前回、話が暗くなってしまったので、明るくするために、
今回は騒がしい脇役達に登場してもらいます。
瀧くんには親友の司、
三葉には、もちろん、明るい名脇役の妹四葉!
では、いってみよ~!
俺は、部屋で机に肘をついて頭を抱えていた。
あ~、何で、あんなこと言っちまったんだ。バカか俺は?
完全に引かれたよな?ああ~っ……
あの後、お互い殆ど言葉が出なくなり、また、気まずい雰囲気のままお開きになった。
一応、駅まで三葉を送って行ったが、その間も殆ど口を訊けなかった。そして、次の予定も決められず、別れた……
組紐の話なんか、しなきゃ良かった……
“大事に持っていてくれたんですよね?”って、皮肉じゃないよな?結局、今は持ってなくて、いつ無くしたのか……
いや、今は三葉が持ってるんだから、返したのか?……え?いつ?どっちにしたって、今まで忘れてたんだから、全然大事にしてないじゃん!
何より、一番問題なのは、初対面の時の言葉……
“誰?お前?”
何て事言うんだよ!俺のばかやろう!
散々に終わった初デートに、俺の心はブルーに染まっていた……
ん?初デートが散々?前にも、こんなことなかったっけ?
と、その時、スマホの着信音が鳴る。
まさか?三葉?
俺は、慌ててスマホを取り出し、着信表示を見る。
“―― 藤井司 ――”
一瞬の心の高ぶりが、一気に醒める。俺は、面倒くさそうに通話ボタンを押す。
「……はい、瀧です……何か用か?」
『何だよ!久しぶりの親友に対して、冷てえなあ。』
「うっせえなあ、今、ちょっと気分が良くないんだよ。さっさと用件言えよ!」
『何だ?彼女と喧嘩でもしたのか?……おっとごめん!いなかったっけ……いや、作らないんだったっけ?』
「…………」
思わず図星で、言葉に詰まる。
『いや、別に用がある訳じゃないんだけどな。何か急に、お前のことが気になってさ……虫の知らせかな?』
「む……虫の知らせって、縁起でもねえこと言うなよ!俺は、ピンピンしてるよ!」
急に気になったって……俺が、メチャ落ち込んでるところに、ドストライクで……
ほんとに、エスパーか?こいつは?
でも、この電話に救われたのは事実だった。あのままだと、どんどん深みに嵌って、簡単には抜け出せなくなっていただろう。
司と他愛も無い会話を交わしている内に、どんどん気分が楽になって来た。そうしている内に、ふと思った。
そういえば、あの組紐……俺が身に着けていたんなら、司も見ている筈だよな?
「あ……あのさあ司。」
『ん?』
「昔、俺が手首に紐巻いてたの覚えてるか?」
『紐?……ああ、あれか!覚えてるぜ!』
「それって……俺、いつから付けなくなったんだっけ?」
『ああ、5年前の、糸守行った後からだろ?』
?!……
即答?何で?あと……い……糸守って?
「な……何で、そんなにはっきり覚えてんだよ?」
『そりゃあ覚えてるさ!あん時は、マジで心配したからな?』
「心配?……何を?」
『ありゃあ、また記憶障害か?それとも、単なるど忘れか?』
「茶化すなよ!どういうことだよ?」
『5年前に、俺とお前と、奥寺先輩の3人で糸守に行ったのは覚えてるだろ?』
「ああ……」
『あの時、お前、俺達放って1人だけでどっか行っちゃったじゃん!』
「ああ……」
そうだ……あの時、俺はどうしてか、1人だけで山の頂上に行った……
そして、そこで夜を明かした……でも、何でそんなことをしたのか?何をしに行ったのか?全く覚えていない……
『帰りの電車の中で、奥寺先輩がお前のその紐の話をしてさ……前の晩に、お前から聞いたって。その時のお前の様子が、思いつめてるみたいで心配だったって。その紐が、何か関係してるんじゃないかって言ってたから……』
俺は、先輩にそんな話をしてたのか?頂上に行ったのは……組紐のため?
『んで、俺もその紐に何かあると思って、もしかしたら、いいなずけからの贈り物だったりして……とか考えて、学校来たら弄ってやろうかと思ってたんだけどさ、いざ学校来たら、もう紐付けてないし……』
―― 付けてない?じゃあ、その日に三葉に逢ってるのか?
『それで、紐のことをお前に問い詰めたら、“何?それ?”って、そんな物は全く知らないって反応だったから……山で頭でも打って、記憶障害になったんじゃないかって、大騒ぎしたろうが!』
ああ……確かに、そんなこと……あったか?
俺は、今迄組紐のことを完全に忘れていた。その時も、全く思い出すことはできなかった。だから、そんな反応をした……俺としては、司達が、置き去りにされたことの報復でもしてるんだと思っていた。
『でも、何で今頃そんな話を……もしかして、改心して、あの時の隠された真実を告白する気になったのか?』
「ちげーよ!バカ!」
その後も、司から厳しい追及があったが、まさか三葉のことや、記憶を失くして悩んでるなんてことを言える筈も無く、何とかはぐらかして電話を終えた。
俺が組紐を失くしたのは、糸守に行った時……その時、糸守に三葉が?
じゃあ、三葉は?……そういえば、あいつの故郷って、確か岐阜県って……
ああん、もう!私のばか!ばか!ばか!何でまた黙り込んじゃうのよっ!また、気まずくなっちゃったじゃない!……
瀧くん、気を悪くしたかな?変な女って、思われちゃったかな?どうしよう……
私は、自責の念でいっぱいだった。食事も、のどを通らない。
でも、どうして瀧くんが持ってる筈の組紐を、次の日に私は持ってたの?……
分からない……まさか、瀧くんが嘘をついて……ううん、瀧くんはそんなことしない!絶対にしない!そんな人を、私がずっと探していた筈が無い!
「お姉ちゃん、どうしたん?」
「え?」
四葉の言葉に、私は我に返る。私達は食卓を囲んで、夕食の途中だった。私は左手で持った茶碗の中に右手の端を突っ込んだまま、硬直して考え込んでいたようだ。
「今日は変やよ!早く帰るって言ってたのに、何の連絡も無しに遅うなって。夕飯の準備中も、うわのそらで皿を割るし……」
「あはは……ごめん……」
「まあ、変やゆうても、あん時ほどやないけど……」
「?……あん時?」
「あの彗星災害のちょっと前……朝から、自分のおっぱい揉みまくって……」
「ちょ……それは……」
彗星災害……私達の故郷の糸守は、1200年の周期で地球に最接近したティアマト彗星の、破片の落下で壊滅した。幸い、住民の大半は被害範囲外の糸守高校に避難していたおかげで、人的被害は殆ど無かった。でも、町はもう人が住めなくなってしまったため、しばらくは大変だった。だから、皆、その時のことには触れたく無かった……
あれからもう8年経って、私達も、今では普通にあの頃のことを思い出話にできるようになったのだが……
「私は、そんなことしてません!」
「してたんよ!あたし、何回も見てんよ!」
その彗星災害の少し前、四葉の言う奇怪な行動を、私がとっていたというのだ。
朝自分の胸を揉んだり、髪の毛を変なポニーテールにしたり、ノーブラで動き回ったり、急に洋食を作ったりとか……もちろん、私はそんなことはしない!した覚えが無い!だけど、その頃のことを、あまり覚えていないのも事実だ……何故か、記憶がピースを無くしたジクソーパズルのように、ところどころ抜け落ちている。
「でも、いちばん酷かったんは、やっぱ彗星災害当日の朝やね!」
「まだ言うか!」
「涙流しながら自分のおっぱい揉んで、“四葉~”って抱きつこうとしたんやから、ほんまに引いたわ!」
「だからそんなこと……」
と、その時ふと思った。
そういえば、彗星災害の日って、私は何をしていたの?
朝からの記憶が……無い。あるのは……災害の後、糸守高校の校庭で怪我をした人の手当とかしていたことくらいしか……
「……ねえ、四葉?」
「ん?」
「その日の私って……この組紐付けてた?」
私は、髪の後ろの組紐を指でつまんで、耳のあたりまで持ち上げて聞く。
「え~っ……ん~っ、どうやったか?……あ、そうや、お姉ちゃんその前の日に、お婆ちゃんに髪切ってもらったやろ!」
「え……そやったっけ?」
「そうや!いきなり“デート”とか言って東京行って……くら~い顔して帰ってきたと思ったら……もしかして、失恋のせいで壊れたん?」
「壊れとらん!そんことはもうええ!聞いてんのは、次の日のは・な・し!」
「せやから、髪切ったからまとめられんやろ?してへんかったよ!」
そうか……やっぱりその時は、組紐は瀧くんのところに……
「あ……でも、夜にお父さんの役場で会った時は、カチューシャのように頭に巻いとったな……」
「え?」
ベッドに横になりながら、夕食の時の四葉の言葉を思い出していた。
あの日の朝には、組紐は無かった……でも、夜には頭に巻いていた……
あの日、私は何をしていたんだろう?彗星災害でみんなが助かったのは、公式発表では“偶然臨時避難訓練をしていたから”ということになっている。でも本当は、私がお父さんを説得して、みんなを避難させた……らしい……でも、私はそのことを覚えていない。
四葉も、お婆ちゃんも、朝から私がみんなに逃げるように言っていたと言う。テッシーやサヤちんも、私が指示して避難計画を実行したって……それって、本当に私がやったの?もしかして?瀧くんが?……それなら、夜に組紐が戻って来てたのも説明がつく……
だけど、そうだったら、みんなも瀧くんに会ってる筈、そんな話は全く無かった……
瀧くん、あなたはいったい……
私は、空を見ていた。
空には、ほうき星が大きく糸を引いて、綺麗な紐を描いている。それはまるで、夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めだった。
ふと、ほうき星の異変に気付く。良く見ると、先がふたつに分かれていて、そのひとつがだんだん大きくなっていく……赤い、赤い大きな光が、目の前に広がっていく……
?!
何と、彗星がふたつに割れ、そのひとつが私に向かって落ちて来たのだ!
あまりのことに声も出ない。私は思わず光から顔を背け、目を瞑り、手で顔の前を覆う。そんなことをしたってどうにもならない、でも、条件反射でそんな行動を取ってしまう。
しばらくそのまま、私は固まっていた。しかし、いつまでたっても星は落ちてこない。不思議に思い、顔を前に向けて目を開ける……
「三葉!」
信じられない光景が目の前にあった。
そこには、ひとつの人影があった。何とその人は空に浮かんでいて、両手を更に上空に翳していた。その上の空では、今にも落下しそうな赤く燃える塊が、空中で止まっている……その人が手から気合のような力を出して、星の落下を食い止めていたのだ。
その姿は、赤いマントを羽織って、青いウェアを身に纏い、胸にはヒーロー定番の“S”のマークが。でも、その人の顔は……
「た……瀧くん?!」
何と瀧くんが、彗星の落下を食い止めているのだ!
「三葉!今の内に、町のみんなを糸守高校まで避難させるんだ!急げ!」
そう言って、瀧くんは私に向かって何かを投げる。あの組紐だ!私は両手でしっかりとそれを受け止める。
「早く!長くはもたない!その組紐には、俺のパワーの一部を蓄えてある!それを身に着ければ、お前にも力が湧いてくる!」
「は……はい!」
私は急いで、組紐を頭に巻く。そして、瀧くんに背を向けて走り出す。
「待ってて、瀧くん!わ……私が、直ぐにみんなを避難させるから……その間、お願い!彗星の落下を食い止めていてっ!」
「?!」
気が付くと、目の前には見慣れた天井があった。私は、ゆっくりと体を起こす。見慣れた壁、机、窓……窓からは、陽の光が差し込んでくる……
ゆ……夢?……
私は、少し引きつった笑みを浮かべて呟く。
「はは……流石に、これは無いわね……」
瀧が歴史に干渉したため、三葉達が生き残る別の世界が誕生しました。その世界は、彗星落下の日を境に分岐しています。
ということは、瀧が司や奥寺先輩と糸守に行った時の歴史も、微妙に変わっている筈なんですよね。だとすると、映画のシーンのように奥寺先輩に組紐の話をするのかどうかは分かりません。でも、そんなこと言ってたら話が進まないんで、このお話では同じことを話していたということにしといて下さい。
後半は、ちょっと暴走しすぎたかもしれません。
でも、記憶を取り戻すというテーマのため話がどんどん暗くなっていくので、ちょっとコミカルにしてみました。
そもそも、時を越えて三葉を助けに来た瀧は、三葉にとっては紛れも無くヒーローです。
ロイスのためなら、地球の自転さえ巻き戻してしまうクラーク・ケントのようなもんです。
このくらいの遊びは、大目に見てください。