君の名は・失われた刻(とき)を求めて   作:JALBAS

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お互いに、直接始めて会った時のことだけは思い出しました。
これがきっかけで、更なる記憶の回復はあるのか?
しかし、世の中そううまくは行きません……




《 第三話 》

 

私は、待ち合わせのカフェで彼を待っていた。

同僚からの追求を逃れるために、慌てて出て来たので、指定された時間より1時間程早く着いてしまった。もちろん、瀧くんに早く逢いたいという気持ちもあったのだけれど……

指定されたお店は、ちょっと洒落た造りのカフェで、瀧くんが学生時代によく通った店らしい。私も東京に出てきた時に、何度か来たことがある。何故か、とても懐かしい感じがしたのを覚えている。

オーダーしてあったレモンティーが運ばれてきたので、一口啜りながら、また、瀧くんのことを考える。

 

逢ったら、聞いてみなくっちゃ……あの時の男の子が、瀧くんだったのか?

でも、それだけじゃ無くて、彼のことをもっと知りたい……

 

あれこれ考えていると、“いらっしゃいませ”という店員の声がして、店の中にスーツ姿の瀧くんが入ってくる。少し辺りを見回し、私に気付いてこっちに向かって歩いてくる。待ち合わせ時間には、まだ30分以上時間がある。

 

瀧くんも、私に早く逢いたくて、早く来てくれたのかな?

うぬぼれかな?単に、女性を待たせるのは失礼と、早く来ただけかも……

 

「お……遅くなってすみません……」

瀧くんは、そう言って私の向かいの席に座る。

 

待ち合わせの30分以上前に来てくれたのに、“遅くなって”って……

 

「い……いえ、私が早く来過ぎただけで……ごめんなさい!」

何か、私達って謝ってばっかりだ。

店員がオーダーを取りに来たので、瀧くんはエスプレッソを頼んだ。

 

直ぐに聞きたかった。あの時の女性が、三葉だったのか?でも、まだ自己紹介もしていないのに、いきなりそんなことを聞くのは失礼だし、朝のように考え込む事態に陥っても困るので、まずは、お互いの自己紹介から始めた。

 

三葉は、都内の商社に勤めているOLで、生まれは岐阜県の小さな町。大学に進学する際に、東京に出て来たとのこと。家族は、母親を幼い頃に無くしており、祖母、父親、妹との4人家族。東京には一人で出てきたが、妹が東京の高校に進学したため、今は、東京のアパートで妹と2人で暮らしている。流石に女性に齢を聞くのは失礼と思い、年齢は聞けなかった。

 

でも、今の会社に3年勤めているって言ったのよな?じゃあ、俺よりも3つ年上か……

けど、どうしてだろう?逢った時は、同い年のように感じてた……

 

瀧くんは、インテリアデザインの会社に今年から勤務している、バリバリの社会人一年生。東京生まれの、東京育ち。家族は、お母さんはもう亡くなっていて、お父さんとの2人暮らしだったけど、今年からお父さんは大阪に転勤になってしまったため、今はアパートで1人暮らし。年齢は、私より3つ下。

 

あの電車での男の子が瀧くんなら、確かにそのくらいなんだけど……

何故だろう?逢った時は、同い年と感じてた……

 

自己紹介で気分が馴染んだところで、俺は、あのことを切り出そうと思った。

「あ……あの、宮水さん?」

「み……三葉でいいです。」

「あ……は……はい、それじゃ……お……俺のことも、瀧と呼んで下さい。」

「は……はい!」

 

心の中で“やった”と叫んでいた。“宮水さん”と呼ばれるのは、他人行儀で嫌だった。私も、彼のことを“瀧くん”と呼びたかったし。

 

「それで……み……三葉……さん」

“三葉”と呼びたかったが、できなかった。流石に、今朝逢ったばかりの年上の女性を呼び捨てにすることなど、一年生とはいえ、社会人としての良識が許さなかった。

 

何故だろう?ちゃんと名前で呼んでもらったのに、まだ他人行儀な感じがする。

だって、彼は年下だし、いきなり年上の女性を呼び捨てになんてできないよね?……でも、“三葉”って呼んで欲しい……

 

「あの……三葉さん、そ……その、髪をまとめている紐って……」

「え?……あ……これ?わ……私の実家は、昔神社で……そこで結った組紐ですが……」

「ちょ……ちょっと、見せてもらってもいいでしょうか?」

「は……はい!か……構いません。」

三葉は、髪をまとめている紐を解き、俺に手渡してくれた。俺は、その紐をじっくり見て確信した。

 

間違いない!これは、昔俺が電車の中で渡され、しばらく持っていた組紐だ!

 

「三葉さん?」

「は……はい?」

「三葉さん、高校生の時に一度東京に来ていますか?その時に、電車の中で俺にこの紐を……」

「はい……はい!」

2人とも、同じ事を思い出していたようだ。確かにあの時に、俺に声をかけた女の子は三葉で、この組紐を俺に渡していた。俺はそれを何年か持っていたが、いつの間にか無くなっていた。同じ物を今彼女が持っているということは、その後に、また逢って返していると思われる。

 

え?……でも、いつ?その時のことを、思い出せない……

 

俺は、彼女の組紐を、何年かお守り代わりに身に付けていた事を説明した。同時に、初対面の時の無礼な態度の謝罪もした。

「あ……あの時はすみません……せっかく声をかけて頂いたのに、あんな失礼な対応で……」

「い……いえ、わ……私こそ、ごめんなさい!いきなり、あんなこと言って……で……でも、そんな私が渡した組紐を、ずっと大事に持っていてくれたんですよね?あ……ありがとうございます!」

「は……はい……」

 

確かに……何で、あの紐をずっと大事に持っていたんだろう?

いつ?返したんだろう?……俺の手元に無くなったのは、いつ頃からだったか?

それよりも、何であの時、“変な女”としか思わなかったんだ?

今朝、ずっと探していた、運命の人と巡り逢えたという実感があった。そんな人に、何で初対面でそんな感覚しか無かったんだ?その後に、もっと運命的な再会があったのか?その時に、紐を返したのか?……だめだ、何も思い出せない。

 

何で、私はあの時東京に行ったんだろう?瀧くんに逢うため?

じゃあ、その前に、どこで瀧くんを知ったの?

“……覚えて、ない?”

私は、そう聞いた……やはり、その前に瀧くんに逢っている筈……でも、思い出せない……

ま……待って!私はあの時、瀧くんに組紐を渡した……でも、あれは彗星が落下する1日前……彗星が落下した後、私はいつものように、組紐を頭に巻いていた。もう、その時には組紐は私の手に戻っていた……じゃあ、いつ返してもらったの?

彗星落下後の大変な時期に、糸森に来られるわけが無い。私もとても、東京になど行けなかった……そうなると、彗星が落下した日の日中しかない。

電車であんな出会いをした翌日に、瀧くんが糸森に来た?それは無理!私が糸森に住んでいるなんて、最初から知っていなければ分かる筈がない!それに、彼は何年か組紐を持っていたって……じゃあ、どうして?

 

朝の二の舞だった……ひとつの謎が解けたら、また新たな謎が生じてしまい、2人とも考え込んで、沈黙が続くようになってしまった。

 

いたずらに、時間だけが経過していく……

 






ちょっと、話が重くなって来てしまいました。
でも、記憶が無いって不安ですよね?
あんまり、気楽に笑い合ってなんかいられないんじゃないかと思い、こんな展開になりました。
こんな時に、ムードを変えるのは、陽気な脇役しかない!
次回は、瀧の親友の司、三葉の陽気な妹の四葉が登場します。

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