失われた記憶を求めて、苦悩しながらも三葉との交友を深めていく瀧。
そんな瀧の前に、ひとりの女性が現れる。
この女性との出会いが、瀧の運命をどう変えていくのか……
緊迫の第六章、スタートです……
三葉からのメールは、昼休みに届いた。店は、まだ秘密らしい。待ち合わせの場所は、駅前の広場を指定された。
どうせ三葉は、1時間前から来て待っている。そう思って俺は、今日は待ち合わせ時間を7時にして、1時間15分前の5時45分に指定の駅に来た。定時即退社しても、これ以上は早く来れない。三葉より早く待ち合わせ場所に来るには、こうするか、会社を早退するしかない。
駅の改札を抜けると、待ち合わせ場所付近に、既に女の人が立っていた。
げっ!三葉!いったい何時間前に来てんだよ?……
と、よく見たら、三葉では無かった。
ショートカットの、ちょっと幼さの残る顔立ちの女性が、歩道の手すりに寄り掛かっている。俺のように、誰かとの待ち合わせだろう。流石に、三葉はまだ来ていないようだ。
一安心して、俺は、ゆっくりとその女性に向かって歩き出す……というか、待ち合わせの場所がそこなので、そっちに向かっているのだが……
近づいていくと、彼女は、何やらしきりに時計と駅の改札を交互に見つめている。少し、イライラしているようにも見える。
「ねえ、君かわいいね!」
突然、通りかかった男の2人組の1人が、彼女に声をかけた。
「俺らとお茶しない?」
「い……いえ……私、人を待ってますんで……」
迷惑そうに、彼女はさらっと断る。しかし、男達はそれくらいでは引き下がらない。
「ほんと~?だって、もう1時間はそうしてるよね?俺達、何度もここ通ったよ。」
「もう来ないんじゃない?そいつ……そんな薄情な奴より、俺らと遊ぼうよ!」
「いえ……結構です、放っといてください!」
彼女は必死に断るが、男達は全然諦めない。見ていて、こっちも腹が立ってきた。そこで ……
「ごめん、ごめん!待った?」
そう言って、俺は、男達と彼女の間に割り込んだ。彼女はきょとんとしていたが、俺がウィンクをして合図を送ると、ことを察したようで合わせてくる。
「……も~っ!遅いよ!どれだけ待たせるのよ?」
「それがさあ……帰りがけに、上司に摑まっちゃってさ……」
「……けっ!……」
男達は、ようやく諦めたようで、俺達に背を向けて去って行った。
奴らの姿が完全に消えたところで、俺は演技を終える。
「あ……ありがとうございました!」
彼女は、深々と頭を下げてお礼を言う。
「い……いえ、そんなに大したことはしていませんから……」
顔を上げた彼女の顔を見た時、何とも言えない懐かしさを感じた……
でも、初対面だよなあ?
「早耶香!」
急に、後ろから声がした。振り返ると、そこには、坊主頭のガタイの良い男が立っていた。
「どうしたんや?」
「どうしたんやないわ!あんたがちーとも来んから、変な人にナンパされたんやで!」
「え?ナンパ?……こいつがか?」
そう言って、その男は、俺を睨みつける。
「あほ!なんてこと言うねん!この人が、助けてくれたんやに!」
俺は、呆然とそのやりとりを見てるしかなかった……
ん?……そういえば、この喋りかたって……
「瀧くん?」
今度は、男の後ろから声が……三葉だった。
「三葉?!」
三葉の姿を見て、その女性が驚きの声を上げる。
「サヤちん?……テッシーも?」
「え?三葉やて?」
ガタイの良い男も、驚いて振り返る……
て……三葉の知り合いだったの?
彼女の名は、名取早耶香、通称“サヤちん”。男の方は、勅使河原克彦、通称“テッシー”。共に三葉の糸守での同級生で、一番の親友だった。俺達は、結局“ダブルデート”の形になって、三葉のお気に入りのカフェレストランに、4人で来ていた。
「いや~っ、申し訳ない!瀧くん!早耶香の恩人で、三葉の恋人のあんたを疑うなんて!」
「いや、恩人なんて……大袈裟ですよ。」
「だいたい、あんたがいつもいつも、遅刻して来るからあかんのやよ!」
「いつも、いつも言うなや!たまたまやろ!」
「ぷっ!相変わらずやね、2人とも……」
どうも昨日の夜から、騒がしいディナーが続いている……でも、何故かこの2人とは初めて会った気がしない。以前にもこうして、和気藹々と談笑していたような錯覚を覚える。
「でも驚いたわあ、三葉が、彼氏をつくるなんて……」
「ほんまやな、また、彗星が落ちて来るんやないか?」
「ちょっと!失礼やないの?ふたりとも……」
「ぷっ!……」
「ちょっと!瀧くんまで、何笑ってんのよ?」
思わず噴いてしまった。何か、昨日の逆転劇を見ているようだ。今日は三葉が、親友2人に弄りまくられている。俺の知らない、いろんな三葉が見れる……
「ええ~っ?一昨日逢ったばかりやて?」
「う……うん……」
「ほんまか?瀧くん?」
「え?……ええ、そうです……」
「……一目惚れ、いうやつか?」
「ん~分からんでもないかな?瀧くん、ステキやし……」
「そ……そんなこと……いてっ!」
サヤちんに褒められて、赤くなったところを、三葉に腕を抓られた。
「なんや、早耶香?ずいぶん持ち上げるんやな?」
テッシーも、少しヤキモチを焼いて、サヤちんを睨む。
「そらそや!困ってる見ず知らずの女の子を、躊躇せず、さりげなく助ける……中々できることやあらへんよ!」
「そんなん……俺だってやるわ!」
「あんたは、いきなり殴りかかるやろ?猛獣と一緒や!」
「何やと!」
「ぷっ!……ははは……ほんと、相変わらずやね、あんたら……」
「ふふ……本当に仲がいいんですね?お二人とも……」
三葉と俺に笑われて、2人は恥ずかしそうに頬を赤くする。
しばらくの談笑の後、女性陣は、化粧直しのため一旦席を外す。
「……なあ、瀧くん?」
「……はい?」
テッシーは、急に真顔になり、俺の目をじっと見てくる。
「三葉のこと……本当に、頼むで!」
「え?」
「あいつは、俺達の……いや、糸守に住んでたみんなの恩人なんや……あいつは覚えとらんみたいやけど、あの時、彗星災害の時、真っ先にそれを予知して、みんなを避難させようとしたんや。あいつがおらんかったら、みんな、あの災害で死んどった……」
三葉が?彗星災害を予知していた?……本当に?……
「あいつの家は、代々巫女や。年寄り連中には、三葉の母親には、何か神秘的な力があったて言うとるもんもおる。もしかしたら、三葉にもそないな力があったんかもしれん。時々、狐付きにあったように、豹変することもあったで……」
豹変?……それは、ちょっと怖いかも……
「みんなを救ったのに、あいつは……あの、彗星災害の後、ずっと寂しそうやった。何か、大切なもん失くしたように……あの日以降、心の底から、あいつが笑うてる姿を見てへんような気がする……せやけど、今日のあいつは違う。心の底から笑うとる。その大切なもんを、やっと見つけたかのように……」
テッシーは、突然俺の両肩を掴む。
「お前や!瀧!……お前のおかげで、三葉は、本当の笑顔を取り戻したんや!」
「え?!……お……俺が?」
「間違いない!俺にはわかるんや!何か……お前を見てると……あの時の、三葉と……」
正直、テッシーの言っている意味は、よく分からなかった。
ただ、これだけは分かった……テッシーは、三葉が好き……いや、好きだった。だからこそ、三葉に、本当に幸せになって欲しいと思っている。それを、俺に託したのだ。この期待は、裏切れない……今日、初めて会ったのに、何故かテッシーは、俺にとって掛け替えのない親友のように思えるから……
化粧室の鏡で、お互い化粧を直しながら、サヤちんが話しかけてきた。
「ねえ、三葉?」
「ん?なに?」
「瀧くんが……三葉が、ずっと探してた人やの?」
「え?……どうして、サヤちんそのことを?」
「知っとったよ……三葉の、男の人に対する態度……興味が無いというより、失望しているようやった……それって、“この人も違った”って感じやろ?」
「う……うん……」
「で?どうなの?瀧くんは、ビンゴ?」
サヤちんは、そう言って顔を近づけてくる。
「う~ん……た……多分……」
「ほんと?!……よ……良かったあっ!」
今度は、いきなり抱きついてきた。
「ちょ……ちょっと!さ……サヤちん?」
「こ……これで、三葉も……しあわせになれるんよね?そう……やよね?」
遂には、サヤちんは、泣き出してしまう。
「ちょっと、サヤちん!な……何で泣くの?」
「だ……だって……わ……私達、三葉のおかげで……生きてるんやよ……テッシーと、一緒になれたんも……三葉のおかげ……せやのに、三葉は……いつまでも、辛いまんまで……何で、三葉だけがって……」
「さ……サヤちん……ご……ごめん、ずっと、心配かけてたんやね?」
私の目からも、涙がこぼれてきた。
「み……みつはあああああっ!」
サヤちんは泣きじゃくって、もう顔が涙でぐちゃぐちゃ……せっかく直した化粧が、台無しだ……
でも……ありがとう!サヤちん!
店を出た後、テッシー達は寄るところがあるということで、そこで別れた。
俺達は、駅への帰り道を並んで歩いていた。
「……三葉さんて、凄いんだな?」
「え?……何で?」
「だって……彗星災害の時、三葉さんが、みんなを先導して避難させたんだろ?勅使河原さんが言ってた……」
「ああ……でも……私、そのこと、覚えてへんのよ。」
「だけど、勅使河原さん達がそう言ってるんだ。間違い無いだろ?」
「う……うん……そうなんやけど……」
本当に、私がそんなことをしたの?
私ひとりで、そんなこと……とても、できるとは思えない……
私は、瀧くんの横顔を見上げる。
この人が……瀧くんが、来てくれたんじゃないのかな?……そうじゃないと、組紐の説明がつかない……でも……
駅に着き、俺達がそれぞれ乗る電車のホームが違うので、ひとまず三葉の電車のホームに向かい、見送ることにする。ホームで電車を待っている時に、三葉が切り出す。
「ねえ……瀧くん?」
「ん?」
「瀧くんの描いた……糸守……見たいな?」
「あ……ああ、それじゃうちに……」
そこまで言って、はっとする。
そういえば……今朝は寝坊して、何にも片付けずに出てきた……掃除だって、数日やって無い……今、うちに来られるのはまずい!絶対にまずい!
「あ……明日、うちに来る?」
「ほんと?いいの?」
三葉は、待ってましたとばかりに浮かれて聞いてくる。
「あ……ああ……じゃあ、待ち合わせ場所は……あ……明日、連絡するから……」
「うん!楽しみにしてるね!」
そんなやりとりをしている間に、電車がホームに入ってくる。ドアが開き、三葉が乗り込む。
「じゃあ、おやすみ!瀧くん!」
直ぐにこちらを向き、笑顔で手を振る三葉。
「ああ、おやすみ!」
俺も、笑顔で答え、手を振る。
ドアが閉まり、電車が走り出しても、三葉は、いつまでも手を振っていた。
今回は、三葉側の証人喚問(裁判か?)。
序盤はドタバタ喜劇ですが、後半はテッシー達の心情を語る話に……
小説やアナザーストーリーでは、彗星落下後のテッシー達の三葉に対する気持ちって語られてなかったので、自分ならこう思うというのを書かせてもらいました。
テッシーとサヤちんのためにも、瀧くんと三葉には、幸せになってもらわないといけませんね!