組紐を頼りに、記憶をたどる2人……しかし、そう簡単に記憶は戻りません。
こういう時は、当時の自分達を知っている他人の言葉が、きっかけになることもあります。
前回は、司、四葉がその役目を……今回は、更にあの方が……
な……何で?
前の日の、気まずい別れ方……俺は、今日も三葉を誘って良いものかどうか、一日中悩んだ。しかし、そのまま連絡しないのも余計にまずいと思って、思い切って夕方メールを送った。糸守のことを聞きたいという理由もあった。ただ、流石に電話で誘う勇気は出なかったため、メールにした。
ところが、そのメールに対して、三葉の返事は即OK。まるで、待ち構えていたかのように、送った数秒後に返事が来た。
今日は、俺が高校時代、司や奥寺先輩とバイトをしていたイタリアンレストランに誘った。昨日同様、三葉は、30分前に来た俺よりも早く来て待っていた。俺が着く早々、俺が話し掛けるより先に彼女から、
「ねえ!瀧くん!今日から、もう敬語とか止めない?何かよそよそしいし、私達って、昔はもっと気楽に話していた筈だよね?」
と言って、どんどんフレンドリーに、今日あったことを話し始めた。その雰囲気に押されて、俺も敬語は止めて受け答えていたが……
何で、こんなに明るいんだこいつ?
昨日の夜は、俺と同じであんなに沈んでたのに……
まさか?何か思い出したのか?
もう、ぐずぐず考えるの止めた!
何があったって、瀧くんは瀧くんよ!私は、自分の直感を信じる……瀧くんは、間違いなく私が探していた人なんだ!それに、スーパーマンってことは有り得ないけど、きっと、瀧くんがあたし達を助けてくれたんだ!そうに決まってる!
とにかく、この雰囲気なら、糸守のことを聞けそうだ。
何せ、災害で住むところを失ったんだ。もし本当に糸守出身なら、話すことも辛いかもしれない……
「み……三葉さん?」
「“三葉”でいいよ。」
「え?……流石に、年上の人を呼び捨てというのは……」
「そんなこと、気にしなくてもいいわよ。なんか“さん”付けも、よそよそしくない?」
「で……でも、三葉さんだって、俺を“くん”付けでしょ?」
そう言われてみれば……そうか……でも、瀧くんは“瀧くん”の方がしっくりくるから……まあ、仕方ないか……
「で……実は、三葉さんの故郷のことなんだけど……もしかして、三葉さん、糸守出身?」
「うん!そうやよ……」
しまった!リラックスしすぎて、方言が出ちゃった!
私は、はっとして手で口を塞ぐ。
「あ……いいよ、そのままで。何か、その方が自然な感じで……いい、かな?」
「ほ……ほんと?じゃ……じゃあ、そうするね!」
「……そうか、やっぱり糸守出身なんだ。」
「う……うん、言ってなかった……ね……」
そうか、無意識に“糸守出身”って言うことを避けてたんだ。
被災地の出身と分かると、どうしても相手は余計な気を使ったり、場合によっては、好奇心だけで無神経な質問をしてくる……それが嫌で、こんな癖がついてたんだ……
「じ……実は俺……5年前に、一度糸守に行ってるんだ。」
「え?……ほんと?」
や……やっぱり、瀧くんは来てくれてた……ん?5年前?
「もしかして、その組紐を三葉さんに返したのって、その時じゃ?」
「それは、変やよ。」
「え?」
「だって……5年前でしょ?その時私大学生だから、もう東京に出て来てたんやけど……」
そうか!そうだった……じゃあ、俺が糸守に行ったのは別な理由で……
いや、待て……なら、何でその時に組紐を無くすんだ?
と、その時、ふと俺の目線が斜め前方、3席程前にいるカップルの男の方と合う。そいつは慌てて目を伏せるが、もう遅い!似合わない帽子を深く被り、サングラスを掛けているが、そんな程度ではとても変装とは呼べない。俺はむかむかと腹が立ってきて、思わず立ち上がった。
「た……瀧くん?」
「ご……ごめん、ちょっと、待っててくれる?」
そう言って、俺はそのカップルの、男の方に向かって歩き出す。
そいつの前まで来ると、そいつは俯いているが、声をころして笑っている。女の方も同じだ。
「な~にやってんだ?あんたら!」
「ぶはっ……わ……悪い……」
「は……はは……ご……ごめんね~」
とうとう声に出して笑いながら、答える2人……昨夜、突然電話を掛けてきた親友の司と、5年前の、もう1人の連れ合いの奥寺先輩だ。
「は……はは……いや……昨日の、お前の様子がおかしかったんで、気になってさ……悪いとは、思ったんだけど……」
「わ……私も……司君に相談受けて……心配になっちゃって……はは……」
とても、そんな風には見えない。どー見ても、面白がって見物していただけだ……まったく……
「あ……あの?」
いつの間にか、三葉が、後ろに寄って来ていた。
「瀧くんの、お友達の方ですか?……は……始めまして、私、宮水三葉と申します。」
「あ……わざわざ、ありがとうございます!……俺は、藤井司といいます!」
「どうも……奥寺ミキです。」
結局、三葉にも知られてしまい、4人で相席で話すハメになった。俺は、気が進まなかったんだが、どういう訳か、三葉の方が乗り気になって司達と話したがった。今日はどうも、三葉のテンションが高すぎる。まあ、ここで追い払っても、こいつら素直に帰るとは思えない。またこそこそ付いて来るだろう。だったら、目の届くところに置いといた方が安全だ。
「え?……三葉ちゃんって、瀧くんより3つ上なの?じゃあ、私とタメだね?」
「えーっ!そうなんですか?」
「瀧は、年上が好きだな……学生の時は、奥寺先輩にぞっこんだったし……」
「ば……ばかっ!余計なこと言うな!」
「え?……どういうこと?瀧くん?」
一瞬、三葉の目の色が変わる。
「あ……憧れてただけだって……べ……別に付き合ってねえし……」
「え~っ?一夜を共にした仲なのに……」
「ほんと?……た・き・く・ん?」
「だ……だから、それは……い……糸守に行った時で……2人だけじゃなくて……司もいたし……」
……疲れる……今日は、振り回されっぱなしだ……
何だろう……司君も、ミキさんも、初めて会った気がしない。
特に、ミキさんとは、懐かしい親友と何年かぶりに再会したような感じがする……
何か、楽しい……瀧くんの、面白い話もいっぱい聞けるし……
奥寺先輩の冗談をきっかけに、話は3人で糸守まで行った時の話になった。
「だからこいつ、全然ダメ幹事で、三葉さんの連絡先も、住所も何にも知らなくて……」
「幹事じゃねえって!お前らが、勝手に付いて来たんだろうが!」
「え?でも、それでどうやって糸守まで?」
「こいつが、糸守のスケッチを描いてて、それを頼りにいろんな人に聞いて回って……本当に、苦労したよなあ……」
「お前ら、何にもしてねえじゃねえか!遊んでただけだろ!」
「え?瀧くん、糸守のスケッチをしてたの?いつ?」
「う……うん、それも5年前だけど……一時、無性に糸守が気になって、スケッチを描いていた時期があって……」
「み……見てみたいな……瀧くんが描いた、糸守……」
「ああ……こ……今度、見せるよ……」
「うん!」
三葉は、そう言って満足そうに微笑みを返す。その屈託の無い笑顔に、俺は一瞬見とれる……
ただ、何かそのやりとりがツボに嵌ったのか?司と先輩は、少し仰け反って、声に出して耳打ちを始めた。
「先輩!やばいですよこの雰囲気!いっちゃうんじゃないですか?」
「そうね!そのまま目を閉じて、ぶちゅ~って!」
「……あのねえ!そういうことは、聞こえないように言ってもらえませんか?」
油断した……
こいつらの前で、うかつなことはできない。それをネタに、一生弄られる……
更に、糸守へ行った時の話は進んで行く。
「……で、夜が明けたら、こいつ居ないんだよ!“探さないで下さい!”って書置き残して……」
「そんなこと、書いてねえっ!」
「それで、三葉さんに逢いに行ったんだよね?」
「ううん、違うと思うよ、私その時、東京に居たから。」
「ほんと?それじゃあ、何のために糸守まで行ったの?」
「ほんと~に、情けねえ幹事だなあ……」
「だから、幹事じゃねえって言ってんだろ!」
「ふふっ……」
三葉は、本当に楽しそうに、俺と司の突っ込み合いを眺めている。
「……あら?三葉ちゃん、その紐って……」
ふと、先輩が、三葉の組紐に気付いた。
「それって、あの晩、瀧くんが言っていた……そっか、そういうことね……」
そう言って、先輩は優しく笑った。
これは……絶対、勘違いしてるな……
きっと、俺と三葉が実は幼馴染で、親の都合で離れ離れになることになり……
『これを、私だと思って……』
『……うん!』
『私のこと、忘れないで……』
『うん!絶対に忘れない……』
……何て、シチュエーションを連想してんじゃないのか?
現実は、全然ドラマッチックじゃない、最低の出逢いだったなんて……
言えないから、放っておこう……
3時間近く俺達の雑談は続き、司と奥寺先輩は、散々弄りまくって満足したようで、さっさと帰っていった。
俺は昨日同様、駅まで三葉を送る。
「今日は、楽しかったあ~」
「ごめんよ、騒々しくなっちゃって……あんまり、2人で話せなかったし……」
「ううん!瀧くんの、いろんな話が聞けたし……何より、ミキさんも、司君も本当にええ人!あんなにも、瀧くんのこと心配してくれて……」
「心配?……面白がって、弄ってるだけだろ?」
「それは違うよ、瀧くん!誰も、嫌いな人を弄ったりせんよ!本当に瀧くんを好きだから、あんな風にからかったりするんやよ!」
これは、自分の経験から言える言葉……私も、妹の四葉にはいつも弄られっぱなし……
でも、ちゃんと分かってる。四葉が、本当に私のことを大切に思ってくれていることは。
「そうだ!……瀧くん、明日は、私が場所を決めていい?」
「ん?……い……いいけど。」
「やった!じゃあ、明日は、私からメールするね!」
駅に着き、俺は、改札を抜ける三葉を手を振りながら見送る。三葉も手を振りながら、何度も何度も振り向きながらホームに向かう。そんなことをしている内に、電車がホームに入って来てしまい、三葉は慌てて駆け出して行った。俺は、笑いながらそれを見送る。こんなところは、全然年上には見えない。
三葉が居なくなった後も、俺はしばらくその場を見つめて、余韻に浸っていた。
前回に引き続き、ドタバタ喜劇になってしまいました。
記憶の無い者同士の会話では、中々話が先に進まないと思い、今回は奥寺先輩のご協力も仰ぎました。
ようやく、話を糸守の方向へ持っていき、次回は舞台を糸守に移して……
とは、まだ行きません。
次回も、騒がしい脇役に話を引っ張って頂きます。