

待ち合わせは、東京駅の東海道新幹線の改札の前に、7時半。切符は、昨日の内に買っておいた。

俺は、30分前に待ち合わせ場所に着いた。いつもは1時間前行動の三葉だが、流石に、今朝はまだ来ていない。女性は身支度が大変だから、朝一は、やっぱりそうなるだろうと思っていると……通路の奥から、三葉が走って来た。

「……はあ……た……瀧くん……」

「……おはよう……」

「お……遅くなって……ご……ごめんなさい……ま……待った?」

「い……いや、ま……まだ30分前だから……お……俺も、今来たばかりだし……」

 

遅れなきゃ、やっぱり1時間前に来る気だったのか……

 

まずは、のぞみに乗り名古屋に向かう。

三葉は、朝からあまり元気が無く、口数が少ない。どうも、糸守行きを決めてから、様子がおかしい。

 

もしかして、本当は行きたくないのか?

俺は、無理強いをしているだけなんじゃ……

 

「三葉……さん?」

「え?……な……何?」

「い……いや……何でもない……」

“やはり、行くのはよそうか?”

その言葉が、喉元まで出掛かったが、言えなかった。

自分としては、記憶のカギは、どうしても糸守にあると思えてならなかった。だから、この旅は、中止にはしたくなかった。

 

やっぱり、糸守に行くのが……怖い……

どうしてだろう?もう、昔のような景色が見られないから?もしかして、昔のことを思い出すのが怖い?……

でも、それは多分、瀧くんとの思い出の筈……だったら……

 

名古屋で新幹線を降り、そこから高山線の特急に乗り換え、5年振りに飛騨古川駅に着いたのは、もう昼過ぎだった。

 

あの時、俺は、スケッチに描いた土地を探しに、ここに来た。

でも、その時には、三葉は既に東京に済んでいて、糸守には居なかった。それでもここに来たということは、ここに何かがあったんだ。組紐に関わる何かが……

 

とりあえず、駅前の食堂に入り、昼食を済ませることにした。

今日は、三葉からは殆ど話し掛けてこない。俺の方から色々と声を掛けるが、気の利いた言葉も出て来ないため、会話が続かない。

「どう?この辺、懐かしかったりする?」

「ううん?私、殆ど町から出てへんかったから、ここ、あまり来たことないんよ。」

こんな感じで……

 

昼食を終え、いよいよ糸守へと向かうが、ここからはタクシーでの移動になる。以前は、電車もバスも走っていたが、彗星災害で交通網が分断されてしまって以降、未だに復旧されていない。その日の宿は、駅の近くのホテルを予約した。三葉の実家(災害後の)に泊めてもらうという選択肢もあったが、いきなり男連れというのも問題があるし、何より、三葉が気乗りしないようだった。

 

タクシーの中で、ふと不安がよぎる。気持ちばかり先行してここまで来たが、本当に、糸守に行けば何か分かるのだろうか?

今日、糸守に来るにあたって、現在の状況を少しは調べた。

彗星災害により、町は人が住めなくなり、住民は一時仮設住宅や親類の家に移転した。ただ、元々過疎化が進んでいたこともあり、若者の多くは東京等の都会に移転していった。三葉の父や祖母等が中心となって、復興に向けた運動も進められているが、糸守に戻りたいと考えているのは高齢者が多く、思うように捗っていないらしい。

今、糸守には誰も住んでいない。だから、あくまで景色から、何かを思い出すしかない……

 

1時間弱タクシーに揺られ、俺達は、5年前に来た時と同じように、山道から糸守高校の前まで来る。そこでタクシーを待たせ、俺達は校内へと入って行く。

“校庭の端まで行けば、町と糸守湖、全体が見渡せる”

そう考え、俺達は、校庭の端へ歩いて行く。その場所に立ち、現在の糸守町を眺める…… 

俺は、呆然とした……そこから見える景色は、5年前に来た時よりは幾分ましになったとはいえ、依然、人が住める環境には戻っていない。そこに、家などは無く、大分片付けられてはいるが、まだまだ辺りは土砂や瓦礫に埋もれている。

「……」

三葉は、変わり果てた故郷を、目に涙を溜め無言で見詰めている。

 

わかった……何で、糸守に来るのを避けていたのか……罪悪感だ!

私は、この町を出たかった。家の古いしきたり、クラスメイトからの好奇な視線、何も御洒落じゃない田舎町……そんな生活を抜け出して、都会に行きたかった……高校を卒業したら、出て行こうと思っていた。

でも、いざその故郷が無くなったら……悲しかった。大切なものを、無くした気がした。あんなに嫌っていたのに……

だから、バチがあたったんだと思った……私が、“こんな町いやや”なんて言ったから……

 

「私のせいや!」

「み……三葉……さん?」

三葉は、顔を両手で覆い、声を出して泣き出してしまう。

 

ま……まずい!

こ……これじゃ、逆効果だ!と……とりあえず、こ……ここから離れないと!

 

「い……いこう!……み・つ・は……」

俺は三葉の肩を抱き、変わり果てた町に背を向け、タクシーを止めた場所に向かって、彼女を連れてゆっくりと歩き出す。

 

考えが甘かった!

ここに来れば……糸守に来れば、何か思い出すんじゃないかって、単純に考えていた……でも、それは、俺がスケッチした糸守があればの話しだった……今の糸守に、俺たちが覚えていたと思われる、景色は存在しない!少し考えれば、予想できたことだったのに……

 

「ご……ごめん!……み・つ・は……」

「な……何で?瀧くんが謝るの?……悪いのは、わたし……私なんや!」

タクシーまで戻り、乗り込む。運転手は“駅まで戻りますか?”と尋ねて来る。

 

そうだな……ここには、もう俺達の知っている……いや、知っていた糸守は、もう無い!

これ以上ここに居ても、余計に、三葉を悲しませてしまうだけだ。もう、帰るしか……

 

と、その時、頭の中にある情景が浮かぶ……

 

あった!まだ、昔の景色を留めている場所が、一箇所だけ……御神体だ!

あの場所は、今も、昔のままで残っている筈だ。5年前、俺は何かに引き寄せられるかのように、あの場所へ向かっていた。あそこに行けば、何かを思い出せるのでは?……だけど……

 

俺は、横に座る三葉を見る。

相変わらず俯いて、両手で顔を覆って泣いている。

 

どうする?こんな状態の三葉を、あそこまで連れて行って大丈夫か?……

一度駅に戻り、三葉を置いて、俺ひとりで……

 

「……た……瀧くん……」

急に、三葉が顔を上げ、俺の手を握ってきた。

「ひ……ひとりにせんといて!……ひとりになるのは……いや!!」

 

俺の心を、読んだのか?それとも、雰囲気を察したのか?……

だめだ!こんな三葉を、ひとりにする訳にはいかない!ここまで来たんだ、最後まで、2人で……

 

俺達は、運転手に指示をして、御神体のある山に向かった。

 






聖地巡礼は興味が無いので、この話を書く段になって初めて、飛騨市までの経路を調べました。(糸守が、飛騨市付近と設定して)
北陸新幹線が開通したから、富山経由の方が断然に早いと思ったのですが、意外と本数が少ないため、昼頃に飛騨古川に着きたいとすると、朝かなり早く出ないといけないんですよね。一番時間に融通が利くのは、のぞみで名古屋まで行って、ワイドビューひだに乗るパターンでした。

被災地の復興については、知見が乏しくて良く分かりません。みんな生きてるんだから、帰りたい人も多く、復興が進んでるか?という考えもありますが、若者がみんな東京で暮らしてたら、帰りたいのは高齢者ばかりで、復興は進まないのかな?とも思います。
とりあえず、“三葉が糸守のことをどう思っていたのか?”というところを掘り下げてみたくて、この話ではこのようにしました。
次回は、いよいよ最終章です。

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