君の名は・失われた刻(とき)を求めて   作:JALBAS

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組紐を頼りに、記憶をたどる2人……しかし、そう簡単に記憶は戻りません。
こういう時は、当時の自分達を知っている他人の言葉が、きっかけになることもあります。
前回は、司、四葉がその役目を……今回は、更にあの方が……




《 第五話 》

 

な……何で?

 

前の日の、気まずい別れ方……俺は、今日も三葉を誘って良いものかどうか、一日中悩んだ。しかし、そのまま連絡しないのも余計にまずいと思って、思い切って夕方メールを送った。糸守のことを聞きたいという理由もあった。ただ、流石に電話で誘う勇気は出なかったため、メールにした。

ところが、そのメールに対して、三葉の返事は即OK。まるで、待ち構えていたかのように、送った数秒後に返事が来た。

今日は、俺が高校時代、司や奥寺先輩とバイトをしていたイタリアンレストランに誘った。昨日同様、三葉は、30分前に来た俺よりも早く来て待っていた。俺が着く早々、俺が話し掛けるより先に彼女から、

「ねえ!瀧くん!今日から、もう敬語とか止めない?何かよそよそしいし、私達って、昔はもっと気楽に話していた筈だよね?」

と言って、どんどんフレンドリーに、今日あったことを話し始めた。その雰囲気に押されて、俺も敬語は止めて受け答えていたが……

 

何で、こんなに明るいんだこいつ?

昨日の夜は、俺と同じであんなに沈んでたのに……

まさか?何か思い出したのか?

 

もう、ぐずぐず考えるの止めた!

何があったって、瀧くんは瀧くんよ!私は、自分の直感を信じる……瀧くんは、間違いなく私が探していた人なんだ!それに、スーパーマンってことは有り得ないけど、きっと、瀧くんがあたし達を助けてくれたんだ!そうに決まってる!

 

とにかく、この雰囲気なら、糸守のことを聞けそうだ。

何せ、災害で住むところを失ったんだ。もし本当に糸守出身なら、話すことも辛いかもしれない……

 

「み……三葉さん?」

「“三葉”でいいよ。」

「え?……流石に、年上の人を呼び捨てというのは……」

「そんなこと、気にしなくてもいいわよ。なんか“さん”付けも、よそよそしくない?」

「で……でも、三葉さんだって、俺を“くん”付けでしょ?」

 

そう言われてみれば……そうか……でも、瀧くんは“瀧くん”の方がしっくりくるから……まあ、仕方ないか……

 

「で……実は、三葉さんの故郷のことなんだけど……もしかして、三葉さん、糸守出身?」

「うん!そうやよ……」

 

しまった!リラックスしすぎて、方言が出ちゃった!

 

私は、はっとして手で口を塞ぐ。

「あ……いいよ、そのままで。何か、その方が自然な感じで……いい、かな?」

「ほ……ほんと?じゃ……じゃあ、そうするね!」

「……そうか、やっぱり糸守出身なんだ。」

「う……うん、言ってなかった……ね……」

 

そうか、無意識に“糸守出身”って言うことを避けてたんだ。

被災地の出身と分かると、どうしても相手は余計な気を使ったり、場合によっては、好奇心だけで無神経な質問をしてくる……それが嫌で、こんな癖がついてたんだ……

 

「じ……実は俺……5年前に、一度糸守に行ってるんだ。」

「え?……ほんと?」

 

や……やっぱり、瀧くんは来てくれてた……ん?5年前?

 

「もしかして、その組紐を三葉さんに返したのって、その時じゃ?」

「それは、変やよ。」

「え?」

「だって……5年前でしょ?その時私大学生だから、もう東京に出て来てたんやけど……」

 

そうか!そうだった……じゃあ、俺が糸守に行ったのは別な理由で……

いや、待て……なら、何でその時に組紐を無くすんだ?

 

と、その時、ふと俺の目線が斜め前方、3席程前にいるカップルの男の方と合う。そいつは慌てて目を伏せるが、もう遅い!似合わない帽子を深く被り、サングラスを掛けているが、そんな程度ではとても変装とは呼べない。俺はむかむかと腹が立ってきて、思わず立ち上がった。

「た……瀧くん?」

「ご……ごめん、ちょっと、待っててくれる?」

そう言って、俺はそのカップルの、男の方に向かって歩き出す。

そいつの前まで来ると、そいつは俯いているが、声をころして笑っている。女の方も同じだ。

「な~にやってんだ?あんたら!」

「ぶはっ……わ……悪い……」

「は……はは……ご……ごめんね~」

とうとう声に出して笑いながら、答える2人……昨夜、突然電話を掛けてきた親友の司と、5年前の、もう1人の連れ合いの奥寺先輩だ。

「は……はは……いや……昨日の、お前の様子がおかしかったんで、気になってさ……悪いとは、思ったんだけど……」

「わ……私も……司君に相談受けて……心配になっちゃって……はは……」

とても、そんな風には見えない。どー見ても、面白がって見物していただけだ……まったく……

「あ……あの?」

いつの間にか、三葉が、後ろに寄って来ていた。

「瀧くんの、お友達の方ですか?……は……始めまして、私、宮水三葉と申します。」

「あ……わざわざ、ありがとうございます!……俺は、藤井司といいます!」

「どうも……奥寺ミキです。」

結局、三葉にも知られてしまい、4人で相席で話すハメになった。俺は、気が進まなかったんだが、どういう訳か、三葉の方が乗り気になって司達と話したがった。今日はどうも、三葉のテンションが高すぎる。まあ、ここで追い払っても、こいつら素直に帰るとは思えない。またこそこそ付いて来るだろう。だったら、目の届くところに置いといた方が安全だ。

「え?……三葉ちゃんって、瀧くんより3つ上なの?じゃあ、私とタメだね?」

「えーっ!そうなんですか?」

「瀧は、年上が好きだな……学生の時は、奥寺先輩にぞっこんだったし……」

「ば……ばかっ!余計なこと言うな!」

「え?……どういうこと?瀧くん?」

一瞬、三葉の目の色が変わる。

「あ……憧れてただけだって……べ……別に付き合ってねえし……」

「え~っ?一夜を共にした仲なのに……」

「ほんと?……た・き・く・ん?」

「だ……だから、それは……い……糸守に行った時で……2人だけじゃなくて……司もいたし……」

 

……疲れる……今日は、振り回されっぱなしだ……

 

何だろう……司君も、ミキさんも、初めて会った気がしない。

特に、ミキさんとは、懐かしい親友と何年かぶりに再会したような感じがする……

何か、楽しい……瀧くんの、面白い話もいっぱい聞けるし……

 

奥寺先輩の冗談をきっかけに、話は3人で糸守まで行った時の話になった。

「だからこいつ、全然ダメ幹事で、三葉さんの連絡先も、住所も何にも知らなくて……」

「幹事じゃねえって!お前らが、勝手に付いて来たんだろうが!」

「え?でも、それでどうやって糸守まで?」

「こいつが、糸守のスケッチを描いてて、それを頼りにいろんな人に聞いて回って……本当に、苦労したよなあ……」

「お前ら、何にもしてねえじゃねえか!遊んでただけだろ!」

「え?瀧くん、糸守のスケッチをしてたの?いつ?」

「う……うん、それも5年前だけど……一時、無性に糸守が気になって、スケッチを描いていた時期があって……」

「み……見てみたいな……瀧くんが描いた、糸守……」

「ああ……こ……今度、見せるよ……」

「うん!」

三葉は、そう言って満足そうに微笑みを返す。その屈託の無い笑顔に、俺は一瞬見とれる……

ただ、何かそのやりとりがツボに嵌ったのか?司と先輩は、少し仰け反って、声に出して耳打ちを始めた。

「先輩!やばいですよこの雰囲気!いっちゃうんじゃないですか?」

「そうね!そのまま目を閉じて、ぶちゅ~って!」

「……あのねえ!そういうことは、聞こえないように言ってもらえませんか?」

 

油断した……

こいつらの前で、うかつなことはできない。それをネタに、一生弄られる……

 

更に、糸守へ行った時の話は進んで行く。

「……で、夜が明けたら、こいつ居ないんだよ!“探さないで下さい!”って書置き残して……」

「そんなこと、書いてねえっ!」

「それで、三葉さんに逢いに行ったんだよね?」

「ううん、違うと思うよ、私その時、東京に居たから。」

「ほんと?それじゃあ、何のために糸守まで行ったの?」

「ほんと~に、情けねえ幹事だなあ……」

「だから、幹事じゃねえって言ってんだろ!」

「ふふっ……」

三葉は、本当に楽しそうに、俺と司の突っ込み合いを眺めている。

「……あら?三葉ちゃん、その紐って……」

ふと、先輩が、三葉の組紐に気付いた。

「それって、あの晩、瀧くんが言っていた……そっか、そういうことね……」

そう言って、先輩は優しく笑った。

 

これは……絶対、勘違いしてるな……

きっと、俺と三葉が実は幼馴染で、親の都合で離れ離れになることになり……

 

『これを、私だと思って……』

『……うん!』

『私のこと、忘れないで……』

『うん!絶対に忘れない……』

 

……何て、シチュエーションを連想してんじゃないのか?

現実は、全然ドラマッチックじゃない、最低の出逢いだったなんて……

言えないから、放っておこう……

 

3時間近く俺達の雑談は続き、司と奥寺先輩は、散々弄りまくって満足したようで、さっさと帰っていった。

俺は昨日同様、駅まで三葉を送る。

「今日は、楽しかったあ~」

「ごめんよ、騒々しくなっちゃって……あんまり、2人で話せなかったし……」

「ううん!瀧くんの、いろんな話が聞けたし……何より、ミキさんも、司君も本当にええ人!あんなにも、瀧くんのこと心配してくれて……」

「心配?……面白がって、弄ってるだけだろ?」

「それは違うよ、瀧くん!誰も、嫌いな人を弄ったりせんよ!本当に瀧くんを好きだから、あんな風にからかったりするんやよ!」

 

これは、自分の経験から言える言葉……私も、妹の四葉にはいつも弄られっぱなし……

でも、ちゃんと分かってる。四葉が、本当に私のことを大切に思ってくれていることは。

 

「そうだ!……瀧くん、明日は、私が場所を決めていい?」

「ん?……い……いいけど。」

「やった!じゃあ、明日は、私からメールするね!」

駅に着き、俺は、改札を抜ける三葉を手を振りながら見送る。三葉も手を振りながら、何度も何度も振り向きながらホームに向かう。そんなことをしている内に、電車がホームに入って来てしまい、三葉は慌てて駆け出して行った。俺は、笑いながらそれを見送る。こんなところは、全然年上には見えない。

三葉が居なくなった後も、俺はしばらくその場を見つめて、余韻に浸っていた。

 






前回に引き続き、ドタバタ喜劇になってしまいました。
記憶の無い者同士の会話では、中々話が先に進まないと思い、今回は奥寺先輩のご協力も仰ぎました。
ようやく、話を糸守の方向へ持っていき、次回は舞台を糸守に移して……
とは、まだ行きません。
次回も、騒がしい脇役に話を引っ張って頂きます。

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